九十九物語   作:レガシィ

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皆様、明けましておめでとうございます。
インフルエンザやコロナなど、身体の方をお気をつけて日々をお過ごしください。
私は今年も変わらず活動してまいりますゆえ、是非とも応援のほどをよろしくお願い致します!


第四幕 雷轟き、子が奏でるは嵐の調(後編)

 御岳山、山中にて理由を聞いた白は葛藤していた。

 

 三十年前、自分の生まれていない頃の事件が国ぐるみで隠蔽している事実。何百年という話ではなく、数十年という時間が現実味を帯びさせ、白の混乱をさらに助長させている。

 

「空澄さん。その、"奴"の怪収依頼って、うちに来ることあると思いますか?」

 

「……さぁな。そろそろ休憩は終わりだ。特訓を再開するぞ」

 

 白は言い表せない漠然とした不安感と疎外感に襲われる。自分が危険な目に遭うのを許容してしまっている現状を考えれば今更ではあるが、まだ身体も精神も成熟しきっていない少女に過ぎない。

 

 気持ちを切り替える為に頬を叩き、簪を挿し直してふわふわと浮かぶ。

 

「さて、俺は三人の幹部の中でも移動に長けてる。お前には最低限三つ、身に付けてもらう。一つは浮遊。今お前が浮いてるそれな。これに関してはお前の鬼の力なら問題ない。多少効率が悪く飛んでもガス欠はないだろう」

 

「後の二つは?」

 

「旋回と高速移動。鵺は雷獣、元が獣だし、前に祓われた時からの被害と時間から行って知能の発達も遅いし、恐らくまだ喋れないだろう。まえパターンも単純、雷撃を纏った打撃と雷雲による目くらまし程度だと思う」

 

「それだけ? テケテケや口裂け女と変わらないじゃない」

 

「逆だ。たったそれだけで甚大な被害をもたらす可能性があるんだ」

 

「……自意識過剰だったら聞き流してくれていいんだけどさ。それ、私がいなかったらどうするつもりだったの?」

 

「鏡は駄目なら駄目で断るだろうし、天狗の三幹部と木の葉天狗の総力で祓ってただろうな。大旦那は基本、怪収に協力的だから最初は鏡を頼る」

 

「そっか……信用されてるんだ、あの人」

 

 白は空澄の話に頷き、自分のことのように頬を緩めて喜ぶ。それを流し、再び説明を続ける。

 

「それなりに長い付き合いだからな。さ、話を戻すぞ。さっき言った二つは風を纏うだけでなく推進力に変える必要がある。風で道を作って辿るイメージだ」

 

「あぁ……屋上からこっちに来たみたいなやつ」

 

 仄暗い表情をしながら嫌な記憶を思い出すように俯く。

 

「そう。語ったほうが精度や速度も上がる。でも、俺は一番大事なのは反復して身体に覚えさせることだと思う。だが……二日じゃたかが知れてる。本番は全力でお守りしてやるさ」

 

 空澄は溜め息をつきながらわかりやすく面倒だという態度を示す。煽るような態度を続ける彼に白は苛立ちが募り、大見得を切りながら空澄の前に降り立つ。

 

「なんだ。じゃあ、私の得意分野。その鼻明かす準備をしててよね」 

 

「そういうのは嫌いじゃない。やってみろよ、お嬢ちゃん」

 

 白が見上げる程の長身である空澄は僅かに腰を曲げて目線を合わせ、鼻で嘲笑う。白は自信半分、不安半分で見つめ、宣告してみせる。

 

「じゃ、結界は張っておく。特訓は程々にしたら帰れ」

 

「……はい」

 

 返事も短く、白は特訓に集中して乗り出す。空澄は飛んで何処かへ行き、クロエは欠伸をかいて眠り始めた。

 

 ーーー

 

 日も落ちた百華町の商業ビル。その屋上の柵で、鴉の足先で捕まりながら空澄は夜景を眺める。

 

 ピリリリッ

 

 突然、空澄の持つ古いタイプの携帯電話が音を鳴らす。映し出された騙裏の文字。電話に出て応対する。   

 

