僕はイオリの規則違反者!   作:ソーイラテ

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13話 桜舞う百鬼夜行にて

☆

 

 

電車を降りた瞬間、空気の質が変わった。

ゲヘナの乾いた熱気とは違う、どこか湿り気を帯びた穏やかな風。

 

ホームを出ると、目の前に広がっていたのは、瓦屋根の連なる町並みだった。

細い路地が幾重にも入り組み、白い壁と濃い茶色の木枠が交互に並ぶ。

通りの向こうには、大きな桜の木が幾本も見え、花びらが風に乗ってゆっくりと舞っていた。

 

どこか懐かしさを誘う、静かで柔らかい景色だった。

 

「……百鬼夜行、か」

 

端末で地図を確認しながら、予約した民泊を探す。

大きな通りから少し外れた住宅街に入ると、古いが丁寧に手入れされた木造の家が現れた。

 

表札の横に「民泊」の小さな札。

豪華ではない、むしろ質素な造りだ。

 

それでも、縁側に置かれた小さな鉢植えや、磨かれた玄関の木目が、どこか暖かくて落ち着いた印象を与えていた。

 

「予約してた、葉箱ソラハです~」

 

受付を終えると部屋へ通された。

畳の香りがする部屋。

窓の外には、隣家の屋根と、少しだけ見える空。

荷物を隅に置くと、少女は軽く伸びをした。

 

「よし、このままコーヒーとパンでのんびりしたい気分だけど……調査しなきゃ、だね。ちゃんと」

 

自分に言い聞かせるように呟き、再び外へ出る。

町を歩きながら、まず喫茶店を探した。

観光客らしき生徒たちも見かけるが、全体的にのんびりした空気が流れている。

しばらく歩いて、小さな暖簾が掛かる店を見つけた。

 

「......聞き込みがてら入ってみよ……抹茶ラテ、あるかな」

 

店内は静かで、木の机と椅子が並んでいる。

カウンターの席に座り、抹茶ラテを注文した。

出てきたそれは鮮やかな緑色で、上にふんわりと泡が乗っていた。

一口含むと、ほろ苦さと甘さが優しく広がる。

 

「……美味しい」

 

カップを両手で包んで堪能する。

ふわふわの口どけも心地が良い。

メニューを眺めてると、今度はスイーツに目が行った。

 

(抹茶のロールケーキ.......!)

 

追加注文も兼ねて目の前の定員に声をかけた。

 

「すみません、これもお願いします......あと最近、変なもの……妖怪とか、見てませんか?」

 

定員は少し驚いたように目を見開き、それから苦笑した。

 

「珍しいことを聞く子だね。まあ、夜になると変な噂は聞くよ。提灯が勝手に動いたとか、古い傘が歩いていたとか」

 

「ほうほう......」

 

興味深そうに頷き、もう一口、抹茶ラテをすすった。

 

「傘に提灯、百鬼夜行だと特に日常的に使われる物ですね」

 

「あぁ、そうだね。ここでは昔から八百万の神という言い伝えがあってね。物にも神様が宿るから、大切に扱いましょうっていう教訓さ......ハイ、抹茶のロールケーキね」

 

「あっありがとうございます......ふむ、所謂モッタイナイ精神ってやつですね」

 

「あぁそうさ。もしかしたらその妖怪達は、ぞんざいに扱われて怨念とかが宿ったのかもな」

 

「モグモグ......なるほど......怨念......」

 

木製のフォークでケーキを差す。

もっちりとした食感の生地の中心には、小豆が入っていた。

 

「.......ありがとうございます。結構参考になりました」

 

「いいよ、いいよ。ゆっくりしていってね」

 

ケーキとラテを楽しみながら、外へ視線をやる。

窓の外では、桜の花びらが静かに舞い続けていた。

人通りでは時折、番傘をさした人が見受けられる。

百鬼夜行で番傘は、散る桜の花びらが髪や着物に付くのを防ぎつつ、風流な日傘になるため人気だった。

 

「ふむ.......せっかくだし、僕も番傘買ってみようかな。なんだかオシャレだし」

 

 

 

☆

 

 

 

