英領ニュー・オーストラリア
ニュー・ダーウィン市街地
イギリスが新大陸に得た新たな領土ニュー・ダーウィン。元々この地はアオネイア聖王国傘下の貴族アンヤ氏が治めていたのだが、先のマールの乱の際にアンヤ氏は真っ先にマール王女支持を表明。聖都イリースから離れすぎている事もあるが、一番は犬猿の仲であるビャクヤ氏が聖王クロム、ルキナ王女支持を表明した事が大きい。アンヤ氏は敵対するビャクヤ氏討伐の為、大軍を組織し、匠城を奇襲。攻め込むアンヤ軍は6000。対する匠城兵は僅か300。圧倒的兵力差を見れば、一日持たずに陥落するのは確実であるが、実際はそうならなかった。城主にして、ビャクヤ氏の所領一帯の留守居を担っていたタクミ・ケンゾクが城にいたからである。彼はまともに戦っては勝ち目はないと分かっていたことから、城を囮に背後から本陣を奇襲する作戦を立案。信頼出来る忠臣オボロとヒナタに奇襲隊250を任せ、自らは50の手勢で籠城。更にアンヤ軍の襲来を知った領民が武器を手に取り一斉に蜂起。アンヤ軍の補給線を襲撃すると共に、ある者は自らゲリラ兵となり、ある者は城に馳せ参じ籠城し、ある者はアンヤ氏の所領で破壊工作に勤しみ、領主の味方についた。加えて城主のタクミは、先祖伝来の大弓「太陽神弓」を手に取り奮戦。籠城兵50に領民による志願兵2000は果敢に抵抗し、アンヤ軍を城に近付けさせない。そんな中、オボロとヒナタが率いる奇襲隊は二手に分かれ、左右から本陣のみを挟撃。奇襲を想定していなかった本陣は大混乱。総大将にしてアンヤ家当主、ガロン・アンヤが戦死。総大将を失ったアンヤ軍は総崩れとなり撤退。また、人質としてイリース城下にいた嫡男マークス・アンヤは、聖王クロムの命により斬首。次男レオン・アンヤは辛くも聖都イリースから脱出し、第三国へ亡命した。大混乱の渦中にある中、沖合に灰色の巨大船が現れた。カルトアルパスから派遣されてきた、大英帝国新大陸調査艦隊である。フリゲート艦「ヨーク」(もがみ型護衛艦のイギリス海軍仕様。試験的に導入された)を旗艦に、
ドッグ型揚陸艦「ライムベイ」、「マウンツベイ」、「カーディガンベイ」
フリゲート艦「サザランド」、「ケント」、「ポートランド」
カナダ海軍フリゲート艦「バンクーバー」
オーストラリア海軍フリゲート艦「ハンター」
ニュージーランド海軍フリゲート艦「タラナキ」
他民間徴用の輸送船・タンカー5隻
以上が随伴する大艦隊である。ビャクヤ家との戦で当主を失い、更に嫡男を斬首されたアンヤ家は、ここで致命的なミスを犯す。現れた大英帝国艦隊を、アオネイア聖王家の艦隊と勘違いしてしまったのである。更に、アオネイア聖王家ではイギリスのユニオンジャックを王家の旗として使っていたことも勘違いに拍車をかけた。対話の為、停船し内火艇を降ろしたフリゲート艦「ヨーク」に対して、アンヤ家御抱の水軍は警告無しに先制攻撃を敢行。幸いにも死者は出なかったものの、内火艇を沈められた。これに激怒した大英帝国艦隊は、無慈悲な報復と上陸作戦を決定。大英帝国政府から、
「可能な限り平和的に解決せよ。ただし、相手方をそれを望まないのであれば、その限りではない」
との命令を受けていた為である。アンヤ水軍は一瞬にして蹴散らされ、フリゲート艦は沿岸部に接近して艦砲射撃を実施。圧倒的火力を以て地上の脅威を一掃すると、いよいよ地上軍が上陸。瞬く間に市街地を制圧した大英帝国軍は、その日の内にアンヤ家の居城「ヴァンパイア城」を落城させた。後にヴァンパイア城は廃城となり、更地にした上で星型要塞を建設。以後、アンヤ家の所領はイギリスが支配する土地となったのである。因みにイギリス軍がヴァンパイア城にユニオンジャックを掲揚すると、市民から歓声があがり、一部の市民は第二次世界大戦時の大英帝国国王ジョージ6世の肖像画を掲げて歓迎する等、占領軍であるイギリス側が困惑する事態になったという。
