たった三人の財団職員はキヴォトスで何をするのか? 作:Bar_00
業務日誌:
日付不明
私は落ち着く必要がある。少なくともこの記録では。さもないとこれはまるで判読できない記録になってしまう。恐らく、財団は後世のためにも、今回の事件全体の記録を何かしら求めるだろう。財団が残っていれば。
私は朝野博士、SCP財団所属。
レベル4職員にして日本支部奇跡術部門主任だ。専門は奇跡論、いわゆる魔術に近い分野。そしてミーム学も得意分野の一つである。
肉体に刻み込んでおいた緊急冬眠術式が解除された形跡がある。術式は一定の条件が揃った場合に自動的に起動と解除する仕組みだが、なぜそれが今解けたのか、私には分からない。記憶は大地震が発生したところで途切れているし、私はこの術式を自ら起動した覚えはない。おそらく自動応答システムが起動したのだろう。
恐らくではあるが、この職員生活棟を除くサイト-8142は消失した。どのように、そしてなぜなのかは分からないが、現状ではそれを確認する手段も無い。
この棟の外には、別世界が広がっている。
まず、私の魔術師的感性は周辺の大気中のEVE粒子濃度が異常に高いことに気づいた。霊地、あるいは何らかの神秘的な力場が存在しているようだが、それを形作るシンボルや中心的な遺跡といったものは感じ取れない。ただ単に広範囲に渡り濃度が均一に高い。どこまで濃度が高いのか分からない。これは異常だ。アキヴァ放射を測定する機械は無いが、おそらくセンチアキヴァ75-99程度、巡礼対象である聖地ぐらいだと思う。どの神の放射かは分からない。
そして、人間に近い姿をした者たちがいる。彼女たちは頭に天使の輪のようなものを持ち、まるで少女のような外見をしている。それだけではない。擬人化された動物のような存在、そして人間レベルの知能を持つとしか思えないロボットのような実体――それらが、私の見た限りでは明確に近代的都市と社会を構成し、生活している。
これが単なる幻覚や錯乱の産物ではないとすれば、多分現実改変だ。問題は、その改変がどの範囲まで及んでいるのかということだ。この地域だけなのか、それとも世界全体、あるいはそれ以上か。調査が必要だ。
手元のデバイスには財団の非常用信号が繰り返し着信している。しかし、それに応答する気は無い。罠かもしれないし、信じる根拠もない。通信相手を確認する必要があるだろうが、今のところ優先順位は低い。
まずは、外の状況を把握しなければならない。この変化がどういうものなのか、そしてここで私が何をすべきなのかを明確にするために。
私はここに取り残されたのか、それとも置いて行かれたのか――その答えを見つけるために、私は動くべきだ。
P.S.
異世界に建物ごと転移した可能性についても考慮した。だが、仮にそうであれば、未知の建物が突然出現したという騒ぎが起きているはずだ。周辺からそのような反応は見られない。また、どこからか財団の非常用信号が発信されているという事実も、この仮説と矛盾する。現時点では、やはり大規模な現実改変によるものと推定する。
記録終了
日付不明
私は白衣を脱いだ。この白衣は象徴的すぎて、目立つ。今の状況で目立つことは危険だ。代わりに、無地のシャツとジーンズに着替えた。これならば、少なくとも目立つことなく動けるだろう。
私は棟の全ての部屋を見てみようとしたが、私以外の部屋は施錠されていた。ノックもしたが返事はない。恐らくここに居るのは私だけだ。
ひとまず、外にいる人類に近い姿をした女子高生に記憶喪失を装って話しかけてみることにする。彼女たちが私に敵対的な反応を示した場合は、私が保有しているミーム「ヒイロ*1」を使うつもりだ。こいつは私によって調教済みで、指定した対象の記憶を吹き飛ばすことができるし、はたまた発狂させることもできる。できれば使いたくはないが、最悪の事態に備えておくべきだろう。知性があるならばミームから逃れられない。機械には効かないのであのロボットがいないところで話しかける必要がある。
部屋から観察している限り、彼女たちは全員銃器で武装している。しかし奇妙なことに、そこには戒厳令のような緊迫感は感じられない。防弾ベスト等も着けていない。むしろ、彼女たちはその銃器をファッションの一部として扱っているように見える。これが一種の文化なのか、それとも何かしらの超常的な要因が関与しているのかは不明だ。ただ一つ言えるのは、ここはアメリカを凌ぐ超銃社会なのだろうか?という疑問が湧く程度には異様だ。
やってみるよ、日誌君。少しは幸運を祈ってくれ。
記録終了
日付不明
