英領ニュー・オーストラリア
ニュー・ダーウィン総督府
とある少年の一室
「今日はカウンセリングか・・・・男の人だとよいなぁ・・・」
ルキナ以下王女一行が厳重な警備の下で収容されているニュー・ダーウィン総督府。馬鹿広い総督府では、部屋を使い切れておらず、王女一行は原則一人一部屋が与えられ、プライバシーに配慮がなされていた。そんな一人部屋の中で一人の少年が踊りながら歌っていた。彼の名前はアズール・フォルモースス。亡き聖王クロムより、ルキナ王女の遊び相手を命じられた18歳。一行の中では一番の美男子として有名であり、総督府内でもイケメンと評判であった。しかし、彼には問題があった。
「ここ最近は夜に出歩けないから、退屈だな〜ナンパも出来ないし・・・・」
夜にフラッと出歩くこと、そしてナンパ癖があることである。
「でも、今でも異性に話し掛けるの、凄く恥ずかしいよ・・・・お母さんもそうだったのかな?」
踊りと歌は一行で一番上手く、そしてイケメンの彼だが、酷く恥ずかしがり屋でもあった。特に異性と会話するのが苦手であり、ルキナやマーク(妹)であれば問題ないが、総督のセレナや日本の外交官アキコとは未だに顔を見つめる事も出来ないぐらいである。
「聖王女ルキナを、主よ守り給え〜」
そんな彼が気分転換に歌っていた曲の名前は「神よ聖女王ルキナを守り給え」。正確には、「神よ聖王/聖女王◯◯を守り給え」であり、その時即位している聖王/聖女王の名前が曲名や歌詞に入るのである。具体的な歌詞は、
アオネイア聖王国国歌
「神よ、聖女王ルキナを守り給え」
1.
聖女王ルキナを、主よ守り給え
英邁なる御代に声誉輝けり
敬慕して捧げんや、永久の冠を
我が神よ、我が君を永久に守らせ給わん
我が神よ、我が君を永久に守らせ給わん
2.
華やげる園へと御陵威は遍く
治世の礎は、清く正しけれ
御御楯の御印は、光る義の心
我が神よ、我が君を永久に守らせ給わん
我が神よ、我が君を永久に守らせ給わん
3.
美徳で飾りし身、叡慮奉る
御剣手に燃ゆは、虐ぐ為ならず
民に幸恵むこそ君の望みなり
我が神よ、我が君を永久に守らせ給わん
我が神よ、我が君を永久に守らせ給わん
4.
傀儡のくびき解き、自由を給えり
夙に叡覧あれアオネイアの栄華を
後までも聞こし召せ、永く謳わるる
我が神よ、我が君を永久に守らせ給わん
我が神よ、我が君を永久に守らせ給わん
通常の国歌は4までである。だが、彼が逃避行の道中、ルキナを鼓舞するために即興で曲を作り、幻の5番目の歌詞として歌った事がある。歌詞は以下の通りである。
5.
ルキナよ難にこそ、いよよ強くあれ
憂き目にこそ愛は、強さ知るものぞ
運命を変える為、剣手に取り
聖女王、難にこそ、強く美しくあれよ
聖女王、難にこそ、強く美しくあれよ!
1から4までの厳粛なる歌詞とは一変し、ルキナ個人の人生と奮い立たせようとする歌詞である。完全に流れが変わってしまう為、仲間達からは不評だったものの、ルキナからは、
「アズール、私は素晴らしい歌詞だと思います。何より、貴方が私を信じ、着いてくるという事を表明すると共に、折れかけていた私の気持ちを立ち直らせてくれました。感謝します。また、歌ってはくれませんか?」
と、高評価だった。アズールはそれが嬉しくて隙があれば歌う。また、もしルキナが正式に聖女王に即位した暁には正式な歌詞に採用して欲しいと思っていた。
「目覚めよ、アオネイア人! 死の眠りから〜」
続けて彼が歌うのは、アオネイア聖王国の準国歌基、愛国歌の「目覚めよアオネイア人!」である。具体的な歌詞は以下の通りである。
アオネイア聖王国準国歌/愛国歌
「目覚めよ、アオネイア人!」
1.
死の眠りから目覚めよ、アオネイア人よ
野蛮なる邪竜がもたらした死の眠りから目覚めよ
野蛮なる邪竜が!