「もしもし」

 

「おい、そろそろ帰ってこいよ。どんだけ扱くつもりだっての」

 

「何の話だ?」

 

「何って……白の特訓に決まってんだろ。お前が教えてるんだから」

 

「? 待て待て。大分前に山で別れてそれっきりだ。飛び方も分かるし化け猫もいる。帰り方が分からないなんてことは無いはず。年頃の女子高生だろ、何処かで遊んでんじゃないのか?」

 

「いや、この時間まで帰らないのはおかしいし、白の性格で連絡が無いのはあり得ない……悪い、急いで飛んでくれ。何かあったのかもしれない」

 

「……了解。全速力で飛ぶ。切るぞ」

 

 空澄は通話を切り、翼を広げて全力で御岳山の結界の位置まで飛ぶ。不安が残る鏡の言葉を反芻し、現在の情勢を甘く見ていたことを恥じる。

 

 ヴァサァッーーバォンッ!! 

 

(しまった……完全に俺のミスだ。コトリバコが何処に潜んでいるかも分からない今、ジョーカーにもなり得る存在から目を話すべきじゃなかった! 頼むから何事も無いでいてくれよ……!)

 

 ドゥンッ! バサァッ!! 

 

「おい! 嬢ちゃん無事か!?」

 

 姿を晦ますこともせずに山まで飛び、頂上へ到着する。

 

 気配があることを確認し、特訓していた場所の結界内へと侵入する。そこに広がっていたのは信じがたい光景。目にしたのは、クロエによって作られたであろう三体の過去の鵺の幻影。それを相手に自由自在に空を駆け回り撃破していく風鬼、白の姿。

 

「こりゃ一体……いつから……」

 

「ずっとにゃん。アンタが行った後から一瞬も休む暇なく、ずーーっと」

 

「ありえない、体力が持つわけ無いだろ」

 

「流石は鬼の語り怪……にゃんて単純な話にゃわけないにゃん。白ちゃんは語り怪の話に弱い。山を持ち上げる膂力、不死身に近い再生能力。無茶苦茶な鍛錬にみえても、語ることで自らの存在を証明する語り怪にとってはこの上ないアドバンテージにゃん」

 

「……まじか……?」

 

「語り怪の理外の力に、人間の理屈を捏ねた。語り怪を見た人間が誤解して噂になるよりもよっぽと納得できるにゃん。私等みたいな古い語り怪にはやれないやり方にゃんね」

 

「なる程……現代で人として生まれた語り怪の強みってわけか。鏡と似てるな……とはいえ、まだアイツ語り怪に触れて一週間だろ。反動がヤバそうだ」

 

「そう言ってるんだにゃんけど、止まろうとしにゃいのよ。とゆわけで、止めてきてくださいにゃ」

 

「分かったよ、鏡にどやされる前にな」

 

 鴉天狗の黒翼を広げ、空澄はちょうど、最後の鵺の幻影を討伐し終え、肩で息をする白の元まで羽ばたく。

 

 地上からは見づらかったが、白の纏う風の羽衣は鳥の翼のように形を変えていた。

 

「お疲れ」

 

「……あっ、ほら、見てました!? 同時に何体も相手しましたし、もう自由に飛べるし移動以外にも風を使えます!」

 

 無邪気に自らの成果を飛び回って示し、ニコニコと笑う。先程までの見返してやるという姿勢より、褒めてほしいという思いが伝わった空澄は純粋な称賛を贈る。

 

「あぁ、凄いよお前。マジでホントに。天狗の長っ鼻が折れるくらいには」

 

「え、あ……ありがとう……」

 

 素直に褒められるとは思っていなかったのか、あまりに真っ直ぐに賞賛が贈られた白は思わず感謝し返した。

 

「だから、さっさと鬼化解け。引きずるぞ」

 

「へ……うわっ! 暗っ!? 今何時ですか!?」

 

「鬼だから夜目がいいんだな。十時過ぎだ、鏡が心配してんぞ」

 

