僕はイオリの規則違反者!   作:ソーイラテ

15 / 15
15話 必殺の花吹雪

 

 

 

☆

 

 

 

旅行3日目。

ムクリと体を起こす。

 

「ン···6時···なんか早くに起きちゃった」

 

頭を振って眠気を飛ばす。

昨夜は結局お風呂に入らずに寝てしまったせいで、体が少し重い。

 

「う~ん、ベタベタする······お風呂にチャポンしたい、チャポン······せっかくだし温泉に行こうかな」

 

軽く身支度を整え、宿の人に近くの温泉を聞き、早速向かう。

 

外に出ると、町は本格的に動き出す前の静けさに包まれていた。

 

銭湯に着くと受付を済ませ、露天風呂に足を踏み入れた。

澄んだ空気が肌に触れる。

湯気がゆっくりと立ち上り、遠くの山並みをぼんやりと霞ませていた。

 

「はふ~、気持ちいい······」

 

朝風呂特有の、冷たくてきれいな空気に心が落ちつく。

早朝のせいか、湯船に人の気配はほとんどなかった。

ただ、少し離れた場所に一人、白い後ろ姿が見える。

せっかくなので、軽く声をかけてみた。

 

「こんにちは。朝早いのですね」

 

振り返った少女は、白髪で色白だった。

銀色の白雪のような瞳が、こちらを見る。

 

「こんにちは······ちょっとね。部活柄、朝早くて······」

 

「そうなんですね」

 

二人はそれ以上深く踏み込まず、湯船に浸かったまま、のんびりとした時間を過ごした。

白髪の少女は目を閉じて、瞑想するように静かに息を整えている。

 

(なんだか、雪のような人だなぁ······)

 

そんな風に思いながら、ソラハも空を見上げたり、遠くの屋根を眺めたりした。

 

「······僕、観光客なんですけど······百鬼夜行の朝は、いいですね。心が落ち着きます」

 

「そう、なんだ。私にとってはいつもの景色だけど······あなたの様に他所から来た人がそう言うなら、そうかもしれないね」

 

静かな返事だった。

1つ質問してみる。

 

「さっき言ってた部活って、朝から動くんですね。大変そう」

 

「朝の訓練があるからね······それをしないと、1日が始まった気がしないんだ」

 

「なるほど······それを終えて、ここにいると」

 

「うん。そうだよ」

 

(僕にとって、バランスボールトレーニングみたいな物か······今は旅行中だからできてないけど、人それぞれ日課があるんだな)

 

「意外と大事ですよね、そういうの」

 

「うん。私の場合、追い付きたい人がいるから······なおさらかな」

 

少女がどこか遠くを見るような目線を送る。

ソラハも釣られて視線をやる。

 

そこで、屋根の上に黒いカラスが一羽、止まっているのが見えた。

 

「······あの、百鬼夜行にカラスに纏わるお話とか、ありますか?」

 

「······カラス?」

 

「はい。えっと、例えば三本足の漆黒のカラス、みたいな」

 

少女は少し間を置いてから、静かに頷いた。

 

「······うん、あるよ。八咫烏の事だね」

 

「八咫烏······」

 

「神の使いとされている存在、だった筈。たしか、八咫烏を奉ってる神社があるから······そこに行けば、色々聞けるかもしれないよ」

 

「ほうほう······ありがとうございます」

 

ソラハは興味深そうに頷いた。

湯気の向こうで、少女の白い横顔が穏やかに揺れている。

しばらくして、ソラハは湯船から上がった。

 

「ありがとうございました、参考になりました」

 

「それはよかった。観光、楽しんで行ってね」

 

短く、でも確かに優しい声だった。

 

「はい。あっ、僕はソラハって言います。ゲヘナから来ました。ご縁があれば、また会いましょうね」

 

「うん······私の名前はナグサ。いつか、またね」

 

