午後3時
授業を終えたソラハは、その足でD.Uへと向かっていた。
昨日、件のバイト先から届いたメールを思い返す。
「(面接と言っても形ばかりで、談笑するつもりで来てください...か、気楽なのはいいけど、不思議な感じだな)」
電車を降り、高層ビルが立ち並ぶ街中を歩く。
マップに記された喫茶店の入口で顔合わせらしい。
「(まあいいや、カフェでなんか頼んでいいらしいし、ご相伴に預かっちゃお)」
目的地に近付くと、近くにおおきな自然公園が見えた。
さながら都会のアオシス。
その付近にある喫茶店が目的地だった。
「店名が喫茶、ヘルツのクジラか。」
ガラス張りから、白い壁の明るい店内が見える。
隠れ家というよりは、今風のオシャレなカフェといったところだ。
へー、と眺めてると、背後から声を掛けられる。
「こんにちは、葉箱ソラハですね?連邦生徒会、開発部のものです」
振り替えると、白衣の女子生徒がいた。
くっきりとした水色の髪を、おさげの3つ編みにし、赤色の眼鏡を掛けていた。
まさに開発職と言ったような風貌。
「はい、面接に来たハバコソラハです。」
「お待たせしましたね、早速中でお話しましょうか」
水色髪の少女がドアを開け、ソラハを案内する。
珈琲を焙煎した心地よい香りが店内に広がっている。
木製のカウンターには、焼き色の綺麗なパンが並んでいた。
「うわっ...美味しそう...」
「お好きなの選んでいいですよ」
隣の少女がトレイを取り、魅惑的な提案をしたので、ソラハは本能のままに、チョコデニッシュを乗せて貰った。
「ありがとうございますっ」
「いえいえ!」
少女もホットドックを取り、レジに向かう。
「私はアイスのカフェオレで、ソラハさんはお飲みものなにがいいですか?」
僕もカフェオレで、と返し2人で席についた。
「自己紹介が遅れましたね。私、アロヨンと申します。今日は私といくつかお話をさせて貰って...あっ食べていいですよ。私も頂きます」
パリパリとしたデニッシュの食感を楽しみながら、ソラハは質問する。
「もぐもぐ.....アロヨンさんは、開発部の部長さんなんですか?」
「はい、そんなものです。主に武器や新素材の開発をしています。そこでテスターが必要なので、その協力をして頂こうかと」
「他に部員はいないんですか?」
「ちょっと訳あって人手が居なくて...」
少女が誤魔化すように斜めに視線をやる。
事情があるんだなと感じ、ソラハはカフェオレに口をつけた。
「僕で良ければ、力になりますよ。ここのコーヒー美味しいですし」
「ありがとうございます、ソラハさんは部活は無所属で間違いないですね?」
そこからいくつかの質問を交換し、談笑した。
ソラハのゲヘナ学園での日常とか、趣味とか、ルーティーンとか、そんなものだった。
「ソラハさんは...連邦生徒会長の事はご存知ですか?」
「あー、あんまりですね。なんか敏腕の人だって事くらい」
「そうですか...この部も実は、会長の直属のものでして。色々と秘密裏の部活なんですよ」
「へー、それで人手がいないんですか」
「ええ、そんな感じです。仮にソラハさんに協力して貰う場合、情報の秘匿をお願いすることになります...」
アロヨンの顔つきから、これが一番重要な質問なんだなと思ったので、ソラハは快く返事した。
「はい、大丈夫ですよ。僕、口は固い方なので」
「ありがとうございます、では面接は以上です」
アロヨンがカップに残っていた最後の1滴を飲み干す。
「結果は合格です。今からラボに来てほしいのですが...お時間、大丈夫ですか?」
「はい、いいですけど..この近くですか」
アロヨンはその質問を待ってましたと言わんばかりに微笑むと、人差し指を口に当てた。
「この下に、あります。付いてきてください」
☆
店の奥へと案内され、扉を開けるとエレベーターが見えた。
「ここから地下のラボへと移動します」
パスワードを入力し乗り込む。
「(なんだか、スパイ物みたいだな)」