食べ終えると、ソラハは店を出た。

町を少し歩くと、古い道具や和雑貨を扱う小さな店を見つけた。

 

のれんには「傘・和傘」の文字。

 

店内に入ると、木の匂いとほのかな埃っぽさが混じった空気が流れていた。

壁に並ぶ傘の中からじっくりと選ぶ。

 

「うーん、なるべくレトロなデザインのやつ......」

 

プラスチック製の新しいものではなく、竹の骨組みが見える、少し番傘。

薄い藍色の和紙が張られ、開いたときに落ち着いた色合いになるものが目に留まった。

 

「ン……君、いいかも」

 

手に取って開閉を試し、重さを確かめる。

現代の傘より少し重いが、持ち手の感触が悪くない。

 

「これください。......あっ、領収書もお願いします」

 

支払いを済ませ、店を出る。

新しい番傘を肩に担ぐように持ち、ソラハは小さく息をついた。

 

「……よし。夜の任務ではこれを差して行こう」

 

使われなくなった物に怨念が宿るのなら、新品の番傘を持って歩けば、何か寄ってくるかもしれない。

 

そう考えながら、民泊の方へと歩を戻した。

桜の花びらが、時折、番傘の表面にそっと落ちてきた。

 

 

☆

 

 

 

百鬼夜行の夜は、昼間の賑わいが嘘のように静かだった。

提灯の光が疏らに揺れる路地を、番傘をさした少女が一人で歩いていた。

 

「……ふんふんふーん」

 

青緑色の髪を揺らし、機嫌良さげに闊歩する少女。

時折、新品の傘をくるくると回して遊ぶ。

 

「ン、今の僕、なかなか和な感じでイケてるかも......」

 

反射した自分の姿を見て、満足げに微笑む。

そして少女が更に人気にない路地へと入っていく。

 

そのときだった。

 

奥で、何かが軋む音がした。

湿った木が軋むような、低い音。

 

キキキキーー

 

「?」

 

少女が不思議に辺りを見回す。

その死角の暗がりの中から、ゆっくりと何かが浮かび上がってきた。

古びた和傘だ。

骨組みは歪み、和紙はところどころ破れて黒ずんでいる。

 

それなのに、まるで意志を持っているかのように、空中でふわりと揺れていた。

 

「なんか聴こえたような.......気のせいかな.......うん、いいや」

 

次の瞬間、その和傘が急に向きを変え、少女の方へと滑るように近づいてくる。

 

キキキキーー

 

ひっそりと、その無防備な背中へ近づく。

次の瞬間、素早く飛びかかるように加速した。

 

 

 

ガキンッッ!

 

 

打撃音が路地に響く。

傘の攻撃が受け止められている。

少女の右手には漆黒の槍。

 

「怪異」が、ユラリと後退した。

 

「おいでなすったね」

 

傘を閉じて、ソラハがショットランサーを構え直す。

 

「新品の傘で遊んでれば、嫉妬して出てくると思ったけど......ふふん。予想的中だ。流石は僕」

 

顎に手を当て自惚れていると、路地の闇の中で、古びた和傘が再び揺れ始めた。

 

「さあ、妖怪くん......僕と勝負だっ!」

 

次の瞬間、それは急加速して飛びかかってくる。

破れた和紙が刃のように軌跡を描き、ソラハの顔を狙った。

 

「っ!......容赦ないね!それならこっちもっ......うりゃー!」

 

低く構え、ショットランサーを横に薙いだ。

槍の先端が和傘の骨組みを捉え、乾いた破砕音が響く。

和傘はいったん大きく弾かれるが、すぐに姿勢を立て直し、今度は上空から急降下してきた。

 

「バリアー!」

 

ソラハは一歩横に滑り、同時にバリアを展開する。

六角形の光が閃き、和傘の突進を受け止める。

衝撃でバリアが小さく波打つ。

 

「っ……やっぱり、ただの傘じゃないね」

 

ランサーの先端を床に突き、反動を利用して前方へ跳んだ。

距離を詰めた瞬間、槍を真っ直ぐに突き出す。

 

「——そこっ!」

 

