ペレディア帝国従属化
アオネイア聖王国聖都イリース
イリース城地下牢
「ヘンリー・・・・? ヘンリーなの??」
「そうだよ〜。君が良く知る、戦争が大好きなあのヘンリーだよ〜」
変わらない狂ったあの笑顔と態度。ルフレの目には涙が溢れる。
「でも、どうしてここが分かったの?」
「それはね〜」
カッカッカッ、
「あ〜、態々死にに来た輩がいるみたいだね〜」
ヘンリーは右手を広げると、どす黒い魔力を集める。あれが意味しているのは・・・
「はい!」
ある程度集まったところで右手を握る。ルフレとヘンリーがいるエリアの曲がり角に差し掛かり、僅かに顔が見えた城兵が一瞬にして闇に還る。恐らくは通常の見回りだろう。
「ルフレ〜、右手を出して〜」
「・・・・・はい」
ヘンリーが使ったのは、対象相手の生命力を「死なない程度に」吸収し、他の誰かにそれを与える呪術、「リザイア」。しかも、最上級呪術師であるヘンリーは、それを更に強化し、命そのものを奪い取る「リザイア・H」の使い手である。彼以外に扱える呪術師は此の世には存在せず、ペレディアがルフレを取り戻す為に戦争を仕掛けてきた際、たった一人で数万のペレディア兵を呪い殺したという伝説を遺した、完全に倫理観が崩壊している呪術師だ。
「・・・・・ありがとう御座います。ただ、他人の生命力を完全に奪うのはあまり好きじゃないですけど・・・・」
ヘンリーから生命力を分けてもらい、少し体力が回復したルフレ。
「ははは、ルフレは昔から犠牲は少ない作戦を好んでいたもんね〜。僕がフレースヴェルグを活用しようと言ったら大反対したしね〜」
続けてヘンリーは鉄格子を握り、無機物からも生命力を吸い取る。通常のリザイアでは、無機物を破壊する事は不可能であるが、そこは最凶の呪術師。リザイア・Hは魔力をかければ無機物からも生命力を吸い取り、破壊する事が可能なのである。
「尤も、無機物は生命力がほぼ0だから、コスパ最悪だけどね〜。さて、牢屋も壊したし、逃げようか!!」
ヘンリーはルフレの手を取り、牢屋の中を走る。
「秘密の出口とか、あるんでしょ〜? そこに案内してよ〜」
「ええと・・・・あの曲がり角の突き当たりの石を右にどかせば、秘密の出口があるわ!!」
「了解〜」
聖王家の極一部しか知らない緊急の脱出路を使い、ルフレとヘンリーは城外へと脱出した。その1時間後、アニュンリール皇国の研究員の指示を受けたアオネイア城兵がルフレの牢屋を確認。そこには消し炭になった城兵、破壊された牢屋が残されており、監禁していた邪竜の器の母親が脱走した事が発覚した。また、秘密の脱出路をルフレは魔力を使い封鎖し直した為、アオネイア聖王国、アニュンリール皇国はルフレの行方を全く掴めなくなってしまうのである。無論、この現実はマールを激怒させる。
「あのクソババア!!」
医務室で怒りを露わにするマール。
「どうせルキナのいる所に行ったんだろう!! そうなると、行き先は間違いなくカムイ城方面!!」
「ですが、カムイ城を攻撃した部隊は壊滅。更にビャクヤ家が離反し、黒城と白凰砦を占領。最前線の部隊は別ルートで撤退中でございますじゃ」
アニュンリール皇国から派遣されているマールの御側衆が彼女を宥める。
「ビャクヤが離反? そうか、あのクソババアはビャクヤの領地を経由する可能性があるな・・・・思えば、ルキナがカムイ城に辿り着けた理由にビャクヤが関わっている可能性があるな」
事実、ルキナ以下一行がカムイ城に辿り着けた理由にビャクヤ家が関わっていた。ほぼ全ての地方貴族がマールに同調するか、滅ぼされるかの憂き目に遭っていた中、ビャクヤ家だけは最後までクロム・ルキナ方として戦い抜いていた。最終的には旧ケンゾク氏の所領以外全て没収されてしまうものの、領民らは必死にルキナ以下一行を秘匿し、逃避行を手助けした。タクミも、彼女らの存在を認知していたが、これを黙殺。ヒナタに命じ、補給物資を提供した。ルキナの黙殺と補給物資の提供はあくまで噂程度であり、その後忠勤に励んでいた事から間に受けていなかったマールだが・・・・それは完全に裏切られた。タクミは裏では離反の機会をずっと伺っていたのだ。
