酒カスエルフ、ダンジョンへ行く 作:エルフスキー
独特の静謐と空気感を保つ酒蔵に、一筋の光が差し込んだ。隙間からそろりと顔を覗かせたのは、暫し顔を見せなかった眷属である。
「……お前か」
「……」
声をかけるまでもなく絡んだ視線を受け、帰雁は黙ったまま首を傾けた。それは思案に伴って現れる仕草なのだが、往々にして『威圧』と受け取られていることを当人は知らない。
正体不明の笠頭が傾くのも、
尤も俗世間への関心が薄弱すぎる酒神は、「何か考えているらしい」と思うのみであった。
一周回って正鵠を射ている。社会不適合神とコミュ障(暴)エルフ、意外な所で噛み合わせが良いのであった。
常人なら居心地を悪くする絶妙な間の後、帰雁はこくんと一つ頷く。
「拙者でござる。主上、ステイタスの更新をして頂きたいのでござるが」
「そうか、分かった。背を向けろ」
外の団員たちとした押し問答(物理)に比べ、随分と話が早い。帰雁は再び首を傾げたあと、今度はそう時間もおかずに指示に従う。【ソーマ・ファミリア】はビジネスライクなファミリアなのだ。
滴った神血が刻印を記し、女のなまちろい肌に神聖文字が浮かぶ。【経験値】を淡々と処理していたソーマは、ふとその背に滑らせる指を止めた。宛て所ない眼の焦点が定まる。
「……スキルを発現している」
「すきる?レベルアップとは違うでござるか?」
「違う」
「うむん……横文字が多くてよう分からぬな。主上に任せる」
『ステイタスはダンジョンでの命綱だ。きちんと把握しておくんだよ!』
という高ランク冒険者のありがたい薫陶も忘れ、のほほんと抜かす眷属歴一ヶ月。常に三歩目を踏みしめる鶏っぷりである。
対して主神も「そうか」と頷き、この上なく怪しげなスキルを感慨なく書き記していく。どちらの無神経さが欠けても成立しない、靴の裏のヘドロみたいなゴミュニケーションであった。
「……終わったぞ」
「やや、ありがたく」
軽く目を通した紙を懐に仕舞い込もうとし、ようやくミアの教訓を思い出した帰雁は、やや億劫そうな動きでステイタスを確認する。
見慣れない表記ばかりであるが、事前学習のおかげで対応する意味程度は把握できている。女神印の学習塾(講師:
惜しむらくは講義に『スキル』に関する履修が含まれていなかったことだろうが、本来は自学の範囲内である。
ミア先生も言っていたではないか。ダンジョンは怠惰な冒険者に甘くない、絶えぬ『冒険』による偉業と、それにより積み上がる【経験値】こそが重要なのだと……
モガリ・帰雁
Lv.1
力:G222(+100)
耐久:I 90 (+100)
器用:E 479 (+100)
敏捷:E 413 (+100)
魔力:I 50 (+100)
耐異常
《魔法》
【】
【】
【】
《スキル》
【
・全行動に対する自動判定・自動補正
・判定成功時 確率で耐異常上昇
・判定失敗時 確定で耐異常減少
・状態異常『混乱』 常時付与
【
・全能力値常時向上(レベル依存)
・【経験値】取得大幅減
なぁにこれぇ。
刻んぢまった
とはいえどれほど言い訳を並べても、ミア先生に死ぬ程怒られそうではあるが。いやいや所詮は他人に対し、何故あの人間の説教を恐れる必要が?
「要件はそれだけか」
「!」
行き倒れ先で無事首根っこと胃袋を鷲掴まれた帰雁は、抑揚の少ない言葉に顔をあげる。
ソーマの言葉は静けさに反し、嫌な圧力と温度があった。妙に苛立たしげな主神の意を受け、ハッとポンコツが我に返る。
職人の工房たる酒蔵で、不要に留まるなど己は何を!
