僕はイオリの規則違反者!   作:ソーイラテ

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10話 ゲヘナサンシャイン 波乱の午後

 

 

ガタンゴトン。

海沿いの線路を電車が走る。

4人用の座席に女子高生が向かい合うように座っていた。

 

「イオリ、起きて。起きて」

 

「ん...寝てたか」

 

「おはよ、見えてきたよ。今日の目的地」

 

車窓から巨大な施設が見えてきた。

 

「イオリ、あそこがゲヘナサンシャインプールだよ!」

 

「おお...アレか...めちゃくちゃデカイな」

 

野外プール故に、ここからでも巨大なスライダーの数々や、宿泊施設、幾多のヤシの木が見えた。

 

「ふふっソラハさん、はしゃいじゃってるね」

 

「そーいうエリカちゃんも、めっちゃテンション上がってるっしょ~?私には分かるよ~!」

 

「アハハっ、キララちゃんにはバレちゃうか。...うん、私もこういうプールなんて久しぶりだからね」

 

窓を齧りつくように覗き、思い思いの感想を述べる少女たち。

青い空にはもくもくと入道雲が浮かび、カラッとした日差しが照りつけていた。

 

窓際に置いていた誰かの麦茶から、たらりと水滴が流れた。

 

 

☆

 

 

チケットを購入し更衣室に入る。

ロッカーを開け、各々持参したスマホやサイフ、銃火器を収納した。

 

着替え終わったらシャワーの所で集合ね、とキララが言ったので、ソラハは水着を持って着替えた。

 

鏡の中の自分を見る。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「うん.....なかなかいい感じ。流石、僕だ」

 

いつもの制服のときとは少し違って見える。

白のヘッドバンドで軽くまとめた青緑の前髪が、額に柔らかくかかっている。

 

淡いブルーのオフショルダー。

白い切り替えが入った胸元と、肩に小さなリボンがついている。

スカート部分は控えめなフレアで、太ももをほどよく隠す長さだった。

 

「やっぱこの青色にして正解だったね......うんうん。僕の髪色にも合うし」

 

クルリと回転すると、ふんわりとフレアが舞った。

手首にロッカーのキーバンドを付ける。

 

「よし、準備万端だ。皆の所に行こう」

 

イオリはどんな水着を着てくるかなぁ、と内心ワクワクしながら更衣室をでる。

 

「おーい、ソラハっちー!」

 

シャワー施設の軒下でキララが手を振る。

ビビッドピンクに黒のアクセントの水着、手首にはいつもの金のブレスレットを巻いている。

 

隣には黒を基調に赤のラインの水着、その上から黒のアウターを羽織ったエリカが立っている。

 

「ん、お待たせ。僕が来たよ。2人ともオシャレで素敵だね」

 

「ソラハさんも、カワイイよ。その水着、スゴく似合ってるね」

 

「白のヘアバンド、めちゃカワイイ~!!」

 

「フフン、ありがとう。なんたって、この僕のセレクトだからね。1日中悩んで買った甲斐があったよ」

 

ソラハが胸に手をあて、自慢気に微笑む。

 

「後はイオリだけだね...ふふっ、イオリはこの僕のお眼鏡に適うかな」

 

そう言った瞬間、視線の先に銀髪のツインテールが映った。

イオリだった。

ソラハの目が釘付けになる。

 

イオリは黒いビキニを着ていた。

白のラインが入った、かなり大胆なデザイン。

胸元も腰も、ソラハのとは比べ物にならないほど肌を露出している。

普段の制服では見えなかった肩や太もも、腹部のラインが、夏の陽射しの下ではっきりと浮かび上がっていた。

 

思わず息を呑んだ。

 

(……え?)

