酒カスエルフ、ダンジョンへ行く   作:エルフスキー

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(戒め)


入るを量りて出ずるを為せ

 

 締めて三〇〇万ヴァリス。

 決して高くない額である。何せ鍛治神への依頼なのだ。

 見積もり、研ぎ代、当然手付けに心付け、更に諸々の損害賠償を踏まえた上で、破格の値段と言えるだろう。

 

 以後も得物の面倒を見てくれるという約束まで結んだのだ。もう一振りの手入れを無料にしてもらったことも鑑みて、水面下で多大すぎる割引があったのは明白であった。もう一生他の鍛冶屋を頼れない体にされている。

 

 ゴブニュはあの場にいた眷属たちを呼びつけると、その全員を厳しく叱ったらしい。客の武器にいい加減な手を入れるとはどういう了見だ、という訳である。

 

「この刀が特別製だから良かったものを……俺の眷属たちが誤った手入れをした時点で、見切りをつけられようが文句は言えなかった。その上で得物を預けてくれた客を、鍛治が裏切れるはずもない」

 

 いぶし銀すぎる……。帰雁はキュンキュンした。

 誰の影響かは不明として、このエルフは篤実なタイプに弱い。人は自らに無いものを求めるというが、その最たる一例であった。

 

 さて、ちゃらんぽらんは厳しく眼差しを尖らせると、凛々しい顔つきで膝を突く。なんだなんだと顔を見合わせた神とその眷属を前に、スウッと一つ深呼吸。

 師匠直伝・恥も外聞もない究極の絶技(どげざ)が、今オラリオに放たれる────。

 

「支払いひと月待って下さい!」

 

 締めて三〇〇万ヴァリス。

 決して安くない額である。一家四人で慎ましく暮らせば一年を賄える金額だ。

 それなりに蓄えもあるとはいえ、根無草の懐事情からすれば、流石に赤字も良いところであった。

 

 

 

 

 

 はい、よーいスタート。

 

 笠頭の辻斬り魔がダンジョンを駆ける。魔石に僅かな傷もなく即死したモンスター達は、自身に何が起きたのか理解していないだろう。

 その後を明らかにヘロヘロになった精霊が追いかけ、魔石を拾い上げて回る。

 

 大変嘆かわしいことであるが、死の行進(デスマーチ)(アルコール)の相乗効果は誰もが知るところであろう。

 パフォーマンスを捨てた時間と労力によるゴリ押しと、理性を飛ばし疲労や苦痛を薄れさせるドーピング。両者が織りなす最悪のマリアージュは、武士特有の根性論とも相性が良い。

 

 よってこの侍エルフも例に漏れず、効率度外視のゾンビアタックが大得意なのであった。

 IQ3の金策RTAである。オラリオ歴一週間が組むべき工程(チャート)ではない。

 

 最低限の食料と酒を買い入れ、まっしぐらにインファント・ドラゴンの首を掻っ切って中層を荒らし、売り払った魔石の一部を食料と酒に代える。これを繰り返すわけである。

 この間帰雁は五箇所の未開拓領域を発見し、八体のレアモンスターの魔石を手に入れ、三度の怪物進呈(パスパレード)との遭遇で荒稼ぎした。

 悪運が強すぎる。こういう所で失敗しないから学習しないのだ。一回くらい痛い目を見ておくべきであった。

 

 

「何が悪かったか分かってます?反省してます?っていうか話聞いてる???」

 

「完走した感想……でござりゅが……」

 

「もう駄目だこの酔っ払い……!今すぐ帰って!帰って寝てください!このお馬鹿!」

 

 後先を全く考えない事情を聴取し、【ギルド】の可憐な受付嬢は頭を抱えた。

 対して真っ白に燃え尽きているのは、さすがに疲れ果てた様子の笠頭。

 ダンジョン内の環境を引っ掻き回したペナルティを申し渡されたものの、碌な反応を返せていない。マグロ(密)漁船でもぴんぴんしていた脳筋が、空前絶後の疲労困憊である。

 

「ツケのせーさんを……しにきたでござる……」

 

「お、おう。しかし酷い顔色だぞ旦那」

 

「しんぱいむよーにて……」

 

 財布からヴァリスを絞り出し、なんとか必要額を捻出。黄金に手をつけずに済んだことに満足しつつ、寝床の提供を断って街へ踏み出す。

 帰雁は青空を仰ぎ、空きっ腹に度数40の蒸留酒を流し入れると……呆気なく気絶したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「……知らない天井でござる」

 

 発祥も知らぬ様式美を経て、帰雁は焦燥もなく身を起こした。

 行き倒れ慣れたエルフである。目覚めたら人身売買会場なんてこともザラなので、肝の据わりっぷりが並大抵でない。

 刀も枕元に添えられていることから、差し迫った身の危険は無さそうだ。

 

 グギュルグルルル、ゴゴウッ……!