今こそ、滅びの運命を変える時!
残虐なる邪竜に頭を下げる運命を
残虐なる邪竜に!
2.
見るんだ、偉大な影を、
カインよ、アベルよ、クリスよ、シーダよ
アオネイアの国、あなた達の自身の子孫を
あなた達自身の子孫を!
武器を手に取り、血には貴方の炎を灯し
「自由と平和な生活、さもなくば死を!」と皆が叫ぶ
「さもなくば死を!」と皆が叫ぶ!
3.
今こそ、世界に証明する時
私達に太陽神の御加護がある事を!
太陽神の御加護がある事を!
私達の胸に誇らしく留める名前がある
その名は英雄王であるマルスの名前!
マルスの名前!!
「・・・このカウンセリングが終わったら、ルキナの為の歌を作ろうかな・・・でも、恥ずかしいな・・・それに、ルキナには迷惑ばかりかけてるし・・・・臣下失格だよね・・・・」
アズールは机に立てかけている写真に目をやる。そこには、聖王クロムと聖王妃ルフレを中心に、クロムがルキナを、ルフレがアズールを抱いている、幼き日の写真があった。
「・・・・・僕には手にはいらない。目の前にあっても、この手からすり抜けていく・・・・次はルキナでさえ・・・・」
医務室
「・・・・ふ〜ん、これじゃ関東軍じゃん。しかし、思わぬところから情報が入るもんだな〜」
カムイ城を経由し、ニュー・ダーウィン総督府にもたらされた急報を確認しながら珈琲を飲むケント。
「本国はイギリスとの全面戦争に突入するのを避けるため、新大陸からアニュンリール皇国本国への魔石の安定供給を約束させる代わりに、新大陸全土から撤退。アオネイア聖王位については、アニュンリール皇国は関知せず、アオネイア聖王国の判断に委ねる、とした和解案をイギリスに提示。イギリス側も、アニュンリール皇国が本気で取り組むのであれば、先のカルロス・ノートを撤回し、アオネイア聖王国に対して、アニュンリール皇国への魔石供給を監督する・・・か」
先の英亜会談にて、カルロス・ノートを突き付けられたアニュンリール皇国。現場の外交官は国交断絶を口走ったものの、本国の外交部と軍部は、イギリスの核兵器の恐ろしさに気付いており、古の魔法帝国復活までは本国に引き篭もる籠城戦を決定していた。その為、これまでの拡大政策を放棄し、最低限の国交と貿易のみにして鎖国するとした。また、並行して国連安全保障理事会にて、新大陸に関する取扱いを協議。常任理事国の日本、イギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドに加え、非常任理事国とアニュンリール皇国が加わり、以下の内容で合意が為された。
「新大陸ニュー・オーストラリア/アオネイア大陸の国際的取扱いに関する共同声明」
1.新大陸国家群の主権と領土を国連加盟各国は尊重する
2.グレートブリテン及び北アイルランド連合王国並びにアニュンリール皇国は、可能な限り速やかに委任統治を終了し、領土を新大陸国家群に返還すること
3.新大陸国家群がどの国並びに陣営と軍事的、政治的、経済的同盟を締結する自由を国連加盟各国は認めること
4.アニュンリール皇国が求める新大陸産の魔石の輸出に関して、国連加盟各国は平和的に解決するよう、努力すること
5.アオネイア聖王国の聖王位継承問題は、同国が主体となって決定するが、必要に応じて国連安全保障理事会で調停を行うこと
6.ペレディア帝国の国連加盟を、加盟国は承認すること。ただし、同国とアオネイア聖王国との国境線は、国連安全保障理事会が定めたものとすること
本来であれば、下等種と蔑んでいる人種に頭を下げるなど、光翼人や有翼人にはあり得ない行為であったが、日英が古の魔法帝国のコア魔法に匹敵する核兵器を多数所持しており、実際に使用した事を知った皇帝ザラトストラは、日英との和睦の勅令を政府に対して発布。外交部と軍部はこれを歓迎し(本来仲の悪い両者であるが、合同で行った日英との戦争シミュレーション全てで敗北、最悪のシミュレーションでは本土全域が核攻撃されて絶滅という結果が出た)、既に大陸に利権を作り始めた在青アニュンリール皇国軍や古の魔法帝国の遺産について研究する魔帝復活管理庁は反発した。
