九十九物語   作:レガシィ

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基本は前編後編の構成でいくつもりですが、今回は少し長めです。
長い文章を読むのが苦手な方もいらっしゃるとは思いますが、そうでない方は是非お楽しみいただければと思います。


第二幕 三度鳴らして遊びへ誘う(後編)

 ーーー

 

 時計は夜闇を告げる時刻へとなっていた。白は変わらずノートに書き続け、鏡はおもむろに腰を上げる。

 

「十時半……そろそろ行くか。おい白。そろそろだ。準備しろ」

 

「準備って……何の?」

 

「いや、外出るんだから……あぁ、家帰ってないのかそういえば」

 

「まぁそうだけど……そもそもあんまり私服持ってないし」

 

「え、冬とかは?」

 

「まぁ……最低限あれば死にはしないし」

 

「はぁ~??」

 

 溜息を大げさに大きく吐く鏡の姿に、僅かな苛立ちを感じながら、白は階段の前まで歩く。

 

「色々と落ち着いたら今度服買いに行くぞ。子供なら、らしく遊べっての」

 

 頭を軽くぽんと叩き、鏡は立ち尽くす白を置いて外へ出ていく。幼い頃から両親も居らず、聡い彼女は、誰かに甘えることもしなかった。不意な優しさを見せる鏡の背を階段の上から見下ろし、少し照れた表情をしながら彼女は後を追った。そして外に出て歩く二人を、更に後ろから追跡する一人の影に、二人は気づくことはなかった。

 

「裏口の鍵は予定通り開いてたな」

 

「じゃあ、早速二年の女子トイレに……」

 

「いや、そこは最後だ。他の女子トイレを全部検証してからする。念の為だがな」

 

「了解です。じゃあ、どこから行く?」

 

「近いところから手当たり次第だな。案内よろしく」

 

「うん。うちは職員室が1階、体育館が2階にあって、一階が3年生、2階が一年生、2年生の教室が3階にあるの。だから、順番に上がっていって、4階の特別室周りのトイレを見てから最後に3階を回るのが一番速いんじゃないかな」

 

「……よし、四階は省く。体育館周りも無し。それ以外はそれで行く」

 

「何か理由があるの?」

 

「特には無いが、別の語り怪を呼んでも面倒だからな。夜の学校はまぁ寄りやすい。なるべく静かに最短かつ生徒に影響がない範囲に絞る」

 

「なるほど」

 

「あと、これ。持ってけ」

 

 鏡は二枚の御札を渡す。陰陽文字で護と祓の文字がそれぞれ書かれている。

 

「……いかにもな御札」

 

「語り怪の身代わりになってくれて、貼ればそこは守られる。こっちが護る用でこっちが攻撃の為の祓い用な」

 

 ある程度語り怪(仕事)の知識を確認し、学びながら夜静まり返った廊下を、足音を響かせながら歩く。

 

 最初の目標である職員用トイレの前へ立つ。

 

「……あ、そっか。一人で行くのか」

 

「準備はいいな。何かあったら呼べよ」

 

 コクリと頷き、白は手前から三番目のトイレの前へと歩を進めて立つ。深く呼吸を置き、儀式を行う。

 

 コン、コン、コン

 

「花子さん。遊びましょう」

 

 …………

 

「うん。やっぱりいな」

 

 ダァンッ! 

 

「いぃいっ!?」

 

 あまり恐怖の感情は無いながらも夜の学校はそれだけで雰囲気は薄いながらもその感情を増幅させる。思わず大声を上げてしまったが、白は即座に戦闘の体制に入り、先程事務所で教えられた自らの怪を語ろうとする。

 

「わ、わたーー」

 

「ストップストップ、待て白。今のは違う」

 

 バクバクと心臓を鳴らして胸に手を当てて怪を語ろうとする白を鏡が止める。その鏡の横には、思いも寄らない人物がふてくされた猫のような顔でいた。

 

「あれ……六華。なんでここに……?」

 

「追っかけてきたんだと。俺が怪しくて」

 

「……今日の六華、ちょっとおバカさんだよね」

 

「だって……だって怪しいじゃない!」

 

「あんなに証明したのに?」

 

