強い決意を胸に三人は夕涼み会を惜しみながら石段を上る。
満月の夜。遠くで響く喧騒が寂れた神社の静寂を際立たせる。
村は今から果たされる語り怪と人間の一戦に気付く素振りもなく、気枯れ(穢れ)を祓うハレの日を謳歌し、笑いあっている。
そして、死体を我が物顔で使う妖刀、鬼丸国綱は嗤っている。
『小娘、よく逃げずに参った。貴殿らも、歓迎しようではないか』
「……どうも」
「うぇ~……なんで白ちゃんそんなに冷静でいれるのさ……」
数日前の呪いの痣はもはや首筋にも見えるほど広がっている。それでも白は二人に不安を与えないようにと冷静にと努めている。西園寺は気づいているが、恐怖は拭えず、脈打つ心臓や冷や汗は頬を伝っている。
「大丈夫よ、白。私は負けないから」
「……うん、ありがと。頑張って」
「白ちゃん……安心してよ白ちゃん!六華ちゃんが負けたら私も戦うから!」
シャドーボクシングのように空で拳を振り抜き、白に屈託のない笑顔を見せる。西園寺と水琴の力強い励ましに、白は安堵する。
『さて……約束は覚えてるな?』
「当然よ。本当に私が勝てば大人しく封印されてくれるんでしょうね」
『もちろん。貴様が儂に勝てればな。勝てば生き、負ければ死を覚悟。それが此度の死合だ』
「ふん、いいわよ。やれるんならこの首持っていきなさい」
『ふはは、威勢の良い小娘だ』
二人は示し合わせることもなく、夜を明るく照らす月光の下で刀を構える。
白は呪いの影響を進めないために鬼化こそしないものの、何かあったら手を出して死合を無効にしようと画策する。
が、それは瞬き一瞬の間に抜けぬ甘さだと悟る。示し合わせたわけでもなく、攻防が開始した。
ッッッーーンッ
白と水琴は目を文字通りに点にしてその光景を脳裏に焼き付ける。
「あら、手加減してくれてるのかしら。どうもありがとう」
『ッッッ!!?』
抜刀も、ましてや納刀すら捉えられえなかった。音すらも置き去りにするような静かな抜刀、刀の鉄が鳴らす金属音は耳を通らなかった。鬼化せずとも五感は既に人外の域にいる白が捉えられなかった。
百怪談の十四番目、鬼丸国綱。最高の刀として鍛えられ、語り怪として生まれ落ち、祓われることなく何世紀もその鞘に収められていた。
そんな刀が初めて相対した好敵手であり、人類における"武の臨界点"。それこそ眼の前にいるこの女であると、無くなった右腕の痛覚を通じて理解する。
『ふ……ハハハッ!本当に人の子か!?』
「斬られて喜ぶとかド変態ね。あの子達の教育に悪いからさっさと降参してくれる?」
『フハハハっ!!罪悪感や己の不快感は無いか!やはり貴様はこちら側だ!』
ゴリュリュッ
人間ではない語り怪の力で、鎧を纏う異形の腕を生やして継戦の意志を見せる。
「死体斬りなんて悪趣味は無いわよ。アンタらと一緒にするな」
(心拍、眼、一切の同様無し!)
『小娘、よく生まれる時代を間違えたと言われんか?』
「さぁ、いちいち覚えてないわ」
ガインッ!
今度は本気になった鬼丸国綱の剣撃により、刀がぶつかり、白は六華の刀身を捉えることに成功する。
薄く透き通りジグザクとした黒い小乱れの刃紋。
一方、鬼丸国綱はレプリカとは違って燃え盛るような焔を彷彿とさせる荒々しい刃紋が現れる。
「儂が斬り続けた戦乱の世にすら、お前程の才覚は類を見なかった。安綱(なまくら)も使い手に恵まれたなぁ。認めよう、まごうことなき天才だ」
「あっそ」
ズバンッ
油断と偏見を取り払い、本気で刀を振るう鬼丸国綱だが六華の完璧な間合いの把握と無駄のない刀の振り。鍔迫り合った刀を逸らし、もう片腕も斬り飛ばす。
しかし、その痛みも既に死体と化している肉体へ押し付けて死合を続行する。
『しかし所詮は人の子……我ら語り怪とは、人知が及ばぬから"怪"なのだ』
鬼丸国綱の寄生する肉体は斬られた箇所からどんどん異形と化し、動きや速度も人間のそれを超越し始める。
しかし、それに食らいつくどころか六華はいなし、弾き、時に斬り、終始圧倒する。
ガクンッ
「で、まだやる気?」
ピシャリと、殆ど刀に付着していない腐敗した血液を払いながら六華は問いかける。
片膝を斬られて膝をつく鬼丸の身体。もはや人の部分は首から上と数カ所の末端のみ。
(誤算だった……!!これほど……これほどとは……!)