「・・・・・・お義母様、本当にこの土地で戦があったのでしょうか?」
アオネイア聖王国王女ルキナ・アオネイアは、傍らに控える日本人女性に話し掛ける。
「戦は間違いなくあった。むしろ、戦があったから日英に都合の良い形に作り直す事が出来た、というところよ」
傍らに控える日本人女性は、日本国外務省の外交官根部昭子。
「義母さん! 僕あれ食べてみたい!!」
「フレイ!! 今日はフレイヤの希望を聞く日ですよ!!」
アキコの背後からマーク兄妹が抱き着いては可愛い喧嘩をする。
「マーク!! お義母様が困るような事は慎むように言ったでしょう!!」
ここは姉として一喝しなくては、と怒るルキナ。
「やれやれ、世話が焼ける大きな子供達だこと」
アキコは慈愛の心で彼女らに接する。何故、赤の他人であるアキコをルキナらは母と呼んでいるのか。それは、総督府での会談まで遡る。
ニュー・ダーウィン総督府会議室
「いよいよ異世界の超大国、日本国とグレートブリテン及び北アイルランド連合王国との会談・・・・」
ルキナは神妙な顔つきで緊張している。その緊張感は、傍らに控えるマーク兄妹にも波及し、彼等も顔が強張っている。
「・・・・(居心地が悪過ぎるんだけど・・・・)」
ニュー・オーストラリア総督セレナ・フランソワ・ミアレは、非常に居心地が悪かった。目の前にいる少女達は明らかに緊張している。できることならば、彼女らの緊張を解してやりたいが、相手は王族。下手な発言は出来ない。ましてや、相手は剣士に魔法使いなのだ。不用意な発言で自分の首が物理的に飛びかねない。
「・・・・」
「・・・・」
そうこう互いに手出し出来ないまま30分。準備を終え、アキコとハルトが会議室に入ってくる。
「・・・・ではこれより、日本国、グレートブリテン及び北アイルランド連合王国並びにアオネイア聖王国による、外交折衝を開始致します」
司会進行役であるセレナの発言で会談がスタートする。
「先ずは私の方から」
アキコが挙手をし、発言を求める。セレナは速やかに承認し、それをみたアキコとハルトが起立し、自己紹介を行う。
「私は、日本国外務省の外交官、根部昭子と申します。つい最近までは、英連邦パラディオン王国の大使を勤めておりました。この度は、ルキナ王女以下王族方との謁見が叶いまして、大変光栄でございます」
「僕は、グレートブリテン及び北アイルランド連合王国外務・英連邦・開発省の外交官にして、ハミルトン公爵家の嫡男、ハルト・スカーレット・アーサー・ハミルトンだ。カルトアルパスという地で総督を勤めている。本日は短いお付き合いではありますが、実りある会談となります事を心から願っております」
2人はルキナに手を差し出す。握手を求めているのだと察したルキナは立ち上がり、自己紹介しながら此方も手を差し出す。
「しょ、紹介が遅れました。私はアオネイア聖王国第一王女、ルキナ・アオネイアです。此方は同国第一王子マーク・フレイ・アオネイア、同じく第二王女マーク・フレイヤ・アオネイアです」
ルキナはまず目の前に座っていたアキコと握手を交わす。
「・・・・・・・・?」
隣に座るハルトと握手を交わす為に手を引っ込めようとしたルキナだったが、アキコは中々手を離さない。
「・・・・・・・あっ、これは失礼」
