☆
旅行3日目。
ムクリと体を起こす。
「ン···6時···なんか早くに起きちゃった」
頭を振って眠気を飛ばす。
昨夜は結局お風呂に入らずに寝てしまったせいで、体が少し重い。
「う~ん、ベタベタする······お風呂にチャポンしたい、チャポン······せっかくだし温泉に行こうかな」
軽く身支度を整え、宿の人に近くの温泉を聞き、早速向かう。
外に出ると、町は本格的に動き出す前の静けさに包まれていた。
銭湯に着くと受付を済ませ、露天風呂に足を踏み入れた。
澄んだ空気が肌に触れる。
湯気がゆっくりと立ち上り、遠くの山並みをぼんやりと霞ませていた。
「はふ~、気持ちいい······」
朝風呂特有の、冷たくてきれいな空気に心が落ちつく。
早朝のせいか、湯船に人の気配はほとんどなかった。
ただ、少し離れた場所に一人、白い後ろ姿が見える。
せっかくなので、軽く声をかけてみた。
「こんにちは。朝早いのですね」
振り返った少女は、白髪で色白だった。
銀色の白雪のような瞳が、こちらを見る。
「こんにちは······ちょっとね。部活柄、朝早くて······」
「そうなんですね」
二人はそれ以上深く踏み込まず、湯船に浸かったまま、のんびりとした時間を過ごした。
白髪の少女は目を閉じて、瞑想するように静かに息を整えている。
(なんだか、雪のような人だなぁ······)
そんな風に思いながら、ソラハも空を見上げたり、遠くの屋根を眺めたりした。
「······僕、観光客なんですけど······百鬼夜行の朝は、いいですね。心が落ち着きます」
「そう、なんだ。私にとってはいつもの景色だけど······あなたの様に他所から来た人がそう言うなら、そうかもしれないね」
静かな返事だった。
1つ質問してみる。
「さっき言ってた部活って、朝から動くんですね。大変そう」
「朝の訓練があるからね······それをしないと、1日が始まった気がしないんだ」
「なるほど······それを終えて、ここにいると」
「うん。そうだよ」
(僕にとって、バランスボールトレーニングみたいな物か······今は旅行中だからできてないけど、人それぞれ日課があるんだな)
「意外と大事ですよね、そういうの」
「うん。私の場合、追い付きたい人がいるから······なおさらかな」
少女がどこか遠くを見るような目線を送る。
ソラハも釣られて視線をやる。
そこで、屋根の上に黒いカラスが一羽、止まっているのが見えた。
「······あの、百鬼夜行にカラスに纏わるお話とか、ありますか?」
「······カラス?」
「はい。えっと、例えば三本足の漆黒のカラス、みたいな」
少女は少し間を置いてから、静かに頷いた。
「······うん、あるよ。八咫烏の事だね」
「八咫烏······」
「神の使いとされている存在、だった筈。たしか、八咫烏を奉ってる神社があるから······そこに行けば、色々聞けるかもしれないよ」
「ほうほう······ありがとうございます」
ソラハは興味深そうに頷いた。
湯気の向こうで、少女の白い横顔が穏やかに揺れている。
しばらくして、ソラハは湯船から上がった。
「ありがとうございました、参考になりました」
「それはよかった。観光、楽しんで行ってね」
短く、でも確かに優しい声だった。
「はい。あっ、僕はソラハって言います。ゲヘナから来ました。ご縁があれば、また会いましょうね」
「うん······私の名前はナグサ。いつか、またね」
ソラハがフリフリと手を振ると、ナグサも控えめに返した。
脱衣所に戻りタオルで体を拭き、持参したドライヤーを取り出す。
「·····あっそういえば、お店の人に確認取ってなかった·····すみませーん、持ち込みのドライヤー使ってもいいですかー?」
承諾を貰い、髪を乾かす。
「······よし、一旦帰って、例の神社に行ってみよう」
保湿クリームを塗り終えると、朝の澄んだ空気の中を歩き出した。
☆
「ほうほう······ここだね」
スマホの地図を片手に、ソラハは神社の鳥居をくぐった。
境内は静かだった。
石畳に朝露が残り、足元で小さく光っている。
木々の間を抜ける風が、時折、古い鈴の音を運んでくる。
