パーパルディア皇国皇都エストシラント
パラディス城監獄
この地に足をつけるのは、何カ月ぶりだろうか……数カ月ぶりに、皇都の地を踏むスーツ姿の男たち、日本国は皇国からレミールを回収し、中継地となるイギリス領ニュー・ホンコンまで護送する為に使節団を派遣していた。イギリスが戦争中も大使館を残していたのに対して、日本は大使館から全ての人員を下げていた。その中にはかつて駐パーパルディア皇国大使であった朝田大使の姿もある。レミールの身代わりを立てられぬように、そしてグローリア大使が解任された為、直接面談した朝田大使が確認作業を行うこととなっていた。朝田大使は、同行していた日本の警察官や英国軍兵士らと共に、皇国の特別刑務所に案内される。湿った階段を朝田は降りていく。静かな廊下に靴音が不気味に響き渡る。やがて牢屋の前に達する。牢屋は堅牢な鉄で出来ており、床は石畳となっているが、ベッド等の就寝用器具は十分にある。その中で女が1名、朝田大使をにらみつける。朝田は女を一見し、警察官や英国軍兵士に伝える。
「この女で間違いありません」
圧倒的優位にある朝田、無様な姿をさらけ出すレミール。
「・・・・あの女はいないのか?」
「・・・・貴女のせいで・・・・ね」
「・・・・・・・」
暫しの沈黙。当初は英国のグローリア大使も来る予定であったが、オーストラリア人殺害によりオーストラリア連邦警察局から逮捕状が出されたこともあり、現在護衛艦「かが」に幽閉されている。日英は本日中にも身柄をオーストラリア側に引き渡す予定である。
「さてさて、お久しぶりです。皇国との本格的戦争前・・・・以来ですね。レミールさん」
レミールは外務省の朝田から目を背け、うつむく。
「・・・・無様だな。」
あまりにも無様な姿、しかしその現実を言葉に出し、指摘された事によって、皇族として生きてきたレミールのプライドに怒りの炎を灯す。
「こんな事が許されるとでも? 列強たるパーパルディア皇国の、しかも皇族を捕らえるなど・・・・こんな事が許されるとでも?」
自分が圧倒的に不利な現状にある事は十分に理解している。しかし、彼女のプライドがそれを許す事が出来ずに、精一杯の虚勢を張る。レミールはつづける。
「お前たちは文明圏外にある国だ。列強国が蛮族をいくら殺そうが・・・・そんな事で、列強の皇族たる私をこんな目にあわす事なんて、許される事ではないぞ!!」
朝田の顔に怒りがこもる。周囲にいる英国軍兵士は静かにレミールに銃口を向ける。
「やはり・・・・私から見れば、あなたは野蛮人だ。愚かな野蛮人だ!!」
「ぐっ!!!」
レミールは怒りのあまり、顔がゆがむ。
「私は皇族だ!! 私が死刑を命じたのは・・・死んだのは平民だろう!! それともイギリスの領事が貴族だったのか!!」
「ホップ領事のことか? 彼は平民だし、平民だから何だ!? だから罪が許されるとでも思っているのか?他国の平民は、心が無い「物」とでも思っているのか? 全員に家族がいるのだ!!! お前の行為によって、泣いた人がいくらいると思っている!!! 人生が大きく狂わされた人が・・・どれだけいると思っているのだ!!!」
朝田大使の脳裏にはかつてのグローリア大使の顔が過る。共にエストシラントに赴任し、幸せそうにホップ領事との婚約指輪を見せてきた大使の笑顔が。今となっては完全に過去。彼女はもう既に復讐心を狂気的に滾らせ、同盟国の民を殺めてしまった犯罪者である。
「貴様はすべての人間が、ただ漫然と何もしないで育ってきたとでも思っているのか? 人間はな、愛情が無ければ育たないんだよ!!! お前が簡単に消した命はな、すべて赤ちゃんの頃から、親の大きな愛を受け、様々な人たちの愛情と支援を受けて育ってきた大切な命なんだよ!! それを、もてあそぶかのようなやり方で、簡単に殺しやがって!!」
周囲の警察官や英国軍兵士も頷く。
