第三文明圏と第一文明圏の間には珊瑚礁から出来た無数の島々がある。その名をオラパ諸島。100年程前に神聖ミリシアル帝国の商船が発見し、現地人の言葉からオラパ諸島と名付けられた。かつては神聖ミリシアル帝国、ムー、パーパルディア皇国の3か国が領有権を主張する島々であったが、パーパルディア皇国がいち早くオラパ諸島に行政府を設置。上陸は神聖ミリシアル帝国が先であったものの、先に行政府を設置したのはパーパルディア皇国であったことから、神聖ミリシアルとムーは領有権の主張を放棄。そもそもめぼしい産業が水産資源ぐらいしかなかったこともあり、両国は採算が合わないと判断したのも理由の一つであった。こうしてパーパルディア皇国は第一文明圏に繋がる足掛かりを得たものの、やはりまともな産業がないこと、本国から遠く離れ過ぎていることから最低限の職員を配置する以外に投資は行われず、配置される職員も半ば左遷であったことから赤字垂れ流しの経営を強いられる島々であった。官僚らは神聖ミリシアル帝国への売却を提案していたが、皇帝ルディアスのパーパルディア皇国による世界統一構想の第一歩として維持していた。そんなオラパ諸島に海上自衛隊の練習艦「かしま」、「しまかぜ」が別働隊として、戦後処理の際に日本がこの島々を獲得する為に派遣されていた。
オラパ諸島南東30キロ海上
練習艦「かしま」
「まさかなあ・・・・練習艦隊を実戦投入するとは・・・・なんでもって俺が指揮しなきゃいけないんだよ・・・」
練習艦隊の指揮を執ることになった練習艦「かしま」艦長、羽田弘一佐は艦長室でそうぼやいた。
「仕方ねえだろってンだ。一番近くにいるのが俺達なンだからさ」
副艦長にして羽田一佐の友人、栄彰一佐が諦めなと言わんばかりに諭す。彼らは互いに、「アキラ」、「ヒロシ」と呼び合う仲である。
「だってさあ~アキラ、俺達はあくまで練習艦隊なんだぜ? 乗員もまだまだ若い子達ばかりで実戦経験は皆無だし、そもそも武装なんてミサイルなし、主砲と12.7mm機関銃しかない貧弱艦だし、もし前大戦の戦闘艦が現れたら終わりだぜ?」
「おいおい、ヒロシらしくねえな? 新兵は実戦で初めて一人前になるンだ。ならいい機会じゃねえのか?」
「絶対それお前の師匠の受け売りじゃねえかよ・・・」
「とにもかくにも、生かすも殺すもヒロシの腕にかかってるってもンだ。期待しているぜ! 親友!!」
「変にカッコつけんなよアキラ・・・あとその「ん」が「ン」ってなる話し方もどうにかなねえのかよ」
「ンなこと言われてもなあ・・・これも師匠からの受け売りってもンだしな」
コンコン!
