九十九物語   作:レガシィ

7 / 12
投稿期間は前回から今回までのをベースに考えています。
行き詰まった時は遅くなるかもしれませんが、よろしくお願いします!
それでは、第四幕をどうぞ!


第四幕 雷轟き、子が奏でるは嵐の調(前編)

 七月十七日、水曜日

 

 百華高校の期末テストは、五限目のチャイムと同時に終わりを迎える。

 

 テストを憂う者、休みを前に浮かれる者、多様な反応はあるが、優等生の白と六華はいつも通りの態度を崩すことなく、五教科を終えてほっと一息をついている。

 

「白、どうだった……て、問題なさそうね」

 

「うん。六華は余裕?」

 

「私はちょっと英語を不味ったかも。やっぱり適当は駄目ね」

 

 高校生らしい普通の会話。入学して数日で学校の話題になる二人が窓際で和やかに話す様は、クラスの生徒からは別世界のように映ることだろう。

 

 その二人の間で、水琴は机に両腕を伸ばして突っ伏している。

 

「なんでテストの後に勉強の話するの……? 楽しいこと考えようよ……」

 

「ごめんごめん、水琴は特に頑張ったね」

 

「ふぃ〜……六華ちゃんは撫でてくれないの?」

 

「はいはい。いつもそうしてたらアンタも可愛いのに」

 

 白と六華はサラサラとした金髪を撫でながら、連日の勉強会に疲れ果てた水琴を労う。

 

「そういえば、お疲れ様会するの?」

 

「やるよ! 勿論!!」

 

「わっびっくりした」

 

「よっぽど楽しみだったのね」

 

 突然水琴があげた大声に身体をビクリと跳ねさせる白と腕を組んで呆れるように笑う六華。

 

 すかさずと言わんばかりに、水琴はポケットから3枚の紙を取り出す。

 

「そう! 今回のお疲れ様会はねー、じゃ~ん!」

 

「「……宿泊券?」」

 

「この間、商店街のガラポンで当たったの! 明後日から夏休みでしょ!? 行こうよ〜!」

 

「旅館の立地は悪いけど、秘湯ってやつかな?」

 

「三泊四日って、随分太っ腹なのね。でも、家族ととかじゃなくて良いの?」

 

「良いの良いの! だって、大好きな二人と行きたいんだもん!」

 

 水琴の向ける真っ直ぐで純粋な好意に六華は頬を赤く染めて照れる。

 

「そういう所よ……もう」

 

 微笑ましくその光景を横手眺めてる白はチケットの裏を見て土地の情報を眺めながら提案する。

 

「八津ヶ谷村……一週間後に初の夕涼み会だって。チケットは来週も使えるみたいだし、せっかくなら合わせていかない?」

 

「良いわね。私も家のこととかあるし、ちょっと時間欲しいかも」

 

「じゃあ一週間後ね!」

 

 話がまとまると、六華は部活の集会で残り、残された二人は帰宅路を歩く。

 

「じゃあ、また明日」

 

「また明日ー!」

 

 途中の別れ道、水琴は喜びが抑えられなかったのか、明るく陽気を纏ったまま走って帰っていき、白も気持ちが隠せないのか、頬を緩ませ、足取りを軽くして事務所に向かう。

 

(あ、鏡さんになんて説明しようかな……まぁ、大丈夫かな……多分)

 

 白が帰る二十分前、事務所には二人の来客があった。

 

 窓は白の知らないところで山童達の活躍により直っており、綺麗になった事務所で鏡が暇を謳歌していた時、短いノックの後にドアが開き、少し高い声が鏡を呼ぶ。

 

「騙裏。少し時間いいか? 依頼と、話したいことがある」

 

「お、空澄(そらすみ)目覚(めざと)か。二人一緒は珍しいな」

 

「色々と事情があってのう、取り合えず元気そうで何よりじゃ」

 

「まぁ座れよ、茶くらい出すぞ」

 

 鏡に促されるまま、友人と思しき二人の語り怪はソファへ座り、反対側にクロエが座る。その間に鏡はお茶を用意する。

 

