九十九物語   作:レガシィ

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サブタイトルはどれもダブルミーニングだったりトリプルミーニングだったりするので、もしよろしければ考察してみて下さい。
それでは、怪に呼ばれた少女の二幕目をどうぞ。


二幕目 三度鳴らして遊びへ誘う 前編

 爽やかに小鳥は囀り、都会に佇む草木達は風に揺られその体を踊らせる。窓から差し込む薄い朝日はその舞うホコリ達を可視化させ、普段の掃除の頻度を強く物語る。そして、都会の喧騒に負けぬような"いびき"が、静かな朝の目覚まし時計となる。

 

「グォー……ガ〜……ンがっ!」

 

「……?」

 

 モーニングコールにしてはあまりに風情のない声に白は静かに起きる。その正体を確認するため身体を起こそうとするが、それより先に見知らぬ天井と自身の寝ていた場所を認識する。

 

「んぅ……?」

 

 ソファに寝せられ毛布を被っている。辺りには資料と思われるものやゴミがゴロゴロと転がっており、清潔とは言い難い空間。

 

「痛っ……」

 

 白の身体には雑に巻かれてよれよれの包帯や湿布。自らの血で汚れた制服は脱がされたらしく、自分より大きく適当なシャツを着せられている。

 

「……下手。部屋も汚いし……」

 

 白の感性はズレてはいないが、服を脱がされたことに対してそこまで慌てることもなく、視線の先には、壁面ガラスを背にして椅子にもたれ、足を机に投げだして天井を向きながらガーガーといびきをかく鏡の姿。

 

「……掃除くらいしなよ」

 

「んな〜ご」

 

「あれ……猫。迷い込んだわけじゃない、のかな? 首輪ついてるし」

 

 足元でゴロゴロと喉を鳴らして黒猫が擦り寄るのを軽く撫で、まぁいいかと一息をついて掃除を始める。

 

 日の光はあれどまだ辺りは仄かに暗く、人々が活動する時間ではない時から白は日常的に動き出す。洗面所で一通り事を済ませ、自分にちゃんとした治療を施した上で、痛む身体を気にすることなくせっせと部屋を片付ける。

 

 ーーー

 

 トントンッ……ジュゥゥ……コトンッ

 

「あのー……そろそろ起きてくださいよ……」

 

「グォー……ガー!」

 

「……」

 

 白の呼びかけにいびきで返事をし、一向に起きない鏡。

 

 呆れてため息を付きながら、顎に手を当てて考えながら鏡の顔を覗き込む。その間抜けな寝顔を見た悪戯心からか、彼女は鼻をつまんで捻り、起きるように促す。

 

「……ふがっ!? なんだ!?」

 

「あ、起きた。聞きたいことあるんですから、さっさと顔を洗ってきてください」

 

「お……おう……?」

 

 突然鼻息が止まったのを察知し、鏡は跳ね起きる。

 

 鏡の目に入ったのは、ぶかぶかのシャツの上からエプロンというミスマッチがすぎる格好の白、まだ夢の中かと疑う中に、のそりと起き上がる。

 

(……?)

 

 鏡は顔を洗い、部屋へと戻る。そこで簡素ながらも朝食の支度がされているのに気付く。それどころか、汚部屋だった事務所が見違えるように綺麗になっている。

 

「お……?」

 

「冷蔵庫の中殆ど空っぽだったし、私も食べるけど別にいいよね、貴方大人だし」

 

 そう言って鏡の反対に白が座る。文句を垂れつつも一汁三菜がしっかり揃った食卓を作り出した白に鏡は素直に感心する。

 

「お前凄いな」

 

「なにが?」

 

「いや、気にすんな」

 

 手を合わせ、無作法ながらも食事を始めるのを見た白も綺麗に整った所作で食べ始める。

 

「ほーいや、ほまえのひへはいひょうふはのは?」

 

「飲み込んでから喋ってくださいよ。行儀悪いなもう」

 

 口に詰め込んで喋る鏡を見て若干の嫌悪感を示しながら上品に朝食を続ける白。

 

「ウッ! ふー。で、勝手に連れてきたけど、お前家大丈夫なのか? 親とか面倒なの嫌だぞ俺」

 

「気にしなくていいよ。私親いないし」

 

「……え、すまん」

 

「別に。あんまり覚えてないから気にしてないよ。おばあちゃんが親代わりだけど、高校生になってからは一人暮らしだし」

 