「入りな」
「おいアキラ、それは俺の台詞だろ」
「失礼します!!」
訓練中の若き自衛官が入室し、ビシッ!と敬礼する。
「どうしたンだ?」
「完全に無視かよ・・・まあ、何時も通りだけどさ」
「羽田艦長、栄副艦長。至急CICまで御越しください」
「・・・・どうやらここでは話せないような緊急事態のようだな?」
「・・・・嫌な予感しかしない・・・・」
二人はそのままCICに移動する。そこには多数の若き自衛官達が待機しており、ヒロシとアキラが入室すると一斉に敬礼する。
「それじゃあ早速だけど、状況を報告してくれないかな?」
ヒロシが着席すると、報告を促す。
「ははっ! レーダーで監視中に多数の水上艦艇を確認したのであります!!」
「水上艦艇? オラパに多数の?」
「確認なンだが、事前情報にはなかったよな?」
「はい! 故に対応について御判断を仰ぎたいと思い、御呼び致しました!!」
「・・・・どれどれ」
アキラがレーダー画面を確認する。そこには約10隻の国籍不明船舶の姿が映し出されていた。
「ン? 隊列が乱れてないか?」
「え?!」
アキラが指摘した次の瞬間、レーダー画面から1隻の船舶の反応が消えた。
「・・・・ヒロシ、どうやら厄介事みたいだな」
「副艦長?! 厄介事とは!?」
「おそらくなンだが、今反応が消えたのは砲撃を受け、撃沈されたからだろう」
「ええ!?」
「オラパはパーパルディア皇国唯一の第一文明圏内の領土。その皇国は今や我が国とイギリスにより瀕死の病人だ。どこかの国が火事場泥棒をしに来て、これに気付いた皇国側が出せる艦艇をかき集めて海戦が始まった、というところじゃねえか?」
「よくそんな妄想が出来るよなあアキラ・・・ただ、お前の妄想が外れた試しがないんだよなあ・・・・」
呆れ顔のヒロシは艦内全体に指示を飛ばす。
「此方、練習艦かしま艦長の羽田だ。本艦のレーダーが敵国と思わしき艦影を捉えた。万が一に備え、総員第一種戦闘配置を発令する!! これは演習ではない!! 繰り返す!! これは演習ではない!! 総員、これまでの訓練の成果を出すことを期待する!! 以上!!」
練習艦「かしま」から出された第一種戦闘配置を受け、艦内では自衛官達が慌ただしく動き始める。同行する練習艦「しまかぜ」と共に、主砲に実弾を装填し、艦内に搭載している不審船対策用の12.7mm機関銃が取り出され、見張り員が増強される。練習艦隊は海戦が起きていると思われる海域に移動を開始。同時にカメラも作動させ、状況把握に勤める。そして、現場海域に到着した時、その場で起きていた惨状に皆は声を喪うことになる。
「・・・・え? ええ??」
「・・・・おいおい、マジなンかよ・・・・」
メスマン帝国海軍オラパ諸島攻略部隊
戦列艦「タンイスブール」
「パーパルディア皇国海軍、残り1隻です!!」
「よおし! このまま数の差で押しきるぞ!! 敵にワイバーンはいない! ワイバーンがいないのなら、我々の敵ではないわ!!」
パーパルディア皇国が日英両国により瀕死の病人と化している中、火事場泥棒するべく宣戦布告したメスマン帝国は隣接している皇国属領メルアニアと皇国唯一の第一文明圏領土オラパ諸島に侵攻。パーパルディア皇国側の防衛部隊が戦列艦3隻に対して、戦列艦20隻という過剰戦力を差し向けた。艦や兵の質は皇国が上回っていたものの、圧倒的な戦力差を前に皇国オラパ防衛部隊は集中砲火を浴びせられ既に2隻が撃沈されていた。対するメスマン帝国側の損害は2隻撃沈、1隻が大破、1隻が小破である。
「海上に漂流する敵兵多数!!」
「可哀想だな。楽にしてやれ!!」
メスマン帝国海軍はこれまでの恨みを晴らさんと、撃沈した艦から脱出した救命艇や漂流者に対して銃撃を開始した。
「ギャハハハ!!」
「今までの恨みだ!!」
