アルタラス王国 王都ル・ブリアス郊外
アルタラス王国駐イギリス大使館
「・・・・この国はまあまあ栄えているけど、まだ日本企業が進出していないせいか、発展が遅れているな」
イギリスの駐アルタラス王国大使に任命された貴族ハルト・スカーレット・アーサー・ハミルトンは窓から王国の街並みを見て言う。
「ハル兄、それもあると思うけど根本的な原因はアレだと思うよ」
駐在武官を勤めるイギリス陸軍軍人にして双子の妹であるアオイ・バイオレット・アリス・ハミルトンはハルトの隣に立つと同時に淹れてきた紅茶を勧める。
「おお・・・クワ・トイネ産の紅茶か・・・・やはりインドの茶葉には及ばないな。旨いが、何かが違う」
「そうなの? 私には分からないけど」
異世界に転移し、日英両国は新たな貿易相手国を求めて積極的に海洋進出を強めていた。クワ・トイネ公国を始めとする諸外国からの情報で日英が属している第3文明圏を越えた先には神聖ミリシアル帝国を中心とする第1文明圏が、更にその先にはムーを中心とした第2文明圏があり、産業革命が起きた後の国家であると推測されている。日英はそれらの国家と接触するべく、海上の安全確保を進めていた。日本が人工衛星の打ち上げを進めながら慎重に近隣諸国から外交的接触を図る中、イギリスはパーパルディア皇国を除く複数の島嶼国と国交を樹立。必要に応じてイギリス海軍や空軍の部隊が展開可能な港や空港の整備を進めていた。英国企業だけでは手が回らない為、日本企業にも参加を呼び掛けており、日英両国の建設、海運、造船は未曾有の好景気となっていた。更に日本の衣料品が各国で品質が良く、見た目も美しく、使いやすいとして人気になっており、逆に現地の伝統的衣装の保護を日英両国が求める程であった。
「あの美的センスの欠片もないやつか?」
2人の視線の先には豪華絢爛かつ威圧的な建物が建っていた。表札には、
「パーパルディア皇国アルタラス出張所」
と書かれている。大使館と書けばよいのにわざわざ出張所としている辺りに傲慢さを感じさせる。あれは第3文明圏の列強国パーパルディア皇国の大使が駐在する大使館的役割を担う施設である。イギリスは道路を挟んだ向かい側に大使館を構えており、一部では狙ったのでは?と言われている。まあ、やりかねないのがイギリスである。
「次に我が大英帝国が戦うのはあれか」
「遠からずそうなるでしょうね」
「パーパルディア皇国・・・あまり良い噂を聞かないんだよね。何でも大使はアルタラスの若い女性を拉致しては・・・しているらしい。各国の大使が口を揃えて言うんだ」
「私も聞いたわ。各国の大使からは悪いことは言わないから速やかに帰国した方が良い、って言われたもん。そう言われるぐらいには女癖の悪い奴等がいるらしいよ」
「全く、あんなのが列強とかこの世界はどうなっているんだか。倫理観の欠片もないクズ国家じゃないか」
ブリカスにそれを言う資格はないだろ。この場にいないはずの同盟国から聞こえてきたような気がした。
「・・・・・そういえば、来週にはアルタラス王国国王ターラ14世即位30年の晩餐会だったな。アオイも行く?」
「ハル兄、私は陸軍の駐在武官よ? 行くに決まってるじゃない」
2人が仲良く会話している時、ハルトは此方に向かって来る人影に気付く。
「ん? 向かい側のパーパルディア皇国の大使館から何かが向かって来てないか?」
「へ?」
2人の視線の先にはボロボロの服を、いや服というよりは布切れで最低限身を隠している若い女性が走って来ていた。女性は英国大使館の門をよじ登り、敷地内に侵入しようとしている。
「警備兵を出せ!! 明らかに何かがおかしい!! 速やかに保護するんだ!!」
「私だ! 陸軍は完全武装!! 速やかに入口ゲートと大使執務室に急行せよ!!」
