☆
ミレニアムの廃墟に、乾いた風が吹き抜けていた。
崩れたビルの隙間を、青緑の髪の少女が疾走する。
右手に握られたショットランサーが、薄暗い空気を切る。
「......よし、付いてきてるねっ......」
背後で、重い金属音が響いた。
四本の脚で壁を蹴るように移動するロボット。
白を基調に紫の差し色が入った装甲。
トカゲを思わせる長い尻尾が、バランスを取りながらしなやかに揺れている。
無名の守護者——Type.B。
アロヨンから渡された資料に載っていた、調査対象の一体だ。
『四脚歩行で機動性が高く、尻尾を用いた攻撃が特徴です。可能であれば無力化してデータを採取してください』
尻尾から時折放たれるビームを、センサーに従い回避する。
「不思議な色のロボットくん......!君も調査対象だからね......!倒させて貰うよ!」
ソラハは急ブレーキをかけ、体を小さく沈めた。
敵のビームが、寸前で頭上をかすめる。
熱を帯びた軌道がコンクリートを焦がす。
「いまだっ!」
反転した勢いで、ショットランサーの槍先を突き出す。
ガキンッッ!
土手っ腹の継ぎ目に、鋭く突き刺さった。
金属が軋む音が廃墟に響く。
ロボットは即座に跳躍し、槍を振り払うように空中で体を捻った。
着地点を見据え、ソラハは引き金を引く。
補正された弾丸が、降りてきた脚部に命中する。紫の光が一瞬ちらつき、機体がわずかに傾いた。
「効いてるね......!」
ダメージは蓄積している。
あと数回、確実に当てられれば——。
しかし次の瞬間、Type.Bは壁に爪を立て、一気にビルの上層へと駆け上がった。
「むむっ......!」
追いかけてショットランサーを構えるが、すでに高さは届かない。
尻尾を器用に使い、崩れた外壁を伝うように逃げる姿が、遠くなっていく。
地上からでは、もう追撃できない。
「......逃げられちゃった......」
ランサーの先端を床に突き、ソラハは荒い息を吐いた。
高所への機動力。
あれさえなければ、追い詰められたはずだった。
風が吹き、青緑の髪を揺らす。
「......うむむ......高さに対応する手段が必要、かも...」
ショットランサーを担ぎ直し、静かに撤退を決めた。
廃墟の奥で、紫の光が小さく点滅しながら消えていく。
☆
ラボに戻ったソラハは、荷物を下ろして深く息を吐いた。
「......ていう感じで、逃げられちゃいました。高所への機動力が違いすぎて」
アロヨンはモニターに映るType.Bの残影を見ながら、静かに頷く。
「そうですね......やはり、多少なりとも高度を稼げる手段は必要ですね」
水色の髪を三つ編みにした少女は、赤い眼鏡を指で押し上げ、研究室の奥の装置に目を向ける。
巨大な黒い筐体に青白い光が走っている。
中央には円形の解析槽があり、その周囲を複数のアームとモニターが取り囲んでいた。
クラフトチェンバーと呼ばれる装置に、アロヨンがショットランサーをセットした。
「というわけで、今からソラハさんに回収してもらったオーパーツの力を使って、ショットランサーに強化を行います」
アロヨンはいくつかのオーパーツを、専用の解析槽へと静かにセットした。
透明なカプセルの中で、オーパーツが淡く光を放つ。
「おぉ...なんか光ってる...」
ソラハが呟く。
アロヨンの指がキーボードを叩くと、周囲のモニターが一斉に反応した。
複雑な波形や立体モデルが次々と展開され、やがていくつかの枠が浮かび上がる。
「オーパーツの効力を利用して、強化候補となる適用パターンがいくつか出ました」
アロヨンがモニターをソラハの方へ向ける。
画面には、抽象的なノードのような選択肢が並んでいた。
・バリア生成機能の強化
・エネルギー変換効率の向上
・射撃補正の微調整
「へー...いくつか案が選べるのですね...」
「今回は、バリア機能の強化にします、理由は後で説明しますね」
「はい、お願いしますです」
アロヨンが該当するノードを指定する。
解析槽と作業台の間に光の線が走り、ショットランサーが接続用のアームに固定された。
「転写を開始します。少し光りますよ」
次の瞬間、オーパーツから細い光の粒子が溢れ出す。
粒子はランサーの表面を這うように流れ、バリアユニットとランス基部に吸い込まれていった。
