酒カスエルフ、ダンジョンへ行く   作:エルフスキー

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可惜の夜

 

『男の多情を気にし過ぎるな。()が正しく収まる()というのは、世に一本しか無いものでござるよ』

 

『でも私、出来ることは何でもしておきたいの。男の人はちゃんと捕まえておかなきゃいけないって神様も言っていたし……』

 

『【ヘラ・ファミリア】の教育こわ……かのご夫君なら強ち間違っては居らぬだろうけども……』

 

 隠し部屋に近づくと同時、聞こえてきたのは女の茶化す声音であった。

 可愛い妹は主神の薫陶を真に受けて、紅潮したかんばせにとんでもない意気込みを乗せている。アルフィアは敢えて気配を消さず、すたすたと二人に歩み寄った。

 

 療養者が暮らす為に清潔なばかりの廃教会だが、ここだけは生の気配がある。薄闇と静寂に満ちた空間においてメーテリアが灯火ならば、あの客は悪戯な飄なのであった。

 

『移り気を収めるに手っ取り早いのは確かよな。男ってのは結局の所、抜くモノ抜けば大人しくなる生き物でござるから……』

 

『ほう、それは興味深いな。一体あの男の何を抜こうとしている?』

 

『何ってそりゃあナニであろ。如何なヘタレも一発セッ…………!』

 

『セ……?なんだ。言ってみろ。セ?』

 

 アイエエエ!?アルフィア!?アルフィアナンデ!?帰雁は即座に神妙な顔を作り、スッ……と目を逸らしながら言った。

 

『せ……せ、背骨をな……?根っこから…………!』

 

『良い考えだ、男も女も等しく静かになるだろうよ。早速試しに行くとするか』

 

『ま、待ってアルフィア、アルフィアってば……!』

 

 白い肌を耳まで染めて、慌てふためくメーテリアがしがみついてくる。その元凶たる薄情者はというと、そっぽを向いて空々しい口笛を吹いていた。

 自ら卑猥な話題を振ることはないが、下ネタへの躊躇もない帰雁だ。お綺麗な顔面に釣られた男神を極東仕込みの猥談で撃退した話は有名だが、潔癖の代名詞たるエルフとしては落第も良いところである。

 

 大方“オトナな恋愛相談”を持ち掛けられて、話半分に付き合っていたのだろう。

 メーテリアの恋を庇ったのは分かっているから(代わりに想い人が犠牲になりかけているが)、半泣きの妹を揶揄するつもりで追及を続ける。

 

『メーテリアが望むからと要らんことばかり吹き込むな。貴様も背骨を抜けば黙るのか?ええ?』

 

『ははーん。文字通り“骨抜き”ってわけでござるな』

 

 それ今言う必要あったか?アルフィアはスパンと馬鹿を叩いた。中身があまり詰まっていない頭らしく、カラカラ気持ちのいい音がする。

 つくづく巫山戯た奴である。この女は理性なる要素を軽んじているから、脊髄反射が口から出るのだ。酩酊した頸を脊髄ごと引き抜けば多少は落ち着きも出るだろうか。

 

『成程つまりは“首っ丈”』

 

 本ッ当に喧しいなコイツ……。アルフィアはひとつ嘆息したのち、未だ不安げにしている妹の隣に腰掛けた。

 

 

 

 アルフィアの出現によって彼の日の話題はお流れになったが、下世話な助言は果たして役に立ったのだろうか。或いは想定以上の役立ち方をして、さしもの帰雁も後悔したのかもしれない。

 

 慎重にコルクが引き抜かれる。次いで瓶口からの流体を無駄に洗練された手付きで受け止め、帰雁は完璧な角度で葡萄酒をサーブした。ぼんやり空気を混ぜる作業を眺めていれば、恭しい仕草でグラスが差し出される。

 口に含んだ一杯はオーク樽の匂いが強い。さして酒を好むわけでない彼女からすれば『不味くはない』と思う程度の所感であるが、傍らの【呑んだくれ】は違ったらしい。

 

「逸品でござる。老成した味わい、保管状況も申し分なく、意匠にも値が付くぷれみあもの……!アルフィア、ぬし、これを何処で」

 