「しかも、反省するならまだしも、よくもそんな事が言えたものだな。貴様は幸運だ。もしグローリア大使を誰も止められなければ確実に死んでいたからな!!」
沈黙。レミールは押し黙る。
「う、ううっ!! うううっ!!」
すすり泣きを始めるレミール。会話が終わったころを見計らい、警察官の男が命じる。
「つれていけ!!!」
皇族レミールは、日本国の警察機構に身柄を拘束された。
エストシラント港
日本国海上自衛隊護衛艦「かが」独房
「・・・・・ここか」
マサーヤンとの会談を終えたハルト大使はアオイ総督やオーストラリア連邦警察局の職員と共に護衛艦「かが」に移動していた。
「久しぶりですね、グローリア元大使殿」
「貴様・・・・・!!」
独房の奥からハルトを睨み付けてくるグローリア。余裕綽々のハルトと復讐心を滾らすグローリア。ハルトは海上自衛隊の隊員に彼女を独房から出すように求める。
「ハルト!! 貴様あああ!! このスコットランドのクソ貴族がああ!!」
彼を殺してやると言わんばかりに飛びかかってくるグローリア。しかし、脇を固めていたアオイ総督に組伏せられる。
「誰がスコットランドのクソ貴族だって? クソ貴族の妹に組伏せられてるじゃないか。イングランドの平民さん?」
「おのれぇー!!」
「やれやれ・・・・アオイ、解いてあげて」
アオイがグローリアを解放する。すると彼女は直ぐにハルトに殴りかかる。
「貴様のせいで!! 貴様のせいでホップは!!」
「逆恨みもさ」
ハルトはグローリアの拳をかわすと、思い切り脚を蹴飛ばした。
「大概にしなよ」
「ぐっ!!」
思い切り脚を蹴られたグローリアはその場で倒れてしまう。アオイが直ぐにハルトの前に立つ。
「僕が彼を殺したのか? 違うだろ? 君は私怨をレミールやルディアスを個人的に殺めることで晴らそうとした。違うか?」
「だからなんだ!! 国民は皆、それを望んでいる!!」
「そうかな? 国民は無関心だと思うけど?」
「なにぃ?!」
「確かにあの処刑は酷かった。あれで国民は戦争を決意した。だけど、一週間も経てばほとんどの国民はレミールやルディアスに関心はなかった。勝って当たり前。約束された勝利。大多数の国民は目の前の暮らしにしか関心がない。ナチスドイツによる侵略、バトルオブブリテンとは違うのだよ!!」
事実、処刑直後の英国国民の怒りは尋常ではなかった。パーパルディア皇国旗を焼き払い、ルディアスやレミールの写真を加工しチョビヒゲを足したり、ユニオンジャックを振り回したりと復讐心を滾らせていた。しかし、日英軍の連戦連勝が伝えられると途端に関心を喪ってしまった。国民の関心は戦争から物価高に移り、紅茶の値段を気にする日々に戻ってしまったのである。
「さて、君は身勝手にも大使館防衛部隊を振り回し、更にはオーストラリアの民を殺害した。オーストラリア連邦警察局から逮捕状が出ている。外交官特権もない。君はもうイングランドに帰れるかはわからない。最後に言い残すことはあるか?」
「・・・・・私の婚約者の為に立派な墓を建立して欲しい。それだけよ」
「約束しよう。さてオーストラリア連邦警察局の皆さん、あとはお願いいたします」
こうしてグローリアはオーストラリア連邦警察局に拘束され、オーストラリア海軍のフリゲート艦スチュアートに移送された。オーストラリアでは死刑が廃止されていること、状況を鑑みて無期懲役を課され、後に英国国王の代替わりに伴う恩赦で出所。帰国後はハルトとアオイが身元保証人となりスコットランドに移住。彼らの支援を受け、生涯を愛する婚約者の菩提を弔うことに捧げたという。
パーパルディア皇国日英軍占領下
旧皇国軍陸軍基地跡地の特設飛行場