『こ、小娘、儂と天下を取らんか!?儂に飲まれる程度のこの肉体よりも!主の肉体を儂が扱うのが相応しい!!安綱などというなまくらよりもーー』
ザクッ……ブシュッ!
「うぇっ、グロッ」
六華は大口を開けて喋る鬼丸に刀を突き刺して言葉を遮る、縦上部に両手で振り抜く。思わず白は目を逸らし、水琴は青い表情で言葉を漏らす。
「人の口を借りなきゃ喋れもしない腰抜けが、私の腰に相応しいと思うな。あっちの方が百倍良い刀よ。ていうか、アンタが−100倍ダメ刀」
『ごっ"小娘ェ゙!!』
人間の肉体を完全に捨て去り、語り怪の本性を顕にする。数倍に膨れ上がった筋力に全身を覆う鮮血のような赤黒い鎧。はちきれそうな筋肉に力を込め、刀を縦に振り下ろす。
「ッ六華!!」
「白、動いちゃ駄目よ」
白はかけられた呪いの進行を進めるリスクを厭わずに鬼化しようと反応する。
今までの語り怪と違い、呪具だから侮っていた。その力は自発的に動けない分、内に溜められた呪いは莫大だった。
が、悉く予見した光景を斬り壊す女。西園寺六華。
カンッ、バズンッ!
もはや大太刀と見紛うほどに巨大化した鬼丸の一閃を刀を横にして受け止めて片膝を抜き、右へ完全に流す。
溢れんばかりの膂力で刀が地面を抉り斬る。鬼丸が事態を受け止め、次手を出す時点で遅かった。
六華の抜刀は最速グロック17の実弾、時速約2000km(マッハ2)を見斬り、実に1秒間に4太刀を巻藁に浴びせて空で分断する。
弾丸斬りという、人間の反射神経を大きく超える技、しかし、実際に六華は弾に反応している訳では無い。引き金にかける指や視線、殺気の揺らぎから先を読み、抜刀する。正に先の先の神業。
それを鍛え上げの剣技と、"才能"でやってのける天才が、西園寺六華という女。
刀を振り上げるのが間に合わないと判断した鬼丸は左腕で拳を突き出す。
先に抜刀した六華が握った拳骨を縦に割る。
ヒュパッ
『ぬゥアアアッッ!!』
刀を持ち上げて刺突を繰り出そうとするが、手首を斬られ、握った刀は手首ごと地面に落ちる。前のめりになり、大きくなった体躯を活かして突撃する鬼丸の両眼を横一閃に斬り捨て、視界を奪う。
『オッ……ォァアアッこむーー』
ピウッ
視界も両の手も機能しないままに覆いかかる鬼丸を首の皮1枚残して断ち斬り、そのまま滑らかに回転して後ろへ立ち、背中を逆袈裟に大きく斬りつけ、両膝裏を斬る。
カシィンッ!!
