ガタンゴトン。
海沿いの線路を電車が走る。
4人用の座席に女子高生が向かい合うように座っていた。
「イオリ、起きて。起きて」
「ん...寝てたか」
「おはよ、見えてきたよ。今日の目的地」
車窓から巨大な施設が見えてきた。
「イオリ、あそこがゲヘナサンシャインプールだよ!」
「おお...アレか...めちゃくちゃデカイな」
野外プール故に、ここからでも巨大なスライダーの数々や、宿泊施設、幾多のヤシの木が見えた。
「ふふっソラハさん、はしゃいじゃってるね」
「そーいうエリカちゃんも、めっちゃテンション上がってるっしょ~?私には分かるよ~!」
「アハハっ、キララちゃんにはバレちゃうか。...うん、私もこういうプールなんて久しぶりだからね」
窓を齧りつくように覗き、思い思いの感想を述べる少女たち。
青い空にはもくもくと入道雲が浮かび、カラッとした日差しが照りつけていた。
窓際に置いていた誰かの麦茶から、たらりと水滴が流れた。
☆
チケットを購入し更衣室に入る。
ロッカーを開け、各々持参したスマホやサイフ、銃火器を収納した。
着替え終わったらシャワーの所で集合ね、とキララが言ったので、ソラハは水着を持って着替えた。
鏡の中の自分を見る。
「うん.....なかなか言い感じ。流石、僕だ」
いつもの制服のときとは少し違って見える。
白のヘッドバンドで軽くまとめた青緑の前髪が、額に柔らかくかかっている。
淡いブルーのオフショルダー。
白い切り替えが入った胸元と、肩に小さなリボンがついている。
スカート部分は控えめなフレアで、太ももをほどよく隠す長さだった。
「やっぱこの青色にして正解だったね......うんうん。僕の髪色にも合うし」
クルリと回転すると、ふんわりとフレアが舞った。
手首にロッカーのキーバンドを付ける。
「よし、準備万端だ。皆の所に行こう」
イオリはどんな水着を着てくるかなぁ、と内心ワクワクしながら更衣室をでる。
「おーい、ソラハっちー!」
シャワー施設の軒下でキララが手を振る。
ビビッドピンクに黒のアクセントの水着、手首にはいつもの金のブレスレットを巻いている。
隣には黒を基調に赤のラインの水着、その上から黒のアウターを羽織ったエリカが立っている。
「ん、お待たせ。僕が来たよ。2人ともオシャレで素敵だね」
「ソラハさんも、カワイイよ。その水着、スゴく似合ってるね」
「白のヘアバンド、めちゃカワイイ~!!」
「フフン、ありがとう。なんたって、この僕のセレクトだからね。1日中悩んで買った甲斐があったよ」
ソラハが胸に手をあて、自慢気に微笑む。
「後はイオリだけだね...ふふっ、イオリはこの僕のお眼鏡に適うかな」
そう言った瞬間、視線の先に銀髪のツインテールが映った。
イオリだった。
ソラハの目が釘付けになる。
イオリは黒いビキニを着ていた。
白のラインが入った、かなり大胆なデザイン。
胸元も腰も、ソラハのとは比べ物にならないほど肌を露出している。
普段の制服では見えなかった肩や太もも、腹部のラインが、夏の陽射しの下ではっきりと浮かび上がっていた。
思わず息を呑んだ。
(……え?)