ソラハがフリフリと手を振ると、ナグサも控えめに返した。

 

脱衣所に戻りタオルで体を拭き、持参したドライヤーを取り出す。

 

「·····あっそういえば、お店の人に確認取ってなかった·····すみませーん、持ち込みのドライヤー使ってもいいですかー?」

 

承諾を貰い、髪を乾かす。

 

「······よし、一旦帰って、例の神社に行ってみよう」

 

保湿クリームを塗り終えると、朝の澄んだ空気の中を歩き出した。

 

 

 

☆

 

 

 

「ほうほう······ここだね」

 

スマホの地図を片手に、ソラハは神社の鳥居をくぐった。

 

境内は静かだった。

石畳に朝露が残り、足元で小さく光っている。

木々の間を抜ける風が、時折、古い鈴の音を運んでくる。

人の気配はほとんどなく、ただ神聖な空気だけがゆっくりと流れていた。

 

「······入ろう」

 

拝殿の前で軽く一礼をしてから、境内を歩き始める。

 

目に入ったのは、黒い烏を象った銅像だった。

三本の足をしっかり地面に付け、翼を半ば広げた姿。

朝日を受けて、金属の表面が鈍く輝いている。

 

近くの解説ボードに目を落とす。

 

『八咫烏は神の使いとされ、古より道を示す存在として語り継がれてきた。

八咫烏に見初められた英雄は、空を飛ぶ力を手にしたと伝えられる。』

 

「ほうほう······」

 

小さく頷き、次の像へ足を向けた。

 

境内の奥、少し高い場所に、印象的な銅像があった。

 

大きな翼を広げた八咫烏が、一人の人間の背中に寄り添うように止まっている。

人間の方は前を見据え、烏はまるで守護するように羽を広げている。

朝の光が翼の隙間を通り、影を長く伸ばしていた。

 

その横にある解説を、ソラハはゆっくり読んだ。

 

『伝承によれば、八咫烏は時に姿を変え、英雄の衣そのものとなったという。

衣に宿った烏の力は、持ち主に空を駆ける力を授けたとされる。』

 

「衣に······変身、空を飛ぶ······」

 

少女は銅像を見上げたまま、しばらく動かなかった。

 

風が通り、木々がさらさらと揺れる。

境内の空気は澄んでいて、どこか懐かしいような、静かな緊張感を孕んでいた。

昨夜、黒いモヤを纏って現れた三本足の烏を思い出す。

 

赤い瞳が、ショットランサーをじっと見ていたあの感覚。

 

「······本当に、ただの怪異なのかな」

 

独り言を低く呟き、ソラハはもう一度、翼を広げた銅像に目をやった。

 

「オーパーツ反応が強力だったのも気になるなぁ······あのカラス君の、依代になっている物がある筈······」

 

朝の神社は、答えるように静まり返っているだけだった。

 

 

 

☆

 

 

 

その後ソラハは、百鬼夜行の名所として知られる巨大な桜の木を目指していた。

街のどこからでも見えるため、そこまで迷うことはなかった。

 

視界が開け、目の前の景色に思わず息を呑む。

 

「······すごい」

 

一本の桜が、まるで空を支えるようにそびえ立っている。

幹は何人がかりでも抱えきれないほど太く、枝は広く放射状に広がっていた。

地面には淡いピンクの花びらが一面に敷き詰められ、風が吹くたびに小さく舞っている。

 

「······流石、百鬼夜行のシンボル、だね。間近だともはや壁かも」

 

木の下まで歩み寄り、幹に手を添えた。

 

ざらついた樹皮の感触が、掌に伝わる。

頭上を見上げると、葉の隙間から陽光がこぼれ、地面にまだらな影を落としていた。

 

しばらくその場に立ち尽くしていると、急に風の音が変わった。

 

「······ん?」

 

次の瞬間、突風が吹き抜けた。

地面に積もっていた花びらが一気に巻き上げられる。

淡いピンクの嵐が、ソラハの全身を包み込んだ。

 

