九十九物語   作:レガシィ

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第六幕 騙して嗤う子供の戯れ(前編)

 先日の旅行から四日、六華は全治1週間の怪我を負った。

 

 今日も白は部屋から動けない六華の元へお見舞いがてらに宿題をしに行き、その帰りだった。

 

「ただいま……あれ、いない。クロエちゃんも。他の依頼かな?」

 

 事務所へと帰り、コップに水道から水を注いで飲み、リビング兼仕事場に行くと、鏡のデスクに置かれた黒い箱と額縁に白は気がつく。箱の上には、"やっておいて"の五文字。

 

「?」

 

 箱を開けると、殆ど真っ黒なパズルのピースと何かの絵柄になっているのか黒をベースに白と紫に黄色のピース。直ぐにジグソーパズルということは理解しつつも、疑問符が頭を巡る。

 

(確かテケテケの件以降、事務所の語り怪対策は強化してるって言ってたし、ただの鏡さんの戯れか……)

 

 小さくはない額縁を置き、静かに、セオリーの通りにパチパチと音を立てて端から埋めていく。パズルの数が非常に多く、色柄も殆ど変わらないことから苦戦しつつも段々と没頭していく。

 

(何の絵なんだろう……)

 

 次第に回りが見えなくなり、おかしいと理解しつつも手は止まらず、完成へと向かい続ける。見たくないものを見てしまう好奇心、深い底はどうなっているのかと好奇の心を燃やす探究心。それらはいつでも、いくつもの人間の命を奪っていったというのに……深い、不快、不解の答えはすぐそ

 

 パァンッ!!

 

 不意に、白の頭の後ろで大きく手を叩く音がする。背中をビクリと震わせ、手に持つピースを落として驚く白。振り向くとそこにいたのは見知らぬ老人。手には木製の杖を持ち、眼鏡をかけている。白銀に染められた髪とシワの寄った顔だが、若々しささえ感じる。顔を見て硬直してしまった白に、老人は優しく語りかける。

 

「お嬢さん。それは呪いの類じゃろうて。決して完成させてはならん」

 

「ぇ……あ、はい……って、あの……おじいさんはどちら様で……?」

 

「む?噂通りか、それとも儂の腕が落ちたか……。まぁよい。どれ、貸しなさい」

 

「えっ、あ、どうぞ……」

 

 脳では確実に眼の前の老人に対する疑問が溢れて止まなず、ゾワゾワとした異物感が身体を駆け巡る。だというのに何故か安心感が心の底から湧いてでてきてしまう。

 

(間違いない……語り怪……)

 

 警戒する白とは裏腹に、穏やかな顔で老人はボソボソと何か呟くと、老人の手の中でパズルのピースが燃え、連鎖的に白の完成させようとしていたパズルも全て燃え始める。

 

「熱っ……くない……?」

 

「【妖火】。人に害は成さんよ。さて……鏡の坊が助手を雇ったと聞いたから来てみれば……」

 

 ジロジロと白の顔を顎のヒゲを弄りながら見てくる老人。様々な考察が頭を巡るが、取り敢えず取った行動は。

 

「お……」

 

「む?」

 

「お茶、淹れます……」

 

 その言葉を聞いて、老人は笑顔で腰を重そうにソファへ掛ける。緑茶を差し出し、白も反対に座って一息をついて落ち着く。

 

「えっと……おじいさんは語り怪ですよね……?」

 

「無論。鏡の坊とは知り合いでの。助手を雇ったと噂で聞いたから来てみたんじゃが、こんな別嬪さんじゃったとはのぉ。若い頃なら放っておかなかったわい」

 

 カカカッ、と口を開けて乾いた笑いをしながら、机に常備されている煎餅を一つ齧る。

 

「さっきの……呪物だったんですよね。ありがとうございます」

 

「気にせんでぇぇ、茶も出してもらったしのう」

 

 ペコリと頭を下げて御礼を言い、それを受け取る。軽い雑談を挟んでいくと違和感は強くなり、白は一歩踏み込んで老人に問いかける。

 

「あの、おじいさんは百怪談ですか?それとも、純粋に長生きな語り怪ですか?」

 