「うそ……今すぐ帰らなきゃ……」

 

「送ってやる。さっさと解け」

 

 大人しく地上に戻り、鬼化を解いてクロエを肩に乗せる。

 

「ごめんね、遅くまで付き合わせちゃって」

 

「別に大丈夫にゃん。それより所長がにゃあ……」

 

 思った以上に軽い足取りでクロエに話しかける白。予想と違う光景に空澄は軽く驚いて言葉を漏らす。

 

 その独り言に返事が返り、その後の会話の応酬にさらに驚く。

 

「……意外と平気そうだな」

 

「え、あぁ、ずっと制御練習続けてるからかもです」

 

「お前、家でもやってるのか?」

 

「まぁ、はい。家っていうか、事務所っていうか」

 

「ん? 事務所に住んでるのか?」

 

「? はい。住み込みですから、そろそろ借りてるアパートも解約しようかと思ってて」

 

 その言葉を聞き、出会って短いながらも最大の呆れ顔をする空澄。白を翼の邪魔にならないように背に乗せ、事務所へと気持ち速くして飛ぶ。

 

 屋上へ到着し、白を降ろして事務所の扉を開ける。

 

「よう、鏡」

 

「お……無事か。良かったよ」

 

「すいません、連絡が遅れました……」

 

「お前、マジで気をつけろ」

 

 珍しく白に対して強い語気で怒る。少し萎縮しながら聞き続ける。

 

「まず、語り怪抜きにしてお前は年端の女だ。あんまりそういう環境にいなかったからかもしれないが普通に危機感がない、他にも……」

 

 くどくど長く説教を続けていく鏡。言葉をまとめると、女の子で心配だからもっと危機感を身に着けろ。とのことだった。

 

 まるで父親のような、それでいて一線を引く発言を言葉を変えて繰り返しす鏡に対し、おかしくなってしまったのか白は笑ってしまう。

 

「……おい、なに笑ってんだ。笑うところか?」

 

「ふふ、いえ、なんというか、ありがとうございます」

 

「はぁ? ったく、まぁ今回は無事だったんならいい。次からは気を付けろよ」

 

「はーい」

 

 ニコニコと頬を緩ませながら、足取りを軽くシャワーを浴びに浴室へ向かう。

 

「分かってんのかあいつ……」

 

「……鏡。特訓の件だが問題ない、寧ろ想像以上だ。本当に百怪談じゃないのか? 尋常じゃない能力なんだが」

 

「そこは確認してる。今の所は数字は浮かんでないらしい。学習能力に関しては経験というか、特殊な環境で育ってるからな。それで納得はできるが、元々素質はあるんだろう」

 

「まぁ、特段珍しくはない。ないが、基本二択だ。俺達天狗やお前みたいに独自の処世術で祓い屋から逃れ、身の丈に合わせて生きるか……厄災になるかだ。もしもの時、責任は取れよ、大人として」

 

「分かってる……そろそろ帰れよ。白に問題がないなら明日はいい。明後日に迎えだけ来てくれ」

 

「了解。じゃあな」 

 

 短い言葉の応酬と目配せ。長年生きている天狗と、語り怪のエキスパートの鏡。空席である、"鬼の首席"足り得る少女の力の発現。闇に潜んでいた子取り箱の活性化。重なる二人の不安と焦燥。

 

 そんな思いを他所に、白は鼻歌交じりに明日を待っていた。

 

 ーーー

 

 空澄の特訓はたったの一日で終わった。それを天才の感と取るか、圧縮された努力の賜物と取るか。つまり、白は今日は意図せず空いた時間が出来たのだ。全学校が共通しているであろう、夏休み前の注意事項や文武両道を謳う長話。

 

 水琴は隣の六華に肩をゆすられ、少し離れた場所で小さく笑って白はそれを見ていた。

 

 教室に戻ると、担任の雲井からも話される。

 

「あー、校長先生が言ってた話を忘れないように、夏休みとはいえ、ハメを外しすぎないように。あとは……高校生らしく、目一杯遊んで精一杯学びなさい。完全下校時刻は12時だからな、記念写真なり遊びに行くなり好きにしなさい。以上、解散」 