いったい何が間違っていたのか。レミールは何度も自分がした事を思い返す。恐怖という絶対服従の支配力をもって、敵国を支配する方法の1つとして、レミールが行った虐殺という方法は、今まで何度も皇国が他国に対して行った方法だった。南の文明圏外の島国、バルーサを支配した時も町の1つを落とし、数百名を処分した。やり方は一見ひどいが、結果としてこの国はすぐに降伏し、たったの数百名の血で済んだのだ。もしもこれが、バルーサに対し通常の戦闘をしかけた場合、被害は必ず万の単位を超える。私の慈悲で、万の単位の民を救ったに過ぎない。日本人やイギリス人に対しても同様の事を行ったにすぎない。しかし、結果日英は激高し、皇国が74個に分裂するほどの被害を受けてしまった。間もなく私は日本に搬送される。世界の東にある第3文明圏、その中でも最も優雅に栄えた町、この美しき第3文明圏唯一の列強国、パーパルディア皇国の首都、皇都エストシラントの地はもう2度と踏めぬだろう。レミールの目に涙が浮かぶ。日本の警察官に身柄を確保されたレミールは、日本人と共にかつて皇国陸軍が使用していた飛行場に着き、巨大な鉄の箱に乗り込む。そして準備が整い、離陸を開始する。
「速い!!」
彼女の知りうるどのワイバーンよりも速く、鉄竜はあっという間にエストシラント上空を飛行。経由地であるニュー・ホンコンに向け移動を開始する。彼女は窓から外をずっと見続けていた。
「乗り換えだ。降りろ!!」
気が付けばニュー・ホンコンに着いたようだ。彼女の常識ではエストシラントからニュー・ホンコンは最低でも1日はかかる。にも関わらず日英は数時間で辿り着いてみせた。更に経由地のニュー・ホンコンでは見たことのない程巨大な鉄竜や矢じりのような鉄竜が駐機している。
「・・・・コンホンでさえこのレベル・・・一体日本本土はどうなっているというのか・・・・」
その後、彼女は待機していた日本の政府専用機に乗り換えて移送されることになった。皇帝ルディアスはカナダに送られるらしく、ここでレミールはルディアスとは永遠の別れとなるのである。
イギリス領ニュー・ホンコン
ニュー・ホンコン総督府
「帰ってきたばかりなのに客人? 一体誰なんだ?」
英国帰国の為に総督府に寄ったハルトだったが、総督府の職員から客人が来ていると言われ怪訝な顔をした。
「客人ねえ・・・・・誰なのさ?」
「日本のミス・ネブとのことですが、ご存知でしょうか? 彼女は大使のご学友だと・・・」
「・・・・ケンブリッジ大学に来ていた日本人留学生か! 確か外交官になっていたな! 直ぐに会おう!!」
「いやいや、久しぶりだねアキコ。ケンブリッジ大学では世話になったよ!」
「あの時はうちの連れが迷惑をかけたわね」
「はあ? 僕が迷惑をかけられたんだけど? この男に何度嫌みを言われ、何度笑い者にされ、何度怒りを抱いたことか!!」
「・・・・シンは黙ってて」
「あははは!! アキコとシンは相変わらずの関係性だな!! さて、まさか思い出話をしに来ただけではないよね?」
先ほどまでの和やかな雰囲気は一変。急に外交官モードに入る。ちなみにこの日の会話は全て英語で行われており、議事録に日本語は登場しない。
「勿論。さて、ハルト・スカーレット・アーサー・ハミルトン。貴方はパーパルディア皇国をどうするべきだと考える?」
「・・・・・それは英国大使としてか? それとも僕自身としてか?」
「貴方の判断に任せましょう」
アキコのあたかも試すかのような態度。臆することなくハルトは言葉を返す。
「君は昔からそうだ。敢えて具体的には言わない。言わないことで常に主導権を握り続ける怖い女だよ」
「それはどうも」
「さて、答えだけども・・・・」
互いに相手の目をじっと見つめる。シンは話に付いていけずに右往左往している?
「パーパルディア皇国を我々の同盟国にする。君はそう考えているんじゃないかい?」
「え?」
予想外の解答にシンは驚く。つい最近まで戦っていた国を同盟国に? しかも本国の人間達は賠償金を課し、軍備を制限し、反皇国連合とは友好関係を築き、皇国と敵対させ、交易も制限し、死なない程度に生かさず殺さず、国力をつけさせない。謂わば懲罰的な対応を考えている。にも関わらずアキコは?!
