たった三人の財団職員はキヴォトスで何をするのか?   作:Bar_00

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ハァーイ。お久しぶりです。なんで旧時代の財団宇宙ステーション、宇宙サイト-76がなんで生き残ってるのかは後々で説明するつもりがあるので大丈夫です。



「プリチャード学院へようこそ」

 

 

 

 

空想科学部門

「我らの運命を殺せ」

 

 

つまり?

 

……つまり、“シャーレの先生”とは、物語(学園)に『秩序』を与える存在なのです。ですが、今回の収容に必要なのは——物語の『秩序』ではなく『逸脱』です。

 

何が言いたいのかと言いますと、観測者である「先生」というキャラクターを、そもそも“舞台に立たせない”のです。交差(クロス)する二つの世界観でも一つの観測者。二つは多すぎます。

 

……なるほど。レスポンス的な対応ではなく、根本から構造を逆転させる訳ですね。財団と学園都市という、二つの巨大な世界が本格的に交わったとしても、財団側の物語の成立に“先生”という存在が必ずしも必要とは限らない。我々は”先生”無しでやってきたのですから、実行は十分に可能でしょう。

 

では、やってみましょう。“先生”が現れる場面、関わるはずだったやりとり——それらをすべて我々が”カット”します。うまくやれば、“先生”を交渉の場に立たせずに、財団に有利な物語を進めることができるはずです。そしてこの記録は我々が空想科学的な脅威に対抗する手段を持つという一つの”物語”にもなり得るでしょう。

 

それに追加して、物語の外側——たとえば我々から見えない場面や会話に対しても、「これは生徒の自主性を重んじた判断だから一人で…」とアビドスの生徒に語らせるようにしましょう。

 

確かに、キャラクターたちがそれを語るに十分な過去は、不自然なく存在するはずです。そうすれば、“先生”自身にも違和感なく納得し、脚本的自己防衛*1は働かないでしょう。

 

よろしい。今、ここに“語り”を始めましょう。舞台に誰を立たせ、誰を沈黙させるかは、我々語り部の特権だ。

 

『特異な物語に干渉し、構造すら操作しうる部門——それが我々、空想科学部門だ。』

 

『我々はもはや特異な物語に翻弄されない。我々は既定された運命を破棄し、新たな運命を紡ぐ。』

 

前口上を終了。部門のストーリー耐性インデックス*2を起点とした、物語的密度*3の安定供給を確認。 物語的密度の出力値、改変可能域に到達。我々への敵対的物語改変の兆候は未検出。改変はいつでも実行可能です。

 

『空想科学部門長の名において、今回の物語改変を承認せん。』

 

——今回、『『『“シャーレの先生”は登場しない。』』』

 

 


 

 

「イントロは省きましょうか」

 

プリチャード学院からの使者は、さも形式を打ち捨てるような口ぶりでそう言った。だが、その実、全てが計算されていた。

 

高坂───そう名乗った彼女は、教室の空気を掌握していた。夕刻の西陽が窓際から斜めに射し込む中、彼女だけがその光を避けるように影の側に腰を下ろしている。机は二つ無理矢理に寄せられ、その片側に彼女が、もう一方に天星ロナが座っていた。高坂の微笑みと腰から生える大きな黒い羽はまるで天使のようだ。

 

教室の床は古びたリノリウム。照明は切れかけており、天井からぶら下がった蛍光灯がときおりチリ、と心細い音を立てる。机上に置かれた契約書だけが、妙に場違いなほど整っていた。まるで官庁の会議室の一角を切り取って持ち込んだかのように。

 

高坂は護衛に一瞥を送り、無言の命令を下す。ドアの前に立った者たちは、小さく頷き、傍観者の立場すら許さぬ構えを取った。

 

一方で、天星ロナはというと、慣れない形式に戸惑い、目線を落としたまま硬直していた。

 

そもそもこのような高尚に見える交渉の場が作られる理由も、意味も、彼女にはわからない。何か重大な話が進行しているのは理解できたが、同時に、その話に自分が関わっていることが信じられなかった。

