酒カスエルフ、ダンジョンへ行く 作:エルフスキー
二年という歳月はそれなりに長い。芽生えた双葉は若木になるし、生まれた鼠も土に還る。ヒトの子供は喃語を脱し、自分の意思を主張するようになる。
つまりは生き物が転換を迎えるにあたって、十分すぎる時間な訳だ。かつて取るに足らぬ小悪党であった男が、中堅ファミリアの団長に就任するほどの。
「いやぁすまぬな、鱈腹馳走になり申した」
襤褸の外套に飾り気ない羽織、喉を隠す襟巻きを外した正体を、酔いどれの笠頭と結びつけることは難しいだろう。
ほっそりした肢体に濡れ羽色の髪。唐突な酒宴の誘いを快諾し、なんの衒いもなく食事に手をつけた女は、そう言って婉然と微笑んだ。
素顔を知ったのは何時だったか。笠の下の顔貌には驚いたような気もするし、どこか腑に落ちたような気もする。
化生の者が持つこの世離れした美しさとは、如何にもそれらしいではないか。
傍の屈強な男たち含め、この場の人員は一人たりとも武具を装備していない。目の前の怪物を刺激しないことこそ、身を守る最大の手段に他ならないからだ。
「……こちらの誘いに頷いて貰った以上、この程度当たり前だろう。そうだ、酒は足りているか?欲しい品があるなら教えてくれ」
「むむ、ではお言葉に甘えて……これは珍しい、この店にはどぶろくがあるのだなぁ。久方ぶりに飲みたい気分でござる」
「おい!濁酒をありったけ持ってこい!すぐにだ!」
「一合ずつで良いでござるよ」
「一合ずつで良いそうだ!」
怒鳴り声に追い立てられて、慌ただしく男達が走っていく。ソーマ神の眷属でこそないものの、ファミリアの取引で生じた需要から職を得ている者達だ。
悠に数ヶ月分の給金を受け取った彼らは、此度の役の重みを説明も受けずとも悟っている。配膳の盆はさぞかし重いに違いあるまい。
女は恐慌に近い光景を愉快そうに見送り、何気ない仕草で佩刀を撫でた。指先が鞘を掠めるだけ。ただそれだけの動作が場に緊張を強いる。
ぽんと転がった頸を眺め、返り血一つなく笑んだ怪物の姿を、皆が連想したからだ。
「……ハ……すぅーッ……!」
動揺の只中にあってザニスは拳を握り締め、一つ深呼吸をするに留める。
二年が経った。ヒトの関係を前進させ、その為人を知るに足る時間だ。
モガリ・帰雁は寛容である。いっそ不気味であるほどだ。この生き物にとっては『快』のみが行動原理となり得る唯一。
痛苦や怒りといった悪感情に影響されず、寧ろ不快感さえも『歓び』として飲み下す異様な感性が内にある。
例えば流星のような輝きを持つ女がいれば、帰雁はそれに価値を見出すだろう。
手の届かぬことを面白がって、見上げるようにしてその横顔に酔い、時に手酷いしっぺ返しを受けることを楽しむかもしれない。
例えば大樹の如く根を張る女がいるならば、帰雁はそれに価値を見出すだろう。
子供のように扱われることを楽しんで、叱られて拗ねては甘えてみせて、呆れ顔で許されることを喜ぶかもしれない。
「して団長殿、聞かせてみよ。拙者に如何な頼みがあるのだ?」
この女にとってザニス・ルストラは価値がない。
世界がそう判断するように、ザニスは凡俗な小悪党である。在るだけで酒を上等にするような魅力をこの男は持っていない。
退屈させてはならない。小物臭い言動に値札を付け、醜悪な性根と欲望を飾らなければ。
「生かして眺めるも良し」と思わせる滑稽さがなければ、己は生きてはゆけないのだ。
だから。
「……ウチの末端が【ロキ・ファミリア】に喧嘩を売った。どうにでもして良いから、アンタにどうにかして欲しい」
一世一代の「
帰雁は緩く首を傾げて、道化の全力ベットを思案する。それから運ばれてきた濁酒を呑み込み、眉を困らせ、フッと吐息だけで微笑みをこぼしたのち。
「ふふ…………あっははははは!!!」
それだけでは堪えきれず、天狗のような大笑いをしたのである。
もう嫌だこのバケモノ……。あまりの恐怖に失神した団員達の中で、男は一筋の涙を溢した。
帰雁は一人の男を連れ歩いていた。なんの変哲もないヒューマンの男。【ソーマ・ファミリア】に所属する、幾らでもいるようなLv.1。
愚かな男だった。『擬態』に特化したスキルを発現した彼は、その能力を人を陥れることばかりに用いていた。
つまりは仲間を装って冒険者の荷を盗んだり、モンスターに化けて冒険者に嗾けたりといった、低俗な火事場泥棒をしていたのだ。
彼と三人の仲間たちは幸運な悪党だった。少なくともファミリアのノルマはその方法で稼げたし、それ以上にイイコトも出来た。弱く愚かな底辺として最高の生活を送れていたのだ。