「アキコ!! どういうわけだ?!」
「・・・・流石はハミルトン公爵家の跡取り。貴方なら理解出来ると思っていたわ」
シンを無視してアキコは地図を広げる。
「シン、まずそもそも何故パーパルディア皇国が領土拡張を進めていたのか。ここを皆勘違いしているのよ」
「皇帝が覇権主義だからじゃないのか?」
「でも、どうして覇権主義的政策を取らないといけないのか、何故国民はそれを支持しているのか、どうして歴代皇帝は皆領土拡張を進めたのか。それは?」
「え? ・・・う~ん・・・・そんな難しいことが分かるか!!」
「パーパルディア皇国の地理的脆弱性だな」
「流石はハミルトン。そう! パーパルディア皇国は建国以来ずっとその地理的脆弱性に悩まされ続けていたのよ。シンにはドイツを思い浮かべてみれば分かるわ」
「ドイツ?」
「ドイツは強すぎる国だった。しかし周囲をイギリス、フランス、ロシア、オーストリア=ハンガリーに囲まれ、更にはそれらの国々の侵略を防ぐ山や川がない。そうなるとドイツは強い軍隊を持つことで不安を払拭しようとする」
アキコはパーパルディア皇国をドイツに例えた。かつてのヨーロッパに存在していた難問、ドイツ問題である。
「だがそれは同時に周辺国を、特にフランスを大きく刺激した。互いに互いを恐れ、フランス、イギリス、ロシアはドイツ統一を阻止しようとして普仏戦争に発展した。しかしフランスは敗れ、皇帝を生け捕りにされ、領土を奪われ、ベルサイユ宮殿でドイツ帝国成立の儀が執り行われた。フランスは強い憎しみを抱き、ドイツはフランスからの復讐を恐れた。暫くは凄腕の外交官ビスマルクが安定させていたけど、ビスマルクの後にビスマルクはいなかった。フランス、イギリス、ロシアは同盟を結び、最終的には第一次世界大戦に突入した。ドイツは2正面作戦を強いられた結果敗北した」
アキコは一呼吸おく。
「だけどドイツが敗北したのはアメリカが参戦したことによるもの。もしアメリカが参戦しなければ分からなかった。この強すぎる国をどうにかしようと、各国はドイツに懲罰的な制裁を課した。しかし、ドイツ問題は解決しなかった。そもそもドイツが強くなろうとするのは、いつ攻められるか分からないから。賠償金不払いを理由にルールを占領されたドイツは弱いからいけない、強くなくてはと不満を抱き、懲罰的措置はやがてナチスドイツを誕生させた」
アキコの話は続く。
「ナチスドイツはソ連と不可侵条約を交わして背後の安全を確保。フランスを瞬く間に降伏させた。だけどイギリスを倒せず、打開策としてソ連に侵攻したけど自ら2正面作戦に手を出して敗戦した」
「ドイツの歴史は分かったが、何故パーパルディア皇国に繋がるんだアキコ?」
「まあ、大学で地政学の単位を落としかけたシンには難し過ぎたかしらね。戦後発足したNATOとEU。これがドイツ問題を解決させたのよ」
「NATOとEUが? NATOはロシアからヨーロッパ諸国を守るため、EUは日米に経済的に対抗する為じゃないのか?」
「間違いではないけど、実際の目的は違うのよ」
「Keep the American in, the Russian out and the German down」
「That's right」
ハルトはシンに対してNATOの目的は、「ロシアを閉め出し、アメリカを引き込み、ドイツを抑える」と説明し、アキコは同意した。
「パーパルディア皇国は北にメスマン帝国とリーム王国、西にマール王国とパンドーラ大魔法公国、当時は東側には多数の中規模国家に囲まれていた。更にパーパルディア皇国にはドイツと同じように川や山のような天然の要害はない。結果、これらの国々から独立を守るために周辺国への遠征を繰り返したのよ」
「結果としてパーパルディア皇国は戦争に次ぐ戦争をしないと国を維持出来なくなった。仮に第三文明圏を統一しても、今度は海を挟んで神聖ミリシアル帝国が脅威になる。更にはグラメウス大陸のゴブリンやオーガも脅威。特にミリシアルやムーに先んじてオラパ諸島を手に入れたのは神聖ミリシアル帝国を怖れてのことだ」
シンは二人に付いていけずにちんぷんかんぷんという顔だ。