目を見開き、固まったままイオリを見つめる。
風紀委員のイオリが、こんなに肌を出している。
規則を厳しく取り締まる彼女が、こんなに大胆な水着を選んでいる。
(……な、なにその水着……)
顔が一気に熱くなる。
自分の控えめなオフショルダー水着が、急に子供っぽく感じられた。
イオリはこちらに気づいて、軽く手を挙げた。
「ん、私が最後だったか」
「キャ~!イオリちゃん、大胆デザイン!」
普段と変わらない声。
けれど程よく鍛えられ、しなやかな筋肉が露出し、それがあまりにも衝撃的だった。
(イオリの水着姿が……こんな、なんて……)
ソラハは慌てて視線を逸らし、耳まで赤くした。
日頃から鍛練を積んでる故の肉体美。
それを感じずにはいられなかった。
「……びっくりしちゃった......僕の負け、か」
小声で呟く。
それが、今のソラハに言える精一杯の本音だった。
「ん?何か言ったか、ソラハ」
「...なんでもないよ。イオリ、よく似合ってる」
「あぁ、ありがとう。ソラハも、なかなか言い感じじゃないか。可愛いな、それ」
イオリが屈託のない感想を言ってきたので、青緑の髪の少女は赤くなった顔を隠すように背けた。
「......うん、ありがとう......嬉しい」
☆
皆でぞろぞろと施設を見て回る。
「へー、流れるプールもあるね」
エリカが興味を示す。
「通称、トレジャーリバー、だって。流されるだけで冒険気分!途中で洞窟を通ったりするらしいよ」
ソラハが解説を読み上げる。
「ふーん、スピードの激しいポイントもあるらしいな...大丈夫なのか、安全面」
イオリの発言に対して、ここはゲヘナの施設だったので、誰も深くは突っ込まなかった。
「ん、イオリ。一応安全面でも一応力を入れてるっぽいよ。アレみて」
『マリンセーフティ・アシストロボ登場!もし溺れそうな状況でも、即座にロボットが浮き輪を投げてくれます!』
背中にパックを背負った二頭身のロボットが、即座に浮き輪に空気を入れ、アームで正確に救助者へ投げる映像が繰り返される。
「きゃはは!腕にヘルパーをはめてくれるタイプもいるみたいだよ。すごいね!」
「強制的にヘルパー飛ばしてくるのか、誤作動したらダルそうだな、それ」
「まあまあ銀鏡さん、ここはゲヘナのプールだからね ...それくらいの方が万全かも」
「ふふん、まあ僕には必要ないけどね。」
「ソラハさん、結構泳げるタイプ?」
「そこそこね、子供の頃スイミングスクールに通ってたから」
エリカの質問に胸を張って答えるソラハを、イオリは少し顔を背けて、呟いた。
「...私、あんまり泳げないんだよな..」
「えっイオリ泳ぐの苦手なの?フフーン、この僕が直々に指導してあげようか」
目敏く聞いていたソラハがマウントを取ってくる。
「しょうがないだろ...風紀委員の活動で、体育のプール出れなかったんだから。あと、お前に教わるのは、なんか癪だから遠慮しとく」
えー、教えてあげるのに、と顔を近付けてくるソラハをグイグイ押しながら抵抗した。
「まあイオリが溺れても、僕が助けてあげるよ」
「無用だ、独学でなんとか泳ぐからな」
プイッと顔を反らすイオリを、キララとエリカは苦笑いで顔を合わせた。
☆
長い金属製の階段が、プールの上へと続いていた。
ソラハは手すりを握りながら、一段一段と足を運ぶ。
下を見ると、水面がどんどん遠くなっていき、風が強くなり、濡れた髪が頬に張り付いた。
「……高い」
階段は予想以上に長く、曲がりくねりながら高さを増していく。
下の方では他の客が小さく見えて、スライダーのスタート地点が近づくにつれ、胸の奥がじんわりと熱くなった。
(……本当に滑るのか、これ)
ようやく踊り場に出ると、目の前に巨大なスライダーの入口が現れた。
青いチューブがほぼ垂直に近く、下へと落ち込んでいる。
ソラハはそっと縁に手をつき、下を覗き込んだ。
水面が、とても遠くに見える。
「...ふうん、凄いスライダーだね。こっから見たら垂直なんだけど。別に僕はビビってはないんだけど、行くの?これに」
「元々このスライダーをダシにソラハが誘って来たんだぞ」
「そ、そうだった」
「大丈夫だよ、ソラハちゃん。こういうのは垂直に見えるようで、実際には違うから」
「あー子供の頃、滑り台でそういうのあったな。度胸試しするやつ」
「きゃはは!こういうのテンション上がるよね~!ソラハっちも行こ行こ」
「......」
「せっかくここまで登って来たんだ、滑るぞソラハ」
「ウン...」
通常、スライダープールは安全上1人で滑るものだが、ここはゲヘナだ。
ソラハの後ろにぴったりとキララが付く形で位置につく。
「ほらほら、ソラハっちー。行くよー!」
「うん.....うん.....イキマス、イキマス」
キララがブンブンとエリカとイオリに手を振ったので、力なくソラハも真似した。
「私たちも後に続くから、終わったらすぐ出ないとね、キララちゃん」
「もち!」
「行ってこい、ソラハ。絶対楽しいぞ」
「し、知ってるし。楽しいの、知ってるし。ビビってないもん」
「じゃあ問題ないな」
「......」
そして...
