酒カスエルフ、ダンジョンへ行く   作:エルフスキー

37 / 45
密通

 

 主神ソーマは稀にモガリ・帰雁を居室に招くことがある。大抵の場合約束は人の寝静まった夜中のことで、一柱と一人は余人に理解し難い奇怪な夜咄を交えつつ、何やらちびちび酒を呑む。

 

 この日の宿直はアタリである。何故ならその夜は開かずの蔵が開放され、彼らも酒盛りのお零れに与ることが出来た為だ。

 蔵にはソーマが手慰みに造り出した『試作』たちが納められているのだが……されど一度市場に流れれば、莫大なヴァリスに変わる極上の酒の数々である……ふたりはそれを持ち出して、あーでもないこーでもないと品評を付けるのだった。

 

 リリルカ・アーデという小間使いからすれば、荒稼ぎの夜であった。主神の居室と酒蔵をぴょんぴょん行き来する『お運びさん』は、身のこなしが軽く足音も小さい小人族の少女の役目だ。

 その晩は本拠を堂々と歩けるし、お腹いっぱいになるまで摘み食いが出来るし、分け前が欲しい団員たちから競うようにチップをもらえる。少女は上階の飲止を中階に運び、下階に降りては新しい酒を運ぶ。

 

 団長などは目の上のたん瘤ふたりの会話の内容が気になって仕方がないようだが、リリルカ・アーデは知っていた。彼らは碌な話をしていない。明らかに成立していない会話も多々なのだ。

 

『この酒結構イケるであろ?』

 

『俺の神酒の方が美味い』

 

『んもー!主上はそれしか仰らぬ!』

 

 帰雁が気に入った酒を持ち込んで主神に飲ませることもあるのだが、ソーマは毎度同じことしか言わないので、幼稚な諍いに陥ることもある。そういう時リリルカはこっそり酒を入れ替え、喧嘩を回避させたりもする。

 小間使いも楽ではない。酒瓶を抱えてえっちらおっちら、行ったり来たりを繰り返す。

 開かずの蔵は何故か地下牢の隣にあるから、ちょっと薄暗いのも嫌なポイントだ。囚人が入っていた日には最悪である。

 

 その夜のリリルカもビクビクしながら、カンテラで酒蔵を照らしていた。

 

『ぴゃぁっ!!!え……ま、まさかこれもお酒なんですか!?帰雁さまは本ッ当に趣味が悪いんですから……!』

 

 誰もいないはずの酒蔵で、彼女はソレと目が合った。ガラス製の瓶の中、透明な液体に浸っている何処か不気味な目玉である。

 いや眼球というものは本来頭部に嵌っていて然るべきであって、それ単体で見れば悍ましいのは当たり前なのだけど、それだけでは納得できない恐ろしさがあるのだ。

 

 伸びる影の影響か視線が動いたように錯覚する。開き切った瞳孔。『D』の文字が奇妙に揺らぎ、カンテラの火が吸われているように見える。

 

 ──あんなお酒もあるんですね……。

 あの日のリリルカは尋ねた。

 

 ──知らん……何それ……。怖……。

 帰雁は首を傾げて訝しんだ。

 

 ──お前が置いて行ったんだろうが……!

 ソーマは静かにキレた。

 

 そんな一幕もあったなぁと、今日のリリルカはしみじみ思う。彼女の腕の中にはエタノールに浸った瓶詰めの目玉が抱えられていた。

 モガリ・帰雁が忘れたならば、その正体は酒ではないのだ。まさかそれが裏社会における重要な通行証であることなど、当時は思いもしなかったのだけど。

 

 ザニスは存在を知らない。帰雁は正体を知らない。ソーマは酒蔵に謎の目玉を保管されてキレている。

 【ソーマ・ファミリア】がダイダロス・オーブを所有することを、リリルカだけは知っている。

 

 

 

「ぜえっ……ぜえっ……ぜえっ……かひゅッ……!」

 

 リリルカは必死に逃げていた。肺に途轍もない負担がかかり、喉から異音が鳴っている。

 幼気な少女の逃亡は誰が見ても痛々しいものだろうが、それを正しく認知している者は居ない。リリルカは自らの魔法を用いて、モンスターに姿を窶しているからだ。

 