「おっとそうじゃそうじゃ。名乗り忘れてたわい。いかんの、歳を取るとすぐにこれじゃ」

 

 大口を開けて笑い飛ばし、老人は自らの正体を明かす。

 

「初めましてお嬢さん。百怪談が肆の語り、百鬼夜行総大将の"ぬらりひょん"。改めて宜しく頼もう」

 

「ぬらりひょん……」

 

「社会に溶け込む時は讃良(きぬら)と名乗っておる。まぁ好きなように呼んどくれ」

 

「あ、よろしくお願いします。私は鬼灯白です」

 

 差し出された手を握り返す。ゴツゴツとした老人の手の感覚と、血の通った温かみを感じながら仄かに安堵感が湧く。

 

「それにしても、鏡の坊は何をしてるんじゃ。折角、吉備から遥々来てやったというのに」

 

「吉備っていうと岡山……かなり遠出してきましたね」

 

「そうさのう……老人には堪えるわい。まぁ語り怪は歳を取らんがの」

 

「え、そうなんですか?」

 

「む。知らんかったのか。安心せい、お嬢さんは別じゃ。まだ語り怪になっとらんからの」

 

「まだ?まるでーー」

 

 バタンッ

 

「悪いなご隠居、待たせちまった」

 

 事務所に入り、聞き耳を立てていたのか乱暴に会話に鏡が参加する。白の両耳をクロエが後ろから肉球の手で押さえて気を逸らす。

 

「鏡さん、クロエちゃんも、何処に行ってたんですか」

 

「野暮用だ。これ土産な」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「私はちょっと寝るにゃん」

 

 ぽてりとクロエはソファに丸くなって寝息を立て、鏡は

 

 放るように机の上に洋菓子の袋を置く。この数日で鏡は"野暮用"といって度々事務所を空ける。店番をしている白がほぼ相談だけの依頼人の相手をしたりしている。

 

「えっと、讃良さんも召し上がりますか?」

 

「おぉ、優しい娘じゃの。じゃが気持ちだけ受け取っとくわい、年寄りにはそんな"はいから"な食べ物は合わんでな。坊にも会えたし、失礼させてもらうぞい」

 

「お話は良いんですか?」

 

「じいさんは大丈夫だ。あ、近頃物騒なんで、気をつけてくださいよ」

 

「お主もな」

 

 ドアノブを回す音すらとても静かで違和感がない、一連のスマートな出来事と退室で、白はまるで事務所の一員かのように錯覚する。その現象を不思議に思っていると、鏡が軽く補足する。

 

「"ぬらりひょん"は他人の家に入り込んでただめしを食う。その程度の妖怪の語り怪だ」

 

「結構強そうでしたけど……」

 

「また、一説には妖怪達の総大将とされてる。だが、あのじいさんの真価は腕っぷしの強さじゃなくてその頭脳にある」

 

「物凄く頭が良いってこと?」

 

「あぁ。俺も数回しか見聞きしたことがないが、取り敢えず現代数学、科学、化学、政、歴史は網羅してる。あと、投げたボールが何処に落ちるかとか、描きかけの絵の仕上がりを当てたりするとか」

 

「それって……例えば、パズルのピースだけ見て絵を予想したりできます?」

 

「ん?まぁ出来るだろうな。とはいっても、聞いた話だが」

 

「……鏡さん、実は」

 

 白は呪いの類と呼ばれたパズルのことを話す。机に置かれていた黒を中心としたピースで構成されたパズルと、それを解いている間、不思議と没入してしまったこと。

 

 讃良が来なければ自分はそれを完成させてしまっていただろうということ。そして鏡も不思議な出来事があったことを話す。

 

「そうか……俺もここに来るまでに道に迷った」

 

「鏡さんって方向音痴でしたっけ?」

 

「ちげぇよ。化かされたんだ。それもかなり高度な技術だ。クロエがいなけりゃ俺はここに今も辿り着いてない」

 

「"化け"の百怪談が苦戦する相手、ですか?」 

 

「違うにゃん!」

 

 突然起きたクロエが声を荒げて否定する。

 

「確かにそこそこ、ちょーっとだけ悪くない術だったにゃんけど!問題は数にゃん!!」

 

「数?」

 