関節を破壊された鬼丸は真正面に顔から倒れ込む。
「……ふぅ」
『小娘』
「ちょっと、テレパシーとか止めてよ。喉斬ってんだから」
刀から直接呼びかける声が、六華の脳に反響する。
『見事……この鬼丸国綱が、よもや半端な刀と一介の女児に負けようとは思わなんだ』
「そう、良かったわね」
『まさか、安綱にそこまでの潜在能力があるとはーー』
「あのさぁ。さっきからアンタなに勘違いしてんの?」
六華は刀を抜いて月光に反射させて刃紋を見せる。
『?』
「この刀は、安綱じゃないわ。村の宝刀、"幕恋"。妖刀でも呪われた刀なんかでも無い普通の業物。本物はあそこ」
六華が指さしたのは水琴のバッグ。僅かに空いたファスナーから、水琴が刀を取り出して見せる。
「じゃーん!」
「水琴が大きなバッグで助かったわ」
『な……貴様……まさか……!!』
「そういうこと。アンタは正真正銘、ただの小娘の私に"実力"で負けたの。てか抜けなかったしあの刀」
納刀し、鼻で笑うように刀の刃こぼれを確認する六華。鬼丸は這いつくばりながら大きく歯を食いしばって鳴らし、壊れた腕で地面を叩いて声を荒げる。
『何故だ!?何故何故何故何故!儂を愚弄したか小娘ェ!!!』
「愚弄?勘違いすんな。これは刀匠、安綱への敬意よ。完全に勘だけど、安綱はきっと人斬りなんで望んでない。それなのに、無意味な死体斬りをするわけにいかないわ」
「流石は六華ちゃーん!見た目の割にやっさしぃーいね!!」
「うっさいわねもう。大人しくしてなさい」
ギシギシギシッ……!!!
「?」
「ゔっ!ォ゙ェッっ」
「「白(ちゃん)!?」」
突然白の身体の痣が急速に広がる。とっさに鬼の力で進行を食い止めるが口から吐瀉物が溢れ、白は横に倒れ込み、顔をかつてない程に青白くしながら苦しみ始める。
同時に、夜闇に鳴り出す刀を握る音。鬼丸は倒れ伏しながらも刀の柄を握りつぶさんばかりの力で握りしめている。
溢れ湧き出る、禍々しい怒りと語りの力。
『やめだ。呪いは解かん。契りは果たされておらん。小娘、今一度だ』
「はぁ!?ざっけんな!私の勝ちでしょうが!約束破ってんじゃないわよ!!」
「儂は安綱を指して死合を望んだのだ。先に契を違えたのはそちらであろう」
「ッックソッ!10秒でケリをつける。白、水琴!もうちょっと待ってて!」
語り怪において言葉、言霊は語りと同様の深い意味を持つ。揚げ足を取られ、それが事実であればその語り怪の能力は作用する。苦しむ白を一刻も速く解放するため、六華は再び構える。
『では、ゆくぞ』
ガインッ!!
(硬っった!)
さっきまで受け身の姿勢だった六華は構えを変え、一転して攻勢に移る。
しかし、刃が通る肉の部分が無くなり全身鎧となった鬼丸の身体には刃が中々通らず、傷をつけるだけ。
(狙うなら首への突き。関節部分を狙う隙はない、一撃で決める!)
鎧の構造上、首、関節は堅牢な鎧には守られない。それを知っている六華の狙いが限定され、鬼丸の首へ意識が集まる。
鬼丸が刀を振り上げた瞬間、刀を反転させ、月光を刀身に反射させて目を眩ませる。
『小癪な!』
ブゥォンッ!!
大太刀程の大きさの鬼丸の刀は空振り。砂塵を巻き起こす。六華は地面を大きく強く踏み、姿勢を低く下から首へと突きあげる。
(殺った!!)
ドスッバキインッ
首へと必殺の一撃。しかし、相手は人外極まる刀の怪。
刺さった刀を顎当てと胸鎧に挟んで止め、そのまま乱暴にへし折る。
「ッ!」
一瞬の勝利を確信した揺らぎと緊張の弛緩。それを鬼丸は見逃さなかった。空振った刀を翻して再び六華に振るう。
「くっ!」
ボキィンッ
【円尾】
折れた刀でそれを受け流すが、残る刀身も完全に折られ、さらに追い打ちが加わる。鬼丸の刀身が曲がり、弧を絵描くように六華の鳩尾へと襲いかかる。
『ほう、流石だ。良いぞ』
「……はぁっ……ふぅ……!ヤクザの娘ぇ……舐めんじゃないわよ!!」
六華はいつも胸元に忍び込ませている短刀で辛うじて内臓を避けるように受け流す。脇腹を掠るが、痛みをものともせず鞘と短刀を両手に構える。
しかし、一気に優勢が覆ったことに変わりはなく、兜越しに鬼丸は表情を濁らせて緩ませる。
『そら、どうした、そらそら、頑張れ頑張れ』
【円尾】【炎美】【遠日】
(クソッ!刀、せめて何か武器……!!こうなりゃ賭け!)
