それでは、怪に呼ばれた少女の二幕目、お楽しみください。
三人を出迎えた二人。白が先に気付き、鏡と二人に駆け寄り、雲井は訝しげに鏡を見る。
「あ、鏡さん……と、なんで二人? 今授業中じゃないの?」
「ちょっとした散歩よ。ね、水琴」
「ソーダヨー、サンポサンポ」
「?? よく分からないけど、授業はちゃんと受けなきゃ駄目だよ?」
「いやお前が言うな」
鏡はぽすっと、軽く白の頭にチョップの手を当てて棚に上げた発言を諌める。
「わ、わー先生! 勝手に学校抜けてごめんねー!!」
六華の嫉妬と身勝手な殺意からくる鏡への視線を感じた水琴は学校から出てくる先生へと視線を誘導する。
「……鬼灯。あの人が鏡さんだな? 二人はなんでその人と一緒にいるんだ?」
「なんで一緒にいるかは知りませんが、鏡さんはこの人で合ってます」
「どうも、こんにちは先生。俺が騙裏探偵事務所の所長、騙裏鏡だ。ある程度は白から話があったと思うが、新人だしな、俺がそれを詳しく補足する。どこか腰を据えて話せる場所はあるか?」
「呼び出しておいてアレなんですが、放課後まで待ってください。今日は緊急の職員会議で学校がもうすぐ終わりなので。白の話が本当なら、貴方の力を借りるかもしれませんし」
「へぇ、そりゃ都合がいい」
顎に手を当てて鏡はニヤリと笑う。面倒事に関与したくはないと明言した彼だが、仕事となれば話しは別のようだ。
「白、騙裏さんを指導室に案内してくれ。ついでに今の授業は欠席しろ。成績はお前なら問題ない」
「あ、はい。分かりました」
「お前達問題児も一緒に行って反省文を書いて少し残れ、話がある。残り一コマの授業ももう欠席で構わん」
「あら、いいの?」
「お前達を野放しにして後で問題が重なるほうが俺には怖い。それに無関係じゃないんだろ?」
「ホント? ラッキ~」
(本当にラッキーね。実際は殆ど無関係だけど、この状況を利用させてもらいましょう)
二人も雲井に欠席を言い渡される。六華にとっては鏡を監視し尋問するチャンス、水琴にとっては振り回された不運の中の小さな幸運。
四人は生徒指導室へと入り座る。座る時に白の横を頑なに譲らない二人によって、鏡は向かい側のソファに座ることになった。
「あのなぁ……俺はそいつに何もしてねぇよ」
「二人共、今日は甘えたい日なの?」
「お前はお前で何を見てたんだ?」
道中威嚇に威嚇を重ねる六華と、不審者という刷り込みがある水琴は、鏡と白を離すように歩いて位置どっていた。白は二人に全幅の信頼があるようで、二人の行動を一切として疑うことがなく、終始こんな調子である。
「ったく、何が不満なんかね」
ポリポリと頭を掻きながら、鏡は二人が警戒する理由が全く分からずに困惑する。しかし、その態度が白と再会して抑えられていた六華の逆鱗に触れる。
ダァンッ!
「じゃあ説明しなさいよ。白の制服の血のシミ、身体に巻かれた包帯! 挙げ句に遅刻でアンタが絡んでるですって? 返答によっては、東京湾で魚の餌になってもらうわよ!!」
向かい合う鏡に威嚇するよう机を強く叩き、六華は顔に青筋をちぎれるんじゃないかと言うほど浮かせて言葉を荒げる。白と水琴は今までにない怒りを見せる彼女に言葉を失って萎縮する。
「六華ちゃんは面倒くさいけど、私もちょっとおじさんの話は聞きたいかも」
「……わぁったよ、分かった分かった。面倒な友達持ってんなぁ、お前」
大きく溜め息をつき、鏡は二人に事情を話し出す。
「先生が来てから話すつもりなのによ、二回も同じこと話すのは嫌いなんだよなぁ」
二人のピリピリとした視線と声に観念した鏡は、包み隠さず先日の出来事を全て話す。無論、非現実を押し付けるつもりは無いため、二人の反応をまともに待つつもりはない。
「ってわけ。信じるかどうかは任せるが、嘘は言ってない。なぁ?」
同意を求めた鏡の視線に気付き、白は頷く。しかし当の二人はその話を聞いてそれぞれの反応を浮かべる。
「えっと? おじさんは半分オバケで、白ちゃんは取り憑かれてて? 昨日は口裂け女に会って、なんやかんやでおじさんのとこでバイトすることになったってこと?」