我に帰ったアキコが素早く手を離す。その後、ルキナはハルトととも握手を交わす。両者着席し、外交折衝が本格的にスタートする。
「まず、私達アオネイア聖王国の少年少女一行15名を保護して頂きましたことに謝意をお伝え致します。もし、貴国らのご厚意がなければ、今頃首は身体と分離していたことでしょう」
ルキナがアキコとハルトに謝意を伝える。流石は次期聖王として養育を受けてきた文武両道の王女。その佇まいは非常に洗練され、気品を感じる。
「それはそれは・・・・そんな野蛮な輩がこの大陸におるのですか!! しかもルキナ王女の首を刎ねよう等とは・・・何たる蛮行!! そのような不忠の輩、大英帝国は絶対に赦しはしませんぞ!!」
貴族であるハルトは少し畏怖を感じる一方で、平民であるアキコは別の感情を抱いていた。
「・・・・・・(私が手を差し伸べなければ・・・・あの子は・・・もう限界ね・・・・あの時・・・シンに手を差し伸べた時と同じ・・・・)」
1回の握手でルキナの内に秘めた本音を知ったアキコ。一方のハルトは平常運転である。
「ルキナ王女殿下は、自分達の身柄を敵に引き渡されるのではないかを危惧されていると聞いております。もし引き渡されるのであれば、その剣でハラキリの覚悟もおありだと・・・ぐふっ!」
「?!」
平常運転のハルトを脇腹に一発肘打ちを入れて物理的に黙らせるアキコ。彼女の急な豹変に周囲の者は呆気にとられる。
「・・・・・・・・」
アキコは無言で席を立つと、ルキナの元へと歩いていく。身構えるルキナ。
「・・・・・・・へ?」
「ルキナ王女・・・・いや、ルキナ。私は絶対に貴方を手放したりなんかしないわ。仲間達も当然よ」
アキコはルキナの事を優しく抱き締めた。それはまるで、母親が我が子に対して見せる、慈しみの表情であった。そしてそれはルキナにとって、もう二度と手に入ることのないと諦めていた、無償の愛そのものであった。
「・・・・・・・お母・・・様?」
ルキナの脳裏には、聖都イリースにて今生の別れとなったあの日が過る。逞しく優しい父、美しく賢き母に抱き締められたあの日が。ルキナがふと顔を見上げると、そこには目に涙を浮かべながら無言で自分を我が子として受け入れようとするアキコの姿があった。これは絶対に嘘偽りなんかじゃない。この先どんな運命が待ち受けていようとしても、今だけ・・・・今だけは・・・・
「うう・・・・・お義母様!!」
号泣しながらアキコに抱き着き、胸の中で大粒の涙を流すルキナ。この世に生を受けたその日からアオネイア聖王国の統治者としての運命が確定した彼女に、涙を流す事は決して許されなかった。上に立つものとして、人々を導くものとして、常に毅然としていなくてはならなかった。彼女が12歳となり、立太子の礼が執り行われた際、民に彼女の肖像画が公開されたのだが、その肖像画は少女としての幼さを残しつつも、威厳もある厳しい表情で描かれていた。その肖像画は、過去に邪竜を封印した英雄王マルス・アオネイアと瓜二つであるとして、民からも将来を嘱望され、ルキナの将来の統治者としての期待は高まる一方だった。しかし、同時にそれは彼女の心を徹底的に縛り付けた。伝説の英雄王の再来と期待されている以上、その言動、一挙手一投足全てが注目される。例えマーク兄妹や従弟のウドー、そして同年代の子世代達相手でも、統治者としてのあるべき姿を示し続けなくてはなない。どこにいても心休まる機会等、なかったのである。それでも、大好きな両親に抱かれるとその緊張感も解れる。しかし、それは永久に喪われた。もう二度と、自分を抱いてくれる人はいない。そう思っていた。
