酒カスエルフ、ダンジョンへ行く   作:エルフスキー

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明けちゃいました……おめでとうございます……


『ロキの御家騒動』・行

 

 絶えず反復する摺り足の音。進んで一つ、退いて一つ。空を切る切先には僅かなズレもなく、ただ地に垂直な軌道を繰り返している。

 

 無性に刀を振るいたくなる瞬間がある。と言うと周囲の人間は泣いて赦しを乞うたり、覚悟を決めた顔で武器を抜いたりする訳だが、これは帰雁にとってどうも納得のいかない現象であった。

 ただ世間話として素振りの習慣を挙げただけで、何も「人でも斬りたい気分でござるな〜?」などと思わせぶりな仕草をしたつもりはない。人斬りとして物申すなら殺る予兆など見せぬ、というのがこのエルフの主張である。無論のこと論外だ。

 

「まえ、あと、まえ、あと、」

 

 上げて、止めて、下げて、止める。こうした徒労(どりょく)に何の痛痒も感じないのは、生まれながらの特性だろうか。早朝の冴えた目で意味もなく棒を振りたくなる所以は、おそらく幼少の日課に起因する。

 

 かつての帰雁──当時は名も持たず、“ちび”などと横着な呼び方をされていたが──は元来、武に生きる存在ではなかった。小娘の頃合いに毎朝飽きもせず握ったのは、大地を耕す為の鍬だ。

 春に種蒔く細やかな務めは、故郷を追われると同時に消え失せた。一方で明け方に畑の世話をした習慣は、ある日から素振り稽古として復活した。

 

 遡ること如何程ばかりか。流浪の最中で行き合った男神様に怪しげな勧誘を受けた時のことである。足首を掴まれ逆さ吊りにされた帰雁は、頬に血が滲む端正な顔を見下ろしていた。

 

『武術を習ったことがない?抜刀どころか柄の握り方すら知らず、下界の子が俺に傷を付けたと?……なんだこれ武神(おれ)の妄想の具現化か???』

 

『やべぇ神様引っ掛けちゃったな……』

 

『俺と“高み”を目指さないか。いや本当に才能あるから……!』


 

 幼きエルフはドン引きしたが、武神タケミカヅチはしつこかった。その場は何とか逃げ出したものの行く先々で稽古を付けられ、まさか十年がかりで口説かれるとは思わぬ。

 

 タケミカヅチは大変立派な神であり、胸中に一人流離う下界の子を案じる心があったことは間違いない。一番弟子(事後承認)が持つ【朝廷】という国家への苦手意識を見抜いていたし、女神ツクヨミとの間のちょっとした因縁も承知していただろう。

 

『お試し一ヶ月からでも……』

 

『間に合っておりまする』

 

『今なら手拭いも付いてくる!』

 

『要りませぬ』

 

 が、それを差し引いてもしつこかった。素振りの習慣を始めたその日、帰雁がしたのは紛れもない根負けである。

 思えば彼は相撲の神であるから、粘り腰が強いのは道理と言えよう。加えてその篤実な神柄ゆえに、ござるになろうと酒浸りになろうと弟子を根気よく可愛がったので、弟子としても満更でなくなったのが今日であった。

 

 

 冬の盛りは過ぎたものの、未だ日が短い季節だ。暁鐘が響く薄明の英雄都市の街並みは、早朝特有の灰青色をしている。

 間借りする材木置き場に人の声が騒めき出した頃、帰雁はのたりと口を開いた。

 

「お嬢さん、左様に見られては穴が空く」

 

「……刀を振るだけで強くなれるの?そんなことに意味がある?」

 

 積み重なった木箱の上、膝を抱えて座っているのは見事な金髪の少女だった。光を束ねたそれが靡き、同色の長い睫毛も震える。整い過ぎた造形が稚く首を傾げると、まるで人形のような印象を受ける。

 

