「ここは……」
ダイヤ=バーナム・ジェムケイブは医務室のベッドで目を覚ました。
短く整えた銀髪を枕に沈め、心地よい睡眠から蒼い瞳を開いて天井を仰いで自分がどこにいるか把握して……飛び跳ねるようにシーツをはがして起き上がる。
「お目覚めですか、ダイヤ様。ですがお身体はまだ完全に回復なさっていないでしょう」
「……エトア」
隣に居た同じくエクスデイ魔導学園の制服を着た猫の獣人の従者の少女、エトアがまだ寝ているように勧めたので、ダイヤはそれに応えるようにベッドに横になる。
視界は明瞭で、肩に掛かる程度の金髪と大きく丸い碧眼が少女がエトアであることをしっかり確認できた。
「俺は……確か、魔法演習の授業で皆に手本を見せて……」
「ええ。今思い出しても満点の魔法でした」
「当然だ。俺はバーナム侯爵の長男だぞ。だが……その後……そうだ!」
ダイヤは再び飛び上がるように起きて先ほどの授業のことを思い出した。
「リスタ・シエラ……!」
それはエクスデイ魔導学園の特待生の名。容姿は実に地味な平民といった印象で、そばかすと丸眼鏡がそれを助長させていた。
しかしそんな彼女は初めての魔法演習の授業にて、ダイヤを含めて歴代の生徒——ひいては教師連中にも為し得なかった的の破壊を成し遂げたのだ。しかも通常、演習で当てるハズの3つの的を全て、それも一発の巨大な魔法でだ。
周囲の生徒がリスタのその実力に困惑と騒めきを隠せないでいるその時、ダイヤは『手本となった自分よりも目立った』という理由で怒り、その場で彼女に決闘を申し出たのだ。その場に居たエトアは特に彼を諫めようとはせず、彼の思うがままに行動させていた。
リスタもまた彼の行動に困り果てるも、しかしダイヤは彼女がまだ一度しか魔法を唱えていないことを指摘し、残る2つの魔法を自分に浴びせるように告げたのだが——
「そんな……危険ですよ……!」
「危険? リスタ・シエラ、この俺ダイヤ=バーナムに対し、魔法を危険とのたまったのか?」
ダイヤを憂うリスタ。しかしダイヤは小杖を振るって杖の先に魔法陣を展開する。黄色の2種類の魔法陣が表すのは土属性、第二階梯の魔法。
「
4節の詠唱の後、ダイヤの目の前に透き通るような鉱石の壁が現れる。
「《
ダイヤの宣戦布告に周囲の生徒から歓声が上がる。『流石バーナム家の長男!』『実際見たけどマジに何ともなかったぜ』『平民なのに侯爵に目を付けられてしまうなんてかわいそう』……とかく様々だ。
「貴様の残る魔法の使用権、2発以内に俺のこの《晶幕壁》を破れば貴様の勝ち。出来なければ俺の勝ち……シンプルだろう? 本気で来い。だとしても破れはしないがな」
ダイヤは自分の魔法の強さを誇るように告げた。
しかし事実、ダイヤが独自に作り上げたこの晶魔法は土属性の中でも対魔法を極めた代物だった。対魔法と言えど軽自動車が空から降ってきた程度ならば余裕で耐えられる物理耐性がある。それの何倍の耐性となると、その破壊力は計り知れない。
「……本気で、いいんですか?」
リスタは眼鏡を整えながら、恐る恐るといった風に口を開く。ダイヤは何を言ってるのかと鼻息を吐いて小杖をリスタに勢いよく向けて見せた。
「先ほどの的破壊が貴様の本気だろう。それで構わん。撃ってみろ」
「えっと……あれは本気じゃないです」
「…………なんだと?」
恐るべきリスタの発言に、さしものダイヤの眉がピクリと歪に歪む。
「むしろ力を抑えていたというか……でもでもっ、本気でやっていいのなら、ホント、本気でやりますね……?」
「そっ、そうだ! 本気で来いとも! このダイヤ=バーナムの実力以上であると心の底から言えるのならな!」
「言えるかどうかはわかんないですけど……ともかく、本気で――」
リスタは深呼吸を1つ挟んでから、右手をダイヤの方へ、《晶幕壁》の方へと向ける。
「杖無しだと……?」
ダイヤがそれに気づいてから更に、リスタの掌に火の玉が現れる。
「おいおい……まさか、無詠唱かつ無陣だと……!? 先ほどの魔法といい馬鹿なのか……!?」
「あの、すいません……詠唱しなくても精霊のみんなが応えてくれちゃって……」
魔法というものは通常、魔力を1点に集中させるために杖などの得物を必要とする。非金属であると望ましい。