「申し上げます!!」
アニュンリール皇国から派遣されている義勇兵が大急ぎでマールに報告を行う。
「旧ビャクヤ家の所領の各地で一揆が発生!! 愚民共は武器を手に取り、各地の我軍や同盟国の駐屯地を襲撃!! 一部の兵が一揆側に寝返る等、統治している諸侯軍は劣勢の模様!!」
「ビャクヤ家との境界線付近にある月読尊城が離反!! 城代ベレト・セツゲツ・アイスナー自らが一揆側に加担!! ベレト配下の諸城や砦も次々と我が国から離反しているとの情報あり!!」
「ベレトまでも!! 確か、奴は聖王家御抱えの教師の息子だったな。人質にして奴の妹、ベレス・フウカ・アイスナーを処刑しろ!!」
「それが、城下のアイスナー家屋敷はもぬけの殻!! 既に脱出された後でした!!」
後に、ベレスの脱出にはタクミとヘンリーが関わっていた事が判明するのだが、この時はまだ情報がなく、詳細不明と記される事になる。
「・・・・・・こうなったら国家への反逆者、タクミ・ビャクヤを
滅ぼす!!」
病床から立ち上がり、フレースヴェルグを召喚するべく魔法陣を生成しようとするマール。しかし、先のウッチーとハイネによる37mm砲利息弾を叩き込まれた為、上手く生成出来ない。
「マール陛下、ここは我等にお任せ頂けませんか?」
同盟国アニュンリール皇国から派遣されている将官がマールに話し掛ける。
「そなたらは確か、同盟国アニュンリール皇国の・・・」
「如何にも。マール陛下は、些か己の力のみで解決しようと、我慢するところがございます。ここは、同盟国を信じ、任せて頂けませんか?」
流石は血の繋がった姉妹。我慢し、己の力で解決しようとするところはルキナと同じだった。
「任せるのは良いが、如何なる策で行くのよ? 下手な策ではタクミを倒すことは出来ないわ」
「故に、タクミを倒しませぬ。タクミの後ろ盾になっている勢力を討つのです。さすれば、タクミ殿は降伏せざるを得ないでしょう」
タクミ、ひいてはルキナの背後にいるのがあの大英帝国だとは知らないアニュンリール皇国の将官、カンジ・ロックフィールド大将は、黒城攻略作戦を提案。現代戦の知識のないマールは白紙委任し、在青アニュンリール皇国軍10000による、黒城攻略作戦が発動。同時に敗残兵やフレースヴェルグによる、匠城への陽動作戦も決定するのである。なお、作戦発動に当たっては、本国に許可を取っておらず、そもそも新大陸において本国からの命令かつ外交方針「イギリスとの不本意な軍事衝突を避けるための現状維持政策」を魔帝復活管理庁と組み、完全に無視して活動している在青アニュンリール皇国軍にとって、本国の許可は足枷でしかない。
「・・・・・(正直、この小娘の言うことを聞くのが面倒だ。技術班によれば、邪竜の器としてはあまりにも不完全。恐らくは、ルフレとか申す母親が邪魔をしているのだろう。それに、邪竜の簡易版の量産が可能になれば、こんな小娘なんぞいらん。頃合いを見て爆殺し、戦線を拡大するか。しかし、何が戦線不拡大だ。古の魔法帝国の末裔たる我等が下等種如きに後れをとる訳がない。魔石さえ確保出来れば良いと、本国の連中は考えているのかもしれないが、儂は違う。儂は本気で祖国の為に成すべきことを成す! この新大陸は儂が執筆した世界最終戦論を実現する場となるのだ!!)」
カンジ・ロックフィールド大将が執筆し、本国で大ヒットした著書「世界最終戦論」では、やがて日本国とグレートブリテン及び北アイルランド連合王国が思想や外交方針の違いにより仲違いし、両国陣営に別れて戦争を開始。双方共に決定打を与える事は出来ず、やがて疲弊しきった両国は統一国家を建国して和平する。その間、南方世界で力を蓄えたアニュンリール皇国が統一日英との最終決戦に臨み、アニュンリール皇国が勝利する事で世界平和が実現する、というものである。またその著書では、古の魔法帝国はアニュンリール皇国の援軍として降臨するとされている。