人の気配はほとんどなく、ただ神聖な空気だけがゆっくりと流れていた。
「······入ろう」
拝殿の前で軽く一礼をしてから、境内を歩き始める。
目に入ったのは、黒い烏を象った銅像だった。
三本の足をしっかり地面に付け、翼を半ば広げた姿。
朝日を受けて、金属の表面が鈍く輝いている。
近くの解説ボードに目を落とす。
『八咫烏は神の使いとされ、古より道を示す存在として語り継がれてきた。
八咫烏に見初められた英雄は、空を飛ぶ力を手にしたと伝えられる。』
「ほうほう······」
小さく頷き、次の像へ足を向けた。
境内の奥、少し高い場所に、印象的な銅像があった。
大きな翼を広げた八咫烏が、一人の人間の背中に寄り添うように止まっている。
人間の方は前を見据え、烏はまるで守護するように羽を広げている。
朝の光が翼の隙間を通り、影を長く伸ばしていた。
その横にある解説を、ソラハはゆっくり読んだ。
『伝承によれば、八咫烏は時に姿を変え、英雄の衣そのものとなったという。
衣に宿った烏の力は、持ち主に空を駆ける力を授けたとされる。』
「衣に······変身、空を飛ぶ······」
少女は銅像を見上げたまま、しばらく動かなかった。
風が通り、木々がさらさらと揺れる。
境内の空気は澄んでいて、どこか懐かしいような、静かな緊張感を孕んでいた。
昨夜、黒いモヤを纏って現れた三本足の烏を思い出す。
赤い瞳が、ショットランサーをじっと見ていたあの感覚。
「······本当に、ただの怪異なのかな」
独り言を低く呟き、ソラハはもう一度、翼を広げた銅像に目をやった。
「オーパーツ反応が強力だったのも気になるなぁ······あのカラス君の、依代になっている物がある筈······」
朝の神社は、答えるように静まり返っているだけだった。
☆
その後ソラハは、百鬼夜行の名所として知られる巨大な桜の木を目指していた。
街のどこからでも見えるため、そこまで迷うことはなかった。
視界が開け、目の前の景色に思わず息を呑む。
「······すごい」
一本の桜が、まるで空を支えるようにそびえ立っている。
幹は何人がかりでも抱えきれないほど太く、枝は広く放射状に広がっていた。
地面には淡いピンクの花びらが一面に敷き詰められ、風が吹くたびに小さく舞っている。
「······流石、百鬼夜行のシンボル、だね。間近だともはや壁かも」
木の下まで歩み寄り、幹に手を添えた。
ざらついた樹皮の感触が、掌に伝わる。
頭上を見上げると、葉の隙間から陽光がこぼれ、地面にまだらな影を落としていた。
しばらくその場に立ち尽くしていると、急に風の音が変わった。
「······ん?」
次の瞬間、突風が吹き抜けた。
地面に積もっていた花びらが一気に巻き上げられる。
淡いピンクの嵐が、ソラハの全身を包み込んだ。
「うわっ、ちょっ、見えない······!」
視界が完全に白とピンクに染まる。
花びらが頰を叩き、髪に絡み、服の隙間にまで入り込んでくる。
風の音だけが耳に残り、周囲の景色がすべて消えた。
「ふふっ······これ、戦闘中だと一大事だね」
苦笑い混じりに呟きながら、ソラハは両手で顔の前の花びらを払った。
改めて木を見上げる。
さっきまでの静けさが嘘のように、今はほんの少しだけ葉が揺れているだけだった。
そこで、背後から声を掛けられた。
「やあ、堪能してるみたいだね、ソラハ」
「?」
振り返ると、金髪の少女が立っていた。
七稜アヤメだった。
「ン······アヤメさん、こんにちは。僕です」
アヤメは軽く手を振りながら近づいてくる。
ソラハの肩や髪に残っていた花びらを、指先でそっと払ってくれた。
「ふふっ、けっこう付いてるね。この桜の木には神様がいてね。樹の上の方から、私たちをそっと見守ってくれてるんだよ」
ソラハは釣られるように、頭上の枝葉を見上げた。
「桜の······神様······」
昼の光が葉の隙間からこぼれ、まるで何かがそこにいるかのように揺れている。
「せっかくだから、なにか願っていきなよ」
アヤメがそう言うと、ソラハは小さく頷き、静かに手を組んだ。
(昨夜の八咫烏······なんとか攻略したいです。挑戦する僕を、どうか応援していてください)
目を開けると、アヤメが穏やかな笑みでこちらを見ていた。