「うわっ、ちょっ、見えない······!」

 

視界が完全に白とピンクに染まる。

花びらが頰を叩き、髪に絡み、服の隙間にまで入り込んでくる。

風の音だけが耳に残り、周囲の景色がすべて消えた。

 

「ふふっ······これ、戦闘中だと一大事だね」

 

苦笑い混じりに呟きながら、ソラハは両手で顔の前の花びらを払った。

 

改めて木を見上げる。

さっきまでの静けさが嘘のように、今はほんの少しだけ葉が揺れているだけだった。

 

そこで、背後から声を掛けられた。

 

「やあ、堪能してるみたいだね、ソラハ」

 

「?」

 

振り返ると、金髪の少女が立っていた。

七稜アヤメだった。

 

「ン······アヤメさん、こんにちは。僕です」

 

アヤメは軽く手を振りながら近づいてくる。

ソラハの肩や髪に残っていた花びらを、指先でそっと払ってくれた。

 

「ふふっ、けっこう付いてるね。この桜の木には神様がいてね。樹の上の方から、私たちをそっと見守ってくれてるんだよ」

 

ソラハは釣られるように、頭上の枝葉を見上げた。

 

「桜の······神様······」

 

昼の光が葉の隙間からこぼれ、まるで何かがそこにいるかのように揺れている。

 

「せっかくだから、なにか願っていきなよ」

 

アヤメがそう言うと、ソラハは小さく頷き、静かに手を組んだ。

 

(昨夜の八咫烏······なんとか攻略したいです。挑戦する僕を、どうか応援していてください)

 

目を開けると、アヤメが穏やかな笑みでこちらを見ていた。

ふと、アヤメの戦闘を思い出す。

流れるような動き、無駄のない立ち回り。

あの技術を、もう少し間近で見てみたい——そう思った。

 

「あの······アヤメさんの稽古、僕も見学してもいいですか?」

 

アヤメは人懐っこい笑顔で、すぐに答えた。

 

「いいよ。ちょうどこれからやるところだったし、歓迎するよ」

 

 

 

☆

 

 

 

外の訓練場には、すでに四方向に的が置かれていた。

アヤメは軽く肩を回し、ボルトアクション式のライフルを構える。

 

「じゃあ、やってみるね。百花繚乱式は、敵の射線を読んで、その隙間を縫うように動くのが基本なんだ」

 

ソラハは少し離れた位置から、息を潜めて見守った。

 

次の瞬間、アヤメの体が動いた。

正面の的がわずかに揺れたのを察知したように、一歩横へ滑る。

その場で銃口を右へ向け、正確に引き金を引く。

 

——的の中心に弾が食い込む。

 

すぐに体をひねり、脇の下から反対側の的へ銃口を向ける。

左の的が弾ける音がした。

 

「後ろも来る前提で動くからね」

 

アヤメは四分の一回転すると、銃をそのものを投擲。

回転する銃が、背後の的を正確に破壊。

 

的が倒れる音と同時に、アヤメは軽やかに宙へ舞い上がった。

空中で銃を受け止め、逆さまの姿勢のまま正面の的へ向けて引き金を引く。

 

着地したときには、すでに四方向すべての的が撃ち抜かれていた。

 

「······すごい」

 

ソラハは思わず声を漏らした。

流れるような動き。

一瞬の判断と、それを正確に実行する体の使い方。

 

アヤメは銃を肩に担ぎ直し、息を整えることもなくこちらを向いた。

 

「どう? 百花繚乱式の基本の動きだよ」

 

ソラハはまだ、その光景を目に焼き付けたまま、小さく頷くことしかできなかった。

 

(武器の投擲からの、スムーズな回収。そして攻撃······なかなかできるものではないね······けど、あの動きが僕にもできれば······)

 