 

目を見開き、固まったままイオリを見つめる。

風紀委員のイオリが、こんなに肌を出している。

規則を厳しく取り締まる彼女が、こんなに大胆な水着を選んでいる。

 

(……な、なにその水着……)

 

顔が一気に熱くなる。

自分の控えめなオフショルダー水着が、急に子供っぽく感じられた。

イオリはこちらに気づいて、軽く手を挙げた。

 

「ん、私が最後だったか」

 

「キャ~!イオリちゃん、大胆デザイン!」

 

普段と変わらない声。

けれど程よく鍛えられ、しなやかな筋肉が露出し、それがあまりにも衝撃的だった。

 

(イオリの水着姿が……こんな、なんて……)

 

ソラハは慌てて視線を逸らし、耳まで赤くした。

日頃から鍛練を積んでる故の肉体美。

それを感じずにはいられなかった。

 

「......びっくりしちゃった......僕の負け、か」

 

小声で呟く。

それが、今のソラハに言える精一杯の本音だった。

 

「ん?何か言ったか、ソラハ」

 

「...なんでもないよ。イオリ、よく似合ってる」

 

「あぁ、ありがとう。ソラハも、なかなかいい感じじゃないか。可愛いな、それ」

 

イオリが屈託のない感想を言ってきたので、青緑の髪の少女は赤くなった顔を隠すように背けた。

 

「......うん、ありがとう......嬉しい」

 

 

☆

 

 

皆でぞろぞろと施設を見て回る。

 

「へー、流れるプールもあるね」

 

エリカが興味を示す。

 

「通称、トレジャーリバー、だって。流されるだけで冒険気分!途中で洞窟を通ったりするらしいよ」

 

ソラハが解説を読み上げる。

 

「ふーん、スピードの激しいポイントもあるらしいな...大丈夫なのか、安全面」

 

イオリの発言に対して、ここはゲヘナの施設だったので、誰も深くは突っ込まなかった。

 

「ん、イオリ。一応安全面でも一応力を入れてるっぽいよ。アレみて」

 

『マリンセーフティ・アシストロボ登場!もし溺れそうな状況でも、即座にロボットが浮き輪を投げてくれます!』

 

背中にパックを背負った二頭身のロボットが、即座に浮き輪に空気を入れ、アームで正確に救助者へ投げる映像が繰り返される。

 

「きゃはは!腕にヘルパーをはめてくれるタイプもいるみたいだよ。すごいね!」

 

「強制的にヘルパー飛ばしてくるのか、誤作動したらダルそうだな、それ」

 

「まあまあ銀鏡さん、ここはゲヘナのプールだからね ...それくらいの方が万全かも」

 

「ふふん、まあ僕には必要ないけどね。」

 

「ソラハさん、結構泳げるタイプ?」

 

「そこそこね、子供の頃スイミングスクールに通ってたから」

 

エリカの質問に胸を張って答えるソラハを、イオリは少し顔を背けて、呟いた。

 

「...私、あんまり泳げないんだよな..」

 

「えっイオリ泳ぐの苦手なの?フフーン、この僕が直々に指導してあげようか」

 

目敏く聞いていたソラハがマウントを取ってくる。

 

「しょうがないだろ...風紀委員の活動で、体育のプール出れなかったんだから。あと、お前に教わるのは、なんか癪だから遠慮しとく」

 

えー、教えてあげるのに、と顔を近付けてくるソラハをグイグイ押しながら抵抗した。

 

「まあイオリが溺れても、僕が助けてあげるよ」

 

「無用だ、独学でなんとか泳ぐからな」

 

プイッと顔を反らすイオリを、キララとエリカは苦笑いで顔を合わせた。

 

☆

 

 

長い金属製の階段が、プールの上へと続いていた。

ソラハは手すりを握りながら、一段一段と足を運ぶ。

下を見ると、水面がどんどん遠くなっていき、風が強くなり、濡れた髪が頬に張り付いた。

 

「……高い」

 

階段は予想以上に長く、曲がりくねりながら高さを増していく。

下の方では他の客が小さく見えて、スライダーのスタート地点が近づくにつれ、胸の奥がじんわりと熱くなった。

 

(……本当に滑るのか、これ)

 

ようやく踊り場に出ると、目の前に巨大なスライダーの入口が現れた。

青いチューブがほぼ垂直に近く、下へと落ち込んでいる。

ソラハはそっと縁に手をつき、下を覗き込んだ。

水面が、とても遠くに見える。

 

「...ふうん、凄いスライダーだね。こっから見たら垂直なんだけど。別に僕はビビってはないんだけど、行くの?これに」

 

「元々このスライダーをダシにソラハが誘って来たんだぞ」

 

「そ、そうだった」

 