ふと、アヤメの戦闘を思い出す。
流れるような動き、無駄のない立ち回り。
あの技術を、もう少し間近で見てみたい——そう思った。
「あの······アヤメさんの稽古、僕も見学してもいいですか?」
アヤメは人懐っこい笑顔で、すぐに答えた。
「いいよ。ちょうどこれからやるところだったし、歓迎するよ」
☆
外の訓練場には、すでに四方向に的が置かれていた。
アヤメは軽く肩を回し、ボルトアクション式のライフルを構える。
「じゃあ、やってみるね。百花繚乱式は、敵の射線を読んで、その隙間を縫うように動くのが基本なんだ」
ソラハは少し離れた位置から、息を潜めて見守った。
次の瞬間、アヤメの体が動いた。
正面の的がわずかに揺れたのを察知したように、一歩横へ滑る。
その場で銃口を右へ向け、正確に引き金を引く。
——的の中心に弾が食い込む。
すぐに体をひねり、脇の下から反対側の的へ銃口を向ける。
左の的が弾ける音がした。
「後ろも来る前提で動くからね」
アヤメは四分の一回転すると、銃をそのものを投擲。
回転する銃が、背後の的を正確に破壊。
的が倒れる音と同時に、アヤメは軽やかに宙へ舞い上がった。
空中で銃を受け止め、逆さまの姿勢のまま正面の的へ向けて引き金を引く。
着地したときには、すでに四方向すべての的が撃ち抜かれていた。
「······すごい」
ソラハは思わず声を漏らした。
流れるような動き。
一瞬の判断と、それを正確に実行する体の使い方。
アヤメは銃を肩に担ぎ直し、息を整えることもなくこちらを向いた。
「どう? 百花繚乱式の基本の動きだよ」
ソラハはまだ、その光景を目に焼き付けたまま、小さく頷くことしかできなかった。
(武器の投擲からの、スムーズな回収。そして攻撃······なかなかできるものではないね······けど、あの動きが僕にもできれば······)
脳内で八咫烏との戦闘をイメージする。
そこで、アヤメから提案を受ける。
「せっかくだし、なにか稽古をつけてあげようか」
「っお願いします!」
承諾するとアヤメに道場へ案内され、胴着に着替えさせられる。
「あの······アヤメさん? これはいったい······」
「この間の戦闘を見ててね。ソラハには受け身を教えたくなったんだ。まず私がするから、見ててね」
アヤメは立った状態からしゃがみ、後ろへ倒れ込んで畳を叩いた。
「やってみて」
「えっと······こう、ですか?」
ソラハも同じように体を沈めて、後ろへ倒れる。
ペシン。
畳を叩く音が小さく響いた。
「そうそう、それが基礎だよ。続けようか」
「は、はい」
こんな単純な動きでいいのだろうか、と思いながらも、ソラハは繰り返した。
「よし、次は前回り受け身ね。でんぐり返しに近いけど、もっと専門的な動きになるよ」
アヤメは右膝をつき、右手を前、左手を後ろに置く。
「三角形を作るのが基本。前に出した腕を中に入れて——」
右手を懐に入れたまま、アヤメが滑らかに前へ回転する。
畳を叩く音が、きれいに響いた。
「腕の側面を使って体を回転させる感じ。やってみて」
「ハイ、よいしょ······」
ソラハは前へ転がったが、体が横に流れてしまう。
「うぅ······なんか、へにゃっちゃった······」
「回るとき体が横になってるね。腕に沿わせるのを意識して。少し勢いをつけてみるといいよ」
「ハイ······なるほど、腕に沿わせる······」
右手と右膝をつき、左手を真ん中に置く。
(三角形······三角形······)
右腕に沿わせるように体を流し、勢いをつけた。
ゴロン、べシン!
「おお、いい感じだよ! 次は左手でもやってみようか」
「は、はい!」
何度か繰り返すうちに、動きが少しずつ滑らかになっていく。
「よし、最後に戦闘を意識した形を教えるね」
アヤメは数歩下がると、そのまま走り出し、前へ飛び込むように前回り受け身を取った。
音と同時に、流れるように体を起こしている。
「緊急回避からの体勢作り。衝撃を殺しつつ、すぐに次の行動に移れる動きだよ」
「勢いをつければ、そのまま起き上がれるんですね」
「そうだよ! 分かってきたね」
ソラハも真似をする。
(とうっ!)
バッ、グルン、バシン!