「・・・・カァー!!」
「しかし、今日はやけに烏が多い日だな」
しかし、それらを聞いている者がいる事を、誰も知る由もなかったのである。
聖都イリース郊外の森林地帯
「ふ〜ん。そりゃあ凄い作戦だね〜。普通の国なら滅んじゃうね〜ありがとね〜」
笑顔で烏に微笑む呪術師。
「さ〜て、ここに至るまでに遭遇した敵兵から生命力を吸い取ったお陰で、この魔法陣が使えちゃうね〜」
呪術師は笑顔で一冊の魔導書を取り出す。それを見た痩せ細った軍師は口に手を当てて驚く。
「そ、それはフレースヴェルグを召喚する・・・・」
「うん。でもそれを応用して、目的地まで僕らをワープさせるんだ〜。ただ、使うためには膨大な生命力・・・即ち命が必要だから、使えないんだよね〜。100人殺してようやく一人飛ばせるか否かだからね〜だからここに来るまで、2000人ぐらい殺したよ? あ、安心して! 殺したのは全員、アニュンリール皇国とか言う知らない国の人間だから! 近くに駐屯地があったお陰で、生命力に困らなかったよ〜あははは!」
「そ、そう・・・」
ドン引きする軍師を他所に、呪術師は魔法陣を展開する。空に浮かび上がる謎の魔法陣に奴等が気付いたところで遅い。気付いた時には、もう自分達はそこにいないのだから。
「因みに、どこにワープするの?」
「う〜ん? 2000人ぽっちじゃ、匠城付近で限界かな〜? 既にベレスとその一行を月読尊城までワープさせちゃったからさ、それ以上は僕の身体が持たないや、あははは。これでも頑張ったんだよ〜?」
やがて魔法陣の光が強くなり、2人は光に吸い込まれる。マールが気付いた時には遅く、魔法陣は消えてしまっていた。そして魔法陣の跡には、こう記されていた。
「呪っちゃうよ〜」
後に2000の駐留軍が謎の不審死を遂げたとして、戦後に事実が解明するまでイリースの都市伝説となるのである。
月読尊城本丸執務室
「良くぞ帰ってきてくれた、我が妹よ。苦労をかけて済まぬな」
かつては聖王家御抱えの教師として、人質として預けられていた子息達を指導した暗い青色の髪と瞳を持つ男性が同じ色の髪と瞳を持つ女性に頭を下げる。彼の名はベレス・セツゲツ・アイスナー。父親が先のイリース城の闘いで戦死。嫡男であったベレスは、アイスナー家の所領にいて無事であったが、マールへの臣従を余儀なくされていた。しかし、父や主君を討ったマールへは面従腹背であり、ビャクヤ家当主となったタクミとは密かに文通によるやり取りを行っていたのである。
「いえ兄上こそ、屈辱を強いられ続けて来ました。ですが、時は来たのですね?」
ベレトの双子の妹、ベレスはお淑やかに言葉を返す。
「ああ。カムイ城の闘いでアオネイア、ペレディア連合軍は壊滅。更にタクミ殿は黒城と白凰砦を奪取。黒城はカムイ城の闘いで惨敗した敗残兵の生き残り約20000が包囲しているが、奴等の士気は低く、城方の夜襲に怯える毎日だそうだ」
ベレトは匠城からの文をベレスに手渡す。タクミ直筆の書状であり、そこには白凰砦にオボロを、黒城にはヒナタをそれぞれ守将とし、3000の兵を入れたこと、匠城には、元黒城城代のヘンリー・ジュニアを守将として動員令により徴兵した5000の兵を残し、タクミ自身は2000の兵を率いて月読尊城に入る予定であること、書状が届く頃には、異世界の軍が後詰めとして匠城に入城予定であること等が記されていた。書状には書いていないが、この頃には、ノブシゲ・サナダが率いるサナダ公国軍1500が後詰めとしてカムイ城を立ち、山道を進み、白凰砦を経由し、匠城に入城。サナダの六文銭が城方として翻る事になる。また、黒城へは南方世界諸国連合軍5000が後詰めに向かうべくカムイ城で準備中であり、追加派遣された日本国陸上自衛隊新大陸特別派遣部隊施設科中隊250名が道路整備を行っている所である。