「よしよし・・・・皆の為に、打ち明けられないまま今まで頑張って来てくれたのよね。でももう大丈夫。貴方の悩み、苦しみ。全て私が受け止めるわ」
「うう・・・・・うう・・・・・」
優しく頭を撫でるアキコ。そして言葉にならない声で泣き続けるルキナ。
「・・・・・・・・ぼ・・・・僕は一体・・・何を見せられているんだ・・・・」
アキコに脇腹を肘打ちされ、未だに苦しむハルトは、はてな?という表情を浮かべる。
「ハルト」
「な、なんだ・・・・」
「この子達の身柄は日本国が・・・私が預かることにした。拒否権はないから」
覚悟を決めた表情でハルトを睨むアキコ。それを見たハルトは暫し沈黙し、彼女の目を見つめた後、
「・・・・・分かったよ。相変わらず、君は他者に手を差し伸べるのが好きだよね。それもただの御人好しじゃない。君の伴侶となったシン、親友になったキリトとアスナ。他にも沢山いるけど、結果的に君の派閥を作っていく。恐ろしい女だよ」
ハルトは観念したように両手をあげる。
「元々ルキナ王女以下一行については、日本国並びにグレートブリテン及び北アイルランド連合王国が責任を以て庇護する事で両国は合意していたし、アキコが責任を取ると言うなら、一切を君に任せるよ」
ハルトはそう言うと、席を立ち、彼もルキナの隣に向かう。片膝をつき、胸を手を当て、深い敬意を示す。
「ルキナ王女殿下。我が大英帝国は、貴方方の事を全力で御守りする事をここに誓います。THE UNITED NATIONS FIGHT FOR FREEDOM それをスローガンに大英帝国は世界の平和の為に戦っております。王女殿下を敵に引き渡す事は、そのスローガンに反します。今し方、僕は先にカルトアルパスに戻り、王女殿下を迎え入れる手筈を整えて参ります。アキコと異なり、僕は貴方方の父にはなれません。ですが、出来る限りの事はさせて頂きます」
「それは本当ですか?!」
泣いてばかりで答えられないルキナに代わり、マーク兄が答える。
「無論です。そもそもこの会談では、アオネイア聖王国王族方一行の身柄保護、そして一時的に新大陸から離れ、安全な場所に移って頂く事をご提案する予定でございますした」
「その安全な場所がカルトアルパスという地なのですか?」
マーク妹がハルトに問う。
「如何にも。されど、受け入れ態勢を整えるのに少しばかりお時間を頂きたいのです。それまでは、ここニュー・ダーウィンにてお過ごし頂ければと。もし、緊急事態が発生した場合、我が国の軍隊が対応致します故」
「そうですか。しかし、一時的とは言えこの大陸を離れるのは・・・・」
「ルキナお姉様が納得されるのか・・・」
「それは、アキコが何とかするだろうから。では、僕はこれで」
そそくさと会議室を退室するハルト。
「セレナ、君も退室したまえ」
「へ?」
「親子水入らずの環境を整えてやるのが、紳士というものだよ」
「は、はあ・・・・」
セレナも退室し、会議室にはアキコとルキナ、マーク兄妹が残された。
「マークだっけ? 貴方達もいらっしゃい」
「ぼ、僕達は・・・・」
「溜め込んでも、いつか潰れてしまうだけよ」
「で、では・・・」
アキコはマーク兄妹も抱き締める。赤の他人なのに懐かしい感覚。自然と頬に涙が流れ、溜め込んできた本音が爆発する。
「「うう・・・・うわああああん!!」」
「よしよし。今までルキナお姉ちゃんを守ってくれて、ありがとうね。もう大丈夫よ。お母さんが貴方達を守るからね」