「利息をつけて返してやるよ!!」
甲板に上がった水兵達は笑いながらパーパルディア皇国兵を血祭りにあげていく。
「謎の大型船が接近! その数2! 灰色の船!!」
見張り員から報告が入る。マスケット銃を持っていた兵士達は接近する「かしま」と「しまかぜ」のあまりにも巨大な姿にあっけにとられる。
「な、なんだあ? あれは?」
「でかい!!」
「一体どこの国だ?!」
次の瞬間、先頭を進む大型船からとてつもなく大きな声が響く。
「我々は日本国海上自衛隊練習艦隊である。メスマン帝国海軍に告ぐ。撃沈した艦より脱出し、海上を漂流している兵士に対する不必要な攻撃はジュネーブ条約違反であり、断固として容認することは出来ない!! 直ちに不必要な攻撃を中止せよ!!」
戦列艦「タンイスブール」艦橋
「なに?! 日本艦隊だと!?」
「はい! 日本艦隊はジュネーブ条約違反であるとして、我が国に対して海上を漂流するパーパルディア皇国兵に対する攻撃を中止するよう要求しています!!」
「ジュネーブ条約? 知っている者はいるか?」
艦長の問いに答えられる者はいない。ただ、確実に分かることがある。
「艦長、ジュネーブ条約について知っている者はいないかと。ですが、日本を敵に回してはなりませぬ!!」
「自分も同意見です。自分はムーに派遣されたことがありますが、あそこまで洗練された艦を見たことがありませぬ!!」
「それに、日本を敵に回すことは同時に第三文明圏の新たな盟主になろうとしているグレートブリテン及び北アイルランド連合王国を敵に回すことにもなりまする!!」
「自分は外務省に知り合いがおりますが、知り合いによれば彼の国はコア魔法を所有しているとも・・・さらには実際に使用したとも・・・・」
「日本もコア魔法を保有するべく、近々グラメウス大陸で日英合同による実験を行うという噂も・・・」
部下達は口々に日本の強さを訴える。
「・・・・諸君らと私も同意見だ。確かに我が国はジュネーブ条約を・・・」
「せ、戦列艦コンスタンティノーブルが日本艦隊に向け発砲!!」
「なんだと?! 馬鹿な真似を!! 直ちにやめさせろ!!」
戦列艦「コンスタンティノーブル」
「ジュネーブ条約だか、日本艦隊だか知らねえが、我が国に・・・・聡明なるスルテンの命に反することは出来ねえ!!」
「ここで沈めてしまえばよいだけのこと!! うてー!!」
一斉に練習艦「かしま」目掛けて砲撃を開始。しかしあまりにも巨大な姿からか、目測を誤り砲弾は「かしま」の遥か手前に着弾する。
練習艦「かしま」
「あ! 砲撃してきやがった!!」
「ヒロシ、これは立派なメスマン帝国海軍による我が艦隊に対する武力行使だ。正当防衛射撃を行うべきだと思うが?」
「・・・・・」
悩む羽田艦長。本国からはあくまでオラパ諸島攻略を命じられたのであり、メスマン帝国と開戦して良いとは言われていない。
「・・・・・」
「・・・・・」
沈黙がCICを支配する。艦長と副艦長が互いに相手の顔を見つめ合い、訓練生達はそんな彼らの様子をじっと見つめる。同時に「しまかぜ」からも反撃の打診が届く。
「・・・・・仮に反撃すれば、メスマン帝国に赴任したアイツらを危険に晒すことになる・・・・」
「じゃあ訓練生達を危険に晒してもよいンだな?」
「違う! そんなことはない!!」
「覚悟を決めなヒロシ。本国に連絡する暇はないンだ。今、生きるか死ぬかを決められるのは艦長であり、実質的な最高司令官であるお前なンだ」
更に栄副艦長は畳み掛ける。
「もしお前に無理なンだと言うなら、俺が指示を出してやるよ。お前ら、艦長は急病につき指揮を執れる状況じゃない。医務室に連れていってやりな」
「・・・・・」
羽田艦長は周りの訓練生に連れられ、CICを後にする。