「皇帝陛下の知恵の鏡も曇られたか!!」
このように、在青アニュンリール皇国軍や魔帝復活管理庁は猛反発。また両者は世論に働きかけ、
「軟弱なる政府を打倒せよ!」
と、国民を煽っていた。魔帝復活管理庁の職員の中には、
「維新を起こし、皇帝陛下に教育せしめるべきだ!!」
と主張する者もいた。この主張は、本国の若手青年将校の間で急速に広まっており、クーデターが起きるのではないか?と危惧する声もあるという。
「我がペレディア帝国は、アニュンリール皇国との同盟を選択致します。また、アオネイア聖王国との国境線についても、国連安全保障理事会の決議に従う事をお約束します」
幸いにも、ペレディア帝国は国連加盟の際に各国にそう宣言し、アニュンリール皇国との軍事的、経済的、政治的同盟を選択した。この為、同国に駐留するアニュンリール皇国軍は撤退する必要はなくなり、また委任統治領については租借契約を結ぶ事で乗り切れたが、アオネイア聖王国に関してはどうしようもなかった。傀儡政権として樹立させたマールは、第四子である事、彼女の姉兄らが聖王位継承権を放棄していない事、その彼女らがよりによって日英陣営にいる事、下手にマールを聖王位に推せば、イギリスとの軍事的衝突は避けられなくなる事等から、彼女については見放すしかなかった。
「みすみす邪竜の器を研究する機会を喪えと言うのか!!」
「邪竜の量産化は、本国から離れた新大陸でこそするべきだ!!」
「新大陸はアニュンリール皇国の下で統治されるべきだ!!」
しかし、アニュンリール皇国のアオネイア聖王国駐留軍は撤兵を断固拒絶。魔帝復活管理庁も同調した。本国からは、ペレディア帝国への移動と、簒奪王マールの政治的亡命の説得を命じられていたが、両者はこれを偽情報として黙殺。また、経済界も新大陸特需に乗る為、この動きを歓迎。こうして、新大陸には令和の関東軍が誕生したのである。
「そうなると、イギリスはどうするんだろうね? 本国は戦争する気がありません。それは嘘偽りないです。イギリスも軍備が整ってないから暫くは戦争したくないです。かと言って、関東軍をアニュンリール皇国本国が見捨てれるかは怪しいです。見捨てたら国民ブチギレクーデター待ったなしです。大日本帝国状態じゃん」
ニュー・ダーウィンに駐在する武官と軍医を兼務する為、こうした内部資料の閲覧で時間を潰したりする。
「一方の日英は先のクルセイリース大聖王国戦で疲弊したとは言え、本国は無傷です。その気になれば、核攻撃で戦争を終わらせられます。正統なる聖王位継承者はこっちにいます。アニュンリール皇国の内戦に介入する口実しかないどころか事実上介入してます。今はただ軍備が整うまでの時間稼ぎに過ぎません。最低2年は時間が欲しいです。いや〜どうすんだろうねこれ? パールハーバーするのかな? カルトアルパスとかに」
コンコン、
「どうぞ〜」
引き出しに内部資料をしまうケント。続きの話は愉快な仲間達が集まってからやろう。そう心に決めると、カウンセラーとしての顔に変える。
「・・・・あ、良かった。男のお医者さんだった」
男性の軍医であるケントがカウンセラーと知り、安堵するアズール。
「まあ、そこに座りなよ。お茶でも飲む?」
「じゃあ、頂こうかな・・・異世界国家のお茶・・・どんな物なのかな?」
ケントはT-falで湯を沸かすと、茶漉でお茶を淹れる。本来は熱々の緑茶を提供したいのだが、そもそも熱々のお湯を飲む文化があるか分からない為、氷を入れてぬるま湯にして提供する。
「・・・・・緑色のお茶・・・初めて飲みます」
「そうなんだ。日本だと、それが基本のお茶なんだよ」
「そうなんですね」
緑茶を一口飲むアズール。
「・・・・・渋いですね」
「そう淹れたからね。淹れ方次第では、味をどうとでも弄れるよ」
「そうなんですか。我が国で緑色のお茶は、ビャクヤ家の所領では誰もが飲んでいるそうですが、それ以外では基本的に飲む事はないです」
