新大陸ニュー・オーストラリア/アオネイア大陸
カムイ城練兵場
「そりゃあ!!」
「うおっ?!」
サナダ公国軍と英連邦パラディオン王国軍を中心とする部隊が駐留するカムイ盆地。駐屯地兼統治の拠点として、サナダ公国により築かれた城、カムイ城。城内の練兵場では、一人の若き女性剣士が練習用の木刀を振るい、剣の稽古に取り組んでいた。
「しかし、あのルキナと申す女子、誠に強いな」
「これで30人抜きだぞ? よく疲れないものだな」
「亡国の王女と聞いていたが・・・まさか武闘派とは・・・」
稽古の様子を遠巻きにサナダ公国軍の兵士達が見守る。彼等の視線の先には、屈強な兵士達を実力で捻じ伏せる青髪の女性剣士の姿があった。
「どうした?! サナダ公国やパラディオン王国の兵士は女子にすら勝てんのか!?」
「次は俺と戦え!!」
次から次へと剣に自身のある屈強な兵士達が戦いを挑むも、疲れを感じさせない剣裁きで彼女は次から次へと捻じ伏せていく。その姿は当に鬼神のごとしであった。
「ルキナ、そろそろ休んだ方がよいと思うが」
「ニンギルスさん・・・」
31人抜きしたところでニンギルスが止めに入る。
「それもそうですね・・・少し熱く成りすぎました」
「それに、昨日ようやく熱が下がったばかりだろう? 病み上がりの身体であまり無理をさせるべきではないと思うが?
「で、ですが・・・王女である私が皆を守らないといけません。聖王であったお父様も、王妃であったお母様も、最前線で戦っていました。もし私に力があれば・・・」
「・・・・・・・・」
俯くルキナをニンギルスは優しく抱き締める。その大胆な行動に皆が驚き、声にならない叫びをあげる。
「ルキナ、君は本当に辛い戦いを経験して来たのだろう。守りたい人を守れず、その人に守られた自分が憎いんだろう?」
「・・・・・はい。事実、お父様も、お母様も、異母弟ウドーのお母様も、臣下の者達、そして民を私は守れませんでした。何故私が生き残ってしまったのか・・・・病に伏せる中、ずっと悩んでいました」
ニンギルスの胸の中で本音を漏らすルキナ。
「・・・・人まずは自分の部屋に戻れ。気持ちを落ち着かせるんだ。必要ならルキナ、君の弟妹にも来るよう言うが?」
「ありがとう御座います」
「それに、せっかくだから部屋まで送ろう。近々、日本国と大英帝国の外交官がここ、カムイ城に来られる。ルキナに会いにな。その事を話し合ったら良い」
「日本国に・・・大英帝国・・・神話上の国が実在したのですね・・・」
「まあ、よく分からないけど、そうなのか?」
2人は並んで練兵場から去る。
「・・・・・ニンギルス、やるなあ!!」
「うちの騎兵師団随一のイケメンだからな!! しかも御相手が亡国の王女!!」
「しかも妹は我が国の秘宝、祭祀の杖を有する選ばれし巫女!! 血筋も申し分ない!!」
「俺達のような野郎どもには絶対に手が届かんなあ〜」
それを見たサナダ公国や英連邦パラディオン王国の兵士達がニンギルスとルキナが何れは結ばれる事を予感した。
「・・・・・何をサボっておる?」
ドスの効いた声が静かに響く。その姿を見た兵士達は直ぐに鍛錬に戻る。サナダ公国の忍び、サナダ忍軍を統括し、ビャクヤ城城主のモリキヨ・イデウラがいつの間にかそこにいたからである。
カムイ城本丸
「・・・・・ノブシゲはおるか?」
襖を開け、イデウラが入室してくる。
「イデウラ様!! 如何されたので?!」
「少しばかり、川を越え、森林地帯に物見に行っておった」
「い、いつの間に・・・・して、どうだったのですか?」
「これを見よ」
イデウラは日本製のデジカメをノブシゲにぶん投げる。ノブシゲは落として壊さぬよう、慌てて受け取り、画像を確認する。
「・・・・・という訳だ」
「・・・・・なんと・・・・確か、3日後には日本国とグレートブリテン及び北アイルランド連合王国の外交官がこのカムイ城を訪れ、アオネイア聖王国の王族方と会談されるはずですが・・・」
