酒カスエルフ、ダンジョンへ行く   作:エルフスキー

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相身互い

 

 つまり言い訳から始めると、断じて他害の意図は無かったのだ。帰雁は誰をも痛め付けたいとは思わぬ。

 ただ生き方がハードロックというか、触れる者皆傷つけてしまうだけで、「人が……憎い……!」的な闇の衝動は抱えていない。

 のほほんと暮らしているといつの間にやら争いが起き、何故か血潮を浴びている。一寸先は闇、渡る世間は鬼ばかり。人生はいつもこんな筈じゃなかったことだらけだ。

 

 結論、帰雁は人を轢いていた。

 

「やっちまったでござる……もしもし、其処な方、もしもーし」

 

「……」

 

「はわ……返事が無い……」

 

 ただの屍のようである。慌てて荷台に積み込んだ人物はピクリともせず、ツンと突けど反応がない。

 アッと思った時には時既に遅し。更には当たり所も悪かったのか、対象は芸術的な三回転半フリップを経て沈黙している。

 

 ひょんなことから神酒デリバリーを受けた帰雁は大量の酒壺を荷車に積み、東雲の空を走っていた。深い意味合いは特になく、単に地面を走る気分ではなかった為だ。

 

 しかし慣れない道を走るものではなく、言わずもがなの酒気帯び運転、加えて天候は雨である。案の定上空で迷子になった。道を聞こうにも人など居らず、右往左往しては渡り鳥どもに馬鹿にされるばかり。

 

 更には雨が大振りになって来た為、慌てて何処ぞの屋根上まで降下しようとし……事故が起きたのは束の間のことだった。

 

 交通事故には一定の交通量という条件があるわけで、このアホウ鳥が油断しきっていたことにも一応同情の余地はある。宙域の存在など鳥の他には自らしか知らぬ以上、これまではバードストライク(二重の意味で)に気をつけていれば良いだけだったからだ。

 

 ウィンカー代わりに刀をぶら下げ、不服げな地の精霊だって出していた*1。煙突の陰から弾き飛んだような勢いで人が飛び出てくるなど一体誰が考えるだろうか。

 

 かもしれない運転を怠った末路だ。帰雁はしょんぼり肩を落とした。しかし片手でナムナム冥福を祈りつつ、もう片方の手で迅速な心肺蘇生を試みたところ、ローブの人物が反応を見せる。

 

「……うぅ……仕事が……仕事が終わらない……」

 

「!」

 

 息の根がある。どうやらギリギリセーフらしい。穴を掘らずに済んだ酒カスはホッと胸をなで下ろすも、次いで浮上した問題に困り顔をした。

 事故がバレれば憲兵が呼ばれる。憲兵が呼ばれたら怒られる。となると一日の拘束と数日の奉仕活動が予想される訳で、それでは大変に差し障りがあった。何せ今夜は宴会があるのだ、それも親愛なる団長殿の奢り。

 

 帰雁は速やかに鳩尾へ手刀を叩き込み、きゅうと目を回した彼女の顔を丁寧に笠で覆ったのち、被害者を【ディアンケヒト・ファミリア】に放り込むことにしたのであった。

 

 

 

 

 

「調子はどうだいアスフィ。なんだ、思ったより元気そうだな」

 

 今日も今日とて仕事である。書類に囲まれたアスフィ・アンドロメダは、几帳面そのものの顔立ちから精一杯の顰め面を繰り出した。

 

「ヘルメス様にはこの書類の山が見えないんですか?」

 

「おっとゴミを見るような冷たい視線……新しい扉を開きそうだぜ」

 

「出ていって下さい」

 

 威厳に欠ける上に見苦しい。いよいよ絡む仕草であった。経験則こうなっては梃子でも動かぬ主神であることは分かっているので、彼女は諦めて溜息を吐いた。

 

 なんだか気分がスッキリしている。慢性的な睡眠不足を抱えるアスフィにとって快調の理由は明白だった。彼女は今日、なんと八時間もの睡眠を取れたのだ。

 アスフィは今朝方昏倒していた所を【ディアンケヒト・ファミリア】に運び込まれたらしい。朦朧とした最後の記憶は何やら衝撃を感じたことと、何者かに的確な介抱を受けたことである。

 

 前提として彼女は五日の徹夜を重ねており、碌に働かぬ脳とぶっ倒れる寸前の体で活動を続けていた。そこで起きたのが飛翔靴(タラリア)の暴発である。どう考えてもヒューマンエラーによる誤作動であった。

 『神秘』の暴発とは恐ろしいものだ。装備者に翼を与える魔道具はシートベルトなしの殺人ジェットコースターと化し、アスフィは物理演算に見放された挙動をする羽目になった。

 