ザーー!
凄まじいスピードで2人が滑る。
垂直に近いからか、一瞬浮遊感が襲った。
「今体浮いたっ!シヌ!ヘイロー壊れちゃう!」
「壊れなーい壊れなーい!キャハハ!はやーい!」
「うわっ!また浮いた!やっぱ垂直だって!これ垂直!」
「アハハハハ!たのしーーー!」
「僕のヘイローーーーーー!」
着水した瞬間、大きな水しぶきが上がった。
「.....へ.......ヘイ……ヘイロ.....」
「ヘイヘイへーい!行くよソラハっち!2人もすぐ流れてくるから!」
ソラハがフラフラになりながら顔を上げると、すぐ横でキララが笑いながら腕を掴んできた。
「は、はひ」
目をぐるぐるさせたまま、キララに引っ張られ陸に上がる。
「ここで待っとこ。イオリちゃんとエリカちゃんもすぐ来るから」
案の定、少し遅れてイオリが着水した。
銀髪がびしょ濡れになって背中に張りつき、思ったより楽しそうな表情をしている。
続いてエリカも滑り降りてきて、穏やかな笑みを浮かべながらこちらへ泳いできた。
「なかなか迫力あったな」
イオリが水を払いながら言う。
「めっちゃ楽しかったよねー! 途中で体が浮くやつ、最高だった!」
キララがへへっと笑う。
「私は……思ったより速くて驚いた。でも、悪くないね」
エリカが濡れ髪をかき上げながら答える。
「皆、精神強くない...?それとも僕がへにゃへにゃなだけ...?」
「じゃあ次、もうちょっと高いやつ行くっしょ!」
「え」
「いいな、私も賛成だ。クセになってきた」
「あー。あっちの方にも、似たようなのがあったけど、アレが更に高いやつだね」
エリカが別の方角を見ながら言う
そして3人でソラハの顔を見やる。
「.......うぅ、行く、行くとも。さっきので若干高所には耐性がついたもんね」
「......ソラハ、無理しなくてもいいぞ」
イオリがニヤニヤしながら肩に手を置く。
「...してないし。行くし。この僕だよ、もう平気だもん」
「よーし、じゃあ向こうのスライダーまで競争ね!」
キララが言うとバタバタしながら皆で移動した。
水しぶきの音と、少女達の笑い声が混ざる。
濡れた髪から落ちる水滴が、陽光にきらきらと光っていた。
☆
巨大な木製のバケツが、頭上でゆっくりと水を溜めていた。
透明な水が、少しずつ、少しずつ、縁まで近づいていくのを、ソラハとイオリはその真下で固唾を呑んで見上げていた。
「そろそろ、くるよ、イオリ」
「お、おう……」
イオリの声が、わずかに緊張しているが、ソラハも同じだった。
バケツが大きく傾き始めるのを見て、二人は同時に目を閉じた。
次の瞬間——。
ドォォォン!
