ゲヘナ学園
「はい、ソラハさん。チョコだよ」
「ん~ありがとう。エリカちゃん」
エリカからあーんして貰いながら、ソラハはノートの赤シートを動かした。
「むむ...こっちが真核生物か...」
今日は授業がない日だったため、登校する必要はなかったが、2人は空き教室で試験勉強をしていた。
エリカが肩を伸ばしながら言う。
「いやー、家だとなかなか進まなくてさ。やっぱ学校でやると捗るね」
「うん。僕もついサボっちゃうからさ、誘ってくれて助かったよ。ここの空き教室も静かで丁度いいし」
「いい感じだよね、ここ。この間偶々見つけたんだ」
キララとイオリはそれぞれバイトと部活だが、終わり次第来るとの事。
「酵母菌が真核生物...僕の酵母は真の核~」
ソラハが適当に鼻歌を作って暗記しだしたので、エリカは反射的にギターでセッションしたくなったが、そもそも持ってきてなかった。
「(あぁギター弄りたいなぁ...)」
「真の核には細胞小器官~」
「んふふ...」
そんな風に2人で勉強を続け、休憩に入った。
ソラハが背伸びしながらぼやく。
「ンン...最近、僕ちょっと筋肉痛で...」
「へーソラハちゃんも筋肉痛になるんだね、意外だ」
「この僕だってなるよー、最近バイトではしゃぎ過ぎちゃって」
「へぇ、それはお疲れ様だね。ならマッサージしてあげようか」
「えっいいの?」
「うん。はい、そこのソファに横になって~」
エリカに促され、ウキウキで鞄とタオルでクッションを作って、うつ伏せで寝っ転がるソラハ。
青緑の髪の少女の後ろ姿を見ながら、質問を投げる。
「はーい。お客様、今日はどの辺りが凝ってますかー」
「ンン...ちょっと右肩がかなり...重たい物振り回したから...」
それは一体どんなバイトだろうと、疑問に思ったが口には出さなかった。
「そうなんだーそれは大変だね~」
「ウン...ウン....」
「ウエスト細いね~」
「ウン...ウン....」
気持ちいいのかウトウトしだしたので、目覚ましがてら腕を伸ばしてあげることにした。
「はい、ソラハさん肩上げるよー」
「ふわー」
右腕を上げて、引っ張るようにして伸ばす。
「へーソラハさん、体柔らかいねー柔軟とかやってる?」
「んー、家でバランスボールのストレッチをちょっと...」
「へーいいな、楽しそう。私もやってみようかな」
右肩の張り具合を確かめながら、凝ってるポイントを探す。
「この辺りかな」
ゴッゴッ
「あっそこ。いい。いい感じ」
「ん、見つけた。ここが凝ってるね」
「あ...」
その時あまりの施術の的確さに、ソラハの体に電流が走った。
足先がピン、と軽く痙攣する。
指先でクッションをぎゅっと掴む。
まるで体の中の異物が除去されたような爽快感。
「あ...エリカちゃん...そこ...いい...」
「はいここね」
ゴリッゴリッ
「あぁ~~」
「おー、溶けてる溶けてる」
「あっ......あっあっ...ソコっ」
クッションから顔をずらして、蕩けた顔を向けるソラハ。
「あっ...エリカちゃん...エリカちゃん...」
「効いてるねー効いてるねー」
「あっあっキモチっ...あっ...もっと...」
そこへ、仕事を終えたイオリとキララが近づきつつあった。
「いやーイオリちゃんも同じタイミングで合流できるなんてね~!」
「私は今日は学園で訓練だったからな。キララのクレープバイトも思ったより早く終わったんだな」
「うん、今日はもう上がっていいよーってさ。あっソラハちゃんとエリカちゃんがいるの、ここだよ」
イオリがドアに手を掛けようとした時、中から声が聞こえた。
『あっ...エリカちゃん...エリカちゃん...』
ピタッと2人の動きが止まった。
『あっあっキモチっ...あっ...もっと...』
ガラッとイオリが勢いよく扉を開けた。
「2人ともなにやってんの!?」
「あっ銀鏡さん、キララちゃん。おはよう」
「ん~~キモチぃ~」
寝そべったソラハの背中を揉むエリカの構図を見て、イオリは肩を落とした。
「......な、なんだよ....まったく...」
「アハハ...私は何となく、そうだと思ったよ~」
少し顔を赤くしたまま苦笑いを浮かべるキララ。
2人して教室に入る。
「ソラハさんにマッサージしてあげてたんだ」
「なにイオリぃ、変な勘違いでもした?」
「いやっ!そんな事はなくてな」
「そんな事あるでしょ。イオリ、勢い良くドア開けちゃって」