気がつくと、自然と体が起き上がっていた。
「おぉ······今まではゴロンしたまま終わってたのに······」
「走って勢いをつけたからね」
「なるほど······」
「武器を持ったままやると、起き上がってすぐに射撃に移れるようになるよ」
「ほうほう、ではハンドガンを持ったままやってみます」
「うん、いいよ。ん······この間の槍みたいなのは持ってきてないんだ?」
「えっと······アレはちょっと、機密的にあまり持ち出せなくて、なんです! えっへん!」
「そっか!」
強引に誤魔化すと、アヤメはあっさり納得してくれた。
そのまま練習を続けた。
☆
夜、自室で装備の点検を行う。
「特殊ウェアよし、ショットランサーよし、番傘は······もう置いていっていいか。恐らくだけど、カラス君は必ず僕の所へやって来る」
ショットランサーにチラリと視線を送って、膝にサポーターを装着する。
「今夜は激しい空中戦になるからね······君も存分に頼むよ」
ナデナデと強化サポーターを擦る。
「明日でゲヘナには帰らなきゃだから、今日で絶対決着をつけよう······」
姿見で全身を見る。
前髪を少し、調整した。
「うん、完璧な僕だ。さあ、行こう!」
☆
月夜の百鬼夜行を散策する。
人気のない廃墟辺りを徘徊していると、上空から気配がした。
「ン······来たね」
月を背に、ゆっくりと羽ばたきながら、八咫烏が現れた。
「やあ、カラス君。昨日ぶりだね。君の事、色々と調べたよ」
黒いモヤに包まれた八咫烏の、赤い瞳と目が合う。
「君なら僕の前に現れるってことも、分かってたよ。理由? フフ······そうだね」
少女が人差し指に口を当てた。
「秘密だよ」
そしてショットランサーを構え、矛先を向けた。
それに答えるように漆黒の闇が、大きく翼を広げた。
☆
瓦屋根は青白い光を受けて、静かに輝いていた。
通りの提灯が疎らに揺れ、夜桜の枝から時折、花びらがひらひらと落ちてくる。
その屋根の上を、一人と一羽が並走していた。
ソラハはショットランサーを低く構え、足元の瓦を蹴って加速する。
すぐ横を、黒い翼が音もなく並んでいた。
八咫烏はほとんど羽ばたかず、滑空するように高度を保っている。
赤い瞳だけが、月光を映して鋭く光っていた。
「昨日は負けちゃったけど······今日は違うからね」
ソラハがそう呟いた瞬間、烏の翼が小さく動いた。
——来る。
真空の刃が、ほとんど予兆もなく飛来する。
ソラハは体をひねり、ランサーの槍先でそれを弾いた。
ガキン!ガキン!
金属音が夜気に澄んで響き、火花が二、三粒、闇に散る。
烏は速度を落とさない。
ソラハの射撃を躱すように、不規則な飛行をする。
屋根の端が近づく。
次の家屋との間に、わずかな隙間。
重力操作を切り替えると、ソラハは躊躇なく飛び、着地と同時に再度加速した。
烏も同じタイミングで高度を変え、隙間をやすやすと越える。
夜風が少女の青緑の髪を強く流す。
遠くで誰かの笑い声がしたが、すぐに風に溶ける。
この高さでは、地上の喧騒はほとんど届かない。
聞こえるのは、自分の足音と、烏の翼が切る空気の音だけだった。
再びエアスラッシュ。
今度は時間差のある二連続。
ソラハは一歩目を横に滑らせ、二歩目で身を屈める。
刃が頭上をすれすれで通過し、後ろの瓦を浅く削った。
削られた瓦の破片が、カラン、カランと屋根を転がり落ちていく。
「······ヨシ、体も慣れてきた」
ソラハは息を整えながら、御神木の方向を確認した。
そちらへ誘導するように攻撃を仕掛けていく。
「こっちだよっ!カラス君っ!」
射撃しながら、さらに速度を上げた。
追いかけるようにして、鳥もついてくる。
夜の百鬼夜行の屋根の上。
二人の影が、長く、静かに並んで伸びていた。
☆
「とうっ!」
重力操作を使って大きく跳躍する。
夜気を切る感覚と、着地の衝撃。
目的地に降り立った瞬間、夜の御神木は昼間以上に神々しく見えた。
大きな樹冠が月を半ば隠し、下には花びらが銀の絨毯のように積もっている。
だが、息をつく暇はなかった。
八咫烏がすぐ後ろから急降下してくる。
翼を大きく広げ、黒いモヤをまき散らしながら。
「······来るっ!」
ソラハは体を横に転がし、エアスラッシュを回避。
削られた花びらが、激しく宙を舞った。
すぐに姿勢を立て直し、ショットランサーを構える。
近距離で槍先を繰り出すと、烏は器用に首をひねって避け、翼で叩きつけてきた。
バキンッ!