上手くいった。話をすることができた。
カバーストーリー:記憶喪失は成功した。
彼女たちが言うには、ここはキヴォトスというらしい。全体の大きさは中心から大まかに3000~4000kmにも及ぶとのことだ。もし財団がこの大陸を発見したら、それはそれは大騒ぎになるだろう。ヴェールはもちろん捲られるだろう。もっとも、そもそもヴェールを見るだけの人類が今も残っているのかは疑問だ。クソ、こんな状況で冷静でいろというのが無理な話だ。
さらに驚いたのは、ここでは人間の男性がいないという事実だ。彼女たちいわく、「生まれて初めて見た」とのこと。キヴォトスには存在しないらしい。私にとっては信じがたい話だったが、彼女らにとってはまるで当たり前のように話していた。一体どうやって人口を維持しているんだ?不老不死?いや、それならもっと知的に振る舞うだろう。生物学的に獣人とヤッたところで子供ができるとも思えない。
話を進める中で私は「過去の男性について調べたい」と申し出た。しかし驚いたことに、彼女らの文化や認識には「歴史」という概念が存在しないという。資料こそあれど、誰も編纂しないらしい。これが本当ならば、到底正気とは思えない。過去から学ぶことは無数にあり、その積み重ねこそが文明を形作るものだ。それを無視するなんて、どれだけ無謀なことか。とはいえ、彼女らの技術は確かに高度だ。もしかすると、彼女らは過去の知識ではなく、技術だけを継承してきたのだろうか?
彼女らは私を所属している「トリニティ自治区」という場所に案内しようとした。どうやらこの世界の国のようなものらしい。さらに驚いたのは、その行政を女子高生が運営しているらしいということだ。正気か?いくら見た目が異様だとはいえ、社会構造までこのようだとは予想外だった。
行政施設で「色々便宜を図る」と言われたが、丁重に断った。理由はいくつかあるが、一番大きいのは不確実な状況で彼女らと密接に関わることが危険すぎるという点だ。それに、彼女たちがどれほど信用できるのか、まだ判断がつかない。
会話後、私は例の「ヒイロ」を使い、彼女の記憶を処理した。安全策を怠るわけにはいかない。
私の次の行動を決めるには、まだ情報が不足している。ひとまず、このキヴォトスという世界の全体像を掴む必要がある。
記録終了
日付不明
私が目指しているのは、サイト-8145だ。
現実改変を防ぐ機能を持つ「除外サイト」ではないが、かつての財団では非常に大規模なサイトだった。サイト-8142以外で人類の生命反応があるとすれば、最寄りではまずここが最有力だろう。もちろん、これは希望的観測に過ぎないが、今の状況ではそれでも十分な希望になる。
準備は整いつつある。私はリュックに水や携帯食料を詰め込んだ。この距離なら車を使う方が良いが、現状で動かせる車両は無い—-駐輪場も駐車場も消えた——し、音で無駄に注意を引く危険もある。道路交通法にも無知だ。捕まりでもしたら一貫の終わりだ。それに、この奇妙な世界では徒歩の方が目立たないだろう。5.2kmほどの道のりだが、現実改変の影響で道がどれほど変わっているか分からない。幸い、この部屋に置いておいたコンパスが役に立ちそうだ。
一応、財布も持っていくことにした。私がここに来たときに入っていた日本円の硬貨や札がそのまま残っている。これらが通用するか確認しておけばよかったが、どうにも冷静さを欠いていた。動揺していたことに、ようやく気づいた。
今の私に必要なのは、まず行動することだ。サイト-8145が無人なら、それはそれで貴重な情報になる。逆に誰かがいれば、少なくともこの状況を共有する仲間ができる可能性がある。
私は歩き出す。果たして何が待っているのか……。
記録終了
日付不明
サイト-8145は、存在しなかった。
自分の希望的観測が、どれだけ虚構であったかを痛感する結果となった。あの建物群の中には、サイト-8145などどこにもなかった。あるのはただの住宅街だけだ。周囲の地形は、想像していた通りに完全に改変されているようで、もはや地図に頼ることもできなかった。
私は10km以上無駄に歩き回り、時間を浪費しただけだったのだろうか。地図に頼ることがどれだけ無意味だったか、今なら分かる。目に見えるものがすべてではない。これがこの世界の現実だ。どれほどの希望を持っても、それを覆すだけの力がこの改変には存在する。
結局、私は再び生活棟に戻ることとなった。途中で見かけた異常に静かな住宅街の風景に、私の考えはさらに深く沈んだ。これが人々の暮らしなのか? それとも、ただの虚構の一部に過ぎないのか?
