PM6:30
「ふぬぬ……!ふんっ…!」
青緑色の、ミディアムロングの髪の少女が、自室でストレッチを行っていた。
「はぁ…はぁ……ふんっ……!」
マット上で横になり、足先でバランスボールを持ち上げ、そのまま上げ下げを繰り返す。
「…くっ!ん…!もう、むりぃい……!」
すみれ色の瞳が歪むと、足が勢いよく離れる。
落下したバランスボールがボヨンボヨンと転がる。
「ん……!この僕が余裕を持って起きて、ストレッチに励むなんて…!」
ソラハはそれを回収し、上に股がる。
「っん…!以前の僕の生活では考えられないね…!……ふわっ!」
バランスを崩し、その流れで床に転がる。
「……………はぁ……でも、なんか体を鍛えるのって気持ちいいな……」
立ち上がり、ボールを椅子代わりにするとスマホを開く。
「今のバイトもなんか飽きちゃったし…新しいのでも探そうかな」
足を地に付けたまま、ふよふよと時たま体を動かす。
バランスボールの優れている所は、そんな使い方でも体幹を鍛える事ができる点だった。
「なるべく、ピアス着用OKのやつがいいなー。今の飲食だと毎回外さなきゃだし」
せっかく開けたピアス穴も、日常的に付けてないと自然と塞がる。
「へぇー、連邦生徒会の開発部のテスターね。発明品の運用の手伝いか……」
タップして詳細を見ると、面接場所がD.U市街区のカフェであることがわかる。
(お店に入るって事は注文が必須なのだから、コーヒーを奢って貰えるって事…?)
15才の少女の動機なんてそんなものであり、それだけで応募フォーマットに、自身の情報を入力してしまうのである。
「(ハ バ コ ソ ラ ハ っと)」
所属してる学園、身長、体重、種族等の生体情報も記入していく。
「(タダでコーヒー、タダでコーヒー)」
バイトの詳細も深掘りせず、頭の中はそれでいっぱいだった。
⭐
昼休み。
灰色の壁に、紫のカーペットが特徴のゲヘナ学園の教室。
その日の授業を終えたイオリは、いつものように、隣にいるソラハと昼食をとろうとする。
「イオリー、さっきの公式覚えるのめんどいねー」
ソラハが当然のように椅子を動かし、イオリの机に集まる。
「さっきのな。今度の試験にも備えてぼちぼち準備しないとだな」
「あーイヤだねー、カフェオレカフェオレ」
ソラハが鞄からもぞもぞと、パック飲料やカレーパンを取り出すと、イオリも焼きそばパンや水筒を並べる。
「ん?ソラハ、今日はピアス付けてないんだな」
「この間くらいから、だよ。バイトで外してて、油断してたら穴塞いじゃった」
「そっか、まあそういうの厳しい所もあるよな」
「うん。それで僕、新しいバイト先探してて、応募したんだよね」
「へー、どんなだ」
イオリは焼きそばパンを齧りながら、適当に質問すると、「実験の協力」なんて返ってきたから、思わず目を細めた。
「ソラハ…それなんか変な実験に付き合わされたりしないか…?」
「うーん…どうだろ。連邦生徒会さんのとこだから、そんなヤバい事はないと思うけどね」
さほど気にしてなさそうに、カレーパンをモグモグするソラハに、イオリは心配になった。
「あんまり変なバイトに関わるなよ。最悪、私らが取り締まりする羽目になるからな」
「ん、わかってるよ、風 紀 委 員 さん。迷惑かかるような事しないって」
ソラハがウインクしながら、そう返してきたので、なんだかムカついたイオリは、その脇腹をつつく。
「やめ、やめて、やめて」
「うりゃ。うりゃ。この規則違反者め」
青緑の髪がくすぐったそうに揺れる。
「まだやってないから。危ない実験やってないから」
「ホントか?ホントに健全な実験か?」
「健全だよ、たぶん健全だよ」
ソラハが雑に返事をするので、まだ追及したくなったが、止める。
「そもそも僕、まだ面接まで選考進んでないからねー」
それはそうだなと、イオリは相槌しながら、食べ終えたパンの包みを折る。
ソラハもカレーパンを食べ終え、今度はメロンパンを取り出す。イオリもサンドイッチを出した。
「でもイオリもさ、大変だよね。」
「風紀委員のことか?」
うん、とソラハがメロンパンを頬張る。
「毎日活動あってさ。訓練も厳しそうだし」
「んー、まあ実際大変だよ。でも手当ても結構でるし…それにこの仕事、私、気に入ってるから」
4切れあるミックスサンドに手を出す。
「ほん、なるほど。悪党をしばくのが好きと」
からかうように、目を細めながらストローに口をつけるソラハ。
「治安維持活動だ。その言い方だと、なんだか私が戦闘狂みたいじゃんか」