直後、向かい側のパーパルディア皇国アルタラス出張所から複数の職員が女性を追い掛けてイギリス大使館へ走って来る。女性は僅かな差でイギリス大使館の敷地内に逃げ込み、駆け付けた大使館職員により保護され、速やかに大使館内へと担ぎ込まれた。
アルタラス王国イギリス大使館入口ゲート
「大使を出せ!! お前ら末端の輩が我々皇国人と会話する等100万光年早いわ!!」
「その女は犯罪者だ!! 速やかに引き渡して貰おう!!」
「我が列強パーパルディア皇国に楯突くと痛い目に遇うぞ!!」
イギリス大使館の門付近ではパーパルディア皇国の職員が逃げ込んだ女性の引き渡しを要求していた。100万光年と明らかに頭が悪そうなやつもいたが。何が起きたのかが分からないイギリス側は事情がはっきりするまでは女性は引き渡さないとして、速やかに帰るよう促すも、今までそのような対応を受けたことのない皇国の職員は更に激昂。
「第三文明圏の盟主たるパーパルディア皇国皇帝ルディアス陛下の代理である我々に帰れとは何事だ!!」
「我々の要求はルディアス様の勅命である!!」
「皇帝陛下に代わり命令する! 速やかに犯罪者を引き渡せ!!」
引き渡しを要求するパーパルディア皇国側の職員と拒否するイギリス側の職員の押し問答が続く。やがてしびれを切らしたパーパルディア皇国側の一人が門をよじ登り、敷地内への侵入を試みようとしていた。
「何だ何だ!? 大英帝国に対して宣戦布告か!!」
完全武装した陸軍兵士10名を連れ、アオイが大使館の中から走って門付近に現れる。
「門をよじ登るのを止めなさい!! 門の内側はグレートブリテン及び北アイルランド連合王国の管轄である!! 大使館への不法侵入は許されない!! 直ちに降りなさい!!」
アオイが拳銃を空に向けて威嚇射撃を行う。しれっと弾丸は向かい側のパーパルディア皇国アルタラス出張所に落ちる方角にぶっぱなしており、後日弾丸が出張所の壁に穴を空けたことが判明する。
「女ああ! お前が大使か!?」
「答える道理はない!! 此方は既に警告した!! 最悪の場合、そなたらを射殺する用意もある!! 直ちに引き上げろ!!」
「んだと女ああ!!」
アオイの発言に冷静さを失った職員1名が門をよじ登り、イギリス大使館の敷地内へ侵入した。
「不法侵入だ! 逮捕逮捕!!」
敷地内に侵入したパーパルディア皇国の職員を屈強な陸軍兵士が取り押さえる。
「触れるな蛮族共が!! その汚ならしい手で偉大なるパーパルディア皇国の・・・」
「黙っていろ!!」
「うぐっ!」
陸軍兵士の一人がパーパルディア皇国の職員を銃で殴り気絶させる。イギリス大使館側は侵入したパーパルディア皇国アルタラス出張所の職員を不法侵入で現行犯逮捕した。
「・・・・これは戦争になる。皇国は大英帝国復活の生け贄確定だ」
大使執務室で一連の出来事を見ていたハルト大使はそう言い切った。
「我が大英帝国は不当な要求には屈しない。これは嚇しではない!!」
アオイの合図で陸軍兵士は大使館の外にいる皇国の職員に銃口を向け、速やかに帰るよう促す。既に威嚇射撃が行われ、皇国のマスケット銃より洗練された小銃を持つ兵士に銃口を向けられた為に命が惜しい皇国の職員は逃げるように撤収。その後イギリス大使館は事の次第を本国へ報告した。同時に逃げ込んで来た女性への事情聴取を開始した。
アルタラス王国駐イギリス大使館
応接室
「・・・・この度は皇国から保護して頂き、本当にありがとうございます。何と御礼すればよいか・・・」
「構いません。我が国は緊急事態であると判断しただけにございます。また、大使館に不法侵入した輩に引き渡したり、会わせることはしませんのでご安心ください」
イギリス大使館に逃げ込んだ女性は大使館の女性職員の手を借りながらシャワーを浴び、大使館側が用意した服に着替えていた。サイズが合うか分からなかったが、それは杞憂だった。しかし、かなり美しい女性であった。
「して、何があったのですか?」
「・・・・お願いです!!」