「いや、私はだな、ちゃんと風紀が乱れてないかを...」
「風紀乱れてないもーん。あっイオリも僕の体をマッサージしたいとか?...ン、いいよ。特別に許可してあげる」
偉そうな事をのたまいながら、目を細めてホレホレと背中を揺らしてきた。
「.....」
「ン、この僕の身体だよ。丁重にヨロシクね、イ オ リ」
イオリがその華奢な肩に両手を伸ばす。
「んっ」
小さく声を漏らすソラハを無視して、肩甲骨の感触を確かめると、ゴリッと容赦なく指先を食い込ませた。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!」
ソラハの悲鳴が教室に響いた。
☆
「あっ...ッ、あっ...ッ、イオっ......力つんよい...ッ」
体を抱くようにして転がって悶えてるソラハを横目に、イオリは勉強道具を広げた。
「数学、ちょっと自信ないんだよなー」
「銀鏡さん、良かったら分かんない所教えてあげよっか」
「ん、助かるエリカ」
「エリカちゃーん、私はそもそも提出課題終わってなくて~」
「キララちゃん、それはヤバいでしょ...昨夜の通話で終わらせるって言ってたのに」
「いやー、あの後結局ダラダラしてたら意識跳んじゃって~」
「僕の体もトンじゃいそうっ...!」
「おまえは起きろ、さっさと勉強するぞ」
イオリから足先でツンツン蹴られ、漸くソラハは起き上がった。
「うぅ...イオリに乱暴された...」
「ハイハイ」
「よーしよしソラハちゃーん、私と分担して課題終わらそうね~」
「ふえーん、僕は既に終わらせてるのに~」
「フフッ」
4人も集まると賑やかだな、とエリカはしみじみと思いながら笑った。
☆
4人で黙々と勉強を始め、1時間程経過したので休憩に入った。
「イオリちゃん、この新作のピアス見て~めちゃくちゃイケてない~?」
「へー、結構カワイイな。値段は...うん、まあまあするな」
「キャハハ!そうそう。だから夏休みにシフト多めに入れて、ドカンと稼ごうと思って」
「へーどんなピアス?僕にも見せてー」
横からソラハが画面を覗き込む。
キララちゃん金色好きだねぇと呟きながら、自分の耳を弄る。
「なんか僕も新しいピアス欲しくなってきたなぁ」
「でもソラハさん、今穴塞いじゃってるね」
「そうなんだよ、エリカちゃん。前のバ先で外してたらキープするの忘れちゃって...今の所ではたぶんOKなんだけどね」
テスト終わったら開けようかなーと言って、イオリへ視線を向ける。
「?なんだよ」
「ふふっ、せっかくだから、イオリにピアッシングして貰おうかなっ」
ソラハが目を細めてズイッと顔を近づける。
「えっなんでさ、自分で開ければいいだろ」
「だって...その方が面白いじゃん」
口元に手を当てて囁くように言ったので、キララがキャーと色めいた。
「はー、まったく。ホントはセルフでするのが怖いからだろ」
「うん、そうだよ。流石イオリだね」
「そうだと思った。私もまだ人にやれる程自信ないから、また今度な」
「ン...じゃあ慣れたら僕に穴、開けてね」
「あぁ、まあその内な」
そう返すと、ソラハは満足そうに微笑んだ。
「(それなら私が開けてあげるよって言おうとしたけど、余計なお世話みたいだね)」
エリカはそう思いながら、鞄の中のピアッサーをそっと仕舞った。
☆
そんなこんなで迎えた期末試験。
ソラハが登校すると、人足先にイオリが席についてノートと睨めっ子していた。
「おはよ、イオリ」
「ん、おはようソラハ。どうだ、行けそうか」
「んーまあ、ぎりなんとか。昨夜で間に合わせたから」
「そうか。...うーん、私はちょっと厳しい所あるかも、この間もパトロールが長引いてさ...」
「だいじょーぶ、なんとかなるよ、イオリ」
その後、適当に問題の出し合いをしてると、試験時間になった。
☆
「んーーーー!無事終わったーー!これで夏休みだーー!」
鞄を片手に学内を歩きながら、ソラハがグッと体を伸ばして声を上げた。
「ふう、まあ私も問題なかったよ」
「良かったねイオリぃ~。当然、僕も大丈夫そうだよ」
「あっアコちゃん先輩からメッセージだ。...ラッキー。今日は部活休みだ」
「へー良かったねぇ」
学園都市において、試験の日程は学年別な事が主だった。
生徒達自身が行政を担う特性上、全学年で同時に実施すると、仕事に穴が開くからだ。
だから今日のように、1年生が忙しい日は他学年が穴埋めを行い、逆もまた然りである。