「確か、ビャクヤ家は異世界残留日本兵の末裔が作りし氏だったっけ?」
「神話ではそうされていますが、実際のところはよく分かりません。ですが、他の貴族とは明らかに異なる文化を持ち、聖王家からの信頼が厚く、更にビャクヤ家だけは異なる臣下の礼が認められているので、関係があるのかもしれません」
「そうなんだ。でも、異世界残留英国兵は氏を作らなかったんだね」
「はい。神話によれば、日本兵と異なり、英国兵はナチス・ドイツと戦う為に帰還して行った為、極一部の物好きや、日本兵やアオネイア人と密接な関係になった者しか残らなかったそうです。彼等は爵位に代わり、自治権を求めたそうです。ここニュー・ダーウィンは異世界残留英国兵の街として、聖王家直轄地の扱いを受けていました。尤も、先のマールの反乱でアンヤ家に制圧されてしまいましたが」
「そして、それを現代のイギリスが解放か・・・余計にこの国の事が気になるね」
アイスブレイクは済んだ。そう判断したケントは本題に移る。
「因みに、何で緑茶を渋く淹れたか、分かるかな?」
「え?」
唐突の質問にアズールは頭が真っ白になる。
「それはね、当に今の君の本当の心を象徴しているかのような味にしたかったからだよ」
「?!」
一瞬笑顔が解けるアズール。即座に笑顔に戻したが、その一瞬をケントは見逃さなかった。
「ニュー・ダーウィンで初めて君に会った時からね、絶対にカウンセリングしないと駄目だ。このままじゃ潰れちゃう。即座にそう判断出来たんだ」
「そ、そんな、まさか・・・・僕は大丈夫ですよ・・・僕なんかより、王女としての重責を担うルキナの方が心配ですよ・・・」
無理やり笑いながらケントからの視線を逸らすアズール。
「確かに、ルキナは大変だと思うよ。今はまだ王女だけど、何れは日英陣営のアオネイア聖王国の女王として即位しなきゃいけないし、世継ぎも産まないといけないしね」
「そ、そうですよ! 僕なんかに構わないで、ルキナを・・・」
「心に深い傷を負っている人間を野放しにしろと君は言うのか?」
足を組みながらギロリとアズールを見つめるケント。先程までの笑顔とは打ってかわり、まるで今からお前を殺す、と言わんばかりの表情に変わった事にアズールは背筋が震え上がる。まあ、実際にウクライナ戦線でロシア兵と交戦した経歴を持つ彼は、軍医であり戦士なのだが。赤十字? そんな糞の役にも立たない印なんか知らん。そんなバカみたいに目立つ印なんかより、カラシニコフを寄越せ。ウクライナ戦線で彼はそう言っており、戦利品として、偽装降伏を試みたロシア兵からぶん取ったAK-12を現在でも従軍時は弾薬や予備パーツと共に携帯していたりする。彼曰く、ロシア製は浪漫があって好きだ。巡洋艦モスクワが呆気なく沈むとは思わなかったけどね、との事である。
「アズール、もう無理に笑う必要はないんだ。悲しい時は悲しいと泣き、辛い時は辛いと言い、疲れたら疲れたと言い、自分に正直になって良いんだ。誰も君を見捨てたりはしない」
「・・・・・・貴方に僕の何が分かるって言うんですか!!」
怒りに任せ、ケントの胸ぐらを掴むアズール。ケントからすれば、アズールの事なんて赤子の手をひねるかのように払いのけられるが、敢えて何もしない。
「・・・・・(さあ、君の本音を聞かせてくれ。ここで全部吐き出せ。その為に今日は時間を作ったのだから)」
「・・・・・あんた、一応は軍人なんですよね!! どうして抵抗しないんですか!!」
ケントは1ミリも表情を変えない。この程度の脅し、地獄のハルキウに比べれば大したことはない。ましてや、相手は16歳の少年。経験も実績もケントの方が圧倒的に上だった。強者の余裕。アズールは何も出来ずに、ケントの胸ぐらを掴んでいた右手を離した。
「そうですよ! 僕は無理に笑っていたんですよ!! 貴方には分からないでしょうね!! 僕の生い立ちの悲惨さなんて!!」