そしてそれに生命エネルギーである魔力と属性を付与する魔素を反応させて魔法を発現するのだが、その際に詠唱によって魔力を、魔法陣によって魔素を精霊から受け取ることでより効率的に強い魔法を唱えることができる。
精霊は魔の領域に住まう生命と魔の狭間にある存在。現代でも解明できていない神秘の領域である。
(精霊が……応える……? 未だかつて精霊の声を聴いた、というより意志があることを解明できた学者はいないというのに……いや、諸々の話は後だ。今の俺がするべきことは——)
「えっと、ホントに本気でぶつけますね?」
リスタが心配する声でダイヤに問いかけるが、彼女の掌の炎はどれだけの熱量が渦巻いているのだろう、白く銀色に、しかし深淵のように黒くよどんだものが混ざり合っていた。
端的に言って、この世の現象とは思えない。
「か、かかか構わぬ! さっきも言った通り俺の防御は最高峰で——」
「では、喰らってください!」
その一声に合わせ、リスタが地獄の炎めいた業火をダイヤに放つのだった。
「で、俺は意識を失ったのか……むしろ、生きていたのか……俺」
ダイヤはあの瞬間、本気で死を覚悟して、しかも実際に走馬灯を見たので死んだと思ったのだが、今こうしてベッドに横たわって従者と話をしている……もしかしたらここは死後の世界で、エトアもろともあの場に居た全員が死んだのか……そっちの方が真実味がある。
「学園のシステムによるものかと。生徒が致命傷を負うとその一定空間の魔力が霧散し、その魔力を利用して治癒魔法が唱えられる……というのを先生方から教えてもらいました」
「ハイテクだな。魔導機の発展もそこまで来たか」
理由はともかくとして、こうして生きているというのはめでたいことだ。これで1週間後の妹の誕生会に出席できるし、なにより家族を悲しませることがなくなった……このニュースを聞いてお叱りを受けるかもしれないが、訃報よりかはいいだろう。
「さて……俺が眠ってからどのくらい経った? 窓の外の様子からして放課後だろうが」
「2時間ほどですね。その後の授業については私がノートを取っておりますのでそれを利用して教えることができれば幸いです」
「では今夜にでも取り返そうか……だが、その前にやるべきことがある」
医務室に設置されたアロマの匂いに含まれる回復成分によって完全に回復しきったダイヤは、そう告げながら立ち上がり、傍に置いてあった白手袋を装着する。
「なんでしょうか?」
「決まっているだろう……宣戦布告だ」
「……はい?」
主人の突拍子もないその発言に、無表情で有名なエトアな顔が怪訝なものとなる。完膚なきまでに叩きのめされたというのにすぐさまこのようなセリフが吐けるという肝の太さは感心を越えて辟易する部分があったが。
「リスタ・シエラ……奴の魔法は強力だ。だがしかし! それならば対魔法性能のこの俺はなんだというのだ! 奴にかかされたこの恥! 再び決闘をして取り返さねば収まりがきかん!」
「…………」
エトアは無表情だが感情自体は人並みにある。よって主人のこのいつもの負けず嫌いには手を焼いて溜め息を吐いてしまうのだった。まあ、こういった負けず嫌いなところは好きであるのだが。
「なに、同じような手は使わんさ。魔法比べならば他にも様々ある。そのうちのどれかでも勝利すれば俺の方が優れていると言えるだろう?」
「はあ……」
あまりにも自信をもって告げるので、エトアは『そんなわけねえでしょうが』などと告げることはできなかった。
「まずは……おっと、もう放課後なんだったな。奴の居場所も分からんのに探すのは手間だ……それではまず部活動に勤しむとしよう! 俺に続けエトア!」
「はい、なんなりと」
そういうわけでダイヤの決闘の日々が始まった。
翌日——
「貴様の破壊力が優れているのはよくわかった。だが防御面はどうかな! よって軍に使用されている魔導砲台を持ってきた! この砲撃を耐えて見るが良い!」
普通に耐えられた。
「ほ、ほほう……! この俺と同程度の防御力はあるらしい……それならば今度はスピードだ! あの木まで身体能力強化魔法でどちらが先に触れるか競走といこう!」
普通に越された。
「な、なんだと……! な、ならば——」
ダイヤは思いつく限り様々な魔法比べを実施していった。
魔法の精度、射程距離、範囲、使用できる属性の数……etc.