 筋肉質な黒髪短髪の男性と、網代笠に面布をする小柄で華奢な男性。

 

「で、鴉天狗と覚なんて珍しい組み合わせだな。それぞれの住処でなんかあったか?」

 

「取り繕うことも無い、実は……三上山の大蜈蚣(おおむかで)がやられた」

 

「……は? 冗談だろ? 大蜈蚣っていやぁ、龍の天敵とまで言われてる古代から生きてる"支配幕(しはいまく)"の百怪談だ。そいつをなんだって? 喰った? 祓い屋共の仕業か?」

 

「「……」」

 

「おい、なんだ。なんで急に黙る?」

 

「私とこやつが行動を共にしているのは、今回の件が理由だ……"奴"が動き出した」

 

「……確かか?」

 

「あぁ、間違いない。下の話によると祓い屋達も大分やられてるらしい。お陰で他の語り怪や百怪談も活性化し始めてて各地で祓い屋含めて混乱が起きてる」

 

「"奴"が活動を止めて三十年あまり、鳴りを潜めていた最凶にして最悪の語り怪が回帰しおったのだ」

 

「原因は?」

 

「分からない。ただ一つ確実に言えるのは、"奴"がことを本気で起こせば、また大勢死ぬ。語り怪も人間も、神すら例外なく、全ての者達が無関係ではいられない」

 

「前回の事件だって本来、百怪談の"支配幕"達も黙っているものじゃない。今度はもっと大規模な戦争が起こるぞ」

 

「……分かった。また何かあったら教えてくれ」

 

「勿論だ。衝撃的な話だったが……今回の本題に移るぞ。実は鴉天狗としてお前に依頼したくてな」

 

 階段を上り、事務所の扉の前に立つと白は僅かな違和感を覚える。

 

(なんとなく……気配が濃い?)

 

「ただいま」

 

「お、帰ってきたか、丁度いいタイミングだ」

 

 あまり気にすることなく、いつも通りに事務所の扉を開けると、二人の来客の姿を確認する。

 

「人間以外のお客さんも来るんですね……?」

 

「ん……擬態が不十分だったか?」

 

「人の子にしては面妖な気配よの。こちらの娘さんは? まさかお前の子でもあるまい」

 

 白の反応に対し、二人の語り怪はそれぞれの反応を示す。自らの擬態を疑う細身ながら筋肉質な黒髪短髪の男性と、室内でも網代笠に面布をする小柄で華奢な男性。

 

「紹介する。バイトで俺の助手」

 

「始めまして、鬼灯白です。色々あって鏡さんにお世話になってます」

 

「これはご丁寧に。私は百怪談の三十二番目、覚の目覚。笠は気にせんでの」

 

「俺は鴉天狗の空澄。同じく十九番目の大天狗様が統括する"天狗山"の一応、幹部だ。よろしくな」

 

 ペコリと、行儀よく頭を下げて挨拶する白の挨拶が終わり、二人も改めて自己紹介をする。ほのぼのとお茶をすする二人に、鏡がさらりと正体を口にする。

 

「ついでにいうと、そいつ鬼の語り怪だぞ」

 

「「ぶぼっ!」」

 

「!? だ、大丈夫ですか? 今拭くもの持ってきますから」

 

「げっほごぉっほ! おまっ、ふざけ……」

 

 二人はお茶を吹き出し、白は台所へ走って雑巾を取りに行く。その間に空澄は鏡に問いかける。

 

「"鬼面の衆(きめんのしゅう)"から引き抜くとか正気かお前!?」

 

「ちげーよ、アイツは"まだ"人間だ。語り怪の連中と一緒にするな」

 

「お前と同じタイプか……空席を埋めるつもりか? それとも、まさか巻き込むつもりか?」

 

「バカ言え、俺達のゴタゴタに巻き込むつもりは無い。"奴"に関してもそれは一緒だ。クロエと花子と俺だけでやる」

 