「それがどうした?」
「いえ、しかし・・・・この画像の通りであれば、外交官を戦場の最前線に晒す事になってしまいます!!」
「むしろ良いではないか。儂は戦なき世には生きれぬ。外交官が危険に晒され、敵国と戦争になる。さすれば、大英帝国も本格的に動かざるを得まい」
「・・・・・明日到着されます、日本国とグレートブリテン及び北アイルランド連合王国の外交官に、この情報は伝えます。もし、外交官が引き返すと言うのであれば、私は止めません。それで良いですか?」
「好きにしろ。儂は戦に備え、ダムを見てくる」
イデウラは本丸から去る。恐らくはビャクヤ城に帰ったと思われる。
「・・・・・サスケはおるか?!」
「ここに」
サナダ公国の伝令役が一瞬にして姿を現す。
「このデジカメを日本国とグレートブリテン及び北アイルランド連合王国の外交官に渡してきて欲しい。可能であるならば、アンヤ城に到着する前までに渡して欲しい」
「畏まりました!!」
サスケは一瞬にして姿を消す。
「・・・・・早速、英連邦パラディオン王国とアンヤ城に駐留する英国陸軍の諸将を呼び寄せ、軍議を開かなくてはならぬ。ここに父上がいれば、素晴らしい迎撃策を考えられたのだろうが・・・」
ノブシゲは直ちに軍議を開くべく、諸将にカムイ城本丸に集まるように指示を出す。
「どうすれば良いのか・・・・」
カムイ城客人の間
「ここだな?」
「はい。ニンギルスさん、本日はありがとう御座いました。今になって、身体の節々が痛くなってきたように感じます。あのまた続けていたら・・・」
「そりゃあ、1週間寝込んでいたんだ。気持ちに身体が付いてこない事もある。今より元気になったら、是非とも手合わせ願いたいものだ」
「はい。私も、ニンギルスさんの槍捌きをこの剣で受けてみたいと思います。その時は、真剣勝負を望みます」
「うむ。それじゃあ、俺は鍛錬に戻る。既にマーク兄妹は部屋の中だそうだ」
ニンギルスはそう言って去っていった。小さくなる背中。
「・・・・・ニンギルスさんって・・・かなり良い人ですね。まるでお父様みたいに優しく、そしてお強い・・・・」
密かに彼に好意を向けるルキナ。
「・・・・・・・さて、部屋に戻りましょう」
ルキナは自室に戻るべく、ドアを開ける。
「・・・・思えば、この部屋に戻るのは始めてかしら・・・」
1週間程後方のアンヤ城で寝込んでいたルキナ。イギリス陸軍の軍医が付きっきりで看病し、点滴を受ける事で剣を振れるレベルまで持ち直した。また、逃避行中の疲れも1週間程寝込んだ事で回復した。カムイ城にやって来たのは、今日の事であった。
「あ!! ルキナお姉様!!」
扉が開くなり、妹のマークがルキナに抱き着いてくる。
「フレイヤ、元気にしていましたか?」
「元気じゃないよ!! ルキナお姉様が全然目を覚まさないから私、毎日夜しか寝れなかったよ!!」
「まあ! それは大変ですわね!!」
真面目に心配する素振りを見せるルキナ。コレに対してマーク(妹)は頬を膨らませて怒る。
「ボケたのよ!! 冗談ぐらい言わせてよ!!」
「面目ないわ・・・」
「あははは。ルキナ姉さんは笑いのツボが可笑しかったり、真面目な性格な王女なんだから、そこはフレイヤが悪いよ」
椅子に座り、本を読んだまま笑うマーク(弟)。
「フレイは何を読んでいるのですか?」
「異世界の兵法書だよ。僕達とは全く違う言語で書かれてるから、一々翻訳しながら読まないといけないから大変なんだよね。でも、不思議と僕達が知ってる単語も時々出てくるんだよね。本当に不思議だよ」
マーク(弟)の右手には、武経七書の一つ「孫氏」を日本語訳した兵法書が握られていた。机の上には、かなり短くなった黒鉛筆とびっしりと書き込まれた一冊のノートがあった。
「これは・・・・一体?」
「僕達の言語、イリース語とこの本の言語である日本語を僕なりの解釈で翻訳したものだよ。日本語は平仮名、片仮名、漢字、アルファベット、アラビア数字、その他記号を組み合わせた複雑怪奇な言語でね・・・・翻訳にはかなり骨が折れるよ」