「オバケじゃなくて"語り怪"な。あとおじさんって歳じゃねぇよ。これでも25だ」
「「「……え?」」」
「失礼なガキどもめ……」
無精髭を生やし、古臭いコートを着ていた人間のカミングアウトには、白も含めた三人は最近の女子高校生らしい、多少失礼ながら驚きの表情を浮かべる。
「話は分かったし、理解もした。早とちりは申し訳無かったわ」
「なんだ、やけにあっさり信じるじゃないか。最初からそうしろ」
「白の反応から多分嘘じゃないと思うし……。でも、やっぱりちょっとフィクションが過ぎない? なんかこう、信じれる物証とかないの?」
「いいぞ、ほら」
鏡は証拠と呼べるものを見せるため、懐から手鏡を取り出し、彼の怪のほんの一端をみせる。いきなりを鏡を渡された三人は疑問符を頭に浮かべる。
「急に何を……」
「それに向かって手を振ってみろ」
白が手を振ると、当然、鏡の奥の虚像も同じように手を振る。
「これがどうしたの?」
白が手を振るのをやめて彼に向き直ると、横の二人は驚きの声と共に手鏡に顔を近づける。鏡の中の人物、白は未だに手を振り続けている。
「すごっ。どうなってんの?」
「手品といやぁそうにしか見えないが、話の後だ。信じるか?」
「うわ、今度は振り向いた……後ろ見れるの便利で良いわね」
「やっほー、鏡の白ちゃん! そっちは快適?」
水琴の呼びかけに鏡の中の白は笑顔で答え、指導室にある反転した文字を見せて手をヒラヒラと横に振る。
「全部反対なんだ……私の包帯の向きも逆だし、ホントに鏡の世界なんだね」
キャイキャイと騒ぎ、鏡の世界に夢中になっている女子高生三人を目の当たりにした当の本人は唖然として不思議に思っている。
「……最近の女子高生ってこんなもんなのか?」
「あ、ここ禁煙。駄目だよ」
「……これだから公共はよぉ……」
白はタバコを吸おうとする鏡を止める。語り怪を遠ざけるなどの合理な理由なく、ただ愛煙家な彼はトントンと机を鳴らしながら苛立ちを見せる。
その直後に、担任の雲井が部屋へ現れる。
「お待たせしました、騙裏さん」
「タイミング良いんだか悪いんだか……二度説明しなきゃならんのは面倒くせぇな」
「あぁ、うちの
「お、助かるわ。んじゃ、どこまで理解してる?」
「まず、貴方と鬼灯は雇用主と労働者の関係にあり、それは表向きが探偵……合っていますね?」
「ん、続けてくれ」
「そして、同時に怪異……"語り怪"の専門家で、危険な仕事も行っている」
「理解が速くて助かる。白の怪我は仕事じゃなくてキッカケってのも分かってるか?」
「えぇ……勿論。そこは念入りに説明されたので」
「じゃ、この話は終わりーー」
「ですが! ……我々教師には、責任がある。大人しての役割がある。教えを説く者の代表職として、社会に立つ一個人としての
「アンタ……随分詩的な表現するんだな」
「雲井先生、古文と現国の教師だから」
話半分に聞いていた鏡の呟きに白が補填するように小声で話す。前のめりにしながら両手を組み、これだけは譲れないという意を示すように鏡の目を真っ直ぐと見つめる。
「……ご立派なことだな。でも、悪いがこっちにはこっちの事情がある。はっきり言わせてもらうが、このままだとそいつ間違いなく死ぬぞ」
「え!?」
鏡の言葉に真っ先に反応したのは雲井でも二人の親友でもなく白だった。それもそのはず、危険は知らされていても、直接的な表現で言われたのは初のことだったのだから。
「それが、例の"語り怪"のせいですか」
「そこから先はアンタにゃ教えらんねぇなぁ」
「ちょっと、当人を置いて話さないで下さい」
「そうよ! 私達も無関係じゃないわよ!」
「そーそー。おじさん、流石にそれは酷くない?」
シラをきる鏡に対して三人は講義するように騒ぎ立てる。正確には大きく騒いでいるのは一人だけだが、二人も説明を求めるように賛同する。
「騒ぐな。今説明したら意味ねぇだろうが。交渉材料が無くなっちまう」
ダンッ!