「どうですか、ソラハさん?こういうの、なんだかテンション上がりません?」
「えっそうですね、いい感じですね」
「でしょでしょ!作った甲斐がありましたよ」
「えっアロヨンさんがここに作ったんですか?」
「あっ、まあ半々みたいな感じですねー」
半々みたいな感じか、なら半々なんだろうなとソラハはぼんやりと考えた。
到着し中に進むと、アロヨンが認証装置に手をかざした。
自動ドアが開く。
「ようこそ、ソラハさん。ここが我々の研究室です」
白い空間には様々な、装備が置かれていた。
製造用3Dプリンターやパソコン、扉を隔てたさらに奥には戦闘場が見えた。
「おぉ...スゴい」
「ここで開発した装備を、奥の実験場でテストしてデータ収集をします...早速ですが、こちらを試して貰います」
アロヨンから傘を渡される。
「これは...傘の先端に銃口?」
「パラソルショットガンです。展開することでバリアも出せます」
「へー防御もできるんだ」
「はい。銃とシールド、2つの特性を併せ持つ複合兵装です!ソラハさんの戦闘能力も測りたいので、一旦これで訓練用ロボットと戦闘してもらいます」
「了解です。見せてあげますよ、僕の戦闘を」
「....あの、あんまり無理はなさらないでくださいね?」
「...もしかして、僕の実力、ある程度知ってます?」
「大まかにですが、調査はしてあるので...」
「流石は連邦生徒会ですね。けど僕だって日々特訓してます、昨日の僕とは別人ですよ」
胸を張って言うそれは、大袈裟な表現だった。
だが、日夜のストレッチのお陰か、ソラハは以前よりも身体能力の向上を感じてた。
成果を見るいい機会だ。
「...!はい、期待してますよ、ソラハさん」
アロヨンが奥へ案内し、健闘を祈る。
パラソルの持ち手をくるりと遊ばせ、ソラハは戦闘場に入った。
☆
灰色の強化壁に囲まれたフィールド。
大小のビル風のオブジェクトが連なっており、小規模な市街地を連想させた。
建物の隙間から、白い立方体に手足が生えたロボットが現れる。
「えいやっ!」
襲いかかるそれらに、散弾が炸裂した。
目をバッテンにしてロボットが次々と倒れていく
「ン...!この僕がいい感じに命中させてる!」
散弾を発射するショットガンの利点は、なんとなく当たる、が発生する事だった。
そのため、ソラハの様な射撃音痴には、ぴったりな武器種である。
「(ショットガン...!正直、以前の僕だと反動の大きい武器は敬遠してたけど...!)」
キヴォトスで育った人間は、その過程で様々な銃を使用し自分に合った物を選ぶ。
当然、その中には苦手意識の強い物もある。
「(けど、今の僕は違う。体幹を鍛えた効果が出てる)」
ストックを肩にがっちり固定、今度は左の物陰から出現した個体を狩る。
「(おそらく、これの性能がいいのも起因してると思うけど...それでも、扱えてる...!)」
アロヨンの開発した銃は、頑丈さと軽量を併せ持つ特殊素材が使われており、反動も最小限。
曰く、女児でも振り回せる代物、らしい。
インカムから彼女の声が聴こえた。
『いい感じですね、ソラハさん。ここからロボットのレベルも上がりますよ、バリア機能も試してみてください!』
りょーかいです、と返し傘を前へ向けて開いてみる。
薄青色のシールドが展開され、暫くすると消滅した。
アロヨンからの事前の説明を思い出す。
『バリアの仕組みは、傘の表面にエネルギーの膜が貼られていて、開く際の衝撃で放出というものです。なので展開後はすぐに傘を閉じて貰って大丈夫です』
「...持続時間は短いから、すぐ次の行動に移らないと」
立方体の敵の色が白から黒に変わる。
いかにも厳つそうだ。
「ッ!」
物陰から踊り出て、そいつらを狙う。
向こうの反応速度も早い。
ピョンと回避され、ちっこい腕から銃弾が発射される。
「バリアー!」
バンッと傘を開け六角形の壁が展開。
エネルギーのシールドが銃弾へ物理的に干渉し、ソラハを守る。
