幸薄魔法少女 作:幸薄美少女
2018年1月1日 12時26分 渋谷にて通称"羊の悪魔"が確認された。
同時に、街全体を覆い尽くす濃霧が発生する。視界はおろか、電子機器や通信すら妨害され、通りを歩く人々は、異様な寒気と圧迫感に包まれる。
霧の中心から、不規則な形をした黒い影がゆっくりと現れる。地面に足を下ろすたび、湿った音が響き、周囲の霧が波打つように揺れる。その姿は人型とも獣型とも言えない異形であり、現れた瞬間、周囲の空気が一段と重たく冷たくなった。視界に入れた者は、耳鳴りのような低音と不気味な振動を感じ、それが現実の法則を歪めている証拠であるかのように思えた。
異形の存在は半人半獣の形をしており、筋肉質で逞しい体に対して、ヤギのような顔と蹄を持つ。湿っているはずの蹄が地面を踏みしめるたびに火花が散り、胸には逆五芒星が刻まれていて、その周囲には古代文字のような謎の紋様が光り輝いている。
頭部は山羊の形状だが、見る者の精神を侵すかのように輝き、その瞳孔には幾何学模様のような複雑な紋様が浮かび上がっている。
全身を覆う漆黒の毛皮は濡れたような質感を持ち、光を吸い込むかのように暗い。鋭く曲がった巨大な角は天と地を貫くかのようにそびえ立ち、その根元からはかすかに赤い光が漏れ出している。
背中には漆黒の翼があり、その翼が動くたびに霧が渦巻き、空間そのものを歪ませる。その翼は現実と異界を隔てる門そのものであるかのように感じられた。
渋谷のスクランブル交差点付近。
霧は次第に濃さを増し、人々の悲鳴は次第にかき消されていく。霧の中に立つ"悪魔"は、ただそこにいるだけで周囲の人間を圧倒し、精神を侵食し続けていた。
ある者はその姿を見て目の焦点を失った。ある者は理性を失った。ある者はただ恐怖し発狂した。
そして、"悪魔"の深紅の瞳が再び輝いた瞬間、街全体が揺れる。
――まるで巨大な心臓が一拍したかのように。
「――ッ!?」
霧に包まれたビルの一部が崩れ始める。建物の壁がひび割れ、アスファルトは波打つように隆起し、道路が裂けた。渋谷の街全体が異界と化していく。
「……どうなっているんだ……っ!」
生中継を行なっていた若いリポーターは、カメラが何も映さなくなったことに怯え、震えながら叫んだ。しかし、その声は霧に吸い込まれるように消えた。
代わりに響くのは、地獄の底から湧き上がるような低音。耳をつんざく不快な音が街を満たしていく。
そして、霧の中から“それ”が姿を現した――
――シュッ…シュッ…
巨大な蹄が地面を踏みしめる音とともに火花が散る。
「……逃げろぉぉおおおッ!」
偶然取材していた"カメラマン達"テレビスタッフが倒れ込みみ、察官が叫ぶが。しかし、その声すらも霧にかき消される。
蹄の音が次第に近づき、悪魔はゆっくりとリポーターに手を伸ばした。その指は異様に長く、爪は鋭利な刃物のように輝いている。
「いや……来るな! 来ないでええええ!」 リポーターの絶叫が空気を震わせたその瞬間、悪魔の手が彼の頭上に迫る――。
そして光が走った。
2018年1月1日 12時31分
霧に包まれた渋谷の街に、一筋の光が差し込む。それは静寂とともに現れ、叫び声も、ざわめきも、悪魔が生む恐怖すら消し去る。
突如、悪魔の瞳がリポーターから外れ奥にある霧の一点を見据える。
そこに、一人の少女がいた。
よく見ると少女の周辺の"霧が薄く"なっている。目の焦点を失っていた者、理性を失っていた者、発狂していた者が次々と元に戻っていく。少女の周りだけ電子機器も復旧しているのか、どこか間の抜けた着信音が響く。
少女は白い衣をまとい、長い白髪を揺らして静かに立っていた。風もないはずの霧の中で微かに髪が揺れている。彼女は無言のまま、静かにその場に立っていた。
漆黒の悪魔と純白の魔法少女――対極の存在が向かい合った瞬間、世界が震える。
悪魔の背中の翼が大きく広がり、霧が一斉に渦巻く。周囲の建物が軋みを上げ、地面には亀裂が走る。それはまるで、この世界が拒絶反応を示しているかのようだ。
だが、少女は一歩も動かない。
その静けさは不気味ですらあった。彼女は、ただ悪魔を見つめている。いや――見つめてすらいないようにも見える。ただ存在し、そこに立っているだけ。
悪魔が咆哮する。
「────────ッ!!」
