酒カスエルフ、ダンジョンへ行く   作:エルフスキー

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駆け引き

 

 結局のところ、人はその日を暮らす他にない。明日のことなぞ考えるな。一寸先の真っ暗闇を見つめるだけ無駄というものだ。

 オラリオ市井の人々にとって、暗黒期の日々は難破船に乗っているようなものだ。彼らは襲い来る荒波に、頼りなく揺れる甲板に、漠然とした不安を覚えている。

 

 食料がない。自衛手段もない。昨日隣人が死んだらしい。上級の航海士(ファミリア)たちが何やら話し合っているものの、下にまで情報は降りてこない。「オラリオを守ってやっている」と言わんばかりに大きな顔をする彼らに、明日の保証もない一般人が寄せられる信頼など、もはや残っていなかった。

 民間の闇市に身を委ねるのは、オラリオを信じられない現実疲れした者ばかりだ。

 

 ごった返す人波に反し、活気のない市場であった。人相を隠した人々は其処彼処に目を走らせ、すれ違う全てが盗人であるかのように警戒している。

 事実それを否定し難いのが『悪人共の違法市(ブラック・マーケット)』である。異様に安い食料が何処から流れ着いたのか、血痕の残る武具の売り手が誰なのか、それを訊ねる馬鹿はいない。

 金を出す。物を買う。彼らはそれを成すだけでいい。

 

 

「ねえ。この剣は【へファイストス・ファミリア】の剣じゃないの?」

 

 あどけない声が言った。一人の青年はぎょっとして、腰の辺りに位置する小さなフード頭を見る。“金物屋”を伺えば、彼は凶悪な顔面で恐ろしい顰めっ面をしている。

 

「この剣がどうしてここにあるの?」

 

 到底信じられないことに、可憐な声は更に言い募った。男は心底ゾッとして、慌てて少女の口を物理的に押さえる。「スミマセンッ!」と彼は言った。

 

「コイツ、ここのやり方ってものを知らないんです、勘弁してやって下さい!」

 

 そうして引っ張った人物の腕は、片手で一周できてしまうほど華奢なものだ。そうだ、と彼は思う。男は背嚢の『ブツ』を運ぶためだけに、何が起こるともしれない闇市へやってきたのだ。

 彼の目的はあくまで金。他所の馬鹿なガキに構っている暇はない。

 

 にも関わらずその馬鹿かつ生意気なクソガキは、極めて不服そうに口を尖らせた。

 

「なんで私の邪魔するの」

 

「なんで!?なんでっつったか!?お前っ、ここが何だか解ってねえのか!?」

 

「そんなの知ってるよ。ぶらっく・まーけっと、でしょ」

 

「そうだよ『悪人共の違法市』だよ、万が一問題を起こしでもしたら……!」

 

「したら?」

 

 青年はぐっと言葉に詰まる。一瞬で脳裏を過った……“歓楽街統一抗争”“オシリス血の復讐事件”“剃刀エルフと九つの頸”等々……凄惨な出来事の数々を伝えるには、この少女は幼すぎる。

 この闇市の主催である“中立”の連中は、加えて彼の上司である腐れ外道の守銭奴は、ある意味で邪神よりも融通が利かないのだ。

 

「ここから、摘まみ出されちまうだろ……!」

 

「むぅ……それは困る……」

 

 なんとか絞り出した声に、少女は途方に暮れた声を出す。余程の箱入り娘なのだろうか、彼女から窺えるのは驚くほどの素直さであり、また同時に幼すぎる思考である。世間知らずや考えなしと言っても良いやもしれぬ。

 

「商品について値段以外は聞くな。値下げ交渉はアリだが詮索はナシだ。とにかく揉め事の種は厳禁なんだよ……そういうルールがある」

「ルール……。うん、分かった」

 

