酒カスエルフ、ダンジョンへ行く 作:エルフスキー
その日、【ゴブニュ・ファミリア】に激震が走った。
「……お?どうした、ウチのお客さんかい?」
「うむ。得物の手入れを頼みたいのでござるが、この鍛治屋は東方の片刃剣を扱っておられるだろうか?」
「そりゃ勿論!状態を見せてくれ」
きっかけは一人の剣士である。三度笠に極東の装いをしたその不審者は、意外にも柔らかな物腰で刀の修繕を頼んだ。
鞘の作りまで豪奢なその一振りは、なるほど名高き業物であろう。刃が擦り減ってもいないし、錆の一つも見当たらない。
観賞用の刀なのだろうが、よくよく大切にされて来たことが分かる。
「うん、見事なもんだな。油換えればすぐに終わるよ。なあ、良ければコイツを俺に預からせてくれないか?」
これは良いものを見た。退屈な受付業務に飽きていたドワーフの男は刃を納めて客人に乞う。
必要な処理だけを告げる誠実さ、刀を持つ手の恭しさを気に入り、帰雁もまた上機嫌に返した。
「良かろう、ではお主に頼むでござる。以後も贔屓にすると約束する」
「お!気前の良い旦那だな!気合い入れて拭わせてもらうぜ!」
と、そこで終われば話はさっぱり纏まったのだが。
腰を持ち上げたドワーフの男は、目敏くも帰雁の差すもう一振りの太刀に目を留める。
膠を何度も塗り重ねられた柄。頭や鐺はおろか鞘にさえ装飾という装飾がなく、剥き出しの木目がなんとも無骨だ。
鍔も無いため巨大な出刃包丁のような見かけをしていて、それをこの不審者が帯びている。シンプルに風貌が食人鬼であった。
「なあ旦那、良ければそっちも見てやろうか?」
「ウン?……いや、コレは構わぬ。コレは少々……癖が強いゆえ」
「なんだよ、気になること言うじゃねえの。見せてみろって」
「いやいやいや、凄く手入れの難しい刀でござって!」
「お?言ったな?アンタの贔屓の鍛治相手に!」
「むむ……。……驚くなよ」
そうして鞘から抜かれたのは……もはや刀とも呼べぬような惨憺たる『鉄板』であった。
ガタガタの刃に丸まった鋒。錆こそないが碌に切れなさそうな
「な……なな、なんてことを!!?こんなのあんまりじゃあねえか!!!」
「うむ。もう五十年はこうでござる」
「ごじゅうねん……五十年!?そんな、どうしてそんな惨い事ができる!!?」
泣きながら酒臭い胸倉を掴んでくるドワーフを、帰雁は遠い目をしながら押し除けた。これまで何度も繰り返した問答である。
「いやなに、この刀は硬すぎてなァ……。行く先々でそう詰られたが、誰一人として研げる者がおらなんで……」
「貸せッ!俺がやるッ!」
「およよ……(諦め)」
決意に満ちた瞳のドワーフが鈍器を奪い取り、一目散に鍛冶場へ駆ける。キラキラ反射する涙が輝かしい。
帰雁はやれやれと頬を掻いて、ゆっくりとした足取りで男を追った。
結論として言えばこの男を含め、鍛冶場にこの刀を研げる者は居なかった。
「俺は……弱いッ……!」と泣き叫ぶドワーフに釣られて多くの鍛治師が鉄板に挑んだものの、全員が返り討ちにあったのだ。
宛てがえば強度負けする研ぎ石。擦り減る気配が欠片もない刃。折れる鍛治師たちの心。
「こんなの刀なんて嘘よ!」と嘆く娘に苦笑し、帰雁は鈍器を振り翳した。鋒は一切揺らぎない軌跡を描き、いっそ芸術的なまでの直線を引く。
音一つなかった。ファミリアの鍛治師たちの為、岩盤から切り出された巨大な研ぎ台が割ける。
蹴り出されてようやく晒された断面は、初めからこの形に切り出されたかのように滑らかだ。
血払いから刃を収める常の動作を行いかけ、はたと気付いて振り返る。刃毀れ一つない堅固過ぎる鈍器に、ギャラリーは依然として納得の行かない様子であった。
「嘘だ……僕を騙そうとしてる……!」「イカサマだ!そういうスキルなんだろ!」「認められない!あんなのが刀なんて……!」
「恩恵に頼らずともこの程度容易いでござるよ。サムライゆえ」
「侍強い……」「極東やべーな、魔境かよ」「その技量なら物干し竿でもなんとかなるだろ……」
「ふふん。拙者の師匠は波の上に剣を立てて座り、手刀で船をひっくり返してござる」
「師匠強い……」「それはもう侍関係なくね???」「それ剣使ってねえじゃねえか!!!」
尤もなツッコミである。聞き流した帰雁は酒瓶を呷った。
あまりに理想的な悪役っぷりに、鍛治師たちのブーイングが飛ぶ。が。
がたん、と鍛冶場の戸が開いた。
「何事だ」
賑やかな鍛冶場が静まり返った。誰もが居直り佇まいを正す。
俗人を圧倒する存在感にさしもの帰雁も畏ると、「主神様」と誰かの囁きが聞こえるのである。
