<推しの子最終章>アクア生存ハッピーエンドIF 作:玉吉ふさじ
「まさか目を覚まして初めて顔合わせた瞬間にシバかれるとはな」
撮影スタジオ近くの桜並木くぐりながら、アクアは入院中の出来事に思いをはせていた。
この辺りの桜の花は既に美しく咲き誇って開花を始めてはいるものの、満開には少し足りないように感じる。
「約束通りでしょー?ビンタしていつもみたいに口汚く罵ってあっという間に忘れ去ってやるってね!」
有馬かなは、いつもの変わらない溌溂とした物言いで楽しそうにその隣を歩いている。
「あれ罵ってたのか。喋りながらぐちゃぐちゃに泣き出すもんだから途中から何言ってるのか全然わからなかったよ」
「なっ⁉う、うるっさいわねーっ!あれは・・・その・・・空気を読んだのよ!私を誰だと思ってるの⁉」
「そうだな。『10秒で泣ける天才子役』だったな」あの時は、10秒もかかってなかったけどな。
「ちょっと!心の声口から洩れてるわよっ!」
・・・いや、いつもより心なしか興奮気味だろうか?
それが、長期的に組まれていた彼女が主演の大作映画の撮影が本日無事クランクアップを迎えたことによる達成感からなのか、それとも最近予定が合わずに中々会えなかったアクアがサプライズで撮影現場を見学に来てくれたからなのかは、わからないけれど。
ともかく撮影最終日、クライマックスシーンでこれまでで最高のパフォーマンスの演技を発揮し有終の美を飾ることが出来たかなは、クリスマスの怪我の回復も良好で医者から日常生活への復帰の為にと軽い運動を進められているアクアと共に、吉住と宮子の計らいで撮影現場近くにある桜並木を散歩しているところだった。
「というか、ビンタの約束は俺が『死んだら』じゃなかったか?」
「死にそうになったんだから同罪よ」
「理不尽だな」
「大体あの後社長たちに滅茶苦茶怒られたんだからおあいこでしょ!?」
「それは自業自得」
「何ですってーっ⁉」
ああ、もう本当に。なんでこう、有馬と話している時間は、何でこうも楽しいんだろうな。
かなとのくだけたやりとりにアクアが懐かしい心地よさを覚えていると、一拍の沈黙ののち、不意にかなは表情を曇らせた。
「・・・それに、やっぱりアンタ馬鹿よ・・・いくらお父さんを信じたかったからって、何人も殺してるかもしれない危険な犯人に一人で会いに行くなんて・・・」
「・・・。」
有馬は、アクアがカミキを殺したことも、最初から一緒に自分も死ぬつもりだったことも、何も知らない。
しかし、約束の筋合いの話をするのであれば、十中八九自分も死ぬであろう計画を立てた時点で有馬に殴られる道理は十二分にあるだろう。
「そうだな・・・本当に、馬鹿なことをしたと思ってる・・・ごめんな。」だから、これは嘘偽りない本音の謝罪だった。それに・・・
「それに・・・引退ライブを見に行くって約束も・・・」
事件の直前に有馬かなとした最も大きな約束も、アクアはないがしろにしてしまった。
「そうよ・・・私、本当に頑張ったんだから・・・これまでで一番・・・最高のパフォーマンスをしたのよ?きっとアンタどこかで見てくれているんだと信じて・・・それなのに」
「本当に…ごめん」
ルビーの時といい、謝ってばかりだ。しかしそれもしょうがない。自分は、周囲の人にそれだけのことをしたのだ。たくさんの人の信頼を裏切り、約束を反故にし、好意を踏みつけにした。カミキがルビーの命を狙っていた以上、それを「しない」という選択肢はなかったが、それでもしてしまったことに対する責任は取らなければならない。それとこれとは別問題だ。
そんなアクアの暗い表情を見て、自分が暗くしてしまった空気を明るく戻そうと思ったのか、かなは「あーあ」と冗談めかしくため息をついて見せた。
そのまま『結局、もう一つの約束もうやむやになっちゃったわね』と続けようとしたが、かなはハッと言葉を飲み込んむ。今それを口にするのは、なんだかそれはそれでアクアにあて付けをしているような感じになってしまうと思ったからだ。
もう一つの約束。
アクアが、引退ライブを見に来てくれて、自分の精一杯の頑張りを認めてくれた時に果たされるはずだった、あの約束。
かなは一度目をつむり気持ちを切り替えて軽い口調でアクアを窘めた。
「・・・ま、事情が事情だし、結局生きて帰って来たんだから、貸しにしておいてあげるわよ。あ、許したわけじゃないんだから。あくまで貸し。この埋め合わせはアンタの今後の人生を使ってたっぷりしてね」
「貸しは構わないけど、一体何をさせる気だよ・・・」
自分の気持ちよりも相手やその場の都合、雰囲気を優先する。
それは、撮影現場を円滑に回すベテラン女優有馬かなの長所でもあり、しかし今の自分の気持ちから逃げるような行為にも感じられて、もしこの場にあかねがいたらすごい勢いでヤジを飛ばされるんだろうなと考えると、少し気が重くなった。
