酒カスエルフ、ダンジョンへ行く   作:エルフスキー

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 モンスターを斬る。魔石を拾う。しばし探索。モンスターを斬る。

 そんな具合でこつこつダンジョンを掘り進めていたものの、手につかえを受け眉を顰める。腰にぶら下げた複数の巾着にはみっちり成果物が詰まっており、もはや欠片も余裕がない。

 

 よって手に持っていた魔石を未練なく投げ捨てると、帰雁は妙に浅い声音で感心した。

 

「いやホント気味の悪い場所でござるなぁ」

 

 キュポン、と取り出したスキットルの蓋を開ける。喉が焼ける感覚にがなるのは、既に二日ほど迷宮に潜る新人冒険者だ。

 

 戦場の真っ只中でも衣食住に満足できる乏しい性根は、昼夜も知れぬ地下にあって十二分に満たされていた。

 

 が、それにしたって気色が悪い。傷つけられては修復される洞窟に、やけに規則だったモンスター。旅の連れ合いは常に辺り一面へ威嚇を飛ばし、戦場で酒を呷る大馬鹿野郎に今もキレ散らかしている。

 【神の恩恵】に慣れていないことや実質初探索であることも鑑み、冒険者間で上層と呼ばれる階層をうろうろ歩き回っていたのだが、正直嫌気が差してきていた。

 

 戦いの最中は気に留まらぬ不自然さが、妙に浮き出ているように感じる。それこそ暗闇から誰かが息を潜めて、ずっとこちらを窺っているような……

 

「……」

 

 薄闇の中で何もせずにいるから嫌なことばかり考えるのだ。帰雁は一つため息を吐いた。

 またモンスターの群れを進呈(プレゼント)してくれる素敵な冒険者はいなかろうか。群狼に追いかけ回されるヒューマン達に出会したときは面食らったが、あれは中々楽しめる狩りだった。

 

 やはり人間、四つ足を追いかけ回す暮らしが一番幸せなのやも知れぬ……。

 自然派思考(エルフ生まれ)質実剛健(サムライ魂)が悪魔合体した原始主義に囚われかけた酔っ払いだが、湿った唇を舐めて我に返る。結局の所、人生に飲酒以上の歓びはあり得ないのであった。

 

 

「ふむ……しばし降れば一山あるな」

 

 地下から反響した雄叫びが聞こえる。まだ見ぬ強敵と難所の予感だ。まるで誘い込まれているかのようだが、大変好奇心が擽られるのも事実である。

 選択肢は二つある。ここを降るか、ここで戻るか。

 

 ふむんと一つ思案して、帰雁は迷いなく中層に背を向けた。そう急ぐ人生でもあるまいし、楽しみは次に取っておこう。何より酒が切れそうである。

 

 

 

 

 

 

 

 ザニス・ルストラは戦士ではない。どこにでもある農村に生まれた四男坊で、多少目端が効くからと都市の商家の丁稚に入り、結局あぶれた商人くずれだ。

 モンスター蔓延る時代にあって、“幸運”にも特段酷い目に遭ったことはない。が、同時に良い目を見たこともなく、ただ他者の努力や成功に対する憎しみと、漠然とした渇望だけを持っていた。

 

 この男は“幸運”だ。一攫千金を求めダンジョンに挑む有象無象はいくらでもいるが、喪失なく野望を諦められる者はごく少数である。

 慎ましく耕作に励む暮らしを、堅実に算盤を弾く暮らしを諦めたように、彼は冒険者としての成功をあっさりと諦めた。

 周囲で死んでいく無謀な馬鹿とは違い、リスクヘッジ出来るだけの小賢しさがこの男にあったからだ。

 

 「こんなのは割に合わない。人生を賭すほどの事があろうはずもない。より安全に、より簡単に、より多くの欲を満たす方法があるはずだ」

 

 生涯を通し鬱屈と考えてきた男の目に入ったのは、路地裏で酔い潰れる薄汚い冒険者。悪人が真っ先に搾取すべき、愚かな弱者の姿であった。

 

 

 酒神ソーマとの出会いはこの上ない“幸運”だった。酒を作りたいだけの、その為に金を手に入れたいだけの神。

 世間知らずと呼ぶのも烏滸がましい。其は俗世になんら関心を持たぬ、酒を生み出すだけの機械であった。

 

 なんて馬鹿な生き物だろう。超常存在などと大層な名前の癖、コレは己の価値をまるで知らないらしい。

 この神が生み出す神酒はそれだけで無二の流通を確立する。金など求めるまでもなく、莫大な“力”が手に入るではないか。

 

 当然ながら同じことを考える悪人は幾らでもいて、だからこそ彼らとの間には緩やかな共生が発生する。発足当初の【ソーマ・ファミリア】は、宛ら商業組合のような有り様だったのだ。

 金も力も持たぬ小悪党たちが、浅知恵を束ねて酒を売り捌くだけの組織。強大な相手に睨まれぬよう息を潜め、細々と流路を形成し、買い手同士で競合するシステムを組み合わせる。

 

 利権の奪い合いが発生するまでの、悪くない暮らしだった。初めから崩壊する事が分かっていたからこそ楽しめた。集ったのは神を利用する不信心者ばかりであって、いつか互いに蹴落としあう事を知っていた。

 落伍者が息を出来るのは同類の間だけだ。鼠はゴミ溜めの中でしか生きられぬし、清い水に魚は住まぬ。共食いの果てに残るのは一人だけだと、皆が知ってそこにいた。

 にも関わらず。

 

「馬鹿ばかりだ」

 