 早々に彼女の地雷を踏んだと思い、軽い態度ながらも素直に謝る鏡。しかし、それに対して特に気にする素振りを見せることもなく白は黙々と食事を続ける。

 

「じゃあ学校は? 今日平日だぞ?」

 

「一、二限くらい問題ないからサボるよ。それより聞きたいことや確かめたいことが色々あるから。それくらいは分かってるでしょ? 探偵さん」

 

「ふ~ん。ご馳走さま」

 

「お粗末様でした」

 

 鏡は白を不良少女と認識しながら、食事を終えて食器を卓上に置き、ほぼ同時に白も食事を終える。

 

「よし、お前も俺と同じハズレ者だ。何も知らないままってわけにもいかない、なるべく答えてやるよ」

 

「じゃあ取り敢えず大きく3つ。まず、『語り怪』っていうのは、お化けや妖怪の類って認識であってる?」

 

「その認識で問題ない。正確には、誰かが"語る"ことで発生する。都市伝説や怪が具現化したものだな。妖怪やお化けに限定したものじゃないが、大半はそうだ。無論例外もあるが」

 

「なんで語られると発生するの?」

 

「さぁな。人間から溢れる生気だとか、動植物から渦巻く道(タオ)のエネルギーだとか、色々研究する物好きもいるが、結局は不明の一言に落ち着く。ついでだが、語り怪以外にも地縛霊とか名無しの神もこの世にはいるぞ」

 

「ふーん……じゃあ2つ目、貴方は何者?」

 

「あー、百物語って知ってるか?」

 

 白は最近聞いた覚えのあるワードに相槌を打つ。

 

「あぁ……そういえば最近聞いたかも」

 

「そりゃ偶然。特に噂が根強かったり、現代に強く適合したり、歴史に残らない史実の怪物の語り怪達を"百怪談"と呼ぶ。だが、語り怪、百怪談全部が人間に敵意を持つわけじゃない、それは神や霊も同様だ」

 

「百怪談……百物語ではなく?」

 

「そう。あくまでも怪談だ。百の怪談、魑魅魍魎達の話だからな。物語なんて生易しいもので括れないからな」

 

「じゃあ、昨日のは百怪談ってこと?」

 

「あれは口裂け女。百怪談の三十九番目。ただ、どこかで一度祓われたんだろう、"産まれたて"だった。そういう意味ではある意味幸運だったな。そういうのを解決、俺は『怪収』してる」

 

「その話はまた今度詳しく聞くとして、結局貴方は人間なの? 語り怪なの? 神様? 人間?」

 

「……俺は四十九番目の鏡の怪。訳あって人間から語り怪になった。その名残で人間の部分の方が多いな。半分以上は人間だと思ってくれて良い」

 

 白は順調に問いへの答えを整理する。朝の間に思考していた疑問の靄が少しづつ晴れていく。だが、彼女にとって最も大事なのは最後の質問、朧気ながらも覚えている、確かな人外の力の違和感。

 

「そう……じゃあ最後。私って……人間?」

 

「……」

 

 怯えるように、手に力を込めてか細く捻り出したような白の声による質問で鏡は固まる。先日見せた明らかな人外の力、応急手当時には重症が殆ど完治していた骨や傷。

 

 そして、口裂け女と自分が感じた"格上"と対峙したときの恐怖。鏡は理解していた。恐らく、白は語り怪の中でも相当の格上にあたる者だと。さらには、"百怪談"の可能性がある人物だと。

 

「……結論から言おう」

 

「……」

 

「お前は人間だ。それ以上でもそれ以下でもない。運動神経がちょっとよくて怪異に抗う人間なんざ俺はいくらでも見てきた。ちょっと不思議ちゃんなのは事実だが、世界が認めないような不可思議じゃない」

 

 慎重な表情と僅かな静寂、開かれた結論は白の望んでやまないものだった。

 

「……そう……良かった……」

 

 白はその端正な顔立ちをくしゃりと崩し、泣き出しそうなほどに安堵する。自分という人間を、今まで生きてきた生を否定されるかもしれないという、言いようのない不安感を払拭する鏡の一言に、白は大きく救われた。

 

「な~ご」

 

「……ふふ、ありがと」

 

 黒猫は白の膝に乗って小さく鳴き、白も薄く笑う。

 

(少なくとも"今は"……だけどな。語り怪の在り方や存在を正しく知った後、コイツ自身がどう在りたいか決めれば良い)

 

「じゃあ、昨日のは貴方の力?」

 

