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"トイレの花子さん"の一件から3日後。白と二人はなんら特に変わったこともない日常を過ごしていた。普段と違うことといえば、残り2日で美琴の成績をいかにして上げるかを思案中。ということくらいだろうか。
「赤点はギリギリなくらいにはなったけど、全体的に……うん、もうちょっと……ね?」
「特に国語とが致命的ね。人の心ないんじゃない?」
「二人して酷い! 言いたい放題! 私だって頑張ってるのに!」
「まぁ……国語は授業の模範解答を丸暗記すればなんとかなるし、取り敢えずは大丈夫じゃないかな」
二人は全体で見てもトップ層。その実力を発揮し、自分の課題や勉強をこなしながら彼女につきっきりで教えている。それを余裕ととるか、教えるのも勉強になるから自分の為と捉えるか、雲居も口を挟むことは無い。
「あ、もうすぐ下校時間じゃん。帰りにどっか寄っちゃう!?」
「「勉強しなよ(さい)」」
「……はーい」
両手の人差し指を時計の針に見立ててくるりと回し、学校が終わる時間を喜んで表情を一転させるが、一致した二人の回答に寂しく返事をする。
「もう……テストが終わったらカラオケでもボーリングでも登山でも、何でも付き合うからさ。ね、もうちょっと頑張ろ?」
「うぅ、やっぱり白ちゃんは優しいなぁ。どこかの怒りんぼさんとは大違い」
「あいも変わらず口が減らないわね……関心すら覚えるわ」
そうやっていつものように美琴は騒ぎ、白は宥め、遠くから西園寺は見守る会話をして、三人は帰路へつく。西園寺はアレ以来、怪異に関しては必要以上な詮索を学校ではしなくなり、代わりに西園寺へつく監視役が増えたのを白は感じ取っている。それぞれ帰る道は早々に別れ、白は先日雇ってもらったばかりの探偵事務所へと向かう。
(……今日はお客さん、いるかな)
決して立地が悪いわけではない。最寄り駅からは徒歩で十分もかからず、人々が通る大通りや、近くには商店街もある。
にも関わらず、客足が悪いのはやはりその職種。心霊現象、改め語り怪事件の解決。表は探偵。どちらも一般の人間には遠い話で、それこそ霊感商法を疑われるのがオチである。
この数日、彼女のやったことといえば掃除や食事の支度に家計簿の作成、花子さんの話し相手や髪の毛の手の入れ、人、猫、物探し程度のものである。
あの日から自分の家には数回戻り、衣類やその他の足りないものを探偵事務所に補充している。住み込みのバイトという都合上、アパートを解約して家賃をカットしようということも彼女は考えている。
(お祖母ちゃんには問い詰められそうだけど……まぁ、その時はその時か。鏡さんに頼ろう)
「ただいま」
もはや良い慣れた言葉。言う度にその言葉の持つ数多の意味を思考の端で噛み締め、事務所の階段を上る。
静かに足音が響く、いつものように扉を開けようと考えると、視線の先にはスマホを両手で持ち、怯えるように訝しみながらブツブツと独り言を漏らす女性がいた。
「ほんとに大丈夫……? いかにも怪しげで詐欺でーすって言ってるようなものじゃない。あぁでも、あの話が本当なら……」
「入らないんですか?」
「うびぃっ!?」
後ろからの白の声に奇声を発して振り向く。丸い眼鏡に両横のお下げ髪。スマホを片手に、もう一方の手で胸元を抑える姿。驚きのあまりに言葉を失っている様子が見て取れる。
「えっと……ごめんなさい。中、入らないんですか? お客さんですよね?」
「あ、あぁぁあんたこそ、客なんじゃないの!? さっさと入ればいいじゃない!」
「いえ、私ここのバイトですから。なにか不安なら案内しますよ」
柔らかに微笑みを作り、手を差し出して案内しようとする白の手をおさげ髪の女性は強く弾く。
「そ……そそそうやって怪しい壺とか買わせるつもりなんでしょ! わ、わわ分かってるんだから!」
「壺? 一体なんのこと?」
「どうした白……客か?」
「あ、鏡さん。ただいま」