金があれば一杯神酒を引っ掛けて行きたい所ではあるが、流石にしばらく倹約をせねばならないのだ。ひと月十万ヴァリスが目安の倶楽部の酒と考えると、そうポンポンねだれる酒でもなかろうし、ここは我慢すべきである。
酒には見合った待遇を用意して然るべき、というのが帰雁の考え方であった。神酒という上等過ぎる酒を得るとき、見苦しい行いは呑兵衛としての矜持に反する。
一方大衆食堂で「あと一杯」をごねるのは大好きなあたり、都合の良い美意識であることも確かだが。
「これはご無礼を。お手間を頂いた。これにて失礼する」
よって内心涙を呑みながらも頭を下げ、帰雁は堅い意思で以って酒蔵を後にした。獣人であれば耳が垂れ下がっているような有様だが、傍目には潔い去り様であることに違いない。
少なくとも部屋の主人にとって、それは何の未練もない背中に見えた。
「………。」
一ヶ月間。時折出入り口を眺め、ただ黙々と酒造りを続けていたソーマは、やがて地の底を這うような溜め息を吐いた。
一ヶ月ぶりに戻ったファミリアの本拠地は、なんとも不穏な空気が充満していた。
居るのは蹲って震える怪我人か、武器を持って屯する破落戸ばかり。神酒に呑まれてトリップする酔っ払いの姿は見当たらず、ただ“貧しさ”の匂いがする。
どうも面倒な事態があったらしい。やけに混乱がない状況から見て、陰謀に偏った争いだったのだろうが……おおかた派閥内争いでござるかなぁと、帰雁は呑気に嘆息した。
「ひっ……!で、出てきやがった……!」
「おい目を合わせるな!どんな目に遭わされるか……!」
道中うっかり破落戸を減らして怪我人を増やしたりもしたが、まあ誤差みたいなものである。帰雁はのしのしと本拠地を横断し、この先の醜い争いを思った。
人とは多く忙しなく、生に焦っているものだ。愚かなものだと思う。心のどこかで羨ましいとも。
「……酒が足りぬ」
……体から酒精が抜けたせいで、一瞬素面になりかけた。基本的に乱世メンタルの持ち主たる傾奇者は、魔窟を後に安酒を舐める。
火中の栗は拾って焼酎に漬け込むに限るのだ。愉しく呑めればそれで良し。
生の一時を歓ぶことに、種族も生き様も関係あるまい。これが人生ではないか。
酒断ちの反動のように手が震えてきた。もう我慢の限界である。帰雁は恐るべき嗅覚で半地下の場末の
「小汚い上に出すものも最悪な店でござるなぁ。クソ不味いウヰスキーシロップ割りとか何考えて生きてるでござるか?頭悪いでござるか?美味しいお酒呑んだことないの???」
「酒癖と口と態度が悪い客だなオイ。ウチはそういう頭の悪い店なんだよ。美味い酒なら借金背負って神酒でも飲めばいい。文句があるなら出て行けば?」
「そういうの超好き♡生ゴミの味する♡最悪♡」
「頭割れちゃうでござるうぅぅぅ……」
粗悪な酒でぐでぐでに泥酔した帰雁は地獄のような二日酔いに苦しみ、丸一日呻いて過ごすことになるのだった。
迎え酒。帰雁の好きな言葉である。一切科学的根拠のない気休めであっても、それは酒カスを幸せにする。なんとも安い幸せだ。
それでも気分は最悪である。感じるもの全てが煩わしい。
日中は四六時中引きこもっていたものの、やがて賃貸の匂いにすら吐き気を催すようになったため、帰雁は頭を掻きむしりながら家を出た。
「う……」
明け方まで酒を浴び、そこから爆睡したために、昼夜は完璧に逆転している。胃の中は完全に空っぽで、吐けそうな固体は残っていない。
深夜であろうと【迷宮都市】は賑やかである。この地はある種究極の歓楽街のようなものであって、神人は入り混じって夜を愉しみ、皆で束の間を共有する。お祭り騒ぎが好きであれば夢のような街だろう。
一方幽鬼のようにぼんやりと佇み、真っ青な顔色の彼女を誰もが避けて道を通る。
無骨な太刀を精神安定剤のように握りしめたそのエルフは、明らかに関わっちゃダメなヤバい人なのであった。
静かな場所へ。何もないところへ。ふらりふらりと歩を進めれば、徐々に人影が減っていく。
帰雁は古びた廃教会を見上げ、その屋根に佇む少女を見た。
酔えるような顔貌だ。白い横顔の描く比率を、到底言葉などでは言い表せまい。燻みのある白髪がたなびいて、宵の涼風に晒されている。
少女は一度翠の片目を見開くも、すぐに瞼を下ろす。彼女は月下で両目を瞑り、何事か考え込んでいる様子であった。
「……ッ、」
ケホ、と病的な咳が聞こえる。帰雁はもはや水のように感じる迎え酒を喉に流しこみ、部屋着のままの半纏を脱ぐ。
高所の風は殊更に冷たかったが、もはや頭痛は止んでいた。着流し一枚の夜半は肌寒くとも、ただ密やかに過ぎていく。
瞬く少女は、名をアルフィアといった。その一夜に知ったのは、それだけだ。
ちょっと訂正
指摘助かります……!如何せん原作読んだのかなり昔でして……!
誤字脱字のチェックも本当に感謝ばかりです
ありがとうございます
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