「大丈夫だよ、ソラハちゃん。こういうのは垂直に見えるようで、実際には違うから」

 

「あー子供の頃、滑り台でそういうのあったな。度胸試しするやつ」

 

「きゃはは!こういうのテンション上がるよね~!ソラハっちも行こ行こ」

 

「......」

 

「せっかくここまで登って来たんだ、滑るぞソラハ」

 

「ウン...」

 

通常、スライダープールは安全上1人で滑るものだが、ここはゲヘナだ。

ソラハの後ろにぴったりとキララが付く形で位置につく。

 

「ほらほら、ソラハっちー。行くよー!」

 

「うん.....うん.....イキマス、イキマス」

 

キララがブンブンとエリカとイオリに手を振ったので、力なくソラハも真似した。

 

「私たちも後に続くから、終わったらすぐ出ないとね、キララちゃん」

 

「もち!」

 

「行ってこい、ソラハ。絶対楽しいぞ」

 

「し、知ってるし。楽しいの、知ってるし。ビビってないもん」

 

「じゃあ問題ないな」

 

「......」

 

そして...

 

ザーー!

 

凄まじいスピードで2人が滑る。

垂直に近いからか、一瞬浮遊感が襲った。

 

「今体浮いたっ!シヌ!ヘイロー壊れちゃう!」

 

「壊れなーい壊れなーい!キャハハ!はやーい!」

 

「うわっ!また浮いた!やっぱ垂直だって!これ垂直!」

 

「アハハハハ!たのしーーー!」

 

「僕のヘイローーーーーー!」

 

着水した瞬間、大きな水しぶきが上がった。

 

「.....へ.......ヘイ......ヘイロ.....」

 

「ヘイヘイへーい!行くよソラハっち!2人もすぐ流れてくるから!」

 

ソラハがフラフラになりながら顔を上げると、すぐ横でキララが笑いながら腕を掴んできた。

 

「は、はひ」

 

目をぐるぐるさせたまま、キララに引っ張られ陸に上がる。

 

「ここで待っとこ。イオリちゃんとエリカちゃんもすぐ来るから」

 

案の定、少し遅れてイオリが着水した。

銀髪がびしょ濡れになって背中に張りつき、思ったより楽しそうな表情をしている。

 

続いてエリカも滑り降りてきて、穏やかな笑みを浮かべながらこちらへ泳いできた。

 

「なかなか迫力あったな」

 

イオリが水を払いながら言う。

 

「めっちゃ楽しかったよねー! 途中で体が浮くやつ、最高だった!」

 

キララがへへっと笑う。

 

「私は……思ったより速くて驚いた。でも、悪くないね」

 

エリカが濡れ髪をかき上げながら答える。

 

「皆、精神強くない...?それとも僕がへにゃへにゃなだけ...?」

 

「じゃあ次、もうちょっと高いやつ行くっしょ!」

 

「え」

 

「いいな、私も賛成だ。クセになってきた」

 

「あー。あっちの方にも、似たようなのがあったけど、アレが更に高いやつだね」

 

エリカが別の方角を見ながら言う

そして3人でソラハの顔を見やる。

 

「.......うぅ、行く、行くとも。さっきので若干高所には耐性がついたもんね」

 

「......ソラハ、無理しなくてもいいぞ」

 

イオリがニヤニヤしながら肩に手を置く。

 

「...してないし。行くし。この僕だよ、もう平気だもん」

 

「よーし、じゃあ向こうのスライダーまで競争ね!」

 

キララが言うとバタバタしながら皆で移動した。

 

水しぶきの音と、少女達の笑い声が混ざる。

濡れた髪から落ちる水滴が、陽光にきらきらと光っていた。

 

☆

 

 

巨大な木製のバケツが、頭上でゆっくりと水を溜めていた。

透明な水が、少しずつ、少しずつ、縁まで近づいていくのを、ソラハとイオリはその真下で固唾を呑んで見上げていた。

 

「そろそろ、くるよ、イオリ」

 

「お、おう……」

 

イオリの声が、わずかに緊張しているが、ソラハも同じだった。

バケツが大きく傾き始めるのを見て、二人は同時に目を閉じた。

 

次の瞬間——。

 

ドォォォン!