「おう、おかえり」
彼女達から見て外側に開いたドアから現れたのは180を優に超えるガタイの良い巨体と悪い目つき。語り怪であり、それらを扱うからか背景が揺らぐような、背筋がゾワリとする圧に彼女は萎縮し、そのまま直立して真後ろに倒れ気絶してしまった。
「きゅうぅ……」
「わっ、危なっ」
咄嗟に抱き寄せた白のお陰で怪我こそないものの、完全に意識を飛ばしている彼女から話を聞くことはできない。
「どうします?」
「取り合えずソファに寝かせるか、起きたら話し聞く。任せた」
「はい……よいしょっと」
白は彼女を姫抱きにしてソファへと運んで寝かせ、反対のソファに座っていつものように勉強を始める。鏡は正面にあるデスクのワークチェアに座り、資料を眺めながら白に話しかける。
「そういや白、制御の練習はちゃんとやってるか?」
「やってますけど……これ意味あるんですか、焼け石に水な気もするんですけど」
「千里の道も一歩からとも言うだろ。テスト期間終わったら夏休みだったか? 丁度いいしそっから本格的に仕事教えるからな」
花子の一件から白は毎日力の制御を行っている。
理由は二つ。今まで溜め込み続けた語り怪の力を、暴走しないようにガス抜きすること、力の使い方を覚えるためである。
具体的な方法としては、鏡が指導室で行ったように力を"小分け"にして発散する。そうすることで人が読み書きを覚えるように、毎回語らずとも息をするように自然に力を使えるようになるというもの。
夜の学校で必要以上に力を発揮してしまった原因がこれである。
それと並行して、身体に力を使うタイミングを覚えさせるために、祖母からもらった鬼灯の簪を刺すことをルーティンとし、客がいない間や夜等に鬼化している。
「ま、能力を使う時は語った方が確実だし強くなる。計算式使ったほうが問題解きやすいのと同じで当たり前だわな」
「……鏡さんって比喩とか使うし意外と教えるの上手だよね。他人に興味なさそうなのに」
「そりゃあ、所長は昔ーー」
ガタンッ!
「ひっ!? ね、ねねっ、猫が喋っ!?」
「あ、起きた」
クロエが白の問いかけに答えるために膝に乗って得意げに上を向いて喋ると、目を覚ました少女は声を上げて人差しで指を指す。
「やっ、ややや、やっぱり帰る!!」
「まずは落ち着いて……」
バタバタと自分の荷物を手に取り玄関へ向かおうとするのをクロエを肩に乗せた白が宥めながら止める。
椅子から立ち上がることもせずに鏡は一言投げかけると、女性は荷物を握りしめて止まる。
「うちは別に帰ってもらっても構わないが……アンタが困るんじゃないのか?」
「ぅ、うぅ……」
「……不安ですよね、わかります。でも、勘違いでも間違いでもいいから、まずは話してみませんか? 少なくとも、あの人の腕は私が保証しますから」
俯く彼女に対し、優しく手を差し伸べ、持ち前の美貌を無意識ながらにも発揮して白は柔らかに笑い、さながら天使のような安堵を覚えさせながら鏡を指さして説得する。
女性は上の空のような返事しか返せず、白の手を取って立ち上がりソファへ誘導される。
「は……はい……」
(……なんだかなぁ……)
ソファに鏡と白が並び、白の膝にはクロエが座る。
その向かいのソファに依頼人の女性が座り、お茶を飲んで一度落ち着く。
「わ、私は古崎唯子、です。き、今日ここに来たのはお化けっていうか、都市伝説っていうか、そういうのを解決してくれるって聞いて……」
「あぁ、間違ってない。俺は騙裏鏡、そういうやつの専門家でここの所長だ。あと二人と一匹の従業員。コイツがクロエでこっちが白な。もう一人いるが、そっちは気にしなくて良い」
「よ、よろしく……お願いします……」
軽い紹介で白は微笑み、クロエは猫らしく欠伸をかき、古崎は依頼の内容を話し始める。
「あの、"踏切の亡霊"は知ってますか……?」
「いや、知らないな。白はどうだ?」
「残念ながら私も……」
「私も知ーらなーいにゃーん」
一同は初めて聞く言葉に首を傾げるなどそれぞれの反応を示す。