「だって……こんなさびれたおっさんが夜中にとびきり美人の女子高生と二人っきりよ!?」

 

「おい」

 

「しかも高校だなんて! きっと吊り橋効果であわよくば白に触れるかもとか恋仲になれるかもとか思ってるに決まってるわ!! 不純! 不潔!! そんなの私が許さないんだからぁ!!」

 

「……白、任せた。俺の手には負えん」

 

「え、あっ、はい……」

 

 六華の失礼すぎる荒ぶる思考と声に鏡は怒る元気すら無くして煙草を取り出す。白は苦笑しながら涙目の六華をなだめるために抱き寄せて頭を撫で、余計な時間を過ごすことになった。

 

「落ち着いた?」

 

「……えぇ」

 

「鏡さん、どうするの?」

 

「こんな夜中に一人で帰せるわけ無いだろ。さっさと親に連絡取れ」

 

「嫌よ。せっかくここまで来たんだから、貴方の仕事を見させてもらうわ」

 

「へーへー。もう勝手にしろ。どうなっても知らん。白、次行くぞ」

 

「ちょっ、置いて行かないでくださいっ」

 

「あ、待ってよ白ぉー!」

 

 さっさと歩いていく鏡の後を早足で追いかける白の後をさらに追いかける六華。先程までの緊張は柔らぎ、足取りも軽くなっていった。

 

「これで4箇所目……あと2つだね」

 

「にしても、夜の学校ってちょっとワクワクするわね。おばけがいるなら人体模型とか音楽室の絵が動いたりとかしないのかしら」

 

「どうなのかな?」

 

「七不思議ってやつだな。大半は語り怪に関係しない浮遊霊の仕業だ。まぁ、放っといても害は無いだろ」

 

「未だに百怪談が普通の語り怪と区別される理由が強いってくらいしか分からないんだけど、聞いても良い?」

 

「色々とルールがあるんだが、大雑把に言うと"有名かどう"と、"史実に近いかどうか"が一番分かりやすい」

 

「何それ。だったら中途半端な都市伝説より古い妖怪とかの方が強いんじゃないの?」

 

「そうだな。俺だって特殊だが強くはないし、百怪談の上澄み連中は文字通りの怪物ばかりだ。逆に言えば下の奴らは入れ替わりも珍しくない。最初は悪戯だったのが、どんどんエスカレートして大きな語り怪になっていく」

 

「なるほど。人間の噂と力は相互関係ってこと」

 

「う、う~ん……まぁ、なんとなく分かったかも?」

 

「別にお前は知らなくていいコトだ。よし、行って来い白。ラス2だ」

 

「うん。もう3階だし少し念入りに調べてくるね」

 

「いい心がけだな。んじゃ行ってこい」

 

 女子トイレへと足を運ぶ白を見送り、元々入れはしないが、何かあったらと念の為に六華と共に残る鏡。二人はこれまで4度の短い二人だけの会話の機会があり、今回も同様だった。

 

「ねぇ、さっきまでの話で花子さんが命を奪うような語り怪じゃないってのは分かったんだけど、白は実際戦えるの?」

 

「う~ん。正直戦うのはいつも割と最後の手段だしな。今は力の使い方を学ぶことが先決だ。初めて包丁握るやつにいきなり魚捌けとか言わないだろ?」

 

「……なんか見直したかも。意外とちゃんと大人なのね」

 

「もっと早い段階でその言葉は聞きたかったもんだな。こんなとこまで付いてきやがってよぉ……」

 

「良いじゃない。待ってる間の話し相手になってあげてるんだし」

 

「へーへー、どうもありがたいことで」

 

 二人の会話が途切れた後、トイレから何事もなかった白が戻ってくる。その後、最後の二年生教室前トイレを調べる。

 

「ものの見事に今まで何もなかったね」

 

「ま、予想通りだ。じゃ行って来い」

 

「ねぇ、もう一度聞くけどホントに私が祓うの?」

 

「当たり前だろ。事務所で教えた通りに語れば大丈夫だ。ここはまだ噂になってから日も浅いだろうし瞬殺だろ」

 

「私も行きましょうか?」

 