 

 いつものようにだらりした風体でありながら、学生の気持ちも分かる彼は、話を簡潔に纏めて皆を帰らせる。

 

 教室には学生らしく長期休暇を喜び騒ぐ歓声が上がり、

 

「騒がしいわね」

 

「でも、長期休みだから、こんなものじゃない? 私もちょっとわくわくしてるよ」

 

 それを横目にいつもの三人は集まっており、白と六華は喧騒をBGMにして呆け、水琴は手鏡を使って口紅を塗り直している。

 

「んー……あ、白ちゃん、ちょっとこっち向いて」

 

「? んむっ……どうしたの?」

 

「口紅のおすそ分け! 少しは白ちゃんもお化粧しようよ〜、もったいないよ〜」

 

「う~ん……まぁ……余裕が出来たらね」

 

「相変わらずねアンタ、一応学校内なのに」

 

「六華ちゃんだって平日はお化粧するじゃん? 時間が違うだけだよ。それに、花の女子高生だよ? まだまだ子供だもん、遊ぼうよ!」

 

「それじゃあ、その遊び初めは、来週の旅行だね。先生の言ってた通り、目一杯楽しもう」

 

「それと海にも行こうよ! 夏祭りも参加しよう!」

 

「1日中麦茶飲みながらスイカ食べてのんびり涼むってのもやりたいわ」

 

「いいね良いね! 全部やろう! 今回できてもできなくても、来年も再来年も!」

 

 余程嬉しいのか、目一杯の笑顔で二人にやりたいことを語る水琴。それに当てられて二人も徐々にやりたいことを吐露して笑顔を零していき、気付けば下校の時間になり、また来週。その約束の後に三人はそれぞれ帰路へついた。

 

「ただいま……って、なんですかその紙の束」

 

 鏡の座るデスクには本一冊分程度の紙の束が置かれており、それが不意に目に入った白は問掛ける。

 

「おう、お帰り。気にするな、この界隈にも色々いてな、勧誘みたいなもんだ」

 

「沢山来てるんですね?」

 

「いやこれ全部同じ奴から。マジでアイツキモいんだよな……功績はデカいんだが……」

 

「そうなの?」

 

「まぁ、代表的なのは祓い屋の使う"箱庭"だな。後は呪具や神具の製作とか」

 

「へぇ、凄い人なんだ」

 

「うん、まぁ……そうなんだろうが……俺等なんて格好の観察対象だろうし、近づくのはやめとけよ」

 

「はい。それで、今書いてるのは鵺の計画?」

 

「あぁ、今回はそれでいく」

 

 A4用紙に簡潔すぎる様で書かれた今回の作戦。語り怪を鏡に映して捉えるのは同じ。鵺は飛翔し嵐を起こすため、怪収する対象である鵺のみを映す条件が難しいということ。嵐のため、暗いのと雨の影響で姿見に正確に映るか怪しいということ。

 

「それで……嵐を晴らすのと、逃さない為の結界を天狗の方達に任せて、その間の鵺の相手が私ってことですか」

 

「まぁそういうこと。で、鵺はまた厄介なことに判別不可能になる鳴き声をあげる」

 

「鳴き声? トラツグミの誤解からくる能力ですか?」

 

「そう。飛行しているのは判るが、それが鵺なのか雨粒なのか鳥なのか。とにかく"視覚"が意味をなさなくなる。おまけに獣だからな、お前を前にしたら逃げる可能性が高い」

 

「……あぁ、だから高速移動特化の特訓だったんですか」

 

「ま、半分偶然だがな。いわば天狗の結界内でタイマンの隠れ鬼だ。付かず離れず、祓わず逃さず。明日は山の中の色んな場所に姿見を設置する。タイミングは嵐が晴れた時。飛んでたら山中に撃ち落とせ。山にいるなら離脱しろ、そのタイミングで【怪収】する」

 

「分かりました。あ、今日の晩御飯何にします?」

 