直ぐに傘を閉じ、バリアが消えない内に狙いを定める。
ショットガンが命中した黒がバタバタと倒れる。
だが生き残った1体がジャンプして上空から襲いかかる。
「ちょっ...」
慌てて傘を展開しようとするも、近距離の連射攻撃は少女の意識を刈り取った。
☆
「...ばたんきゅ~...」
休憩ベッドの上で青緑の頭から湯気が出ていた。
「お疲れ様です、なかなかいいデータが取れましたよ。バリアはまあまあな感じでしょうか」
「そ、それは良かったです...あの黒い奴、可愛い顔して結構容赦ないです...」
「あはは...ある程度強いのもいないと、試験にならないので」
「むむ...最初の白い奴なら無双できるのに...」
「黒はAIのレベルを少し上げてますからね、集団で突っ込む個体の中に、伏兵がいたようです」
「なるほど...1体だけ攻撃のテンポがずれてたんですね...バリアを貼っても油断しないようにしなきゃ」
ソラハが起き上がる。
「今度は、上手にやります」
☆
「...!」
物陰から出現した複数のロボット達。
バリアを展開、前方にショットガンをぶっぱなし倒しつつ、冷静に周囲を意識。
撃ち漏らした1体が、素早く撤退したのが見えた。
「.......」
体を隠す。
「(別方向から仕掛けて来そうだね...)」
視線を動かし、背後から物音がしたので、牽制射撃。
「んっみーつけた」
隠れてた黒い個体が慌てたように、突っ込んでくる。
「ふふん、僕だって学習するもんね」
バックステップで距離を取り、冷静に処理。
しばらく闊歩してると、一回り大きな箱型がノシノシと動いてるのを発見。
『今度は重装甲タイプが出てきます!頑張って倒してください』
「もう見えてます!」
身を隠しつつ、あんなのどうやって倒せと思う。
とりあえずヒット&アウェイで仕掛けてみる。
カンカン、とショットガンが無為に当たる音。
敵の腕がソラハへ向けられ、備え付けられたガトリングが火を噴く。
「バリアー!」
六角形のエネルギーシールドが主を守る。
ガトリングが回り続ける、敵の攻撃が長い。
「く、持たないっ」
飛び退く様にバリアから離脱、近くの遮蔽物を目指す。
巨大な腕も追うように向きを変える。
「いててっ」
辛くも避難するも脚や肩に流れ弾が命中していた。
「......はぁ...はぁ...厳しいな、結構。アロヨンさん、なにかアドバイスください」
『...実は今までの敵もですが、ウィークポイントが存在します。そこを至近距離で破壊できれば、相手を無力化する事が可能です』
チラリとその図体を観察してみる。
「頭部のカメラアイ、あそこに集中攻撃でわーしたら、可能かな...?」
『えぇ、良く分かりましたね!正解です』
ふう、と呼吸を整え、イメージに入る。
「(突っ込んでジャンプして顔に飛び乗って、至近距離で攻撃を叩き込む...)」
敵の脳天を目指すには高さが必要だった。
「(ここら辺に、アイツらがいたような...)」
以前倒した白い個体を発見。
「きみ、使うね...」
むんずと掴む。
頭部へ上り詰める際の土台に使うのだ。
「君もこの僕の踏み台になれて光栄だろう...ヨシヨシ」
立方体の頭を撫でてやりながら、なんども動きをシミュレーションする。
スピード勝負だ、迅速でなければならない。
それこそ、かの銀髪の少女のように。
「流石に、あんなスピードは出せないな...でも、頑張る」
覚悟を決め、猛然と躍り出る。
巨体が気付き、腕のガトリングが火を噴く。
全力ダッシュでギリギリ回避しつつ、肉薄。
「行けー!僕の踏み台!」
その足元へロボットを勢いをつけて滑らせる。
そして助走をつけ立方体を踏みつけると同時に、傘を真下へ開く。
放出されたエネルギーが白いロボットに至近距離で炸裂。
発生したバリアが大きな衝撃となって、ソラハの跳躍の補助となった。
顔面に向かって飛び乗りような軌道。
阻止せんとばかりにカドリングの腕が上へ動くが、鈍い。
「(やっぱり...!腕自体の質量のせいか上がりづらいんだ...!)」