脳内で八咫烏との戦闘をイメージする。

そこで、アヤメから提案を受ける。

 

「せっかくだし、なにか稽古をつけてあげようか」

 

「っお願いします!」

 

承諾するとアヤメに道場へ案内され、胴着に着替えさせられる。

 

「あの······アヤメさん? これはいったい······」

 

「この間の戦闘を見ててね。ソラハには受け身を教えたくなったんだ。まず私がするから、見ててね」

 

アヤメは立った状態からしゃがみ、後ろへ倒れ込んで畳を叩いた。

 

「やってみて」

 

「えっと······こう、ですか?」

 

ソラハも同じように体を沈めて、後ろへ倒れる。

ペシン。

畳を叩く音が小さく響いた。

 

「そうそう、それが基礎だよ。続けようか」

 

「は、はい」

 

こんな単純な動きでいいのだろうか、と思いながらも、ソラハは繰り返した。

 

「よし、次は前回り受け身ね。でんぐり返しに近いけど、もっと専門的な動きになるよ」

 

アヤメは右膝をつき、右手を前、左手を後ろに置く。

 

「三角形を作るのが基本。前に出した腕を中に入れて——」

 

右手を懐に入れたまま、アヤメが滑らかに前へ回転する。

畳を叩く音が、きれいに響いた。

 

「腕の側面を使って体を回転させる感じ。やってみて」

 

「ハイ、よいしょ······」

 

ソラハは前へ転がったが、体が横に流れてしまう。

 

「うぅ······なんか、へにゃっちゃった······」

 

「回るとき体が横になってるね。腕に沿わせるのを意識して。少し勢いをつけてみるといいよ」

 

「ハイ······なるほど、腕に沿わせる······」

 

右手と右膝をつき、左手を真ん中に置く。

 

(三角形······三角形······)

 

右腕に沿わせるように体を流し、勢いをつけた。

ゴロン、べシン!

 

「おお、いい感じだよ! 次は左手でもやってみようか」

 

「は、はい!」

 

何度か繰り返すうちに、動きが少しずつ滑らかになっていく。

 

「よし、最後に戦闘を意識した形を教えるね」

 

アヤメは数歩下がると、そのまま走り出し、前へ飛び込むように前回り受け身を取った。

音と同時に、流れるように体を起こしている。

 

「緊急回避からの体勢作り。衝撃を殺しつつ、すぐに次の行動に移れる動きだよ」

 

「勢いをつければ、そのまま起き上がれるんですね」

 

「そうだよ! 分かってきたね」

 

ソラハも真似をする。

 

(とうっ!)

 

バッ、グルン、バシン!

気がつくと、自然と体が起き上がっていた。

 

「おぉ······今まではゴロンしたまま終わってたのに······」

 

「走って勢いをつけたからね」

 

「なるほど······」

 

「武器を持ったままやると、起き上がってすぐに射撃に移れるようになるよ」

 

「ほうほう、ではハンドガンを持ったままやってみます」

 

「うん、いいよ。ん······この間の槍みたいなのは持ってきてないんだ?」

 

「えっと······アレはちょっと、機密的にあまり持ち出せなくて、なんです! えっへん!」

 

「そっか!」

 

強引に誤魔化すと、アヤメはあっさり納得してくれた。

そのまま練習を続けた。

 

 

 

☆

 

 

 

夜、自室で装備の点検を行う。

 

「特殊ウェアよし、ショットランサーよし、番傘は······もう置いていっていいか。恐らくだけど、カラス君は必ず僕の所へやって来る」

 

ショットランサーにチラリと視線を送って、膝にサポーターを装着する。

 

「今夜は激しい空中戦になるからね······君も存分に頼むよ」

 

ナデナデと強化サポーターを擦る。

 

「明日でゲヘナには帰らなきゃだから、今日で絶対決着をつけよう······」

 

姿見で全身を見る。

前髪を少し、調整した。

 