「いや、それは違うな、紛れもなく昨日のはお前の力だ。多分……お前は語り怪に良い意味で憑かれてる。やりようによってはお前に力を貸すだろうが、逆にその力に首を絞められる可能性もあるだろう。抜き身の銃や刃物持ってる人間がその辺歩いてるっていえば、どのくらい危険か分かりやすいか?」

 

 鏡の言葉は柔らかいものだったが、言ってしまえば大きな事件を容易に起こしたり、人を傷付ける可能性があるということに他ならない。一介の女子高生一人が背負うには重い問題だった。

 

「何か、良い方法はないの?」

 

「あぁ。それなんだが、折角だしお前を雇おうと思ってな」

 

「雇うって、バイト?」

 

 鏡は一つ一つ条件を確かめるように指を折り数えて詳細を話す。

 

「家が遠いなら住み込みでもいいぞ。電気代、家賃水道ガスは俺持ちだし、仕事は経理と家事とたまの『語り怪』退治。月契約でバイト代も出すし、合間にお前の力の使い方や、今日説明しきれなかった語り怪に関することを俺達が教えてやる」

 

「……達?」

 

 雇用の疑問をぶつける白に向かって鏡は口角を上げて得意げに笑う。直後にバイトの話を指折り数えながら詳しく説明するが、更に疑問の出る一言に白が食いつく。

 

 その答えは

 

「私も"語り怪"にゃ」

 

「!」

 

 白に乗っていた猫は、いつの間にか長い黒髪で文字通りな猫目で、無造作に生え動く尾が二股の小さな少女に変化して背後に立っている。

 

 黒いワンピースに小さな首輪が、元が猫だということを遠回しに白に悟らせる。

 

「初めまして。小さくて巨きなお客さん。百怪談の二十五番目、"化け"猫のクロエにゃん」

 

「そいつは"化け"猫。かなり認知度と知力の高い語り怪だ。ま、昔色々あってうちで働いてる。一応秘書だ」

 

「なんていうか……あんまり驚いてない自分に驚いてる」

 

「まぁ……昨日のに比べりゃな。で、答えは? 勿論拒否する権利はあるし、強制も脅しもしない。日常に戻りたいのなら、俺の失態の償いとして、裏からサポートするのも約束しよう」

 

 ついでのようなクロエの説明。大して深掘りすることなく紹介を流す鏡に、横で目を丸くしながら驚くクロエ。白に先程の提案に対する回答を求め、しばしの静寂が流れた。

 

「ここまで来て、逆に何もない日常に戻れっていうのが難しい話でしょ。この街には私の友達だっているし、無関係な人を危険に晒したくない。それに……個人的な話だけど、私にはお金が必要だし。だから、その話、受けさせてもらいます」

 

 敬語なのかタメ口なのか、曖昧ながらも人付き合いの少ない高校生らしい口調で白はバイトの話を受ける。

 

「決まりだな、改めて挨拶だ。俺は百怪談の四十九番目、騙裏鏡。"鏡"の語り怪で、この騙裏探偵事務所の所長だ」 

 

「私は鬼灯白。百華高校の一年生で帰宅部。諸諸の事情でお金が必要なことは理解してほしい」

 

「にゃ!? えーと、化け猫のクロエにゃ! 好きなのは人を化かすこととさくらんぼで……えーっと!」

 

「無理しなくていいぞ。平社員の挨拶は別に求めてねぇし」

 

「にゃんですと!? 私の有能さがスカポンタンの所長には理解できないだけにゃん!」

 

「あ"ぁ"ん"? 飯抜きにすっぞごらぁ!」

 

 二人の自己紹介にクロエも頭を捻りながら答えようとするが、鏡の煽る一言から小競り合いが始まる。

 

「酷い! 横暴にゃん! 労基に訴えてやるにゃん!」

 

「テメェみてぇな半グレ語り怪に国が味方すると思うんじゃねぇ!!」

 

 にゃんにゃんと泣き喚くクロエと大人しくさせるために大人の汚いやり方で脅す鏡。

 

「……ふ、あはは!」

 

 目の前で騒がしくする二人を見た白は思わず声を出して笑ってしまう。むすっとした顔を続けていた白の屈託の無い笑顔にその場は静まり、白本人はハッとした表情で気づき、俯いて顔を赤らめている。

 

「「……」」

 

「ま、まぁ。語り怪退治の云々は追って説明する。取り敢えず、お前は制服着て学校行け。単位落としても俺のせいにされたくねぇ」

 

「……うん、あと、忘れて」

 

「お、おう」  

 