「ひ、百華町、4丁目の都電の踏切……そこで、この間私の学校の生徒が轢かれて死んだんです」
「あ、その話なら私、知ってます。確か二週間前の……女子高生ですよね。殆ど一通りの無い踏切で起きた事件だから覚えてます」
「はい……その子、私のクラスの山根さんって子で……ちょっと話すだけで、特に仲が良かったとか、凄い思い入れがあるとかじゃないんですけど、眼の前で見ちゃって……ぅ"っ」
詳細を話そうとする古崎は、当時の凄惨な現場を思い出してか、えづいてしまう。隣に移動した白は背中をさすり、クロエは膝に乗って古崎をなだめる。
「無理して当時のことを話さなくて良い。自分のことだけでいいからゆっくり話してくれ」
「は、はい……それで、その後からなんですが色々身の回りで起こるようになって」
「へぇ。具体的には?」
「ちょ、鏡さん。ほんとに配慮してます?」
「いえ、いいんです……。その、最初は通学路の踏切りから嫌な感じがしたりとか、違和感がある程度だったんですけど、日が立つにつれてどんどんとおかしなことが増えてったんです。やたら他人の飼い犬に吠えられたり、色んな場所から人の視線を感じたり、上からプランターが落ちてきたり、直近だと……えっと、白さんちょっと……」
「? はい」
そこまで言うと古崎は白に耳打ちし、鏡に隠れて膝下まであるスカートをめくって見せる。
意図を解した鏡は上を向き、視線を外して白に状況を聞く。
「白、どうなってる?」
「誰かが強く掴んだ跡……に見えます。手の大きさと指の細さからして女の人かも」
「ふーん……ま、十中八九、アンタはその山根の霊に憑かれてる」
「そんな……やっぱり、亡霊の……」
「そう気を落とすな。見たところまだ段階的には初期の初期の方だ。この程度なら今日中にでも解決できる」
「ほ、本当ですか……?」
「あぁ、ほんとほんと余裕余裕、無傷でアンタを助けられる。クロエ、踏切りの事件から今日までの周辺の情報洗え。1時間後に出発する」
「了解にゃーん」
疑りつつもほっとしている古崎に、鏡はぶっきらぼうながらも安心するように言い、クロエも仕事を始めるため、二股の尾を一つに減らして窓から外に出る。
白は古崎の不安を拭うように隣に寄り添いながらテスト勉強の為に参考書を開く。
「あの、私は……ど、どうすれば……」
「鏡さん、古崎さんはその踏切に行く必要があるんですか?」
「いや? 別に必要ないと思うが……あぁいや、やっぱり来てもらったほうがいいな、護衛はするからそこは安心してくれ」
「わ、分かりました……」
鏡は自分の言葉を撤回し、別の意図があるのか共に来るように促す。その折、白が古崎に向かって善意から口を開く。
「……良ければ膝、貸しましょうか?」
「は、え? なんで?」
「寝不足だったり、ストレスが溜まったりすると瞼がピクピク動くんです。よく見たら、その眼鏡越しでも分かるくらい隈が酷いし、いくら驚いたからって十分以上も失神するのはあり得ないですから。当たってます?」
「えぁ……その……」
「寝辛いかもですけど無いよりマシかなと」
「えっと、じゃあ……お願いします……?」
鏡は札の準備のため沈黙。古崎は初めは緊張していたが、安心したのか深い眠りによって沈黙し、白もその寝顔を下目に勉強を続ける。無論、非情な女ではないため、思考の端では古崎のことを思ってはいるが、彼女の人生において友達はたったの二人。会話の糸口をつかめず沈黙は暫く継続されることとなった。
その沈黙を破った一言から、語り怪の正体の見え始める。
「……あ、そういえば踏切って第1小の近くですよね。花子さんは何か知らないんですか?」
「もちろん、知ってるわよ」
ぬるりと壁を貫通して花子はその場へ姿を表し、当然のように白の背後へとついて情報を話し始める。
「二週間前の女子高生の踏切事故。当時は事故直後の目撃者は少なく、寝てるその子を含めて三人」
「じゃあ、クロエはその人達に話を聞いてる頃か」
「無理よ。だって、二人共死んでるもの」