彼と三人の仲間たちは愚劣な悪党だった。驕った彼らはよりにもよって、【ロキ・ファミリア】の新人達に【怪物進呈】を仕掛けてしまった。ロキ神が眷属を愛して止まぬ神であることなど、オラリオ中が知っているというのに。
彼と三人の仲間たちは不幸な悪党だった。幸いにも死人は出ていない。【ロキ・ファミリア】が巨大な組織とはいえ、本来金で解決できるはずの揉め事だった。
しかし怪人の退屈を恐れた格上の小悪人によって、彼らは生贄に捧げられてしまった。
「刃物であれば何が好きでござるか?拙者は刀を薦めたい。やはり切れ味が違うゆえ」
「アッ、あ、のッ、こ、ここ、」
「ウン?いやぁ……
「ヒッ……!」
「旦那、ウチの店先で物騒なこと言わんでくれよ。客が逃げちまうだろ」
「うむ。世話になる」
「旦那……」
呆れ顔のドワーフを他所に、帰雁は【ゴブニュ・ファミリア】が営む武器屋に足を踏み入れる。
入店だけで専属を呼びつけるとは大層な身分だが、当人が起こしてきた数々の問題を思えば仕方がなかろう。VIP扱いではない。要注意扱いなのである。
帰雁はスタスタと既製品の陳列棚へ歩いて行き、小ぶりな刃物類をまじまじと物色する。
同じものを覗いた男はサッと顔色を青ざめさせた。想定より桁が二つ多い。一体何を買わせられるというのか。
「この中で一番切れ味が良いものが欲しい。強度は気にしないでござる」
「そりゃまた珍しい話だな……おっと。うん。俺個人としちゃこの辺りを薦めるぜ」
ガタガタと震える男に藪蛇を悟ったドワーフは、陳列された中で最も細身のシリーズを示す。
刃渡りはそれぞれ10C、5C、3C。いかにも折れそうな刀身は、しかし底冷えするような光を纏っている。
「ふむ。試し切りは?」
「良いけどそっとだぞ。アンタは何時も斬り過ぎるだろ」
「心得てござる。ぎこぎこはせぬ、スゥーッとする」
「スパンも駄目だからな???」
「うむ!」
果たしてその言葉の通り、3Cの刃は優しく押し通された。無事だった床面と壁に胸を撫で下ろし、ドワーフは客の言葉を待つ。
振り返った帰雁は笠を持ち上げ、顔を寄せ、もはや呆然とする男に甘い声音で囁いた。
「これで良かろ?」
「……ああ」
スルリと絡められた細い指に、それだけで男は思考が巡らなくなる。このまま正気を保っているより、すっかり
だから夢見心地で頷いて……その後の物事に、何一つとして後悔しなかったのである。
「頼もう。【ソーマ・ファミリア】のものでござる。団長の代理で参った」
【ロキ・ファミリア】の本拠、『黄昏の館』。主神団長以下多くの幹部が集う中に現れたのは、どこにでもいるような身汚い冒険者と……深く三度笠を被った極東の装いの怪人である。
門番に大人しく武器を預け、礼儀正しく敷居を跨いだ両者には一切の緊張が見られない。
己こそが【怪物進呈】の主犯だと名乗り出た男に全員から殺気が向けられるが、彼は魂が抜けた顔で眼前の怪人を眺めるばかりだ。
【ソーマ・ファミリア】。上位冒険者を中心に知る人ぞ知るファミリアである。
探索こそ振るわず、オラリオで名声が知られることもないが……彼らには『神酒』があった。彼らの主神が作る極上の酒。理性を狂わす絶世の美酒が。
更に情報に長ずる者であれば、そのきな臭さも知り得るだろう。彼らには『戦争遊戯』を起こすに及ばぬ『示談』の件数が異様に多い。
例えば今日【ロキ・ファミリア】を訪れた者たちが、潔く頭を下げたように。
「申し開きもない。そちらの要求は全てお受けするでござる。実行犯に関しては、そちらの手で落とし前を付けていただくのが筋であるかと」
「な、なんや……えらく殊勝やないか……分かっとるやん」
「御身は知謀に長けた神と伺っている。要らぬ体裁は失礼に当たろうよ」
「おおおおお……」
女神は名状しがたい声をあげ、行き場のない感情に身を捩った。命に別状はなかったとはいえ可愛い眷属に手傷を負わせられたロキは、食ってかかるつもりで応対に出たのだ。
しかし眼前で白旗を振られてしまうと、どうにも調子が崩れるのである。
笠頭の奇妙さは外見ばかりで、態度は実に真摯であった。神に対する言葉に偽りはなく、本心から超越存在を敬っているのが伝わってくる。
ファミリア内での威厳がないロキは少しばかり揺れた。胸は揺れなかった。「ロキ」と厳しい声が飛ぶ。
険しい顔つきで腕を組むと、その小人族は冷たく来訪者を睥睨する。
【ロキ・ファミリア】団長、フィン・ディムナ。ファミリア一の切れ物にして、曲者揃いの眷属をまとめあげる実力者。
「実行犯は四人と聞いているよ。少なくとも、当人達は直接謝罪をすべきじゃないのかい」
「仰る通りでござる。しかしどうかお許しいただきたい。この場にいる一人の他は表に出られぬ有様でござって、今は這うことも出来なんだ。首くらいならば引き摺ってこれるが……ふむ、今取って参るでござるか?」
