喫茶ヘルツのクジラ 地下研究所
ミーティングルームにはコーヒーの芳しい香りが漂う。
ソラハは淹れたてのカフェオレを口につけながら、アロヨンの解説を聞いていた。
「オーパーツと一言で言っても、様々な種類があります」
赤いフレームの眼鏡をクイっと持ち上げる。
モニターの画面が切り替わり、電池のような物や不思議な色の鉱石、壊れたディスクのような物が表示される。
「これらが主なオーパーツです。発見場所は廃墟や立ち入り禁止区域などですね」
「こっちの...ピンクの埴輪みたいな奴はなんですか...?」
「それはえっと...古代文明については、色々と解析中ですので...」
本当に何となくだが、卑猥そうな形だったので訊いてみたが、濁されたので忘れる事にした。
「...そうですか。まあ、用途不明な代物ばかりなのは想像につきます」
「ええ、ですがオーパーツには不思議な効力が備わっています。ここの設備を使えばその力を引き出し、発明に再転換する事ができるのです」
「ああ、研究室にあった、巨大な3Dプリンターみたいな装置ですか」
「ええ、クラフトチェンバーのことですね。ソラハさんが試験した装備もそれ由来の物なんですよ」
「おお...もしかして僕、結構スゴイ試験品を使ってたんですね...」
高性能っぷりは薄々感じていたが、改めて説明されると、自分が並外れた一品を運用してた事実をじわじわと感じられた。
「ただ回収に当たって、正体不明のロボットに遭遇する事もあり...作業も一筋縄では行きません」
「...なるほど、僕がここで戦ったロボットは模擬戦も兼ねてたんですね」
「はい!その通りです。なのでなるべくAIのレベルは高めに設定していました」
何分、相手は未知の兵力ですから、対策するに越した事はありません、と付け加えた。
ソラハは手元に置いていた縦長のケースへ視線を移した。
恐らく、このショットランサーもそのための力なのだろう。
「当然ソラハさんには、ウチの装備を持ち出して貰うのですが、注意点があります...使ってる所を、誰にも見られないようにしてください」
アロヨンの水色の瞳が真剣な色を帯びる。
「それは、ここの実験が秘匿性の高いものだからでしょうか?」
「それもありますが、一番はソラハさんの身の安全のためですかね」
学園都市キヴォトスには様々な学園があるが、中には武力による他地区への侵攻や吸収を目論むケースもある。
その場合彼らが欲するのは強力な兵器だ。
「ソラハさんが特殊な武器を持ってる事を知られたら、不穏な輩に目をつけられる可能性があります」
「な、なるほど...正直、今僕が使ってる物にそれ程の影響力があるとは考えもしなかったです...」
「まあ、今のカタログスペックではそれほど強力ではありませんが、見る人が見れば設計思想の将来性は一目瞭然です」
他にも政治的に利用しようとする人も出てくるでしょう、と加えた。
「そ、そんな事まで...」
「ソラハさんはまだ高校1年生ですし、そこまで発想に至らなくて仕方ありません。なので、そういう知識は先輩の私が教えてあげましょうっ!」
フフンと胸を張るアロヨン。
「助かります、アロヨンさん...一応、学校の友達には内緒にはしてたんですが、そういう説明がないと、どこかでポロっと溢してたかもしれないです」
風紀委員として戦うイオリ。
そこへショットランサーで颯爽とフォローに入れたらカッコいいな...と寝る前に散々妄想したが、それは叶いそうにないらしい。
「特殊繊維の服は、パッと見では唯の服なのでいいですが...ショットランサーは目立つ代物なので、なるべく人の目に入らないにしてください」
「了解です」
カフェオレを口に含む。
以前の説明で気になった事を質問してみた。
「オーパーツって不思議な現象を引き起こす物もあるんでしたよね。どんなのがあるんですか?」
「そうですね...ソラハさんはミーム汚染というのをご存知でしょうか」
「み、ミーム汚染?」
ネットミームという単語なら知ってるが、それの関連だろうか。
「例えば...トマトをイメージしてください。瑞々しくて、キレイな赤色。」
「...ピザトースト、食べたくなっちゃいました」
「はい、そのように通常ではトマトに対してポジティブなイメージを持ちますが」
アロヨンが手の平のものをぎゅっと握り潰す動きをする。
「こうして潰すと、一転してグロテスクな演出とかに見えますよね。そういう映画とかを観た人にとっては、トマトは不穏さを表現するものに見えるかもしれません」
「ふむふむ...そう言われるとそうですね」
「私の発言によって、ソラハさんの脳内のトマトのイメージが、ピザからスプラッター映画に変わったと思います。このように無意識に対象のイメージが変わる事をミーム汚染と言います」
「つまり、相手の解釈や、認知を歪める...そういうオーパーツがある、と」
「はい、正解です!もっと分かりやすく言うと洗脳ですね。他にも、世界の法則自体を変えてしまったりとか...」
「ええっ?そんな事って起きたんですか?」
「あくまでも、可能性による推測です。仮にそれが起きたとしても、我々が認知するのは難しいですから」
「......」
ソラハは手元のカフェオレを覗いた。
ブラックの上から入れられたミルクは完全に混ざりきっている。
それを今から分離することなど不可能だ。
「そんな物を古代の人が開発してたなんて...僕、信じがたいです」
「そうですね...幾つか説がありますが、彼らにとっても扱えない物だったとか。または長い年月を経て、そういう物へ成ったとか」
「なるほど...摩訶不思議なんですね..」
詳細を知る度になんだか腰が引けてきた。
たが協力すると宣言したのだ、もう後には退けない。
(そんな物を直接回収するって…僕、大丈夫かな...悪影響とかって...)