「お前にしては随分肩入れしてるじゃないか」

 

「……三十年。それだけ"人"と話さなきゃ情も湧くもんさ」

 

 鏡の顔と心を視て理解した二人はそれ以上口には出さず、白が戻ってくる頃には落ち着いていた。

 

「さて……改めて依頼の話をしよう。今回依頼したいのは百怪談の二十八番目、(ぬえ)の怪収だ」

 

 この一週間で聞いた幾度目かになる百怪談というワード、それを耳を傾けてイメージする。

 

「鵺か……祓われた噂は聞かないが、成長具合はどんなもんだ?」

 

「語り怪としてはほぼ完成してるが知能はまだまだって感じだな。が、今回は俺と木の葉天狗が数名バックアップに着く」

 

「随分手厚いじゃねぇの、何か狙いがあったり?」

 

「まぁな。だが、お前にとって悪い話じゃないはずだ。鵺はそれなりの間大人しかったが、今はやたらに周りに噛みついて大分疲れてる。この間なんて祓い屋の夕が二人やられたらしいぜ? 今が怪収のチャンスだろ」

 

「夕?」

 

「祓い屋の内部でも序列がある。素人の朝の位から始まり、昼、夕、宵、夜の順だな。今回の場合は中堅がやられたらしいって話。因みに、祓い屋は祓師とも呼ばれる。こっちの方が呼び方としちゃポピュラーかもな」

 

 白はなるほどと、納得した顔でノートに書き込む。

 

「白、もう夏休みだったか?」

 

「えぇ、はい。正確には明後日からですけど、テストは終わったから時間はあります」

 

「よし。今日明日の二日でお前の実力を鵺と張れるまで底上げする。俺や白みたいなタイプの語り怪にとっての知識は力に直結するし、お前は肉体が強い。頭と身体で必死に覚えろよ」

 

「テスト終わったのにまた勉強するんですか……」

 

「勉強大好きだろ」

 

「いや別にそうでもないんですけど」

 

 たった一週間。家族やそれに準ずる者との繋がりがなかった故の彼女の性格か、白の鏡への距離はそれだけの時間でかなり近づいていたためか、こういった会話もするようになっていた。

 

「仲いいのな。それと……こっちも依頼だが急ぎじゃない。百怪談の十四番目、鬼丸国綱の回収だ」

 

「え……あれって御物じゃなかったっけ。天皇相手に強盗?」

 

「違う違う。天皇が持ってるのはレプリカだ。本物の鬼丸は何処かに語り怪として保存されているはず。ちょっと前までは祓い屋が管理してたが、扱いきれずに封印したのを誰かが勝手に持ち出したんだよ。んで行方不明」

 

「ふ~ん、まぁいいぜ、急ぎじゃないならついでにのんびり探すさ」

 

「要件はそれだけだ。何か必要なものはあるか? 出来る限り揃える」

 

「報酬は……今回は金がいい。それと、後で白を近くの山に向かわせる。結界張っといてくれ」

 

「了解だ。じゃ、後でな。行こう、目覚」

 

「うむ。ではまたのう、騙裏殿。白殿も」

 

「あ、はい。お気をつけて」

 

 二人はお茶を飲み干して事務所を出ていき、それを見送る。暫しの静寂の後、白は一つ質問する。

 

「鏡さん、鵺ってそんなに強いんですか?」

 

「そうだな……俺の記憶が正しければ、最後に鵺の被害を確認したのは三十年前だ。祓われた回数は七回ってとこか。伝承もそれほど複雑じゃないし、中の上って感じか」

 

「口裂け女とテケテケはどんな感じ?」

 

「危険度で言うなら口裂け女は下の中、テケテケは中くらいだな。もちろん、成長度合いや噂話に尾ひれがつくと性質も変化するが」

 

「へぇ……あ、今のと関係ないんだけど、来週に二人と旅行に行くから休みたいんだけど、大丈夫?」

 

「おー、行って来い行って来い。小遣いでもやろうか?」

 

「もらえるの?」

 