槍先が和傘の中央を貫く。

古びた和紙が大きく裂け、内部から黒い煙のようなものが溢れ出した。

和傘は痙攣するように揺れ、やがて力を失って路地の地面に落ちる。

 

カラン、と乾いた音がした。

ランサーを収納し、落ちた傘を覗き込む。

 

「成仏したかな......成仏したって事で......」

 

もう動く気配はない。

ただの、古びて打ち捨てられた和傘が、そこに転がっているだけだった。

 

「ヨシ……とりあえずサンプル、確保っと」

 

慎重にそれを拾い上げ、用意していた布に包む。

夜風が路地を通り抜け、青緑の髪を優しく揺らした。

 

「ふんふん。やっぱり、使われなくなった物に宿るタイプだね……」

 

ソラハは新品の番傘を再び差し、静かに息を吐いた。

 

「この調子で、もう少し回ってみよう......」

 

くるくると回す傘に、ヒラリと桜が乗った。

 

 

 

☆

 

 

 

路地の奥から、新たな軋みが重なるように聞こえてきた。

古びた提灯、歪んだ面具、ひび割れた陶器——

次々と浮かび上がる怪異が、ソラハを取り囲む。

 

「ううん。ちょっと……数が多いね」

 

番傘を閉じてショットランサーを構える。

 

カタカタカターー!

 

最初に飛びかかってきた提灯を槍で弾き飛ばす。

乾いた音とともに提灯が壁にぶつかり、黒い煙を散らして停止した。

 

「一体目、クリア」

 

直後、横から面具が急降下してくる。

ソラハは身をひねって回避し、槍の先端で面具の額を突いた。

仮面がひび割れ、同じく煙を吹いて動かなくなる。

 

「ヨシ、二体目も——」

 

しかし、それとほぼ同時に、背後から陶器の怪異が飛びかかってきた。

振り向きざまにバリアを展開するが、衝撃で一歩後退する。

 

「くっ……同時に来てる......!」

 

左右から新たに提灯と面具が迫る。

槍を大きく薙ぎ払い、二体を同時に弾く。

だが、その瞬間、足元の影がうねり、別の陶器が転がるように近づいてくる。

 

「下も!?」

 

踏み込みで避けようとしたが、タイミングがわずかに遅れた。

陶器が足元をすくうように当たり、バランスを崩す。

 

「マズいっ!」

 

その隙を突いて、仮面が横から勢いよく飛びかかってきた。

槍が弾き飛ばされ、カキン、と乾いた音がして路地の地面に転がった。

 

「僕のショットランサー君がっ!」

 

怪異たちが、ニタニタと嘲笑うような雰囲気を醸し出す。

丸腰になったソラハを、ゆっくりと取り囲むように詰め寄ってきた。

 

「くっ......この僕に......乱暴する気でしょ......!エッチな本みたいに.......!」

 

怪異たちの顔が、一瞬真顔になった気がした。

ピタリと動きが止まる。

 

だが、改めて距離を詰めてくる。

 

「ちょっと……ピンチ、かも….....!」

 

ソラハが後ずさった瞬間だった。

 

 

「そこまでだ」

 

 

明るい声が路地に響く。

次の瞬間、青白い影が宙を切った。

金髪の少女が、まるで風のように怪異の間を滑る。

 

「!」

 

息を呑むソラハを横に、少女が最初の提灯を一発で撃ち抜き、空薬莢が金属音を立てて路地に落ちる。

続けて面具が横から迫るが、身を低くして回避しつつ、銃口を正確に合わせて引き金を引く。

 

予読したかのような射線。

怪異が次々と黒い粒子となって消えていく。

 

(アレは......ボルトアクション式ライフル......!)

 

ソラハの脳裏に、親友の顔がちらつく。

だが、動きの質が明らかに違う。

イオリの正確さとは別の、もっと流麗で、怪異の動きを完全に読み切った動き。

 

背後から陶器の怪異が襲いかかる。

少女は振り向きざまに手で受け止め、勢いを殺すと、右脚を鋭く振り上げた。

 

足の甲でボルトを一気にスライドさせる。

カチャリ。

排莢と同時に、新しい弾が腔に収まる。

その一連の動作に、無駄が一切なかった。

 

(手を使わずにリロードしてる......!)