 

大量の水が頭上から一気に落ちてくる。

冷たい衝撃が全身を包み、視界が真っ白になった。

水しぶきが周囲に飛び散り、二人は一瞬その場に立ち尽くす。

 

「……ぷふ」

 

ソラハが先に声を漏らした。

濡れた前髪が顔に張り付き、水滴が顎からポタポタと落ちる。

 

「はは……あはははっ」

 

思わず笑いが込み上げる。目を開けたイオリも、びしょ濡れのままソラハを見て、少し呆れたように息を吐いた。

 

「……ソラハ、楽しそうだな」

 

「だってすごかったんだもん。びっくりした。ある種の修行になるかもよ、これ」

 

濡れ髪をかき上げながら、まだ笑いを噛み殺しているソラハ。

イオリの銀髪もびしょびしょで、いつもより少しだけ柔らかい印象に見えた。

 

「一体なんの修行だよ」

 

「うーん、衝撃に耐える修行とか?...もう一回、やる?」

 

ソラハが聞くと、イオリは短く鼻を鳴らした。

 

「……まあ、悪くなかったな。もっかいやろう」

 

頭上では、すでに次の水がゆっくりと溜まり始めていた。

2人でソワソワしながらその時を待った。

 

キララとエリカが流れるプールの旅から帰って来た頃には、2人は修行僧のような後ろ姿をしていた、らしい。

 

 

☆

 

 

プールサイドの野外カフェテラスは、陽射しを遮る白いパラソルが並び、程よい風が通っていた。

 

4人はテーブルを囲んで座る。

トレーの上にはホットドッグやフライドポテト、それに各々が選んだドリンクが並んでいた。

 

「いただきまーす!」

 

キララが元気よく声を上げ、ホットドッグにかぶりつく。

ケチャップが少し口の端についた。

 

「ん〜、美味しい〜!プールの後ってなんでこんなに美味いんだろ」

 

「運動した後だから、じゃないかな」

 

エリカが微笑みながらポテトを摘まむ。

彼女はホットドッグを半分に割って、丁寧に食べていた。

イオリは無言でホットドッグを手に取り、大きく一口かじると、表情が少しだけ緩んだ。

 

「うん、美味しい。マスタード、結構効いてていいな」

 

「でしょでしょ?」

 

ソラハはアイスのカフェオレを両手で包み込み、ストローを唇に当てた。

冷たい液体が喉を通る。

ミルクのまろやかさとコーヒーのほろ苦さが、夏の暑さを優しく溶かしていくようだった。

 

「……ん」

 

思わず目を細める。

プールで遊んだ後の体に、この冷たさと甘さが染みた。

ヘルツのクジラで淹れてもらうカフェオレとはまた違う、外で飲むからこその味わいだ。

 

「ソラハ、そんなに気に入ったか?」

 

イオリがこちらを見てくる。

 

「うん。なんか……今のタイミングにぴったり」

 

そう答え、もう一度ストローを咥えた。

氷がカランと鳴る音が、テーブルの上で小さく響く。

キララがポテトをソラハの方へ押し出す。

 

「はい、ソラハっちも食べなよ〜。分けてあげる」

 

「んー!ありがとう、キララちゃん」

 

ポテトを一つ摘まみ、カフェオレの後味と一緒に口に入れた。

塩気と冷たさが混ざり合って、思わず笑みがこぼれる。

陽射しは強く、遠くではまだ誰かがスライダーで遊んでいる声が聞こえた。

 

 

☆

 

 

ご飯を食べ終わってしばらく休憩する事にした。

ロッカーから持ち出したスマホで、ワイワイと写真撮影会をする。

 

ソラハはサマーベットでスマホを弄っていると、アロヨンからメールが来てた事に気付く。

 

『そちらのプール施設周辺に、ごく弱いオーパーツ反応を確認しました。緊急度は低いです。遊びに集中して大丈夫ですよ。もし帰り際に余裕があれば、軽く確認してもらえると助かります』

 

画面をじっと見つめた。

 

(……ここにも、あるのか)

 

少しだけ胸の奥がざわつく。

でも、メッセージの文面はあくまで穏やかだった。

「遊びに集中して大丈夫」という言葉が、肩の力を少しだけ抜かせる。

 