無傷で敵の頭部に着陸。
作戦通りに事が運んで、アドレナリンが沸く。
「僕にひれ伏せー!カフェオレパワー!」
そのまま、ショットガンを何発も叩き込む。
メインカメラにヒビが入り、内部の精密機械へダメージが及ぶ。
「(安易にガトリングを撃てば、自分の顔にも命中する!僕の勝ちだ!)」
その瞬間、巨大ロボットの足が動き、足下にあった何かを蹴飛ばす。
それが頑丈な防護壁へ勢いよくぶつかる。
硬い音が響き、そのまま反射した軌道が、無防備に背を向けていたソラハの位置へ真っ直ぐ伸びていた。
「!?」
背後から鈍い衝撃が突き上げる。
体が強制的に前へ折れ曲がり、手にしていた銃が力なくこぼれ落ちた。
辛うじて振り返った視界の端に、ひび割れた白い筐体が転がっているのが見えた。
「(......僕の......踏み台くん......)」
それが少女の最後の意識だった。
☆
休憩ベッドの上で青緑の頭がモソモソと動いた。
意識が回復したのに気づいたアロヨンが近寄る。
「お疲れ様です、ソラハさん」
「ん...僕、またやられちゃった...」
「えぇ、そうですね。先ほどの重装甲タイプ、反射角を計算して白タイプを蹴ってぶつけたみたいです」
アロヨンが記録映像を流す。
「...僕が使った踏み台くん、逆に利用されちゃった...」
「えぇ、それでも十分にデータを取れましたよ。バリア形成の衝撃で飛ぶ発想も面白かったです!」
「...それはどうも...」
ソラハが俯く。
体の節々が重い。
自分の未熟さを改めて実感させられる。
「...」
イオリなら、背後への警戒を怠らないだろう。
脳内で同じ状況で、飛来した白の筐体を回し蹴りで処理する彼女の姿が浮かんだ。
「(詰めが甘い、という事か)」
敗北の連続による、挫折感。
それを察したアロヨンは近くの椅子に腰掛け、タブレットを弄る。
「...」
2人の間で沈黙が流れる。
アロヨンは傍らで静かにデータをまとめている。
ソラハは感じていた。
おそらくこのバイトは自分が思ってる以上に要求値が高い。
彼女は前向きに言ってくれてるが、こんな風に気絶してばっかではダメだろう。
「........ふぅ」
起き上がり、目を覆うように額に手を当て深く熟考する。
アロヨンが、優しい瞳で見つめていた。
「ソラハさん」
「...はい」
「...どうですか、このバイト、続けてみますか。私は、無理に引き留めるつもりはありませんよ」
「...」
じっくりと、ゆっくりと考える。
そして、自分の脳内を整理するように少女は口に出した。
「憧れて、追い付きたい人がいます」
銀髪のツインテールのシルエットに、まっすぐな紅い瞳。
一陣の風そのものとなった彼女に抱っこされた光景が、今もなお目に焼き付いてる。
あの人みたいに、誰かを守れる強さが欲しい。
「その人に近づくために、このバイトは都合が良いと考えています」
「...そうなのですね」
「それに...アロヨンさんに奢って貰ったコーヒーとパン、美味しかった。たぶん、僕とあなたの趣味は近いから、仲良くなりたいし...力になりたい、と思ってます」
ソラハが正面から向き直る。
アロヨンの水色の瞳と目が合う。
「だから僕、続けます。このバイト」
アロヨンは嬉しそうに微笑んだ。
「はい。これからもよろしくお願いしますね!」
☆
帰宅したソラハはへとへとだった。
「(なんか当初の予定なら、面接行って、帰りにカフェ開拓して..みたいな感じじゃなかったっけ...)」
無心で食事を済ませ、風呂に入り、髪を乾かし終えた頃には、体が鉛のように重かった。
「……」
バランスボールに目が行く。
ホントはこのまま、お布団に直行したい気分だったが、日課だったトレーニングをやらないと1日が終わった気がしなかった。
「...せめて、これくらいは...」
少しだけ取り組んだ後、少女を泥のように眠った。
「...いつか、いつか、君みたいに...」
そんな寝言が聞こえた。
☆