「まぁ、実際よくやってくれてるしな。それに、天狗の依頼は金払いがかなり良い。今回の依頼が無事に終われば、臨時収入ってことで先に半分くらい前払いでやるよ」

 

「それは……いや、ありがとうございます」

 

 白は少し遠慮がちに目を伏せてお礼を言った後、グラスを片づけて着替えるために私室へ向かう。

 

「よく考えたらおかしな話にゃんねぇ。家主が毎日ソファや椅子で寝て、住み込みバイトの白ちゃんがベッドのある部屋で過ごして寝るにゃんて」

 

「いいんだよ別に。聞けばアイツの暮らしは質素な坊さんみてぇなもんだし、流石に酷だろ。俺は肉体的な疲れはあんまり引きずらないしな」

 

「優しいにゃんねぇ〜。昔のトゲトゲ坊やは何処へやら」

 

「うっせうっせ。あそうだ、花子〜」

 

「何よ、トゲトゲ小僧」

 

「なんで怒ってんの?」

 

「別に怒ってないわ。言っとくけど、今回私は力になれないわよ」

 

「あぁ、違う違う。鵺じゃない。お前に頼みたいのは刀と、"奴"の方」

 

 鏡は手を振って否定し、件の奴に関する情報収集を花子さんへ頼む。当の花子さんも、奴という形容詞だけで正体を想像し、恐怖する。

 

「刀はともかく、奴"ね……名を口にするのすら憚られる最悪の語り怪。……良いわ、噂は場所さえあればいくらでも拾える。少し時間をちょうだい」

 

「頼んだ」

 

 ガチャッ

 

「着替えました。それで、勉強ですよね」

 

「そういうこと。お前が今回覚えて使いこなすべきなのは、"藤原千方の四鬼"。その一体、風鬼(かぜおに/ふうき)だ」

 

「いかにもな名前ですね。風を操る鬼とか?」

 

「はい正解。終わり」

 

「……ん? いやいや待ってください。二日で私が強くなるのを手伝うんじゃないんですか? 浅くない?」

 

「いやー……藤原千方伝説って鬼に関することが殆ど書いてなくてな。そもそも、語り怪の発生理由も力の根源も大して分かってないんだよな。だから知識をつけるだけでいい」

 

「……それなら、今まで通りの鬼では駄目なんですか?」

 

「相手は鵺。雷獣と同義される嵐を操る獣だぞ。地上からせこせこ石でも投げるつもりか? それに、色んな力持ってるほうが怪収や依頼の幅が広がるし、損ではないだろ」

 

「そうですね……分かりました」

 

「さて、問題ないと思うが、語り方は覚えてるな?」

 

「まず、何者か、どんな噂や伝承の事象を起こしたいのか。そして、それに名をつける。ですよね」

 

「ほい満点。名前をつけることでこの世に語りとして認められる。まぁ、あくまでその語り方は一例だ、詩を読むやつもいれば歌うやつもいるし、舞を代わりにするやつもいる」

 

「怪収や私の虚影もそんな感じにゃん。それで、語りを簡略化するほど得られる力は減るにゃん」

 

「あ……祓い屋の人が言ってた"箱庭"っていうのも一緒?」

 

「あれは似てるが違う。あいつらは神々を信仰し、その一部の力を借りる。箱庭っていうのは現実に非現実を重ねる。部屋の中に同じ構造の模型を置くのと同じだ。違うのは、語り怪と、指定した人間だけはその中に迎えられるってことだな。語り怪に魅入られてる時の空間は特異間とも呼ぶ。つか、聞こえてたんだな」

 

「なんていうか、物凄く寝ぼけてる感覚に近いけど、少し聞こえてました」

 

「そうか。じゃ、俺は作戦を練るから山に向かってくれ。場所は御岳山な」

 

「……普通の観光地なんですね?」

 

「不満か?」

 

「いやもっと、こう……富士の樹海とか剣岳とか、そういうのをイメージしてたので」

 

 白は疑問を口にし、いつものように鏡はそれを説明する。

 