 金で雇ったアルコールジャンキーに指示し、片っ端から競合相手を襲撃させた。刃が鈍った暴漢を再起不能に追い込んで追放し、暴漢に従った詐欺師たちにはとてつもない額の借金を負わせた。

 功を焦った数名は迷宮の闇に消え、ファミリアには衣服の切れ端だけが届いた。

 

 残るは一人の“幸運”な男のみ。彼は誰よりも容赦がなく、誰よりも手段を選ばず、誰より卑しかったからこそ勝利した。

 しかして【ソーマ・ファミリア】というゴミ溜めには、神酒(ソーマ)とその信者、そして一人の小悪党が残されたのである。

 

 

 体制の変化が必要だった。十数名のあざとい悪人の穴を代行できるほど、ザニスは優秀な人間ではない。

 

 あるのはアルコール依存の廃棄物未満(だんいん)と、空き瓶が転がる薄汚れた魔窟(ほんきょち)。つまるところ生産系ファミリアとは名ばかりの、何の生産性もない実態がある。

 【ギルド】の監査が入れば一発アウトな状況下で、何某かの舵取りは必須だった。

 

 目眩しが必要だ。新たな稼ぎも、規則も、それを敷くだけの役職だって。謀略(はなしあい)が通じるのは道理を知る人間だけだから、中毒者を力付くで黙らせる手駒も揃えなければならない。

 金だけは手元に腐るほどある。ザニスの武器はもはや金だけ、いや結構なことじゃないか。ならばそうだ、金が物を言うファミリアを作れば良い。

 

 神酒を得る為の最低金額を設ければ、酔っ払いどもは必死で金を用立てるはずだ。ダンジョンを厭って酒に逃れた癖に、酒の為にダンジョンへ潜る馬鹿も出るだろう。

 篩にかけるくらいで丁度良い。どうせ幾らでも代えは効く。

 

 あとは金で定まる序列を作り、頂点を長とする認識を根付かせるだけ。そこまで行き着けば恐れるものはない。

 そうして代表の合議制であった生産系ファミリアを、トップダウン型の探索系ファミリアに作り変えれば。

 

 嫌に纏まらない思考の中、他者を蹴落とす算段だけは明瞭だった。

 俺は勝てる。これまでだって勝ってきたのだ。全て踏み躙り、全て貶め、全てを奪いさえすれば、もはや俺を脅かすものなど……。

 

 故にこそ。大悪党の嘲笑は、ザニスの想定外(イレギュラー)そのものであったのだ。

 

 

 

 

 

 

「主上、十万ヴァリスでござる。お納め頂きたいのだが」

 

「…………」

 

「うむ?如何なさった」

 

 さて、酒蔵にトンチキエルフが一人。言わずと知れた酒カスである。

 帰雁は膨れ上がった巾着をジャラジャラ鳴らすと、やけに凝視してくる主神に首を傾げた。

 

「……ああ、此度は身嗜みを整えてござるよ。先日は色々と先走った……お許しいただきたいでござる」

 

 否、帰雁とて反省はしているのだ。旅装のまま酒蔵に乗り込むなど繊細な酒種への配慮がなっていなかったと。

 故に契約した借部屋にて真新しい衣服に着替え、蔵に入る直前で笠も脱いだ。髪も清潔に整えて、全て後ろで束ねている……。

 

 このエルフ、本気も本気であった。最悪である。碌な自省ができていない。

 

 【ギルド】にて『極東の脳筋が』『ダンジョンアタックってそういう意味じゃないから』『迷宮で飲酒?馬鹿なの?死ぬの?』と叱られ、『次はドラゴン見てくるでござる!』と返して更に説教されたはずなのだが、まるで成長が見られない。酔っ払い特有の狭窄な視野であった。

 

「……構わない。金は俺に直接渡すな」

 

 しかし主神は実のところ、酒カスの異常性を気にも留めていなかった。ソーマの思考にあるのは酒造りのことのみ。

 超越存在の権能は冒険者一人に影響されるほど柔ではないので、この眷属は妙な所に気を使うものだと薄っすら思った程度である。

 

 ただ一つ思い出されるのは、去り際に放たれたあの一言だ。

 

『今生呑んだ中で()()()に美味い酒でござった』

 

「………」

 

 酒神たるソーマとて、己の酒が至高と驕るつもりはない。実際神界には己に勝る酒を作り出す神もいた以上、二番手と言うのは十分にあり得ることだろう。しかし眷属たちが詐称して売る適当な酒を、至上の神酒(ソーマ)と誤解されるのは癪に触った。

 何しろ【神の恩恵】持ちすら容易く狂わす酒である。神の眷属でもない一般人が、正真の神酒を呑んで到底正気を保てるはずがないのだ。

 

 確かにこの眷属のステイタスには、『常時精神異常』を齎す奇妙なスキルが記載されていた。それでも酒を好む嗜好を持つならば、神酒は魂を蕩かす逸楽を与えるはずであって。

 

「飲め」

 

 故に、確かめる。知らしめる。分からせる。なんとも曖昧な欲求全てを束ね、ソーマは眷属に恩賜の一杯を施す。

 

「よ、よ、よ、良いのでござるか……!?」

 

 目の前に示された一杯の神酒。その輝きにそわっと帰雁は身じろぎし、期待に満ち溢れた目で主神を仰いだ。

 それから一つ頭を下げ、極東特有の持ち方でグラスを支え持つと、一思いに口に流し入れ……

 

 

「…………ク〜ッ!()()()()()()!いやはや、主上の酒は神懸かってござるなぁ……!」

 

「!!???」

 

 さながら駆け付け一杯ビールを呷る、華金のオッサンの如し。帰雁は絶句する神に向け、実に爽やかに言い放ったのであった。

 

 

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