「にゃんで? とってもかわーー」 

 

 くしゃっ

 

「にゃ!? 私の美しい毛並みににゃんてことを!」

 

「ったく、中身はちっとも大人じゃねぇ」

 

「やーめーろーにゃー!」

 

 白の言葉の意図を組めず、先の話を掘り下げようとするクロエの言葉を遮るため、乱暴に頭をぐしゃぐしゃと撫で回し話を流す。その間に準備を終えた白はバッグと制服を準備し、玄関の扉を開ける。

 

「あ、白」

 

「?」

 

「行ってらっしゃい」

 

「……行ってきます」

 

 突然の送り出しの言葉。白の両親は既に他界している。祖母は優しかったが、旅館の経営で会話はあまり無かった。そんな人生で昨日会ったばかり、しかも半分人外に言われた、本当に普通の言葉。一瞬の呆け顔の後に彼女の頬を緩ませるには充分すぎる理由だった。

 

 バタンッ

 

「さて、懐かしい言葉も吐いたところで、俺らも仕事するか。クロエ」

 

「にゃんも依頼ありませーん!」

 

「……暇だなこの事務所!」

 

 ーーー

 

(あ、そういえば連絡入れてなかったっけ)

 

 白の安否を気にした二人がグループラインにメッセージを送ったらしく、特に焦らずに歩く白に知らせるために携帯が鳴る。

 

(ただの寝坊……っと、少し急ごうかな)

 

 タッ……ピキッ

 

「イィッ!? ……たぁ……」

 

 手短に返信し、白は急ぎ足で学校へ向かう。

 

 しかし、白の傷は怪の力でかなり塞がってはいるが、常人ならば瀕死のレベル。加えて、一瞬とはいえ明らかに人外の力が彼女の身体を支配したのは事実。走り出そうと力んだ瞬間、後頭部と力を込めた足に激痛が走り、思わず声を上げてしまう。

 

(……普通に歩いてこ)

 

 事務所はそれなりに近いらしく、徒歩で十数分で着く。何故こんなにも怪しげな探偵事務所が近くにありながら噂の一つも無かったのかと疑問に思いながら、白は教室のドアを開ける。

 

 ガラッ

 

「おはようございます。遅れました」

 

「おっ、来たか。水琴ならともかく鬼灯が遅刻は珍しいな。寝坊か?」

 

「寝坊です。遅刻報告の紙は後で書きます」

 

 気怠げにフチ無し眼鏡をかけ、ボサボサの髪をした担任の言葉を流し、スタスタと足早に自らの席へ向かう。多少適当な所がある担任のため、白は全く焦っていなかった。

 

「じゃあ座れー。つってもあと十分程度で終わるけどな……お前頭どうした?」

 

「急に失礼じゃないですか?」

 

 ザワッ……! 

 

 彼女の席は教室の左後ろの端。そのため、前の扉から教室に入ると最短距離は教卓の前を通ることになる。

 

 他の生徒達に背を向け、デリカシーの欠けた担任に向き直る。すると、水面に鉄球を落とした波紋のように、僅かな喧騒から徐々に教室が騒がしくなる。

 

「いやいやいや、お前よく見たら包帯だらけじゃないか……?」

 

 普段は適当な担任だが、この時ばかりは流石に慌てる様子を見せる。濃い隈のダレた垂れ目を開き、白の腕や頭の包帯を見て露骨に迷いだす。

 

「……昨日……転びました」

 

「嘘つけ!? 転んだだけでそんなことになる訳たいだろ! とにかく! 授業は繰り上げて終わりだ。挨拶は無し、保健室行くぞ!」

 

「いや治療は……って、ちょっと!」

 

 白の手を慌てながら、多少乱暴ながらも優しく掴むと生徒達に指示を出して教室から出ていく。

 

 担任が出ていった途端、教室はザワザワと噂話で満たされる。冷静沈着、皆勤賞は当たり前。それどころかしっかり者の彼女は小さなドジもなく、小さな怪我をしているところすら見たことがなかった彼女の遅刻に続く大怪我。

 

 担任は気付いていなかったが、生徒達に背を向けた白の後ろ襟には、一見汚れにも見える乾いた血の跡がベッタリとついていた。

 

 彼女の完璧伝説が崩れた今日という日に、さらに不運は加速する。白の前と後ろの席の二人の、不穏な会話が他の生徒には聞こえていた。

 

「ね、ねぇ、六華ちゃん。白ちゃん大丈夫かな……?」

 