「……ん」

 

小さく息を吐き、スマホを裏返してベンチに置いた。

 

「ソラハちゃん、どうしたのー?」

 

キララが覗き込んでくる。

 

「なんでもない。ちょっと連絡見てただけ」

 

「バ先の?」

 

「うん。でも今はいいって。遊んでていいらしい」

 

ソラハはそう言って、軽く笑った。

イオリがこちらを見て、短く言った。

 

「無理するなよ」

 

「してないって。今はプール優先」

 

そう答えて、キララが差し出したスポーツドリンクを受け取って額に当てた。

冷たい感触が伝わる。

 

「次、どこ行く?波のプール?それともまたスライダー?」

 

「キララちゃん、ジャグジーもあるみたいだよ」

 

「えっマジ?セレブの屋上にあるやつじゃん!行きたい行きた~い!」

 

キララとエリカの明るい声に、ソラハは小さく頷いた。

スマホの画面はもう見ていない。

ドリンクを口に含み、皆の会話に自然に戻っていった。

 

 

☆

 

 

ミストゾーンは、細かい水煙が絶え間なく噴き出しているエリアだった。

白い霧のような水滴が陽光にきらめき、近づくだけで肌がひんやりとする。

キララが先頭で駆け込み、両手を広げてミストを浴びた。

 

「きゃはは!気持ちいー!」

 

ソラハも続いて足を踏み入れる。冷たい霧が顔や腕にまとわりつき、さっきまでの暑さが嘘のように薄れていく。

 

「……ん、これいいね」

 

イオリは少し距離を置いて立ち、ミストを避け気味にしていたが、ソラハに袖を引かれて仕方なく中へ入った。

銀髪がすぐに湿り気を帯びる。

 

エリカは穏やかに微笑みながら、霧の中でゆっくりと手をかざしていた。

4人は思い思いにミストを楽しみ、短い笑い声を上げる。

そのときだった。

遠くのプールサイドで、小さな機械音がした。

 

『救助します....救助します....』

 

最初は誰も気に留めなかった。

ミストの音と重なって、ただのアナウンスのように聞こえたからだ。

だが次の瞬間、黄色い浮き輪がいくつか、不自然な軌道で宙を舞い始めた。

 

ソラハが首を傾げる。

 

「……今の、なに?」

 

霧の立ち込めるプール施設の一角で、浮き輪投擲ロボが複数、一斉に動き出した。

 

『救助します!救助します!危険を検知しました!』

 

機械音声がけたたましく響く。

二頭身の短いアームが伸び浮き輪を膨らませしだい投擲してくる。

センサーが赤く点滅している。

 

「うわっ!」

 

「あぶなっ!」

 

キララとエリカが慌てて回避する。

 

「イ、イオリ...」

 

「くっなんだコイツら...」

 

周囲を見渡すと、逃げ遅れた数人が浮き輪に捕らえられていた。

浮き輪が腕を固定するように締まり、その場にへたり込んでいる者もいる。

 

「ちょっ、重い……動けないんだけど!?」

 

「うぐっ……視界が……!」

 

悲鳴があちこちに響く。

 

「...風紀委員として......見過ごせないな!」

 

イオリの行動は早かった。

全力疾走でロッカーへ戻り、愛銃を取り出すと、拘束されてる人々へ発砲。

浮き輪の空気が抜け解放される。

 

「今のうちに逃げろっ!」

 

「あ、ありがとう!」

 

ソラハはキララ、エリカと顔を合わせた。

続くように武器を持ち出すと、人々の救助に向かう。

 

「僕も手伝う!」

 

ソラハが自身のハンドガンに視線を移す。

 

(ショットランサーも特殊スーツも任務の時しか持ち出せない...!久し振りだけど頼むよ、僕のハンドガン...!)

 

だがロボットたちが行く手を阻む。

 

 

 

『救助します!救助します!』

 

『救助します!救助します!』

 

 

「っ!」

 

高速で発射される浮き輪。

反射的に狙い撃つが当たらない。

 

(外したっ!?)

 

飛来してくるそれを、体を捻ってギリギリで回避する。

 

(くっ...最近、ショットランサーばっか使ってたから甘えてたんだ...!そもそも僕の射撃はダメダメだ...!)