「水琴!!!」
「うぇっ!?なに!どうすればいい!?」
六華は僅かなジェスチャーと目線で意図を伝える。
短刀の強度は決して高くない。鞘を交えながら先程のうねる剣撃から派生する数々の技をいなし続ける。しかし、稀代の天才と言えど置かれた状況が最悪すぎる。肉体の傷は増えていき、体力も削られていく。
「くっ、こなくそぉ!!」
【鬼円】
バギィンッ、ドスッ!!
足の指先支点に回転して円を描くように斬撃。見事にそれを防ぎ切るも、ついに両の手から刀と鞘が離れ、六華の肩を大太刀が貫く。
『ふ……ふはは……ハハハハッ!!どうだ!?これが
「ふん……下手くそ……見なさいよ。貫通せずに骨に当たってる。こんな素人の突きなんて……たかが知れるわね!」
膝まずき、血の抜けた青い顔で鬼丸の視線の下から六華は煽り言葉で睨みつける。そしてゴリゴリと骨が抉れる音を立てながら六華は一本前へ出る
『何処までも、気に障る小娘だ。もういい!貴様の肉体なぞいらんわ!!』
ブシュッ
「ぁぐっ……!」
鬼丸は肩から大太刀を引き抜き、元の太刀の大きさにまで戻して首に一度刃を当てる。ちらりと水琴の方を見て六華はタイミングを図りながら肩を抑えて血を絞る。
『人思いに首を飛ばしてやろう。せめてもの情けだ。言い残すことはあるか』
「生憎だけど地獄は予約済なの。そして、逝くにはまだ早いわ……水琴!!」
ビシャァッ!
「どぉりゃぁぁ!!」
鬼丸の振った一閃を、肩から流れ出る血を振って顔面へとかけて視界を塞ぎ、後転して飛び水琴を呼ぶ。
水琴は全力で安綱を投げ飛ばす。しかし、それは気の抜けた明後日の方向に飛んで行く。
「ちょっ……このっ大馬鹿ァァア!!!」
「ごめんなさいぃぃ!!!」
ーーーカチンッーーー
『世話の焼ける……』
絶体絶命に見えた瞬間、最期を覚悟した六華の手元へと引き寄せられるように飛んでいく。
「えっ!?」
『良い。さっさと俺を抜け』
突然喋りだす安綱の言葉のままに、六華は体制を整えて鞘から安綱を引き抜く。現れたのは蒼い色の桜刃紋。それが絶えず散るようにひらひらと僅かに揺れ動いている。
『……貴様は歴史にも語りにも残らぬ刀であろう。安綱の怨恨と、文字通りの血骨が鉄に溶かされた最後の刀。そして!人を斬れない失敗作!!』
空を斬り、その振りで強く風が吹く。嘲笑しながら抜かれた安綱へ冷ややかに言葉をかける。
『斬れぬ刀なぞ笑止千万!!数百年ぶりに鞘から抜けたとて貴様に価値などない、精々小娘と共に斬り葬ってやろう!!』
『なまくらではない。俺は安綱、"黄泉斬り安綱"。黄泉へと送れ邪を断ちたまえ、
「……要するにアンタは刀じゃない、なまくらってことらしいわよ」
『わ……儂を……一度ならず二度までも!!この!百怪談の鬼丸国綱を愚弄するかぁぁ!!!なまくらと小娘ごときがァァ!!!』
殺気を隠そうともせずに、怒りに任せて呪いを振りまき、回りの草花たちを枯らしていく。
『六華殿、まだ動けるか?』
「まだまだいけるわ。アンタはアイツみたいに身体動かさないのね」
『言ったであろう。刀は使い手あってこそと。お魅せしよう、刀匠安綱の、最高傑作の斬れ味を』
瞬間、乱れ狂うように刃紋の桜が舞い始める。
黄泉斬り安綱を握る手に力が入る。しかして無駄な力を入れず、全身に呼吸を巡らせ肉体の末端まで感覚を行き渡らせる。
「……不思議ね、初めて握った気がしないわ」
「六華ちゃん!!危ないって!」
酷く静かに、まるで街並みを歩くかのように歩を進めながら、怒りにまかせて刀を振るう鬼丸の懐へ入る。
刀が六華の身体を通る瞬間、最低限の動きで刀を避ける。
そこからは一瞬の出来事。極限のリラックスと集中状態。武に生きる者にとって最高の状態と六華の技術。そして真の主を見つけた対、人外最強の刀。
「鬼丸よ。貴様の語りはここらで一度
キンッ
水琴と白に聞こえたのは納刀の音と風に揺られる木々の音。鬼丸の扱う偽の身体は立ったまま真っ二つになり、霧散していき、本体は地面へと突き刺さる。
水琴は見事な剣筋に青ざめ、白は小さく感嘆の声を漏らす。
「凄っ……」
『六華殿。氏は何と言う?』
「……西園寺。三代目西園寺組組長の娘、西園寺六華よ」
『しかと刻んだ。俺は貴殿を主としたい、認めてくれるのなら、俺の刀身へ血を』
「血……こう?」
ブシュッ!