「んー? 何でも良いぞ」

 

「それが一番困るんですってば」

 

 一通りの作戦を説明し、依頼人が来ない事務所で白はいつものように家事を行い、明日の為に軽い制御の練習を行う。

 

 着実に相対する語り怪のレベルは上がっているのを感じつつ、以前ほどの緊張感を持たずに明日を迎える。

 

 ーーー

 

「ふぁ……早いな、白」

 

 朝早くに白は既に準備を終えてコーヒーを飲んでいた。

 

「だって迎えの時間を教えてくれませんでしたし、寝起きの姿は鏡さんに見せたくありません」

 

「つか、いつの間にかコーヒー飲めるようになったのか」

 

「私もいつまでも子供じゃないんですよ」

 

 ふふんと広角を上げ、得意げにコーヒーを飲む白。ちらりとみたゴミ箱には、ミルクと数個の砂糖の袋。

 

 指摘するか迷ったが鏡は大人の対応でその場を終わらせる。

 

「……そうだな。俺にも淹れてくれ」

 

 二人でコーヒーを飲みながら今日の作戦を詰めていると、チャイムの後に空澄が事務所へ入る。

 

「入るぞ。……随分呑気だなお前ら」

 

「飲みます?」

 

「遠慮しとく。昨日から結界やら部下への周辺住民の避難勧告の辻褄合わせやらでまともに寝れてないんだ」

 

「そりゃご苦労さん。んで、その結界に鵺は?」

 

「問題なく閉じ込めには成功してる。部下が一人痛手を負ったが今回の作戦に支障はない。向こうに移動用の鏡も設置してある、いつでもいけるぞ」

 

「ならさっさと行ってさっさと終わらせるか。行くぞ白」

 

 鏡は取り出した煙草に火をつけて立ち上がり、【鏡送り】を行使、白も後ろから着いていく。

 

 鏡の向こうに広がる世界に足を踏み入れる。吹き荒れる嵐と結界の維持の為、駆け回る数名の木の葉天狗達。

 

 髪を押さえながら山を見据える。

 

「石鎚山……観光で来たかったなぁ」

 

「贅沢言うな。むしろ貴重な体験だろ?」

 

「結界は山をぐるりと囲ってる。性質上、上にもかなりの広さがあるし、破壊規模はそんなに気にしなくて良い」

 

 結界の前まで空澄が案内し、白は簪を取り出して髪に挿し込み、風鬼と成る。

 

 それを見ていた木の葉天狗達が美しい、カッコいい等の感嘆と称賛の声が上がる。

 

「始めるぞ。野郎共!!」

 

『『『『ハッ!!』』』』

 

 空澄の合図で一斉に木の葉天狗達はその場で敬礼する。

 

「目的は百怪談、鵺の怪収だ! 探偵の二人が協力に当たる! テメェ等は全力でやること死ぬ気で全うしろ!」

 

『『『『了解!!』』』』

 

 合図と同時にそれぞれが神通力によって風を操作し始める。それを察知したのか、結界を破ろうと鵺が山の上空へと飛び出す。

 

『キシャァァッッ!!』

 

「白。思ったより鵺の成長が著しい。危なくなったらすぐ逃げろ。何でも良いから合図を出せよ」

 

「言われずとも逃げますよ。行ってきます」

 

 ビュ゙ゥ゙ンッ!! バキィッ!! 

 

 白も鏡の心配を受けながら飛び出す。それを察し、白が飛び込む結界の一部分に空澄が穴を開け、風を白へ送る。

 

 結果外の木の葉天狗に向かって殺意を持って飛ぶ鵺の前へと高速で移動し、蹴り飛ばす。

 

(ちょっと硬い……いや、私の打撃が弱いのか)

 

 空中で体制を立て直す鵺と、自分の鬼の力量を冷静に分析する。伝承通りにサルの顔にタヌキの胴体、さらにはトラの手足に尻尾はヘビ。いわゆるキメラの姿を取り、目はギラギラと白を見据える。

 

『ォ゙……』

 

「?」

 

『ォ、マ"ェ、ツ、ヅヨイ。ジ、ジャマダッ、コ、コゴハァ"ォ゙、オ"レノスミカダッ!』

 

「……喋れるんだ」

 

(話と違う……最近暴れてるって言ってたし、成長が速いのかな?)