両手を投げ出してソファへと腰掛ける、だらしない姿勢で話しを続け、交渉材料などという非人道な言葉を選ぶ鏡に、苛立ちが募ったか雲井は机を叩いて声を荒げる。
「っアンタには! 大人としての自覚が無いのか!?」
「逆に聞くが、お前にはあんのか?」
「当たり前だ!」
「だったら俺に預けろ。無傷……は無理だが、少なくとも死なせないし学校に支障は出さない。余命数年、白を高校の間だけご立派に育てて見殺すか。茨の道を進ませ憑き物を落とすための背中を押すか、選べよ。選択肢はそれしかないぜ」
「……っ……っっ……っっっ!!」
雲井は迷いに迷い、喉に出かかる言葉を何度も噛み殺して思案する。鏡の言葉が真実である保証はなく、彼の飄々とした態度から無条件に白を救うとも考え難い。そう考えた雲井の決断は簡単には下せない。そんな中で、透き通る声が部屋へと響く。
「私も、この人に色々と言いたいことはあるけど、先生、お願いします。この人は信頼できる人……だと思うから……多分」
(そこは言い切れよ)
「お前は……いいのか……? 別にウチはバイトが禁止でもないが、今回みたいなことが起これば、お前の進路にも影響が出るかも知れないし、あと高校は二年半もあるんだぞ? お前には明確な将来像があるし……」
「それでも……いつかは向き合わなきゃいけない問題なんです。あまり詳細には話せませんけど、どうかお願いします」
白は立ち上がり、もう一度深く雲井に頭を下げる。特別な手入れをしているわけでもないが、その美しい黒髪は日に照らされる。懇願という所作は驚くほど整い、その場の全員の注目を引きつける。
「白……そんなに……」
「……」
「……はぁ……顔を上げてくれ鬼灯……鏡さん」
「おう」
「これだけは約束して下さい。彼女の意思は尊重します。でも、彼女が本気で続けられないと言ったのなら、すぐに辞めさせてください」
「いいぜ。契約成立だ。預かった以上はしっかりと面倒見るさ。一応、"大人の人間"だからな。じゃ、そろそろ、この学校の語り怪のことも聞かせてもらおうじゃねぇの」
「……分かりました。これが語り怪なのかは分かりませんが……。それと、二人は早く帰りなさい」
「え、なんで!?」
「まだ私達は白のこと納得してないんだけど!?」
帰るように促された二人は先程まで空気を読んで黙っていた我慢が切れ、本日何度目か分からない声を荒げる。
「お前達は完全に無関係だ。帰って来週のテスト勉強でもしてなさい。特に水琴はまずいだろ」
「ぐ、ぐぅ~!」
「ぐうの音を出すんじゃない。分かったら帰った帰った」
「ごめんね二人共。明日は一緒に帰ろ?」
「うっ……仕方ないわね。帰りましょうか……」
「じゃあ白ちゃん、また明日ぁ〜……」
悔しがる二人をため息混じりに埃のように手で払い、白のお願いもあってか二人は比較的大人しく部屋から締め出される。
「それでは話なんですが……簡潔に言いますと最近、二年の女子生徒達からトイレで、"花子"さんの報告が相次ぎまして」
雲井の話しを白は自前のメモ帳に走り書きでメモし始める。鏡は先程までとは打って変わった表情で真剣に耳を傾けて、詳細を聞き出す。
「一応、生徒の悪戯って可能性は?」
「それは無いと思います。どの生徒に聞いても必ず同じ声、同じ質問、同じ場所のようだったので……」
「"ようだった"。ね……アンタ達は確かめなかったのか?」
「勿論確かめましたよ。手順通り、三度のノックの後に、遊びましょうと一言。ですが、誰がやっても教師の間では確認できなかったんです。無論、生徒と一緒にも試してみましたが確認できず、生徒達だけに反応するようで」
「はぁ~。なるほどなぁ……その様子だと動画やレコードも意味無さそうだし、語り怪で間違い無さそうだ」
「やっぱり、そういう話になるんですね……」
「まぁな。で、白はさっきのどう思う?」
殆ど語り怪と確定したことで鏡は表情を崩し、いつものひょうきんな態度へ変わる。そこへ無茶振りのように白へ問いかけるが、秀才で真面目な彼女はメモした内容から質問する。
「……それって、男子生徒は試したんですか? 他には、学年とか、それこそ見た目とか」
「そこまではしてないが……男子生徒からの報告は受けてないな」