 下手に荒事やぼったくりを解禁すると「へーここって略奪とか合法でござるか!」と納得する馬鹿が現れる故のルールなのだが、その馬鹿を規制しようとした結果やけにクリーンな取引を行う闇市が出来上がったのだが、一般人に毛が生えた程度である青年は何も知らない。

 少なくとも彼は……本当に不思議なことに、本当に珍しいことに、純粋な親切心で助言をし……少女はこくんと頷いた。

 

 その、直後。

 

「ぎゃあぁぁぁ!闇派閥だあぁぁぁ!」

 

 遠方で悲鳴が響き、二人は揃って顔を上げる。闇派閥という音節に青年は血の気の引く音を聞いた。

 逃げなければと思って、それから目の前の少女を見て、こんな危なかしい子供を一人にはしておけないと考える。

 一緒に逃げよう。その言葉は音になる前に消えた。

 

「行かなきゃ」

 

 何故って、フードから溢れた少女の金髪が。透徹した眼差しが。白い横顔が。あまりに可憐で、お伽話の妖精のように美しかったから。

 

「第二区画の方に逃げて」

 

「え、な、なにを、」

 

「フィンが言ってた。【ギルド】に工業地区を守るよう言われたから、後詰はぶらっく・まーけっとの北側に入れるって……そこに、皆が居る」

 

 リヴェリアも、と誰かの名前を少女が紡いだ。温かで柔らかい、親愛の声音だった。

 

「お、お前は……」

 

「私?私は……戦わなくちゃ。斬らないといけないものが、ここには沢山あるみたい」

 

 ローブの下から冷え冷えする鋼を抜き、少女が軽やかに駆けていく。犬人の青年はそれを呆然と見送りながら、嫌に惨めな気持ちになって、同時に奇妙な憎悪が湧いた。

 親切なんか二度とするか。彼が『アイズ・ヴァレンシュタイン』の名を知ったのは、それから間もなくのことだった。

 

 

 Lv.2、牛人ブルズの【当たり屋(ヒットマン)】はガッツのある強請りであった。この男は誰が相手であろうと見境なくぶつかって行き、治療費をせしめようとする。

 あの【猛者】にすら無謀な体当たりを仕掛けたというのだから、その蛮勇には並ぶ者がない。彼は望み通り“治療費”の獲得に成功し、その偉業でレベルアップすら果たしたので、頑丈さもまた筋金入りである。

 足りないのはオツムばかりの木偶の坊。以降彼は【フレイヤ・ファミリア】との取引の運搬を請け負うことになったのだから、奇縁というより他になかろう。

 

 妙に古ぼけた礼服、年季の入ったステッキ、よく鞣された革靴。加えて常にその日の夕刊を持つ初老のヒューマンは同じくLv.2の【紳士(ジェントリ)】だ。

 柔らかな物腰の正体は『窃盗』の美学に取り憑かれた盗人である。彼は一流のスリであり、成功率は九割超え。財布を抜く事にかけて破滅的な才を持つ。

 あまりの手癖の悪さから誰からも薄っすらと嫌われているが、この男は完璧なヘイトコントロールに成功していた。

 何せ酒卸の上客にすら手を出すので、ファミリア総出でボコボコにされることで、上手いことストレスを消化させられているからである。

 

 うっかりレベルアップしたものの、結局は【ソーマ・ファミリア】に腐る程いる小悪党の一人。団長たるザニスに従うのは借金がある以上に、彼が神酒ビジネスの元締めであるがあるゆえ。

 

 要は義理も人情もないので、目の前に【ロキ・ファミリア】の【勇者(ブレイバー)】が現れた時、彼らはあっさり団長を売った。

 

「団長ならあっちで【殺帝】に脅されてますよ」

 

「そうか、情報提供ありがとう」

 

 小人族の英雄は爽やかに微笑むと、木っ端二人をぶち転がす。紳士的かつ実に鮮やかな手際であった。

 