「エレボスに言って一本貰った。それほどに良い酒なのか?」

 

「末端価格には詳しくござらんが、一樽あらば或いは國が興るやもな。エレボス様って太っ腹な方でござるなー!」

 

 キラキラ目を輝かせた帰雁が崩れかけのコルクを置く。それからワクワクとグラスを傾け、嬉しそうに相貌を崩した。

 アルフィアはそれを横目で見ながら舌にもう一度液体を乗せ……ほんの小さな笑みを溢す。

 

 戦闘の跡が残る廃教会で暫し取り留めない会話をした。数年ぶりに顔を合わせた間柄らしく、内容はごく純粋な近況報告だ。

 『竜の谷』での日常に何の変哲も無かったとアルフィアは考えるが、帰雁には興味深い話題だったようで、彼女とその同居人との生活を深刻そうに聞くのであった。

 

「まさか然程の試練を越えて……お労しやザルド殿。幾ら喧嘩を売られたとはいえ、もうちょい優しくすべきでござったかなぁ」

 

「何を言う。幾ら腐ってもあの男の腕だ、谷から逃げ出した程度の雑魚を相手に遅れを取る筈がないだろう」

 

「いや竜よりもっと怖い物があったのではと言う話で……」

 

 武士の情けで帰雁が曖昧に微笑むと同時、何処かで【暴喰】がクシャミをする。奇妙な寒気に体を震わせ、風邪か?と彼は思った。

 

 一方の帰雁は暫し放浪を楽しんだらしい。この流離人の語り上手は酒の肴として上等なもので、行く先々の見聞を色鮮やかに言紡ぐ。何せ御伽話のような出来事ですら真に迫って話すのだ……とはいえ。

 

「そういえば拙者より年上のヒューマンに会ったぞ」

 

「遂に狂ったか」

 

 年齢不詳の長命種が妙なことを言い出したので、アルフィアは正気を疑った。幾ら健康に生きたとて、ヒューマンの寿命は80年が精々だ。

 恩恵に頼って延命しようと……とはいえ死に急ぎこそ偉業の本質であることをアルフィアは身をもって証明しているが……どう頑張っても限界がある。

 

 下界最高の位階に到達した【女帝】ですら、永遠の若さを手に入れることは叶わなかったのだ。なお地獄からでもカチコミを掛けてきそうな女であるからして、この話はここで終いである。

 ペラペラに干からびた木乃伊でも掘り返したのかと尋ねれば、いやムキムキだったと反論される。良く分からんこだわりポイントであった。

 

「居たもん!馬鹿みたいに強い三千年前の古代人居たもん!」

 

「三千年を遡れば神時代より前だろうに。そもそも私はお前の年齢も知らないが」

 

「612歳」

 

「は?」

 

「612歳でござる。育て親に拾われてから数えだしたので、多分ホントはもうちと上」

 

 アルフィアは絶句した。やけに具体的な数字が持つ突拍子の無さが、至極つまらなさそうな友人の表情が、それこそ真に迫っていたからだ。

 

「……長命といえどエルフの寿命は精々300程度だろうが」

 

「幼い頃に神の力を浴びて、上手く歳を取れなくなった。それよりその古代人が教えてくれた絶対にオチる冗句(ジョーク)なのだが……」

 

「それはそれで気になるから後で話せ。まずはお前の話をしろ」

 

 帰雁は不服気な顔をした。余程自信のあるネタらしい。仕方なく先に『冗句』を聞くと、古代人のユーモアセンスがクソカスであるということが分かった。

 

 渾身の冗句が不発に終わり傷心するエルフを促せば、言った以上のことはないと帰雁は前置く。

 

「かつて尊き一柱が斃れた時、うっかり最期の血を受け止める羽目になった。大御神様が仰ることには、その際“存在が混じってばぐった”らしく……以来こうした体になった」

 

 説明は端的かつ抽象的だが、本人にもそれ以上は分からないらしい。つまる所明らかなのは、『齢?三桁は超えてござるかなぁ♡』とお茶を濁し雑に歳を誤魔化していた事実である。

 

「鯖ってのは大胆に読むものでござる。その辺の人間は100歳って言うだけで納得するものよ」

 