数日間、あれやこれや手を尽くした結果——
「ま、まさか1勝もできなかったとは……」
現時点での最後となる魔法学のテストの成績でも100対120で勝利されてしまったのだ。ダイヤはその結果に昼食も手につくことなく項垂れてしまっていた。
「というか何故100点満点のテストで120点を取られてしまうのですか……」
「知らん……どうにも古代文明でしか見られない解き方で先生殿が感心したためだという」
「なんですかそれ」
エトアは項垂れる主人を見ながらも食事の手を止めることは無い。カロリーを気にせずハンバーガーを食べていることからそれなりに自分本位なのである。
「クソ……もう手は尽くしたぞ……魔法では奴に勝てないというのか……?」
「魔法なしで戦えばよいのでは?」
「それはダメだ。奴は魔法の腕で特待生の席をもぎ取ったのだ。奴にとって優位に取れる魔法で勝てなければ勝利は意味を持たない!」
「はあ……」
面倒くさい負けず嫌いだな、とエトアは主人に対して思った。
ダイヤが遅れを取り返すべく手早く昼食を済ませていく傍ら、エトアはふと通りかかったリスタの方を見つめる。
会話の内容などは聞こえないが、彼女の周囲にはたくさんの友人が見られた。あれはクラスの委員長……それに生徒会長までいるではないか。
「すっかりリスタさんは有名人で人気者ですね」
「それはそうとも。この俺が有名にしたのだからな」
口元にソースをつけたどこか誇らしげなダイヤだったが、それに対するエトアの目は冷たいものだった。彼女の指摘にうっかりといった調子でダイヤが口元を拭った。
「それにしてはこちらは寂しいですけどね」
リスタに挑み始めてからというもの、取り巻きだった生徒は次々と愛想をつかしては離れていき、今では従者のエトア以外誰もいなくなってしまったのだ。
「なに、権威欲しさに仲良くしていた連中などはいない方がやりやすい。友人も十分にいるしな」
「ダイヤ様がそれで良いなら良いのですが……」
「それに、だ。次にやるべきことは理解している」
「なんでしょう?」
どこからか取り出した食後のティータイムと洒落込んでいるダイヤは自信満々に告げた。
「来週から『新人戦』が始まるだろう。そこで今度こそリスタ・シエラを打ち倒すのだ!」
「…………はあ」
エトアは何度目かになる溜め息を吐いた。
『新人戦』――というのは一年生全体(棄権可能)で行われる一対一で戦う試合のことである。放課後に催され、1人につき10戦行われる。勝率が高い者から順番に本戦である体育祭に出場できるのだ。
「勝算が無いわけではないぞ? 俺は一か月前のあの時挑んだ時から更に成長を遂げている……その成果を発揮する時が来たのだ!」
「まあ、別によろしいように……」
もはやエトアは突っ込むのも疲れて見守ることにしていたが、するとダイヤがおもむろに立ち上がったかと思えばなんとリスタの元に歩いていくではないか。
「ダ、ダイヤ様……?」
「リスタ・シエラ」
遅れて後を追ったエトアは今まさにといった場面に出くわしていた。
「次の『新人戦』、その時が貴様の最後だ。俺に倒される貴様のな!」
食事途中のリスタを呼び止めたダイヤがついに宣戦布告をやり遂げていたのだ。
「…………ふっ」
(決まった。とでも言いたげな顔をしています)
「『新人戦』って……なんですか……?」
ダイヤとエトアはリスタの友人たちと一緒にズッコケる羽目になった。
「まさか初戦で相まみえるとはな」
第三訓練場――円状のバトルフィールドに観戦席が取り囲んでいる――にてダイヤは『新人戦』の初戦でリスタと戦うことになった。
『新人戦』は全部で10回戦あり、その後、体育祭の本戦が始まる。ダイヤはリスタと戦うならば本戦だろうと思っていたのだが、その予想は大きく外れ、まさかの初っ端から本丸と相成った。
「ダイヤさん……またこうして戦える日を楽しみにしていました」
「楽しみ……だと?」
リスタの言葉にダイヤは眉を顰める。自分にとっては宿敵でありながら相手は享楽を抱いている……その事実に彼は信じがたい思いでいた。
「はい。私、子どもの頃から魔法が大好きで、魔法の方も私に答えてくれて……だから周りからは天才だって言われるんです、けど……そのせいで、私と魔法比べをしてくれる人がいないんです。『リスタは天才だから敵いっこない』って」