「・・・・栄副艦長、宜しかったので?」
「いいンだ。ヒロシは優秀な艦長だが、イレギュラーの対応が昔から苦手なンだ。いつも俺か外務省に行ったアイツらが尻拭いしているンだがな。やれやれ・・・また俺がいないと駄目なンだな」
「そうなんですか」
「さて、そんなことよりも我が艦隊に対する脅威を取り除く。先ほどからドンパチうるせえあの艦を黙らせるぞ。76mm砲を向けろ」
「かしま」は主砲の76mm単装速射砲を「コンスタンティノーブル」に向ける。
「いいか? 一発で当てろよ。訓練通りにやればよい。我が艦からしたら敵は静止目標だ。落ち着いて狙え」
「は、はい!!」
「砲撃前に警告を行う。指示があるまでは撃つなよ?」
「了解!!」
栄副艦長は「コンスタンティノーブル」に対して警告を実施する。
「此方は日本艦隊練習艦「かしま」である! 直ちに本艦に対する砲撃及び海上漂流者への銃撃を中止せよ!! 中止しない場合、本艦は武力を以てこれを阻止する!!」
しかし、「コンスタンティノーブル」は無視して砲撃を継続する。
「よし、撃て!!」
「うちーかたー、はじめ!!」
「かしま」の主砲が遂に火を吹く。砲弾は「コンスタンティノーブル」に着弾。火薬庫に引火した影響で一瞬にして轟沈した。
「さて、どう出るンかな?」
戦列艦「タンイスブール」
「・・・・なんて威力! なんて正確無比な砲撃なんだ!!」
艦長は「かしま」の砲撃精度の高さと砲弾の威力に驚く。
「もしあれが本艦に向けられていたら・・・・いかん!! 攻撃を中止!! 直ちにやめさせろ! やめさせるんだ!!」
「艦長! 他の戦列艦が日本艦隊に向けて発砲を開始しました!!」
「はあ?! ふざけてんのか?! 死にたいのかあいつらは!? 本艦は現場海域を離脱する!! スルテンに対する状況報告の為にな!!」
「了解しました!」
「いいか!! 絶対に撃つなよ!! 甲板の兵士も下げさせろ!!」
戦列艦「タンイスブール」は危機を察知し、全速力で撤退を開始。残りの戦列艦は「かしま」と「しまかぜ」を撃沈せんと、砲弾を四方八方にばらまきはじめる。
練習艦「かしま」
「1隻は離脱する模様ですが、他の艦は此方に向かってきます」
「パーパルディア皇国の艦は炎上。漂流している模様です」
「そうかあ・・・・じゃあ射撃演習の良い的になるンだよなあ・・・実弾を用いた射撃演習を開始する!! 「しまかぜ」と連携し、敵艦隊を排除する!! ただし、撤退中の1隻は見逃してやれ!! いいな!! 日頃の訓練の成果をみせてやれ!!」
「かしま」と「しまかぜ」は敵となったメスマン帝国海軍を排除するべく、砲撃を開始した。圧倒的射程圏外からの一方的な砲撃は完全なる射撃演習であり、勝利は確実であった。違いがあるとすれば、人が死ぬか、死なないかである。
「敵艦隊全滅!!」
「やったあ! 勝ったんだ!!」
「浮かれるな馬鹿共が!!」
圧倒的勝利に緩む艦内に一喝する栄副艦長。
「これより本艦は海上を漂う漂流者を救助する。内火艇を出す準備をしろ。また、抵抗してきた場合に備え機関銃に人員を配置しろ!!」
「ははっ!!」
「それと、「しまかぜ」は炎上しているパーパルディア皇国の艦に向かい、降伏勧告と共に救助を行え」
「承知しました!」
「俺はヒロシに渇を入れてくる。後は任せたぞ」
その後、「かしま」と「しまかぜ」は国際救助信号旗を掲揚。パーパルディア皇国兵とメスマン帝国兵の救助を開始した。炎上しているパーパルディア皇国の戦列艦は「しまかぜ」の降伏勧告を受け入れ、艦長以下乗員の移乗を開始。移乗完了後に「しまかぜ」により撃沈処分された。最終的には1000人の漂流者を救助した練習艦隊は降伏したパーパルディア皇国海軍の道案内により、オラパ諸島の中心地ロコール島に入港。パーパルディア皇国オラパ諸島行政区は日本の練習艦隊に降伏。救助した負傷者は上陸後、練習艦隊が搭載していた物に加え、ニュー・ホンコンを経由して飛来したUS-2救難飛行艇が輸送した物資で治療。重傷者は折り返す同飛行艇で病院に送られる処置が取られた。一方で、練習艦隊が第三国の艦艇と軍事衝突したことは本国で問題となった。特に異世界転移に伴い完全に勢いを失っていた極左政党は今回の軍事衝突を、