拾った短刀で右手を切る。アドレナリンのせいか、痛みを感じていない六華は深く切りすぎたようで掌から血が吹き出す。
『ばっ……いやいい。後でちゃんと治療してくれ』
六華の血が刀身を伝い、入っていく。
「……終わり?」
「あぁ。これで俺との契約は成された。これからは永劫、傍らで六華殿の刀と成り続けよう」
「はぁ…終わった。白〜、水琴〜。戻ってご飯にしましょう……流石に疲れたわ」
六華はカチンと小さく金属音を鳴らして安綱を収め、二人にふらふらと近寄りながら欠伸をかき、呑気に話す。しかし、白は倒れたまま起き上がらず、それを確認している水琴は顔を青くしている。
「六華ちゃん、白ちゃんの痣が……消えないの!」
六華の背筋が凍る。全身にざわざわとした鳥肌が立ち始める。
「そんな……ちょっと!アンタ約束が違うじゃない!!さっさと戻せ!ポンコツなまくら!!」
地面にささった鬼丸を手に取り暴言を吐きながらガンガンと殴りつけて叩き起こす六華。鬼丸は意気消沈としながら最後の抵抗に嘲笑する。
『ふ、はは……無様よの……呪いは解かぬ……!』
「白は!関係ないでしょうが!!さっさと解け馬鹿!なまくら!!ボロ刀!!クソジジィ!!」
「六華殿」
「なによ!いま忙しいの!」
「俺は人ならざるものを斬れる刀だ。無論、呪いも例外ではない。この程度なら容易く斬ってみせよう」
「本当!?ならやりましょう、すぐやりましょう!水琴!白を起こして!」
「えぇっ!?死んだらどうすんの!白ちゃん一応半分鬼なんでしょ!?」
「大丈夫よ!絶対!!多分!半分は!」
鬼丸を放り投げて白に駆け寄り、刀を構える。水琴は慌てふためくが、出血と疲労のせいで正常に思考できていない六華は安綱を構える。
「斬るわよ白!今楽にしてあげるからね!!」
「ねぇ違うよね!?そっちの意味じゃないよねぇぇ!!?」
ーーー
翌朝
陽の光が、大きな窓から障子を通して柔らかく挿し込む。三人で一番速く起きる白は、夏特有の熱気を浴びてぼんやりと目を覚まして身体を起こす。昨晩の記憶が途中から無くなっているが、両隣で自分の手を握りながら二人の親友が間抜けな顔で寝ているのと、部屋の隅に白が普段携帯している札がベタベタ貼られた鬼丸を見つけ、全てが円満に終わったことを悟る。
「起きたか、白殿」
「……そっか、終わったんだ……」
「あぁ、あの後、呪いは俺と六花殿が完全に斬り捨てた。安心して良い。二人はその後は倒れたが、水琴殿が必死にここまで運んできた。旅館の奉公人達は事情を知っているようだな、皆が起きるまでこの部屋には誰も近づかないようだぞ」
「そっか……二人には後でお礼しないと。あと、貴方にも」
「俺にはいらぬよ。主への言葉が俺への言葉だ」
「固いね。まぁ……ちょっと困った子だけど、六華のことよろしくね」
「あぁ、しかと任された。それと、もう少し眠ると良い。六華殿も重症だが、そなたも命に危機があったのは事実だ」
「うん……じゃあ……もうちょっとだけ……」
強く二人の手を握り、バタリと倒れ込むように目を瞑ると寝息を立て始め、黄泉斬り安綱も少しだけ思考を深く沈める。
時刻は明るいがすっかり夕方。三人は元気に起床する。大声で挨拶する水琴に、二度寝から静かに目覚める白、そして悶え打つ六華。
「おはよー!!あれ!?もう昼じゃん!」
「ん、おはよう水琴。六華も……どうしたの?」
「痛い……痛い痛い痛い!!肩も腹も足も手も痛い!!」
「え、治してないの安綱さん?」