 

パンッ!パンッ!

 

ロボットのカメラアイや、足の間接を狙うも悉く外れる。

 

(...今まで装備に頼ってたツケが出たな...!)

 

それでも相手の攻撃を回避できているのは、日頃の柔軟のお陰でもあったし、日夜の戦闘で動体視力が向上してたのもあった。

 

「むむむっ....!ふわっ!?」

 

水辺に脚を滑って姿勢を崩す。

その隙にヘルパー浮き輪が発射され、ソラハの片腕に複数のヘルパーが嵌められる。

 

(くっ...腕が塞がって狙いを定めにくい...!)

 

そこへ一際大きな浮き輪が発射された。

ソラハの体を被うように迫る。

 

(マズいっ...!)

 

──ドンッ!

 

聞き馴染みの深いライフルの音がした。

目前の浮き輪に風穴が空く。

 

 

「イオリ!」

 

 

銀髪のツインテールがジャキンとハンドルを後ろに引いた。

 

「大丈夫か、ソラハ!」

 

「う、うんっ!」

 

ソラハを庇うようにイオリが前へ出る。

今のうちだなと、イソイソと腕の物を外す作業に移る。

 

「!」

 

そこへ複数のロボットが浮き輪を発射。

それらを避けながら、銀髪の少女がライフルを構え、正確にセンサーを撃ち抜いていく。

一発で一機、ソラハのハンドガンとは段違いの精度だ。

 

時にはバットのように振りかぶり、銃の後ろに付いたトゲトゲで浮き輪に穴を開けていく。

 

(……やっぱり、イオリはすごい)

 

ソラハは歯を食いしばった。

自分が前に出ても、足手まといになるだけだ、と思わず感じてしまった。

 

外し終えるとハンドガンを構えた。

 

「...イオリ!行けるよ!」

 

「よし...じゃあ行くぞ!ソラハ!」

 

「...うん!」

 

イオリに合わせて応戦する。

だが、いつものような力を発揮できない。

 

(むむ、刺突こそが有効なのに...!こんな時にショットランサーがあれば!)

 

放置されたビーチパラソルに視線が行く。

 

(あれだ...!いいもの見つけた...!)

 

隙を見て、パラソルを引き抜いた。

左手に傘、右手にハンドガン。

これまで培った経験を思い出してグリップを握り直す。

 

「疑似パラソルショットガンだね......行くよ......!」

 

最初の浮き輪が高速で飛来した。

反射的にパラソルを開く。

 

パァン!

 

布地に弾かれた浮き輪が軌道を変える。その隙に片手でハンドガンを構えて引き金を引いた。

 

弾は外れた。

 

「っ……防御は出来てるけど、扱いづらい...!」

 

パラソルの重力が重い。

普通の日傘とは全然違う。

 

普段ならもっと軽快に振り回せる筈だ。

 

(アロヨンさんの装備がないと......こんなに違うんだ...!)

 

またも自分の無力さを重い知る。

 

ゾロゾロと敵の数が増える。

だがその数機が別方向からの攻撃を食らう。

 

「ソラハっちー!」

 

「銀鏡さーん!」

 

キララとエリカがフォローに入る。

 

「わたし、戦闘とかあんまり得意じゃないけど!でもできるかぎりやるからね~!」

 

「そっち行ったよ!キララちゃん!」

 

キララの大声が聞こえる。

エリカがヒョウ柄のカスタム銃で応戦する。

 

(そうだ!それでも、今やれる最大限の事をやるんだ...!)

 

つまり、自分は防御に特化すればいい。

ハンドガンをしまう。

 

「イオリ!僕が守る!撃って!」

 

パラソルを盾のように構え、飛来する浮き輪を次々と弾く。

イオリは短く頷くと、容赦なく狙撃を続けた。

 

「ナイスだ!ソラハ!」

 

「うん!」

 

イオリのタンクとなり、攻撃を捌いていく。

そこでソラハは、センターにいるロボットだけ、不吉な赤い光を宿してる事に気付いた。

 

「イオリ、中央にいるやつ。たぶんアレが指示を出していると思う。アイツを倒せば他のも大人しくなる...筈」

 

「...わかった、あの真ん中の奴だな」

 

発射された攻撃をひたすら防ぐ。

展開した傘がイオリの射線の邪魔にならないように意識する。

 

(とにかくフォローだ!今の僕にできる事を努めろ!)