大量の水が頭上から一気に落ちてくる。
冷たい衝撃が全身を包み、視界が真っ白になった。
水しぶきが周囲に飛び散り、二人は一瞬その場に立ち尽くす。
「……ぷふ」
ソラハが先に声を漏らした。
濡れた前髪が顔に張り付き、水滴が顎からポタポタと落ちる。
「はは……あはははっ」
思わず笑いが込み上げる。目を開けたイオリも、びしょ濡れのままソラハを見て、少し呆れたように息を吐いた。
「……ソラハ、楽しそうだな」
「だってすごかったんだもん。びっくりした。ある種の修行になるかもよ、これ」
濡れ髪をかき上げながら、まだ笑いを噛み殺しているソラハ。
イオリの銀髪もびしょびしょで、いつもより少しだけ柔らかい印象に見えた。
「一体なんの修行だよ」
「うーん、衝撃に耐える修行とか?...もう一回、やる?」
ソラハが聞くと、イオリは短く鼻を鳴らした。
「……まあ、悪くなかったな。もっかいやろう」
頭上では、すでに次の水がゆっくりと溜まり始めていた。
2人でソワソワしながらその時を待った。
キララとエリカが流れるプールの旅から帰って来た頃には、2人は修行僧のような後ろ姿をしていた、らしい。
☆
プールサイドの野外カフェテラスは、陽射しを遮る白いパラソルが並び、程よい風が通っていた。
4人はテーブルを囲んで座る。
トレーの上にはホットドッグやフライドポテト、それに各々が選んだドリンクが並んでいた。
「いただきまーす!」
キララが元気よく声を上げ、ホットドッグにかぶりつく。
ケチャップが少し口の端についた。
「ん〜、美味しい〜!プールの後ってなんでこんなに美味いんだろ」
「運動した後だから、じゃないかな」
エリカが微笑みながらポテトを摘まむ。
彼女はホットドッグを半分に割って、丁寧に食べていた。
イオリは無言でホットドッグを手に取り、大きく一口かじると、表情が少しだけ緩んだ。
「うん、美味しい。マスタード、結構効いてていいな」
「でしょでしょ?」
ソラハはアイスのカフェオレを両手で包み込み、ストローを唇に当てた。
冷たい液体が喉を通る。
ミルクのまろやかさとコーヒーのほろ苦さが、夏の暑さを優しく溶かしていくようだった。
「……ん」
思わず目を細める。
プールで遊んだ後の体に、この冷たさと甘さが染みた。
ヘルツのクジラで淹れてもらうカフェオレとはまた違う、外で飲むからこその味わいだ。
「ソラハ、そんなに気に入ったか?」
イオリがこちらを見てくる。
「うん。なんか……今のタイミングにぴったり」
そう答え、もう一度ストローを咥えた。
氷がカランと鳴る音が、テーブルの上で小さく響く。
キララがポテトをソラハの方へ押し出す。
「はい、ソラハっちも食べなよ〜。分けてあげる」
「んー!ありがとう、キララちゃん」
ポテトを一つ摘まみ、カフェオレの後味と一緒に口に入れた。
塩気と冷たさが混ざり合って、思わず笑みがこぼれる。
陽射しは強く、遠くではまだ誰かがスライダーで遊んでいる声が聞こえた。
☆
ご飯を食べ終わってしばらく休憩する事にした。
ロッカーから持ち出したスマホで、ワイワイと写真撮影会をする。
ソラハはサマーベットでスマホを弄っていると、アロヨンからメールが来てた事に気付く。
『そちらのプール施設周辺に、ごく弱いオーパーツ反応を確認しました。緊急度は低いです。遊びに集中して大丈夫ですよ。もし帰り際に余裕があれば、軽く確認してもらえると助かります』
画面をじっと見つめた。
(……ここにも、あるのか)
少しだけ胸の奥がざわつく。
でも、メッセージの文面はあくまで穏やかだった。