「天狗達の結界は凄いぞ。クロエじゃなきゃ大抵のやつはすぐには見抜けない」

 

「へぇ……。それじゃ行ってきます。行こう、クロエちゃん」

 

「は~いにゃー」

 

 クロエを肩に乗せ、白は件の場所へ向かうために外に出る。それを鏡は手を振って見送り、扉が閉まると同時にさっきまでの真顔から不機嫌な顔へと変貌する。

 

「おい、エセ虚無僧。野郎なんか覗いて楽しいかよ」

 

 昨夜のようにぶわりと煙を身体へ纏い、尺八を手にして現れる。

 

「いやはや、覗きとは失礼ナ。監視と言ってくださイ。それニ、存外楽しいですヨ」

 

「何の用だ? 今は俺達とは冷戦中だったと思うが」

 

「いやはや、知っているのでしょウ? "奴"が動き出したことくらイ」

 

「知ったのはついさっきだ……で、何の用だ。要領を得ない話はてめぇの悪いクセだ」

 

 鏡は生来の悪人顔から冷徹な目つきで睨み、虚無僧はソファに座って大きな溜め息をついて話し出す。

 

「……分かりましタ。話を聞いてもらえるだけ御の字でス。それでハ、語りましょうカ」

 

 ーーー

 

 一方、白達は屋上へ上っていた。しかし、目的地まで十キロ以上離れた場所に行くのは現実的でないため、実験がてらに風鬼の力を使って移動することにした。

 

「失敗しても私が隠すから気にせずやるにゃーん」

 

「ありがとう、じゃあ」

 

 白は鬼灯の簪を挿し、自分流に語りだす。

 

「藤原千方の四鬼が一鬼、風で遊びて心のままに。私は……"風鬼"」

 

 赤鬼以外の種を初めて語る白。初めて自ら語った時と同じように、肉体がすげ変わるようなびきびきとした音と共に、二本の前傾に曲がった角が頭から生え、布がなびくような模様が素肌、瞳は翡翠色に染まり、風の羽衣が肉体の周りを漂い始める。

 

「それが白ちゃんのイメージにゃ?」

 

「んー……まぁ、角と模様以外は……風神雷神の絵をイメージしたんだけど、思い通りにはいかないね。行こっか」

 

 人間が空を飛ぶ。翼も翅もなしに生物が空を飛ぶのはまずあり得ない。イメージが湧かない白は中々飛べずにその場を跳ねたり力んだりする。

 

「……飛べない……」

 

「当たり前にゃん。説明書もない使ったこともない玩具にゃんて最初から使えるわけ無いにゃーん」

 

「そんな……分かってたのに屋上に連れてきたの?」

 

「いやいや、そろそろ来るはずにゃ」

 

「?」

 

「よう。待たせた」

 

 人間の姿のまま、バサバサと小さな翼を腰ではためかせ、原理のわからぬまま飛んできた空澄が着地する。

 

「お、今から飛ぶところか……マジで嬢ちゃん鬼なのな」

 

「えぇ、はい、一応そうです。正確には、私に憑く語り怪が鬼らしいですけど」

 

(なるほどな、そういう設定か……)

 

 空澄はまじまじと白を見つめ、白が鬼の語り怪といういうことを再認識する。

 

「ま、積もる話は俺には関係ないか。ほら、飛べ。さっさと行くぞ」

 

「あ、あの……飛べないです……」

 

「は? なんで」

 

「鳥頭には分からんのかにゃ〜? 人間が生身で飛ぶにゃんて出来るわけないにゃん」

 

「あ? 言ってくれるじゃねぇか、畜生の分際で」

 

「にゃ〜ん? 若造が牙も無い嘴で啄むじゃにゃいの……立場をわきまえにゃさーい」

 

「あの、喧嘩はやめて、そろそろ向かいましょうよ……」

 

「悪い。そうだな……俺が風でサポートする。飛ぶ感覚は山に行くまでに覚えてくれ」

 

「あ、それっぽい……ん? 何を……待って、嘘だよね?」

 