女性がその場で跪く。
「・・・・どうか・・・・どうか我が娘を・・・娘を皇国から救いだしてください!!」
「・・・・パーパルディア皇国アルタラス出張所で何があったのですか?」
「もうよい!」
応接室にハルトとアオイが入室する。
「勘の悪い男は紅茶でも淹れてこい! 僕が対応する!!」
ハルトは次官を下がらせる。
「次官が失礼致しました。彼に悪気はないのです。少々勘が鈍いのです」
「・・・・・いえ・・・・」
「・・・・あなたと娘は皇国の輩に性的搾取をされていた。あなたは隙を見て脱出出来たが、娘はそれが叶わなかった。藁にすがる思いで我が国の大使館に逃げ込んだ。違いますか?」
「・・・・そうです」
「しかも、あなただけじゃなくて多数のアルタラス人が皇国の慰み物にされてるんじゃないの?」
ハルトとアオイは直感で女性が何をされたのかを見抜いた。この人達なら大丈夫だ。そう思った女性は姿勢を正す。
「待ってくれ、次官を呼び戻す。入れ!」
「大使、紅茶はまだ淹れてませんがよろしいので?」
「黙って話を聴きながら速記を作れ。得意だろう」
「はは! 私は速記のプロですから!」
「「黙っていろ・・・・」」
兄妹に睨み付けられた次官は怯む。その後女性は全てを語りだした。時折確認や捕捉の為にハルトとアオイが質問をし、内容を更に肉付けしていく。
「噂は本当・・・いや酷い。酷すぎる。あんな国阿片漬けにした方が世のためだ!!」
「阿片なんて野蛮な・・・ここは穏便に核で!!」
「いや、阿片は時代遅れか・・・フェンタニルの時代か!!」
「もうやだよこの兄妹・・・」
イギリス側が得た情報は吐き気を催す程生々しいものであると同時に、今後の皇国への外交方針を決定づけるものとなったのである。今回保護した女性はイギリス大使館の現地人臨時職員として雇用することになり、主に清掃員として身の安全を保証されることになった。また、アルタラス王国側にこの事実を通報し、警戒を呼び掛けた。同時にパーパルディア皇国側に囚われていると思われる女性らを救出する手段について検討を開始した。
アルタラス王国イギリス大使館向かい側
パーパルディア皇国アルタラス出張所
「何!? 私の玩具を匿っただけでなく無実の職員を、皇帝陛下の臣民を不法に捕らえたですと?!」
イギリス大使館で起きた出来事は直ぐにもパーパルディア皇国側にも伝わった。
「アルタラス王国に伝えなさい!! イギリス大使館に対して逃げ込んだ女と不法に捕られた臣民並びに今回の不法逮捕に関わった全ての犯罪者を引き渡すようにという皇国からの命令を伝えよと!!」
外交特権? 列強以外にねえよ!! というパーパルディア皇国は何時ものように自分たちに都合の良い理屈でイギリス側に要求を突き付ける。晩餐会に向けて準備していたアルタラス王国側にとって頭の痛い問題であり、取り敢えずは晩餐会の機会を利用してイギリスとパーパルディア皇国の大使が接触する場を設けることにしたが・・・・
「本国からは何て?」
「つい数時間前、グレナダにパーパルディア皇国の軍艦が現れた。そしてグレナダに対して、皇国の植民地になれと要求したそうだ」
「グレナダはかつての我が国の植民地。今は独立国ではあるが、事実上の従属国。大英帝国のシマに手を出すなんて愚かな蛮族ね。それでどうなったの?」
「グレナダは無論激怒して交渉は決裂した。ジブラルタルからはグレナダ防衛の為にオーストラリアの駆逐艦が出港。セントジョージズで軍事衝突もあり得るな」
「バカは死ななきゃ治らないのかしらねえ? 一度思いっきり殴り付けた方がよくない?」
「おいおい、軍人がそんなこと言っても良いのかよ」
ハルトは立ち上がると窓の外に映るパーパルディア皇国アルタラス出張所を見て言う。
「だが仮にも第3文明圏の自称列強国のパーパルディア皇国を完膚なきまで粉砕してしまえば、第3文明圏安定の為に自称世界最強の神聖ミリシアル帝国は彼方から我々に頭を下げて来ざるを得ないよな?」