「……行くわよ水琴」

 

「え……どこ……?」

 

「決まってるでしょう……白を襲った変態のゴミをぶち殺しに行くのよ」

 

 普段は丁寧な言葉で物腰柔らかな六華。学校でも指折りと言われる美人の怒りの声と荒い口調。青筋を立てる彼女の地雷は白と水琴。特に、白に関しての肩入れは強く、彼女に危害が加わった場合にはその厚い皮はいとも容易く剥がれ落ちる。

 

「えっと……指でも詰めるの……?」

 

「沈めるわ」

 

「ま、まだ不審者って決まってなくない? もしかしたらほんとに転んだだけかも」

 

「落とし前つけさせてやる……」

 

 水琴の声などもう彼女の耳に入っていない。席を立ち、早退すると一言言って水琴の手を引っ張って教室を出ていく。先程の喧騒が嘘のように、六華の顔を見た生徒達は口を閉じてしまい、水を打ったような静けさが教室に広がった。

 

 一方その頃、白衣を着た保健室の先生、男子生徒からの人気が高く、穏やかな雰囲気を纏う佐上香織、青ざめて焦った顔で白の様子を見守る担任の雲井諒也。

 

 白は二人から保健室で改めて怪我を診察されていた。

 

「うん。筋肉痛は酷そうだけど、処置は適切よ。怪我も大して問題ないわ。雲井先生もそんなに慌てるほどじゃないですよ」

 

「いや普通焦りますよ佐上先生」

 

「最初からそう言ってるじゃないですか。じゃあ、もう教室にーー」

 

「はいストップ。怪我は問題ないけど、どこでどう怪我したのかが重要なの。それと首、見えてるわよ」

 

「えっ……あっ」

 

 診察の際に緩んだ襟元から見える白の首には、薄っすらながらも両手で締められた跡が残っていた。

 

 気付いた白は首を抑えて隠すが、指摘されたものを隠したところで意味はなく、その反応からさらに疑惑の目が行くだけである。

 

「大事にしたくないのは分かるが、流石にそれを放置するのはなぁ……」

 

「なんとかして誤魔化せませんか?」

 

「そうは言ってもなぁ」

 

 三人の会話を扉の奥から盗み聞く二人の影。二人は少しでも不審者の情報を得るために気配を消してドアの前にしゃがんでいた。

 

「やめようよ六華ちゃーん。これじゃ私達が不審者だよー」

 

「違うわ。私達は友達を影から守るだけ」

 

「それストーカーが皆言うやつ……」

 

 水琴の小さな抵抗など耳に入らず、六華はコソコソと話しに聞き耳を立てる。途切れ途切れに聞こえる単語を並べる。

 

「帰り道……不審者……良い人……鏡……助けてくれた……学校の近く……」

 

「何そのワード……不審者でいい人で学校の近く? あの話本当だったんだ。っていうか……これって警察の話じゃない?」

 

「充分よ。行きましょう」

 

「うえ~」

 

 六華はその単語だけで行動に移し、相も変わらず水琴を引っ張っていく。彼女も抵抗をやめて足を自然に動かし、学校の外へと赴く。

 

「あれ、帰り道で白ちゃんが襲われたなら道違くない?」

 

「いえ合ってるわ。昨日、白はスーパーのセールで早く帰ろうとしたのよ。だったら、家よりもお店に近い方の近道を使うと思わない?」

 

「あー、確かに。だからこっち行くんだね」

 

「しかもこっちは裏の通りに当たる場所。不審者が潜伏するのにうってつけってわけ」

 

 二人は先日、白が襲われたY字路へと進み、現場の検証を始める。しかし、語り怪によって歪められた空間で彼女は襲われた。ゆえに、現実にその痕跡が無いのは当たり前である。

 

「……何も無いわね」

 

「やっぱり六華ちゃんの早とちりとか勘違いだってー。珍しいけど白ちゃんだって人間なんだから、うっかり怪我することもあるよー」

 

「うーん、あれでそんなハズ無いと思うのだけれど……仕方ない」

 

「そーそ、諦めーー」

 

「白に遠回しに聞きましょうか。あの子隠し事下手だし」

 

(ぜんっぜん諦めて無い……)

 

 六華の言葉から帰ろうと踵を返そうとする水琴の期待を見事に裏切り、一切の曲心なく純粋な復讐心を彼女は言葉にする。二人が学校に帰ろうとすると、偶然というのは悪い方に重なるもので、"彼"が身体に悪い煙と共に姿を現す。

 

「「あ」」

 

「ん?」

 

 高い上背に明らかに暑そうなコート。ここまで噂の不審者に特徴の似通った人物はそうはいない。二人は確信する。

 

(……アイツの学校って不良校なのか?)