「何重にも重ねて絡まった糸は解くのが難しいのと一緒で、化かしも重ねるほど面倒なんだと」

 

「はん!でも陳腐なもんだったにゃん!ただパズルを雑に重ねた足し算に過ぎなかったにゃん!私ならもっと、もっとこう!」

 

 クロエは最初と同様の黒い幼女の姿に化け、頭を掻きむしったり跳ねたりしながら向かう先のない憤りをぶつけている。その姿を無視して鏡は話を続ける。

 

「それに、最近祓い屋のちょっかいが多くなってきた」

 

「あ、野暮用っていうのはそれですか?」

 

「そう。雑魚の語り怪を心霊スポットにばら撒いたのを祓ったり、俺への監視が増えたからそれの確認とかな」

 

 鏡は溜め息をつきながら野暮用の理由を話す。

 

「それ、多分私のせいですよね」

 

「多分な。百怪談も今月だけでもう四体も怪収してる。でもまぁ、気にすんな。元々ウチはグレーな商売だし、遅かれ早かれこうなってはいた」

 

「そうですか。それなら良いんですが……」

 

 不安と同時に、白はノートを広げて日課の勉強をこなしながら、今日までの怪談を振り返る。騙裏探偵事務所には怪収した"鏡"が一階の倉庫に保管されているが、白が来た時点での枚数は0。鏡がいつから探偵をしているかは不明だが、明らかに百怪談と出会う頻度は増えているように思っている。

 

(考えられる原因……やっぱり私だろうな……)

 

「そういえばかなり話は戻るが、じいさんが燃やしちまったパズル。正直心当たりが多すぎて誰の仕業か見当もつかん」

 

「まぁ……今後はそういうのに触れないようにします」

 

 ピンッポーン

 

 二人の話に区切りが着くタイミングでインターホンが鳴る。依頼人かと構えてクロエは猫に、鏡はデスクに座り、白が返事をしてドアを開ける。

 

「こちらが、心霊専門の探偵さんであっていますでしょうか?」

 

「えぇ、はい。正確には、心霊"も"扱う探偵事務所です。こちらにどうぞ」

 

 ソファへ通し、座る彼を軽く観察する二人。見た目はスーツ姿で少し小柄な恰幅の良い中年の男性。白がお茶を出して鏡は正面に座り、白はその横に座る。

 

「ようこそ、騙裏探偵事務所へ。専門ではありませんが、そっち方面の話ならば力になれることを約束しましょう」

 

「これは心強い。私は美術館を経営しております、海馬と申します。以後、お見知りおきを」

 

 海馬と名乗る男性は名刺を取り出し、白と鏡に丁寧に渡す。

 

「さて、小難しい話は抜きにしましょう。貴方方に、私の経営する美術館で警備をしてほしいのです」

 

「……まぁ、ウチに頼むっていうのは"そういうこと"なんだよな?」

 

「えぇ。当館の展示品の一つに、黒百合の花を主題とした絵があるのですが、主にその周辺を警護してほしいんです」

 

「周辺?……あぁ、"呪いの絵"か」

 

「はい、その通りです。その絵は先月の頭から展示しているのですが、監視カメラを確認していると毎日その絵の前で足を止める女性がいるんです」

 

「続けてくれ」

 

「でも、その女性が入場券を買った様子も記録もないのです。それに加えて、これを見てください」

 

 監視カメラの映像と思われるものをノートパソコンで映し、二人に見せる。件の呪いの絵と思しきものの周辺の監視映像、絵を中心に人々が通り過ぎてゆく様子が数分映る。

 

「……これが何か?」

 

「ここからです」

 

 少しの間大人しく映像を見ていると、突然映像が真っ黒に塗りつぶされたかのように暗転する。そして、"声"が聞こえ始める。

 

『ーーー、ーーー、ーーー』

 

 そして映像は再び何事もなかったように戻る。

 

「……お分かりいただけましたか?」

 

「白、なんて聞こえた?」

 

「私はひたすら名前を呼ばれました。お二人も多分それぞれの名前。ですよね」

 

「そう、恐らくあちら側に誘われてるな。んでもって、これ多分呪いもらったな」

 

「……え?ん?なんでそんなに冷静にしてられるんですか??」

 

「おいアンタ、見たところ憑かれて無いな?」

 

「憑かれる……?はてさて、何のことやら」

 

 悪びれる気もない飄々とした態度、それに苛立った鏡はテーブルに乗り出し海馬の頭を掴んで叩きつける。

 

「……チッ、初めてだ。こんなに堂々と呪い振りまくクソ野郎は」

 

 バゴンッ!