「加えて旧ビャクヤ家所領では、タクミ殿の檄に共鳴した民達による一揆が起きている。我々はタクミ殿と合流し次第、一揆軍を支援する為に出撃する。ベレスには、城代としてこの月読尊城を守って欲しい。愛しき妹に300しか兵を残せないのは、かなり辛いのだがな・・・・」
切り分けられたビャクヤ家の所領の極一部を有するのみのアイスナー家が動員出来る兵はせいぜい800程度。反乱前の所領は良質な魔石を産出するヌマタ郡のみが残っているが、現在は実質的に簒奪王マールと後ろ盾のアニュンリール皇国の支配下。アイスナー家の支配下にあるのは、ヌマタ郡にあるアイスナー家屋敷のみであり、実質的には放棄させられた土地。既にヌマタ郡からは手を引いており、屋敷ももぬけの殻である。また、旧ビャクヤ家の統治を懐かしむ領民らは、納税や軍役を拒否しており、800すら集められるか怪しい。今回は旧領主の子孫であるタクミが支援するというお陰で集める事が出来たが、部隊の指揮権はタクミに譲渡せざるを得なかった。その為、アイスナー家自体に仕えている忠臣300を妹に与えるしかなかったのである。
「ですが、これでアイスナー家は生き残る事が確定しました。時流を読めぬ、自己保身にしか目がない貴族とは違います」
「ああ。タクミ殿の文が正しければ、既存の貴族は新たなアオネイアの建国の邪魔でしかないからな。まさか、このような形で先代のクロム陛下の理想、地方貴族の力を弱め、中央集権化が実現するとはな・・・・」
後に生き残った貴族は、ビャクヤ家、アイスナー家、そして両家の取り成しで御家断絶を逃れた僅かな家のみとなり、他の貴族は反逆者の汚名の下、マール諸共粛清される事になる。
日本国広島県呉市
ジャパンマリンユナイテッド呉事業所
「・・・本艦を、「しょうかく」と、命名す。防衛大臣、大泉進次郎」
同じ頃、旧大日本帝国海軍呉海軍工廠を母体とするジャパンマリンユナイテッド呉事業所では、日英初の原子力空母「しょうかく型」の進水式が執り行われていた。本級は、フランス海軍の「シャルル・ド・ゴール級」を参考に建造されており、戦後日本初の正規空母となる。当初は電磁式カタパルトの搭載が計画されたものの、古の魔法帝国復活が何時になるか分からず、更に5年以内に新大陸にて、アニュンリール皇国との戦争は避けられないとの見通しから、蒸気式カタパルトの採用を決定。一番艦「しょうかく」と二番艦「ずいかく」は、一日でも早い戦力化の為に蒸気式カタパルトを採用し、三番艦にしてイギリス海軍が導入する「ハーミーズ」に電磁式カタパルトを採用するべく、研究を続ける事になった。「ずいかく」は舞鶴事業所にて既に起工しており、数ヶ月後には進水式が執り行われる見込みである。また、本級はムー海軍や新生グラ・バルカス帝国海軍が既存の老朽化・陳腐化した空母の置き換えとして、導入を検討しており、東京にて日本、イギリス、ムー、新生グラ・バルカス帝国の4カ国の代表者が、運用と配備に向けた協議を開始する覚書に署名する予定である。
「噂では、本艦と「ずいかく」の配備が完了し次第、最低限の公試だけして実戦投入らしいぞ」
「そうなると、最短で2年後には開戦だな。艦載機(F-37)の方も、量産が開始されたし、古の魔法帝国復活に備えた肩慣らし代わりに使うつもりなんだろうな」
「補助艦艇をイギリスやオーストラリア、更にはムーに委託してまでも大型艦艇と潜水艦を増備しないといけないぐらいには逼迫しているらしいしな」
造船所の工員らは、防衛省や英国国防省からの圧を受けながら軍艦を量産する事になる。
匠城本丸執務室
「敗軍の将である僕が守将・・・・タクミ様は何を御考えなんでしょうか・・・・」
匠城本丸執務室では、守将として城主の留守を守る事になったヘンリー・ジュニアが悩みに悩んでいる表情を浮かべていた。
「それは、ヘンリー様が守将に相応しいと判断されたのではないでしょうか?」
後詰めとして匠城に入ったノブシゲ・サナダは、ヘンリー・ジュニアの補佐役(実質的指揮官)として彼の相談役として執務室に入っていた。この日も優柔不断な守将ヘンリー・ジュニアの愚痴を聞きながら勤めを果たしていた。