にこりとした笑顔で言い放つ花子。
「!」
「確かか?」
「えぇ、同じ場所で、"同じ死に方"。私達のお仲間かしらね。それも、危ない方の」
不穏な情報が明らかにされ、死人も出ているという花子の言葉に白は声を詰まらせる。前回の花子とは違う、殺意を持った語り怪の事件に身構える。
白の冷や汗が首筋を伝った時、クロエが鏡の想定よりも早く帰還する。
「ただいまにゃーん。意外と猫達の間で噂になってたにゃん」
「成果は?」
「全員死んでたにゃん!」
「やっぱりか。まぁ、裏は取れたと思おう」
「にゃーんだ、知ってたにゃんね。被害者は二人とも轢かれて死んでるにゃ。身体が真っ二つの血がぶっしゃー!」
「真っ二つ? それはまた随分不可解な……」
クロエと白の言葉に鏡の表情は一転し、張り詰めた空気が事務所内を覆う。
「鏡さん?」
「白、予定は変更だ、依頼主は置いていく。死人と似通った噂が出てる以上は百怪談の候補。五十八番、テケテケの可能性が高い」
「足がなくて腕? が速い幽霊ですよね。しかも噂が広まるとその分被害者が増えるって言う感じじゃ無いでしたっけ」
「そうだ。だが初期段階を抑えられたのは僥倖。今まで祓い屋の連中が先に処理してたのを先取りできる。
テケテケは最初は踏切り周りで噂が広まり、成長すると踏切の外でも活動しだして危険だ。なんとしても先に怪収するぞ。クロエ、今回はお前も来い」
「了解にゃーん」
「鏡さん。質問なんですけど、祓い屋ってなんです?」
白が小さく手を上げ、鏡へ聞き慣れない単語の正体を聞く。
「丁度いい、話しておくか。怪収のことは前に話したな? 俺達は語り怪を怪収して回るが、祓い屋は反対にとにかく祓って回る。百怪談に含まれない語り怪ならそれでいいんだが、生まれたての百怪談にも似たようなことをする連中だ」
「……あ、そっか。百怪談は捕まえるほうが良いんだっけ。確かに、それは鏡さんからすれば厄介かも。でも……」
九十九は言葉を続ける。
「鏡さんだけじゃ、どうしても手が届かない場所や時間だってあるはずでしょう? それなりに大きな組織みたいだし、そんなに悪い話じゃないんじゃないの?」
「「……」」
「まぁ……そう考えてもおかしなことじゃ無いんだが……」
「え、私なにかおかしなこと言った?」
白はクロエと鏡の微妙な反応を見て花子へと視線を投げる。
「その度量と力で忘れていたわ。貴方、語り怪を除けば普通の子供だものね。良いこと? 根本的な解決をしない。つまり祓い屋は利益でやっているの。その意味がわかってる?」
「? ……! そんな……嘘でしょ? だってそんな……」
「ま、そういうことだ。奴らは語り怪を自分達に利がある話が出るまで公に出ないように隠蔽する。一般人に興味なんか無いんだろう」
「事が大きくなって手に負えなくならないよう、程々に強くなって人的被害を認識させてから英雄面して出番! にゃんともまぁ、醜い人間の集まりにゃん。喰い殺したくなるにゃんね」
牙を剥き出しにして笑うクロエと面白くなさそうに溜息をつく鏡。白の浅はかな考えを嘲笑、あるいは呆れたように笑う花子。
白の認識はまだまだ甘く、踏み入れた世界は鈍色だった。
「……この話はまた今度な、行くぞクロエ、白。純粋な危険度が高い語り怪だ。スピード勝負、さっさと怪収する」
「はいにゃー」
「……はい」
「……白。気にしすぎると疲れるだけだ。逆に考えろ、祓い屋よりも先に俺達が怪収を繰り返せば、いつかはそういう被害も無くなる」
浮かない顔をする白に鏡は不器用に慰め、頭をぽんぽんと叩く。
「そう……ですね。私が頑張れば、その分理不尽な被害も減るし……六華や小鳥も巻き込まずに済む」
「そうだ、やるぞ。まずは眼の前の目標から、確実に怪収する」
「了解です」
白は怒りと怯えからくる震えを抑え、覚悟を決めて仕事の準備を始める。
バッグにつけた簪を握りしめ、別室で制服から学校で使っているパーカータイプの体育着へ着替える。