「試験終わりだし、今日は思いっきり羽を伸ばしていいってさ」
「へえ、先輩たち優しいねぇ...ヨシ、ならこれから遊び行こ!キララちゃんとエリカちゃんも誘って」
ソラハが嬉しそうにイオリの手を取った。
断る理由はなかったので、頷いて着いていった。
「良いけど、1回荷物置きに帰らせてくれよ」
「オッケーじゃあ、駅前でまた集合だね」
ギラギラと、夏の日差しが本調子を発揮し、空にはモクモクと入道雲ができていた。
少女達の、夏が来た。
☆
18時。
ピークタイムより少し早めのお陰か、並ばずにお店に入れた。
キララがグラスを片手に音頭をとる。
「え~それじゃあ皆、試験お疲れ様~!カンパーイ!」
イエーイ!とソラハも続いた。
お好み焼き屋の個室スペースで、鉄板を前に4人の少女たちが思い思いに過ごす。
「私、ポテトフライ頼もうと思うんだけど、ソラハさんと白鏡さんも食べる?」
「あっ僕もつまむ~」
「私も欲しい」
「オッケー、なら一旦2人分でシェアかな」
「イオリ~お好み焼き、シーフードとか豚玉とかあるけど、どれにする?」
隣に座ったソラハがメニューを向けてくる。
「ん?ソラハ、これ1人1枚じゃなくてシェアする感じ?」
「そだよ、とりあえず2人1枚計算で。その方が色んなサブメニュー食べれるし」
「わかった...うーん」
チーズも捨てがたいとイオリが悩む。
ソラハはその紅い瞳を見つめた。
「僕はなんでもいいよ。イオリが選んだやつなら」
「そっか、うーんじゃあ」
「でも強いて言うなら、お肉の気分かも」
「...はい、じゃあこのトンチキチーで」
ソラハが満足げにウンウン頷いたので、豚と鳥とチーズのそれをタブレットで注文する。
「私たちはもんじゃ焼きにしたよ~!」
「へーもんじゃ焼きってちょっと作り方特殊だよね?」
「そうだよソラハさん。私も初めてなんだけど、キララちゃんが作ってくれるみたいなんだ」
えっへんまかせなさーい、とキララが胸を張る。
ソラハの対抗心がくすぐられた。
「イオリ、僕らもなにかやらないと」
「いや、何をだよ」
「必殺の高速天地返し。見せてよ、イオリならできるでしょ」
「普通の返し方しか知らないんだが...」
そしてイオリが綺麗にお好み焼きをひっくり返し、ソラハが「この僕の出番だね」と誰でもできるトッピングを行った。
ちなみにキララのもんじゃ焼きは、どのタイミングで完成なのか分からないエリカがずっと不思議そうに見ていた。
「出来たよー!エリカちゃん」
「あっこれで完成なんだ...うん、パリパリしてて美味しい」
「あっキララちゃんとエリカちゃんの分のポテト来たよー、はいそっちに置いとくね」
「枝豆も来たぞ、誰の注文だ?」
「はい、私だよ銀鏡さん。皆も取っていいからね」
なんだか大人だねぇと言いながらソラハはポテトをつまんだ。
イオリも続く。
しょっぱさが食欲をそそり、2人の手が加速する。
「あー私、ソバメシも食べたくなっちゃった~、誰かイケる人いる~?」
キララがメニュー片手に言う。
「ン、僕も丁度食べたいと思ってたんだ。1人前でいいよ。残ったら、最悪イオリが食べてくれるよ」
「人を大食漢のように言いやがって...まあまだ食べれるけど」
「いえ~い」
キララがタブレットを操作する横からエリカが「私、コーンバター1つ」と追加した。
「イオリ~はい、最後の1個だよ~」
ソラハがポテトを口元に運んで来たので、大人しくあーんされた。
☆
その後、カラオケに向かった4人はキララとソラハが主導で受付を済ませ、ステージルームの部屋に着いた。
「へえ、思ったより広いな」
イオリが興味深げに言う。
部屋の奥には一段高くなったステージ状のスペースがあり、コンガとマイクスタンドが置かれていた。
「いえ~い!」
キララがそこに登ってぺちぺちコンガを叩く。
エリカも嬉しそうに鞄からギターを取り出した。
「ふっふっふっ...やっとギター触れる...」
「おっエリカちゃんギタ禁解放?ギタ禁解放?」
「ふふっ...ソラハさん、やっと、だよ」
「ギタ禁て...」
ギターのチューニングをするエリカを横目にソファに座るイオリ。
ついでに伝票も確認する。
「フリータイムか、何時まで歌う?」
「なに言ってんの、オールだよ。イオリ」
「いえ~い!」
キララが賛同するようにコンガをベコベコ鳴らす。
「ま、まじか」
「マジだよ。眠かったら途中で寝てていいよ」