やがて三人を寝かし付けたアキコは連絡用のスマホでセレナに電話。総督府の職員に彼女らを抱き抱えさせ、宿舎に連れて帰る。それ以降、アキコはルキナ以下少年少女一行15名の世話を引き受ける事になった。無論、全てを1人で出来るわけではない為、総督府の職員の手を借りてはいるが、可能な限り彼女が担っていた。
「ほら、そろそろ帰らないと皆が心配するわよ」
あらかた買い物や気晴らしが終わり、アキコは3人に帰宅を促す。
「それもそうですね。特にアズールがナンパしていないかが心配で・・・」
「あの子も黙っていれば、勝手に女が言い寄ってきそうなのだけど・・・・訳ありだから私は何も言えないのよ」
「え? ただの女好きではないのですか?」
「まあ、色々あるのよ。十人十色、貴方の仲間達には色んな事情を抱えた子がいる。1人で全てを背負わされた者、2人で一つの者、悲しみを笑顔で塗りつぶす者、厨二病全開の者・・・15人全員違う。だからこそ、私は貴方達を見捨てれない。今にも消えてしまいそうな命を見捨てる程、私は落ちぶれてはいないから」
「・・・・・お義母様は、今まで大変苦労をされてきたのですね」
「まあね。さてさて、帰るわよ」
「はい。もし良かったら、お義母様が経験された事、お聞かせ下さいませんか? 初めての海外赴任として、ベラルーシの日本大使館勤務になった時のお話をお聞きしたいです」
「あ! ルキナお姉様ばかりずるいよ!!」
「お義母さんを独占、流石のフレイヤも許せないよ!!」
逃避行を続けている間、笑顔を忘れていたルキナ、マーク兄妹。彼女らの凍てついた心をアキコは太陽の如く、暖め、溶かしていく。
「・・・・お義母様、やはり相談して良かったです。今日は素晴らしい贈り物を選ぶ事が出来ました」
小さな箱を大切そうに抱えるルキナ。
「貴方の本当の気持ち、伝えなさいよ」
「はい」
一方、その頃ハルトは・・・・
セイロン経由でカルトアルパスに向かうチャーター機の機内
「さて、帰ったら例の策を実行に移すとしよう」
「お坊ちゃん、本当に実行するので?」
「ははは、今更怖気づいたのかなネート君? これは我が国が世界に対して、信教の自由とは何かを示す機会だよ。信仰を盾にして、侵略を行い、挙句の果てには自らの私利私欲の為に経典を恣意的に解釈をする輩に対して、断固たる姿勢を示すのだよ」
「しかし、アッラー教は南方世界では主たる宗教。それを弾圧したとあっては、南方世界諸国からの反発は避けられないのでは? それに、本国ではキア・スターマン首相が体調不良を理由に辞意を表明しました。次期首相がこの計画の白紙化を通達してくる可能性が・・・」
「その可能性があるからこそ、権力の空白期間である今やらないといけない。そう考えているのですね?」
「その通りだローサ君。それに、南方世界諸国はこの計画に賛同しているし、あんなのはアッラー教を騙るカルト教団だ。既に、ラン・ラン・ルー総主教からも支持を獲得した。カルトアルパスに戻り次第、動くぞ!!」
「「ははっ!」」
ペレディア帝国従属化アオネイア聖王国
ビャクヤ氏居城匠城本丸執務室
「タクミ様、お呼びでしょうか?」
匠城本丸執務室に呼び出された女性は、タクミの正妻サクラ・ケンゾク。ビャクヤ家家中きっての美女として有名であり、庶流筆頭ケンゾク氏の一人娘。婿養子の座をめぐり、家中で争いがあったが、聖王クロム1世の仲裁もあり、ビャクヤ本家の次男タクミが婿養子としてケンゾクの家督を相続する事にて婿養子争いに終止符が打たれた。同い年の2人の夫婦仲は非常に良好であり、兄よりも先に嫡男ユヅルマルをもうける等、順風満帆な庶流家生活を送っていたのである。
「良いかいサクラ。当家は簒奪王マールを見限る事にした」