ランサーで受け止めるが、衝撃で一歩下がる。
足元の花びらが渦を巻く。
「隙がないね······!」
今度はこちらから踏み込む。
重力を一瞬強めて鋭く跳躍。
頭上から槍を振り下ろす。
烏は翼で防御しつつ、真空の刃を連続で放ってきた。
ガキン! ガキン! ガキン!
火花が夜を裂く。
ソラハは前進を止めず、槍先とバリアで、刃を防ぎながら距離を詰める。
烏も後退せず、まるで試すように応酬を続けていた。
赤い瞳が、まっすぐソラハを捉えている。
(······後、少し······もう少し······!)
息が上がる。
腕に少しずつ疲れが溜まっていくのを感じながらも、ソラハは一歩も引かなかった。
烏が大きく翼を広げ、次の一撃を溜める気配。
(今だ······!)
ソラハはショットランサーを地面に突き立てると、重力操作のフィールドを展開した。
「くらえー!」
突風が巻き起こる。
積もっていた花びらが一気に舞い上がり、淡いピンクと白の嵐が夜を塗り潰した。
烏の赤い瞳が、一瞬、完全に塞がれる。
重力操作の出力を限界まで引き上げ、ソラハは跳躍した。
「必殺——」
足元から巻き上がる花びらが、螺旋を描いて槍先に収束していく。
青緑の髪が激しく舞い、月光を浴びて銀に輝く。
「花 吹 雪——————!!」
ピンク色の突風そのものと化した少女が、一直線に突貫した。
ショットランサーが、烏の左翼を音ごと貫く。
バキンッッ!
凄まじい破砕音が夜を裂き、古びた部品のようなものがバラリと溢れ出した。
花びらの嵐が、傷口から噴き出す黒いモヤを飲み込み、散っていく。
(畳み掛けるっっ!)
続けざまに、ランサーそのものを投擲する。
右翼にも深い傷が走った。
だが、ソラハの手は空になる。
八咫烏が、低く、唸るような声を上げた。
ビリビリと肌を震わせる殺気が、夜気を震わせる。
——来る。
烏が、損傷をものともせず、真っ直ぐに突進してきた。
黒い翼が月光を切り、殺気だけが先に届く。
そのとき。
宙を舞っていたショットランサーが、不自然な軌道を描いてソラハの手元へ戻ってきた。
物理法則を無視した、緩やかで、しかし確実な動き。
投擲前に仕掛けておいた重力操作が、時間差で発動したのだ。
「おかえり」
帰還した愛銃を掴む。
突進する八咫烏に、ソラハは真っ向から立ち向かった。
衝突の瞬間——
「おかわりだ!」
重力操作で足下の桜を巻き上げ、目眩ましを作る。
そして体を低く沈ませ、前回り受け身で滑り込む。
視界を塞がれながらも、突進する八咫烏のすぐ真下を、少女がスレスレでくぐり抜ける。
「これでドドメだーー!!」
流れるように体勢を立て直すと、その土手っ腹に、ショットランサーを思い切り突き刺した。
——止まった。
烏の動きが、完全に止まる。
突き刺した槍が、深々と柄まで埋まったまま、微動だにしない。
夜の御神木の下で、黒いモヤが急速に薄れていく。
まるで、長い夜が明けていくように。
月光が再び地面を照らし、舞っていた花びらが、一枚、また一枚と、静かに落ちていった。
風のない中で、花びらだけがゆっくりと舞い落ちる。
ソラハは息を整え、槍を抜くと、その場に立ち尽くしていた。
「ハァ······ハァ······やっぱり······」
モヤが完全に消え、シルエットが露になる。
「カラクリ人形、だったね······」
そこに残っていたのは、一羽の鳥の形をしたカラクリだった。
翼の骨格は精巧な木と金属で組まれ、関節には古い歯車が覗いている。
顔のあたりに埋め込まれた、小さな水晶。
それが、先ほどまで鋭く光っていた赤い瞳の正体だった。
水晶の瞳はもう光を失っている。
それでもソラハは、優しく、労るようにそれを見つめた。
夜の御神木の下。
散り残った花びらが、静かに二人を包んでいく。
ソラハはしばらく、その場を動かなかった。
☆