「遊びに集中して大丈夫」という言葉が、肩の力を少しだけ抜かせる。
「……ん」
小さく息を吐き、スマホを裏返してベンチに置いた。
「ソラハちゃん、どうしたのー?」
キララが覗き込んでくる。
「なんでもない。ちょっと連絡見てただけ」
「バ先の?」
「うん。でも今はいいって。遊んでていいらしい」
ソラハはそう言って、軽く笑った。
イオリがこちらを見て、短く言った。
「無理するなよ」
「してないって。今はプール優先」
そう答えて、キララが差し出したスポーツドリンクを受け取って額に当てた。
冷たい感触が伝わる。
「次、どこ行く?波のプール?それともまたスライダー?」
「キララちゃん、ジャグジーもあるみたいだよ」
「えっマジ?セレブの屋上にあるやつじゃん!行きたい行きた~い!」
キララとエリカの明るい声に、ソラハは小さく頷いた。
スマホの画面はもう見ていない。
ドリンクを口に含み、皆の会話に自然に戻っていった。
☆
ミストゾーンは、細かい水煙が絶え間なく噴き出しているエリアだった。
白い霧のような水滴が陽光にきらめき、近づくだけで肌がひんやりとする。
キララが先頭で駆け込み、両手を広げてミストを浴びた。
「きゃはは!気持ちいー!」
ソラハも続いて足を踏み入れる。冷たい霧が顔や腕にまとわりつき、さっきまでの暑さが嘘のように薄れていく。
「……ん、これいいね」
イオリは少し距離を置いて立ち、ミストを避け気味にしていたが、ソラハに袖を引かれて仕方なく中へ入った。
銀髪がすぐに湿り気を帯びる。
エリカは穏やかに微笑みながら、霧の中でゆっくりと手をかざしていた。
4人は思い思いにミストを楽しみ、短い笑い声を上げる。
そのときだった。
遠くのプールサイドで、小さな機械音がした。
『救助します....救助します....』
最初は誰も気に留めなかった。
ミストの音と重なって、ただのアナウンスのように聞こえたからだ。
だが次の瞬間、黄色い浮き輪がいくつか、不自然な軌道で宙を舞い始めた。
ソラハが首を傾げる。
「……今の、なに?」
霧の立ち込めるプール施設の一角で、浮き輪投擲ロボが複数、一斉に動き出した。
『救助します!救助します!危険を検知しました!』
機械音声がけたたましく響く。
二等親のアームが伸び浮き輪を膨らませしだい投擲してくる。
センサーが赤く点滅している。
「うわっ!」
「あぶなっ!」
キララとエリカが慌てて回避する。
「イ、イオリ...」
「くっなんだコイツら...」
周囲を見渡すと、逃げ遅れた数人が浮き輪に捕らえられていた。
浮き輪が腕を固定するように締まり、その場にへたり込んでいる者もいる。
「ちょっ、重い……動けないんだけど!?」
「うぐっ……視界が……!」
悲鳴があちこちに響く。
「...風紀委員として......見過ごせないな!」
イオリの行動は早かった。
全力疾走でロッカーへ戻り、愛銃を取り出すと、拘束されてる人々へ発泡。
浮き輪の空気が抜け解放される。
「今のうちに逃げろっ!」
「あ、ありがとう!」
ソラハはキララ、エリカと顔を合わせた。
続くように武器を持ち出すと、人々の救助に向かう。
「僕も手伝う!」
ソラハが自身のハンドガンに視線を移す。
(ショットランサーも特殊スーツも任務の時しか持ち出せない...!久し振りだけど頼むよ、僕のハンドガン...!)
だがロボットたちが行く手を阻む。
『救助します!救助します!』
『救助します!救助します!』
「っ!」
高速で発射される浮き輪。
反射的に発泡するが当たらない。
(外したっ!?)