「ノブシゲ様、知っているでしょう・・・僕は優柔不断で、決断出来ない。そして僕は人を殺したり、殺されたりするところを見るのが嫌なんです。お父さんみたいに笑顔で人を殺し尽くしたり出来ないし、お母さんみたいに勇敢な天馬騎士として戦うことも出来ない。結果、僕がやるべき仕事もノブシゲ様に丸投げ。嫡男なのに情けないよ・・・」
「情けないと申されましたが、私は、ヘンリー様は非常に綺麗な御心をお持ちの御方だと思います。お父様が黒ならば、ヘンリー様は白が似合うでしょう」
「どうしてノブシゲ様はそんなに落ち着いておられるのです・・・歳は15と、僕とそんなに変わらないのに・・・これが武士の心なのでしょうか?」
「それは分かりません。ですが、我等の役目は匠城を守り抜くこと。その為に共に力を尽くしましょう」
「うん・・・」
「ヘンリー様、ノブシゲ様!! 警備兵より伝令!!」
サナダ公国の兵士が本丸執務室に入室する。
「な、何があったんですか? まさか・・・敵襲?!」
「いえ、匠城城下の森林地帯にて、魔法陣と思わしき発光を警備兵が確認。直ちに確認させましたところ、成人済の男女2名を確認。2人ともかなり衰弱しており、現在城下の臨時野戦病院に収容しております」
「魔法陣? まさか、最近ニュー・ダーウィンによく出没するアンデッド兵絡みか?」
「いえ、アンデッド兵は確認されませんでした。所持品を確認さしましたところ、ヘンリー様に急ぎ報告しなくてはならない品が御座いまして・・・」
「ぼ、僕?」
サナダ公国の兵士がヘンリーに回収した所持品を手渡す。かなり使い込まれた魔導書が一冊。
「・・・・こ、これは?!」
表紙をめくったヘンリー・ジュニアは挟み込まれた手紙に目を丸くして驚く。
「た、直ちに野戦病院に向かう!! 案内してくれ!!」
「ははっ!!」
ヘンリー・ジュニアが去った後、残された魔導書と手紙を読むノブシゲ。そこにはこう記されていた。
親愛なる我が息子ヘンリー・ダーク・マージへ
驚いた? お父さんが簡単に死ぬと思ったら大間違いだよ〜。まあ、三途の川を殆ど渡りかけたけどね〜(笑)。僕はフレースヴェルグを召喚する魔法陣を応用して、ルフレと匠城の近くにワープしたよ。ただ、ワープにかなりの力を使っちゃったから、今度こそ死んじゃうかもね(笑)。この手紙を僕の息子が見てくれたら嬉しいなあ〜。ああ、そうそう。僕の友達の烏が教えてくれたんだけど、アニュンリール皇国とか言う国の軍隊10000が黒城に向けて進軍してるよ〜。多分、黒城にいる部隊の装備じゃ1時間も持たないよ〜。あと、匠城には敗残兵やフレースヴェルグによる陽動部隊が向かうらしいから、早急に対策を立てるべきだよ〜。まあ、策は思いつかないし、僕もルフレも限界だから、頑張ってね〜
聖王妃お気に入りの呪術師ヘンリーより
「サスケ!!」
「ここに!!」
「この手紙を、直ちにカムイ城にいる父に!! 黒城が危うい!!」
「畏まりました!!」
「ナイキはおるか!!」
「ノブシゲ様、如何されましたか?」
「匿名の情報だが、黒城を包囲している敵が匠城に転進する可能性が高まった。匠城周辺の哨戒を強化し、必要に応じて住民を匠城に収容出来るよう、支度をせよ!!」
「畏まりました。備えあれば憂いなし、で御座いますからな」
「ああ、頼むぞ!!」
匠城下サナダ公国軍野戦病院
「・・・・・・ううっ・・・」
野戦病院にて目を覚ましたヘンリー。見てみると、左腕には管のような物が付けられており、治療の類が行われている事を瞬時に察した。
「男性患者が目を覚ましました!!」
ヘンリーが目を覚ましたのに気付いた医療班の一人が上司に報告を行う。
「あ、起きちゃだめですよ!! 点滴で少し体力が回復しただけですから!!」
「あー、そうなの? ところで、ここは何処なのかな〜? 僕の考えが正しければ、ここは匠城の近くだと思うんだけどな〜」
「お父さん!!」