 

 という地獄の釜の蓋が開くような音には動揺したものの、なんてことはない己の腹の鳴き声であった。

 武士は食わねど高楊枝、など痩せ我慢の言い訳に過ぎない。一日乾パン一枚生活は普通に無理があるのだ。

 

 と、鼻腔を擽る香ばしい香りが空腹を引き立てていることに気がついた。はてと首を傾げるのと同時に、ガタンと部屋の扉が開く。

 ホカホカ湯気の出る盆を持つ女は目を丸くし、そのまま室内へと入ってきた。

 

「ぐうぐう腹を鳴らす割に、いつまで経っても起きないもんだからね。次は叩き起こそうと思って来たんだけど」

 

「それは……容赦ないでござるなぁ」

 

「何言ってんだい、アタシ程容赦のある人間はそういないさ。道端に落ちてた厄介そうなエルフを拾ってやるなんてね」

 

 フンッと鼻息を鳴らす大柄なドワーフの女。凛とした佇まいが清々しくも強烈で、なんとも凄絶な美女であった。

 目の前に置かれた椀には食べやすそうなスープがよそわれている。帰雁は恐る恐る女を見上げた。

 

「拙者今だいぶ素寒貧でござって、大した御礼を出来ぬのだが……」

 

「行き倒れにそんなもん期待してないさ。さっさと食いな」

 

「……かたじけない」

 

 いただきますと手を合わせ、掬ったひと匙を口に運び……帰雁は思わず目元を抑えた。

 とろみのついた舌触り、程よい塩気と野菜の旨み。さもしく荒んだ人生を送る酒カスにとって、あまりに優し過ぎる『おふくろの味』。

 

 拙者ってば、なにやってるんだろ……。定年間近、人生半ばにして我に返った仕事人間のような哀愁を背負い、帰雁がズルズルとスープを啜る。

 大樹のような安心感を持つ女は、その背を力強く撫でてやるのだった。

 

 

「つまり……なんだい。勢いで高い買い物しちまったから、碌に飯も食わずダンジョンで金稼ぎしてた訳だね?」

 

「うむ」

 

「で、ツケを返済した解放感から酒をラッパ呑みしてぶっ倒れたと」

 

「そうなるでござるな」

 

「アンタ馬鹿なのかい?」

 

「ぐう……」

 

 困った、何も言い返せぬ……。目の前の女の真人間っぷりに心を灼かれ、帰雁は力なくしょんぼりした。

 暗闇で活発化し、太陽の下では弱体化する。ほとんどアンデッドみたいな性質である。

 

 対して女……ミア・グランドは僅かな違和感に眉を顰める。

 オラリオの中堅でも上澄みにあたる【フレイヤファミリア】、その団長たるミアにとって三〇〇万ヴァリスなど端金も良いところだ。

 しかしそこらの第三級冒険者が一ヶ月で稼げるほど、安い値ではなかろうに。

 こうして話している限り、良からぬ企みを実行する手合いではなさそうだが……しかしここまで特徴的な風貌をして、噂の一つも聞かぬというのが奇妙である。

 

「そういえば名前も聞いてなかったね。アタシはミア。【フレイヤ・ファミリア】に所属してる冒険者だ」

 

「やや、恩人様相手に申し遅れたでござるな。拙者は帰雁と申す。【ソーマ・ファミリア】に身を置いてござる」

 

「【ソーマ・ファミリア】?前にウチの主神が言ってたような気もするけど……」

 

 正直あまり聞かない名前だ。少なくとも有力な冒険者はいないはずである。であればと次いで二つ名を問うと、帰雁は困惑して首を傾げる。

 聞けばオラリオに来たのはほんの一ヶ月前であり、ファミリアに所属したのもその頃とのことだった。

 

 あり得ない、と思う。帰雁は「鍛え方が違うゆえ」と嘯くが、到底それで済ませられる実力ではない。

 

 確かにエルフは“優れた”種族だ。ミアの種族たるドワーフがステータスを得ずともレベル1、ともすればレベル2相応の能力を発揮できるように、神秘に愛されたエルフはレベル以上の実力を持っている。

 

 しかし……このトンチキエルフは剣士なのだ。しかも種族補正をガン無視して、なお一ヶ月継戦する持久力があるときた。

 レベル詐欺に種族詐欺、加えて極東人もまず使わない妙ちきりんな口調が相まり、もはやカモノハシの如き意味不明な生き物である。もう少し要素を減らすべきであった。

 

「恩人様?如何なさった」

 

「……恩人様は止しとくれ。ミアで良いよ」

 

「そうか。ではミア。一宿一飯のこの御恩、拙者は決して忘れまいぞ」

 

 そう言って頭を下げ、黙々と食事を再開する帰雁。

 ミアは暫し思い悩むも、やがて深く考えることをやめた。背中を丸めてどこかもの寂しげに水を舐める帰雁は、この上なく素直なだけの小娘であったからだ。

 

 

「しかしそれだけの『冒険』をしたとなればレベルアップも出来るんじゃないかい?ファミリアに戻ったら、早いとこステイタス更新して貰うことだね」

 

「……れべるあっぷ?すていたすこうしん?なんでござるか、それ」

 

「……アンタちょっとそこに直りな。世間知らずがなっていい職業じゃないよ、冒険者ってのは」

 

「なんと……!」

 

 このあとの講義の結果、帰雁は迷宮都市を「戦の絶えない腕試しの地」と認識していることが判明した。

 間違ってはいないがそうじゃない。どんな奇怪な身の上で育まれる認知なのだ、それは。

 

 その上彼女の所属する【ソーマ・ファミリア】が、この上なくきな臭い集団であることも窺えて来た。

 面倒見の良いミアは何かあれば【フレイヤファミリア】を頼るよう言い含めるも、この能天気が適切に周囲を頼れるかは不明である。

 

 なお実際のところ、酒と暴力のピラミッドの頂上にはこのトンチキエルフが君臨している訳だが、この時のミアは知る由もないことであった。

 

 




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