「先ずは上昇する」

 

「ちょちょちょ、待って待って!!」

 

「行くにゃんよー」

 

 クロエは白の肩に乗り、三人を隠すように術をかける。その後、空澄はヤツデの葉の形をした団扇を取り出し、白へ向けて振り、その場に突風が発生して白を飛ばす。

 

「い……ゃぁぁああ!!?」

 

「先ずは軽く100m上昇……おい叫ぶな、集中しろ。いざって時に受け身取れなきゃ死ぬぞ。風を纏え、腕に足に、羽に髪。風を受ける場所なんていくらでもある」

 

「そ……そんなこと言っても……!」

 

(イメージ……イメージ!? 風を受けるってどうやるの!?)

 

 ピタッ

 

 あわや屋上の地面に頭から激突寸前に頭を下にピタリと静止する。

 

 飛べたのかと勘違いする白に、空澄は目線を同じように姿勢を反対にして腕を組み、白の顔を見つめる。

 

「俺も他人に教えたことないから分からんが、そんなに難しいか?」

 

「……もう一回! もう一回!!」

 

「不屈だな。良いが、街中は流石に避ける。先ずは山に送ってやる。行くぞ」

 

「ちょっ……待って先ずは準備を……!」

 

「待たない、一気に行くぞ。道を作るから後から来い。飛ばせ、天狗の団扇。造れ、風の隧道を」

 

【逐い風】

 

 空澄は団扇を両手で握り、目標の山の方角へ狙いを定めて語る。前方へと飛ばした突風は、目に見える程の風の道を作り上げ、先に飛んでいく。

 

「白ちゃーん。先ずはダイブにゃ〜ん。そりゃっ」

 

「ちょっ、うわ、きゃぁぁぁっっつ!!?」

 

 クロエが尻尾で力強く白の背中を押し、屋上から飛び降りる。急な上昇と横に飛ぶ感覚。思わず目を瞑り、肉体が強張ってしまう。

 

「おい、目を開けろ。人間が生身で空を飛ぶ。いい眺めだろ」

 

「……いや全ッ然!!?」

 

「久し振りに飛んだにゃんけど、にゃかにゃかやるにゃんね」

 

 恐る恐る目を開ける。広がっていた景色は、よくある童話や漫画のような、とても綺麗。なんて感想は白には抱けなかった。まるで荒れた嵐の中心にいるかのような、扇風機のカバーを外して顔を近づけているかのような、そんな光景。

 

「なんだよ、人間は空を飛ぶのに憧れがあるんじゃないのか?」

 

「それとこれとは話は別でしょ!?」

 

「細かいことに拘るな人間は。加速するぞ。後二十秒で着く」

 

「速っ! そんな飛んでたの!?」

 

「舌噛むぞ。着地する」

 

「少しは話を聞いてよぉ……」

 

 泣き言を吐きながら風に運ばれ、結界の張ってある御岳山の山頂付近へ降り立ち、すぐさま木陰へと走り出て口を抑える。

 

「吐きそう……」

 

「悪かったって、急いでたんだよ」

 

「どんまいにゃん。でも、ちょっとは感覚を掴めたんじゃにゃーい?」

 

 クロエが白の肩から頬を擦り寄せてにやにやと笑う。

 

 白は泣き叫んで飛ばされながらも、身体に覚え込ませていた。反復学習と同じように手で風を掴み、風の動きをひたすら鬼の目で追って視ていた。

 

「うん……多分いけると思う。クロエちゃん、離れてて」

 

「おい、無理するなよ」

 

「うるさいにゃん。白ちゃんを甘く見てると腰抜かすにゃんよ」

 

 白は立ち上がって目を見開く。翡翠色の瞳で静かに空を見つめ、両手で風を掴む。柔らかい風が徐々に巻き起こっていき、空澄はそれを見て言葉を失う。

 

(俺達鴉天狗と同じ、あるいは大天狗様にも……)

 

「……飛べっ」

 

 ボヒュン! 