 

彼女には目の前の人物が巨漢であるかのように見えた。それほどまでに洗練されているジェスチャー、言葉遣い、チャーミングさ。

 

高坂と名乗るその人物は未だにこやかにしていている。

 

「目を合わせてもらえますか」

 

高坂の口調は柔らかい。だが、それは優しさではなかった。問いではなく命令。ロナはその指示に従うほかなかった。彼女の瞳を正面から見た瞬間、何か、呼吸のリズムを狂わされるような、まるで狼と目が合うような感覚に襲われた。

 

「えぇ。いい調子です」

 

彼女は頷く。まるで「次のカードを切る前に確認する」ような言い方だった。高坂の言葉と間の取り方、そして沈黙の使い方――全てが、外交のプロのものであった。

 

「初日は大変なものですよ」

 

理解を示し、頷く。緊張を解すように、ほんのわずかに声色を和らげる。だがそこにも隙はない。

 

「私も記憶喪失になったことがありましてね」

 

その発言に、ロナは初めて表情を揺らがせた。心のどこかに、共通点を見出そうとする。自分だけではないという事実に、どこかで救われようとする自分がいた。

 

「まず初めに、自身の空白に何かを入れ込みたくなる」

 

高坂は想起する、トリニティ総合学園中等部の正義実現委員会を。天星は想起する、アビドス高校を。

 

「二つ、貴方は何かを入れる」

 

想起する、正実の彼女らを。天星は想起する、アビドス廃校対策委員会を。

 

「三つ、それでも我慢が効かなくなる。それに拒否されるのではないか、と」

 

想起する、辞表届を。想起する、提出しなかった退部届を、誰にも言えなかったあの日の本心を。

 

「四つ、自身が何者であるのかを確定させたい」

 

高坂は想起する、あの日、正式に、財団職員として自身の名を呼ばれた瞬間を。

 

天星は想起する、誰かに「ロナ」と呼ばれた、最初の瞬間を。

 

天星ロナは呆然としたまま、頷いていた。

 

「良いでしょう」

 

高坂はようやく、柔らかく笑った。だがそれはあくまで、次のフェーズへ移行したという合図に過ぎない。高坂は机の上の契約書を人差し指で二度叩いた。

 

「私たちプリチャード学院には『魔法』があります。もっとも、RPGやファンタジーのような派手なものではなく、呪文というより契約書と印鑑ですね」

 

教室の窓ガラスの向こう、暮れかけた空が鈍色を帯びている。まるで何かが終わり、同時に始まることを告げているかのように。

 

笑みをたたえながらも、その声にはどこか重みがあった。現実を歪める魔法ではなく、現実を律する魔法。

 

「効果があるかどうかは神のみぞ知る――と言いたいところですが、私たちは契約を確実に守らせ、そして守ります。魔法なんてものじゃなく、えぇ、現実的に。……ただの願掛け、そう思っていてもらっても結構ですよ?」

 

ペンを、ゆっくりと、震えるように握る。

 

「貴方がここにサインをするなら、貴方は知るべき全てを知ることができるでしょう」

 

教室の外では、警報でもチャイムでもない、何か重々しい音が遠くで鳴っていた。それでも室内は変わらず静寂に包まれていた。空気の全てが、ペン先の行方に集中していた。

 

「私たちと契約して、本当の貴方を知りましょう?」

 

プリチャード学院の知る私。アビドスの私。……私は、どこにいるべきなんだろう。

 

震える思考は、静かにひとつの答えにたどり着く。

 

───私は、アビドスに必要ない。

 

だって、私がいなくても、アビドスはちゃんと回っていた。

 

彼らが本当は何を思っていようと、天星ロナには伝わらない。この教室の秘匿性が、それを永遠に隔ててしまう。

 

ペンの先が、契約書に触れる。

 

 

特別教育支援契約書

 

甲: プリチャード学院(代表者:高坂レテ)