「俺は道具だ。多少主の肉体の潜在能力を引き出したりは出来るが治癒能力は範疇ではない。鬼丸がやっていたのは語り怪に肉体を置き換える術。六華殿には悪いが、自力で治してくれ」
「あー……私が特殊なだけか。六華、起きれる?取り敢えずちゃんと手当てしよ?」
六華は普段からさらしを巻いているため、お腹の方の血は圧迫して止血されているが、最も重症な肩の部分を正確に治療する。
「いたた……」
「痛み止めがそのうち効いてくるよ」
「うぅ……ありがとう白」
「……お礼を言うのは私の方だよ」
コツンと、六華のたおやかで引き締まった背中に優しく白は頭をぶつける。
「護ってくれてありがとう、六華。もちろん、水琴も」
「へっ?私なーんにもしてないよ?」
「水琴がいなかったら、私達はすっかりお通夜気分だったよ」
「そう。貴方は何も考えずに笑顔を振りまいてればいいの」
「そ、そうかなぁ?」
白は二人を抱き寄せ、三人で身を寄せ合って無事を喜ぶ。ふと、誰かのお腹が鳴る。
「「「……あははっ!」」」
「またこのパターン?」
「ご飯食べよう!」
「朝も食べそこねたし、お腹ペコペコ」
「村を救ってあげたんだし、お昼くらい奮発しても誰も文句は言わないわ!ぱーっと行きましょう!」
三人は着替えて部屋から出る。エントランスまで行くと、受付の女性が声を荒げる。
「巫女様がお目覚めです!!旅館の従業員は急いでエントランスにお越しください!巫女様方、少々お待ちを!!」
「……これ、もしかして六華のこと?」
「六華ちゃんが巫女ぉ?あの話マジに信じてんの?無い無い、勘違いしてるだけでしょ」
「無視して行きましょ。面倒だわ」
旅館の扉を開けようとするが、エントランスには本当に旅館の人間全員とも言える人数の女中や中務、料理人、番台が女将を先頭に集まり、深々と頭を下げている。
「わ。六華のお家みたい」
「まぁ……否定はしないわ」
「巫女様方、先ずは僭越ながらこの村を代表して感謝を申し上げます。呪いの刀をお祓いくださり、ありがとうございます」
「「「「ありがとうございます!」」」」
「あぁ……そういえばそういう扱いになるのね、アレ」
「そんなに直ぐに分かるものなの?祓い屋でもこの村にいるとか?」
「はい、大女将がその血筋でして。実際に源泉も湧き出し、暗く沈んだ村の雰囲気もまるで清流のようにーー」
「あ、もういいもういい。分かったから」
小さな問いかけから話が広がりそうなのを、六華は左腕で静止して話を止める。二人も同じ意見で溜め息をついて辟易している。
「私達疲れてるから、悪いけどそういう面倒な話しはいいの。感謝するっていうなら、お昼が美味しいお店でも教えてくれない?」
「そういうことなら我々で最上のおもてなしをさせていただきます!皆さん、急いで準備を!!巫女様方はこちらの方へどうぞ」
女将が声を荒げると旅館中が急いで準備を始める。
バタバタと木造の旅館が揺れるほど忙しなく走り回り始め、三人は大浴場へ案内される。
部屋で沸かしたただのお湯とは違い、硫黄の香りのする大きな浴場。その次は竜宮城もびっくりのテーブルを埋め尽くすご馳走。六華は家柄で慣れおり、水琴も生来の無邪気さから素直に楽しみ、贅沢に慣れていない白は目をしばしばと瞬かせていた。
食事が終わり、これまた涼しい環境下でデザートを食べていると、女将と共に大女将と思われる老人が部屋へ入ってくる。
「巫女様方。先ずは今一度、私めの方から感謝を。村を蝕む呪いを断ち切りくださり、ありがとうございます」
白は話しを聞くにあたり、手元で鏡と通話を繋げる。