(お、良いところ突くな)
内心白の質問に感心しながら鏡は口を開き、花子さんにいついて語る。
「花子さんの起源……まぁ元は昭和初期、家族5人の心中事件だ。父親の不倫、それを気に病んだ母親が事を起こし、最後の標的である逃げた長女を追いかけ、学校のトイレにて心中に及んだ。まぁこんなとこだな」
「そ、そうなんですね、流石は本職……」
「あくまで一つの説だけどな。語り怪の起因は未だに確定したことは言えない。ただ、噂が多い程、古いほど、また強いほど語り怪は力を蓄えていく。そして一つの名前からストーリーをつけるのは語り手達だ」
「てことは……もしかして、どんな話かで花子さんの性質は変わっり……?」
「正解。やっぱお前頭いいな。語り怪ってのは速い話が作り話だ。どんな形で言葉で歪曲されても、それら全てが大体反映される。今回の花子さんはシンプルだな」
「色んな地域でローカルな話があるからですか?」
「そういうこと。少女じゃなくて大人とか、おかっぱじゃなくてロングとかな。難しい話は面倒だしいいわ。今回の事件、俺等に一任してもらえれば今晩には解決できる」
「こちらとしては願ってもない話です。それで、依頼料の方は」
「ま、諸々の費用含めてこんなとこだな」
鏡が胸ポケットから出した契約書にサラサラとペンで金額を書き、雲井へと渡す。
「……覚悟はしてましたがそれなりにしますね……」
「でも本職に頼むよりは断然安いぜ? それに、白のこともあるしな。サービスでこんくらいか」
再びペンを持つと、右端の数字の0を消し、桁を一つ減らして見せる。
「もう今年もあと半分、夏休みも近いですし、生徒達に余計な不安は抱えてほしくないですから。ここは腹を括りますよ」
契約書の端に雲井と達筆に描き、契約を結ぶ。
「オーケー。承った。白、準備だ。事務所に一旦戻るぞ」
「は、はいっ」
「じゃ先生は夜中の11時、裏門開けといてくれ。鍵は適当に置いてくれれば閉めて出てくからよ」
「鏡さん……」
「礼なら全部終わった後だ。ま、失敗はしないさ。果報は寝て待てってな」
鏡は契約書をくしゃりと胸ポケットにしまい込み、ヒラヒラと手を振って部屋を後にする。一人残った指導室で、雲井は不安を隠せず、祈るように両手を合わせて俯いた。
ーーー
雲井と鏡との契約は完了。"トイレの花子さん"を怪収する準備のため、二人は一度探偵事務所へと戻る。その道中、先程の話しを一度整理しながら話す。
「学生が三回ノックし、遊びへと誘う。ま、一般的な花子さんだな。姿の特徴は聞いてないが多分メジャーな奴だろ。なるべく最小限の費用で祓って報酬だけもらって終わりだな」
「……あれ、怪収って言ってなかったっけ? 言葉の綾? そもそも、怪収って何? 何か違いとかあるの?」
「一つずつな。祓うってのは簡単に言うと死刑。怪収ってのは無期懲役だな」
「……素人質問かもだけど、逃げ出す可能性があるなら祓ったほうが良くない? 相手は語り怪なんだし……」
「それがそうもいかねんだよ。語り怪は基本的に語られたりする新しく湧いて、時間をかけて新しく湧く。が、百怪談に至っては祓っても祓っても、新しく別の場所で大体の性質と記憶を引き継いで湧き出る。かと言って放置しても被害を広げて成長していく」
「ああ……だから捕まえておくんだ。あれ、でも花子さんって絶対百怪談だよね。私でも知ってるくらい有名だし」
「花子さんはなぁ、話が多様な上に範囲が広すぎて厄介な特性を持ってんだよ。全国各地に"同時"に存在するっつー、メンドーな性質」
「えっと……犯罪者ABCが別々に動くんじゃなくて、犯罪者Aが同時に複数箇所に存在するってこと?」
「そういうこと。親玉的なのもいない。俺の鏡は一枚一体が条件だし、花子さんは見つけたら祓うしかないってことだ」
「色々と面倒なルールがあるんですね」
「社会と同じだろ。金払わなきゃラーメン一杯食えん」
「今はそんなこと聞いてません」
半分が怪異なのに社会の辛さを話す鏡に、辛辣にも目を合わせず言い切る白。
そんな会話のうちに事務所へと到着し、中に入る。
「今更だけど、結構ちゃんとした事務所なんだね。屋上もあるし。こういう物件って高いんじゃないの?」