 

それもあってか、イオリの狙撃が周囲の機体を撃破していく。

 

リーダー機との一騎討ちになった。

 

(このロボット...!中にオーパーツがあるのかも...!感じる、あの感覚だ...!)

 

「そこだ!」

 

イオリの狙撃を回避するロボット。

流れるような動きで浮き輪を発射してくる。

 

(動きが一味違う...!未来でも予測してるみたいだ...!)

 

発射されたソレをソラハが防ぎつつ距離を一気に詰める。

 

「イオリっ!接近戦だ!」

 

イオリは首肯すると発砲。

そして素早い動作でライフルを逆手に持ち、トゲトゲをカメラアイへ向かって振り下ろす。

 

その動きを知っていたかのようにロボットが腰を低くする。

発射された浮き輪がイオリの腕に巻き付く。

 

「まだだ!僕がいる!」

 

ソラハが傘を閉じて、両手で前へ突き刺す。

 

ガツンッ!

 

腕がビリビリと痺れる感覚。

ロボットの脚に突き刺さり、動きが鈍くなる。

 

「ナイスだソラハ!これでトドメだ!」

 

イオリが空いている手でなんとか構え、引き金を引く。

ロボットのカメラアイが粉々に破壊された。

 

動きが停止する。

 

「.....ふぅ.....」

 

2人して息を吐く。

 

「ふふっ...なんとか終わったね、イオリ」

 

「あぁ...これで他のやつの暴走も落ち着くだろ...落ち着いてくれ」

 

「ふふっ...」

 

ソラハがイオリの腕に何個も巻き付いたヘルパーを取る。

 

「これで安心だね...」

 

 

ソラハが息を吐いた瞬間だった。

 

 

機能停止したはずのロボットが、最後の足掻きのように弾かれた。

高速で発射された黄色い輪がイオリの足首に絡まる。

 

「っ……!」

 

イオリの体勢が崩れる。

流れるプールの縁に足を取られ、そのまま水面に引き込まれた。

 

「イオリ!!」

 

考えるより先に、体が動いていた。

パラソルを放り出し、ハンドガンを置いたまま、プールに飛び込んだ。

 

 

 

☆

 

 

 

冷たい水が全身を包む。

イオリの体を必死に抱きかかえ、流れに抗いながら岸へ向かう。

 

(水の流れがやたら早い...!)

 

そのまま人目のない、少し奥まった洞窟のようなエリアまで流された。

 

洞窟の奥は、思ったより静かだった。

遠くで流れるプールの水音が、低く響いている。

天井から落ちる水滴が、ぽたり……ぽたり……と、規則正しく床を叩いていた。

 

「イオリ、イオリっ……!」

 

陸に引き上げると、イオリは目を閉じたまま動かない。

口から水が溢れている。

 

(イオリ、泳げないんだった...!それで...!)

 

ソラハの手が、小さく震えた。

 

 

 

(……するしかない)

 

 

 

顔が熱い。

 

耳まで熱い。

 

でも、今はそんなことを考えている場合じゃない。

 

 

 

「イオリ......」

 

 

 

今日も、助けられた。

 

自分の未熟さを、改めて知った。

 

 

 

「......イオリ、するからね...」

 

 

 

所詮、素の葉箱ソラハの実力なんて、その程度だ。

 

それでも、今の自分にできる最大限のことをする。

 

そう誓ったのだ。

 

だが、激しく高鳴る心臓が、ソラハの動きを鈍らせる。

 

 

 

「...ふぅ......できる......僕はできる。なんたって、この僕だよ」

 

 

 

震える声で、虚勢を張る。

 

深く息を吸って、覚悟を決めると、銀髪の少女の顔を覗く。

 

 

 

 

「......イオリ.....僕が、絶対助けるから」

 

 

 

 

洞窟の薄い照明が、水面に揺れていた。

 

二人の少女の影が、静かに重なる。

 

時間が、少しだけ遅くなったように感じた。

 

 

 

 

☆

 

 

 

 

 

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