金属が微かに熱を持ち、内部で何かが再構築されていくような低い振動が伝わる。
「うっ...眩しい」
ソラハは思わず目を細めた。
青と白が混じった光が、研究室を優しく照らしている。
数十秒後、光が収まった。
アロヨンがアームを解除し、ランサーを差し出す。
「完了です。バリア形成機能を向上させて、エネルギーフィールドを展開できるようになりました」
「エネルギー、フィールド......?」
ソラハが受け取りながら首を傾げる。
「ええ。フィールド内の重力を限定的に操作することで、擬似的に『飛ぶ』ことが可能になります。あくまで短時間・低高度ですが、壁を伝う相手を追う程度なら十分かと」
ソラハは武器を見つめたまま、言葉に詰まった。
「ショットランサー君で、そんなことができるようになるんですか...?」
「はい。その分エネルギーを多く消費するので、あくまでも瞬間的にですが。それでも研究が進めば、より高度で、長時間飛べるようになるでしょう」
アロヨンがモニターを操作し、シミュレーションを見せる。
ビルからビルへ、飛び移るように滑空する映像。
「そういえば、僕のゲヘナ学園でもたまに飛べる人居ますね」
「ええ、一部の羽を持っている生徒さんは滑空が可能ですね。戦闘の幅も広がりますし、十分なアドバンテージになります」
「でも、僕、高い所はちょっと……」
この間の巨大スライダープールを思い出す。
「問題ありません。訓練して慣れれば大丈夫ですよ」
「え」
ニッコリとアロヨンが微笑む。
ソラハはひきつった顔のまま、彼女を見つめることしかできなかった。
☆
研究所の戦闘フィールド内にあるビル型オブジェクト。
ソラハは最上部の縁に立ち、下を覗き込んで固くなっている。
「......本当に、ここから落ちるんですか」
『まずは空中に慣れることからです。落下に慣れなければ、飛行も安定しませんから』
イヤホンからアロヨンの声が聞こえる。
下には、複数の箱形ロボットが待機していた。
クッション用のエアマットを広げ、着地点を確保している。
「最近......身近な人からよく落とされるなぁ……」
プールのスライダーを思い出し、涙目で呟く。
大丈夫、降りてこいと、言わんばかりに箱形達が小さな腕を振っている。
「うぅ...楽しそうに手を振っちゃって...」
後ろからポンポンと背中を叩かれた。
「あっ...スナイパー君......君も僕を応援しに来たの......?」
ロングライフルを装備した個体が、ソラハの隣に立つ。
「そういえば、君はよくこっから飛び降りてたね......」
狙撃タイプがコクコクと頷く。
「ヨシ......分かった。5数えたら落ちるから......5......4......」
その時、狙撃タイプがソラハの背中をそっと押した。
「ちょっ」
足が、縁から離れる。
次の瞬間、世界が逆さになった。
風が顔面を叩き、青緑の髪が激しくなびく。
耳の奥で、空気を切る音が鋭く鳴る。
眼下のマットが、あっという間に大きくなっていく。
(ーーーー!!)
胃がせり上がる感覚。
手足が勝手にばたつき、バランスを取ろうとしても何も掴めない。
時間が引き伸ばされたように感じるのに、実際には数秒しか経っていない。
「ひゃああああああああああっ!!」
悲鳴がフィールドに木霊する。
着地の直前、視界がマットの表面で埋め尽くされた。
ボフンッ!という鈍い音とともに、体が深く沈む。
ロボットたちが「良くやった」とでも言いたげに、そっと体を支えてくれた。
「くっ......みんな、ありがとう......」
手を借りながらよたよたと立ち上がり、再び階段を登る。
頂上に着くと狙撃タイプがどこか自慢げな顔で出迎えた。
「この僕を...よくもやってくれたね......でも、まあありがとう.....ちょっと勇気でた......」
今度は自力で飛び降りる。
二回目。三回目。四回目。
「ウエッ......」と小さく鳴きながら飛び、毎回箱形たちに受け止められる。
「うぅ、キッツ......!....でもちょっと慣れてきたかも......」
『ふむ、今度はショットランサーを持って飛んでみましょう』
アロヨンが提案し、エネルギーフィールドの展開方法を教わる。
ショットランサーを構え、縁に立つ。
(着地の瞬間に起動...!着地の瞬間に起動...!)