「役に立たないライフハックだな……」

 

 長命種も多いオラリオでは相当数に訝しまれているのではないか。アルフィアの疑念は全くもってその通りであり、ハイエルフの姫君が要らぬ胃痛を抱える羽目になっているのだが、当人は全く他人事なのであった。

 

「……メーテリアには教えていたのか?」

 

 一つ気になっていたことを尋ねる。それまで決して触れなかった妹の名を出せば、あっけらかんと帰雁は言った。

 

「教えていた」

 

「……そうか」

 

「流石に言い触らされても困るから、そろそろ死にそうな者にしか教えぬようにしている。死にかけよなぁと思ってから、あの娘は瀕死で十余年生きてござったが……」

 

「……」

 

「思えばぬしにも教えておいても良かったな。ぬし、どうせ言い触らすような友達居らぬし」

 

「殺すぞ」

 

 あまりにもあんまりである。アルフィアは気を遣った己を恥じた。

 このトンチキエルフに限ってデリケートな話題などある筈がないのだ。どうやら最後の最期まで自分たちの関係は変わらないらしい。

 

 素面でいるのも馬鹿らしくなって、グッと手元のグラスを呷る。次いでボトルに残った酒まで飲み干したアルフィアを、しかし【呑んだくれ】は咎めなかった。

 

 

「……あの子の子供はどうだった。男か、女か。容姿はあの子に似ているのか」

 

「男だった。見目は……ぬしらに似てござるかなぁ。目は真っ赤でござったが」

 

「チッ、何処までも邪魔な男だな。面影までもが忌々しい。ザルドとジジイは喜ぶだろうが……」

 

「どちらかと言えば母親の執念であろう。産んだ本人が一番喜んでござったし」

 

「……そうか。ならば……メーテリアは?」

 

「死んだ。すぐだった。良くもあそこまで保ったものよ」

 

「……まあ、そうだろうな。分かっているさ。わかっていて、わたしはあの子を」

 

「アルフィア」

 

 酩酊のせいで滅裂になる頭の中に、柔らかい音が差し込まれる。妙に抗い難い響きだ。伏せていた目を思わず開けど、ぼやけて滲んだ女の表情は窺えない。

 

「あの娘は【ヘラの栄光(ヘラクレス)】を望まなかった。好いた男の血を引く子供に、ただ健やかであることを願った。“ベル・クラネル”の人生は母親の真心と献身から始まる」

 

 幼い少女をあやす声音が懐かしかったから黙った。

 飲み干した葡萄酒の澱が喉に詰まったから噎せた。

 

「……お前の妹は、そうやって生きた女だったよ」

 

 友人の寂しげな声が似合わなかったから、アルフィアは涙が出るほど笑った。全てが酒席の戯れだった。

 

 

「……わたしが死んでもお前はさびしいのか?」

 

「きっと寂しくなるでござるよ。恋しいあまりに泣くやもしれぬ」

 

「うそ、」

 

 いつもそう。いつもお前は適当ばかりだ。私のことなど何とも思っていないくせに。

 

 腹が立ったから怒ろうとして、それより酔いが回る方が早かった。傾く視界を支えた腕には一面に鳥肌が立っている。いちいち苛立たせてくる奴なのだ。

 

 その澄まし顔が嫌いだ。飄々とした態度が嫌いだ。こっちは救世に必死だというのに、全て酒の肴というような顔をして。

 

 ……そんなどうしようもない友に、それでも一つ望むとすれば。

 世界に“英雄”が現れたとき、いつか盃を交わした女を、嘘でも恋しがればいいと思った。

 

 





シリアス(推定)……シリアス(不安)……?シリアス(断定)が終わった……!

暗黒期で一回この小説は区切らせて頂きます。原作軸はその後書く予定。感想は大いに参考にさせて頂くので、気に入ったシーンがあったら是非教えて欲しいです。

本当は半年くらいで終わらせるつもりのssだったんですけど……全然駄目だったな……。

お気に入り、評価、感想、ここすき、ファンアート、その他汎ゆる応援をいつもありがとうございます。本当にありがとうございます。このssの糧です。

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