「タクミ様、微力ながらも、私もお伴させて頂きます」
「ならぬ」
「へ?」
タクミはサクラの両肩に手を置き、彼女を抱き締める。
「サクラ、君は嫡男ユヅルマルを連れ、城を脱出するんだ」
「い、嫌です!! 私が城を出たあとに落城し、タクミ様が亡くなったとなれば、嫁に見捨てられた愚かな当主として、汚名を着せられてしまいます!! お願いです!! 私もこの城で戦わせてください!! タクミ様の忠臣、ヒナタ様やオボロ様のように鮮やかに戦う事は出来ませんが、タクミ様の御心を癒す事が出来ます!!」
「サクラ・・・・」
タクミは愛する妻サクラの顔をまじまじと見つめる。ああ、なんて美しく女性であろうか。流石はビャクヤ家家中きっての美女。彼女を妻に出来た自分は本当に幸せ者だ。タクミはそう感じた。
「良いかいサクラ。行方不明になっていたルキナ王女は生きておられる」
「せ、聖王クロム陛下のご嫡子ルキナ王女殿下が?! 本当なのですか!?」
「ああ。既にルキナ王女は異世界の軍により丁重に保護されている。かつてアンヤ家が統治していた所領は今や異世界の超大国、グレートブリテン及び北アイルランド連合王国が統治している。話によれば、聖王家第二子が用いる聖王第二子旗と全く同じ絵柄の旗を国旗にしているという。神話に出てくる国がこの大陸に舞い降りたんだ。サクラには、グレートブリテン及び北アイルランド連合王国への人質として、ユヅルマルを連れてニュー・ダーウィンへ行って欲しい。もし、万が一僕が死ぬ事があれば、ユヅルマルの後見人として、盛り立てて欲しい」
「うう・・・・タクミ様・・・」
涙を流すサクラ。
「タクミ様、お約束してください。絶対に、絶対に生きて私を迎えに来てくださいね・・・」
「ああ。僕には頼れる忠臣のオボロにヒナタがいる。サクラも、彼女らの忠義と武勇を知っているだろう? 異世界の軍の後詰めが来れば大丈夫だ。サクラには、必ず匠城に後詰めを送るように懇願して来て欲しい。今晩、近習のみを集めた細やかな宴を催す。明日早朝、異世界の忍びが迎えに来る。また会える日を待っていてくれ」
翌朝、サナダ公国の忍びサスケが大英帝国への人質としてニュー・ダーウィンに送られるサクラとユヅルマルを迎えに匠城に現れる。そして暫しの別れを告げる。
「オボロ様、ヒナタ様。タクミ様の事を全力で最後まで御守りください」
「お任せくださいサクラ様! このオボロが生きている限り、タクミ様を傷つける事なんて出来ません!!」
「もし、我等がタクミ様を御守りする事が出来ましたら、我等が主、タクミ様をルキナ王女殿下の忠臣として取り立てて頂けますよう、御口添えをお願い申し上げます!!」
暫しの別れ。残されたタクミは決意を固める。
「さて、もう後戻りは出来ない。全力でやり切るぞ!!」
「「おー!!」」
マサユキの調略により、タクミ・ビャクヤは大英帝国に鞍替えした。人質はカムイ城を経由し、無事ニュー・ダーウィンへと到着。ニュー・オーストラリア総督セレナ・フランソワ・ミアレ、日本国外務省外交官根部昭子、アオネイア聖王国第一王女ルキナ・アオネイアの出迎えを受けた。セレナはサクラに対して、戦後ビャクヤ家の所領がイギリスの委任統治下に入る事を条件に、総督府に専用の個室の手配、匠城への後詰めを確約。ルキナは、サクラの夫タクミの忠義と決断を称えると共に、戦後速やかに匠城へ戻れるよう、イギリス側と交渉する事を伝えた。
「して、ヒナタ。黒城の様子はどうかい?」
「相変わらず返答がないな。謁見した使者は皆、今し方時間をくれ。としか言わないみたいだぜ」