「不安そうな顔をしてますね」
「ン、気のせいです」
誤魔化すようにズズっとカフェオレを飲む。
「ふふっ安心してください。回収する際はセンサーによる詳細な分析も行いますし、オーパーツの暴走を防ぐ特殊な入れ物も用意してます!ソラハさんを易々と危険な目には遭わせませんよ」
それから幾つかの打ち合わせを行い、ソラハは更衣室に入る。
特殊繊維のアンダーシャツを装着し、その上から制服を着る。
ショットランサーの入ったケースを肩に掛け、準備が終わった。
アロヨンから巾着を渡される。
デフォルメされたクジラのキャラクターがプリントされていた。
「あっカワイイ...」
発見したらこれに保管すればいいらしい。
「では、行ってきます。アロヨンさん」
「ハイ、いってらっしゃい!...あっ思い出した!ついでにこれもどうぞ」
包みに入ったベーグルパンを渡される。
「お腹が空いたら食べてくださいね」
「...ふふっこれじゃあ、まるで遠足じゃないですか」
渡されたパンを見てると、少し緊張がほどけた。
アロヨンの気遣いに感謝しながら、ソラハは手を振って研究所を後にした。
☆
霧が深く立ち込める街並みだった。
路面は水たまりに覆われ、建物の影をぼんやりと映している。
古い看板やネオンの残骸が傾いたまま残り、信号機は点灯せず、錆びついたまま宙に浮いている。
建物の窓は割れ、ドアは錆び付き、蔦が隙間から這い出していた。
遠くには高層ビルの輪郭がぼんやりと見え、霧の向こうに消えかかっている。
水たまりに落ちる雨粒の音だけが、静かに響く。
空気は湿っぽく、どこか金属の匂いが混じっている。
この場所は、かつて賑わっていた街の名残を残しながらも、完全に時を止めてしまったようだった。
(……ここが、ミレニアムの「廃墟」か)
ソラハはショットランサーのグリップを握り直し、静かに息を吐いた。
本来は連邦生徒会によって立ち入り禁止区域となっているが、アロヨンの手引きにより入る事ができた。
(名目上仕事として来てるけど、なんだかイケナイ事をしてる気分だなぁ...)
センサーに従い、探索する。
ちゃぷちゃぷ、とソラハの足音が響いた。
☆
霧に包まれたショッピングモールの残骸が、目の前に広がっていた。
天井はところどころ崩れ落ち、雨が降り注ぐ隙間から薄い光が差し込んでいる。かつての店舗の看板は錆びつき、床は水たまりと瓦礫で覆われていた。
「センサーによると、どうやらここのモールにあるみたいだね.......ン、奥に敵対反応っ」
巡回するドローン。
どこの所属で、どんな目的でこの廃墟にいるのかは分からない。
が、その不気味な赤いカメラアイは、近寄る者を敵対する意思を、ひしひしと感じられた。
ソラハを発見し襲ってくる。
以前の彼女なら、ドローンの機動力に翻弄されるだけだろう。
「奇しくもあの時と同じ状況だね...!...けど、今の僕は、違う」
ショットランサーを構える。
槍の先端を前方に向ける。
「いよーし…...リターンマッチだよっ」
最初のドローンが天井の影から飛来した。
赤いセンサーが点滅し、小型の機関銃を構える。
ソラハは一歩も下がらなかった。
ズンッ。
ショットランサーの槍先を床に突き、反動を利用して前方へ跳ぶ。
ドローンの射線をぎりぎりですり抜け、至近距離まで詰め寄る。
「くらえっ!」
槍の先端がドローンの装甲を貫く。火花が散り、機体がくの字に折れ曲がって落下した。
二機目、三機目が同時に襲ってくる。
バリアを展開。
射撃を防ぎつつ、ランサー後部から伸びたグリップを握る。
片足で踏ん張り、腰と体全体を意識して、おもいっきり横に薙いだ。
「うりゃー!」
重い槍が空気を切り、二機のドローンの空中機動が僅かにふらつく。
(やっぱり...!軽量だから衝撃に弱いんだ...!今がチャンス!...ふわっ……!?)
