酒カスエルフ、ダンジョンへ行く 作:エルフスキー
「梅に鶯、柳に燕、宵の飲み屋に
カウンター越しに女の細い後ろ姿があった。服装はシャツにスラックス、フォーマルなベストで緩く胴を締めているが、日頃の着膨れ姿に比べて頼りない印象が強い。如何な酔狂も形から入るタイプらしく、身なりはそれらしい装いである。
かと思えば腰から腿にベルトを掛け、常と変わらず無骨な刀を提げているのだから気が抜けない。調子外れの都々逸と共に、カラカラとガラスを叩く涼やかな音が聞こえてくる。
女が振り返った。真上から差す照明の下、唇と目尻に薄く紅色が乗っている。茫とした瞳は相変わらず精彩を欠いているものの、大幅な種族補正もあって物憂げな眼差しと言えなくもなかった。
「なに、度数は低いでござるよ。どうせお主は肝が小さいのだ、景気付けに飲んでおけ」
慣れた手つきで氷を濾し、タンブラーに液体を注いだ帰雁が笑む。ザニス・ルストラは差し出されたビアカクテルを眺めた。結露の浮かぶ容器からジンジャーが匂い立っている。
カクテル言葉と呼ばれる言葉遊びがある。リクエストした訳でもなく差し出されたこの一杯であれば、『無駄なこと』というのがそれだ。
意図があるのか無いのか知れぬが、コイツどうして一々不穏なんだと泣きたくもなる。アルハラとパワハラの複合攻撃であった。
「呑まぬでござるか?」
「呑みます……」
認めよう、俺に人権は無い。酒だろうが毒だろうが出されれば呑まねばならぬのがザニスである。積み上げた財産は莫大だが足元の負債はそれ以上、その筆頭がこの女だ。
口付けたタンブラーは背筋が凍りつく程冷たく、喉を弾く炭酸は脳が痺れる程に激しい。一方でビールの苦味はスパイスで隠れ、飲み心地はあまりにも快かった。
『蜃気楼』というバーがある。これは紆余曲折あって……大昔に【闇派閥】所属の冒険者が開き、のちに大神ゼウスが接収し、暗黒期の混乱でギルド預かりとなり……近年ザニスが引き上げた不動産であるのだが、地下に設置された酒蔵が素晴らしいことで有名だった。
ギルド直々の競売において、ザニスはこの店を5億8000万ヴァリスで買い上げた。これは上級冒険者のメイン装備としても超高額とされる金額だが、立地や酒蔵、同時に訪れる客層を考えれば十分に回収できる程度だ。
加えて彼には神酒の専売特許があった。市場への流通を今後の五年程度で搾り、その分こうした料飲店での販売を増やせば利益率は鰻登りだ。
飲食店におけるアルコールの原価率は低いのが当たり前だし、顧客の反発も弱いはず。外国の貴族をターゲットに据えて……。
……算盤を弾く快楽に溺れ、守銭奴はまだ気が付かなかった。当たり前のことではあるが、落札の値が吊り上がったのは顔の見えない競合相手がいた為だ。
それだけの金を持ち、かつ『酒』に金を出すような相手となるとマア数が絞られる訳で、ぶっちゃけて言えばそれは女神ロキだった。つまる所ザニスはヴァリスゲームに熱が入るあまり、そうと知らずに都市最大派閥へ喧嘩を売っちまっていたのである。
『わは!お主は時折しでかすから救えぬ!今後一生向こう見ずでいろよ!』
仔細を聞いた帰雁は大爆笑した。笑うあまりに主神の私室を転げ回り、うっかりその背に頭突きするなどして主神ソーマに嫌な顔をさせた。
一方で異様に機転が利くのもこのエルフの特性だ。帰雁はこの店のリニューアルオープンを一週間遅らせるように指示し、神ロキをお招きしてご意見を頂けば良いと提案した。尤も女神ロキのみを招けば各方面に角が立つので、二強の片割れたる女神フレイヤにも招待は出しておけと。
数日後、ザニスの手元には快諾した旨を記す【ロキ・ファミリア】の返答と、【フレイヤ・ファミリア】の黙殺が戻った。こうして彼は合法的に女神ロキのご機嫌を取る機会を得たのである。
さて、招いたからにはもてなすのがホストの務めだ。当然ザニスは穴蔵から出向いて応対せねばならないし、となれば護衛をつけたいが、此度の相手は人数など虚仮威しにもならない。
【ロキ・ファミリア】は言うまでもなく、都市最強を誇る巨頭の一つ。【勇者】を筆頭とした三首領は揃ってLv6の化け物、数を揃えたところで纏めてペチャンコにされて終いだろう。
となれば彼らの機嫌を損ねぬような、ある程度道理を弁えている面子を集めて……そこまで考えたところで、ザニスは全てが面倒になった。
何をどう取り繕った所で、此度の『招待』には確実にフィン・ディムナが出てくるだろう。大義と武力でザニスを追い詰め、対【闇派閥】戦線への本格的な協力するように迫り、潔白の証明として【ソーマ・ファミリア】に身銭を切るよう迫るに違いない。
彼は勇者だ。真っ白なテーブルクロスを敷こうと正義と秩序は彼の味方であり、ザニスのように薄汚い悪党を守ってはくれぬ。だったらもう交渉机なんざ、初めから滅茶苦茶にすれば良いんじゃねえか?