 錐揉み回転しながら飛んでいく冒険者などなかなか見られるものではない。名も知れぬ介抱者はさぞ驚いたことだろうが、飛んだ迷惑をかけた相手の身元は不明だ。

 金の亡者ディアンケヒトをして割高と認める【戦場の聖女(デア・セイント)】アミッドの診療費まで払ってもらってしまったのだから、何とかお礼がしたいものだが。

 

 なお目覚めた患者には『過労』という診断が下され、【ヘルメス・ファミリア】各員は皆「知ってた」と頷いた。なんなら明日は我が身である。そろそろストライキでも起こすべきか。

 他には擦り傷と打撲が見つかったが、精々軽度のものだった。Lv2の冒険者が転んだ程度で怪我を負ったことを訝しまれたものの、飛翔靴の存在を明かせぬ為に弁明もできず。

 

 そして「疲労による注意力散漫で気絶するほど派手な転倒をしやがった間抜け」という不名誉を被ったアスフィは、年端も行かぬ白衣の天使による『健康管理は大切ですよ講座(お説教)』を受けることになった。

 もしLv4という本来のステイタスを明かしていれば、彼女はまだアミッドに捕まっていたかもしれない。

 

 

 皮肉にもこの事故はアスフィに対し、二年四ヶ月ぶりの十分な睡眠時間を齎した。仕事中毒の末期たる彼女には『やる事が残っていると謎の罪悪感で寝られない』という哀しい性質がある。

 結果として久しぶりに熟睡(※昏倒)し、なんだか身体が軽いですね!と喜びを見せる年下の上司に、副団長ファルガーは泣いていた。

 

 怪我の功名で元気いっぱいのアスフィだが、同時に仕事は山積みだ。睡眠と仕事はトレードオフ、その為のスキル【安眠拒者(アルゲイフォンティース)】である。

 たっぷり寝た分頑張ろう!と張り切っている所に水を差されれば当然不機嫌にもなろうもの、相手が睡眠不足の原因であれば尚更だ。ツンと顔を背けたまま、アスフィは冷たく言い放つ。

 

「それで一体何の用ですか、ヘルメス様」 

 

「おいおい、倒れた眷属が心配で様子を見に来た親への態度かい?それが」

 

「私の過労が!誰のせいだと!……はぁ。体調はもう万全です。やって欲しいことがあるなら言って下さい」

 

「流石は俺のアスフィ、話が早い!」

 

 机上のバベルを器用に躱し、神ヘルメスが身を乗り出す。そうして眷属と至近距離で目を合わせると、胡散臭い美男子はウィンクを決めた。

 

「デートしようぜ!」

 

「……は?」

 

 

 

 

 

 無法者揃いの冒険者、況してやアンダーグラウンドに根を張る【ソーマ・ファミリア】の夜なれば、宴も物々しくなるは必然。寧ろ賑やかで大変宜しい。

 鼻歌交じりに血払いをして、帰雁は無造作に首の無い死体を押し除ける。屍の間から顔を覗かせガタガタ震える中年のヒューマンは、鬼か悪魔に追い詰められたような顔をしていた。

 

「ふふ。浅ましい男」

 

 わざわざ助けてやったと言うのに、全く救い甲斐の無い上司であった。下駄が泥濘で僅かにぬめり、爪先がザニスの裾を踏む。女はうっそり目を細め、口端を持ち上げるだけの作り物めいた笑みを溢した。

 

「いやぁ団長殿、今宵の追物は新鮮でござったな。次は何時開くご予定でござるか」 

「二度と開く訳ねぇだろうが……!」

 

 がなるはザニス・ルストラである。肩書きには死の商人、都市に蔓延り金をばら撒く数多のチンピラの飼い主は、その実大変な小心者であった。自らを生き餌に敵対者を釣る『宴会』を開くとは意外だったが、逆に言えば本拠で暗殺に怯える日々にも限界が来たのかもしれない。

 

 この男の長所はどんなセコい金儲けにも全力なことであるが、短所もまた同様だった。つまりはがめつい。我慢も利かぬ。恐怖に追われることが恐ろしいなど、なんて我が儘な男だろう。

 

「二次会では酒を期待して良いのであろ。ふふーん、楽しみでござるなぁ」

 

「……チッ、気味の悪い女め……。おい置いて行くな、お前は俺の護衛だろうが!」

 

 しかしこれで義理は果たした。後は今夜を楽しむだけ……の筈だったのだが。

 

 二次会の会場、団員で貸し切った為にどうしようもなく柄の悪い酒場にて。

 

「あの、お客様。私が何か粗相でも……?」

 

「へぁ!?い、いやござらん。寧ろお主が……その、此方を睨んでいるように見えたので、我らが騒がしかっただろうかと……」

 