「それは危ないよ。六華まで巻き込みたくないし、鏡さんの近くの方が安全だからここにいて」

 

 頬を僅かに膨らませて拗ねる六華をなだめ、白はトイレへと入っていく。

 

 足を踏み入れた瞬間、背筋をなぞられるような不快感 と耳元で囁かれるような歯痒さ。恐怖こそ無いものの、それが語り怪特有の感覚であることは白には理解できた。

 

 手前から三番目、花子さんの待つ扉の前へと立つ。使用禁止の紙が貼られているが、白は直感で理解する。誘い込まれるような妙な気配。恐らくは霊感が強い人間はノックせずにいられないのだと。

 

(……始めよう)

 

 コン、コン、コン……

 

 夜の学校の片隅にて鳴り響く一種の儀式の音色。続いて透き通る声で一言。

 

「花子さん。遊びましょう」

 

 後の静寂。鹿威しのように一瞬の声の後は呼ぶ前よりその静けさを助長させる。そして現れる、この世ならざるモノの声。

 

『はーぁーい』

 

 ガチャリ……

 

 おどろおどろしく開ける扉の向こう側。灯りの灯らぬ先の闇に、それは佇んでいる。

 

 おかっぱ頭に赤いスカート、年端もいかぬ少女の姿。

 

 都市伝説通りの花子さんが、白を待っていた。

 

「……初めまして、花子さん。悪いんだけど祓われてくれない?」

 

(まずは御札で様子見。その間に語る……)

 

『うふふっ……初めまして、人間の女の子。そう構えないで頂戴』

 

「……え、話せるの?」

 

 ポケットに入れていたお札を握る手の力を緩め、白は素っ頓狂に声を上げ、普通に会話しだす。

 

『? 当然じゃない。そんなに不思議?』

 

「だって口裂け女はまともに喋らなかったし……」

 

『あら。まだ日が浅いのね。よく見たら混じり者だし、珍しい』

 

「あー……なんか、話せるなら少し事情が変わるかも……」

 

『?』

 

 白は鏡や自分のことから、語り怪の中にも話せる者がいることを知っている。祓うのではなく先に交渉を始める。もちろん、それは作戦に含まれていない独断の行動によるものである。

 

「まぁ、そういうわけで、貴方をお祓いしてっていうのが依頼なんだけど……」

 

『えー……だったら私のことを呼ばなきゃ良いじゃない。話すだけで怖がるなんて、肝が小さいわね』

 

「それに関しては貴方の妖力? 霊力? が引き付けてるんじゃないの?」

 

『むぅ〜……せっかく近くの小学校からここまで来たのに。この高校って語り怪や小霊にとって心地がいいのよ?』

 

「学校の怪談とか七不思議とか、そういうの特に無いのに?」

 

『そ。不思議よねぇ、半年くらい前からかしら。この学校に強い語り怪とかがいれば、それに当てられて霊場化して住みやすい環境になるんだけど』

 

(半年前から……強い語り怪……)

 

「……あっ」

 

『あら、心当たりあるの?』

 

 強い語り怪。鏡が事務所で言っていた白に憑く鬼は最強クラスの語り怪。さらに半年くらい前、丁度入学の時期と重なる。その発言から白は一つの答えに辿り着く。

 

(これ多分私のせいかなぁ……)

 

『どうかした?』

 

「……花子さんは居心地がいいからここにいるんだよね?」

 

『? まぁ、そういうことになるかしら。私以外の私は全国にいるけれど、私の意思は私のもの。黙って祓われるつもりも、ここを手放すつもりも無いわよ』

 

 僅かに背筋に走る冷や汗。漏れず花子さんも怪異であり、自らの都合は優先しない。白の判断は優しいものだった。彼女は、今度こそ鏡の助言通りに語る。

 

「気高き角は雄々しく一本、牛寅の間の怪力無双。名は……赤鬼」

 

("鬼"……? なんて圧……!?)