「おそらくは、実戦経験の無さから来る優柔不断かと。ヘンリー・ジュニアは父は呪術師ヘンリー、母は天馬騎士団団長ティアモ。最強のサラブレッドではあるけど、両者に可愛がられ、更に周りに期待され過ぎて失敗を極端に恐れているようです」
「そうか。じゃあ、嫌でも決断させるしかないね。黒城はペレディア・アオネイア連合軍は奴等にとって、補給物資を最前線に送るための補給拠点。ここを取ってしまえば、敵は孤立する」
タクミは絵図を広げ、オボロ、ヒナタと軍議を続ける。家老自体は他にいるのだが、基本的に彼等は領国経営を主とする文官ばかりであり、軍事関係を主とする武官は皆、先のマールの乱で聖都イリースの戦いで討死してしまっていた。その為、軍事関係を司る人材が武官の子世代を除くと、タクミ、オボロ、ヒナタの三人しかいないのである。
「僕とヒナタは3000の兵を率いて黒城を奪取する。黒城にはヘンリー・ジュニアの手勢300しかいない。しかも300は世話役の供廻り衆や文官ばかりで、戦力は皆無だ。武器弾薬は豊富だが、それを扱える兵は皆無。可能な限り無傷で奪う。元々黒城はビャクヤの城。構造は僕達の方が熟知している。僕が正面から、ヒナタが搦手から攻めかかる。奪えた暁には、ヒナタ。君を黒城の城主に任命する。可能な限り、黒城に踏みとどまり、匠城への侵攻を遅らせるんだ」
「な、なんと・・・・俺が城主?! 必ずやタクミ様のご期待に応えてご覧にいれます!!」
「期待しているよ。一方で、黒城を無視してカムイ城から匠城を真っ直ぐ攻め込んでくる可能性もある。ここは獣道であり、決して大軍の行軍には適していないが、何も手を打たないのは愚策。ここにはかつて、ビャクヤとアンヤで領土争いをした際に使われ、今は訓練でしか使われていない白凰砦がある。オボロには、1500の兵を率いて白凰砦に入って欲しい。砦を改修し、匠城の側面を守るんだ。もし、守りきれないと判断したら、迷わず匠城に撤退するんだ。君達を信頼しているからこそ、重要な拠点を任せる。だけど、僕より先に死ぬのは許さない。僕とオボロ、ヒナタは一心同体。良いね?」
「「ははっ!!」」
黒城本丸執務室
「・・・・・今日も匠城からの使いが来ている・・・・」
カムイ城攻略を目指すペレディア・アオネイア連合軍の補給拠点黒城。城代であるヘンリー・ダーク・マージは、再三に渡るタクミからの降伏勧告に頭を抱えていた。
「この黒城は戦場になる事を想定していない。城そのものは堅牢だが、守兵は300に過ぎない。しかも、領民達は元々の領主であるビャクヤ家に恩義を感じる者が多く、招集命令を出しても集まるとは思えない。タクミ・ビャクヤと戦えば、落城は必至。だけど、僕には籠城戦はおろか、戦の経験がない。何時も戦場に赴くのは、お父さんとお母さんだった。百戦錬磨のタクミ相手に歯が立たないに決まってる。だけど、マールに反旗を翻したとて、守りきれる訳もない。タクミさんの助力があれば、一度は追い返せるかもしれない。だけど、マールにはペレディアがついている。何れは力尽きる。だけど、今日までに降伏しないと、黒城はタクミさんに攻め込まれる・・・・」
呪術師としても、天馬騎士としても優れた才能を持つヘンリー・ダーク・マージ。しかし、実戦経験の無さが彼の足を引っ張る。回答を黙殺し、本丸に引きこもってしまう。
「お父さん・・・・お母さん・・・・どうしたら良いの?」
この後黒城は、カムイ城の戦いに連動して発生した黒城の戦いにて、大英帝国側についたビャクヤ家の軍勢3000に攻め込まれ、半刻の内に落城することになる。そして遂に開戦の時を迎える。
(続く)