「うん、完璧な僕だ。さあ、行こう!」

 

 

 

☆

 

 

 

月夜の百鬼夜行を散策する。

 

人気のない廃墟辺りを徘徊していると、上空から気配がした。

 

「ン······来たね」

 

月を背に、ゆっくりと羽ばたきながら、八咫烏が現れた。

 

「やあ、カラス君。昨日ぶりだね。君の事、色々と調べたよ」

 

黒いモヤに包まれた八咫烏の、赤い瞳と目が合う。

 

「君なら僕の前に現れるってことも、分かってたよ。理由? フフ······そうだね」

 

少女が人差し指に口を当てた。

 

「秘密だよ」

 

そしてショットランサーを構え、矛先を向けた。

それに答えるように漆黒の闇が、大きく翼を広げた。

 

 

 

☆

 

 

 

瓦屋根は青白い光を受けて、静かに輝いていた。

 

通りの提灯が疎らに揺れ、夜桜の枝から時折、花びらがひらひらと落ちてくる。

その屋根の上を、一人と一羽が並走していた。

 

ソラハはショットランサーを低く構え、足元の瓦を蹴って加速する。

すぐ横を、黒い翼が音もなく並んでいた。

 

八咫烏はほとんど羽ばたかず、滑空するように高度を保っている。

赤い瞳だけが、月光を映して鋭く光っていた。

 

「昨日は負けちゃったけど······今日は違うからね」

 

ソラハがそう呟いた瞬間、烏の翼が小さく動いた。

 

——来る。

 

真空の刃が、ほとんど予兆もなく飛来する。

ソラハは体をひねり、ランサーの槍先でそれを弾いた。

 

ガキン!ガキン!

 

金属音が夜気に澄んで響き、火花が二、三粒、闇に散る。

 

烏は速度を落とさない。

ソラハの射撃を躱すように、不規則な飛行をする。

 

屋根の端が近づく。

次の家屋との間に、わずかな隙間。

重力操作を切り替えると、ソラハは躊躇なく飛び、着地と同時に再度加速した。

 

烏も同じタイミングで高度を変え、隙間をやすやすと越える。

夜風が少女の青緑の髪を強く流す。

 

遠くで誰かの笑い声がしたが、すぐに風に溶ける。

この高さでは、地上の喧騒はほとんど届かない。

聞こえるのは、自分の足音と、烏の翼が切る空気の音だけだった。

 

再びエアスラッシュ。

今度は時間差のある二連続。

 

ソラハは一歩目を横に滑らせ、二歩目で身を屈める。

刃が頭上をすれすれで通過し、後ろの瓦を浅く削った。

削られた瓦の破片が、カラン、カランと屋根を転がり落ちていく。

 

「······ヨシ、体も慣れてきた」

 

ソラハは息を整えながら、御神木の方向を確認した。

そちらへ誘導するように攻撃を仕掛けていく。

 

「こっちだよっ!カラス君っ!」

 

射撃しながら、さらに速度を上げた。

追いかけるようにして、鳥もついてくる。

夜の百鬼夜行の屋根の上。

二人の影が、長く、静かに並んで伸びていた。

 

 

 

☆

 

 

 

「とうっ!」

 

重力操作を使って大きく跳躍する。

夜気を切る感覚と、着地の衝撃。

 

目的地に降り立った瞬間、夜の御神木は昼間以上に神々しく見えた。

大きな樹冠が月を半ば隠し、下には花びらが銀の絨毯のように積もっている。

 

だが、息をつく暇はなかった。

 

八咫烏がすぐ後ろから急降下してくる。

翼を大きく広げ、黒いモヤをまき散らしながら。

 

「······来るっ!」

 

ソラハは体を横に転がし、エアスラッシュを回避。

削られた花びらが、激しく宙を舞った。

すぐに姿勢を立て直し、ショットランサーを構える。

 

近距離で槍先を繰り出すと、烏は器用に首をひねって避け、翼で叩きつけてきた。

 

バキンッ!