私は、再びこの部屋に戻ることで、少しだけ安堵した。
だが、現実は私が感じるものとは裏腹に、依然として壊れたままであり、私の存在を否定しているかのように感じる。
まだ陽も落ちてないか、もう寝てしまおう。おやすみ。
P.S.
言い忘れていたが、ここは多分地球だ。この世界の一日は24時間周期のようだし、時計の秒針の進み方も同じだ。世界規模の現実改変なのかもしれない。私は疲れた。
記録終了
日付不明
夜になった。変な時間に目が覚めてしまった。
私は奇跡論、すなわち魔術を使う。信じる者は少ないだろうが、私はそれが使えると知っている。
何が言いたいかというと魔術ではよく使うため、私は天体学についてもかなりの知識がある。この場所が地球のどこにあるのか、それを解明する方法はある。財団の天文学部門の博士たちほどではないが、それでも私は無力ではない。
財団の備品ではないが、天体望遠鏡もルーズリーフもここにある。
今宵、私は試してみる。全てが虚無ではないことを証明したい。そして、もし成功すれば、私は何が起こっているかを1%は言えるかもしれない。
ここで何が起きるか、分からない。だが、私は何も恐れない。
空は私を歓迎するかのように雲一つない。
どうか、私が見ているものが、私に真実をもたらしてくれることを祈る。
記録終了
日付不明
エウレカ!
風呂から裸で出てきて踊った紀元前の男の気分が、まさに今、私に降りかかってきた!ここは地球上の韓国に位置する。いや、恐らくキヴォトスは東アジアを塗り潰すように発生したのだろう!
キヴォトスの言語と文字は現代日本語である。だが、この土地が持つ深層は、私が以前考えていたものとは違う。星々の状況に基づいて判断すれば、ここは明らかに韓国の位置にある。それは、ただの地理的な誤解ではない。キヴォトスが東アジアを中心に広がり、ここらがその中心であると考えるべきだ。
超現実部門の友人曰く、現実改変によって生み出されるものは、その中心が起点であることが多いらしい。
(女子高生曰く、キヴォトスの中心はD.U.らしい。ワシントンのパクリか?そしてここはトリニティの中でもD.U.に近い)
これが現実改変の影響によるものか、それとも別の因果関係があるのか、まだ確証はない。しかし、私が思い描いていた理論は間違いなくこれを証明されている。私の探求はついに一歩前進したのだ。
こんなにも混乱した状況の中で、確信を持った証拠を掴んだときの気持ちは、言葉では表せない。あぁ、もちろんこの土地が韓国であったという情報は今必要はない。サイト-8142の職員生活棟がなぜ韓国に移動しているかという疑問も出てきた。除外サイトは本当は存在していて、私の見えないところにまだあるのかもしれない。
それはともかく、私は解明は一歩ずつできる、という言葉を思い出すことができた。これで確実に何かが見えてきた。
この発見が、次に進むべき方向を示している。何かを探すために進む先を知った気分だ。
記録終了
次回「日誌2」
投稿は明日の朝です。
感想をくださると凄く作者のやる気が湧きます。
感想
「ヒイロ」
本来はSCP-444-JPとして登録されている。
「SCP-444-JP - █████[アクセス不許可]」
http://scp-jp.wikidot.com/scp-444-jp