ハムやら、レタスやらカツやらが入ったそれを、平らげてくイオリ。
「そだね。でもイオリさあ、体動かすの、好きでしょ」
イオリの水筒、アスリートが愛用してそうなそれを、ソラハがカンカンと指でつつく。
「まあ実際好きだしな、それで町の安寧も図れるなら十分だ」
「へえ、まるでヒーローみたいだ。カッコいいね、イオリは」
なんて微笑みながら、ソラハがぬかした。
イオリはその生意気そうな頬っぺをつついて、残りのサンドイッチを食べた。
⭐
昼休憩も終え、周囲の生徒達も所属先やバイト先などへ、移動を始める。
「じゃあソラハ、私は風紀委員会だから」
「うん、ばいばいイオリ。またね」
ごそごそと、委員会の制服の帽子を被るイオリに、ソラハは手を振って見送った。
「(今日はバイトもないし…なんか暇だな)」
教室の端っこで、頬杖をつきながらスマホを眺める。
「(バイト先の面接会場…D.U区内。あんまり行ったことないから、下見にでもいくべきかな)」
「ねえねえ君、もしかして暇してる?あたしたちとトランプやらない?」
不意に話しかけられ、意識を向ける。
ピンク色のウェーブ髪に、ぱっちりとした睫毛の生徒が立っていた。
「あたし、キララ!友だちとトランプしてるんだけど、もう1人欲しくて、声掛けちゃった!」
キララはしゃがんで、座してるソラハと目線の高さを合わせる。
「良かったら貴方も一緒にやらない?」
彼女の手がソラハの机に乗る。キラキラとした、綺麗なネイルが印象的だった。
「へートランプね、いいよ、僕も混ざろう」
「やった!エリカちゃん!今日は3人でできるよ!」
キララが後ろの白髪のショートヘアの生徒に話しかける。
「ごめんね、キララちゃんがいきなり押し掛けちゃって」
豹柄にカスタムされた銃を肩に掛けた、少し背が高めの少女が、申し訳なさそうに言う。
「いいよ、僕もちょうど暇してたし」
近くでゴソゴソと、キララが空いてる椅子を引っ張って来ている。
「そっか、それじゃあよろしくね。私、エリカ。君は?」
エリカの分も用意すると、3人で向かい合うように机に集まる。
「ん、僕はソラハ。葉箱ソラハだよ」
「へー可愛い名前だね!」
「ふふっ、ありがとう。キララちゃんの名も、君らしくて素敵だと思うよ」
その横で、淡々とカードをシャッフルしてたエリカが、最初はババ抜きでいい?と言うので相槌を打つ。
「ねえソラハちゃん、あたし、今パンケーキにはまってるんだけど、いいお店知らない?」
エリカがカードを配ってくれるので、ありがと、と返しながら手札を整える。
「ふふっ。パンケーキか、いいね。美味しいよね」
オススメの喫茶店を知ってるから、教えてあげようと返す。
「えっマジ!やった」
嬉しそうに笑うキララへ、ただし、と前置きを入れる。
隣のエリカが察したようにニヤリと笑った。
「この僕に勝てたら、ね」
じゃらっと手札を扇に見立て、ソラハは口元を隠した。
それがゲームスタートの合図となった。
⭐
「あがりっ」
「うぅ…」
ジョーカーを手元に残され、青緑の頭が苦しげに揺れた。
「いえーい、エリカちゃん勝ったよ~」
「はい、おめでとうキララちゃん」
一足先にあがっていたエリカから、キララはアソートチョコの1つを受け取り、期限良さげに口元で転がす。
「くっ…僕が負けた…!」
ソラハも倣ってエリカから貰い、口内で溶かす。
引いたのはビターチョコだった。
ほろ苦い。
エリカが慣れた手つきでカードを混ぜながら、次のゲームの提案をする。
「次はダウトでもやろうか」
「乗った。僕、それ、強いから」
⭐
「えっまって、僕の計算と合わないんだけど!誰か初手から嘘ついてたでしょ!」
「フフ、どうかな~。そういうソラハさんが、開幕から嘘ついてた可能性もあるよね」
「ええっと、あたしの手札にこれが4枚あるから…あっソラハちゃん、ダウト!」
「ふえぇぇ」
⭐
そしていくつかゲームを続け…
「フフ、今度は僕の勝ちだ」
「うーん負けちゃった」
エリカが残念そうに手札を開示する。
やっとこさ勝てて、ソラハは上機嫌だった。
「よし、今度は僕がシャッフルしよう」
次のゲームは何にしようかとエリカと相談してると、キララが思い出したように言った。
「あっまって、まって。そう言えばソラハちゃんからパンケーキの情報貰ってないよ~」
「あっ忘れてた…」
「最初のババ抜きから熱中し過ぎて、忘れてたね」
「もともとその時点で、僕がさっさと教えるべきだったね、ごめんごめん」
ソラハがスマホでポチポチと検索をかけ、詳細を見せる。