あまりに自然と告げられた言葉を受け、フィンは思わず主神を見る。ロキは真顔で首を振った。嘘がないのである。
全員が明確な空気の変化を悟る中……帰雁は困ったような声音で言った。
「ふむ。ちょうど良かろ。そら、落としてしまえ」
「……はい」
恍惚とした表情で男が刃を取り出し、誰が止める間もなく己の手にあてがう。
上等なナイフで切り落とされた小指は、やけに褪せて萎びて見えた。
「ッ、」
「落とし前には切腹が相応と思うのだがな。流石に同胞でござる、介錯も受けられぬのはあまりに忍びないゆえ……」
噴き出た鮮血を抑えながら、彼は媚びるように主人を見た。帰雁は振り返りもしない。ただおっとりと首を傾げ、何事か考えながら言葉を紡ぐ。
「しかしこの男は剣士でござった。これで剣を握ることはできぬ。オラリオにあって地下にも潜れず、細々と日銭を稼ぐ他にない。まずはこれが誠意でござる」
「そ、そんなことを言っている場合か!?誰か治療師を!」
「構わぬでござるよ。そこな男に治療費を払えるような稼ぎはない。なぁ?」
「はい」
「『はい』じゃないが!?」
【ソーマ・ファミリア】の二人が和やかに会話しているが、堪ったものじゃないのである。
フィンが固まる中副団長のリヴェリアが声を荒げ、指示を受けた幹部が応接室を飛び出していく。
ガレスに至っては武器に手をかけていた。もう一たび促す声が上がったならば、実行犯の男は命すら捨ててしまいそうであったからだ。
一連の狂騒を不思議そうに見回したのち、帰雁は膝を突いてロキに畏まった。見上げると同時、傾いた笠から翡翠色の一房が溢れる。
目を見張ったフィンとロキを他所に、そのエルフは柔らかく目を細めた。
「さて、償いに何を望まれるのだ?ヴァリスであれば勿論支払う。労働であれば人足でござるな。幸い人手は腐るほどいるゆえ、迷宮の露払い程度は熟せよう。ああ……」
そこで一度言葉を止め、帰雁は一番の笑顔を見せる。
「極上の
「……自分、螺子が外れとるなァ」
「?」
呆れた顔のロキが笑う。天界にいた頃のロキならばこの気狂いを面白がって、寵姫としてでも側に留めおいたかもしれない。
しかし今の己は可愛い
相応に厳しく、されど穏当に。憤るロキを宥めるため懸命に尽くしていた眷属は可哀想に、理性的でなさすぎる落とし前に混乱している。
セップクの何たるかを知れば、泡を吹いてしまうのではないか。
「あのな、ウチはクリーンなイメージ作りを心がけてんねん。こんなん知れたら他人様に何を言われるか分かったもんやないやろ」
「それは……失礼をした。この男をダンジョンに向かわせればいいでござるか?」
「うん、自分交渉事慣れてへんやろ。出せる手札全ツッパて。他に人は居らんかったんか?」
「うむ。しかし頼まれて面白そうでござったから……」
「カーッ!嘘が無い!マジモンやんけ!」
頭を抱えられたマジモンは、ならばどうすれば良いのだろう……と困った様子である。
ロキは一つため息を吐いて、しかしその美貌と手土産の神酒を思い出し、だらしない笑みを隠さずに言った。
「取りあえずお酌でもしてくれへん?酒飲みながら話そか」
「……話の分かる御仁でござるなぁ」
このあと本領を発揮した酒カスは、高貴な同胞に絡んだ挙げ句に意味も知らない「(エルフスラング)」を吐き、ロキ共々『黄昏の館』から逃げ出した訳である。
杖で素振りをするリヴェリアは勿論、疲れ切ったフィンやガレスも出禁を推す始末であった。
なお示談は『神酒の定期購入とその割引』が条件となった為、最悪ファミリアごと身売りする覚悟もあったザニスは胸を撫で下ろすも、小指が
治療費分の借金を背負い、ファミリア内でのノルマも倍増した身であるのに、やけに幸せそうなのである。
神酒は快楽を与えてくれるが、胃痛には効き目がない。一人だけ賭博黙示録にいるザニスは、沈鬱に肩を落とすのだった。
ファミリア相手にはこんなもんです(カス)
家族とは……?
どの要素が好き?
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酒(酒)
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カス(性格)
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エルフ(外見)
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侍(武)
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