「私は目が悪いもので、近くのものがあまり見えず目つきが悪くなってしまうのです。ご不快にさせてしまったら申し訳ありません」

 

 なんだか覚えのある顔がある。食事を運んできたウェイトレスの涼やかな目鼻立ちを見て、帰雁はあんぐり口を開けた。

 

 化粧でもしているのだろうか。ウィッグも合わせて随分印象が違うものの、夜の酒場で働く女が身の安全のため変装することは珍しくない。目の前にいるのは紛れもなく、このトンチキエルフが今朝跳ね飛ばした女なのであった。

 

「おい?どうかしたのか」

 

 挙動不審の護衛に対し、暗殺に怯えるザニスが過剰な警戒を見せている。注目を集めるのは避けたい帰雁は慌てて澄まし顔を作った。

 

「いやいや構わぬ苦しゅうない。ところで別嬪さんは何処住みでござるか?文通友達とか探してござらん?」

 

「すみません、仕事中ですのでナンパはご遠慮頂きたく」

 

「釣れぬことを言わず。ああ目が悪いのでござったな、この指は見えるか?何本立っている?……二本?奇遇なものよ、拙者にも二本に見える。これは運命でござるな〜」

 

「あ、あの、困ります」

 

 戸惑うウェイトレスに畳み掛ける。じっと覗き込んだ瞳孔に異常はなく、呼吸も正常、舌の動きにも違和感はなかった。あとは脈を測りたい。帰雁は縮地の要領で距離を縮め、そっと彼女の手を取った。

 

「緊張している?脈拍は早いが正常ではござるな。目眩、吐き気、立ちくらみなどは?意識に混濁はござらんか」

 

「突然の問診……?」 

 

「お客様ー、ウチのスタッフはお触り禁止でーす」

 

 現れた胡散臭い美男子がウェイトレスを回収し、バックヤードに去っていく。神らしい存在感を隠す気がない男だったが、零細ファミリアの主神がバイトをすることは珍しくない。なんとも世知辛いものである。

 

 「今の神、見覚えがあるような……」とザニスは首を捻ったが、オラリオに神は山程いるのだ。何処かですれ違ったのだろうと納得する男を尻目に、帰雁は安堵の息を吐いた。

 

「まあ呑めよ団長殿!今日は良い日ぞ、酒がある!」

 

「なんでいきなり上機嫌なんだよ、訳がわからねえ……おい止せ自分で飲むから、というかこれストレートで飲むもんじゃねえって、これ度数ごじゅッ、ゴボボッ!?」

 

 音に聞く【ディアンケヒト・ファミリア】はオラリオ一の医療ファミリアだ。どうやら完璧な対処をしてくれたらしい。個人ではとんと縁の無い相手であっても仕事を疑うつもりはない。

 というか彼女もステイタスを持つようだから、荷車にぶつかられた程度でビクともしないだろうことも確認できた。その割にあっさり昏倒していたものの……まあ打ち所が悪かったのだろうか。お陰で足がつかなかったのだから不幸中の幸いというやつだ。

 

 ところ変わってバックヤード、懐から眼鏡をかけたアスフィはきっとヘルメスを睨みつける。

 

「ヘルメス様が『デート』なんて言うときは絶対に碌でもないことが起きますよね!何が完璧な変装ですか、明らかに目をつけられてましたよ!?」

 

「いやぁアレは俺も予想外だって。というかアスフィ、前に【呑んだくれ】と接触したことあったりするかい?」

 

「ありません!潜入していた団員がバレてからは関わらないのがファミリア全体の方針だったのに、どういう風の吹き回しで……!」

 

 

 パリン!と激しい音が鳴った。彼らが反射的にホールを覗けば、先まで騒がしかった宴会場は水を打ったように静まり返っている。

 

 中央には刀を下げた和装のエルフと、錯乱して喚き立てる中年のヒューマン。後者の手には割れた酒瓶が握られており、丁度それを振りかぶったような体勢をしている。

 

「てめえ、いつもいつも舐め腐りやがって、俺にだってこれくらい……」

 

 真っ赤な顔で言い捨てたザニスは、そのまま仰向けにバタンと倒れる。全ての視線が一人に集まり、無意識ながら武器に手を伸ばす者もいる中で……帰雁は濡れた髪をかき上げた。

 割れたガラス瓶は白磁の額に切り傷を作り、酒と混ざり合った液が服に染みを作っている。頬に垂れたそれをぺろりと舐め、女はアスフィに微笑みかけた。

 

「……美味。もう一杯頼むでござる!」

 

 

*1
オラリオ怪奇現象の一つ、そらとぶ人魂の正体である。捕獲による懸賞金は700ヴァリス





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