その咆哮は音を超え、物理的な衝撃波となって渋谷の街を襲う。電柱が折れ、ガラスが粉々に砕け散る。しかし、見えない力が働いているのか、彼女と周囲の人々だけは一切の傷を受けない。
咆哮を聞いた少女はつまらなそうな目をしながら右手をゆっくりと掲げる。
彼女の指先が淡く光り始め、まるで月光のような純白の輝きが霧を裂いて広がっていく。それは何の音も立てず、世界の理を正すかのように静かに、そして確実に悪魔へと向かっていく。
悪魔は抵抗するかのように、周囲の霧を操り、無数の影を生み出す。影は牙を剥き、手足を伸ばして少女に襲い掛かる。だが――
一瞬。
光が弾け、影が消える。
少女の掲げた手指から放たれた光は、悪魔の闇を塗りつぶし、世界を浄化するかのようにその身へと降り注ぐ。
「――――!」
悪魔が苦悶の叫びを上げる。深紅の瞳が揺らぎ、黒い翼が軋むような音を立てて崩れていく。胸に刻まれた逆五芒星の紋様がひび割れ、その隙間から、灼熱の光が漏れ始めた。
彼女の光は霧を晴らし、ただ静かに、しかし圧倒的に悪魔を焼き尽くす。
やがて、悪魔の巨体は崩れ去り、渋谷の街に再び静寂が戻る。
魔法少女は何も語らず、霧の晴れた街を背に歩き去っていく。
その後ろ姿は、誰もが見逃すほどに儚く、しかし確かにこの世界を救った存在であった。
彼女の名前も、目的も、誰にも分からない。ただ――
その日、人々は知った。神秘と恐怖の時代が始まったことを。
──────────
俺は転生者である。名前は三神 玲。前世の名前は後藤 透。
30手前で病気で死んで、新たに女として転生した。
力を認識したのは約半年前、2017年の6月1日。16歳の誕生日を迎えた日だ。
その力は寝る前に見たい夢を思いながら寝ると実際にその夢が見られるという能力だった。
例えば、空を飛びたいと思えば雲より高く舞い、金持ちになりたいと思えば宮殿の主になる。単純明快で子供じみた能力ではあったが、それが楽しくて毎日13時間ほど眠っているのだ。
今日はどんな夢を見ようか考える。…肉だな。たらふく良い肉を食いたい。
夢の中でも味がすると知って最近は食べ物系の夢をよく見ている。
寝る前のこのしゅんかん、何回やってもワクワクするものだ。
床につきながら、うつらうつらとしてくる。何も考えずにこの心地よい感覚に身を任せる。そうするとねむれ…………
──────────
「なんだこれ」
どこを見ても真っ白な空間に思わず呟いてしまう。ここには肉などどこにもなく、目の前にある仰々しく飾られている一冊の本。
表紙は黒革に覆われ、中央には銀色の文字が刻まれている。
その本は表紙には、『"夢を現実に"』と書かれている。
何だこれは、と半ば呆然としながらページをめくった。だが、そこに書かれていたものは――白紙。
ただひたすらに白いだけのページが続いていた。
その瞬間、空間がゆっくりと歪んでく。真っ白な空間は真っ黒になり本だけが妙に強い輝きを放ち始める。
「────目醒めよ───」
どこからか声が聞こえてくる。優しく響くその声に、俺は思わず目を覚ました。
――そして。
枕元に、あの本があった。
「……は?」
俺は跳ね起きた。心臓が早鐘を打ち、額には汗が滲んでいる。枕の隣には、確かに夢で見たあの本があった。
触れてみる。冷たい。確かな重みが指先に伝わる。 夢ではない。これは現実だ。
「なんだこれ……。」
戸惑いながらも、俺はもう一度本を開いた。やはり中身は白紙だ。ただ、夢とは違い、現実の本はどこまでも静かで、無機質だった。
――だが、その瞬間、本のページが風もないのにめくられた。
1ページ目に、黒い文字が浮かび上がる。
「覚醒せよ。」
「覚醒……?」
意味がわからないまま、その言葉を言うと、それと同時に、俺の中に今まで感じたことのない"力"の波動が生まれた。全身が震え、視界がぐらりと揺れる。
そこで俺は意味もわからず気絶した。
────────────────────
起きると同時に酷い頭痛がする。鬱陶しいと"早く治れ"と"思う"とスーっと痛みは消えていく。何なんだよと思いながらも異常に喉が乾く。水が飲みたい。冷蔵庫へ向かおうと立ち上がると、足元にお茶の入ったコップが見えた。
ーーいつからだ。いつからコップがあった?いやそもそも、なんで俺の部屋にお茶の入ったコップがある?