「日本政府とイギリス政府による異世界侵略の一環である!!」
と激しく非難。首相官邸前では内閣の退陣と関係者の処分を要求してデモが実施された。しかし、肝心の参加者数は主催者発表10万人、警察発表2000人と寂しいものであり、更にはメスマン帝国海軍がジュネーブ条約違反をしていた(尤も、メスマン帝国は同条約を批准していない)こともあり、大多数の国民の関心を得ることは出来なかったという。またイギリス政府が今回の軍事衝突に関して、
「我が国でも同じ対応をしただろう。違う点は警告をするかしないか、撃たれる前に撃つかだ」
と、むしろ日本の対応は優しすぎる、温すぎるとのメッセージを出して日本を擁護。裏ではオラパ諸島は日本が統治すること、日本の新たな領土に設置する軍事基地を日英共同使用とすることで合意しており、非難する理由がなかったのであるが。そんな中、メスマン帝国では・・・
メスマン帝国首都アンコラ
在メスマン帝国日本大使館
「ふ~ん」
メスマン帝国の首都アンコラに置かれた日本大使館では、日本の練習艦隊がメスマン帝国海軍を壊滅させたという内容の新聞記事が一面で掲載された新聞を読んでいる女性官僚の姿があった。彼女は根布昭子。仲間内からは「アキコ」と呼ばれている外務省の官僚であり、出世コースに上手く乗っている女である。
「ふ~ん、じゃないだろ!!」
そんな彼女に不満をぶつけるのは駐メスマン帝国日本大使を勤める大川真。仲間内では「シン」と呼ばれている男性である。アキコの同期であるが、強気な性格やデリカシーの欠片もない発言から出世コースを外れてしまった男である。ちなみに、アキコに対して無意識に恋愛的感情を抱いている。
「落ち着きなよシン。ここで騒いだところで意味ないじゃない」
「第一!! お前が大使で、僕が部下みたいな態度止めろよ!!」
「でも外務省のお偉いさんはそうしたかったんだけどね」
当初日本国外務省は将来の出世を見越して、アキコをメスマン帝国の大使に任命する予定だった。ところがメスマン帝国側から、
「例え外国の大使であろうとも、要職に着けるのは男性のみである」
として、女性の大使や領事、更には武官も認めないと通告して来たのである。困り果てた外務省は苦肉の策として、彼女の同期であるシンを表向きの大使とし、アキコを彼の補佐役という裏の大使とすることにした。シン自身他国の大使を経験したかったことや、どこかアキコに負けたくないという自尊心もあり、今回の話を受け入れたのである。
「とにかく! 大使は僕だ!! メスマン帝国の奴らが言ってきそうな事に対する対策を考えるぞ!!」
「そんな暇があれば、だけどね」
「大川大使! メスマン帝国外務省から出頭命令です!!」
血相を変えた大使館職員が入室する。
「もう来たのか・・・仕方ない。メスマン帝国外務省に向かう。公用車を出せ!!」
「ははっ!」
「アキコはここに残れ!! 大使は僕だ!! いつまでも君に負けたくないし、そもそも御呼びではないからな!!」
「勝てたことないくせに・・・あと少しは相手を待たせて交渉を・・・」
「うるさいうるさい!! とにもかくにも留守番だ! 良いな!!」
その後、シンを乗せた公用車が大使館を出発する。
「・・・・根布補佐役、大川大使は大丈夫でしょうか?」
「流石に生きては帰って来るんじゃない? ただ、喧嘩別れして来そうだけど」
