酒カスエルフ、ダンジョンへ行く 作:エルフスキー
「時にお嬢さん、オラリオで最もありふれた修行をご存じでござるか」
「ありふれた……?」
腹の虫で強く空腹を主張した結果無事ジャガ丸くんを奢らせしむることに成功したアイズは、モゴモゴと咀嚼しながら疑問符を浮かべる。彼女は目立つパジャマの上から、姿をすっぽり隠すケープを被っていた。
オラリオでありふれたと言うと……ダンジョン攻略?否、それは実戦であるから、修行とはまた違うのだろうか。少女が首を横に振れば、笠から覗く口元が三日月を描く。
「それは勿体ない。その辺のトラブルに首突っ込んで
「知らない。それが貴方の強さの理由なの?」
「左様。励むに当たって一つ心構えを教えて進ぜよう」
笠を外すと示指を一本ピンと立て、意味深長に微笑む帰雁。その華やかな顔立ちにアイズは育て親の面影を見たが、形作る表情だけで随分と印象に違いがあることに気付く。
次いでジャガ丸君をビールで流し込んだ女の口から、凡そリヴェリアではあり得ぬ言葉が放たれた。
「まずは良心を捨てる」
「リョーシンを捨てる」
アイズは思わず復唱した。細められた女の眼は異様なまでの青色をしていて、反論を封じる力がある。
「おぬしを育て上げた方々は善良であらせられるのだろう。弱きを助け強きを挫く、そうした在り方をしたに違いないが、その尊い教えは邪魔でござる。全て忘れるべし」
「全て忘れる……」
「争いとは得てして、争う両者に非があるものでござる。無論程度に差はあろうがな。そこに良心を持ち込むと……なんだ、公平性というのが損なわれる故」
「コーヘーセー……うん、分かっ、た……?」
「しめしめ……」
よく分からないが分かったような気がする。幼いアイズはチョロかった。
いと悲しきかな、信じる者こそ騙されるもの。口八丁のエルフと悪い意味で相性が良すぎるのである。
「テメーのその面が前から気に入らなかったんだよ!!!」
ふと何処かから聞こえた怒鳴り声に、帰雁が目を輝かせた。女はワクワクとベンチから立ち上がり、「却説、
「
オラリオの番人【ガネーシャ・ファミリア】には、無駄に仕事が多い日がある。特段大きな事件が起きるわけではないが、何故か其処彼処で衝突があって、彼らはその収束に走らされる。
内容も殆どが下らない争いだ。しかし時に諍い同士が妙な因縁で絡み合い、スパゲティプログラム宛らの複雑さを伴って大喧嘩が発生することもある。
その乱闘も初めはよくある諍いだったらしい。革加工を生業にする職人と、代理で革細工を販売する商人の間で起こった普遍的な摩擦は、本来半日もしないうちに収束した筈だ。
前者はこだわり抜いた作品を作りたいと考え、後者は客からニーズのある商品を売りたいと考えた。彼らは互いの仕事を信用していたからこそ、相手に要求を呑ませようとした訳である。
しかし揉めた。ドワーフの職人とヒューマンの商人には種族間の隔たりもあった。奇妙な風体の剣士が彼らに口を挟んだのは、彼らが往来で取っ組み合いを始めた頃だと言う。
『穏やかではござらんな。一体どうした』
両者とも一般人であるならば、フィジカルでドワーフが負けることは先ずない。しかし剣士はひっくり返ったヒューマンを助け起こすでもなく、彼を見下ろすようにしゃがみ込んだ。
剣士はふむふむ唸りながらその言葉を聞き、『商売の苦労も知らず、好き勝手頑固を貫くとは困ったものよ』と呟く。
次いで肩を怒らせるドワーフの声を聞き、『要は売れるものを作らせたいだけ。美学を知らぬのだなぁ』と笑う。
『お嬢さん。何方が悪いと思う?』
二人の男はハッとした。そこには大層美しい幼子がおり、難しそうな困り顔を作っていたからだ。
水を向けられた少女は悩む。人を殴った職人は悪いけれど、掴みかかったのは商人らしい。二人の言い分は分かるけれど、二人ともそれを相手に押し付けていると思う。
『どっちも悪いと思う……』
無垢な指摘が切り裂いたのは『恥』という名の傷口である。されど傷ついた自尊心を稚い少女へ向けることは躊躇われ、結果として喧嘩は激化した。
一頻り殴り合っては罵り合い、治安維持部隊に鎮圧された彼らは「どうかしていた」としみじみ言った。「異様なまでに煽られた。酒も飲んでいないのに」。
こうした手口で愉しむ愉快犯を【ガネーシャ・ファミリア】はよく知っている。分厚く嵩張る調書を束ね、【
「またあの酔っ払いが遊んでいる……!」
彼女は既に六件の揉め事の仲裁と三件の乱闘の鎮圧を行っている。『大抗争』以降人手不足が深刻化している象神派閥においても、団長たるシャクティまで現場に立たされる日は稀だった。
近頃大人しくしているからと警戒を緩めたらこれである。良い加減騒乱罪でとっちめてやりたいが、あの女を裁くならば同時に騒ぎを起こした数多の人間も捕まえなければならなくなるので、本当に傍迷惑な酔いどれであった。