 されどフワフワのパジャマから曝け出る素足は寒々しく、羽織を被らせて尚も心許ない。「寝所から抜け出してきてやりました!」と言葉なくして主張する幼子は、作り物めいた顔に疑問を乗せていた。

 

「刀を振る意味?いやぁ無かろ。別に強くなる為にしている訳でもござらん」

 

「え?」

 

 純粋な問いを受け、帰雁もまた首を傾げながら答えた。そして二人して首を傾け合い、お互い考え込むこと数秒。先に読み込みが終わった少女が再度問い掛けを口にする。

 

「なら貴方はどうやって強くなったの?」

 

「うむん。成り行きとしか答えられぬ」

 

「む。私を誤魔化そうとしてる」

 

「ござらんござらん」

 

 ぴょんと立ち上がった少女が頬を膨らませるが、帰雁にしては真面目に答えたつもりである。この女にとって“剣”とは人生の暇潰しの一つであり、師からの贈り物であり、その辺の障害をしばき倒す棒に過ぎない。

 しかし少女は得心が行かないらしい。家出に際して靴より愛剣を持ち出した彼女は、恨みがましげにポツリと言った。

 

「だって、私、貴方に負けた」

 

「ふむ」

 

「でも、貴方の強さに理由が無いなら、それはおかしい」

 

 22代目の手拭い(酒と一緒に送られてきた)で滲む額の汗を拭いつつ、不服顔の少女を見下ろす。こうした子供は答えを求めるようでいて、実際は漠然とした理想の回答を望んでいるものだ。

 

 とはいえ幼子のなぜなぜ期には親切にしてやるべき、というのが帰雁の考え方であった。何せ子供のころの「どうして」が解消されずに大人になると、どうしても欠けた人間が出来上がる。

 世の中の子供が全員そんな大人に育ってしまえば、己とておちおち飲んだくれることが出来なくなる。

 それでは困る。とても困る。……というのはマア建前であって。

 

 傍で火に当てていた熱燗を取り出しクイッと一杯引っ掛けたのち、帰雁は揶揄い交じりの口調で言った。「面白そう」を隠そうともせず、欠けた人間がニンマリ笑む。

 

「なれば拙者の強さの理由、その目で探してみるでござるか?」

 

 

 

 

 

 

 一方その頃『黄昏の館』。

 

「アイズたんが居らへんのやけど!!!」

 

 ロキは転げ回りながら叫んだ。リヴェリアとアイズが衝突を起こした昨晩、慰めるという名目で少女のベッドに潜り込もうとして眷属に吊し上げられたものの、何とか脱出を果たしたのが現在。

 「ほな寝顔でも拝みに行こか……」と再び事案を起こさんとした彼女は、空っぽのベッドと開け放たれた窓に愕然としていた。

 

 少女の為に誂えられた華奢な白いデスクの上には、まだ練習中の共通語で一言。幼く縒れた文字であるが、されど強い意志を感じさせる筆跡にて。

 

『探さないでください』

 

「そないな所ママに似んくてもええやろ!!?」

 

 只でさえ喧しい主神が早朝から大騒ぎを噛ましたので、当然眷属たちが集まってくる。彼らはロキと同じものを目の当たりにすると一様に顔を蒼白にし、縋るように【勇者】を仰いだ。

 

「迂闊だった。朝の鍛錬に顔を出さない時点で一度様子を確認すべきだった」

 

 額を押さえてフィンが言う。そうだった、と彼は後悔した。【ロキ・ファミリア】の小さなお姫様は、時折こうした爆発的な暴走を起こすのであった。

 

 

 

 『黄昏の館』を抜け出した後、アイズの足は自然とバベルに向いた。無論ダンジョンへ赴く為だ。彼女の中にある最も巨大な感情は家族を奪ったモンスターへの憎悪であり、心を晴らす術はその殲滅の他にない。

 が、素足に切り傷を作りながら石畳の冷たさを踏み締めていると、少女はちょっぴり冷静になった。もしかしてだけど私って、今すごく悪いことをしちゃってるんじゃないだろうか……と。

 

 皆が寝静まった後にベッドを抜け出すなんて途轍もない非行である。靴も履かずに窓から外へ飛び出して、フィンに報告せず剣まで持ち出してしまった。

 しかも皆に「行ってきます」も言わなかった。これでは夜遊びの不良少女だ!

