<推しの子最終章>アクア生存ハッピーエンドIF   作:玉吉ふさじ

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3.おあいこ

「結局最後まで、お前には助けられっぱなしだったな」

 

他に人気のない病院の休憩スペースでテーブルの前に車椅子を留めながら、アクアは自分の元に歩いてくる人影に礼を告げた。彼女の手には先ほど自動販売機で購入して来た缶ジュースが二本握られている。

「あの後俺が助かったのって、あかねが手を回してくれたからなんだろ?」

 

黒川あかねは缶ジュースをアクアの分まで開けて、アクアが飲みやすいようストローを立てて彼の前に置いた。

「手を回すって程のことはしてないよ。ただルビーちゃんのことを任せられた時点で君がカミキを殺しに行くつもりなのはわかっていたから、私が壱護社長たちの手を借りるついでに、ちょっとね。言ったでしょ?『アクアくんの企みは私が止める』って」

 

「・・・カミキとの密会場所がわからなければ止められないと思っていたんだけどな・・・」

アクアが訝し気な声を上げるとあかねはクスッと笑う。

「うん。だからまず君の考えをプロファイルしたんだよ。それで君とカミキの対峙する場所をいくつかに限定して、それぞれの場所に手の空いてる人達を手配して・・・」

「・・・本当に、凄まじい手腕だな・・・『やれるものならやってみろ』と言って本当にやられてしまうというのは、我ながら滑稽だ。」

自嘲気味に呟くアクアを横目に、あかねは「ルビーちゃんを守る為の準備が最優先だったから、結局君の殺人を止めること自体は出来なかったけどね・・・」と少し悲し気に呟いた。

 

「・・・あかねには最初からその能力を利用するつもりで近づいたけど、思えば結局最初から最後までお前は僕なんかにどうこうできるような人間じゃなかったのかもな。器が違うというか、女優がダメでもFBI捜査官にでもなれるんじゃないか?」

「あははほめ過ぎだよ。というか女優駄目にならないし。こないだのオーディションじゃかなちゃんにも勝ったんだよ?」

 

アクアの軽口で少し元気を取り戻したあかねは、そうやって自分を気遣ってくれるアクアの優しさをを愛おしむように

「・・・それに、君の考えてることを読むなんて私には何より簡単なことなんだよ?」と付け加えた。

 

「それは・・・俺の考えが単純ってことか?そりゃお前ほどの奴からしたらそうかもしれないが・・・」

 

あかねの言葉にちょっとムッとした表情をするアクア。それを見て、珍しく年齢相応な顔をしてるなぁと感じながら、あかねは

 

「大好きな人のことなら、なんだってわかるってことだよ」

 

と、さも当然のことのように答えた。

 

「・・・」

 

「・・・まあこんなの、君にとって余計なお世話でしかなかったんだろうけどね。君の狂言殺人が露見する可能性、それどころかカミキまで助かってしまう可能性を考えたら。」

 

あかねの言葉にどう応えるべきか考えあぐねているアクアの反応を待たず、あかねは淡々と言葉をつづける。

 

「まあそれも結局カミキは落下中に頭部を岩場に強打してそのまま溺死。凶器のナイフも見つからずで君だけは生存。全部うまくいったから結果オーライってことで許して欲しいな。なんだかちょっと運が良過ぎて怖いくらいだけど・・・」

 

「・・・ねぇよ」

 

「・・・え?」

 

沈黙を続けていたアクアのつぶやきがあかねの言葉を遮る。アクアはハッとこちらに視線を向けるあかねに、ばつが悪そうに顔をうつ向かせつつも先ほどよりも大きな声で台詞を言い直した。

 

「余計なお世話なんかじゃ、ねぇよ」

 

それは、黒川あかねへのまごうことのない感謝の言葉だった。

 

「格好悪い話だけどな。あの時海に落ちて、いざ自分が死ぬってなった瞬間に頭の中を駆け巡ったのは、結局生きたいって気持ちと死にたくないって恐怖だったよ」

アクアは当時のことに思い出したようで、少し眉をひそませる。

「覚悟して死んだつもりだったのに、無様にもがいて、こんなことするんじゃなかったって後悔してしまった」

 

うつむいていた顔を持ち上げ、今度はそのままあかねの顔を真っ直ぐに見つめる。

「だから、もしもあかねが僕を助けたことで僕の計画が台無しになってしまっていたとしても、僕は絶対にお前だけは恨まなかっただろう」

 

そうしてアクアは、薄く笑みを浮かべながらハッキリと、

 

「俺の命を助けてくれてありがとう。あかね」

 

と告げた。

 

「・・・っなんでっ」

 

それまでの年上らしい落ち着きをはらった態度が嘘だったかのように、あかねの顔は悲痛に歪み、その大きな瞳からはさらに大粒の涙がこぼれ堕ちた。

「どうして一人でやろうとしたの・・・っ?どうして私にも手伝わせてくれなかったの?君が望むなら完全犯罪の計画だって一緒に考えた・・・っ!殺人犯になる覚悟だってあった・・・っ!君となら・・・君を死なせるくらいなら・・・私はどこまでも堕ちていけたのに・・・」

 

どうして。

どうしてこの男の子は何もわかっていないんだろう。

どうして目の前の男の子には、こんな簡単なことが理解できないんだろう。

『アクアが崖から転落し海に落ちた』という連絡を受けた時、自分がどれだけショックを受けたか。もし本当に死んでしまっていたら、自分がどれほどの後悔と責任を感じたか。アクアという人間が、どれだけ周囲の人々に慕われ思われ愛されているか。失われたら、どれだけの人間の心に深い傷を残すのか。

 

どうしてわからないの?