【ゴブニュ・ファミリア】の主神、鍛治神ゴブニュ。
細身の翁の化身の内に、どれほどの叡智が秘められているのだろうか。
その眼差しは荘厳であり、引き締まった肉体は溢れんばかりのエネルギーで満ちているのが分かる。
同じく職人気質な物作りの神とはいえ、帰雁の主神とは系統が違った。酒蔵に引きこもっているせいか、酒神の重圧はどうも湿度があると言うか、根暗感が強いのだ。
「お騒がせして申し訳ない。眷属の皆々様には、拙者の刀を見て頂いていたのでござる」
寡黙な鍛治神はじっと客人を睨め付けるも、それだけであった。同時にさっと彼の眷属たちが散り、最初のドワーフだけが場に残る。
彼は苦々しげに鈍……『金剛』を見たのち、一つ帰雁に頷いてみせた。
刹那、思案する。幾ら刀研ぎとはいえ、一ファミリアの主神への依頼となれば馬鹿にならない値段がつくだろう。
暫し倹約せねばならなくなるし、高い酒はお預けだ。新生活を営む以上何かと物入りであるのだから、多すぎる支出をすべきではない。
そもそも切れ味に困っているわけでもない。如何に刃が鈍かろうと、面と強度さえあらば粗方のモノは斬れるのである。
一定の技量を持つ者ならば、得物を選ばずとも最低限の実力を発揮できるのだ。
ならば、と帰雁は考える。己が武器に吝嗇をして、その金で呑む酒は美味いか。
ンな訳なかろ。
「……尊き身の上の方よ、不躾ながら願いたい。拙者の刀を研いでは下さらぬだろうか」
笠を外し、しずしずと頭を下げた帰雁の目には映らずとも、彼女の“贔屓”の鍛治師は見た。
鍛治神は確かに厳しい顔つきを崩し、一人の剣客に笑みを溢したのである。
一夜明けて翌朝、帰雁は再び【ゴブニュ・ファミリア】へと訪れていた。
差すのは一本の華やかな打刀のみであり、それがこの上なく心細い重みなのだ。心なしか体が右へ傾く始末である。
不安のせいか安酒がするすると喉を通る。朝も気付け代わりに蒸留酒を干した。……なんてことはない、いつもの酒カスエルフであった。
とはいえ軽い身体が居た堪れないのは確かだ。実際「明日来い」とは言われたものの、始業と同時に押しかけてしまった。つまりは朝一番の訪問だ、なんとも情けない有り様である。
「た、頼もうー……」
流石に遠慮がちな……師が見れば感嘆に咽ぶやも知れぬ……様子の帰雁は、そっとファミリアの門を叩いた。
まだ空は暗い。中からは槌の音も聞こえず、ただ炉が煮えたぎる音ばかりがする。
すると奥の戸が開き、一日にして馴染みとなったドワーフが顔を覗かせた。彼は戸から手を出して、来い来いと客を奥へと招く。
彼に従って進んだ先には一面が土間の空間があった。高弟たちの修練場にある奇妙な熱気はなく、ひやりと冷えた独特の雰囲気がある。
壁面にはびっしりと武具が立てかけられており……主人の所在も生死も知らず、その元へ返される日を静かに待ち望んでいるのであった。
中央、どっかりと腰掛けるゴブニュ神がゆったりとした動作で首をもたげる。
手には飾り気ない長刀が握られていて、どこぞのトンチキエルフより余程落ち着きのある居住まいをしている。
何か言うでもなく、剣士は両手を差し出した。鍛治神は座したまま刀を手渡し、目線だけで客を促す。
抜いてみろ。昔気質な親父さん特有の格好良さである。
帰雁は些か逸る手付きでウン十年来の愛刀を受け取った。
この
鞘から白刃が引き抜かれる。一片の曇りもないしろがねが蒼い眼を反射する。
一回り小さくなった刃はしかし鞘鳴りを起こさず、見れば木目の鞘は冷やし乾かされることで縮められていた。これぞ工芸を司る神の真髄、想像だにできぬ絶技である。
「……」
帰雁は敢えて鞘を地に起き、両手で長刀の芯を捉える。それから巻藁の前で振りかぶり、一閃。
スルリと藁を舐った太刀筋は……10Mを軽く駆け抜け。
ドワーフの髭を真っ直ぐに整えるのみに飽き足らず、鍛治神の工房に消えない跡を一本残す。
剣士は一筋の冷や汗をかいた。それからぐっと目を瞑り、呟く。
「……ちょっと斬れ過ぎでござるなぁ……?」
時は今、神話時代の最高峰。
インフレの止まらない街オラリオは、呑気に生きてきたサムライエルフを激動で呑み込もうとする。
爆上がりする予想支払額に慄きつつも、帰雁は綻ぶ顔を抑えられない。暫く肴に困らなさそうな人生である。
どうしてこの忙しい時に二次創作なんか書き始めたんですか???
感想もちまちま返します……ありがたいです。
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