邪悪な笑みを浮かべるハルト大使。
「我々大英帝国がこの世界に列強の一員として君臨する為の生け贄には丁度良い、という訳ね」
ハルトの考えを理解したアオイも同じように邪悪な笑みを浮かべた。
「それと外交筋の話によると、日本が パーパルディア皇国に外交官を派遣するも、全く取り合って貰えないらしい。少なくとも二週間は門前払いにされてるとか」
「だったら奴らの首都に軍艦でも戦闘機でも送ればよいのに。ここは地球じゃない。砲艦外交が基本。自称世界の警察なら原子力空母片手に民主主義の押し売りに行くだろうね」
国交樹立の為に日本が海上保安庁の巡視船を派遣する一方で、イギリスは容赦なく勇ましいユニオンジャックを掲げた軍艦を派遣していた。始めこそは警戒されるが、パーパルディア皇国からの従属要求に不満を抱いている国は多い。そこでイギリスの実力を見せ付けるとして、軍艦に外交官を乗艦させたり、陸軍による演習、海軍航空隊や空軍による親善飛行を見せ付けた上で、国交樹立と軍事基地の建設や用地の租借と引き換えにイギリス軍が使用している武器輸出と軍事顧問の派遣、場合によっては安全保障条約を提案すると掌を返すかの如く国交樹立を求めてくる。ちなみにフェン王国はイギリスと安全保障協定を結んでおり、有事の際には旧カリブ海諸国と共にイギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドが防衛するとしている。話が逸れたが、パーパルディア皇国と違い奴隷の輸出要求等なく、表面上は対等な関係での国交樹立であることもまた好印象を持たれる要因にもなっていた。こうしてイギリスは異世界国家に武器をバラマキ、保守整備を自国の企業に独占させることで利権作りに励んでいた。最近ではシオス王国にユーロファイタータイフーン4機の売却が承認され、現在イギリス本国で訓練中である。なおユーロファイタータイフーンのドイツ、イタリア、スペインが受け持つ部品は転移後は日本とカナダの企業が担当する形で生産が再開されており、つい昨日航空自衛隊向けのユーロファイタータイフーンが2機納品されている。
「全く、日本人は優しすぎる。お人好しなのは良いことだが、それでは無駄な犠牲を生み、敵を調子に乗らせるだけだ。現にパーパルディアの連中は図に乗っている」
数日後、イギリス本国からハルト大使に対してパーパルディア皇国に突き付ける要求を纏めた文書と同国との交渉の全権を委任する旨を記した委任状が送付された。グレナダで乱暴狼藉を働いた件についてもグレナダ政府からの委任を受けて交渉することになり、ここに大英帝国とパーパルディア皇国の間に外交交渉の道が開かれることになった。
「アルタラス王国側は晩餐会の機会を利用して交渉して欲しいとのこと・・・か」
「本国からの指示は?」
「近日中にフェン王国の軍祭に派遣予定だった空母クイーン・エリザベスを旗艦とする英連邦王国空母打撃群をアルタラス王国に派遣する故、それに乗艦してパーパルディア皇国に向かえとのことだ。アオイも同席するようにと国防省から通達が来ている」
「絵に描いたような砲艦外交ね。日本が苦言を呈しそう。軍祭には我が国からは艦艇は出ないの?」
「空母打撃群からオーストラリアの駆逐艦が分離して参加だそうだ。まあ、水面下には原潜も控えている。もし奴らがやらかせば・・・止めとくか。そうだ! せっかくだからアルタラス王国の要人に我が国の艦隊を公開してはどうか。我が国の実力を知れば今は皇国に配慮しているアルタラスも完全に此方に靡くはずだ。早速本国に要請しよう」
翌日、イギリス本国から承認の報せが届きアルタラス王国政府側に招待状をイギリス大使館は送ることになる。同時にパーパルディア皇国側に対しての内部工作も開始するのである。
(続く)