事務所の構造は1階が物置、2階が事務所とほとんど使われてなかった私室にキッチン、風呂トイレは別で、3階が屋上になっている。大通りから外れた場所ではあるもののコンビニや駅なども遠いわけでもなく優良物件に見える。
「あぁ、元々心霊物件でな。中の雑魚祓って格安で手に入れた」
「いかにもな理由」
コートを脱ぎ、鏡は壁窓の前にある机の椅子に腰掛ける。白は依頼者と話す時のソファに座って一息ついて荷物を下ろす。
「んじゃ、準備するか。まず目標は百怪談の十一番、"花子さん"の祓除だな」
白は鏡の話し始めた準備に耳を傾ける。
「作戦だが、丁度いい。生徒が対象である以上、お前に頑張ってもらうぞ。初仕事だな」
「まぁ……薄々思ってはいたから別にいいんだけど。祓うってどうするの? 私まだ何にも知らないんだけど、無知で祓えるものなの?」
「馬鹿言うな。誰が口裂け女を殴り飛ばしたと思ってる? お前に憑いてる語り怪は滅茶苦茶に強いぞ、俺でも怖い」
「え、何それ……何が憑いてるの」
「まぁ、あの怪力に気配、でもってあの角。十中八九、"鬼"だろうな」
専門家の鏡が断定する鬼。日本古来より妖の最たる者として語られ畏怖され続けた怪異を越えた神話級の怪物。それが白の正体。そう鏡は確信していた。
「鬼……桃太郎とか、一寸法師とか?」
「随分と潔白な知識だな。お前次から妖怪とか伝承とか色々と勉強してこい」
「偏った知識ですいませんね。それで、私はどんな鬼な?」
「どんな? ……あぁ、違う違う。多分、お前は鬼と名がつけばなんでもだろ。俺も鏡関連なら基本何でも出来るしな」
「……知識無いのって勿体ない?」
「宝の持ち腐れだな。ま、そこはゆっくり学べば良い。子供は学業最優先だろ」
「それはありがたいけど……まぁいいや。それで、結局どう祓うの?」
「今回はお前の能力の試用も兼ねるつもりだからな。別に深い計画は無い。行って考えるから夜まで好きに過ごしていいぞ」
「花子さんってそんな雑魚扱いなの……」
欠伸をかきながら鏡は文字が連ねられた札を数冊机から出し、足を机に放り出す。
「そう……じゃあ、お言葉に甘えて」
白はテーブルに数学や英語の教科書をノートと共に広げて筆箱からシャーペンを取って写し始める。
「お前頭良いんじゃねーのか、必要か?」
「……勘違いしてるけど、私別に元から頭いいわけじゃないから」
「あぁ? 俺が見てもわかんない……なんだぁこりゃあ……」
白はそういってノートを数冊取り出して鏡に見せる。
嫌がらせのつもりかと怪訝な顔で開いたノートの中身は、端から端までびっしりと書き詰められた文字の羅列。他のノートには化学式、数式、年表が書き連ねられている。
「0から100なんて無理なの。私に出来るのはそれくらい」
「うっわ気持ち悪っ。呪詛みたいだな……」
「多かれ少なかれその呪詛の積み重ねで人は成長してるんだよ」
カリカリカリ……
集中した白はボソボソと言葉を反芻しながらノートにひたすら書き写していく。鏡はそれを横目にしながら渡されたノートに再び目を運ぶ。
コトンッと、軽い音と共にコーヒーを白のノートの横に置く。
「あ…ありがとう…」
「おう、頑張れ」
応援の言葉。いつからか親友の二人以外からは言われなくなっていた。周りの思う白の人物像は"完璧"なのだから。それが当たり前だと、周りは思い込んでいた。
親友の二人でさえも、心の何処かではそう思っていたのかもしれない。
(頑張れ……か。いつ振りかな……)
応援の言葉を噛み締めて心の中で呟き、白の人生に今まで無かった飲み物。コーヒーを一口啜る。
「……つ……っっ!!? んぅっ……!?」
「え、はぁ? お前コーヒー駄目なの!? その見た目でぇ!?」
「なんですか…これぇ…」
「待ってろ、牛乳と砂糖入れてやるから」
「人間の飲み物じゃないよ…こんなの…」
涙を流しながら舌を出して初めての苦みに苦しむ白。人を見た目で判断してはいけないという教訓は、鏡本人には活かされていなかったようだった。
語り怪リスト
名目 百怪談
二十五番目 "化け"の語り怪
名前 化け猫クロエ
職業 探偵秘書
能力 化かしに関すること全般
危険度 やや安全
詳細 不明
全ての記述が化かされている為、明確な情報が無い。