 

 今のアイズは知っている。自らを顧みないことで傷つけてしまうのは、自らでなく大切な家族だ。それは女神ロキであり、フィン・ディムナであり、ガレス・ランドロックであり、リヴェリア・リヨス・アールヴである。

 厳しいリヴェリア。美しいリヴェリア。強く優しく気高い女性。アイズを思って悲しんでくれる人。

 彼女が僅かに瞳を揺らすだけで、アイズは心が落ち着かなくなる。そりゃ怒られたら腹は立つけども。

 

 否、アイズの中の理屈で言えば、彼女はたっぷり我慢をしていたのだ。大抗争の終結以来、彼女は随分と長く迷宮に潜れていない。

 

 ダンジョンの蓋に穴が空いたとき各階層のモンスターは一斉に奇妙な動きを見せ、地上へ向かう行動を見せたらしい。

 フィンは正に溢れんとするモンスターを地上と地下から堰き止めて、英雄都市を守り抜いた。……ダンジョン内での足止めを志願した、冒険者らの戦死と引き換えに。

 

 【闇派閥】との交戦を同時に進めた地上での激戦以上に、ダンジョン内は苛烈な状況だったと言う。

 上級冒険者の半数が迷宮の中に潜り、しかし帰ってきたのはごく僅か。【ロキ・ファミリア】の中核メンバーとて帰らぬ人ばかりだった。

 

 あの【猛者】ですら重傷を負い、されどダンジョンに同行した美神を守り抜いて帰還した。聞くところによれば『伝説』を打ち倒した彼は、その足で階層主との一騎打ちを果たしたのだという。(当然ロイマンは絶叫した)

 

 【ギルド】は迷宮への立ち入り制限を行い、全ての神々がそれに従った。個性豊かな神々が異を唱えぬ事態など先ずもってあり得ない。つまり当時はそれ程緊迫した状況であったし、今も警戒は続いている。

 都市最強の双璧にある【ロキ・ファミリア】においてですら、探索の面子は絞られている状態なのだ。そしてLv.3の身でありながら、アイズはメンバーに選抜された事がなかった。

 

 私はまた何も出来ない。フィンもガレスもリヴェリアも、ロキですらアイズの出陣を許してくれない。きっと私が弱いからだ。

 

 意思を否定されるのが辛かった。皆が頑張って戦っているのに、自分だけ頑張れないのが辛かった。

 傷ついて帰ってくる家族が嫌だ。そんな彼らに八つ当たりする自分が嫌いだ。

 

 悲しい。苦しい。耐えられない。ぐちゃぐちゃになった少女の心は、モンスターへの憎悪で結ばれる。

 

 こうしてアイズはベッドを飛び出し、パジャマ姿でハッと我に返った訳である。

 彼女は途方に暮れながら、とぼとぼオラリオの夜を歩いた。見覚えのある笠頭の剣士を見つけたのは、現実逃避の真っ最中のこと。

 

『マア悪い人間じゃない。困った時は迷わず頼って構わないが、それはそれとして出来るだけ借りは作らないで欲しい……!』

 

「今……私……困ってる……!」

 

 渋い顔のフィンの言葉が思い出される。アイズはムムンと悩んだのち、そろそろ剣士の尾行を決行。直様女に見つかったのち、彼女について行くことにしたのであった。

 





毎話のことながら多くの感想、ここすき、評価、本当にありがとうございます。誤字報告も助かっております。
感想の返信が中々追いつけずに申し訳ない。読むだけ読んでは滅茶苦茶喜んでおりますので、是非とも今後もたくさん下さい(強欲)

今年もよろしくお願いします

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