 

『ォマエヅヨイ、ケド、デ、ェモォ゙、ォ゙レ"ㇵ、モゥ"ットツヨイ!!』

 

 バヂィンッ!!! 

 

 ガラガラな声と、違う声帯があるかのように混成した声で話し始める鵺に、極めて冷静に白は立ち回る。身の回りの空気で道を作り、鵺が雷雲から起こす雷撃を誘導する。

 

(雷のメカニズムは大気を伝う稲妻。熱は耐えるしかないけど、直撃よりはマシ)

 

 パリパリと音を立てて身体を伝う静電気。一方、雷撃が狙った方向にいかない鵺は理解が追いついておらず、混乱している。

 

 その隙は逃さない。白は高速で鵺を殴り飛ばし、連続して画面に拳を叩き込む。赤鬼の形態に比べれば多少の威力の減衰があるものの鬼の拳、鵺は鼻から血を流したのを抑えてよろける。

 

『ァ"、ア"アッ"イ、イ"デェ"ッ"』

 

("赤鬼"じゃないとはいえ、結構本気で殴ってるんだけどなぁ……痛いで済むのか。地面の踏ん張りもないし、こんなものか)

 

『ァ"アタレヨ"……ォ゙、ォ゙レ"ㇵヌェダゾ、カ、カミ"ナリㇵ、カミのコ"ェ"ダゾ!!』

 

 再び雷撃を繰り出す鵺の予兆を読んだ白は同じように風の道を作り、雷撃を誘導する。しかしーー

 

 ヴァヂンッ!! 

 

「痛ッ!?」

 

 予想を裏切って左腕に直撃する雷撃。痛みと痺れを堪えつつ原因を予測する。常に風を纏っていた白の身体には雷撃は直撃程の被害は出ておらず、痛みと痺れも直ぐに回復する。

 

(今の雷、雲からじゃない。"鵺本体"から出てた…………。さっきの自己主張が"語り"に含まれるなら不思議じゃないか)

 

 ケタケタと猿の顔で不気味に笑う。空中にいるのは不利になると判断した白は風を掴むようにして拳を握る。

 

「逆巻く雨風、凪ぎ、渦巻いて封されよ。暴れ狂い、その拳の先にて、嵐の調を奏で爆ぜろ」

 

【爆風】

 

 一瞬だけ白と鵺周りの風が完全に凪ぎ、それをチャンスと思ったか鵺が白へ直接牙を剥き出しに飛び掛かる。

 

 瞬間、極度に圧縮された白の右掌から文字通りに空気が爆ぜる。嵐程の空気が閉じ込められ、一気に解放される。その威力は、小型のプラスチック爆弾にも匹敵する。

 

 ーーーッボォンッ!!! 

 

『ォ゙ッォ"オォ"オ"ァ""アァ』

 

(……これ下手したら自分や周りも巻き込みかねないな……無し無し。もう使わない)

 

 先程の雷よりも痛みの残る自分の右手を見つめ、科学的理屈を込めた語りの技の威力を確認する。その隙に痛みに悶えていた鵺は山へと逃げていく。

 

「あっ、ちょっ待って!」

 

『ィ゙ィイ"ダイ"ィダイイダィ゙ィィ!』

 

(カ、カテナイ! コワイ! ニゲル……! デレナイ!? ナンデダ! ココハオレノスミカダゾ!)