 

 パシッ

 

 白はたじろぎ、硬直する花子さんの手を握る。恐怖と莫大すぎるその圧が花子さんの身体を支配したか、ピクリとも動けず、彼女は語り怪としての死を悟る。

 

『……?』

 

 握る手は優しく、瞑った瞳を開ければそこにいたのは真っ赤な角を生やしただけの白の姿。昨日発現したばかりの力。最低限、言葉も少ない語りにはそれ相応の力が返される。

 

「……えっと、心地いい?」

 

『……貴方は、寒いからって熱湯をかけられたら気持ちいいと思うの?』

 

「あ、ごめん」

 

 白は手を離して距離を取り、再び交渉を試みる。

 

「改めて。私はこの百華高校の一年生、訳あって昨日から探偵の助手をやっていて、その人が言うには私は"鬼"の語り怪に憑かれてるらしいの。多分、この高校の異変ってそれが原因なんじゃないかな……どう?」

 

『……一世紀近く百怪談をしてるけど、人間に近い語り怪は多くないけれどいないわけじゃない。で、それが本当だとして何? 私が最近自分の怪談を自覚したひよっこに負けるとでも?』

 

 白の甘さを見抜き、落ち着く時間があったためか、威圧し返す花子さんに冷や汗を頬から流しながらも堂々と会話を続ける。

 

「それで提案なんだけど。うち……っていうか、私の雇用主の家に住まない?」

 

『……はぁ?』

 

 ーーー

 

「白遅いわね……ホントに無事なの?」

 

「このくだり、もう八回目だぞ。この回答も八回目だが問題ない。暴走の気配もなければイレギュラーも無いっての」

 

 同じ問答を延々と繰り返す二人。時計の針は既に1時を回っており白が女子トイレに入ってから二十分ほど経過していた。何事もないと確信している鏡と不安で挙動不審な六華。二人の問答が九回目を迎える頃、ついに白はトイレから一人の少女を連れて出てくる。

 

「鏡さーん」

 

「お、戻っーー」

 

「白!!!!」

 

 真横で女性特有の高音を爆音で聞かされた鏡の耳の機能は一時的に停止。耳鳴りと共に頭痛で頭を抑えるが六華はそれを気にする素振りは一切なく白へと抱きつく。

 

「怪我してない!? なんかこう、呪いとか祟りとかもらってない!? その角は何!?」

 

「お、落ち着いて、ね? 大丈夫だから。全部説明するから。あんまり騒ぐと寄ってきちゃうから……」

 

「手遅れだ馬鹿……」

 

「「?」」

 

 鏡の指し示す方向へと二人は目を向ける。廊下の先から聞こえるガシャガシャという無機質な人形の音。暗闇から姿を表したそれは学校の七不思議の一つ、動き出す人体模型だった。

 

「良かったな。お望みの動く人体模型だぞ」

 

「別に嬉しくもなんとも無いわよ! 想像の倍以上に気持ち悪い!!」

 

「あれも語り怪?」

 

「いや、雑魚の浮遊霊だ。空っぽで人間に似てる身体だから入りこんで喜んでんだろ」

 

「じゃあ無害?」

 

「人形霊はそのうち本物を欲しがる、つまり俺達も狙われる。丁度いい、予定は違ったが試してみろ」

 

「えっ、あっ……分かりました」

 

 先程語った白の力はざっくりとした鬼の伝承。故に一般的な怪力のイメージが具現化される。

 

「事前に言った通りだ。殴らなくていい、デコピンとかで充分だからな」

 

「……ホントに大丈夫なんだよね……?」

 

「大丈夫だって言ってんだろ。ほら来るぞ」

 

「やだやだやだ!! 白! この人置いて早く逃げましょうってば!!」

 

 おずおずと、どうしても信用しきれない白は親指に中指を引っ掛け、目を半開きにして身体を引きながら構える。

 

 その間にもガシャガシャと無機物の音をまるで生き物のように弾ませた足音で廊下を走る。

 

 ググっ……

 

「……早くしろって」

 

 バシンッ

 

「おぅわぁっ!?」

 

 不意に背中を叩かれた白は驚いた猫の様にビクリと身体を震わせ、指の引き金を不意に引く。

 

 瞬間、響いた音の衝撃波は真っ直ぐな廊下を前に突き抜ける。

 

 パリリンッ!! ガシャアンッ!! 