 今は時間との勝負である。不明な拠点により攻め手にある【闇派閥】に対し、オラリオは常に防衛を強いられる側だった。それが此度ばかりは違う。こちらが初めて先手を狙える。

 フィンはいつの間にか逸れたファミリアの末っ子の行方を思案しながら、ほんの僅かに片眉を上げると。【ソーマ・ファミリア】ってこんなのしかいないのかな……と思った。

 

 正解である。

 

 

 

 全身が奇妙な緊張で強張る。キュッと喉の奥が引き攣り、口端は慄きながらも持ち上がって、心臓がバクバクと生命の危機を知らせてくる。

 サムライを自称する癖に往生際が悪いエルフへ、アルフィアは優しげな声で呼びかけた。

 

「帰雁」

 

「はい」

 

 海の覇王(リヴァイアサン)討伐の立役者が放つ、深海並みの圧力である。ブワッと冷や汗をかきながら帰雁は反射的に飛び起きる。

 酔いに浸った生存本能も此度は健気に仕事をした。慌てて装いを正す殊勝な態度に看守たちは胡乱な気持ちを抱くも、流石に相手が相手なのだ。さもありなんと彼らは目逸らし。

 

「鍵」

 

「ウッス」

 

 今や囚人を守る盾と化した檻の鍵をゴーグルの男があっさりと手放す。『裏切り者!』と無言の訴えが獄中から飛ぶが、煙水晶の下の隻眼は泳ぎに泳いで溺死寸前なのであった。

 ガタンと檻の扉が開く。ついに隔てるものが無くなった両者は、表面上穏やかな温度で会話を交わした。

 

「どうした、何故出てこない。それ程に檻が気に入ったとでも?」

 

「いや拙者、一応捕虜というか、人質みたいなもんでござるからぁ……一応はそれ相応の……」

 

「お前の珍妙な行動に対して、私はかなり寛容に接している。違うか?」

 

 これにて一巻の終わり、でござるか……。遂に悟ったような有り様で、帰雁は儚げな微笑を浮かべる。人が全てを諦める時、心には静かな漣だけが立つものだ。

 

 再会当初に施された、アルフィアの仕置きは凄絶だった。その所業は観覧に来ていた【殺帝(アラクニア)】が青褪め、【白髪鬼(ヴェンデッタ)】が絶句し、【顔無し】が薄ら笑いを引っ込める程で、かつての『奈落落とし』の所業に溜飲を下げて余りある。

 

 ただ・只管に・恐いのである。零落してなお『最恐』の名を恣にする【ヘラ・ファミリア】、その寵児たる貫禄を見せつけた形だ。

 

『……何も見なかったことにしよう』

 

 エレボスの緘口令により詳細は伏せられたが、彼女の行いは決して陰惨な訳でも、悪辣な訳でもなかった。何せアルフィアはこのエルフに対して、友誼や信用にも近い……ある種の『愛』を持っている。

 愛あるからこそ残酷になれるのが【ヘラ・ファミリア】の女なのだ。なおアルフィアは愛しい物を慈しむ真っ当な感性を持っていたが、当然酒カスが相手では発揮されないものであった。

 

 はぁ、とアルフィアは溜め息を吐いた。彼女は無駄口と雑音が嫌いで、モンスターと神々が嫌いで、おまけに人間が嫌いだ。

 にも関わらず愛しい片割れ以外に手間をかけることの意味を、まさか説明しなくてはならないのか。

 

 酒カスになんでも言うことを聞かせる、魔法の言葉はシンプルである。アルフィアは仏頂面で言った。

 

「……久しぶりに……」

 

「うむ?」

 

「一杯、どうだ」

 





アイズ・ヴァレンシュタインの残酷なまでの純粋さを表現するのに俺の筆力は拙すぎる
出直してきます

既出の誰との関係が好き?

  • ソーマ
  • ザニス
  • アルフィア
  • ミア
  • リヴェリア
  • メーテリア
  • その他
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