飛来してくるそれを、体を捻ってギリギリで回避する。
(くっ...最近、ショットランサーばっか使ってたから甘えてたんだ...!そもそも僕の射撃はダメダメだ...!)
パンッ!パンッ!
ロボットのカメラアイや、足の間接を狙うも悉く外れる。
(...今まで装備に頼ってたツケが出たな...!)
それでも相手の攻撃を回避できているのは、日頃の柔軟のお陰でもあったし、日夜の戦闘で動体視力が向上してたのもあった。
「むむむっ....!ふわっ!?」
水辺に脚を滑って姿勢を崩す。
その隙にヘルパー浮き輪が発射され、ソラハの片腕に複数のヘルパーが嵌められる。
(くっ...これが邪魔で銃が使えない)
そこへ一際大きな浮き輪が発射された。
ソラハの体を被うように迫る。
(マズいっ...!)
──ドンッ!
聞き馴染みの深いライフルの音がした。
目前の浮き輪に風穴が空く。
「イオリ!」
銀髪のツインテールがジャキンとハンドルを後ろに引いた。
「大丈夫か、ソラハ!」
「う、うんっ!」
ソラハを庇うようにイオリが前へ出る。
今のうちだなと、イソイソと腕の物を外す作業に移る。
「!」
そこへ複数のロボットが浮き輪を発射。
それらを避けながら、銀髪の少女がライフルを構え、正確にセンサーを撃ち抜いていく。
一発で一機、ソラハのハンドガンとは段違いの精度だ。
時にはバットのように振りかぶり、銃の後ろに付いたトゲトゲで浮き輪に穴を開けていく。
(……やっぱり、イオリはすごい)
ソラハは歯を食いしばった。
自分が前に出ても、足手まといになるだけだ、と思わず感じてしまった。
外し終えるとハンドガンを構えた。
「...イオリ!行けるよ!」
「よし...じゃあ行くぞ!ソラハ!」
「...うん!」
イオリに合わせて応戦する。
だが、いつものような力を発揮できない。
(むむ、刺突こそが有効なのに...!こんな時にショットランサーがあれば!)
放置されたビーチパラソルに視線が行く。
(あれだ...!いいもの見つけた...!)
隙を見て、パラソルを引き抜いた。
左手に傘、右手にハンドガン。
これまで培った経験を思い出してグリップを握り直す。
「疑似パラソルショットガンだね......行くよ……!」
最初の浮き輪が高速で飛来した。
反射的にパラソルを開く。
パァン!
布地に弾かれた浮き輪が軌道を変える。その隙に片手でハンドガンを構えて引き金を引いた。
弾は外れた。
「っ……防御は出来てるけど、扱いづらい...!」
パラソルの重力が重い。
普通の日傘とは全然違う。
普段ならもっと軽快に振り回せる筈だ。
(アロヨンさんの装備がないと……こんなに違うんだ...!)
またも自分の無力さを重い知る。
ゾロゾロと敵の数が増える。
だがその数機が別方向からの攻撃を食らう。
「ソラハっちー!」
「銀鏡さーん!」
キララとエリカがフォローに入る。
「わたし、戦闘とかあんまり得意じゃないけど!でもできるかぎりやるからね~!」
「そっち行ったよ!キララちゃん!」
キララの大声が聞こえる。
エリカがヒョウ柄のカスタム銃で応戦する。
(そうだ!それでも、今やれる最大限の事をやるんだ...!)
つまり、自分は防御に特化すればいい。
ハンドガンをしまう。
「イオリ!僕が守る!撃って!」
パラソルを盾のように構え、飛来する浮き輪を次々と弾く。
イオリは短く頷くと、容赦なく狙撃を続けた。
「ナイスだ!ソラハ!」
「うん!」
イオリのタンクとなり、攻撃を捌いていく。
そこでソラハは、センターにいるロボットだけ、不吉な赤い光を宿してる事に気付いた。
「イオリ、中央にいるやつ。たぶんアレが指示を出していると思う。アイツを倒せば他のも大人しくなる...筈」
「...わかった、あの真ん中の奴だな」
発射された攻撃をひたすら防ぐ。
展開した傘がイオリの射線の邪魔にならないように意識する。
(とにかくフォローだ!今の僕にできる事を努めろ!)