「ふん、軟弱なやつらだ。敵う敵わないの問題で挑まんのではない。勝ちたいから挑むのだというのに」
「ダイヤさん……!」
リスタはダイヤの言葉に眉を綻ばせる。自分にとってはただの友人でありながらも相手は明確な向上心でもって挑んでくれている……その事実に彼女は嬉しく思っていた。
〈両者、準備は整いましたね? それでは、始めてください!〉
アナウンスが流れ、試合開始のブザーが鳴らされる――それと同時にダイヤは小杖を振るって魔法陣を展開する。五種類の魔法陣に12の詠唱……それが意味するのは第五階梯の魔法。
ダイヤを取り囲むように水晶の柱が現れ続け、遂にはそれが脚となって立ち上がり、大きく、そして重々しく起動したのだ。
「——《
「……すごい、魔法…………!」
ダイヤの声が巨人の中で反響して響く。リスタはその巨大さに自然と息を呑む。
「さあ来い。貴様の魔法を全て受け止めた上で勝利してやる!」
「私も、本気で行きますね!」
ダイヤを乗せた巨人が一歩ずつフィールドに足跡を残しながら着実とリスタに近づいていく一方で、リスタもまた自身の魔法を練り始めた。
当然ながら杖はなく、詠唱も、はたまた魔法陣すらない初級魔法にしかありえない発現方法。しかしその手元にはあの時発現したようなこの世のものとは思えない魔力が炎となって揺らめいていた。
「喰らってください――《
地獄のような色の炎がダイヤの巨人に向けて放たれる!
まるで爆撃を何重にも重ねたような残響が観客席にまで響き渡り、観客を守る強大な障壁にもひびが入るような衝撃が襲う。
塵すら、空気すら焼き尽くすようなその爆炎は黒煙すら起こすことなくフィールドを、巨人の向こうの壁すらも溶かし崩してしまうほどだった。
さしもの観客もダイヤの終わりを悟って息を呑む……しかし。
「本当に……すごい……!」
ダイヤの巨人は、無傷だったのだ。
「これが俺の実力だ。驚き崇めるがいい!」
ダイヤの声に呼応するかのように観客から歓声が弾ける。あの時は手も足も出ずに敗北したあの炎をダイヤはついに越えて見せたのだ。
「私の全力に耐えられる人がいるなんて……この学園に来てよかった……!」
バトルフィールドが自己再生機能で回復していくのを察しながら、リスタは次なる魔法を構える。
「まさか、この程度で終わるわけではあるまい――」
ダイヤもまたリスタに近づこうとして――巨人が塵になって消える。
「え……?」
リスタが息を零しながら倒れ伏していくダイヤの姿を目で追いかける。
〈ダイヤ=バーナム、魔力切れにより敗北! よって勝者、リスタ・シエラ!〉
アナウンスはそれだけ伝え、試合終了のブザーを鳴らした。
「ここは……」
ダイヤ=バーナム・ジェムケイブは医務室のベッドで目を覚ました。
短く整えた銀髪を枕に沈め、心地よい睡眠から蒼い瞳を開いて天井を仰いで自分がどこにいるか把握して……飛び跳ねるようにシーツをはがして起き上がる。
「お目覚めですか、ダイヤ様。ですがお身体はまだ完全に回復なさっていないでしょう」
「……エトア」
隣に居た同じくエクスデイ魔導学園の制服を着た猫の獣人の従者の少女、エトアがまだ寝ているように勧めたので、ダイヤはそれに応えるようにベッドに横になる。
視界は明瞭で、肩に掛かる程度の金髪と大きく丸い碧眼が少女がエトアであることをしっかり確認できた。
「俺は……確か、いや、そうか。俺は負けたのだな。大衆の面前で堂々と」
「ええ。ご立派な姿でした」
「そうだろうな」
ダイヤはエトアの言葉を皮肉ではなく賞賛として受け取り――実際、エトアは本心で賞賛していた――医務室の天井を見やる。
何もない、真っ白の空間……まるで今のダイヤの心境のようだった。
「だが、これで終わりではない」
「はい」
「一度は完璧に受け止められたのだ。いずれ全てを受け止める日も近いだろう」
「ええ」
「魔力切れだというなら奴に勝るくらいに鍛えてやる。今より奴が強くなるというのなら俺はその倍の努力をしていつか追い越してやる」
「そうでしょうとも」
「…………だから」
「……はい」
「今は、泣いていいだろうか」
「ええ、よろしいように」
エトアは主人に恥をかけないように医務室を出ていく。今は医務室には誰もいない。
そして来たる体育祭の『新人戦』本戦。
そこには残る9戦全てを勝利してギリギリで本戦に滑り込んだダイヤの姿があった。