「そもそも本国からの指示はまだ出てないですしね・・・」
大使館職員と会話するアキコ。そんな中、本国からの指示を伝える通知書が電子送付されてくる。
「・・・・・ふ~ん」
興味なさそうにパソコンの電源を落としたアキコ。
「取り敢えず、シンが帰ってきてからが本番ね」
メスマン帝国外務省応接室
「まさかスルテン自らが参加とは・・・」
応接室に通された日本大使館一向は待ち構えていたのがメスマン帝国外務相だけでなかったことに驚く。外務相の隣にはメスマン帝国最高指導者スルテンであるメトメフ6世の姿があったからである。
「しかも報道陣を応接室に・・・か。更には椅子さえなし・・・やれやれ、この僕を見世物にするつもりか?」
既に若干キレ気味の大川大使に周囲の関係者はヒヤヒヤしている。同時に根布補佐役なら上手くかわしたのだろうとも思った。
「さて、どうやら君達は僕を見世物にしたいらしいな? 身の程知らずにも程がある!!」
一国の大使が他国の国家元首や国務大臣に対して明らかに無礼な物言い。本音を上手く隠せないシンの性格が出てしまう。
「フン! どちらが身の程知らずなのか・・・まあ良い。聡明なるスルテンは貴様らの発言を御許しになるそうだ。そしてスルテンの命を心して聞くがよい」
外務相がそう言うと、待っていましたと言わんばかりにメトメフ6世は日本の外交官らを睨み付けながら詔書を読み上げる。同時に周囲の職員が大川大使に詔書のコピーを手渡す。そこに書かれていたのは、
・日本国は先のオラパ諸島における軍事衝突の責任を全面的に認め、国家元首である天皇の名でスルテンに謝罪すること
・日本国は先のオラパ諸島における軍事衝突の責任者をメスマン帝国に引き渡すこと
・日本国は遺族に対して、一人当たり2000万ラリを支払うこと
・日本国はメスマン帝国が占領したパーパルディア皇国の領土を正式にメスマン帝国領として認めること
・日本国はオラパ諸島の主権をメスマン帝国に引き渡すこと
・日本国は先のオラパ諸島における軍事衝突の責任として、次期天皇一家をアンコラに移住させること
・日本国は・・・
「・・・・てめえ、死にてえのか?」
詔書にはまだ続きがあったが、途中でシンが破り、くしゃくしゃに丸めてメトメフ6世に投げつけた。スルテンに怪我はなかったが、一国の大使の突然の奇行にメスマン帝国側は驚いた。一部の記者はその様子を撮影する。
「貴様あ! 聡明なるスルテンに対してなんだそれは!!」
「スルテンだがトコロテンだか知らねえが、我が国がお前ら後進国の命令に、しかも明らかな従属要求に従う訳ないだろうが!! なんだ? この次期天皇一家を移住? 明らかな人質要求な上に戦争したいって言ってるようなものだ!! 今は確かにパーパルディア皇国戦中だが、このままなら終戦後にはお前らが消し炭になる番だ! 何ならアンコラを核実験の会場にしてやる!! それに、軍事衝突の責任者を引き渡す? 僕の親友とその友人を引き渡すことなんて出来るものか!!」
ヒロシ、アキコ、アキラ、シンの4人は同級生であり、小学校中学校では同じ学校に通学していた。シンは転校生だったが、そんな彼を温かく仲間として出迎えてくれたのがヒロシとアキコだった。中学校卒業後はヒロシとアキラは海上自衛隊、アキコとシンは外務省に就職する為に別々の高校に行ったが、彼らの友情はまだ切れていない。シンが一番激怒したのは、親友を犯罪者として引き渡せという命令の部分であった。尤も、今回の対応としては0点だが。
「帰るぞ! こんな蛮族の話なんぞ聞けるものか!!」
シンは近くにあったゴミ箱を思い切り蹴飛ばした後に執務室を後にした。メスマン帝国側はシンの暴れぶりにただただ呆気に取られ、そのまま見送ることしか出来なかった。シンは公用車で大使館に帰還すると、アキコに外務省での出来事を愚痴った。