それもあってか、イオリの狙撃が周囲の機体を撃破していく。
リーダー機との一騎討ちになった。
(このロボット...!中にオーパーツがあるのかも...!感じる、あの感覚だ...!)
「そこだ!」
イオリの狙撃を回避するロボット。
流れるような動きで浮き輪を発射してくる。
(動きが一味違う...!未来でも予測してるみたいだ...!)
発射されたソレをソラハが防ぎつつ距離を一気に詰める。
「イオリっ!接近戦だ!」
イオリは首肯すると発泡しつつ、素早い動作でライフルを逆手に持ち、トゲトゲをカメラアイへ向かって振り下ろす。
その動きを知っていたかのようにロボットが腰を低くする。
発射された浮き輪がイオリの腕に巻き付く。
「まだだ!僕がいる!」
ソラハが傘を閉じて、両手で前へ突き刺す。
ガツンッ!
腕がビリビリと痺れる感覚。
ロボットの脚に突き刺さり、動きが鈍くなる。
「ナイスだソラハ!これでトドメだ!」
イオリが空いている手でなんとか構え、引き金を引く。
ロボットのカメラアイが粉々に破壊された。
動きが停止する。
「.....ふぅ.....」
2人して息を吐く。
「ふふっ...なんとか終わったね、イオリ」
「あぁ...これで他のやつの暴走も落ち着くだろ...落ち着いてくれ」
「ふふっ...」
ソラハがイオリの腕に何個も巻き付いたヘルパーを取る。
「これで安心だね...」
ソラハが息を吐いた瞬間だった。
機能停止したはずのロボットが、最後の足掻きのように弾かれた。
高速で発射された黄色い輪がイオリの足首に絡まる。
「っ……!」
イオリの体勢が崩れる。
流れるプールの縁に足を取られ、そのまま水面に引き込まれた。
「イオリ!!」
考えるより先に、体が動いていた。
パラソルを放り出し、ハンドガンを置いたまま、プールに飛び込んだ。
☆
冷たい水が全身を包む。イオリの体を必死に抱きかかえ、流れに抗いながら岸へ向かう。
(水の流れが早い...!)
そのまま人目のない、少し奥まった洞窟のようなエリアまで流された。
洞窟の奥は、思ったより静かだった。
遠くで流れるプールの水音が、低く響いている。
天井から落ちる水滴が、ぽたり……ぽたり……と、規則正しく床を叩いていた。
「イオリ、イオリっ……!」
陸に引き上げると、イオリは目を閉じたまま動かない。
口から水が溢れている。
(イオリ、泳げないんだった...!それで...!)
ソラハの手が、小さく震えた。
(……するしかない)
顔が熱い。
耳まで熱い。
でも、今はそんなことを考えている場合じゃない。
「イオリ……」
今日も、助けられた。
自分の未熟さを、改めて知った。
「……イオリ、するからね...」
所詮、素の葉箱ソラハの実力なんて、その程度だ。
それでも、今の自分にできる最大限のことをする。
そう誓ったのだ。
だが、激しく高鳴る心臓が、ソラハの動きを鈍らせる。
「...ふぅ......できる……僕はできる。なんたって、この僕だよ」
震える声で、虚勢を張る。
深く息を吸って、覚悟を決めると、銀髪の少女の顔を覗く。
「......イオリ.....僕が、絶対助けるから」
洞窟の薄い照明が、水面に揺れていた。
二人の少女の影が、静かに重なる。
時間が、少しだけ遅くなったように感じた。
☆