酒カスエルフ、ダンジョンへ行く   作:エルフスキー

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一日一歩

 

 レベルアップ可能な基礎アビリティランク『D』を得るまで、まずは一年弱が必要だった。帰雁が最も伸びやすかったのはやはり『器用』の項目だ。

 

 しかし九割以上を始めの一ヶ月で取得したことを思うと、たった21の値に10倍以上の期間が掛かっているのは異様である。

 能力値に応じて取得経験値が下がるとしても、流石に行き過ぎた減衰率だ。

 

 その上レベルアップには()()()が掛かった。もう意味不明だ。万象への興味がないソーマが困惑を漏らすほどである。

 

 どうやらスキルによる能力値上昇は自前で賄う必要があるようで、レベルアップ後の固定値を先んじて稼がなければならないらしい。

 短絡的な持ち主に似て、実に行き当たりばったりなスキルであった。

 

 

 

 

「レベルアップ出来るぞ」

 

「うむ…………うむ???」

 

 ぼんやり半裸で神酒を舐めていた帰雁は、何も考えていない阿呆面で首を傾げた。

 

 久方ぶりに寄り付いた本拠地(ホーム)で神酒の購入を求めたところ、ついでと言わんばかりの主神がステイタス更新を尋ねてきたため、酒を受け取りつつ頷いただけであったのだ。青天の霹靂とはこのことである。

 

 帰雁のレベルアップには、全ての固定値を賄うだけの基礎アビリティが要るらしい。が、ここで困ったのが『魔力』であった。

 魔法を扱ったこともないトンチキエルフだ。何故か上昇している『魔力』値を「不思議でござるなぁ」で済ませる不思議な頭の持ち主であっても、レベルアップのロックには困り果てた。なにせ能力値上昇の条件が不明なのだ。

 

 しかし帰雁は魔法を覚えようと努力するでもなく、「まあ急いでるわけでもござらんし……」とステイタス上げを放置していた。

 

 結果二年の時を経て、条件不明なまま『魔力』値が100まで上昇してしまったというわけだ。

 三つの魔法スロットは全て空白である。オラリオの魔法使い全員から殴られるべきだった。

 

「どうする」

 

「んん………ゥン。主上に全て任せる……美味……」

 

「そうか」

 

 ソーマはやはり感慨なく頷き、ステイタスより神酒に夢中な眷属に刻印を施していく。

 こうして【ソーマ・ファミリア】の穴蔵で、オラリオ一やる気のないレベルアップが果たされたのだった。

 

 

「……ん?レベルアップ?拙者レベルアップしたでござるか?」

 

 『Lv.2』が記された共用文字をぼーっと眺めていた帰雁は、はっと己が慶事に思い至ると、途端に満面の笑みで盃を掲げた。

 やたら口の広い巨大な漆器は、当人が古物市で買い上げて持ち込んだ品。値切りに値切って20ヴァリス。

 

「祝い酒でござる!主上、もう一杯!」

 

「……」

 

 お代わりの口実を見つけ期待に満ち溢れた眷属の盃に、ソーマは無言で酒を注ぐ。ついに主神にまで酌をさせた酒カスであった。

 

 

 

 

 

「レベルアップしたんだってね。おめでとう」

 

「……かたじけない?」

 

 もぐもぐとサンドイッチを齧りながら、帰雁が眼を瞬かせる。

 傍には肝っ玉母ちゃん、もといミア・グランド手製のランチボックスが開かれており、冷えてなお食欲をそそる香りが一帯を支配していた。

 

 酒と炭水化物ばかり摂取する食生活を案じ、【フレイヤ・ファミリア】でも厨房を預かるミアはなにくれと面倒を見てやるようになったのだが、この酒カスには手間がかかった。

 一般的に健康的な食事を与えてみたところ、なんと帰雁は体調を崩したのである。

 

 この珍妙な生命体は、無意識下に絶妙なバランスで頑健な肉体を保っていたのだ。なんとも腹立たしい生態であった。

 

 疑問を浮かべつつ高炭水化物・低脂質の美女の手作り弁当(美味)を貪る笠頭に、ミアは苦笑して肩を竦める。

 

「レベルアップすると二つ名が付くだろ?あれは神会(デナトゥス)に集まった神々が決めるんだよ。で、アンタについた二つ名をウチの女神(フレイヤ)様が教えてくれたって訳さ」

 

「えっ、拙者って二つ名ついてたでござるか?」

 

「……一度アンタの主神と会っておきたいところだね」

 

 逆に日頃何を話しているのかと呆れるミアだが、ほぼ何も話さないが正解である。

 酒の催促の他主神と言葉を交わす機会がないのが【ソーマ・ファミリア】の常態である為、情報収集はファミリア外で行うのが普通だ。

 

 しかし耳に入るものすら聞いていない帰雁からすれば、外聞など知る由もないことである。二つ名など最たるだろう。

 

「【縛りプレイ(ア・リミテッド)】だの【山の者(きのこ党)】だの色々と案が出たらしいけど、結局【呑んだくれ(ドランカー)】で決まったってさ」

 

「意外性に欠けるでござるなぁ。神々の意が読めぬのは常と言えども……“たけのこ党に栄光あれ”」

 