「・・・・流石はお母様の血筋を色濃く継ぐ貴方です。兵法書があると、読まずにはいられないのですね」
「うん!! でも、まだまだ読みたい兵法書は沢山あるから、頑張って翻訳して、ルキナ姉さんの役に立てるよう、頑張るよ!!」
マーク(弟)の傍らには、『呉子』、『尉繚子』、『六韜』、『三略』、『司馬法』、『李公問対』といった古代中国の兵法書に加え、プロイセンの『戦争論』、フランスの『戦争概論』、アメリカの『海上権力史論』、他に室町時代から江戸時代にかけての戦について記された様々な兵法書や軍記物語が積み上げられていた。
「これらを全部読むつもりなのですか?」
「勿論!! 異世界の兵法を取り入れて、来たるべき聖都イリース凱旋に備えないとだしね!!」
「・・・・・凱旋・・・・本当に出来るのでしょうか?」
ルキナは俯く。思い出すのは、両親から聖都からの脱出を命令され、今生の分かれとなったあの日の事だ。
アオネイア聖王国聖都イリース
イリース城聖王の間
辺境の地にて邪竜の紋章解除の為に療養させていた第三王女マールが、ペレディア帝国と手を組み、反旗を翻した事で始まった反乱。当初は聖王クロムの側女リズが大将を務め、聖王妃ルフレの側近ヘンリーが副将の鎮圧軍が派遣され、直ぐに片がつくと思われたが、ペレディア帝国の軍服を着用した謎の軍隊の攻勢により、リズは戦死、ヘンリーは行方不明(公式文書では戦死判定)の大損害を被った。更に倒された味方兵が謎の呪術により敵方として蘇り襲い掛かってくる。軍師であり、王妃であるルフレ・アオネイアの策は謎の軍隊の装備の前には全て上手く行かず、遂に聖都全域を戦場としてしまう末期的状況に陥っていた。
「・・・・・・・・・」
玉座に座る聖王にして、父であるクロム・アオネイアと母であるルフレ・アオネイアを前にし、ルキナは片膝を付き、右手を胸に当て言葉を紡ぐ。
「クロム聖王陛下、ルフレ聖王妃陛下。ルキナ・アオネイア以下少年少女隊15名、皆出撃の準備が整っております。隊員の士気は皆旺盛。必ずや反逆者マールの首を取ってきてご覧にいれます!!」
「・・・・・・・・・ルキナ」
「はっ!」
聖王クロムは、此方に来るよう手招きをする。
「マーク、お前達もだ」
「「はい!!」」
ルキナとマーク兄妹はクロムとルフレの元に向かう。クロムはルキナを、ルフレはマーク兄妹を優しく抱き締める。頬には涙が流れる。
「・・・・・・ルキナ、マーク達。お前達少年少女隊は今宵の内にイリースを脱出するんだ」
「な、何を申されますか!! 聖王陛下!!」
「聞きましたね? マーク達、貴方方もルキナと一緒に脱出するのですよ」
「し、しかし!!」
「聖王陛下や聖王妃陛下、更には民達を置いて私達だけ逃げる訳には!!」
「いいかお前達」
クロムはルキナ達の顔をじっくりと見つめながら言う。
「明日にもこのイリースは陥落する。敵は間違いなく、異世界の国。俺達の常識の範囲外の力を持っている。如何にお前達の武勇が優れていても、完璧な策を立てられたとしても、そもそもの前提条件が違う。出撃しても、犬死するだけだ」
「で、ですがお父様・・・聖王陛下!!」
「家族として最後の日だ。普段通りに、お父様、お母様と呼んでくれ」
「・・・・・はい、お父様」
「ルキナ、お前はこのアオネイア聖王国の王女にして、この国の、俺達の希望だ。生きて、生きて、生き抜いてくれ。そして、平和な場所で幸せになってくれ」
「お父様・・・・ですが・・・」
「マーク達、貴方達はルキナが無事に平和な場所に逃げられるよう、策を立てるのです。ここより遥か北には、神竜バルドルの加護を受けし豊かな大地があります。途中、太陽神の末裔が住まう土地があります。そこを通れば、大丈夫です。そこまで行けば、明日を、希望を掴めるはずです」
「・・・・だけどそれは・・・」