反面【呑んだくれ】が遊び回る一日は、その他の犯罪が抑制される事実が腹立たしい。
悪党とは自分の影を確かめるもので、自らが秩序に護られないことを理解しているからこそ、あの女に目を付けられる行動を避けるのだ。
「しかし今日は妙に【ロキ・ファミリア】とかち合うな」
「ああ、俺もそう思う。連中が何かしらトラブルを抱えてるのは間違いない」
団員からの報告を受け、ふとシャクティは眉を寄せる。嫌な符号を感じた為だ。
上級冒険者同士の武力闘争を抑えた際、彼・ハシャーナは【
シャクティが手を借りた【
藪蛇を避けるつもりで敬遠したものの、詳しく事情を聞くべきだったか。とはいえ冷静沈着なハイエルフの姫君が心を乱す事象など、殆ど限定されてはいるが……。
深く眉間を揉みこむこと数秒、シャクティは僅かに唇を歪め、据わった眼差しで言い放つ。
「……今日を越したら慰労会を開くとするか。当然払いは【ソーマ・ファミリア】にツケる。どうせヴァリスには困らない奴らだ、迷惑料は払って貰おう」
「そりゃ良い、飲んで歌って騒ごうぜ。最近宴会もできてなかったからな、ガネーシャ様も喜ぶだろうよ」
男臭い笑みでハシャーナが同意した次の瞬間、増援を要請するベルが鳴る。耳に馴染んだ喧しさに、彼らは揃って溜息を吐いた。
「
「馬鹿言え
「なんでそんなことに拘るの?スカートが長くても短くても服は服なのに。ちゃんと二人で話し合えば……」
「なっ……!き、君の薄汚い性癖をこんな小さい子に聞かせて恥ずかしくないのか……!」
「うっ、うるせえムッツリ野郎!そうやってお上品ぶってるのが気に食わねえんだ!」
なんだか何もかも上手くいかない。アイズはしょぼんと肩を落とした。良かれと思って諍いの仲裁を試みるのに、悉く裏目に出ている気がする。
「むぅ……。ねえ、この修行で本当に私は強くなれるの?」
「無論、拙者は嘘は吐かぬ。多くの試練を踏破することこそ冒険者の本懐であろ?
更にはその様を愉しげに眺める観客がいるのだから、嫌な気持ちも一入である。ムッとした面持ちの少女に対し、帰雁は笑いを噛み殺しながら言った。
「重ね重ね言うてござる。物事の調停に良心を持ち込むでない。良かれと思って為すことが最良の術とは限らぬのでござるよ」
「でも……」
「マ、ちと難易が高いやもな。理性に理性を重ねるフィン殿すら時に仕損じる修行でござる。お主にはまだ早過ぎたかえ」
「フィンが……?」
アイズは目を丸くした。彼女の知るフィン・ディムナとは強く賢く勇敢で、責任感の強い人だ。時たま気障ったらしくはあるけれど、彼が完璧な振る舞いの為に並々ならぬ努力をしていることも知っている。
フィンは正しい判断のできる人だ。ファミリア内の揉め事とて華麗に解決して見せている。
フィンは正しい、いつも正しい。いざという時の判断に対して、リヴェリアもガレスも彼を疑わない。だから彼に教え諭される時、間違っているのはアイズの方で……。
「争いの気配……悲劇の予感……今日も誰かが“正義”を求めているのね!」
「おや、その手の本職が来た。お嬢さん、あの娘をご覧」
不意に聞こえる拍手の音。思考に半分気を取られたまま、アイズは示された先を見た。口論を続ける二人の間に割って入った紅色の少女、その姿には見覚えがある。
勝ち気な笑みが浮かぶと同時に、主張の激しい花々が咲き誇る錯覚。呑気なエルフのスタンディングオベーションを気持ち良さげに浴びながら、彼女は大袈裟な身振りで手を差し伸べる。
「もう争う必要はないわ!貴方たちの怒り、悲しみ、嘆き、戸惑い、深い絶望が私には分かる……!」
「いや別にそこまででは……」
「
あまりの勢いに戸惑う彼らを置き去りにして、アリーゼ・ローウェルが大見得を切る。
「清く正しく美しく、更には可愛い
「そら見たことか、この修行は有用であろ。あれこそ“強さ”って奴でござる……!」
「なんか思ってたのと違う……!」
思い悩んでいた小難しい全てを忘れ、アイズは愕然と突っ込んだ。
「さあ、見つけたわよ【呑んだくれ】!まさに誘拐の現行犯!神妙にお縄に付きなさい!」
「ぐえー」
なお。アリーゼは強く、更には正しい“正義”であった。彼女は持っていた縄でトンチキエルフをふん縛ったのち、思想汚染されかけている幼女を保護。
無事に保護者の元にまで送り届けると、大人しくなった誘拐犯を引っ立て颯爽と去っていく。
リヴェリアに堅く抱きしめられたアイズは、【ロキ・ファミリア】の面々に石を投げられる笠頭を見ながら決意した。もう決して怪しい大人には付いて行かないようにしよう、と。
ロキ・ファミリアはこのあとちゃんと仲直りします
カスは反省しません
既出の誰との関係が好き?
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ソーマ
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