「……まさか……。」
恐る恐る、コップに手を伸ばした。触れてみると、温度は冷たい、まるで冷蔵庫から出してコップにお茶を注いだみたいに…そして、確かに"存在"している。
俺は思った。 ――"水が飲みたい"という願望が現実になったのではないか?
「嘘だろ……。」
そう呟きながら、今度は試しに"リンゴが食べたい"と強く念じてみた。 すると、目の前の机の上に、何もなかったはずの場所に真っ赤なリンゴが現れた。
「は!?……マジで?」
恐る恐るリンゴを手に取る。重い。硬い。匂いもする。本物だ。 唇に当ててかじると、甘酸っぱい果汁が口の中に広がった。
「夢が……現実になる?」
俺は混乱しながらも、理解し始めた。あの本が告げた"覚醒"とは、つまり――
"思ったことを現実に変える力"だ。
"私が想像したもの"を世界に顕現させることができる。
おそるおそるふわりと宙に浮かぶよう想像すると、現実でも足元から力が湧き、実際に浮かんだ。
「おお……!」
部屋の中で飛び跳ねながら、私は歓喜した。
チートだ…まごうことなきチートだ…と。
そこで俺は、転生した時から、いや転生する前からの夢を「"思った"」、思ってしまった。
こんなことが出来るなら"現実世界で謎の悪魔と戦う幸薄魔法少女ロールプレイしてぇなぁ"…と!!!
2008年1月1日 12時26分
その瞬間、空間が揺れた。部屋の空気が重くなり、気温が急激に下がる。
「……え?」
――ズシン。
耳をつんざく低音。まるで現実に"何か"が産まれた音だ。
嫌な予感がして俺は慌ててテレビをつける。画面では渋谷の様子を生中継していたが、急に濃い霧が立ち込めたとリポーターが叫んだ次の瞬間、電波が途絶えたかのように画面がブラックアウトした。
「まさか……っ」
胸がざわつく。テレビは何度つけ直しても砂嵐のまま。外の世界がどうなっているのか、すでに想像はついていた。
窓の外を見ると、信じられないほど濃い霧が街を覆い尽くしていた。まるで夢で見たような、いや、それ以上に現実離れした光景だ。
震えながらも、事態の重大さを理解する。現実が歪み、異形の悪魔が渋谷に顕現した――それは間違いなく俺が『想像したこと』が現実になった結果だ。
「いや、待て待て待て! こんなはずじゃ……!」
夢の中の楽しいロールプレイのつもりだった。現実に影響するなんて考えもしなかった。ただ少し、面白そうだと『思った』だけなのに。
「ヤバい、ヤバいって……! とりあえず外に出て……」
言いながら玄関に向かうも、ドアノブに手をかける瞬間、全身が硬直する。
――耳元で声がした。
『夢は現実となった』
「……っ!」
振り向いても誰もいない。だが、その声は確かに聞こえた。まるで、あの本が俺に語りかけているような――そんな錯覚がする。
「落ち着け、落ち着け……!」
とりあえず、状況を整理する必要がある。この力――『思ったことを現実にする力』は、どうやら制御できていない。無意識に想像したことですら現実になってしまう。
「……戻せないのか?」
試しに、渋谷の悪魔が消えて街が元に戻るところを強く想像してみる。
だが、何も起こらない。
「……クソッ、なんでだよ!」
焦りと罪悪感が渦巻く中、ふと、先ほど思ったことを思いだす
"謎の悪魔と戦う幸薄魔法少女ロールプレイしてぇなぁ"と。
すると次の瞬間、頭が急激にぼやけ、体がふわりと軽くなる感覚が襲った。まるで現実そのものが一瞬で書き換えられるような、不思議で嫌な感覚だった。
気がつくと、俺の姿は完全に変わっていた。
「……なにこれ。」
鏡に映る自分を見て、驚愕した。長い白髪がさらりと肩まで流れ、白い衣が自然に身体に馴染んでいる。視線を動かすと、薄手のブーツが履かれた細い足、そして手には妙に小さく見える指があった。
「……私、魔法少女になってる?」
声も、すっかり女のものになっている。しかも口調も幸薄美少女になっていやがる。高く透き通った声が自分の口から漏れるたびに、現実感が失われていく。
「………まって…」
精一杯叫ぼうとするも、言葉の空しさが増すばかりだった。これは紛れもなく、俺が『想像』してしまった姿だ。
そして、状況はさらに悪化する。
再び耳元で声が響いた。
「――立て、魔法少女よ。悪魔が現れた。」
声の主が誰なのかを確かめる間もなく、"身体が勝手に動き出した"。
光に包まれたかと思うと、次の瞬間には先ほど"テレビで見た風景が広がる"
「……渋谷…。」