乙: 天星ロナ

 

甲および乙は、乙の教育的支援、精神的安定、及び社会的適応を目的とし、以下の内容に基づき相互に契約を締結する。

 


 

第一条(在籍と記録整備)

 

乙は、本契約の締結によりプリチャード学院の正規生徒としての登録を受け、甲は乙の教育的・生活的背景について必要な整理・再評価を行う。

乙の過去に関わる記録・身分・関係性については、適切な範囲で保護・保全されつつ、本契約の目的に沿って再構成されることがある。

 


 

第二条(生活環境の最適化)

 

甲は、乙の学習・生活環境が安全かつ健全であるよう必要な支援・調整を行うものとし、乙はこれに誠実に協力する。

これには乙の精神的・身体的状態を安定的に保つための観察・助言・環境変更が含まれるが、すべては乙の自律的意思を尊重したうえで実施される。

 


 

第三条(適応支援と再建)

 

乙がこれまでに有していた行動習慣、判断傾向、認識構造のうち、甲が乙の安全ならびに周囲との協調のために調整が望ましいと判断した事項については、教育的配慮のもとで新たな指針を提示・共有できるものとする。

乙は必要に応じ、その指針に基づいた行動改善に取り組む努力義務を負う。

 


 

第四条(守秘義務)

 

甲および乙は、本契約の存在ならびに内容について、第三者に開示しないことを基本とする。

ただし、乙の安全確保および法令・学院規則上の要請がある場合を除く。

 


 

第五条(契約の継続性)

 

本契約は、乙がプリチャード学院に在籍する限り有効であり、乙自身の明示的な意思表示または甲による適正な手続きにより、必要に応じて再検討・改訂される。

 


 

以上、本契約は双方の自発的意思に基づいて締結されたものとし、乙が署名を行った時点をもって正式な効力を有する。

 


 

【署名欄】

甲: プリチャード学院代表

高坂レテ

 

乙: 生徒

天星ロナ

 

 

サインを確認した高坂は、感情を交えない調子で言葉を選ぶ。まるで読み上げるように、しかしどこか含みのある声音で続けた。

 

「そうですね……まず一つ、私はSCP財団という組織を代表しています」

 

そのまま感情を交えない調子で言葉を選ぶ。室内は薄暗いまま、西陽がすでに消えかけた教室には、蛍光灯のちらつく音だけが響いていた。埃が漂う空気は静止し、時間さえも固まっているようだった。

 

「私たちは、“異常”な観念(アイデア)、生ける岩々、人頭を持つ巨鳥、記憶を喰らう音楽……そういったものを、世界の裏側で管理する正常性維持機関です」

 

言葉に反応して、天星ロナの喉がごくりと鳴る。彼女はまだ視線を合わせられない。テーブルの表面ばかりを見ていた。契約書の白い紙が、蛍光灯の光を反射してどこか冷たく感じられた。

 

「えぇと……高坂さん、さっきはプリチャード学院のって……」

 

やっと声を出せたが、自分の言葉が場違いに感じられる。だが高坂はその問いを否定も肯定もせず、淡々と応じた。

 

「半分正しく、半分誤解ですね。プリチャード学院は、財団の“フロント団体”です。表の顔。外部との接点であり、観察と関与のための仮面」

 

彼女は静かに笑った。唇だけが微かに動き、目元には影が差したまま。威圧でも皮肉でもない。むしろ、淡々とした業務報告の延長。

 

「私は確かに“学院生”でもあります。けれど、今回の案件において最も適切な“顔”がこれだった───それだけです」

 

机の上に置かれた彼女の指先が、契約書の縁をゆっくりなぞる。爪の先が紙を擦るわずかな音すら、ロナの耳には大きく響いた。

 

「ちょ、ちょっと待ってください。それってまるで……私が異常って……」

 

その言葉を吐くのは勇気がいった。声が震え、自分の胸が不安定に脈打っているのがわかる。

 