 

「うわ〜、本当にいたし」

 

「これは僥倖……その普通とは言えない噂通りの怪しい格好。アンタが白に手を出したのね」

 

「はぁ? どこが怪しいんだよ、サングラスかけてないだろ。つーかアイツの友達か?」

 

 少しズレた鏡の解答に二人の女子高生は呆れと困惑を混ぜた表情で少しだけ固まる。

 

(ビンゴ、白のことを知ってるのね)

 

「失礼、職業は?」

 

「探偵だ。依頼なら暇だし聞くぞ」

 

「そう。なら問題ないわね」

 

 六華はバッグの中に手を入れ、何かを取り出そうとする。同時に鏡も、嫌な予感を察してか構える。しかしその瞬間、緊迫を破るようにスマホから着信音が二人同時に流れる。

 

 ピリリリッ プルルルッ

 

「……待て、依頼かもしれん。後で相手してやるからお前も電話出とけ。お互い"表は"一般人だろ」

 

「……チッ、もしもし」

 

「はいはいもしもし」

 

 鏡は右手を出して制止し、六華はバッグから出そうとしたものをしまい、二人はそれぞれの態度で電話に出る。奇しくも、電話の先は同じ場所だった。

 

「皆に聞いたぞ……無断で帰るな全く。白といいお前といい、今日は優等生が悪いことしたい日なのか?」

 

「私は〜!?」

 

「お前は遅刻と無断欠席の常習犯だろ」

 

 雲井の電話越しの呆れ声に水琴も反応し、六華の顔の横で大声で問い返し、冷ややかに返される。

 

「病欠や家の事情じゃないならせめて一旦戻って早退届け書いてくれ、余計な仕事が増える」

 

「はぁ……分かりました」

 

 六華が雲井と話している間、鏡の相手は白だった。

 

 怪しげな職業ながら事務所がある以上、電話番号は直ぐに手に入ったようで、そこからかけてきたのだと簡潔に説明され、本題に入る。

 

「どうした、忘れもんか?」

 

「いえ……その……本当に申し訳無いんですけど、今すぐ学校に来てくれませんか。半分くらいバレちゃって……」

 

「ほーん。何処まで話した?」

 

「えっと、語り怪関連以外、鏡さんが探偵ってことまでです」

 

「そうか。白、簡潔にでいい、語り怪について説明してやれ。そっちの方が速い」

 

「えっ、いいんですか?」

 

「あぁ。どうせ話半分にしか聞かねぇよ。詳しくは俺から話す、俺が語り怪ってのは伏せてな。今行くから待ってろ」

 

「分かりました……待ってますね」

 

「おう」

 

 ……コッコッコッ……

 

 ぷつりと電子音を立てて、二人のスマホの着信は同時に切れる。一瞬の静寂の後、三人は奇妙なことに同じ目的地へと向かう。

 

「……なぁ、嫌な予感がするのは俺だけか?」

 

「私もよ……なに? 白に呼ばれたの?」

 

「そうだな。聞かれる前に言っておくが、アイツはただのバイトだ。お前の思うような関係じゃないってのは一応言っておく」

 

「信用しないわ」

 

「そりゃお前の勝手だっつの」

 

(……空気まずっ)

 

 バチバチと火花を散らす様が目に見えるようなお互いの敵意の視線。水琴は威嚇しあう二人の後ろでガタガタと小動物のように怯える。やがて目的地へ着くと、学校の玄関で待つ白が三人を出迎えた。




語り怪リスト
名目 百怪談
三十九番目 "口裂け女"の語り怪
特性 
私キレイ。という問いかけをし、答えるまで執拗に追い回す。答えても安全は確約されず、最終的には口を大きく裂かれて殺される。
対象を時間と距離の概念が狂う別空間へと引きずり込み、上記の行動を行う。これは"魅入られた"状態と定義される。
危険度 かなり危険
詳細 
初出は1978年。老婆が口裂け女を見たということがメディアに紹介され、都市伝説として広まった。ポマードやベッコウ飴などの対策が噂されたが、いずれも使って撃退されたとの報告は上がっていない。
過去6度祓われているが、いずれも数人の被害者が出てから、対応は適切であったとされている。
7度目に現れた際、騙裏鏡によって"怪収"。無力化された。
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