ヘンリーのいる区画に大慌てで入ってくる少年の姿があった。それは、ヘンリーにとって目に入れても痛くなく、そして亡き妻の忘れ形見でもある、心優しき呪術天馬騎士である。
「良かった・・・・お父さん・・・・生きてたんだね・・・・」
父ヘンリーが寝るベッドの前で膝から崩れ落ち、涙を流すヘンリー・ジュニア。止めに来た別の兵士らは彼の姿を見て、親子の再会に涙する。
「ヘンリー様、お父様と2人きりでお話下さいませ」
医療班の一人が人払いを指示する。別の医療班や兵士らも空気を読んで天幕から去る。
「お父さん・・・・マールの討伐に行ってたんだよね?」
「そうだよ〜。かなり酷い犠牲を出して惨敗したんだよね〜」
衰弱してても、変わらない何時もの父であることにヘンリー・ジュニアは安心した。
「でも、お母さんは・・・・」
「・・・・ごめんね・・・・僕の妻であり、君のお母さんのティアモは・・・聖都イリースで名誉の戦死を遂げたよ・・・」
分かってはいたが、父親から言われると悲しさが更に増す。
「守れなくて・・・・ごめんね・・・」
「いや、お父さんは悪くないんです。お母さんも覚悟の上で出撃したはずだから・・・」
「・・・・・やっぱり、君は僕の自慢の嫡男だよ〜」
ヘンリーは手招きをし、ジュニアを傍に寄せる。そして彼を全力で抱き締める。と言っても、身体はかなり衰弱している為、殆ど力が入らない。
「お父さん・・・・一緒に連れてきた女性は、誰なんですか?」
それがお母さんなら良かったのに・・・・行き場のない怒りを噛み殺しながら父に問う。
「・・・・・ルフレ。亡き聖王クロム陛下の王妃、ルフレだよ〜」
「・・・・・王妃陛下、生きておられたんですね・・・」
「マールの奴、ルキナを捕らえたらルフレの眼前で首を刎ねてから殺すつもりで生かしていたんだって」
「・・・・・お父さん、どうして人は、そこまで非道になれるんでしょうか?」
「ん〜?」
「僕には理解出来ないんです。どうして、皆は実の母や姉達に平気で殺すなんて思えるのかが。僕は幸せ過ぎなんでしょうか? 僕がおかしいんでしょうか? 僕には・・・・ルキナ王女殿下と行動を共にしている妹ルーナを殺すなんて、出来ません」
ヘンリーとティアモの間には2人の子がいた。嫡男であり、父から非常に溺愛された長男ヘンリー・ダーク・マージ。そして1歳歳下の長女ルーナ・セレナ・マージ。妹は母親譲りの天才肌の天馬騎士であり、ルキナの逃避行に同行。現在はニュー・ダーウィンにて、逃避行時に受けた心理的傷に対するカウンセリングを実施中である。
「・・・・・」
「お父さん!! はっきり言って下さい!!」
「・・・・・やっぱり、僕の名前を付けた甲斐があったよ。どうして君と僕が同じ名前なのか、分かる?」
「・・・・・分かりません」
「それはね、僕が本当にヘンリーなのか。それが分からないからなんだよ〜。知っていると思うけど、僕は君と違って、両親から愛されない、悪い子だったんだ。いつも暴力を振るわれ、ご飯は無いし、お前とか、てめー、としか呼ばれない。そんなある日、弾けちゃった★」
父親が抱えている悲惨過ぎる過去。周囲からは、それでよく息子は真っ直ぐに育ったものだと言われる程だ。娘はやや曲がっているが。
「ペレディア軍で識別するのに名前がないと困るからね、軍の担当者から記号として「ヘンリー」って僕は名乗る事になったんだ〜。だけど、所詮は記号でしかないから、僕の名前には最期までならなかった。だけど、君は違う」
ヘンリーは愛する我が息子の頭を撫でる。手に力が入っておらず、血圧が何時もに増して低い。死期が近いのが嫌でも分かる。
「君は僕とティアモが愛を込めてヘンリーと名付けたんだ。僕みたいに、単なる記号なんかじゃない。ヘンリーとして、此の世に生を受けたんだ」
「お父さん!!」
更なる血圧の低下。如何に最凶の呪術師でも、死神だけは逃がしてはくれないらしい。