「民を、国を、お父様やお母様を見捨てることに・・・・」
涙ながら両親の元から離れたくないと望むルキナ達。直立したまま控える少年少女隊も涙を禁じ得ない。
「お前達も、両親と今生の分かれを告げてくるんだ。隣の部屋に集めてある。今宵、ささやかな宴を催す予定だ。行け!」
涙ながら少年少女隊は退室し、聖王家一家が残される。
「ウドー、貴方もいらっしゃい」
「せ、聖王妃陛下! 俺の母君は・・・・」
「確かに、貴方の産みの親はクロムさんの側女です。ですが、私は貴方の事を実の子と同等に思っています」
聖王クロムの第五子であるウドー・アオネイア。彼の母親は側女かつ、聖王家の傍流(先々代の聖王の弟の子)の娘リズである。マールの反乱により、ペレディア時代からルフレに付き従って来てくれた呪術師ヘンリーと共に真っ先に殺されてしまっていた。ちなみに、本当は第四子であるが、彼は側女の子かつ、正妻の子であるマールが同日に産まれていた事から、第五子という事にされた経緯がある。ルフレが忌々しい邪竜の紋章が出てしまったマールより、絶対に邪竜の紋章が出ないウドーを可愛がってしまったことも、反乱の原因である。
「今回のマールの反乱は、全て私の落ち度です。邪竜の紋章が出てしまったマールをルキナやマーク達から遠ざけたい。私と同じように、邪竜の紋章を無効化してあげたい。それがあの娘には、おせっかいとか、蔑ろにされていると感じさせてしまった。そこに外国勢力が入り込む隙を与えた。軍師なのに、家族の和を乱した私を決して赦さないで欲しいの・・・・・だから、そんな愚かな母親を見捨てて・・・・逃げて・・・・私達の・・・希望!!」
涙ながら自身の子達に抱き着くルフレ。この日の夜、ささやかな宴が催された後、少年少女隊は逃避行に旅立つ。クロムが練習中に明けた城壁の穴から外へと脱出する。
「・・・・・お父様」
「どうしたルキナ?」
「・・・・・本当に、今生の分かれ、なのですよね?」
「・・・・・ああ、そうだ」
「逃避行の際、お父様やお母様との絆、それを忘れたくありません。何か・・・・形見となる物を頂きたいのです」
「形見・・・・か。それなら、これしかないな」
クロムは腰に下げていた剣を鞘ごとルキナに手渡す。聖剣ツヴァイハンダー。アオネイア聖王国に伝わる秘宝であり、決して朽ちることのない、一振りしか存在せず、認められし者にしか触れぬ、英雄王が使いし剣である。
「ルキナ、お前なら使いこなせる。何度か触らせた事もあるし、剣の腕前も申し分ない」
「・・・・ありがとう御座います」
「「私達にも何かを!!」」
「・・・・これを」
ルフレは2冊の魔導書をマーク達に手渡す。
「私が今日まで研究し続けた、魔法や呪術に関する内容が記された魔導書です。これを私だと思ってください。そしてマーク達。貴方達はルキナの半身です。常にルキナを守ってください」
「「・・・・・はい」」
「さて、時間だ!! 行くんだ、俺達の希望!!」
それが今生の分かれとなった。ルキナ達が聖都イリースを脱出した翌日早朝、反乱軍とペレディア帝国の連合軍がイリース城を総攻撃。城内では激しい戦闘が行われ、生き残りの自警団や騎士団の精鋭に加え、志願して戦闘に参加した民衆らが激しく抵抗。両軍入り乱れる白兵戦となり、戦線は膠着するも、ペレディア帝国軍は異世界の兵を投入。戦線を一気に押し上げた。やがてアオネイア聖王国側は、本丸まで追い詰められ・・・・
「クロム様、ルフレ様、これまでに御座います。我等が時間を稼ぎますので!!」
「ああ。分かった。ルフレ、付いてきてくれるな?」
「はい。私は貴方の半身。生きる時も、死ぬ時も、貴方と共にあります!!」
その後2人は辞世の句を読み上げる。それが読み終わると、クロムは短剣でルフレの胸を差し、その直後に自らの胸も差して自害して果てた。直後に反乱軍が突入。最後の最後で手元が狂い、心臓を刺せていなかった為にまだ死にきれていなかったルフレは、聖王クロムの亡骸を背後に最後の抵抗を試みるも、力及ばず捕縛。治療を受けさせられ、囚われの身となってしまう。王妃のその後は分からず、また聖王の首は、聖王の地位を継承したと主張する簒奪王マールの手により、3日間城下に晒されたと、風の噂で聞いた。また、2人の辞世の句は、