 

 窓ガラスが数枚割れ、人体模型は作り物の臓器をバラバラと床に散乱させ、辺りにいた語り怪達もその力を前にして逃走、あるいは当てられて霧散し、廊下は本来あるべき夜の静寂に包まれる。

 

「「……」」

 

「ほ、ほら……な? 言っただろ?」

 

 脱力からの一撃の為か、予想を超えた威力に鏡は焦りながらも冷静に努め、無言で口を開く二人をなだめる。

 

「……いや正直すまん。こんな強いと思わなかったわ」

 

「次から……お互いに気をつけましょうね……」

 

「あぁ……ていうか、そいつ生きてる?」

 

「え、あれ!? ちょっと! 六華! 六華ってば!」

 

 カクンと、首を脱力させた彼女は綺麗に気絶していた。

 

 ぶんぶんと身体を揺らすして起こそうとするもそれは叶わないようで、鏡が背負うことになり、ようやく落ち着いた頃に本題に入る。

 

『貴方……近頃噂の坊や()ね』

 

「あれ、知ってるの?」

 

『"私達"は噂好きだもの』

 

「で、なんだ。何か不足の事態ってわけじゃなさそうだが」

 

「なんていうか……どうせ祓っても出るんだし、花子さんを事務所に憑かせるのは駄目かな?」

 

 顎に手を当て、少し考えるポーズを取る。却下された時の為に考えている、花子を事務所に置くメリットの説明をしようとすると、鏡はあっさりと答える。

 

「いいぞ」

 

「そう、やっぱり駄目……え、なんで?」

 

「なんでって、お前から言ったんだろうが」

 

「だって……普通なくない?」

 

「花子さんは全国の学校で情報を共有できる。もし協力的ならそいつは俺にとっても助かる話だ。そうだろ?」

 

「そっ……うだけど、なんか、全部見透かされててちょっとむかつく……」

 

「で、花子さんは納得してんだろ?」

 

 鏡は花子さんの前に立ち、屈んで目線を合わせて見つめる。

 

「まぁ……流石の私もアレを眼の前で見せられたらね。反発する方が野暮ってものよ」

 

「ごもっとも。俺でさえ逆らう気が失せる」

 

 鏡は立ち上がり、花子さんへも手を出して薄くニヒルに笑う。

 

「歓迎する。騙裏探偵事務所へ。語り怪とはいえ働いてもらうからな」

 

「使われるのは不本意だけど、まぁいいわ。対価に彼女の霊力と、退屈しない日々を約束して貰おうかしら」

 

 矢継ぎ早に事件が解決する様を眼の前にして、白は棒立ちで呆ける。それに気づいた鏡はさっさと来いとでもいいたげに首を出口に向けて振り、歩いていく。

 

「ちょっ、置いて行かないで下さい」

 

「つーかコイツどうすんだ?」

 

「えっと、この子の家、結構アレだから私が送るよ」

 

「一緒に送るか?」

 

「そんなに遠くないし大丈夫。どうせその辺で"見られてる"だろうし」

 

「? まぁ大丈夫ならいいか。家に……は、平気だろうな。そいつなら泊めるだろ」

 

「まぁ、有り難いことに」

 

「じゃあ、お疲れ様。気を付けて帰れよ」

 

「おつかれ様でした。花子さんも、明日からよろしくね」

 

「……仮にも私、百怪談なのに物怖じしないのね。なんだか興が削がれるわ」

 

 言葉を濁して六華をおんぶして鏡と別れる。花子さんにも手を振り、角を曲がるまで背中を見守り、鏡も探偵事務所へと戻っていく。

 

「貴方、わざとでしょう」

 

「……さぁ、なんのことかな」

 

「私を都合良く使うために彼女を利用したのね……嫌な男」

 

「否定はしねぇな」

 

「ふん。嘘吐き(煙みたいな人間)っていうのは噂通りね」

 

「安心しろよ、アイツもお前も悪いようにはしないさ。俺は人間側なんでね」

 

 短い言葉の応酬、月光が照らし、彼らに伸びる影は異形の者。そんな"人"から離れた彼らから物理的に離れた彼女達、そちらもまた、一般人からはかけ離れていた。

 

 背負った六華を抑え、彼女の家の前に立つ。

 