アズールは自らの生い立ちについて語り始める。今から16年前、アズールはこの世に生を受けた。母親は旅の踊り子をしている女性だと言う事は辛うじて分かるが、父親については何も分からなかった。アズールが1歳の頃、母親に連れられてペレディア帝国とアオネイア聖王国の国境線沿い(アオネイア聖王国側)を仲間達と旅をしていたところ、
「ペ、ペレディア帝国軍だあ!!」
当時、アオネイア聖王国とペレディア帝国は国境線を巡り小競り合いが頻発していた。始めは国境線沿いで小規模な軍事衝突が主だったのだが、一部の過激派が特殊部隊を送り込み当時の聖女王エメリナ1世を暗殺する事件を引き起こす。これに激怒したアオネイア聖王国側は大規模な徴兵と経済統制を可能とする大動員令を聖王位継承権暫定1位のクロム王子の署名により発令。当時既に恋仲にあった軍師ルフレの策により、ペレディア帝国への逆侵攻を敢行。聖女王の仇と士気の高いアオネイア聖王国軍は、怒涛の勢いで攻撃を開始。一部の部隊は国境線を越え、ペレディア帝国側へ越境を開始していたのである。
「ぐああ!?」
アオネイア聖王国軍の逆侵攻に恐慌状態に陥っていたペレディア帝国の敗残兵達は、旅の集団らをアオネイア聖王国軍と誤認。殺される前に殺る!と言わんばかりに攻撃を開始した。
「・・・・・せめてアズールだけは!!」
ほぼ丸腰の旅の集団は、完全武装のペレディア帝国軍に為すすべもなく殺戮されていく。アズールの母親は彼を守るために殺されてしまった。アズールは母親の亡骸に隠され、また彼が眠っていたこともあり、奇跡的に気付かれる事なく生き残る事が出来た。その直後、クロム王子(当時)率いる自警団の主力部隊が到着。目を覚ましたアズールは、
「うわあああ!! うわ、わあああ!!」
その凄惨たる光景に大号泣してしまった。母親を始め、自分の事を育ててくれた大人達が一人残らず屍となっていたのだ。その光景がアズールにはトラウマになってしまった。
「・・・・・生き残り・・・か」
「何て酷い有様なんでしょう・・・」
唯一生き残ったアズールは、戦後に聖王に即位したクロムの計らいで、同い年の聖王女ルキナの遊び相手として仕える事になった。また、クロムとルフレからは実の子同然に可愛がられたが・・・・
「あれがルキナ様の遊び相手として仕える事になった少年か」
「話に聞けば、汚らしい踊り子の息子だそうではないか」
「英雄王マルス様から連なる聖なる血筋をお持ちのルキナ様に仕えるなんぞ、如何なものか」
「ルキナ様は英雄王マルス様と英雄王妃シーダ様の面影を強く受け継ぐ御方。果たしてそれにアズールは本当に相応しいのか・・・」
「やはり、出自の怪しい軍師を王妃に迎える程の王子。自らの娘にも出自の怪しい男を付けたがるのではないか?」
臣下の貴族達からは常に陰口を叩かれていた。将来の聖王となる嫡子の遊び相手というのは、即位時に側近として取り立てられるのは勿論、場合によっては伴侶としての地位を得る事も有り得る。事実、聖王クロムの遊び相手であった男は近衛師団長に昇格している。それだけ嫡子の遊び相手というのは重要であり、各地の貴族達は虎視眈々と我が子をその地位に就けるべく狙っていたのである。
「・・・・・・・」
アズールはそんな貴族達に何も言えなかった。彼等と比べれば、自分の出自が卑しい事も、聖王の慈悲で今の地位がある事も、明らかに不釣合である事も、全て事実だからだ。だが、それを聖王や聖王妃に打ち明ける事は生涯なかった。もし打ち明ければ、真面目な聖王の事だ。そのような発言をした貴族を赦したりはしないだろう。だが、自分が我慢すれば全てが済む話だ。下手に貴族を処分したりすれば、国が荒れてしまうのは学のないアズールでも分かるからだ。
「アズール!! ここにいたんですね!!」
「・・・・ルキナ王女殿下!!」
自分の主君であり、太陽であるルキナの前ではこんな情けない顔は見せれない。彼女を心配させたくないし、自分みたいに悲惨な目に遭って欲しくない。ルキナには、ずっと笑っていて欲しい。その想いから、何時しか彼はルキナや仲間達の前では笑顔で振る舞うようになった。それが転じて、批判的な貴族に対しても笑顔を振る舞うようになった。
