<推しの子最終章>アクア生存ハッピーエンドIF 作:玉吉ふさじ
病院で目を覚ました『彼』は、その後病室にて警察からの事情聴取を受けていた。
「ええ、はい。当初は、母の最後のビデオレターを見せることで、カミキヒカルに改心を促す予定でした。あの時は、それは成功したと思いました」
それは一週間前に起きたある「事件」の聴取だった。とある親子の間で起きたトラブル・・・その「被害者」として、担当の刑事に話を聞かれているのだ。
「ですが、新野冬子の動向を探っている内に、その後も未だにカミキからの関与を受け続けている可能性が出てきたんです。なので、念のために黒川にルビーを見ていてくれるように頼み、僕は真偽を確かめる為にカミキに会いに行きました。」
「一人で会いに行ったのは、自分の中にもまだ期待を捨てきれないというか・・・『何かの間違いであって欲しい』という気持ちがあったんだと思います。その時点では新野が凶行を起こす確証もなかったので、ルビーの警護も黒川にだけ頼んだのですが・・・彼女が念の為他の大人の手を借りようとしてくれて、本当に助かりました。もし僕の言う通り黒川だけで対応していたら、彼女かルビーに何かあったかもしれない。そう考えると、今でもぞっとします」
「・・・話を戻しますね。カミキを呼び出したのは人気のない夜の海浜公園でした。あまり人に聞かれたくない話でしたしね・・・。そこで、新野との関与についてとか、前回の別れ際に話していた母への贖罪の件についてとかを尋ねたんです。そうしたら・・・」
「なにか・・・様子がおかしい感じで・・・『自分は直接手は下していないが新野や菅野を操った。気持ちが良かった』とか、『ルビーが死ねば命の価値が高まる』とか、意味の解らないことを口走り始めて・・・母のビデオレターにもありましたが・・・カミキは精神的に、普通じゃなかった・・・です。ちょっと・・・この辺りから僕も混乱して・・・記憶が曖昧なんですが・・・」
「そうして、ええと、『お前も殺してもっと価値を高める』だったか、『お前が邪魔をしたからルビーを殺せなくなった。もうおしまいだ』だったか、言っていたことは正確には覚えていないんですが、そんな感じのことを口走りながら刃物を取り出して、僕に向けて・・・」
当時のことを思い出しているのだろうか。『彼』の頬を汗が一筋伝う。
「・・・すいません。その後のことは思い出せないです・・・状況を見るに腹を切られてもみ合った末に崖から落ちたんだとは思いますが・・・」
話を聞いている刑事は気を遣うように優しい口調で彼に語り掛ける。
「大丈夫ですよ。まだ意識を取り戻したばかりですから記憶も混乱しているのでしょう。今日はあといくつか簡単な質問だけして切り上げましょう。今はゆっくり御静養ください。『星野 愛久愛海』さん」
その後、少しの間応答を交わしただけでその日の事情聴取は完了した。アクアが目に見えて消耗していたからというのもある。無理もない、と刑事は思う。実の父親が過去に実母を手にかけ、今度は自分と妹までもその手にかけようとしていたのである。ショックを受けていて当然だ。
ただ、今まであくまでも他者を利用することで殺人を起こしていたカミキが、何故に実の息子の時だけは自らの手で殺人を敢行しようとしたのか。それだけは疑問が残るところだとも考えていて、事情聴取は主にその辺りの理由の擦り合わせを目的にしていた。なにせそんな危険を冒したばかりにカミキは星野アクアと共に崖下へと落下しその命を失う羽目になったのだから。お粗末な結末と言えばお粗末すぎる。
しかしそれも、今回の彼への事情聴取である程度動機を絞ることが出来た。
現在、「15年の嘘」というドキュメンタリー風サスペンス映画が公開開始と共に世間で大きな話題となっている。調書によればカミキはその映画の最大の関係者の一人であり、映画が公開されることによりいずれ社会的に破滅する状況にあった。またカミキは被害者の中でも特にアイドルの星野アイと深い関係にあり、今回両者の実子である星野アクアへの事情聴取により、事件より以前の対面でアイの残した遺言のビデオレターに大きなショックを受けていたことも判明した。これは、共犯の新野冬子の当時連絡をとった時に自首をほのめかす内容の発言をしていたという証言からもほぼ間違いはないだろう。なのでやはり今回の事件は「カミキが今までになく追い詰められ、錯乱していたことで起きた凶行」と見るのが妥当なところだろう。
刑事の中には「星野 愛久愛海の方が父親を呼び出して狂言殺人を行ったのではないか。カミキに刺されたという彼の腹部の刺し傷は自傷なのでは」というやや偏向した推察をした者もいたが、その意見はすぐに棄却された。鑑識によると星野アクアの腹部の傷は間違いなく他傷によるもので、
医療の専門知識を持っているわけでもないただの青年が、このレベルの偽証工作を行える可能性は、非常に低いとのことだ。
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警察に話したことは半分くらいは嘘だ。
実際はカミキに会いに行った時点で僕はあいつが改心なんかしてないことを確信していた。あいつの言う通り、僕とあいつは同じ目をしていたからだ。
それでも最初はアイの本心に触れたら変わってくれるのではないかという淡い期待もあった。
しかしライブ前に新野への干渉が発覚した時点でその期待は捨てて、僕はあいつがもう救うことのできない狂人と化していると断定して行動を開始した。
あの、あいつが言う所の「嘘つきの目」をしている人間が、少しでも何かの布石ととれる行動をとっているのなら、それはもう、犯罪の予告をしているのと同じだからだ。
だけど、確かに警察に話したことの、半分は嘘だったけれど・・・「思い出せないことがある」というのは本当だった。
何かが抜け落ちている。医者が言うには、衰弱と酸欠によるショックで記憶の混乱、欠落が起きているのではないかということだ。欠落。そうかもしれない。僕には、どうしても思い出せないことが3つあるのだ。
一つは、なぜ自分が幼いころからあんなに大人びていたのか。
これは自賛ではない。最初に子役として使われたときといい、母のライブで赤子でありながらサイリウムを振っていた時といい、保育園時代に難解な小説を読めていたことといい・・・そして、アイが死んだとき腹部の傷を圧迫止血しようとしたらしいことといい。あの頃の僕は、子供ではおよそ考えられないくらい人格がハッキリしていて知能が高かった。
でも僕には今、当時のことが、思い出せない。
ルビーたちは「そういうことがあった」と口にし、実際その映像も残っているのだけど・・・当時、あの頃の自分が何を考え何を思っていたか、自分がその場でどんな感覚を体験したか、全く思い出せないのである。幼い頃のことが思い出せないこと自体は、人間として当たり前のことなのだが、それにしても、過去の映像を見る限り、この時の自分はとても明確な意識を持って確信的に行動しているように見える。映画出演などのこれだけ稀有な経験を、これ程に明確な意思を持って体験してきたのに、その記憶が一切残ってないというのは、あり得るのだろうか?