 

ランサーで受け止めるが、衝撃で一歩下がる。

足元の花びらが渦を巻く。

 

「隙がないね······!」

 

今度はこちらから踏み込む。

重力を一瞬強めて鋭く跳躍。

頭上から槍を振り下ろす。

 

烏は翼で防御しつつ、真空の刃を連続で放ってきた。

 

ガキン! ガキン! ガキン!

 

火花が夜を裂く。

ソラハは前進を止めず、槍先とバリアで、刃を防ぎながら距離を詰める。

 

烏も後退せず、まるで試すように応酬を続けていた。

 

赤い瞳が、まっすぐソラハを捉えている。

 

(······後、少し······もう少し······!)

 

息が上がる。

腕に少しずつ疲れが溜まっていくのを感じながらも、ソラハは一歩も引かなかった。

烏が大きく翼を広げ、次の一撃を溜める気配。

 

(今だ······!)

 

ソラハはショットランサーを地面に突き立てると、重力操作のフィールドを展開した。

 

「くらえー!」

 

突風が巻き起こる。

 

積もっていた花びらが一気に舞い上がり、淡いピンクと白の嵐が夜を塗り潰した。

 

烏の赤い瞳が、一瞬、完全に塞がれる。

 

重力操作の出力を限界まで引き上げ、ソラハは跳躍した。

 

 

「必殺——」

 

 

足元から巻き上がる花びらが、螺旋を描いて槍先に収束していく。

青緑の髪が激しく舞い、月光を浴びて銀に輝く。

 

 

「花 吹 雪——————!!」

 

 

ピンク色の突風そのものと化した少女が、一直線に突貫した。

ショットランサーが、烏の左翼を音ごと貫く。

 

バキンッッ!

 

凄まじい破砕音が夜を裂き、古びた部品のようなものがバラリと溢れ出した。

花びらの嵐が、傷口から噴き出す黒いモヤを飲み込み、散っていく。

 

(畳み掛けるっっ!)

 

続けざまに、ランサーそのものを投擲する。

右翼にも深い傷が走った。

 

だが、ソラハの手は空になる。

八咫烏が、低く、唸るような声を上げた。

ビリビリと肌を震わせる殺気が、夜気を震わせる。

 

 

——来る。

 

 

烏が、損傷をものともせず、真っ直ぐに突進してきた。

黒い翼が月光を切り、殺気だけが先に届く。

 

そのとき。

 

宙を舞っていたショットランサーが、不自然な軌道を描いてソラハの手元へ戻ってきた。

物理法則を無視した、緩やかで、しかし確実な動き。

投擲前に仕掛けておいた重力操作が、時間差で発動したのだ。

 

「おかえり」

 

帰還した愛銃を掴む。

 

突進する八咫烏に、ソラハは真っ向から立ち向かった。

 

衝突の瞬間——

 

「おかわりだ!」

 

重力操作で足下の桜を巻き上げ、目眩ましを作る。

そして体を低く沈ませ、前回り受け身で滑り込む。

 

視界を塞がれながらも、突進する八咫烏のすぐ真下を、少女がスレスレでくぐり抜ける。

 

 

「これでドドメだーー!!」

 

 

流れるように体勢を立て直すと、その土手っ腹に、ショットランサーを思い切り突き刺した。

 

——止まった。

 

烏の動きが、完全に止まる。

突き刺した槍が、深々と柄まで埋まったまま、微動だにしない。

 

夜の御神木の下で、黒いモヤが急速に薄れていく。

まるで、長い夜が明けていくように。

 

月光が再び地面を照らし、舞っていた花びらが、一枚、また一枚と、静かに落ちていった。

風のない中で、花びらだけがゆっくりと舞い落ちる。

 

ソラハは息を整え、槍を抜くと、その場に立ち尽くしていた。

 