 

 天狗の張った結界。神隠しとも言われるそれは、出口と入口を分からなくする不可侵出の効果に長けている。知恵の少ない鵺にそのカラクリは分からず、白から山の中で逃げ回るため、正体を隠すために木々に紛れながら距離を取り、必死に鳴き声をあげる。

 

『ヒョー!! ヒョー!!!』

 

 しかし、白はその対策も怠っていない。声は声帯を震わし、風に乗って人へ届く。自らの周りの風を逸らし、鵺の声を届かないようにする。半分は推測の対策だったが、それが上手く嵌り鵺への追跡は途切れない。

 

 声を風の形で見ることもできる白は、音がなくとも鵺が鳴いていることが視覚でわかる。

 

(これが正体を不明にする声か。でも、戦意は喪失したみたいだし、姿見の存在にも気づいてない。後はこのまま何事もなければ怪収して終わり)

 

「逃げないでくれるとありがたいな」

 

『ゥ゙ッァガァ"ァ!!』

 

 やけになり、飛び掛かる鵺の鋭い爪を持つ太い腕を掴み、柔道の要領で投げ飛ばして木に叩きつける。

 

(ナンデ!? ナンデ?? ナンデ"コエ"ガキカナイ!? チカラモ゙カナワナイ、オレガ……マケルノカ? クワレルノカ??)

 

 鵺の脳裏によぎった今まで喰い殺してきた人間や他の語り怪達の姿。

 

 そのどれとも全く違う異質な強さの眼の前の人間。獣の逃走本能が働き、奥の手を使い逃げに徹しても何処までも追跡してくる。

 

 ゾクッ

 

 鵺は暴力的なまでの語り怪のレベルの差に絶望し、涙を流して叫び、その場に悶える。

 

『ォ"ァ"ア"ア"イ"ャダ! イャダイ"ヤダイ"ヤダ!! シニ"タクナイ!! キ"エ"タクナイ!!』

 

「……貴方が殺してきた人達も、きっとそう思ってたよ」

 

 パァンッ!!! 

 

 言葉と同時に嵐が晴れる。結界も同時に崩れ、上空には等間隔で並び、神通力を行使した影響か肩で息をする木の葉天狗達と、ヤツデの団扇をもって腕を組む空澄の姿。

 

(嵐が止んだ。後は私が離脱すれば終わり)

 

 背を向けて空を見上げる白。悶え続けていた鵺は不思議そうに涙で顔を歪めながら白に問う。

 

『ニ、ニガシテクレル?』

 

「いいえ、逃さない。でも、語り怪の本能を全部否定することもしないよ」

 

 白はうずくまる鵺の前にしゃがみ、微笑む。

 

「罪は罪。語り怪も同じか分からないけどね。でも、貴方は賢いから、自分を探してただけだと思うの。だから、殺めた分だけ人を助ける方法も学んで、自分を探してみよう?」

 

『ォ゙、オレハイシナ"ナイ??』

 

「そう。でも独りぼっちは寂しいから、たまに遊んであげる。私は鬼灯白、鬼の語り怪……みたいなもの。貴方は?」

 

『ォ゙……オレハ……ヌエダ』

 

「ふふ、そう。ほら立って、行きましょう」

 

 結界の範囲外で待機する鏡の元へ白が歩いて先導する。

 

 すっかり戦意が無くなり、涙の跡で目を真っ赤にした鵺が後ろをついていく。

 

 鏡の前まで辿り着くと、厳重に警戒している木の葉天狗と煙草の火を消しながら姿見を用意する鏡と団扇を構える空澄がいる。

 

「……今日の依頼は怪収だぞ。調教じゃねぇ」

 

「分かってます。でも、この子だって全てが全て悪意を持って襲ったわけじゃない。野生の動物と同じ、生きるために殺してた……知能を考えれば、正当防衛と認識されてもおかしくないはずです」

 

「証拠は?」

 

 証拠を問われ、くるりと天狗たちの方に向き直る。

 

「一般人の被害者、いないんでしょう? 祓い屋と語り怪の一部だけで」

 

 モゴモゴと口を濁す木の葉天狗達に笑いかける白。対峙して分かった鵺の臆病な性格と、事前の少ない情報を掛け合わせ、鵺が他の語り怪に噛みついたのは縄張りと自分を守るため、祓い屋がやられたのも同上。ならば、悪意があるとは考えにくいというのが、白の結論だった。

 