「それで、今日はどうして来たのよ。アンタの方から私の仕事場に見学に行きたいって言ったなんて珍しいじゃない。まだ体調も完全に良くなったわけじゃないんでしょ?」
「まあな。でもある程度は一人で動いても大丈夫になったから、吉住さんのマネージャー仕事のついでに来させてもらった。母さんにも許可はとってある」
最近、アクアが宮子のことを「母さん」と呼ぶようになった。アクアの心情について詳しい所は知る由もないが、今までよりも少し柔らかくなった表情を見るに、きっとそれは良い変化なんだろうなとかなは感じていた。
「なるほどね、今日は身体のリハビリのついでってわけ?それとも、入院で遅れた受験勉強を取り戻すのに部屋にこもり過ぎたから気分転換でもしに来たのかしらー?」
「勉強に関してはそれほど問題ねぇよ。確かに入院していた分の遅れは厳しかったけど、受験科目は何故だか初めての気がしなくてするすると頭に入ってくるんだ」
「余裕あり過ぎて全国の受験生が聞いたらはっ倒されそうな発言ね・・・」
呆れかえるかなを見つめながら、アクアは「まあだから、今日来たのは全く別の理由だよ」と言って、今度は決意を固めるように一度視線を青空に送る。今は昼時なので星は見えない。しかし見えないだけで今もきっとそこで輝いているのだろう。
「有馬が頑張ってる姿、なるべく早く見なくちゃいけなかったからな」
「え?」
何故自分のがんばっている姿を早く見る必要があるのだろうか?アクアの言っていることの真意が、かなにはとっさには理解できなかった。表情から読み取ろうとしたが、身長差もあって、空に顔を向けているアクアの顔を見ることは出来ない。
「引退ライブの代わりってわけじゃないけど・・・あらためて有馬が本当にやりたかった役者として輝いている姿を見せてもらって、その上で、僕は胸を張って伝えたいと思ったんだ。それで今日、久しぶりに有馬が芝居をしているところを間近で見て、この言葉を言う覚悟が出来た」
アクアは、かなの歩幅に合わせてゆっくりと進めていた歩く足を止め、かなもそれにつられて止まる。
そして、身体をかなの方へと向き直し、星の光が宿る母譲りのその瞳に、昼間であろうが決して色褪せることのない、自分にとっての一番星を映す。
「僕の、『星野アクアにとっての一番の推しは、有馬かなだ』」
「・・・覚えてたんだ。もう一つの約束」
「・・・当たり前だろ。だけど・・・あの約束は前提から成立しないことが分かっていたからな」
引退ライブの日、新野がルビーを狙うであろうあの日に、全ての決着をつける。それが決定事項出会った以上、有馬かなの願いを叶えることは、どうしたって不可能だった。なにせアクアも命を失う可能性は大いにあったのだ。かなの思いに応えることなんてどうしてできようか。結果的に生き延びられたのは、あくまでただの偶然だ。しかし。
せっかく生き延びられたのだから、ならば今度は、どこまでも有馬の思いに誠実でありたい。
「じゃあ約束通り・・・でもいいの?本当に私で」
「相変わらず肝心なところで自己評価が低いよな。なら何度だって言ってやるよ。いつだって、どこだって、何をしていたって、僕が目で追いかけてしまうのは、お前だった」
復讐のために利用しようとしたことさえあった。それでも、結局なにも出来ず、ただ普段通りに会話しているだけでどんどん絆され、いつの間にかこちらの毒気まで抜かれてしまう。
顔を見ただけで嬉しくなってしまう。話しているだけで楽しくなってしまう。一緒にいたら、つい幸福を求めてしまう。復讐すらも本末転倒に投げ出したくなってしまう。
誰かに希望と幸福を与え続ける偶像。
そういう意味で、星野アクアにとっての有馬かなは、アイドルを引退しようと、女優の道を進んでいようと変わることのない永遠のアイドルだ。
「僕はお前じゃなきゃ嫌なんだよ。だから・・・」
「・・・わかったわよ。しょーがないわね!まあ私はもうアイドルでも何でもない。アンタも芸能人じゃない。私たちの間には何の障害もないモノね!だから、」
かなは照れ隠しのように強がって見せたが、顔を耳まで真っ赤にして、しかしそれでも、決して臆することはなく、自分の魅力を、天真爛漫に自信たっぷりにふるまう時ほど強く輝く有馬かなの魅力を最大限発揮しながら、アクアに向かって宣言する。
「私は、あんただけの推しの子になってあげる」
少し強い風が吹いて、一枚の桜の花びらがかなの髪についた。
それを取る為にかなの髪に手を伸ばしたアクアは、自分たちの歩く先に満開の桜が咲き誇っていることに気が付き、
「一緒に行こう。『かな』」
ふたりは、手を取り合って歩き出す。