「日英が取るべき道はパーパルディア皇国に懲罰的措置を課すのではなく、パーパルディア皇国が必要最低限の軍事力のみで安心出来るように安全保障を担うこと。具体的には日英軍の駐留、周辺国との関係改善、経済連合の結成。NATOやEUをフィルアデス大陸に作るのよ」
「神聖ミリシアル帝国を閉め出し、日英を引き込み、パーパルディア皇国を抑える・・・・ということか?」
「そういうことよ、シン。よくできました!!」
その後、3人は連名でパーパルディア皇国に対する日英が取るべき道として、「ミリシアルを閉め出し、日英を引き込み、パーパルディアを抑える」と題した意見書を提出。地政学に基づいて書かれた本意見書は各国外務省で議論の的となり、日英の方針転換に繋がるのである。
「良かったわねシン。最後の最後で評価上がったじゃない」
「複雑だ・・・・」
この後二人はレミールをニュー・ホンコンまで護送して来た朝田大使から彼女の身柄を引き継ぎ、待機していた政府専用機で帰国することになる。一方、カナダ送りとなるルディアスは・・・・
ニュー・ホンコン総督府
玄関口
「・・・・・陛下・・・・!!」
嘉手納経由カナダ行きの輸送機の準備が整い、ルディアスが総督府から出される。皇帝の影武者マサーヤンは最後の別れをする為に皇帝を出迎えた。無論、周囲をイギリスやカナダの警察官や軍人が固めている。
「・・・・マサーヤン、苦労をかけたな」
「陛下・・・・陛下!!」
涙が止まらない影武者に皇帝は最後の命を下した。
「マサーヤン、たった今そなたの影武者としての任を解く。これからは自由に暮らすがよい。バイオレット総督、マサーヤンを頼みますぞ」
「かしこりました、皇帝陛下。パーパルディア皇国皇帝に敬礼!!」
その場にいる軍人が一斉に皇帝に敬礼する。これから死に向かう片道旅行。彼等が出来る最後の敬意であった。その後、カナダ空軍の輸送機に乗せられ、ルディアスは旅立つ。通る度に軍人に敬礼される。
「・・・・・不思議なものだ。これから死にに逝くというのに・・・心は晴れやかなのは・・・」
こうしてパーパルディア皇国皇帝ルディアスはカナダに向けて飛び立った。カナダ到着後はカナダ政府より住居を与えられ、死を待つ日々を送ることになる。尤も、レミールとは異なりルディアスは生涯を全うし、御年88歳の長寿で旅立ったのであるが。その間ずっとマサーヤンとは文通を交わし、時にはカナダ議会開会の為に降り立った英国国王夫妻と言葉を交わし、時にはカナダの先住民と交流を深める等、穏やかな日々を送った。その激動の生涯をまとめた自著「皇帝の生涯」はカナダでベストセラーとなり、全世界に出版されることになる。
イギリス領ニュー・ホンコン
ニュー・ホンコン国際空港
「では、ここからは我々が引き継ぎます」
「どうかお気をつけて」
アキコは朝田大使と仕事の引き継ぎを行っていた。その裏ではシンが彼女のスーツの裾を引っ張り自分のものであると、朝田大使にアピールしている。尤も、朝田大使には伝わっていないが。
「しかし、根布補佐役は近々根布領事ですか。出世街道を一直線。羨ましい限りです。神聖ミリシアル帝国赴任は中々出来ることではないですし、外務省の期待を背負っていますね」
「・・・・・そうなのですかね? 朝田大使、すみませんが私はそろそろ行かないと」
「では、私もこれで」
朝田大使らはエストシラントへ引き返す為にエストシラント行きの輸送機へ向かっていく。
「・・・・はあ、シンさあ・・・子供じゃないんだからさあ・・・」
「君は僕のアキコだろう! なんであんな男と!!」
「いや、そりゃ仕事だから。で、レミールはどうなの?」
「あの女か? さっき僕に対して、
『友達がいない愚かな蛮族、あの女(アキコ)がいなければ無職、蛮族の中の蛮族、あの女(アキコ)のおまけ、ゴミの擬人化』
って言ってきたからしばいたよ」
「事実陳列罪でしばかれたか~・・・・まあ、いいや。どうせ死刑以外の道はないし、シンはクビ・・・・じゃなくて自主退職だし」
「本当に君は僕を見捨てないんだろうな?!」
「逆に見捨てたら死ぬじゃん、あんた」