五回目。
飛び降りる。
地面が近づいてくる。
それと同時にバリアを展開した。
エネルギーフィールドが薄く光り、体の落ちる速度がふわりと鈍った。
「......え」
着地の衝撃が、ほとんどない。
マットの上に、まるで羽のように降りた。
「......おお...?」
自分の体を見下ろし、目を丸くする。
下から箱形ロボットたちが、静かに拍手するような動きをした。
イヤホンから、アロヨンの声が届く。
『良い感じですねソラハさん。あと4回ほど試しましょう』
「わ、わかりました」
ソラハはランサーを抱きかかえ、まだ少し涙目のまま、小さく息を吐いた。
「あんまりにも武者修行だけど...なんだか適応してる自分もいる....」
呟きながら階段を登った。
高所への恐怖が、ほんの少しだけ薄れていた。
☆
「次は、一気に高度を稼ぐ訓練です。こちらを使います」
戦闘フィールドに、大きなシーソーのような装置が用意されていた。
片側にソラハが立たされ、反対側には重装甲型の箱形ロボットが構えている。
「......うそだよね」
アロヨンの合図とともに、重装甲型がシーソーに思い切り飛び乗る。
「へ?」
少女の体が、勢いよく宙へ弾き出される。
「うそだあああああああああっ!!」
あっという間に高所へ。
下では他の箱形ロボットたちが、「おー、飛んだ飛んだ」と言わんばかりに揃って空を仰ぎ見ている。
頂点に達した瞬間、重力が戻ってくる。
(これはヤバい!!これはヤバい!!)
猛烈に命の危険を感じる。
必死にショットランサーを握りしめ、落下の瞬間にフィールドを展開。
着地の瞬間、エネルギーが体を支え、ふわりと減速した。
「......シヌかと思ったんだけど」
地面に降りた少女が、がくがくと足を震わせる。タブレットを見ながらアロヨンが告げる。
「ふむ...良い反応速度でした。あと10回ほどやりますよ」
「冗談でしょ」
ソラハの顔が引きつる。
箱形ロボットたちがイソイソとシーソーの位置を調整していく。
所定の位置に着いた重装甲型がどことなく、ウズウズとしていた。
「くっ...この子、僕を飛ばすの楽しんでるでしょ...!」
ショットランサーを抱きしめながら、小さく息を吐いた。
「......はぁ。今日で僕、お星様になるのかな......」
「この実験が終わればドーナツをご馳走しますよ」
「......」
よたよたと、もう一度シーソーの端に向かう。
何度目かの射出。
「ドーナツぅぅぅぅっ!」という絶叫が、フィールドに木霊する。
箱形ロボットたちは、相変わらず真面目に空を見上げていた。
☆
飛行訓練を終えたソラハは、ショットランサーをラックに戻し、深く息を吐いた。
「.....うぇ.....」
まだ少し足が震えている。
何度も飛び降りたせいだ。
それでも、エネルギーフィールドを扱う感触は、かなり自信がついた。
「お疲れ様です、ソラハさん」
カフェオレとドーナツを差し出しながら、アロヨンが声をかける。
「ご褒美の糖分をどうぞ」
「わーい頂きます」
「...これから私も、連邦生徒会の夏合宿がありますので、少し忙しくなります」
「へー、どこか行かれるのですか」
「はい、皆で海に行ってきます」
「おーいいですね。いってらっしゃいです」
ドーナツはパン屋さんで見かけるチョコがコーティングされた物だった。
パラパラとしたチョコチップの感触を楽しみながら、フリフリと軽く手を振った。
「はい。それでその間は、ソラハさんに独断で動いてもらう任務が増えるかと思います。問題ありませんか?」
「ン、大丈夫です。慣れてきましたし」
ズズッとカフェオレを啜る。
ドーナツで渇いた喉に相性抜群だった。
アロヨンは小さく頷くと、続けて言った。
「早速ですが......百鬼夜行に赴いてほしいのです」
「百鬼夜行、ですか?」
「ええ。現地で謎の怪物——怪異と呼ばれるものが確認されているそうです。可能であれば調査と、必要に応じて対処をお願いします」
タブレットを操作すると、地図と出現ポイントがソラハの端末に送られてきた。
「期間は......そうですね。とりあえず4泊3日で予定を組みましょう。怪物は主に夜に現れるようなので、日中は情報収集に充ててください」
「モグモグ......りょーかいです」
「オーパーツの反応も稀に拾えるかもしれません。怪異の調査と合わせて、よろしくお願いします」
「はい、この僕にお任せください」
アロヨンが静かに微笑む。
ソラハは端末を見ながら、すでに宿泊先を検索し始めていた。
「宿泊代、出して貰えるとはいえ、あんまり無駄使いはできませんよね~」
「まあ.....常識的な範囲内で選んで貰えると助かります」
高級な宿ではなく、安くて清潔な民泊。
地図上のピンをいくつか比較し、口コミを流し読みする。
「ほうほう……ここ、良さそう」
落ち着いた和風の外観と、「静かで暖かい宿」というレビューが目に留まった。
予約を確定させると、ソラハはペロリとドーナツを平らげた。
「百鬼夜行かぁ......抹茶ラテとか飲めるかなぁ...」
フワフワと頭に浮かべながら、少女は次の任務の準備に移った。
☆
ソラハさんはそこそこの時給を貰ってるので、そこそこ大変な目にあって貰います。
お気に入り、評価とても嬉しいです。
これからもどうぞよろしくお願いします。