 

「ハァ······ハァ······やっぱり······」

 

 

モヤが完全に消え、シルエットが露になる。

 

 

「カラクリ人形、だったね······」

 

 

そこに残っていたのは、一羽の鳥の形をしたカラクリだった。

 

翼の骨格は精巧な木と金属で組まれ、関節には古い歯車が覗いている。

顔のあたりに埋め込まれた、小さな水晶。

それが、先ほどまで鋭く光っていた赤い瞳の正体だった。

 

水晶の瞳はもう光を失っている。

それでもソラハは、優しく、労るようにそれを見つめた。

 

夜の御神木の下。

 

散り残った花びらが、静かに二人を包んでいく。

 

ソラハはしばらく、その場を動かなかった。

 

 

 

☆

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

シスターフッドの大型犬ちゃん(作者:ZK)(原作:ブルーアーカイブ)

シスターフッドの長、歌住サクラコ。その側近のマシンガンを得物とするシスターは、シスターフッドの敵となる者を粛清するのだという…▼主人公ちゃん「一マガジンで何もかも一切合切決着します!」▼サクラコ「待ってください!止まって…!……わっぴー!」▼主人公ちゃん「わっぴー!…はっ!?」▼…ていうのを描きたい(願望)▼2026/06/20 1:44▼軌道修正のため4、…


総合評価:597/評価:7.56/連載:9話/更新日時:2026年10月15日(木) 16:58 小説情報

グラサン銀髪美少女になったので暴れまわりたいと思います!(作者:Ponkan27)(原作:ブルーアーカイブ)

これは、オリ主がハチャメチャに暴れまくる話……なはず▼ログアウトかと思って前のアカウント退会しちゃったので最初からやり直しだよ!てへぺろ☆


総合評価:50/評価:-.--/連載:4話/更新日時:2026年10月27日(火) 00:31 小説情報

先生がいないキヴォトスから来た一般生徒(覚悟ガンギマリ)(作者:かまくら御前)(原作:ブルーアーカイブ)

 ▼唐突だった、世界は紫光に包まれ天国は地獄と化した。光に包まれた生徒は我を失い、殺戮の限りを尽くすだけの人形となった。▼1日を超えるため、屍を増やし思いを託されその地獄を生きる。▼大切だった人達はいなくなり、終わらぬ絶望と孤独に苛まれる。何時だったか……心は凍り、生に意味を見いだせなくなる。▼ ▼そして、最後は頭を貫かれて意識は闇に呑まれた……はずだった。…


総合評価:967/評価:8.1/連載:10話/更新日時:2026年07月24日(金) 23:24 小説情報

月は堕ち、日は昇らない(作者:ハイカスカス)(原作:ブルーアーカイブ)

▼ループに身を堕とした少女が、死の神へと縋り続ける話。▼シロコ*テラーの過去を直接見てきたのが1人だけだと寂しすぎるよなってことで殺し愛できる相手を生やしてみた。▼ただし至上命題はシロコ*テラーの抹殺であるものとする。▼良かったね何度でも繰り返せるから何度でもトライアンドエラーができるよ。


総合評価:659/評価:8.41/連載:23話/更新日時:2026年10月28日(水) 07:00 小説情報

元女先生メイのアリウス学生生活!(作者:Ikaloss)(原作:ブルーアーカイブ)

ブルアカの2次創作です。オリ女主人公です!▼はじめは、アリウスメインで書くつもりでいますが、本編開始時点からは、本編の大筋を崩さない程度に、アリウスのみんなとメインストーリーにも参加していくつもりです。▼オリジナルを批判する意図は全くありません。▼文章のレベルも含めて、こういう世界線があってもいいんじゃないか程度に読んでいただけたら嬉しいです。▼あらすじ▼女…


総合評価:31/評価:-.--/連載:9話/更新日時:2026年10月23日(金) 06:00 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>