「ぐぬぬ・・・・ちなみに僕が外務省を辞めたら何をすれば良い?」
「野放しには出来ないし、神聖ミリシアル帝国の治安とか文化も分からないし、不安だから秘書兼護衛で傍にいて貰うつもりだけど?」
「そうそう! それが良い!!」
「・・・・・・・(シンに払う秘書代を経費に出来ないかしらねえ・・・)」
「ちなみに僕がしばいたレミールはそこでまだ倒れてるぞ」
「・・・・・・・ガッツリしばいたわね、あんた」
アキコの目の前にはシンにぼこぼこにされ、気絶しているレミールの姿があった。周囲の外務省や警察庁の職員はただ彼女を遠巻きに見守るだけで手出しはしなかった。
「憐れねえ・・・・つい最近までは列強の皇族だったのにさ」
アキコは周囲の職員にレミールを政府専用機に担ぎ込むように指示する。気絶したままである為にスムーズに収容することが出来、大きな混乱はなかった。
「しかし、政府専用機なんて初めて乗るわね」
「輸送機使えば良いのにな」
「まあ、訓練飛行を兼ねて飛ばしたんでしょうけどね」
その後二人も政府専用機に乗り込む。飛行中に気絶から目覚めたレミールは両隣を屈強な警察官と自衛官に挟まれ、前後も囲まれており、全く気が休まらないまま日本へ移送されるのに対して、アキコとシンは会議室で本国と会議を実施していた。
「・・・・・以上から、現在の日英の方針は過去のベルサイユ条約の過ちを繰り返すものであり、パーパルディア皇国がナチスドイツ化する可能性を秘めています。パーパルディア皇国ひいては第三文明圏の安全保障を提供出来る国が我が国と英連邦王国しかない以上、この負担は必要経費。謂わば保険料のようなもの。転移前のアメリカと同じ愚行を繰り返すべきではありません。もし仮に現在の方針を適用すれば、かつてのドイツの二の舞・・・それで困るのは我が国です。再び戦争になれば、勝てるでしょうが国が疲弊するだけで意味がない」
「また日英がパーパルディア皇国を飼い慣らしておくことで、将来的に神聖ミリシアル帝国やムーと対立した場合の有力な戦力として数えることも可能になり、第三文明圏の安全保障環境は改善出来ると考えられる」
アキコとシンは本国の高級官僚達に彼らの意見書を説明した。
「・・・・確か君たちは大学時代に地政学について論文を共同で出していたな・・・・うむ、実に興味深い内容だ。大臣も集まる会合で内容を加筆訂正の上で上申することとする!!」
「「ははっ!!」」
会議では二人の意見書の内容が高く評価され、一部の表現や内容に加筆訂正を加えた上で大臣に提出が決定。その後政府閣議まで上げられ、日本政府としての方針として採用されることになる。
「・・・・・はあ~、緊張したわ・・・・」
「アキコでも緊張するんだな」
「だって意見書とか企画書を作って提出したことは幾らでもあるけど、大臣に謁見出来る超高級官僚達に説明なんかしたことないもん」
「それだけ期待を受けているという証左だな!!」
ちなみに大学時代に二人が連名で出した論文の98%はアキコが書いたものである。
「たまには自力で論文を書いて欲しいんだけど?」
「書いても却下するじゃないか」
「だって中身が無さすぎるんだもん・・・」
「まあともあれ、あとは暇だな。将棋でも指すか!! 今日こそは勝つ!!」
「勝てたことないくせに・・・」
※案の定負けました
その後日本政府は戦後処理に関する素案を纏めた。戦後の第三文明圏における安全保障機構である「フィルアデス大陸条約機構」と経済連合である「フィルアデス連合」の設立を柱とし、パーパルディア皇国の民主化や奴隷解放、女性参政権等かつての日本やドイツが辿った戦後処理がモチーフとなった内容である。イギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドのG5にて内容のすり合わせが行われ、神聖ミリシアル帝国にて開催される講和会議に向けて動き出す。また神聖ミリシアル帝国側からも講和会議に向けた事前の外交折衝として使節団を日本に派遣するという、この世界では異例の申し入れがあり、各国は対応に追われることとなる。
(続く)