在メスマン帝国日本大使館
「・・・ということがあったんだ」
「あったんだ、じゃないでしょ。外交官としてあり得ない対応なんだけど? ここは日本大使館であって、英国大使館じゃないんだけど? アルタラス王国にいる某大使ならわざと怒らせて戦争の口実を作るためにやるだろうけど」
「だってさ、僕達の親友を引き渡せなんて言われて黙っていられないだろ?」
「だったらなんで結論を先延ばしにするとかさ、頭使わないのよ。善処しますとか、検討に検討を重ねるとか。そんな感じの指示が来てたんだけど?」
「そんな小難しいことが僕に出来るか!! 分かるだろ!!」
「だから大使になれないのよあんた・・・」
「あと大使の椅子に堂々と座るな!! それは僕の椅子だ!! どかないならアキコの膝に座ってやる!!」
「ちょ、おま!! シン?!」
日本大使館でそんな会話が繰り広げられる一方、メスマン帝国側はお通夜のような状態であった。
メスマン帝国外務省
「日本が我が国の提案をまともに読まずに破り捨てたということは、我が国と交渉する気はないということなのでは?」
「外交って、まずは互いに無理難題を吹っ掛けて、そこから落としどころを探すもんだしな・・・・」
「日本はイギリスと同盟を組んでいる。まさかイギリスの要請が日本側に入っているのではないか?!」
「日本を介してイギリスが我が国に宣戦布告するつもりなのでは?!」
「だとしたら不味いぞ!! 武力衝突ってレベルじゃすまないぞ!!」
「核実験とやらを本気でやるかもしれん!!」
てんやわんやのメスマン帝国外務省。日本側の大使の暴走を日本が本気で怒っている、戦争するつもりなのだと勘違い。また日本の大使の激昂ぶりに周囲には冷静を装うメトメフ6世も内心慌てていた。
(・・・・どうやら日本には我々の常識が通用しないらしい・・・何とかしなくては・・・・このままでは我が国は滅亡してしまうぞ・・・・)
その後メスマン帝国側からは何の要請も要求も届かずむしろ、
先の詔書の内容を全て取り消すし、ジュネーブ条約違反も謝罪してオラパ諸島も日本に譲るから全て赦してクレメンス!! 賠償金も支払うから勘弁してクレメンス!!
という内容のスルテン直筆の外交文書が届けられ、大使館は元より日本政府が困惑する事態となるのである。その後日本国とメスマン帝国の間で先のオラパ諸島での衝突に加え、メルアニアでの避難民救出妨害に関する外交的決着がなされ、両国関係は平穏なものに戻ることになる。ただし、メスマン帝国がイギリスを敵に回すまでの間ではあるが。
駐メスマン帝国日本大使館
「見たかいアキコ? やっぱり僕の対応は正しかったんだ! これで少しは僕のことを見直してくれるかい?」
「絶対次の人事であんた左遷だよ」
「はあ?! 僕のおかげで解決したんだ! 見たまえこの新聞の一面を! 友の為に怒る僕の勇姿が捉えられているじゃないか!!」
「・・・・なんでこんなヤツが外務省に入れたんだろう・・・・」
自慢気に新聞記事を保存するシンを横目に呆れながら本国への報告書を作るアキコなのであった。
「・・・・・今頃ヒロシはまたアキラを困らせてるのかしらねえ?」
「ヒロシ? ヒロシならオラパ諸島臨時総督として軍政を取り仕切っていると聞いたぞ?」
「政治のセンスがあるようには思えないんだけどね・・・」
「まあ、アキラが何とかするから大丈夫だろう!! それよりこの記事を見るがいい! 僕がゴミ箱を蹴飛ばした瞬間だ! よく撮っていたものだ!!」
「マジでしばきたい・・・・オラパ諸島に飛ばすか」
「とにかく! 僕は日本国の大使なんだ!! 駐メスマン帝国日本大使館では一番偉いんだ!!」
「・・・・私の周りにはまともな男がいないのは変わらないのね・・・」
(続く)