 

「やった! 飛んだ! 飛んっ……あれ、止まんない……?」

 

 白は吹く全ての風を味方に付け、結界内を急上昇する。

 

「にゃ!? 止まるにゃん!? 結界は無限に続いてるわけじゃないにゃん!」

 

「止まっ、止まんない! 助けてぇえ!」

 

「天狗、さっさと止めるにゃん! おいこら鳥頭!!」

 

 ヴァサァッ!! 

 

 空澄は不敵に笑い、背中から三メートルは超えるであろう巨大な黒い鴉の翼を生やし、顔も人面から鴉へと変え、本来の姿を現し、語りだす。

 

「百怪談が二十九番目、"大天狗"直属物の具が一人、鴉天狗の空澄千足(そらすみちさと)! 風操りて、地を揺らし叩く風とならん!」

 

【風底】

 

 右手の団扇に吹き荒れる風を閉じ込め、白の横へ一瞬で飛翔する。

 

「うわぁ!? 止まんないぃ!!」

 

「落ち着け。お前に風が力を貸しすぎてるんだ。鬼灯白という器に入り切らない分が溢れてる。一部を今から散らす。落ちるだろうが、その後は自分で風を操れ」

 

「操るってどうやって!?」

 

「その立派な角と帯を使え! 古来より鬼の力は角に集まる、帯や金棒は力の補助具だ、恨み言は後でいくらでもたっぷりと聞いてやる、いくぞ!」

 

「あぁもう! ほんとにデリカシーない!」

 

 合図の後、空澄は全力でヤツデの団扇から開放した風を白に振るう。巻き荒れる旋風を吹き飛ばして風を奪い、落下する感覚を白は覚える。

 

 確かに目を開け覚えた感覚。白は地面からほんの僅かに浮き、逆さの姿勢で静止した。

 

「……締まらないなぁ……」

 

「にゃははは! やっぱり白ちゃんは面白いにゃん」

 

 白からみて反対に映るクロエがニコニコと笑う。ふわりと、空中へと椅子を座るように姿勢を整える所へ空澄が着地する。

 

「さて、第一関門突破だな。高速移動や風の操作は俺と部下達が援護する。本番は気にせず殴りに行け。だが、自分でやれるに越したことはない、今日含め二日でお前を可能な限り鍛える」

 

「……ねぇ、その前にさ……何をそんなに急いでるの? 聞かせて欲しいんだけど。クロエちゃんもだよね?」

 

「……」

 

「はぁ……聡い子供(ガキ)だ」

 

 空澄は目覚の言葉を思い出す。人妖、神問わず無関係ではいられない。それに巻き込むのを渋る友の決断。その信頼を裏切ってしまうことに、少しの罪悪感を覚えながら口を開く。

 

「……鏡には言うなよ。言っておくが、俺だって全てを知ってるわけでもないし、お前を巻き込むことになるんだ」

 

「構いません。鏡さんの助手になった時点でそれは覚悟してましたし……私にもやれることはあるはずです」

 

(覚悟ありか)

 

「……なら語ってやる。あれは今から三十年前……一幕の語り怪によって、祓い屋組織が大打撃。百怪談の四十八体が祓われる大事件が起きた」

 

 空澄は近くの木に背を預け、今回の件の前日譚となる怪談を語り始めた。

 

「当時は今ほどネットが普及してなかった。だから、限界まで追い詰めた"奴"の語りがこれ以上増えないように、無関係な一般人の被害、及び、語り怪の存在を知ってしまった一般人は全部適当な事件の名前をつけて殺され、隠蔽された」

 

「そんな、なんの権利があってそんなこと……」

 

「祓い屋はその時まで非政府組織だった。が、あくどい連中だよ。その件を引き合いに政府を脅して多額の資金を手に入れ、正式な立場と力を得た」

 

「国を脅して、しかもそれを国は許容したって言うの……!?」

 

「それだけ"奴"の影響力は半端じゃなかったってことなんだ。そして、その"奴"が再び活動を始めた。それに当てられた語り怪達が人間社会を蝕む可能性がある……理解できたか?」