幸いザニスの目の前にはオールオアナッシングの化身がいた。恐る恐る伺い立てたザニスに帰雁はこれまた爆笑で応じ、バー『蜃気楼』はオーナーと用心棒(自称バーテンダー)の二名でプレオープンすることとなる。
なお天界においてはこのような策を指し、「バケモンにはバケモンをぶつけんだよ」と呼ぶのであった。
「おや。今晩は良くいらっしゃられた。ささ、お好きな席へ座られよ」
やりやがった。やりやがったなザニス・ルストラ。
伽藍とした店内・高級感溢れるカウンターに腰掛けるエルフを見て、フィン・ディムナは悪態を吐いた。それは【勇者】として適切でないスラングであったが、この場に構う程の存在はいない。
対【闇派閥】作戦中であれば例の自爆攻撃を警戒し、団員たちへ即座に撤退の指示を出していたことだろう。まあこれも広義の自爆には違いなく、事実この場を用意したザニスは挨拶前から死んだような顔をしている。
「……君、彼女に何の弱みを握られてるんだ」
「生殺与奪の権、ですかね……」
「一番握らせちゃ駄目な相手じゃないかい?」
思わずフィンは同情した。いくら小物とはいえあんまりである。体裁としての握手を腰低く求めてくることも相まって、その姿は酷い哀愁を誘う。まるでノルマに追われた中年営業リーマンの如しだ。
が、そも初手【呑んだくれ】という反則を講じてきた時点で自業自得には違いなかった。フィンは小人族の幼なげな容貌に見合わぬ鷹揚な仕草で握手に応える。
「今晩はお招きいただき──」
「帰雁ちゃんバーテンスタイルやんけ!最高や!」
「──ありがとう。是非とも有意義な夜にしよう、今後の関係も踏まえてね」
美形に弱い傍らの主神を完全スルーする姿勢である。一方でスーツドレス姿のロキに対し、帰雁はドヤ顔で胸を張った。
「左様、今宵の拙者は
「チップはベルトに捻り込めばええんやね?」
「さーびす料はお飲み物に含まれてござるが」
……何を言いたくともスルーである。最悪だった筈のファーストインプレッションに始まり、妙に波長が合う一人と一柱だ。一々ツッコミを入れていては疲労困憊になるのが目に見えている。
「あっ、御無体な……これ以上はご勘弁を」
「よいではないかよいではないか……」
「品性を損なう行為はそこまでにするんだロキ……!」
流石にスルーできなかったフィンである。ロキの悪いところが全て出ている。悪巫山戯けが高じて何処までもボケ倒すコンビなのだ。
お前も止めろとザニスを見ても、男は空々しい表情でカウンターの隅を眺めている。口惜しきかな、彼は【酒番】の罠にまんまと引っかかっていた。
そもきっかけの競売に対し、フィンは特に悪感情を持っていない。当時の彼がロキに許した予算は2億ヴァリスまで。これは土地や店舗を運用せずとも、売却のみで元が取れるギリギリの額であった。
にも関わらず落札額が倍まで膨れ上がったのは、意地になったロキが勝手に深追いしたからだ。仮にザニスが気を遣えば、【ロキ・ファミリア】は想定外の莫大な支出を出す羽目になっていた。
結果出品者が一人勝ちし、【ギルド】ではロイマンの高笑いが響いたのだが、それはまた別の話。
フィンはこの機会を利用して、対【闇派閥】戦線参加への圧力をかけに来ている。ザニスも分かって泥仕合を用意したのだろうが、こんな前座に気を取られている場合ではない。