「・・・・(ああ、もう直ぐ時間切れなんたな・・・・でも、コレだけは・・・・)いいかい、・・・今日からは、君がヘンリーだ。ジュニアなんかじゃない。ヘンリーとは、世界に・・・君一人だけ・・・・僕とティアモが名付けた・・・・正真正銘・・・・本物の・・・・ヘンリーは・・・君だけ・・・な・・・ん・・・・だ」
ヘンリーは優しい顔をすると、力なくベッドに倒れる。
「お父さん!! お父さん!!」
「ヘンリー・・・・先に・・・・お母さんの・・・・ティアモの・・・ところに・・・逝くね・・・・」
「死んじゃ駄目だ!! お父さん!!」
「最期に・・・君と話が出来て・・・お父さん・・・嬉しかったよ・・・・こんな・・・美しい・・・未来が・・・待っている・・・なんて・・・僕は・・・幸せ・・・者・・・・」
「お父さん!! 諦めちゃ駄目だ!! 僕の生命力を吸い取って良いから!!」
魔導書を手渡そうとするヘンリー・ダーク・マージ。しかし、ヘンリーはそれを最後の力を振り絞り、払いのける。
「ど・・・どうして・・・」
「ヘンリー・・・君は僕の力を引き継いだ・・・最強の呪術師だ。その・・・力を・・・人殺し・・・にしか・・・使え・・・なかった・・・僕とは違う・・・使い方を・・・して・・・欲しい・・・な〜・・・あっ、ルフレとの約束・・・・果たす前に・・・・何で場所がわかったか・・・・教える前に・・・・」
ガクッ、と頭が力なく枕に倒れる。急いで脈を取るヘンリー・ジュニア。しかし・・・・
「脈が・・・・ない・・・・そんな・・・・お父さん・・・・お父さーん!!!」
彼の悲鳴が天幕に木霊する。外にいた医療班の兵士達は何が起きたのかを察した。元より、ヘンリーは助かる見込みがなかった。むしろ、何でまだ死んでいないのかが医学的に分からない状態だった。後に死亡診断書を書いた軍医ケントの見解では、こう記されている。
・患者(ヘンリー)は、ワープ魔法を使用する際に身体中の生命力を使い果たしており、その残った生命力も同行していたルフレに注ぎ込んでいたと見られる痕跡がある。
・ワープ魔法を使用し、匠城付近に到着した時点で、患者が助かる見込みはなかった。
・だが、直感的に息子がいる事を察した為に、最後に息子と話す為に必要な最低限の生命力を残していたのではないか。
・サナダ公国軍が実施した点滴は、患者の最期の願いを叶えることに繋がった。医療リソースの観点では決して褒められる事ではないが、親子最期の対面を実現させてあげたことを、一人の人間として、高く評価したい
「そんな・・・・・お父さん・・・・お父さん・・・・目を開けてよ・・・・また、僕を抱き締めてよ・・・・」
この日、最凶の呪術師ヘンリーは死んだ。しかし、彼が最期の最期で会いたかった息子の顔を見れて死ねた事は、数多の人を呪い殺してきた彼にとって、最大の幸せであったに違いない。後にこの事を振り返ったヘンリー・ダーク・マージは著書にこう書き残している。
「誰が何と言おうと、僕の父親の名前はヘンリーです」
「最凶の呪術師ヘンリーの息子である事は、僕の誇りです」
「お父さん、お母さんの事を、宜しくね」
「ルーナの事、僕が面倒みるから、空で見守っててね」
「美しい未来、皆と一緒に作ってみせるから」
彼は戦後、持ち前の呪術師としての素質を最大限活かし、更には数多の人々を救うため、医師としての道を進むことを決断。聖王家御抱えの呪術師兼医師として、ヘンリーの名を後世に残す事になる。
別の天幕
「・・・・・そう、ヘンリーは・・・」
「残念な結果ではありますが、最期に息子さんとの対面が叶ったそうです。最期の最期は、安らかな顔をしていた。そう、息子さんは涙ながら申しておりました」
「そう・・・・」
様子を見に来た医療班の兵士にヘンリーについて尋ねたルフレは、悲しげな表情を浮かべる。
「私はヘンリーに生かして貰いました。ならば、最期の最期まで、私は私の成すべき事を成します。邪竜を・・・・マールは、私がけじめをつけます」
この時、ルフレはある事を決意する。全ては、世界の為に。そして、娘達の為に・・・・
(続く)