「祓い屋だから良いなんて思わないけれど、理知ある者を無法的に殺めるのも私は良しと思いません。鏡さん、お願いします」

 

「随分と我儘になったな……分かったよ。でも依頼は依頼だ。そいつは鏡に隔離する。"怪収"とは違うが、それでいいだろ」

 

「うん。ありがとうございます」 

 

「てわけだ。空澄、いいか?」

 

「問題ない。山からいなくなってくれりゃいいんだ。お前らもそう警戒するな。鬼の嬢ちゃん敵にしたくねぇだろ。それと他言無用な。もちろん大天狗様にもだ」

 

『えっそ……それは……』

 

「無用な」

 

『『『『滅相もございません! 何も見てないし聞いてません!!』』』』

 

「よし」

 

 空澄の圧に全員敬礼して明後日の方向を向く。同じく空澄も目を逸らし、今のうちにやってくれと言わんばかりに手を振る。

 

「よし……鵺、確認だがお前は良いんだな」

 

『ォ゙、オレ"ニハョ゙、ョ゙クワカラナ"イ"……ケド、ツ、ツクモ"ノイウコトナラ、オ"レハキク』

 

 鏡は内ポケットから手鏡を取り出す。

 

「許可は取れた。鵺、今日からお前の家はこの鏡の向こう側だ。この山と、うちの事務所に繋げた。出たい時は好きに出れるが、何かあったら今度こそ怪収する。白にも何か厳しい罰則を与える。二人共、いいな」

 

「えぇ、お願いします」

 

『ィ゙イ"ゾ』

 

(これだけ素直なら語りもいらないな)

 

【鏡遷し】

 

 "怪収"と同じように鵺の身体が鏡に映る虚像の現実へ吸い込まれる。しかし、そこに悪意も不必要な苦しみもないのか、鵺は無抵抗に吸い込まれていく。

 

「白」 

 

「はい? ってわっ危なっ」

 

「厄介なペットはクロエで充分だ。お前が面倒みろ」

 

 手鏡を投げて白へ渡し、面倒を見ろと一言伝えて踵を返し、空澄と大天狗への報告書の偽造案を出しに行く。

 

("管理しろ"じゃなくて、"面倒見ろ"か……)

 

 なんだかんだ言いながら、甘さが抜けない鏡らしい言い回しを空澄は心の中で復唱する。穏便に終わらせる確信があったわけじゃない白は安堵して胸をなでおろす。

 

 簪を髪から引き抜き、襲いくる倦怠感と、いつも気絶だったり睡眠前だったりで分からなかったが、最近気づいた空腹感でお腹を抑える。

 

「鏡さん、ここ行きましょうよ」

 

 話が終わった頃合いに鏡の横へ着き、近場の飲食店が映ったスマホを見せる。

 

「ん? あぁ……なんか、本当に段々遠慮なくなってきたなお前。別にいいんだが」

 

「細かいことは良いじゃないですか」

 

 鼻歌交じりに鏡の手を引いて山を降りようとするが、その前に天狗達へ一礼、空澄にはまた何かあればと頭を下げ、解散する。

 

「……お前ら、絆されるなよ」

 

『え、駄目なんスか?』

 

「たりめぇだ馬鹿野郎ども」

 

 二人の後ろ姿を恍惚と眺める木の葉天狗達に一喝し、率いて元の住処へ帰っていった。




語り怪リスト
名目 百怪談
番目 二十八番目
能力 嵐、雷を起こし操る能力。また、独特な鳴き声による極端な認識阻害能力。
危険度 危険
詳細 
過去に11度祓われており、いずれも被害は中規模なものである。
の顔、狸の胴体、前後の肢は虎、尾は蛇。文献によっては胴体については何も書かれなかったり、胴が虎で描かれることもある、合成獣である。
トラツグミの鳴き声が夜山に反響し、平安末期の天皇が恐れたことから認識阻害の語りになったと思われる。
また、雷獣、黄貂(きてん)と鵺が近代になって完全に同一視され、正体不明の獣を無理矢理人の理に当てはめたため、外見は合成獣にのようになったとされている。
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