だが、それはかつての賑やかな渋谷ではない。霧に包まれ、異形の悪魔が蹄を響かせる、悪夢のような光景だった。
「………私のせい…。」
幸薄ロールプレイが強制されているせいか自動的に呟く。だが、その言葉は俺の心そのものだった。そんなことをしていると視界の隅で気づいた。霧の中、リポーターを殺そうとしながらも、こちらを凝視する深紅の瞳――悪魔の目だ。
「………っ!」
思わず叫びそうになるが幸薄美少女ボディのせいで何もいえない。
震える脚は幸薄ボディによって押さえつけられ、その場に踏みとどまる。だが、悪魔は容赦なくこちらに向かって蹄を進めてくる。
テレビクルー達は悪魔に見逃された幸運で安堵と共に小便を漏らしている人もいる。そんな中、カメラマンだけはカメラが復旧していることに気がついていた。
その時、頭に自然と浮かんだのは――"力を使え"という謎の声。
「……?」
思わず悪魔から少し目を離してしまう。その隙を狙ったのか、
悪魔が咆哮する。
「────────ッ!!」
"力を使え"
「────ッ」
ああ分かったよ!!と大声で叫ぼうとするが声が詰まる。
もし、俺のせいで人が死んだらぼう
悪魔の咆哮が終わった瞬間、周囲には絶望的な静寂が訪れた。その中で、砕け散ったガラスの破片が地面に散乱し、電柱の折れた部分から火花が散っている。震える手でバリアを維持しながらも、俺の視界には、傷つき倒れ込む人々の姿が映り込む。
目の前の光景はあまりにも酷かった。血を流して呻く人、意識を失って動かない人――この混乱を引き起こしたのは、紛れもなく自分が引き寄せた悪魔だという現実が胸を締め付ける。
「……ッ!」
バリアの中で守られた人々が、こちらを見ているのがわかった。怯えた表情の中に、薄っすらと「希望」が見える。俺が守らなければ――そんな責任感が、重くのしかかる。
だが、その一方で全身が震えていた。
ーーこんな化け物、勝てるわけがないっ……
恐怖が体を麻痺させる。逃げ出したい。見なかったことにしたい。だけど、目の前には倒壊寸前のビルがあって、その影にはまだ動けない人たちがいる。あのビルが崩れれば、俺のせいで人が死ぬかも─────
ーー願え
どこからか声が響く。何なんだと周囲を見渡すと背後から響く子どもの泣き声が聞こえた。振り返ると、小さな男の子が母親の腕の中で震えながら泣いていた。母親は必死に子どもを守ろうとするが、その背後に、悪魔の影がじわじわと迫る。
「……っ!」
瞬間、胸の中で何かが弾けた。恐怖の隙間に、強烈な感情が湧き上がる。
─────倒さなきゃ
そう覚悟を決めて悪魔を見据える。攻撃しようと拳を振り上げても、幸薄魔法少女の体は力技を拒絶する。代わりに右手を掲げられると、手のひらに淡い光が宿り始めた。それはまるで夢の中で感じたものと同じ、現実離れした感覚だった。
「………!」
腹をくくり、力を込める。すると光が膨張し、手のひらから純白のエネルギーが溢れ出した。
眩い純白の光が静かに霧を切り裂き、世界を正すかのように無言のまま悪魔に向かって進んでいく。悪魔は抗うように霧を操り、無数の影を創り出す。
影は鋭い牙を剥き、伸びた手足で俺に襲いかかる。
これ触れられたら、終わる。
自分に迫るその恐怖が足をすくませる。
だけど―― 瞬間。 光が爆ぜ、影が掻き消えた。俺から放たれた光は悪魔の闇を打ち砕き、その身を覆うように降り注ぐ。
「――――グオオオオオオオオオッッッ!」
苦痛に満ちた叫びが響き渡る。化け物とはいえ生き物のようなものを殺すことに躊躇してしまう。
そんな思考を振り払うように、さらに力を込めた。右手から放たれた純白の光は膨張し、まるで俺自身の迷いを吹き飛ばすかのように悪魔の影を焼き尽くしていく。
悪魔の深紅の瞳は揺らぎ、漆黒の翼が音を立てて崩れ落ちる。胸に刻まれた逆五芒星の紋様にはひびが入り、その隙間から眩い光が漏れ出す。
その光は霧を払いつつ、静かでありながらも圧倒的な力で悪魔を焼き尽くしていく。 そしてついに、悪魔の巨体は崩壊した。
「…やったか」
思わず小声でフラグを立ててしまったが死んだだろう。死んだよね?
そんなことを思っていると霧が完全に晴れていく。するとスクランブル交差点の大型ビジョンが復旧したのか緊急二ュースが流れている。
内容はもちろん渋谷。そして映像はさっき助けたカメラマンから映し出されたもの。
つまり、俺だ。
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