「拙者がこの一杯を知ったのは確か北の方に居た頃……」
しかし注文して時間を稼ごうとするも、手際が良い上小粋なウィットまで挟むトーク術に敗北。華麗なるシェイカー捌きに思わず拍手したのは不覚だった。
バーテンダーを追い払うことに成功したのは、注文した胡桃を炒り直して欲しいと半ばクレーマーじみた注文をしてからだ。
「フィン殿は胡桃にお拘りがあるのでござるなぁ」
「まあ種族柄ね……」
何でも良いからどっか行け。ポーカーフェイスの下の本心が通じたのか、厄災はカウンター奥へ引っ込んだ。残るは青い顔のヒューマンだけである。
「さあ待たせたね。話し合いをしようか」
そうイイ笑顔を見せる可愛い可愛い眷属を、ロキはニヤニヤと眺めていた。
「おかえり帰雁ちゃん。なんや向こう盛り上がっとるみたいやし、ウチとお話してくれや」
「無論、拙者で宜しければ」
エルフらしく豪奢なまでの端正さと、東方特有のしっとりした色気が混じり合った、何とも不可思議な女だった。されど奇天烈な言動が全てを滅茶苦茶にしていくので、専ら観賞用と言う者もいる。
「ところで今何飲んどるん?」
「紅茶でござる」
「紅茶?帰雁ちゃんが?」
「四つお酒を混ぜると出来る魔法の紅茶でござる」
「ロングアイランド・アイスティーとかいう馬鹿の考えた紅茶やんけ。しっかしお洒落なカクテル知ってるんやなぁ、ウチにもオススメ作ってや」
とんでもない、とロキは思った。滅茶苦茶な美女だから最高なのだ。かつてメロメロになったリヴェリアに近しい容姿もあり、正直どストライクである。
「その言葉を待ってござった……『冷やしふわふわソーマスペシャル』は如何か」
「なんて???」
酒の相伴としてはこの上ない。思わず聞き返したロキに対し、カウンターに凭れかかるエルフが得意げな様子で指を立てる。
「神酒と羊乳と黒糖をフワッフワになるまで混ぜた、拙者特製ドリンクでござるよ!スッキリしたミントがワンポイント」
「それソーマ怒らんかったん?」
「
「ソーマ激怒してるやん……」
思わずロキは突っ込んだが、しかし神酒と牛乳を混ぜた初の試み、一年以上掛けてレシピを改良した経緯にはついつい聞き入ってしまう。たゆまぬ探求により生まれたカクテルの誕生秘話は、さながら一大スペクタルの如き壮大さであった。
ソーマが「何故美味い……」と追放を解くクライマックスを涙無しには語れないだろう。死ぬほど不本意そうな酒神の顔が思い浮かび、同時に出力された『ふわふわソーマ』の文言が女神の腹筋を破壊した。
カクテル言葉知ってるんじゃねーか!ザニスは別の意味で愕然としていたが、なお次の瞬間、彼は物資の調達を代替する契約のサインを迫られていた。
「なぁ帰雁ちゃん、このカクテルも店に出すならウチが改名してもええかな」
「えぇ、このままじゃ駄目でござるか?」
「『ふわふわソーマ』は多分怒られるやろ」
「怒られるのは困る……」
「雲みたいにふわふわで、美女みたいに甘いし美味い。『アプサラス』言うんはどうや」
「天界のお言葉でござるか?どう言う意味か伺っても?」
「帰ったらソーマに聞いてみ。おもろい顔が見れると思うで」
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