 

脇の下から銃を向け、残っていた怪異を正確に撃ち抜く。

あっという間に、囲んでいた怪異はすべて消滅していた。

ソラハはランサーを拾うことも忘れ、ただその光景を見つめていた。

 

(すごい......うまく言えないけど、プロの戦闘だ)

 

その感想は、正しかった。

金髪の少女が使う戦闘術は、四面楚歌を想定して磨き上げられたものだった。

 

「......君、大丈夫かい?」

 

戦闘を終えた少女が、こちらに歩み寄って手を差し伸べる。

 

はっきりした目元に、明るくてどこか頼もしい笑みを浮かべていた。

ソラハはその手を取り、よたよたと立ち上がる。

 

「あ、ありがとうございます......助かりました」

 

「よかった。怪我はないみたいだね」

 

少女は軽く息を整えながら、自己紹介をした。

 

「わたしは二年の七稜アヤメ。百花繚乱紛争調停委員会の者だよ。君は?」

 

「葉箱ソラハ......です。ゲヘナから来ました」

 

スラスラと読み上がられた肩書きに、一瞬脳の処理が遅れる。

 

「ゲヘナ?珍しいね。観光?」

 

「まあ、調査、みたいな感じです、ね......あの、さっき言ってた紛争調停委員会というのは......」

 

「ざっくり言うと、治安維持組織だよ。喧嘩の仲裁をしたりね。それでいつもパトロールはしてるけど......今日はなかなかレアだね。」

 

アヤメが周囲の残骸を見やり、苦笑した。

 

「君もなかなかやるじゃない。あの槍、面白い動きだったよ」

 

ソラハは拾ったショットランサーをそっと隠すよに背負い、少しだけ照れたように目を逸らした。

 

「......えへへ、たまたまです」

 

機密上、ショットランサーを見られる訳にはいかないが、恩人に隠し事は難しいだろう。

 

「アヤメさんは、さっきの妖怪について詳しいのですか?」

 

話を逸らす。

 

「あぁ、アレね。人々の噂や恐怖心が実体化した存在、といった所かな」

 

「それは、百鬼夜行の土地柄による力なんですか?」

 

「うーん、半々って感じだね.......昔、そういう怪異を具現化する技術で暗躍した集団がいたらしくてね。その名残がまだあるみたいなんだ」

 

「怪異を生み出す技術......」

 

オーパーツが関与してそうだ、とソラハは考えた。

夜風が路地を通り抜ける。

提灯の光が、二人の影を長く伸ばしていた。

 

 

 

☆

 

 

 

アヤメと少し話を交わしたあと、ソラハは丁寧にお礼を言って別れた。

 

「また何かあったら、声かけてよ。パトロール中ならすぐに駆けつけるから」

 

「はい、ありがとうございます。またお世話になるかもです」

 

明るい声に手を振られ、路地を後にする。

提灯の光が遠ざかるにつれ、夜の静けさが戻ってきた。

 

民泊に戻ると、畳の部屋は昼間と変わらず穏やかだった。

荷物の横に番傘を立てかけ、ショットランサーをケースに戻す。

窓際の低い椅子に腰を下ろし、外を眺める。

隣家の瓦屋根の向こうに、暗い空が広がっていた。

時折、遠くで提灯が揺れるのが見える。

 

「......アヤメさん、か」

 

脳裏に、さっきの戦闘が蘇る。

風のように滑る動きに、予測したような射線。

そして足の甲でボルトをスライドさせる、あの流れるようなリロード。

まるで怪異との戦いを想定したような技術。

 

「......」

 

ソラハは窓枠に肘をつき、小さく息を吐いた。

自分も、ああいう風に戦えるようになりたい。

イオリに近づくために、アロヨンさんの期待に応えるために。

 

桜の花びらが一枚、窓の外をゆっくりと落ちていった。

 

「......明日も、引き続き調査だね」

 

独り言が、静かな部屋に溶けていく。

百鬼夜行の夜は、まだ深かった。

 

 

 

☆

 

 

 

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