「たけのこ?」

 

 ぬるっと付け足された言葉を強調するように、懐から飛び出た精霊がビュンビュン激しく飛び回っている。

 何やら憤っている連れ合いを他所に、帰雁はキョトンと目を丸めた。何も考えていない様子である。

 

 帰雁が妙なことを口走るのも今に始まった話ではない。害はないので放っておくとして、それより袂を弄る手を睨んで止める。

 

 ミアの一睨みで縮こまった帰雁は、しょんぼりと両腕を挙げて投降した。三本目の葡萄酒は召喚キャンセルである。

 ドワーフに酒を咎められるエルフなど、オラリオにもまず一人しかおるまい。

 

「もう何度も聞いてるけど……ウチに来る気はないのかい?派閥内抗争で団長が二、三度変わったらしいじゃないか。ここ最近はダンジョンに専念できなかったろう」

 

「みあ……」

 

 寂しげに見つめてくる依存症に湯気の立つ魔法瓶を押し付け、ミアは薄汚れた外套からごろごろと葡萄酒を押収した。ミニボトルですらないのだから救いようがない。

 

 仕方なくスープを啜り出した帰雁は、拗ねた様子でぽつりと漏らす。

 

「そも団長の首をすげ替えたのは拙者でござるし」

 

「……聞かなかったことにしておくよ」

 

 友達甲斐のある娘だ。嬉しくて帰雁はにっこりした。

 

 なんでもかつて追い出された団員らが犯罪系ファミリアに身を寄せていた()()()、それなりに凄惨な派閥内抗争が起きたのだ。

 

 旧団長含む数名をスパパンと刎ね、大暴れしたのは帰雁である。一方新団長に立てたのは例の眼鏡の小僧。

 ……毎晩新たな酒場を探した夜の街で、教唆とも呼べぬ狂言を回したりもしたが、足がつくようなことはしていない。酔っ払いは戯言を吐くものなのだ。

 

 眼鏡小僧が短命種の癖に随分悠長に団長の座を狙っていたものだから、ちょいと手助けしてやったのは確かだが。共に酒席を囲んだ誼である。

 

 お陰で彼が企んでいた十万ヴァリスの納付は【ソーマ・ファミリア】の義務となったが、ちょっかいをかけられることも無くなった。

 酒の売却への口出しも「わァ……あ……」と聞き入れてくれる。完全に怯え倒されているのであった。

 

 

「とにかく、そのファミリアじゃ碌に経験値を稼げないのは確かだろ。アンタの腕でLv.2まで二年なんざ有り得ないよ。レベルが上がるほど経験値は渋くなるってのに」

 

「ふふ、随分買ってくれるでござるな。マ確かに、次は五年はかかるであろうよ」

 

「何を呑気にしてるんだい。ウチの猪小僧はもうLv.3に手が届いてるんだよ?」

 

 引き合いに出されたのは、彼女がよく面倒を見ている【フレイヤ・ファミリア】の子供のことだろう。団長直々に稽古を付けられ、女神にも目を掛けられている獣人の子は、妙に帰雁を敵視している。

 

 あまりに真摯な彼にとって、酔いどれエルフは不真面目すぎた。女神(フレイヤ)を酒の肴にして、品の無い揶揄をしたのも最悪だ。

 にも関わらず猪突猛進をころりと転がされてしまったものだから、もう目の敵にしているのである。

 

 ウン十年剣士をしている帰雁からすれば、幼い子供に「止められぬ」と思わされたことは十分衝撃だったのだが。

 流石は英雄都市オラリオ、あんな子供も修羅である。まともに当たれば交通事故のごとく吹っ飛ばされていたことだろう。

 

「あのウリ坊は伸び盛りでござろうよ。拙者のような枯れ木とは違かろ。今に引き離されようさ」

 

「アンタの見た目で枯れ木ってのは、オラリオ中の女に喧嘩売ってるようなモンだよ」

 

「またまた。拙者ばばあでござるし…」

 

 ヘラヘラ笑った笠頭。その下にゾッとするような端正さを秘めた美貌のエルフの背中を、女盛りのドワーフが引っ叩いた。

 パワー型のLv.5の張り手を受け、Lv.2が5M吹っ飛ぶ。

 

 滞空時間は三秒。意識が遠のく。

 

 

「……せ、せっしゃがわるかった」

 

「分かれば良いんだよ」

 

 年の功も亀の甲も無い、ただ無神経なだけの長命種である。

 『耐久』が上がりそうな一撃を受けて、帰雁は辿々しくミアに謝る。

 

 ミアは一つ鼻を鳴らし、数十歳年上の情けない友人を許してやるのだった。

 

 

 

 

 

 目の前にいるのは、翡翠の髪をなびかせた如何にも高貴そうなハイエルフ。顔を真っ赤にしてわなわな震える彼女に、ははァんと帰雁はしたり顔をした。

 

 拙者、また何かやっちゃったでござるか?

 

 やらかしに気付けるだけ涙ぐましい成長である。帰雁はしたり顔のまま後退りすると、逃亡の準備を整えるのだった。

 

 

 

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