通話が繋がり、スマホ越しで理解したのか鏡の声は聞こえない。
「それは別にいいんうえ代々伝わっておりました。それは、"災いが断たれその後、日出ずる国にて幼子の如き、秩序なき悪呪が開かれ、混沌が訪れる"。と」
「いや……なんていうか……」
「うん……まぁ」
「「安っぽい……」」
「なっ!?」
真剣に話す大女将の顔は、六華と白の言葉を聞いて崩れる。隣で水琴はその言葉に耐えきれずかお腹を抱えて爆笑している。
「で、何?それを巫女様だかが断ち切れって?冗談じゃないわ。そういうのはあの探偵の仕事でしょ」
「つまり私の方の仕事だよね。もしくは祓い屋」
「ていうか、そもそも日本危ないよ〜ってしか言ってないし、解決法とか予言されて無くない?」
「……み、巫女様こそがその解決に導いてくれる救世主だと……」
「そんなの幻想だよ幻想。人間って存在しないものに縋りたがるからね~。雨乞いだって雨が降るまで祈った結果だし、ガチャだって神に祈っても所詮確率じゃん?」
「珍しく水琴が正論言ってるわ……」
「ちょっと意外かも」
「し、しかし、予言には……」
「予言だってどうせ語り怪でしょー?白ちゃんが未熟な鬼ちゃんなように、その語り怪だって天気予報程度の確率かもしれないよ?運が良ければ災いやら混沌やらは起こんないし、起こってもさらに運が良ければ救世主も現れるって」
「なんだ、結局いつもの水琴か、なんか安心したわ」
普段と比べ違和感のある水琴の言動だったが、結局最後はいつもの、"なるようになる"という風な結論に二人は薄く笑う。
「ま、そう言うことよ。おもてなしはありがたかったけど、明日の朝にチェックアウトするから。二人共、部屋に戻りましょ」
「は~い」
「うん。そういうことらしいです。それじゃあ、ご馳走さまでした」
白はスマホの電源を切り、部屋へと戻っていく。大女将は納得できなさそうに顔を渋らせながらも、なんの強制力もない上、水琴に論破されてしまっては話を続けることもできず、三人を見送った。
翌朝
「ほら起きて二人共。チェックアウトだから帰り支度しないと」
「は~い」
「あ、そうだ。ねぇ黄泉」
「……ん?俺か?まぁなんと呼ぼうが構わんが」
「いちいち長いんだもの。バッグに入れるから縮んで」
「それなら、俺と六華殿は契を結んだのだ。肉体に収納できる」
ズブブ
「おわっ!なんか……ちょっとキモい感覚」
「キモ……まぁいい。いつでも何処からでも俺を取り出せる。短刀を懐に持ち歩くより良いと思う」
「へぇ、便利ね。良いじゃない。鬼丸は……まぁ木刀に見えるでしょ多分」
「段々と六華ちゃんも染まってきてるねぇ」
「いやアンタも割と肝座ってる方だから」
白と六華は語り怪との初遭遇時は取り乱していたにも関わらず、今回のような事件で水琴は終始大して焦る素振りはなかった。能天気な性格が生かされていることを二人は素直に感心する。
旅館から出る時も感謝され、どっさりとお土産を持たされる。それどころか村中に昨夜の件が知れ渡っており、道行く人に感謝され様々な物をサービスで渡された。
妖刀鬼丸、黄泉斬り安綱。それと数多の幸福を両手に抱えきれないほど持ち帰り、三泊四日の旅は締めとなった。
夏は始まったばかり。過酷になる暑さとは真逆に、冷ややかに人間を嘲笑う数多の語り怪達。
最凶最悪。最呪の箱が、その蓋を開ける。
???
黄泉斬り安綱。
歴史にも語りにも残されていない、幻の刀。
一説には最高の斬れ味で、"人以外"ならなんでも斬れるらしい。
恐ろしくも、"支配幕"達への切り札になるかもしれない…。