 

「う、うん……分かった。それで、さっきから"奴"って何なの? 名前くらい教えてよ」

 

「あんまり外でべらべら言うなよ。世界の混沌を望む奴らだっていないわけじゃない」

 

「……約束する」

 

「最凶、最悪の語り怪、"奴"の名は……」

 

 ーーー

 

「協力してほしいのです。"奴"の祓除を」

 

「依頼として、まずは詳細を聞こうか」

 

「私達は最近荒れ始めた大蜈蚣の監視を強化していましタ。ある新月の晩、私達がいつも通りに"箱庭"を補強している途中、"奴"が出現しましタ」 

 

「見当はつくが、結果は」

 

「……結界班八名、護衛三名が瞬く間に全滅。護衛の方々は強化の項目デ、宵の位の者達が任務に当たっていましたヨ」

 

「宵……充分にプロだ。それが三人も瞬殺か、質が落ちたんじゃないか?」

 

「……否定はできませン。三十年……"奴"の活動が沈黙していたのは、最高位である夜の位の祓師四名が奮闘したからに他ならなイ。そのうちの二名はあの戦争で死亡、残った二名ももう使い物になりませン。彼は先日引退を宣言シ、私も歳を取っタ」

 

「手順は面倒でも、他の神を信仰(くら替え)すればいいだろ。常世の神辺りなら不老は無理でも若返られる」

 

「舐めないでくださイ。私ハこの命が大地に還るその時まデ、自らの神に背を向けるつもりはありませン」

 

 顔が見えぬままでも鏡を睨みつけているのがわかるほど虚無僧は苛立ちをぶつける。自分の失言に鏡も反省し、謝罪する。

 

「……そうだな、悪かった。お前はそういうやつだ。しかし……祓い屋が俺に依頼するとは世も末だな」

 

「いいエ、違いまス。これに祓い屋は関与しておりませン……私個人の願いでス。私の信仰する神に誓いましょウ」

 

 虚無僧は座り直し、真っ直ぐに天蓋越しに鏡を見つめ、嘘偽りが無いことを神に誓い、頭を下げる。鏡はその真摯な態度に一瞬呆けてしまう。

 

「……やり方はこっちの裁量で良いんだな」

 

「もちろン」

 

「条件だ。現状、情報が少なすぎる、互いに情報交換は怠らないこと。この依頼は花子と俺、クロエで受けること」

 

 鏡は後ろ頭をかきながら考え込み、依頼の詳細を決める。指折り数えて条件を細分化し、虚無僧もそれに耳を傾ける。

 

「そして、報酬のメインは金だ。たっぷり用意しとけ。具体的には大学行って生活できるくらい」

 

「……鬼の少女ですカ」

 

「そうだ。(人外)にとってあんまり金は必要ないからな」

 

 鏡は後ろを向き、新しくなった窓から外を眺める。夕暮れには少し早い蒼空を見上げながら、物思いにふけるように目を細める。

 

「……思うところはありますガ、承知しましタ。それでは、改めて依頼しまス。貴方への依頼ハ祓除、あるいは絶対的な怪収でス。対象は、史上最凶、最悪の語り怪ーー」

 

 百怪談が玖の語り、"最呪の箱"子取り箱。




百怪談 支配幕
支配幕とは、二から十、九十から九十九までの数字を持つ強力な力を持った語り怪達のこと。過去に祓われた例は一度もなく、また、手を出さない限りは自らの縄張りから出ない特色を大部分が持ち、姿形すら不定形で完全に情報に残すのは不可能とされている。
しかし、中には自由に動く支配幕もいるため、警戒は解いてはならない。
支配幕と定義される語り怪達は主に現実に起こった出来事の主犯。つまり、彼ら、あるいは彼女らは皆作り話などではなく、史実であるということ。
今回捕食された"太古の天敵、大蜈蚣"。支配幕が一幕消えたというのは、時代が明確に変わることを意味するだろう。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。