「アズール! 私と貴方の仲ではありませんか!! ルキナ、で良いんですよ」
「い、いえ・・・ルキナ王女殿下は将来の聖女王になられる御方。そのような御方の隣に立てる事が名誉な事ですから・・・」
「アズール!! 私の臣下だと言うのなら、私の言うことを聞きなさい!! 私と貴方は友人!! 故に敬語は不要です!!」
「分かったよルキナ。で、今日は何をして遊ぶ?」
「剣の稽古を!!」
「また〜? 剣の稽古が好きなのは、お父様譲りなのかな〜?」
自分の事を大切に思ってくれる。余計にアズール少年はルキナの前では笑顔でいよう。そう決意させてしまった。後にアズールはナンパを始めてしまうのだが、異性への慣れが主の理由である一方、ルキナに実の弟妹マークや異母弟のウドー、人質としてビャクヤ家から預けられた幼き日のタクミ(当時は幼名のユヅルマル)と言ったルキナと親しい人が増えてしまい、相対的にルキナはアズールを見なくなってしまう。ルキナの興味を自分だけに惹きつけたい、ルキナを独占したいという負の感情がそこにあった。故に、カムイ城にてルキナがニンギルスと親しい関係にあるのを見てしまったアズールは酷くショックを受けると共に、自信を喪失し、その日の夜、ルキナと喧嘩してしまった。
カムイ城のとある一室
「ん? こんな夜に誰だろう?」
引き続き兵法書を翻訳していたマーク(弟)は、扉を開けようとする音に気付く。その直後、扉が乱雑に開かれ、アズールが入ってくる。この部屋にいるのは、ルキナとマーク兄妹の王族3人。臣下に過ぎないアズールがノックもなしに入るのは、本来ならば不敬以外の何者でもない。
「アズール? こんな夜中にどうしたんですか?」
「マーク、君に用はない。僕はルキナに用があるんだ」
そう言うと、アズールはベッドで休んでいるルキナに向けて歩みを進める。
「待ちなさい! ルキナお姉様はお疲れなのよ!!」
マーク(妹)がアズールの前に立ち塞がる。その時、妹の声で目を覚ます。
「・・・・ん? アズール・・・どうしたの?」
寝惚けた顔をアズールに見せるルキナ。何時もであれば、そんな彼女の抜けた顔も愛しいと思うのだが、この時のアズールは怒りに囚われていた。
「ねえルキナ・・・・昼間一緒にいたあの男は誰? 僕にはまるで彼氏かのように親しく見えたんだけど?」
笑顔でルキナに怒りをぶつけるアズール。
「ま、待ってくださいアズール!! あの人は疲れた私を運んでくれただけで・・・」
「ああ、そうやってまた僕を遠ざけるんだ。そうだよね、卑しい血筋なんかよりも、祭祀の杖を持つ巫女の兄の方が傍にいるに相応しいもんね!!」
「一体何を言うんですか!! 私は貴方を遠ざけた事なんて一度もありません!! 貴方は私の一番の臣下であり、友人ではありませんか!!」
売られた喧嘩を買ってしまい、ルキナはベッドから起き上がるとアズールと取っ組み合いの喧嘩に発展してしまう。
「私が貴方を遠ざけた? 戯けた事を!!」
「口では何とでも言えるよね!! 結局は血筋か全てなんだよ!!」
「いい加減にしてくださいアズール!! 被害妄想が過ぎます!!」
「お、お姉様・・・・」
「2人ともその辺で・・・・」
「「部外者は黙ってなさい!!/黙っててよ!!」」
ルキナの事を本気で殴れないアズールと、アズールの事を本気で殴るルキナ。立場の違いから意外と互角の喧嘩となり、部屋の中で殴り合いながらゴロゴロ転がる。そこに偶々ルキナの聖剣ツヴァイハンダーの補修を終えた異母弟ウドーが入室。
「よう、ルキナ。言われてた補修・・・・な、何やってんだよお前ら!?」
ウドーにより無理やり喧嘩は中止させられ、アズールは頭を冷やしてこい、と退室させられ、この場は収まった。後にアズールはルキナに土下座して謝罪した。ルキナは、
「アズール、私は全く気にしていません。思えば、私も浅はかな行動でした。貴方がどう思うか、考えられていませんでした。良ければ、これからも私の忠臣として、傍に仕えてくれませんか?」