「いや、私も歌うけどさ」
まさかオールだとは予想してなかったが、それでも楽しげな3人の姿を見ると、まあいいかと思った。
☆
「「ゲヘナのっ未来はwowwowwowwow♪」」
キララとギターを片手にエリカが歌う。
知ってる曲なのか、ソラハも間の手を入れてる。
「私は何にしようかな」
スマホのプレイリストとタブレットを交互に見るイオリ。
その肩にソラハが顎を乗せてきた。
「ン、これいいじゃん、僕の知ってるやつだ」
「いやーこれはなぁ。歌うのちょっと難しくて」
「ふーん、じゃあこれどう」
「あぁこれならいいかも、デュエット曲だな」
ン、とソラハが目線を向けてくる。
「わかったよ、一緒に歌いたいんだな」
「ウンウン。せっかくだし、スタンドマイクの所に行こ行こ」
ソラハがジュースを1口飲んで、立ち上がったので、ハイハイと相槌しながら後を追った。
「歌いだしイオリからでいいよ」
「OK」
「サビで合流ね、そっから先は流れで。僕とイオリなら合わせられるでしょ」
相変わらず適当だなぁと思ったが、それでも何とかなりそうだと思ってしまう自分もいた。
「「~♪」」
デュエット曲というのは、息が揃うと爽快感のあるもので、イオリはついソラハの方へ顔を向けた。
彼女も同じ気持ちだろうか、楽しげに笑った。
☆
「よーし、次はこの僕がソロで歌おう」
マイクスタンドの高さを弄りながらソラハが言う。
「キララちゃん、適当に演奏ヨロシクっ」
「オッケー!適当に任された!」
コングをベコベコ叩きながらキララが返す。
「~♪」
その歌声はイオリ基準だと少し、か細くて迫力に欠ける物だったが、なんだか彼女らしいと感じた。
☆
「...う~ん」
ソラハがスマホで時間を確認する。
午前1時に差し掛かろうとしてた。
「...うーんと...確か20時前くらいにお店入ったから...もう4時間以上は経ったか...」
1通りはしゃいだキララは既にソファで横になっている。
イオリも昨夜ギリギリまで勉強してたのか、頬杖をついて瞼を閉じていた。
エリカがチルな曲を歌い終わって、マイクをそっとテーブルに置く。
パチパチと軽く拍手を送った。
「ソラハさん、起きてたんだ」
「うん、半分意識飛んでたけどね。今ちょっと覚醒した。エリカちゃん、ドリンクバー行かない?」
「いいよ」
☆
トポトポとホットコップにミルクとブラックが混ざる。
シュガーを少し入れて、使い捨てスプーンで混ぜる。
夏なのでアイスを中心に飲んでいたが、今は温かい物を口にしたい気分だった。
隣のエリカはブラックを抽出していた。
「大人だね、エリカちゃん」
「んー、それでもお砂糖はいるけどね」
スティックを混ぜながら、エリカが言った。
2人でゆっくり歩きながら部屋に戻る。
「エリカちゃんのこの間のマッサージ上手だったよ~結構体解れたかも」
「ありがとう。昔、お婆ちゃんにやってあげてて、それでちょっと上手になったみたい。たまに揉みほぐしのバイトをする事もあるよ」
「なるほどね、それは納得だ」
「...ソラハさんはさ、今は実験の協力をするバイトをしてるんだよね」
「うん、そだよ。守秘義務で細かくは言えないけどね」
「そっか...それでも...ちょっとだけでいいからお話、できないかな?」
「うーんじゃあ、例の重たい物を持った件だけど、体のサポートをしてくれる装備があって...」
当たり障りのない範囲内でソラハが説明をした。
エリカの中で合点が行く。
以前、マッサージした際のソラハの感触を思い出す。
どこか、違和感を感じた。
人間には火事場の馬鹿力というのがあるが、普段は鳴りを潜めている。
それを無理やり引き出したような痕跡を感じた。
運動選手がゾーンに入るあまり、深刻な疲労蓄積や筋肉の断裂を起こすなど、オーバーワークは時として危険な行為である。
イオリのような警察組織の人間が上記の疲労をするならともかく、ソラハという少女がそんな筋肉の疲れ方をしてる事に、エリカは違和感を感じていた。
「ソラハさん」
「ん?」
フーフーしてたカップから口を離し、不思議そうに視線を送る。
「あんまり、無理しないでね」
それが、今のエリカが送れる最大限の言葉だった。
「ふふ、僕は大丈夫だよ」
なんたって、この僕だからね、と付け足しタブレットを弄った。
少しして、マイクを握ってソラハが歌いだした。
その後ろ姿を、エリカは静かに見守った。
☆
順調に進んでいますね...