「ここだよ、ちょっとお値段するけど、生地がサクサクしてて美味しいんだ」
へーと横から2人が覗き込む。
「そしてなによりも、カフェオレがウマイ」
自慢げに付け加えるソラハ。
「ソラハさんは、コーヒーが好きなんだね」
「お洒落な喫茶店いっぱい知ってそうだねー!それならモモトーク、交換するしかないっしょ!」
ピンク色のスマホを差し出すキララ。
「いいね、交換しようか」
ソラハも取り出し、エリカとも顔を合わせた。
登録が終わると、ソラハの画面に2人からヨロシクのスタンプが表示される。
キララからはゆるキャラのスタンプ。
エリカからは、なんだかシュールなキャラのスタンプだった。
「ほうほう」
二人の趣味が反映されたそれらに相槌を打つソラハ。
それに倣うように送り返した。
「エリカちゃん、なにその手足の長いキャラのスタンプ。笑っちゃうんだけど」
「ふふっこれウケるよね、こんなのもあるよ」
ソラハの画面に、「お疲れ様です」を添えて、ソイツがクネクネした動きをするものが投下される。
「ンフフフフフフ」
ツボにはまって青緑の頭が揺れる。
「アハハ!ソラハちゃん大ウケじゃん!」
「だって、だって」
そんな風にして、しばらく3人の少女たちは戯れた。
新しく友だちができた感触に、ソラハは気持ちよさを感じていた。
⭐
スタンプ合戦も終わって、またババ抜きをやっていた。
パラリ、パラリとカードがテーブルに滑る。
「ソラハちゃんは、部活はやってないの?」
キララが訊ねる。
「帰宅部だよ。基本は空いた時間でバイトしてるね」
「そーなんだ。あたし達と一緒だね」
「あっでも僕の友だちに、風紀委員の子がいてね。変なバイトしてたら、その子にしょっぴかれちゃっかも」
ソラハがエリカにカードを差し出す。エリカがすっと引き抜き、話に食いつく。
「へー風紀委員さんか。訓練とか治安維持とか、色々大変そうだよね」
「うん、僕もそう思うよ、実際忙しそうだし。でも彼女、運動神経いいから。きっと向いてるんだと思う」
「自分に適正のある仕事…天職ってやつだね。私たちも見つけたいね、キララちゃん」
「天職?んーあたしはあんま考えた事なかったなー。でも仕事を楽しめるって大事だよね!」
エリカのカードを元気よく引き抜くキララ。
キララの発言にソラハは考え込む。
「(仕事を楽しむか…そういえばあんまり意識した事なかったな…今のバイトにそういう感情はないし。もし今度の新しいバイトに、そういう感情を抱ければ、僕もなにか変わるのかな)」
思案するソラハに、キララはカードをつき出す。
「ソラハちゃーん、ソラハちゃんの番だよー」
「あっごめん」
慌ててキララのカードを適当に引き抜く。
ジョーカーを引いてしまった。
「………」
ハンドをシャッフルし、ばっとエリカにつき出す。
おそらく、その動作で見抜いたであろうエリカが、微笑みながらカードを抜く。
「ソラハさん、わりと顔に出るよね」
「……えっ」
⭐
その後も遊び続け、いい頃合いになったので解散する事にした。
「(なんか最終的に、4件ぐらい喫茶店の情報を吐かされたような気がするが、きっと僕の気のせいだろう)」
「じゃあソラハさん、また今度ね」
「バイバーイ!ソラハちゃん、また遊ぼうねー!」
「うん、バイバイ!」
2人に手を振りながら、ソラハは帰路に着いた。
⭐
夕食やお風呂を済ませ、あとは習慣化したストレッチの時間だった。
バランスボールに乗りながら、ソラハは思考の海に沈んだ。
「(今日は楽しかったな…新しい友だちもできたし、今度カフェに行く約束もしちゃった)」
ふよふよとバランスを取りながら、思考を続ける。
「(天職…今のバイトを決めた理由は、なんか通いやすいからだったっけ…別に拘りがあるわけでもないな)」
「(僕にとって拘り、好きな事は…)」
脳内にカフェオレや、パンが浮かぶ。
「(うん…これは間違いなく好きな物だ。でももっと奥深く…僕が一番、幸福だと感じること…)」
浮かんだのは友人達の笑顔。
イオリとカフェに行った情景や、キララ、エリカと遊んだ情景。
「(間違いない、これだ。大切な人達との時間…それが僕にとって一番幸福な事なんだ)」
思考がまとまり、脳内がすっきりとした感覚になる。
「(この気持ちを、どう仕事に生かせるかはまだ分からない。でもいつか、そうなれる日が来るといいな)」
丁度ストレッチも終え、明日の準備を終えると、ソラハは就寝に着いた。
「いつか…いつか…」
そう呟きながら、少女は瞼を閉じた。