「よし、作戦はシンプルだ。つか、都市伝説タイプの語り怪は大体対処法が用意してあるものでな。セオリー通りに行くなら"地獄へ還れ"の言霊が作用する。が、これをしても一時的な退散にしかならない上、祓ってないから被害も減らない。そこでだ。"化け"猫クロエの出番だ」
鏡はニヒルに笑ってクロエへと目を配る。
「はいにゃっと」
ポムンッ
空中へと身を投げて一回転、変身した姿は騙裏鏡と白の二人。寸分違わぬ姿に白は素直に驚いて目を輝かせる。
「え、凄い……! 私達になれるの?」
「なるんじゃなくて化かしてんだよ。狐や狸は自身が化けるのが得意だが、こいつの場合は虚像を生み出すのが得意なんだ。見かけによらず、こいつもちゃんとした百怪談なんだよ」
「「見かけによらずとは失礼にゃんねぇ、こう見えても二十五番目の頭目ニャんですけどぉ」」
「うわ……なんか複雑な気分。でも、ふふ、鏡さんがにゃんにゃん言ってるのちょっとおもしろい」
「にゃんにゃんにゃーん」
渋く若干低めのハスキーな声と白の透き通る声でにゃんにゃん言う姿は確かにはたから見ればかなりシュールな絵面なことは確かだろう。白は口に手を抑えてクスクスと笑う。
「ほら、やめろやめろ。んで、こいつのこの力で虚像の方の白をテケテケに殺させる。もちろん、偽者だからテケテケは空を切るわけだ。その隙に、俺と護衛の白で怪収する」
「囮作戦ってことですか……私いります?」
「噂通りなら、テケテケは大体百キロで走る上に対象が半身である以上、的が小さい。怪収条件は対象を完璧に収めること。俺が完全に口上を語ることだ。さらに困ったことに、あれは連発できない。1日に2回だし、一回だけでもかなり疲れる。お前の筋肉痛みたいなもんだ」
「熟練っぽいのに、以外と制限多いんですね」
「まぁな。こればかりは修行しなきゃどうにもならない」
「なんでしないんです?
「めんどいから」
中身のない適当な話をしながら彼女らは準備を終え、件の踏切へと事務所を出て向かう。
「さて、この先か……祓い屋の連中はやっぱりいないみたいだな」
ガチャンッ
先日の物とは違う鏡を用意し、コンクリートの地面へ構える。白は簪を刺して自らの肉体を鬼へと変える。
白の成る姿は、一番スタンダードなイメージの"赤鬼"。
赤い一本の角に紅い瞳、金棒は本人が使いこなせる気がしないため、主な手段は力任せの暴力。初日のことからこの赤鬼の特性は"治癒力"の増強と"怪力"が白のイメージに定着していた。
「大分スムーズになったじゃねぇか、上出来上出来」
「あんまりちゃんと使えないですけどね。半分ははったりですし、力もかなり抑えてます」
「よし。クロエ、準備だ」
「はいにゃーん。……その嘘、真か否か、その実知るは私のみ。万人化かすは怪猫の悪戯」
【
クロエが化かしの術を発動するために語り、本物と錯覚してしまう古崎の偽物を作りだす。
「白、あんまり偽物の方を見るなよ、アイツが語って出すと錯覚が強い。あっちを本物と思い込むぞ」
「え、何その怖い能力は……」
「はいはい、無駄話は終わりにゃん、隠れてにゃさいって」
「おー、白。目ぇ瞑れ」
スパー……
「けほ……私も吸う練習しようかな」
「やめとけ。百害あって一利しかないぞこんなもん」
鏡は手慣れた仕草でタバコを取り出して火をつけ、白へ吹きかける。煙になれない白は咳き込みながら大人しく時を静かに待つ。しかし、いつまで経ってもそれは現れない。
「……やっぱり、本物じゃないと駄目?」
「産まれてからの期間からいってアイツの化かしを見抜ける程の力があるはずは無いんだが……」
(百怪談は祓われると別の場所で再び現れる。でも今回の依頼は、直接事件を目撃したことによる呪いに近いもの。現に同じ状況に遭った二人の被害者がいる。でも何故、物理的にも精神的にも、最も被害者に近い彼女が一番最後の標的になるの? 口裂け女は、最初に憑いた私を執拗に追いかけてきた。だから、少なくとも産まれたての語り怪の行動指針のはず)
さらに白は記憶を探っていく。