願わくは来世も君と共にあらん/聖王クロム・アオネイア
母を斬るもの、娘に斬られる母、斬らるるも己の過ち、恥ずべし恥ずべし、恨むべし恨むべし /聖王妃ルフレ・アオネイア
で、あったという。この辞世の句は、後に辛くも聖都を脱出した家臣の一人がイギリスの勢力圏に逃れた際に、ルキナ達に伝えられる事になる。
「それに、城内が慌ただしくなって来たわ。私の感だと、私達のせいで戦闘が勃発するわ」
「え?!」
「・・・・・そこまで迫って来ているのね。マールの手先は・・・それに・・・」
軍事関係に強い兄とは異なり、政治経済に強い妹はルキナの不安に気付く。
「ルキナお姉様は、グレートブリテン及び北アイルランド連合王国が戦闘回避の為、自分達の身柄を引き渡してしまうんじゃないか・・・・それを危惧しているのね?」
「はい。今頃、お父様やお母様を手に掛けたマールは聖王の座を継承した事でしょう。しかし、彼女には致命的な弱点があります」
「あくまで三女に過ぎないマールと、第一王女にして聖王の長子。更に聖剣ツヴァイハンダーの継承者であるルキナお姉様。どちらが後継者として相応しいかは明らか。マールとしても、反乱を唆した連中から見れば、ルキナお姉様の存在は自分達の正当性を一瞬にしてひっくり返せてしまう私達の希望であり、奴等の絶望。消したい存在であるのは明らか。もし、グレートブリテン及び北アイルランド連合王国が弱い国であれば、間違いなく私達は引き渡される」
「もし、引き渡されてしまうのならば、私はここで切腹する覚悟があります。生き恥を晒すつもりはありません」
「んー? だけど、大丈夫だと思いますよ」
「フレイヤ、どうしてそう思うの?」
「私の勘です」
「同じ軍師として、勘に頼るのは・・・・」
「私はフレイヤ、貴方を信じます。疲れたので少し休みますね」
ルキナは上着を脱ぎ、下着姿でベッドに眠り込む。
「フレイヤ、本当にグレートブリテン及び北アイルランド連合王国は僕達を受け入れてくれるのかな?」
「それも3日後に決まるわ」
「もし受け入れない、引き渡す、って場合は?」
「お姉様を殴ってでも第三国に亡命させるよ。お姉様のいない世界は私達に存在しないのだから・・・・」
一方でその頃、アニュンリール皇国の外交窓口ブシュパカ・ラタンにて、イギリスとアニュンリール皇国の外交当局者による秘密会談が行われていた。
アニュンリール皇国外交窓口
ブシュパカ・ラタン
在亜英国総領事館
「この度はわざわざ、南方世界の大国の高官を我が国の総領事館までお呼びたてして申し訳ありません。私は、貴国との外交窓口を担うよう命じられました、ファン・カルロス・アーサー・ハミルトンに御座います。貴国でも有名なハルト・スカーレット・アーサー・ハミルトン、アオイ・バイオレット・アリス・ハミルトンとは、親戚関係に御座います」
イギリスの在アニュンリール皇国総領事館にて、領事を務めるのは、スペイン系スコットランド人のファン・カルロス・アーサー・ハミルトン。ジブラルタルで生を受け、父親はスペイン人、母親はハミルトン公爵家の娘(ただし庶流筋であり、ハルトやアオイとは直接繋がらない)である。既に58を迎え、外交官としてはかなりのベテランである彼は、未だに素性の分からぬ大国アニュンリール皇国との外交窓口を担う者として、異国の地に赴任していたのである。
「私はアニュンリール皇国外交部ブシュパカ・ラタン支部にて先進国との外交に担う部署で局長を務めているカール・クランチだ。貴国とは先進11カ国会議以来の会談になるな」