 

「ちょっ!?」

 

 目の前の鏡の行動に白は呆気にとられて肩をビクリと跳ねさせる。

 

「吐け、映像を何人に見せた」

 

「へ……へへ、さ、さぁ。俺はこの絵の素晴らしさを広める為に、見せて回っただけだからな……」

 

 ガァンッ!!

 

「やっぱ喋んな。腹立つ」

 

「か、鏡さん、流石にやりすぎじゃ……」

 

「コイツ、当てられたわけじゃなさそうだ。根っからのクソ野郎。大方呪いのことを知っておきながら、色んな奴にこの趣味の悪い絵の映像見せてばら撒いてんだろ」

 

「し、失礼な……!」

 

 鏡の押さえつける顔を力づくで上げながら、彼は犯罪者の独白のように自らのポリシーを語りだす。

 

「アレこそが私の求める"芸術"!!描き手がその生涯を賭け、自らと同じ感情を他者へ強制的に引き起こす共感覚(シナスタジア)!!」

 

「花子」

 

「もう集めてあるわ。その絵の持ち主は数年前に自殺。残ったその絵はオカルトマニアの間で高値で取引されてたみたいね。自らの血液と涙、世への恨み辛みを絵の具に混ぜて描いた絵……立派な呪いね」

 

 静かな怒りを覚えながら鏡は花子を呼ぶ。トイレの中から現れた彼女は有能さを示すように淡々と始終を語る。

 

「白。時間が惜しい、今から行く。説明は道すがらする、準備しろ」

 

「えっ、は、はいっ!」

 

「花子はそいつを絞れ。金庫やらカード、なんでもいい。髪の毛一本残ささず金を毟り取れ」

 

「あら、か弱い幼女に任せる仕事にしては重たいわね」

 

 準備を終えた白と鏡は事務所から出て美術館へと向かう。取り残された花子は楽しそうにニヤつきながら海馬の前へ立つ。

 

「じゃ、始めましょうか」

 

「ヒッ……」

 

 防音作りの壁を貫通して木霊する絶叫を背にしながら、端的な説明とともに美術館へ向かう。

 

「あれは呪いの絵だ。話に出てきたシナスタジア(共感覚)、作者が自殺してるあたり、俺達みたいな語り怪の関係者じゃない限りは心に闇があればすぐに自殺を煽られる。でも大きな事件は聞いてないから、まだ大した被害は無いんだろう」

 

「まぁ……特別な説明は大丈夫です。要するにその絵を壊せばいいんでしょう?」

 

「そう。残す価値が無い呪物だ。怪収なんて生温いことは言わん、完全に祓う」

 

「分かりました。ていうか、逆に残す価値のある呪物ってなんですか」

 

「四次元ポケットとか?」

 

「ド◯えもんじゃないんですから……」

 

 軽口混じりの会話を交えながら二人は美術館に向かう。道中、作戦の概要などは無く、ただ絵の破壊を目的とした依頼。厳密には押し売りのようにも思えるが、そんなことは些事である。

 

「ここか」

 

「今更ですけど、入ったとしてどうやって壊すつもりですか?警備とかお客さんとかの目がありますけど」

 

「俺の力で一度鏡に閉じ込める。んでもって持ち帰って壊す。こういう系の語り怪は自分では動けないし、特別頑丈とかって性質は大抵無いからな。例外はあるが」

 

「あぁ、例外……」

 

 先日出逢った呪具、"鬼丸国綱"は死体を操り人形として自由を得ていたことを思い出し、辟易してため息を吐く。

 

「で、あとは監視カメラだが、そこはクロエがなんとかするから問題ない」

 

「"化け"の汎用性が高すぎる……」

 

「もっと褒めても良いにゃん」

 

「つーかコイツがそもそも俺より格上の百怪談だからな。現状ウチの最大戦力だ。こんなだけど」

 