と、アズールの罪を不問にした。アズールは安堵すると同時に、ルキナの優しさに心を傷付けられた。自分の存在がルキナを苦しめているのでは?しかもルキナは自分より歳下なんだぞ?そう思えてならなかった。それでも、笑顔でそれを隠す。それ以降、ルキナとは良好な関係にあったが、ルキナに義母とも言うべきアキコが現れると再び彼は嫉妬し、自分から溝を作ってしまう。
「僕は生の産み親も、育ての親も喪った。僕に残されたのは、ルキナだけなんだ! ルキナには僕だけを見て欲しい!! だけど、ルキナは女王として民を導く身!! そんな我儘なんて叶わないのも分かってる!! だから、笑顔で全てを・・・」
泣き崩れるアズール。ケントは彼の目線に合わせてしゃがみ込むと、優しく抱き締める。
「良くぞ本音を吐露してくれたね」
ケントはまるで親が我が子に見せる慈愛の心で彼に接する。自然と温かく、安心できる温もりと匂いがアズールを包む。
「アズールはルキナの事が大好きなんだね。でも大丈夫。ルキナも、アズールの事が大好きだから」
「へ?」
「入っておいで」
ケントの合図でルキナが医務室へ入室する。
「ルキナ・・・・」
「アズール・・・・」
自然と向かい合う2人。ゆっくりと近付き、優しく互いに相手を抱き締める。
「ごめんなさいアズール。貴方の笑顔の裏側、ナンパ癖の本音、血筋故の貴族からの心無い陰口への苦悩、全部分かっていたわ」
「ルキナ?」
「全部、私の事を想い、我慢し続けていたのですよね? 臣下の気持ちに寄り添えない主君なんて、酷すぎますよね」
「そ、そんな事は!!」
「もう我慢しなくて良いんですアズール。自分に正直になって良いんです」
そう言うと、ルキナは小さな箱を取り出す。
「これは?」
ルキナが箱を開けると、そこには対となる指輪が納められていた。それが意味する事はただ一つ。それは・・・・
「アズール。貴方は幼くして両親を喪い、育ての親すら喪い、絶望の中生きて、生きて、生きてきました。一方の私は、聖王家としての重責に何度も心が折れそうになりました。逃避行中の時も、あまりの辛さに何度も自害しようと思いました。ですが、そんな時アズールは常に傍にいてくれました。貴方の笑顔に、私は何度も救われました。貴方は私を太陽だと言いました。私が太陽ならば、貴方は太陽に照らされ美しく咲き誇る向日葵です。そして、私が一番好きな花は向日葵です」
「!!」
遠回しに好きだ。そう言われたアズールは跳ね上がりそうになる。最初からルキナは自分だけを見てくれていた。それに気付かなかったのは自分なのではないか。そう思うと凄く恥ずかしくなる。
「貴方は笑顔で私を救い続けて来ました。今こそ、その忠義に報いる時!! 貴方の本当の気持ちを、私だけに独占させてください!! 私の我儘を受け入れてくれるのでしたら、この指輪を受け取ってください」
ずっと夢見てきた。好きな人と共に歩み、独占出来る事を。育ての親である、クロムとルフレのような関係を。叶わないと思い込み、遠ざけ続けてきた夢を。
「・・・・聞くまでもないよ」
アズールは指輪を受け取ると、左手の薬指にはめた。
「どう? 似合ってる?」
「はい。とても」
「本当?!」
正式な婚儀はイギリスによる委任統治終了の直前になるが、2人は内縁の関係として、周囲に知られるようになる。
「因みにこの指輪、誰が選んでくれたの? ルキナがこんなセンスのある指輪を選ぶとは思えないんだけど?」
「はい。私にはその手の知識がありませんし、聖王家で受け継がれてきた指輪は喪われてしまいましまので、お義母様とマーク達に選んで頂きました」
「そうなんだ。じゃあ、アキコさんとマーク達には御礼を言わなきゃね」
カムイ城練兵場
「え? ルキナとアズールが婚約して悔しくないのかだと? 何故にそのような感情にならねばならぬ? 俺はイヴ以外の女なんぞ、眼中にない。イヴとアウラムの幸せを守る事が俺の幸せだ。勘違いするな」
(続く)
暫くお休みしますわよ