 『悪人共の違法市』が開かれ【酒守】と【殺帝】の商談に【勇者】が踏み込んだその日、奇しくもリリルカは策を実行に移していた。地下の交易所の存在をオラリオに知らせる……内容はシンプルだが実に困難な作戦である。

 単純な密告では確証がなく、【ギルド】に持ち込めば罠の恐れがあり、何にせよ協力を仰げる相手はいない。となれば都市の有力者自身に、存在を掴ませることが唯一の道だ。

 

 彼女は当初【アストレア・ファミリア】をその相手に考えていたが、先日の『親切』が足を引っ張った。帰雁お気に入りの場所で【大和竜胆】と謎の女が戦闘を行った際、場に居合わせたのは全くの偶然である。

 

 リリルカが誘導した【アストレア・ファミリア】他、【ガネーシャ・ファミリア】の憲兵たちを巻き込んだ戦いは多くの死傷者を生み出しており、【疾風】に声をかけた謎の少女は【闇派閥】の手の者ということになっていた。

 

 となれば直接的な方法を用いよう。当然危険は承知の上で、仕方なく少女は決断した。

 市街地にモンスターが現れれば、マトモな冒険者は原因を探そうとするだろう。それをなんとか先導して、『扉』の存在を知らせれば……!

 

 リリルカは甘かった。「未熟そうな冒険者なら深く考えずに追ってくれるんじゃないですかね……」という考えの下、彼女は自らと同じく幼い少女をターゲットに選んだ。

 

「モンスター……殺すッ……!」

 

 アイズ・ヴァレンシュタイン(モンスター絶殺姫)である。

 尋常ではない殺意に追われ、ニードルラビット(リリルカ)はギャン泣きした。

 

「モンスター、なんで殺せないのッ……!」

 

「ひぃっ……死ぬ……死んじゃいます……!」

  

 長く変身したままいるせいで、少女は疲労困憊であった。何故か【復讐姫(アヴェンジャー)】が発動せず、思うように動かない身体にアイズが苛立っていなければ、とっくにバラバラになっていたリリルカである。

 浮浪者に扮した見張りの者たちが止める間もなく彼女は必死に足を動かし、『目』に反応して開いた扉に駆け込もうとして。

 

「えっ」

  

 その背後に犇めき都市外への移出を待つ、大量のモンスターに目を剥いた。前門のモンスター群団、後門の人形姫。あまりの絶望で変身も解ける。

 リリルカ・アーデ、万事休す────刹那。

 

「無理をする」

 

「無謀だ」

 

「無鉄砲」

 

「小人族にあるまじき無茶……だが悪くない」

 

 背後から現れた四振りの剣が、彼女を害する全てを弾いた。

 

 市街地にモンスターが現れれば、マトモな冒険者は原因を探そうとするものだ。それが年端のいかない少女の変じた姿であれば尚更である。

 

 要は初めから目を付けられて、リリルカ(及びアイズ)は泳がされていた訳だが……少女を優しく保護した彼らは如何に女神をキメていようと、結局は善良な冒険者なのであった。

 

 

 

 

 数多の『英雄』の死に花は屍山血河の上に咲く。無辜の人々を踏み躙り、極悪非道を極めた果てに、残るは血濡れた徒花だろう。往々にして伝説とは、そうした終わり方をするのだった。 

 

 酒は美味い。酒は美味いが寂しいものだ。況してや「大人しくしててくれ」だの「私の死に様に茶々を入れるな」だのと深く釘を刺されてしまったから、帰雁は呑んだくれることしかできない。

 つまり通常運転である。ちまちま火酒を舐めながら、馬鹿はハッと気付きを得た。

 

「人生誰しも一度きり、あれほどの男と女であれば、そりゃ死ぬ前に国くらい傾けてみたいものかと思うてござったが……もしやそういうことではない……?」

 

「もしかしなくともそういうことではないな」

 

「あなや……!?」

 

 遅すぎる気付きである。二人が死んだ暁には景気良く花火をぶち上げようと思っていたのに、ムードにそぐわぬ恐れがござるな……。帰雁は真剣に考えた。

 