「にゃ!?こんなとはにゃんにゃ!このキュートでラブチーでストリングな私様を!」

 

「へいへい。さっさと術かけろ。猫は入れねぇぞ」

 

「もうかけてるにゃん!」

 

 案の定、特別な展覧会等も行われていなかったため、チケットはいらず目的の絵まで素通りする。不気味なほど静まり返っているが、これが美術館の持つ独特の静けさだろう。

 

 特にそういった物事に縁のない生活だった三名は目的の絵にしか用がないため、そう判断してあらゆる展示物をスルーして歩いていく。

 

「監視カメラに映ってた壁的にこの辺りのハズ。お、あったぞ、つくも……?」

 

 振り向いた鏡の視線の先に、白はいなかった。それどころかクロエも視認出来ず、気配も感じない。

 

『アハハハッッ!!!』

 

 バツンッ

 

 瞬間、けたたましい程の女児の笑い声と共に、美術館の照明が落ちる。

 

「マズったな、こいつは……」

 

 鏡は煙草を加えて火を付け、護の札を自分の腕に貼り付けて確認を行い、方向感覚と敵に備えて壁に背を貼り付けて視界を広く保つ。

 

(分断……クロエは白の肩にいたし一番戦闘力の無い俺が連れていかれた側だな。呼びかけはマーキング。あのクソ野郎……この美術館そのものがデカい呪物だったのか?)

 

 鏡の考える現状の可能性は三つ。それを打破する方法を画策する。

 

 1、肉体ごと閉じ込められている可能性

 

("化け"の筆頭であるクロエ相手にそんな高度な事が出来るとは思えん、無し)

 

 2、ただの幻覚。

 

(煙草の匂いも護の札も俺に"効いた"。この線も薄い、となると)

 

 3、精神だけが連れていかれた。

 

(これだな、二人の目が離れた隙だ。クロエは他人が化かされるのに弱いし白は人間だ。そう難しいことでもない)

 

「打破の方法。この手のは本体が内側にいなきゃならんもんだが……」

 

 どろぉっ……

 

 絵の具がぼちゃぼちゃと重たい粘性を感じさせながら屋上から垂れてくる。それらは徐々に形をなし、周辺を歩き始める。

 

(俺の姿が見えないから自動から手動に変えたな。間違いなく"思考"が成立してる。条件は不明だが、出る方法は総じて決まってる)

 

「見つけて祓う。シンプルだな」

 

 鏡は煙草を消して煙を払い除け、不定形な三体の絵の具の語り怪達の前に立ち、わざと足音を隠さず鳴らして自分を認識させる。

 

「親玉は何処だ?教えてくれよ」

 

『コッ、コ"ッココッ』

 

「やっぱ無駄か。じゃいいわ。退け」

 

『オッ……オォオッ』

 

「反像、落つる底なし水面の中へ。行き先なしの鏡の怪。定員不明……ご案内」

 

【水鏡】

 

 鏡は胸ポケットから取り出したボトルを開けて鏡面性のある液体をばらまいて鏡面を作り出す。そして最低限の"語り"で語り怪達を水の鏡に閉じ込めて無力化する。

 

「いくらでもかかってこい。これっぽっちじゃ俺の首にゃあまだまだ届かねぇぞ」

 

 ーーー

 

「……クロエちゃんこれ、明らかに別の語り怪の仕業だよね」

 

「間違いないにゃん。所長が化かされた。油断してたとはいえ私が気付けない、かなり高度な術にゃん。おまけに……いるにゃんねぇ」

 

 ぐったりとした鏡を肩で支えながら、白は既に破壊し終えた件の呪の絵の破片を手に取る。

 

 嫌な汗と、気絶した鏡の呼吸で不安感を感じながら、白は極めて冷静に努めている。

 

 しかし、既に呪物としての効力は無いに関わらず、美術館には人一人おらず鏡の意識は戻らない。

 

 白は警戒して簪で鬼化し、クロエも人型の幼女に変化する。

 

 カツーンッ

 

「「!」」

 

 不気味な静けさに支配された美術館。そこに響き渡る床を叩く金属音。鈴のような音と共に鳴動したそれは徐々に白達へ近付いていき、現れたのは男女の二人組。

 