 

きみも、誰かにとってはアイやルビーに負けないくらいの、光り輝く一番星だということが。

 

「・・・そりゃ誘わないだろ。だってお前、『僕を止める』って言ってたじゃん」「それでも!それでも誘って欲しかったのーっ!」

泣きじゃくっている元彼女をしり目にこともなげに発せられるアクアの過去の発言の揚げ足取りに、あかねは子供のようにブチ切れた。

「もっと強く言ってよ!諦めないでもっと何度もお願いしてよ!そしたら私だって折れて仕方なしに協力するつもりだったのにー!」

「お前言ってること滅茶苦茶だぞ・・・」

 

あかねは何回か肩をゼーハーと上下させると、一度深呼吸してすっと自分の心を落ち着けた。これでも一流役者。メンタルコントロールは大得意だ。

そしてアクアの、今は服の下で見えない傷口に視線を向ける。だめだ。やっぱり涙がこぼれてくる。

 

「わかってたのに・・・君が本当は生きたいって思ってたことも…。本当に君が死んじゃってたら・・・私は・・・」

 

顔を紅潮させ、また涙がこぼれ落ちそうになっているあかねに、アクアはさらに優しい声で語り掛ける。

 

「・・・ずっと俺のことを考えててくれて、ありがとうな・・・あかね・・・本当に、ごめん。」

 

「・・・うん。でもこれで、おあいこだね。」

 

「おあいこ?」

今度こそ涙をぬぐい切り、あかねは落ち着いた雰囲気を取り戻す。

「最初にあった時には私が命を助けてもらったから、これでおあいこ。もう、貸し借り無しだよ」

「・・・そうだな」

本当はそんなことはない。自分はもう返しきれないくらいの借りをあかねに作っている。その借りは、自分があかねを助けた時の貸しなどとっくの昔に返済して、それどころかもはやこちらが返しきれないくらいに超過している。

 

「だから、私たちのおかしな関係も、今日でおしまいにしよ!」

「・・・ああ」

 

でもきっと、その気持ちはあかねも同じなのだろう。僕たちはお互いにお互いを大切にし過ぎて、受けた恩を大きく背負い過ぎているのだ。

だからそんな関係は一度完全にリセットしないと、僕たちは対等な関係を築けない。

 

あかねは、車いすの手すりに置かれていたアクアの手に自分の手を載せて

「・・・だからこれからは、普通の友達から、始めてください」

と告げる。アクアはその言葉を受けて、一瞬目を閉じてこれまでのあかねとの関係に思いをはせながら

 

「・・・ああ、お前さえよければ、是非僕もそうしたいよ。僕は多分、世界で一番お前のことを信頼しているから。きっとそれだけは今後一生、変わらない」と、薄く笑った。

 

あかねも、そんなアクアの不器用な笑顔を見て、全てのつきものが落ちたような清々しい笑顔でその言葉に応える。

 

「・・・うん!」

 

「それで十分だよっ」

 

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そして、最後に思い出せなくなってしまったものは・・・アイの死に対するカミキへの憎しみである。僕は確かにあいつに対して深い恨みと殺意を持って行動していた。それは間違いない。しかし、ある時を境に、その気持ちに変化があったようにも思う。

最初は脅迫感にも似たどす黒い感情が、自分の背中に追いすがるような感覚だった。けれど・・・最後にカミキと心中した時には、アイを殺された恨みではなくルビーを守りたい愛情のみで動いていた気がするのだ。それは人としてとても真っ当な、良い方向への変化で、喜ぶべきことなのだが。どういった経緯で自分の心境が変化したのか、その経緯、過程の記憶が、すっぽり抜け落ちてしまっている。

 

無論、欠落してしまったのだから思い出せることは何もないのだが・・・何故だか記憶の欠落した隙間に、ずっと一緒にいて、辛いことも苦しいことも嬉しいことも共有してくれた『誰か』が、いなくなってしまったような、そんな寂しさの感覚だけが、残っているのだった。

 

しかし、全てはそういうものなのかもしれない。

 

僕は、手段はどうあれ確かにアイの仇を討った。ならもう、恨みも、怒りも、悲しみも、アイへの愛情さえ、いつかは失われていくのは当然なのかもしれない。

なのであれば、僕は喜ぶべきなのであろう。

 

かつて僕の人生の全てだった復讐。それを果たした後に、それでも、僕の中に残っているものが確かに存在することを。

 

欠落せず残された記憶の中に、星野アクアにとっての最も大切なものが残っていることを。

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