(プランターが目の前に落ちる、足を掴まれる。これらは見方を変えればいずれも捕える行為、もしくは……"引き止める行為"ととれる。犬に吠えられるのは、常に彼女にテケテケが取り憑いていたから? いえ、それなら他で被害がでる辻褄が合わない。なら、別の霊が憑いている。複数の視線……これは霊じゃない。霊ならもっと背筋を伝うような感覚のはずだ。あの臆病な古崎さんがそれを伝えないとは思えない。それなら、人間。そして、古崎さんを観察する理由……)
鏡は疑問符を浮かべながらタバコを蒸す。意識が離れている鏡の注意を補うように白は観察を続けながら思考を巡らせ、一つの考えに思い至る。
「鏡さん。一つ、嫌な仮説が思いつきました」
「……なんだ」
「今回の事件、もしかして、"テケテケ"以外の多くの要因が絡んでるかもしれません」
「どうしてそう思う?」
「私達は先入観に囚われ過ぎていたのかもしれません。この踏切で、テケテケの語り通りの事件が起きたから、ソレが生まれたのだと。でも、もしテケテケが生まれたのが今回じゃなく、もっと前からいたとしたら? 鏡さんが今まで気付けなかった理由。それが、人間……"祓い屋"が隠蔽していたからだとしたら……あり得ない話じゃないはずです」
「……」
「祓い屋の方々は、程々の強さになり都合のいい被害を出せるようになるまで隠蔽するつもりだった。しかし今回、本当に偶然、語り怪の絡まない不幸な事故が起きてしまった。それだけなら問題は無かったはずが、ここでさらに偶然が重なり、古崎さんは被害者の女性に憑かれ、まだ弱いテケテケから"護られていた"。祓い屋は現場で死に近づき、最初の被害者となるはずの彼女を観察していたはずです。結果、一般人に興味のない祓い屋達は、古崎さんが護られることでターゲットを"一時的に"移したテケテケによる事件を見落とし、知らぬうちに他所で噂が広まってしまったとするなら……!」
白の仮説の点は話すごとに線によって繋がり、今回発生したテケテケの語りと成っていく。鏡は取り返しがつかなくなる前だと理解し、対処へ乗り出す。
「既にテケテケは語り怪として成長し、踏切の外でも活動できる可能性がある……! クロエ、事務所に戻る! 行け!!」
「にゃ!? こっちはいいのにゃ!?」
「いい、先に事務所に走れ!! 俺は白を送る!」
クロエは指示を受けて屋お前は根伝いに最短で事務所へ向かう。鏡は姿見を白へ向ける。
「白! ……っ!」
「大丈夫です、確認はいりません。これが最短で最善なんでしょう」
「……すまん!!」
鏡は物体の語り怪。自らを媒体として語りの能力を使うため、他者に影響を及ぼす力を自分に使えない。荒削りながら戦闘能力も高く頑丈とはいえ、白を危険な目に遭わせるという外道行為が悪手である点を除けば最善手である。
それを理解している白、一分一秒を争う今、聡明な彼女は理解し、短い言葉で鏡に即決させる。
「境界線を忘るるなかれ、しかし今宵契り破れたれ。鏡と鏡は今繋がり、扉は他が為へと開かれる」
【鏡送り】
キィンッ
鏡は語り、徐々に姿見は事務所の姿見の一つへ繋がっていく。白はその先の光景に目を凝らす間もなく自ら鏡へと触れて向こう側へと飛んだ。
語り怪リスト
名目 百怪談
五十八番目 "テケテケ"の語り怪
特性
特定の踏切に通った者の脚を刈り取る。
上半身のみ、腕を使った不規則かつ高速の移動を行う。
元は地縛霊だが、時が経ち成長することで踏切外での行動が可能となる。
危険度 危険
詳細
危険度が高く成長も比例して早い。過去に11度祓われている。
初出は1980年頃のネットの投稿によるもの。
北国で女性が線路に落下し、電車に轢かれて上半身と下半身に切断されたが、余りの寒さによって血管の先が凍り付いて止血され、暫くの間苦しみながら周りへ助けを求めたものの、駅員の判断によってブルーシートをかけられ、女性はその後しばらくして死んだ、という都市伝説があるためと考えられる。
また、他には乱暴された際に逃げ込み電車にひかれた。猟奇殺人鬼の手にかかった等、様々である。