「ご機嫌いかがっスか?二十五番と鬼の人」

 

「味方……じゃないよね」

 

「……」

 

 金髪に和服(狩衣)。特徴的な猫目の瞳に鈴のついた錫杖、パッと見は大学生ほどに見える"祓師"の男

 

 隣には平安装束を来た白髪の女性。クロエと同じように完璧な擬態をしている語り怪だと白は察する。

 

「いやぁ、俺は近衛優里って言う者なんスけど、お察しの通り祓師でして。ひどいっすよねぇ。いくら俺が天才だからってこんな任務に寄越すの」

 

 飄々としながらも一切の攻め入る隙を見せない近衛と名乗る男。横の女性はクスクスと口元を塞ぎながら嗤い、その視線は先ほどからクロエへと向いている。

 

「まぁそんな話はどうでもいいんス。取引しません?」

 

「……取引?」

 

「そう!そこのおっさんをこっちに渡してくれれば、二人は見逃すッスよ」

 

「冗談言わないで」

 

「冗談じゃないッスよ!実力行使ならこの一帯に"箱庭"が展開されてるんで問題ないッスけど、その人を守りながら戦えまスかね?」

 

 白はその言葉を聞いてクロエに目配せするが、答えは一致していた。いつものように嘲笑う態度でクロエは二人を相手に煽るように笑い返す。

 

「三下の祓師と語り怪に負けるにゃんて、騙裏探偵事務所の名折れにゃんよ。おっさん一人のハンデでも足りないにゃん」

 

「そこまで言うつもりはなかったけど……まぁ、そういうことだから」

 

 白は鏡を壁にもたれかけさせて拳を握りしめ、クロエは牙と爪を剥き出しにする。

 

「あっちゃー……面倒くさいっスねぇ、んじゃやりましょうか白狐さん」

 

「あら、私はそこの女に興味はありませんわ。まぁ、そちらの黒猫さんは別でしょうれけど」

 

「白ちゃん、あっちの女狐は私がやるにゃん。祓師の方はお願いするにゃんよ」

 

「……うん、分かった。気をつけてね」

 

(大丈夫、鬼の一撃に人間が耐えられるわけがない。たった一撃、それで私の勝ち。勝ちだけど……)

 

「甘ぇっスよ」

 

「!?」

 

 パリリッーバガァンッ!!

 

 目にも捉えられぬ速さで懐に潜り込み、白の腹を蹴り飛ばす。反応した白はとっさに腕でガードするが美術館の壁を破って外へ放り出される。

 

「白ちゃん!?」

 

「あら、貴方の相手は私です。他所見なんてダ〜メ」

 

「チッ、何の用にゃん。わざわざ何日もかけて化かしてまで」

 

「……あら、私の目的は600年前から変わっておりませんよ?」

 

 天狐と呼ばれていた女性は平安装束の上から九尾の尾を出現させ、笑顔を崩さずに溢れんばかりの殺気をクロエへ向ける。

 

「雪辱を晴らし、二十五番目を貴方から奪還する。それだけです」

 

「やってみるにゃん、寝坊助女狐」

 

 ーーー

 

(庭園まで飛ばされた。鏡さんの心配は……いらなさそうかな。それに……)

 

「逆に、頭が冷えた」

 

 ダメージは軽微なもので、立ち上がると既に錫杖を構えて近衛が歩み寄ってくる。白は肉体に走るピリピリとした感覚で彼の使った力を解する。

 

「電気……いや、雷か」

 

「おっ、正解ッス。俺の信仰神は建御雷神。流石天才の俺っスよねぇ」

 

「おしゃべりが好きなんだね」

 

 パンパンと身体についた土くれやホコリを払って立ち上がり、近衛を睨みつける。

 

(……雷のダメージが思ったより、いやかなり薄いっスねぇ。流石は鬼。語り怪と出逢って二週間とは思えねっス)

 

 パリリッ……

 

「鏡さんはいいの?貴方のお連れは興味ないみたいだけど、私の相手してたらそのうち目を覚ますんじゃない?」

 

「ご心配なくっス!アンタを殺すのに五分もいらないんで!」

 

 語り怪同士、祓師と白がぶつかる。

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