対するアニュンリール皇国側は、アニュンリール皇国外務省ブシュパカ・ラタン支部先進国対応局長カール・クランチを派遣。わざわざ局長クラスを相手国の総領事館に派遣する辺りに本気度が伺える。互いに握手を交わした後、椅子に座り、机を挟んで向かい合う。
「さて、単刀直入に申し上げましょう。貴国は新大陸ニュー・オーストラリア大陸にて、現地国家の反乱を支援しておりますな?」
「・・・・・何故にそう申される?」
「我が国並びに同盟国の諜報網を甘く見ないで頂きたいですな。此方は、新大陸の国家の一つ、アオネイア聖王国の聖都イリースに送られた魔信の内容に御座います」
カルロスはカールに、イギリスが傍受した外交文書を手渡す。そこには、アニュンリール皇国がアオネイア聖王国を併合する事を飲ませようとした、あの外交文書が書かれていた。
「・・・・・・・・・・・(馬鹿な・・・この外交文書は、一部の者しか知らぬもの・・・・外交部の上澄み中の上澄みしか知らぬもの。いや、そもそもこれはイギリスが我が国の暗号魔信を完全に解読している事を暗に突き付けているのだ。これは・・・かなり不味い・・・・)」
「ほう、黙り・・・ですか。確か、貴国はアオネイア聖王国の王女、それも三女という正当性の欠片もない人物を王に担ぎ上げたそうではありませんか?」
「・・・・・・・・・・それはアオネイア聖王国国内の問題だ。我が国には関係ない」
「関係ない? 果たしてそうでしょうかねえ? 此方は貴国が新大陸の国家、ペレディア帝国に宛てて送られた暗号魔信に御座います。読み上げて差し上げましょう」
カルロスは秘書から渡された紙の内容を読み上げる。
・アニュンリール皇国第一師団は、ペレディア帝国軍の軍服を着用し、以後はペレディア帝国軍の一員として活動せよ
・アニュンリール皇国第三艦隊は、ペレディア帝国の領海の外側にて、第一師団に必要な物資をペレディア帝国海軍に瀬取りせよ。同国の領海に絶対に侵入してはならない
・新大陸派遣軍は、ペレディア帝国軍の傘下には入るが、指揮権は渡さない事を改めて通達せよ
・我が国の目的は、邪竜ホズルの復活と制御である。それに歯向かう者は例え味方であろうとも始末せよ
「これでも貴国は新大陸に介入していない、関わっていない。そう言えますかな? もし必要であれば、更なる暗号通信の公開も、国連安全保障理事会に訴える事も可能ですが、如何かな?」
悪い笑みを浮かべ、脅すカルロス。秘書官達はわざとらしく追加の紙を数枚裏返してカルロスの前に並べる。これにはカールも顔面蒼白にならざるを得ない。
「・・・・・・(か、完璧に解読されている。世界最強を自称していた神聖ミリシアル帝国でさえ、我が国の暗号魔信を解読する事は不可能であった。故に、蛮族共に国力を偽装する為のここブシュパカ・ラタンで使える唯一の先進設備が魔信暗号機であった。本土から直接ペレディアやアオネイアに連絡を送る事は不可能であるからこそ、ここを経由地にしていた。それが仇になったか・・・)」
「それと、我が国は貴国が暗躍するアオネイア聖王国の第一王女を保護しております。そこで取引は如何でしょう?」
「・・・取引だと? 我等がお前らと取引なんぞ・・・」
「では、我が国は第一王女の帰国を大義名分に挙兵する事が可能ですな。国連安全保障理事会に掛け合い、国連軍を結成し、争いを鎮めるべく介入。反乱軍を支援する貴国も討伐対象となり、貴国の首都は・・・大陸は核の炎に焼かれる事になりますなあ」
「!!」
カールはカルロスの言葉に嘘偽りの無い事を悟る。何より、相手は実際に敵国の都市を核で焼いたハルトの親戚である。どこかに核の発射ボタンがあるのではないか。自分の回答次第では本土が焼かれるのではないか・・・・カールはカルロスからの取引内容を聞かざるを得なかった。
「して、取引とは?」
「では、此方に」
1.グレートブリテン及び北アイルランド連合王国並びにアニュンリール皇国は、新大陸国家の領土と主権を尊重する