「天星ロナさん。あなたは、我々の管理下にあった人工衛星が、人型実体に変化した存在です」

 

一拍の沈黙。

 

「その時点で、“異常”という分類から逃れることはできません。ですが、それは害意や脅威の意味ではありません。ただ、“理解が必要である”という分類です。しかし、それらは一般社会に発見されれば、排斥されるでしょう」

 

それは、世界からの拒絶の予告だった。ロナには反論する言葉が見つからなかった。

 

「それを防ぐために財団は存在します」

 

高坂の声は穏やかだった。まるで寒風の中で巻かれるマフラーのように。

 

「SCP財団の“P”はProtect、つまり“保護”を意味します。我々は異常存在を破壊するのではなく、それを保護する立場にあります」

 

「もちろん、激しい苦痛を伴う人体実験なんてしませんよ」

 

高坂はあくまで冗談のように、しかし明確な否定として言葉を重ねた。けれどそれが“そうでない場合がある”という暗黙の前提を孕んでいると、ロナは本能的に感じていた。

 

「緊張しているようですね。」

 

優しいようでいて、その言葉には逆らえぬ重さがあった。ロナは、膝の上で強張る自分の指先を見下ろす。

 

「あなたが友好的であり続けるなら、私たちも友好的に。檻に縛り付けたりはしません。それは倫理に反しますから」

 

高坂は言葉を切り替える。それでも、言外には「反すれば」という条件が確かにあった。

 

「プリチャード学院には、“異常性”を持つ人間が、正しい教育を受けられるための一面もあります。それが存在意義のひとつでもあるんです」

 

そして、再び言葉を落ち着かせる。高坂は視線を落とし、机上の契約書を再び見やる。ロナもつられるように、目を向けた。

 

「あなたが誰であるのか。どこから来たのか。今、どこへ向かうのか。───それを共に定める段階へ、移行しましょう」

 

「そのために、もう一つ契約が必要になります。プリチャード学院との仮入学契約という、形式的な枠組みの中で、あなた自身を守るための、形です」

 

「もちろん、いい子にしていれば、アビドスの皆さんともまた会えるでしょう」

 

ロナの指が、わずかに震えた。

 

「最終的な判断はあなたに委ねられます」

 

指先で契約書を二度、軽く叩く。その音が、静寂の中で重く響いた。

 

「ここから先は、貴方の意思です。仮でも構いません。私たちは、それを礎にして、あなたを理解し、あなたに理解される努力をします」

 

ロナの視界はわずかに滲んでいた。自分が“異常”だと認めること、それを“保護”と呼ばれること、今もまだ混乱している。だが、どこかで──ほんのわずかに、受け入れてしまいそうな心があるのも事実だった。

 

ようやく決心し、もう一度ペンを握る。そしてサインをもう一つ。高坂はそれを見て、微笑んで言う。

 

「財団へようこそ。貴方が”良い子”でいる限り、私たちは貴方を歓迎しましょう」

 

 

*1
脚本的自己防衛(Scripted Autodefense):

あらかじめ書かれた”役割”、”設定”に従って自律的に動く物語的な防衛反応のこと。

*2
ストーリー耐性インデックス(Story-Resilience Index):

人間や組織が物語性に耐えうる強さを数値化したもの。

*3
物語的密度(Narrative Density):

存在が持つ「物語としての厚み」や「登場人物としての強度」であり、高いほど物語改変耐性を持つ。





大使とは、国家のために外国で嘘をつくために送られる誠実な人物である
- ヘンリー・ウォトン


こいつらゲマトリアよりもゲマトリアしてるな…まぁそれが財団なんですけど。シャーレの先生はこれから登場する予定があります。

これからのストーリーとしては空想科学部門を掘り下げて、それからアビドス編終盤になります。正直、財団がいてもそこまで変わらないんですよね。

明日07:02投稿
「パラヒューマンに対するオリエンテーション」

追記: ミスって次話も投稿しちゃったけど見ていいですよ。
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