 僭主も寡頭も衆愚も見て、同じ数だけ終焉を見た。戦争や国家は普遍的で、国家論とは学ぶほど人生に役立つものだ。しかし多くの経験と知識は、それを活かす知性ありきの財産である。

 

 愕然とする呑んだくれにはチラとも崇高な使命が察せられぬ。基本何も考えていないので、思想犯との相性が悪すぎるのだ。

 邪神エレボスは不安になり、まずは現状の認識の確認をすることにした。

 

「何処から説明すれば良い?ええと……まず、俺たちは戦争をやっている。オラリオと【闇派閥】の総力戦だ。待て、総力戦って分かるか?」

 

「流石にその位は分かるでござる。大抵は勝つか滅ぶかで終わる。マア良くあることであろ」

 

「それを世間じゃ危急存亡の秋と言うんだが……もう良い、此の話は終わりにしよう。折入って【闇派閥】の首魁ではなく、俺個人として君に頼みがある」

 

「えー、どうしたものでござるかな。拙者は御身が薄っすら好きではないぞ。拙者の友達死なせるのであろ」

 

「切れ味がすごい。これがサムライの一太刀か……?」

 

 コイツ相手に交渉ができるのか?エレボスは己を疑った。誤学習して狂ったAIと会話している感覚である。

 にも関わらず核心だけは突いてくるので、控えめに言って途方に暮れた。【アストレア・ファミリア】の気高きエルフの扱い易さを思うと、その対極にいるような存在だ。

 

「戦後のことだ。俺が送還された後、俺の眷属のことを見てやって欲しい。下手をすれば自棄で死にかねない子だが、俺はそれが惜しいんだ」

 

「我欲で死に体の人を活かすと?ふふっ、俄然死なせてやる気になったゆえ、負け惜しみくらいは聞くでござるよ」

 

 Noと言える極東人。言葉の何処かで地雷を踏んだか攻撃性も増している。薄々察せられていたことだが、『エレボス』という神と『モガリ・帰雁』というエルフは致命的に噛み合わせが悪いらしい。

 

 されどエレボスは神である。下界の子供のちっぽけな信条なぞ容易く踏み躙れる存在なのだ。男神は威厳のある顔を作り、無礼な人の子を睥睨する。

 

「……舐めるな、俺こそ【闇派閥】の首魁エレボス。邪悪の化身、世に甘言を蒔き人に疑惑を植え付ける者。下界の子よ、俺にひれ伏せ。俺は勝てん交渉になど臨まない」

 

「ほほう?ここから拙者の心象を覆す手が打てるとでも」

 

「……最強の宿敵。かつての列強、【セベク・ファミリア】の遺産」

 

「うむ?」

 

「その酒蔵の鍵がここにある。美女(アルフィア)との極上の一杯は美味かったか?」

 

「大変馳走になり申した!!!」

 

 勝ったな。エレボスはとある所在地の鍵を渡し、満面の笑みの帰雁がそれを受け取る。いつかアルフィアが話していた通りに、あまりにチョロいエルフであった。

 帰雁はニコニコ微笑みながら、強く着物の合わせを叩く。

 

「安心召されよ。お主の眷属は四肢を捥いででも活かすゆえ、安心して還るが良かろ」

 

「出来れば四肢は捥がないでやって欲しいんだが……」

 

「なに、ぎったんぎったんに生かすでござるよ!」

 

「ぎったんぎったん……」

 

 本当にコイツに預けて良いんだろうかと、不安が拭いきれないエレボスである。しかし身元も知れぬ犯罪者が潜伏するにあたって【ソーマ・ファミリア】以上の環境は少ない。

 少なくとも何をしでかすか知れぬ邪神の一柱に預けるより、多少はマシな気がする。

 

「左様ならば、これにて御免。御身の描いた此度の脚本、酒のアテにさせて頂きまする」

 

 惚れ惚れする会釈を残し、エルフの剣客は去って行く。未だ死に場所を見つけられない女の姿を見送り、憐れなものだとエレボスは笑った。

 

 





そろそろ大抗争終わります

既出の誰との関係が好き?

  • ソーマ
  • ザニス
  • アルフィア
  • ミア
  • リヴェリア
  • メーテリア
  • その他
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。