振り回した反動で重心が崩れて少しよろける。
それでも飛行を立て直される前に、射撃補正が効いたランサーで撃ち落とせたのは、日頃のトレーニングのおかげだった。
四機目が背後から迫る。
ダッシュで逃げる。
センサーがアラートを鳴らすがギリギリまで引き付ける。
(ここだっ...!)
エスカレーターを見つけると、助走をつけたまま手すりに飛び移り、少し登って更に跳躍。
「やあ、僕と眼があったね」
敵機と高さが重なるとそのまま槍を突き出した。
槍先がドローンのセンサーを破壊する。
機体が火花を散らして床に転がった。
最後の一機が、天井の梁から急降下、突貫を仕掛けてくる。
「っ!」
不意を突かれたが、反射的に武器を構え直し照準を向けた。
特殊繊維の防御がある今の自分なら、仮に当たった所で大したダメージにはならない、と割り切り冷静に努める。
(...落ち着いて...落ち着いて......いててっ!)
目前に迫ってくるドローン。
機関銃が火を吹き、肩や足に命中するが頑張って意識から切り離す。
(......!)
深呼吸して狙いを定め引き金を引く。
カカッ!
補正された弾丸がドローンの中枢を正確に撃ち抜いた。
機体が火花を散らしながら此方へ墜落してくる。
「っっっ!」
上体を捻ってなんとか回避。
鼻先スレスレで通過すると地面に衝突し爆発。
その衝撃をバリアで防いだ。
静寂が戻る。
「ハァ...ハァ……やった。これで対ドローンも克服だ。流石は僕、だね...」
少し息を整えながら、ショットランサーを下ろした。
腕が重だるい。
一度腰を降ろして休息した。
「...フフン...僕、間違いなく成長してるかも...」
アロヨンの装備込みとはいえ、実戦で戦えたのは事実だった。
口をニマニマさせたまま、満足感に浸りしばらく体を休めると、よっこいしょと武器を持ち直し、瓦礫を避けながら奥へ進んだ。
崩れたショーウィンドウの向こうに、小さな金属製の箱が転がっている。
表面には未知の紋様が刻まれ、微かに青白い光を放っていた。
慎重に手を伸ばし、箱を拾い上げる。
「……これが、オーパーツ」
重さはほとんどない。
おそらく錯覚だろうが、手のひらに乗せた瞬間、何かが自分の中に流れ込んでくるような感覚がした。
箱を胸の近くに抱き、静かに息を吐いた。
(……ちゃんと、回収できた)
親友の顔が、ふと脳裏をよぎる。
「……イオリも今頃、合宿頑張ってるかな...」
オーパーツを専用の巾着へ入れて、キュッと口を閉める。
それをしっかり抱えて歩き出した。
霧の向こうに、出口の光がぼんやりと見えていた。
「ふぅ...無事に終わりそうだね...アロヨンさんから貰ったの食べよ...」
近くの岩影にハンカチを敷いて座り、鞄からベーグルパンを取り出す。
モグモグと味わいながら、遠めで廃墟を眺めた。
「...あと、何回ここにくる事になるのかなぁ...」
ぼんやりと物思いに耽る。
まるで世界に自分しか存在しない感覚。
不思議な感慨を覚えずには入れられなかった。
「........」
食べ終わると少女は立ち上がった。
少しだけ後ろを振り向くと、出口を目指し歩き出す。
「そういえば...もうすぐ皆とプールだから水着も買わなきゃだった。ふふっ、楽しみだなぁ...」
イオリはどんなの着てくるかなぁ...と想像を膨らませながら、帰路に着いた。
☆
「はぁ...はぁ....」
体の限界まで走り込みをしたせいか、思わず脚がもつれる。
「イオリ、立ちなさい。あと二週残ってるわよ」
体操着姿でホイッスルを首から下げた先輩から檄を飛ばされる。
(くっ...火山帯付近のせいか呼吸がしづらい!ヒナ隊長の鬼!)
なんとか気合いで立ち上がる。
「そうよ、その調子。スピード緩めたらもう一週追加するからね」
「...うおおおおお!」
無理やり声を上げて強引に体を動かした。
(この合宿が終わったら、ソラハ達とプールだ!絶対に...生きて帰って見せる!!)
今日何度目か分からない鼓舞をして、イオリはがむしゃらに肉体を苛め続けた。
「終わったらプールだあああああ!」
「...いいわね、一年生は。青春を感じるわ」
さして歳の離れてないヒナが、そうしみじみと呟いた。
☆
ソラハさん、無事にデビューできました...
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