酒カスエルフ、ダンジョンへ行く   作:エルフスキー

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冒涜

 

 大理石に鑿を当てカツカツと等速で槌音を鳴らす。反響したそれらが重なり合い無機質な調べで輪唱を作る。荘厳な神殿造りの空間で一人、ただ石を削り続ける。

 クノッソスを憎悪して以来、二度と使うものかと思っていた技能だった。にも関わらずダイダロスとしての忌々しい生業は、未だこの身に染み付いたまま。

 

 ダンジョンの蓋があの『破壊者』に破られた日、彼はただ出来ないと言えば良かった。或いはその必要すらない、何も言わずに逃げ出してしまえば。

 そして世界が終わるまで自らを生み出した都市を嘲笑って死ねたなら、きっと良い気分で終われたのに。

 

『お主は石工が本業と聞いたぞ。上のアレ、直せるのだろ』

 

 頸に触れる刀に問われて、命惜しさに頷いた。……あれは命惜しさだったのか?いや、そうに違いない。脅しに屈したのでなければ己はどうして、初代の神技をなぞっているのか。

 

 聳え立つバベルは雄大で、凡人一人が作り上げたとは凡そ思えぬ代物だ。にも関わらず細部を見れば、意匠の一つ一つに覚えがあった。それは神が作り出した完璧な造物でなく、下界の民がちっぽけな力で成し遂げた偉業だった。

 

 石工は精巧に動き続ける。破壊痕を塞ぎ続ける。忌々しげながら流れるように、悪態の間も途絶えぬ動作で。嘲っていた異母兄のように、連綿と連なる呪いを背負って。

 どうしてこんなことをしているのだろうか。分からない。分からずとも手は動く。生業とはそういうものだ。

 

 槌音が止む。下界のため一心に祈祷を続けていた都市の創設神は、重い瞼を持ち上げて人の子を眺めた。

 似ているな、と老神は思った。感傷ではない、感想である。去った眷属を懐かしむには、あまりに長い時が過ぎていたので。

 

 

 

 

 

 ──“オラリオSUSHIロール”は“SUSHI”なのでしょうか?

 

「……難しい所よな。拙者の一存で答えられる問いではござらん」

 

 真剣に質問を吟味する極東出身のMさん。彼女が初めてSUSHIを食したのは早数百年前、小さな立ち食い屋でのことだったという。

 

「元より拙者は糧食としての(なまずし)に馴染んでいた身。早寿司……オラリオでも知られる握り寿司が現れた時には面食らったものでござる。しかし美味かつ安価ゆえ、これには直ぐに惚れ込んだ。其処らで鮮魚が得られる国こその理に適った料理よな」

 

 ── SUSHIとは極東の土地柄に根差したご当地グルメ、という訳ですね。では本場の味とはどんなものか伺いたいです。

 

「魚。酢飯。山葵。せうゆ。これ、このような味であろう」

 

 ──いえその、材料ではなく……

 

 戸惑う質問者に対しMさんは苦笑する。

 

「そも寿司とは畏まって味わうものではござらん。仕事の隙間に暖簾を潜り、一杯を引っ掛ける肴なのだ」

 

 ──肴、ですか。

 

「要は手軽な軽食、言うなればオラリオにおけるジャガ丸君に近い。ジャガ丸君が“芋”であるように、寿司とはそれだけのものよ。言葉を尽くすは粋でなし」

 

 ──なるほど……サムライですね。

 

「ござるござる」

 

 SUSHIの奥深さは計り知れない。確かに話を聞く限り、“オラリオSUSHIロール”は本来の在り方から離れているように思われる。

 ならば“オラリオSUSHIロール”とは何なのか。この存在をSUSHI と呼ぶことは出来ないのか。Mさんの答は興味深いものであった。

 

「いやまあ米がござるし、魚介がござるし、それから巻かれてござるから……。食も料理も大地に根差す、土地が離れれば多少変容するも当然。寿司の一端にはあるかと思われる。多分」

 

 ──でも提供した時大爆笑してましたよね?

 

「んふっ……だ、だって米と海苔がひっくり返ってござるもん……!あいや失敬美味ではござるよ、ただあまりに慣れぬ姿ゆえ……ん?何ぞこれ、……あぼかど?く、くくく……あゝ寿司よ、我らが旧く親しき友よ、ぬしには斯様な可能性があったでござるか」

 

 ──あ、そちらのSUSHIにはマヨソースを付けてお召し上がりください。どうです?