 厳かな木製の門。木札には六華と、まるで古い道場の名前のように書かれている。 

 

 白がその門を叩くより速くにそれは開かれ、彼女達を招き入れる。眼前には、黒いスーツの男達が並んで出迎えていた。

 

「「「「お帰りなさいませ。お嬢様」」」」

 

「ほら六華、起きて。皆お出迎えしてるよ」

 

「うぅ……赤い熊がハートを押し付けてくる……」

 

 先程の光景が中途半端に夢へと反映されているのか、意味のわからない寝言を話しながら白の背で唸っている。そこへ黒服達の中でも一際若く、額から左目にかけて斜め傷のある男が白を屋敷へと案内するためにやってくる。

 

「いいのですよ白様。お嬢はそのまま寝せてあげてください。元より夜に強い人ではないので」

 

「あ、こんばんは藤見さん」

 

「えぇ、こんばんは。お嬢の勝手にいつも付き合わせてしまい、申し訳ございません。もう夜も遅いですし、今夜は泊まっていくのがよろしいかと」

 

 歩きながら言葉を交わし、スムーズな流れで屋敷の扉を開け、六華の部屋へと案内する。

 

「……すいません、いつもありがとうございます。何かお返しできれば良いんですけど……」

 

「いえいえ、白様の事情は把握しております。それよりも、少し気難しいお嬢に、白様のような素敵なご友人がいらっしゃることが私共は嬉しいのです。微力ながら、我々もお力添えいたします」

 

「あはは。そう言ってもらえると、少し気が楽です」

 

 藤見は和やかに笑うと六華の和室の前で一礼し、何かあったら呼ぶようにと一言伝え、長い廊下の暗闇を歩いていった。

 

「……六華、服借りるね。私も疲れたし、もう寝たいから。おやすみ」

 

 既に敷かれていた布団へと六華を寝かせ、同じ布団へ白も入る。初の仕事を終え、疲れ切っていた彼女が夢の中へと旅をするのに時間はかからなかった。

 

 翌日、放課後

 

 依頼の成功報酬の回収の為、鏡と白は再び生徒指導室へと赴いていた。

 

「すいません、お支払いできません……」

 

「え、はぁ!? なんでだよ、ちゃんと解決したぞ!?」

 

 雲井が差し出した紙には修理費の文字が大きく書かれ、下には内訳が記されている。

 

「廊下の窓ガラス8枚で計16万、人体模型……えっ、アレって40万もすんの!? ただの人形だろ!?」

 

「ただの人形でも教材ですから……それに人体模型とガラスの掃除。細かいところの修繕諸々込みで……」

 

 そうやって提示された金額は、値下げした後の報酬よりもかなり多い数字。生活に苦労をしているわけではないが、借金をする余裕もない鏡は請求書をもった手で震える。

 

「で、ですが、生徒達の不安を取り除けたことに変わりはありません! 今回はどうにかこちらの方で調整して、損害請求や訴訟などは起こさない方向に持っていきます!」

 

「でもそれってつまり、報酬なくて働いたってことだから……」

 

「タ、タダ働きの形になりますね……」

 

 白の問いかけに対する雲居の呟くようなか細い一言。お金にがめつくない彼でも、タダ働きという言葉の響きは、労働者共通に嫌なものだったようで。鏡は一気に脱力し、ソファをズルズルとだらしない姿勢で滑り落ちる。

 

「そ、そんなァ……!!」

 

「……すいませんでした」

 

 白は、申し訳なさそうに小声で呟いた。




語り怪リスト
名目 百怪談
十一番目 "トイレの花子さん"
職業 探偵事務所職員
特性 全国各地に同時に同一の存在が点在する。情報網の広さは国家を凌ぐレベルとの話もあり、彼女達はどうやら噂好きのようだ。
危険度 安全
詳細 
初出は昭和初期、家族5人の心中事件。父親の不倫、それを気に病んだ母親が事を起こし、最後の標的である逃げた長女を追いかけ、学校のトイレにて心中に及んだとの噂。その際の長女の地縛霊である花子が噂になり、百怪談となった。事件の場所が学校であったことから、この噂は全国に広まったものと推測される。
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