2.グレートブリテン及び北アイルランド連合王国並びにアニュンリール皇国は、アオネイア聖王国の正統なる王位継承者は、ルキナ・アオネイアのみである事を認める
3.グレートブリテン及び北アイルランド連合王国並びにアニュンリール皇国は、新大陸国家の国連加盟を後押しする
4.アニュンリール皇国は、グレートブリテン及び北アイルランド連合王国に対して、邪竜ホズルに関する一切の情報を開示すること
5.グレートブリテン及び北アイルランド連合王国並びにアニュンリール皇国は、新大陸国家がどの勢力と軍事的・政治的同盟を結ぶかの自由を認めること
6.グレートブリテン及び北アイルランド連合王国並びにアニュンリール皇国は、新大陸における領土を放棄し、新大陸国家へ可能な限り速やかに返還すること
7.これらの条件を受け入れるのであれば、グレートブリテン及び北アイルランド連合王国は、アニュンリール皇国の国家としての存続を認める
「な、なんだこれは!!」
大英帝国から突き付けられた条件は、アニュンリール皇国にとって非常に厳しい内容であった。要は大英帝国はアニュンリール皇国に対して、古の魔法帝国復活を諦めさせ、領土も新大陸発見前の状態に戻せ、というものだからである。まさに異世界版ハル・ノート。後にカルロス・ノートと呼ばれる最後通牒は、大英帝国とアニュンリール皇国の関係を完全に破談させる事になる。
「こ、こんなものが受け入れられるものか!!」
「では、本土を核の炎で焼き尽くされる事をお望みか? くだらぬプライドに拘り、銃後の民を殺し尽くした戦犯として、後世に名を残す事をお望みかな?」
「黙れ黙れ!! 最早貴国と交渉する事はない!! 今より72時間以内に大英帝国の外交官らは国外退去せよ!! 国交を断絶する!!」
怒りに任せ、カールはアニュンリール皇国はイギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、他英連邦王国との国交断絶を宣言した。更にあろうことか、カールは大英帝国側から国交断絶を通告されたと嘘の報告を行った。流石におかしいと判断した本国政府は、日本国大使館に仲介を要請。程なくして、カールの暴走とイギリスからの最後通牒の詳細が届けられた。カールは精神に異常を来たしたとして、本国へ強制送還。国交断絶も撤回し、引き続き交渉を継続することになる。
「・・・・(交渉継続か。まあ、そうするしかないであろうな。奴等も、我が国の核兵器の恐ろしさを身に染みているはず。それだけではない。クルセイリースとの戦争で、我が国は古の魔法帝国の遺物を徹底的に破壊してみせたのだ。クルセイリースよりは強いとは言え、近しい存在の兵器が全く通用しなかった。この事実は大きい。奴等としては、一日も早い古の魔法帝国復活を願う他ない。今は大英帝国の慈悲によって生かされている事を早く自覚し、諦めて欲しいのだがな)」
引き続き外交交渉を継続する事で合意したイギリスだったが、無論妥結するつもりはない。引き延ばすだけ引き延ばし、アオネイア大陸へ侵攻する準備を整え、アニュンリール皇国の勢力圏を更に南へ縮小させる。そもそもアニュンリール皇国は、古の魔法帝国復活を企む、国家レベルでのテロ支援国家である。この間にも、ペレディア帝国を介して、アオネイア聖王国の領土を掠め取ろうとしている。彼の国に待っているのは、無条件降伏か。あるいは死のみである。
「アオネイア大陸は南方世界における不沈空母に成り得る素質がある。不沈空母をやすやすとテロ支援国家に渡してはならん」
一方、アニュンリール皇国は一日でも早くアオネイア聖王国を併合し、既成事実化するべく動き出す。アオネイア大陸はアニュンリール皇国の勢力圏であり、イギリスによる武力による現状変更の企みは許されない。そう国際社会に訴える為である。この後、アニュンリール皇国はイギリスとの交渉を打ち切り、遂にペレディア帝国、アオネイア聖王国を併合。日英に対して、先制攻撃を行うことになるのであるのは、少し先の話である。
(続く)