 

「ふむ?コクと酸味が出た。確かに美味い、美味いがこれは……ッ!?この寿司天ぷらが入ってござるか!?料理の足し算し過ぎであろ!?ちょ、姫君も食うてみよ、タレがピリ辛で新鮮ぞ、あははっ……!」

 

「……私は、こちらの店主様が、何処の神様かも存じ上げませんが」

 

 ──はい。

 

「二度と寿司職人を名乗らないで頂きとうございますねぇ……!」

 

 ──そんなぁ。

 

 『今日のオラリオグルメ』抜粋。

 

 

 

「殿中でござる!こら落ち着け。【アストレア・ファミリア】が守るはオラリオの秩序であろうに、自らそれを乱して如何する」

 

「ええい放せ!お放し下さいませ!寿司の尊厳を守ること、それもまた我が忌々しくも貴き血筋の務めでございますれば……!」

 

「そうでござったかな……そうでござったかも……」

 

 乱心する姫君を抑え込み、帰雁は料理屋の外へと転がり出る。あのままでは店主たる超越存在の脳天目掛け、愛刀《小太刀・双葉》よる渾身の天誅(チェスト)が飛びかねない。溢れ出る激情のあまり、ゴジョウノ・輝夜は寿司原理主義過激派と化していた。

 

「しかし寿司警察は不味かろ、相手は神様でござるよ」

 

「構いませんッ」

 

「うむん、その心意気や良し。しかし許す訳には行かぬな」

 

 大人びた容貌、冷めた物言いの美女であろうと娘の内面は案外に幼い。旧友(スシ)の変わり果てた姿程度で心乱すとは剣客としてあまりに未熟。笑い飛ばせとまでは言わずとも、動揺くらいは隠すべきだ。

 

 とはいえ正義の女神はこうした瑞々しい逡巡を愛でる嗜好があるようだから、部外者が口を挟むのもお門違いか。

 エレボス様と性癖が似てござるなぁ、と聞かれればぶち殺されそうなことを帰雁は思う。幸いにもスパークリングワインで満たされた口から、余計な連想が漏れ出ることは無かった。

 

「……しかしトンチキな店でございますね。神々の悪ふざけを煮詰めたような」

 

 暫しして多少の冷静さを取り戻すと、輝夜は淑やかに悪態を吐いた。提供品もさることながら、これまた色々と怪しい極東風庭園を眺めて眉を寄せる。

 うろ覚えの知識で寿司屋を始めた件の神によれば、この珍妙な外観も一押しポイントであるらしい。 勝手口に配置された謎の鳥居を見るに『お客様は神様』がコンセプトなのだろうか。

 

「パチモン感拭いきれぬ似非枯山水にバタ臭いエルフ侍をぶち込みますと、なんだか私まで色物になったような気が致します」

 

「案ずるでない五条の姫君、お主も十分愉快でござる。これほど外連味溢れた娘はおらぬぞ」

 

「輝夜とお呼びくださいませ、と何度も申し上げておりましょう。しかし何故にこう胡乱な店をお選びになったのです?」

 

「面白そうでござったから……」

 

「困った方……」

 

 重ねて息を吐き出す輝夜。そうだった、と彼女は頷く。相手の出方を容易く見切って構えた上で、巫山戯倒すのがモガリ・帰雁の流儀なのであった。

 

 オラリオの治安を守る役割柄か、【アストレア・ファミリア】は民衆の支持が篤いファミリアだ。慈悲深き女神の導きの下、公明正大なアリーゼが先陣を切り、団員たちがそれに続く。

 一方で悪党から恨まれることも正義の味方の仕事である。輝夜はアリーゼに追随する流星の一つであるが、副団長としての役割でいえば露払いと後始末が大半であった。

 

 モガリ・帰雁との伝手もその一巻。女が憎たらしく世に憚る一方、飲み仲間を無下にしないというのは有名な話で、少なくとも相伴を務める輝夜へ【呑んだくれ】はそれなりに親切なのである。

 されど彼女が親切であることと、人として最低であることは両立する。同郷を理由に情報収集を重ねてそれなりが経つが、ライラ以外の団員にこの役を任せるのは難しかろう。

 

 純真無垢な末っ子などは論外だ。本来は純潔を尊ぶエルフという種、中でも天然記念物並みの白さを誇るリオンのこと。

 こうも奇天烈な同胞と引き合わされた日には卒倒して泡を吹くに違いない。況してや彼女は『大抗争』の末に起きた、ダンジョン崩落の犯人を追うことで頭が一杯なのだから。

 

 あの事件を探るに当たって、今回は確かな収穫があった。されど仲間に開示する情報はある程度絞らねばならないだろう。ふっと考え込んだ輝夜に、齢も知れぬエルフが微笑する。幼い少女へ向けるような、何処か困ったような笑みである。

 

「そう拗ねるな。お主の顔で拗ねられるとあの女神を思い出して座りが悪い」

 

「まあ!嫌なことを仰いますね。であれば上手く私の機嫌を取って頂かなくては」

 

「なれば甘味でも買うてやろ。何ぞ好きなものはござるか?」

 

「ではドーナツを。見回りの合間に食べるのが手軽でございまして、団長も気に入っているのです。家族への手土産ができて、輝夜は嬉しゅうございます」

 

 にっこり笑ってそう言えば、飄々としていた帰雁が渋顔を作った。

 

「……お主のファミリア、何人いたでござったかな」

 

「主神含めて12人居ります♡」

 

 それも育ち盛りの少女ばかりだ。故に箱一杯の揚げ菓子を受け取った時、輝夜の機嫌は十二分に取られていた。

 

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