腹ペコ毒蟲【新版】 作:アンディライリーのうさぎ
投稿はゆっくりになると思います。内容はさほど変えないつもりです。
1話 『彼女』のエピローグ
呪術廻戦。呪いが渦巻く世界。
何の因果か、“彼女”は前世で人気を博したマンガの世界に転生した。
はてさて、死因は何だったか。
記憶の最後にあるのは耳をつんざくような騒音。
そして目覚めれば、原作のメインキャラでさえ次々と死ぬ世界である。彼女のはじめての呪いは、神への
ここが呪術廻戦の世界だとわかったのは、呪いのようなものが漂っていたからだ。
さらに天涯孤独の彼女がいるのは、同じような境遇の子供が集められている怪しさ満点の施設。
正直言って、さっさとここから逃げたい。しかし自分のできる最大限の範囲で探ってはみたが、施設から逃げるのは無理そうだった。
強い力──すなわち呪力や術式があれば、逃走も可能かもしれない。
呪いが見えるということは、最低限の素質はあるのだろう。ただ現状は何の力にも目覚めていない。
そもそも、強大な力を持ってしても死ぬ時は死ぬ。それがこの世界だった。
彼女が今世も苦渋を強いられているのは、前世の行いが悪かったからだろうか?
たしかに熱心に功徳を積むような人間ではなかった。かといって、悪行に手を染めていたわけでもない。働いては家に帰って寝る、を繰り返していた。
その過程で身も心もすり減って行き、そこまで来ると不思議なもので、逃げる選択肢さえなくなる。
そんな無味乾燥とした生活の中で、心を動かされたのが呪術廻戦だった。
彼女の苦しみが、あのダークな内容に強く同調した。
今世は願わくば過労死をしない程度で平穏に生きたい。しかしこの世界に転生したからこそ、成し遂げたい願いがある。
その願いと前者の平穏な人生を天秤にかけると、後者に傾く。
推しを、救いたい────。
彼女が前世で好きになった推しは、ことごとく死んでいった。悪役だろうが味方側のキャラだろうが、とにかく死んでいった。もはやそのキャラを好きになったら、死ぬことが確定するレベルで。
そんな嫌な卵が先か、ニワトリが先か…な話があってたまるかと彼女も思ったが、自分の人生で最後に好きになった推しもやはり死んだ。
なぜここまで死ななければいけないのか。もっと生きて、幸せな人生を歩んでもよかったのではなかろうか?
幾度と思ったifの考えも、そのキャラが死んでしまえば結局どうしようもない。
しかし、今は違う。
自分が生きている世界に、推しも生きている。
ただ、忘れてはならない。この世界が呪い渦巻く世界であることを。メインキャラでさえ次々と死ぬのだ。原作で出たこともないモブキャラの彼女など、当然の如く死ぬだろう。その死の描写も運が良くて、「○○○名死亡〜…」の中の一人に数えられる程度に違いない。
それでも、彼女には他の人間にはない
それこそ
何事もまず、はじめてみなければわからないのだ。
だからこそ、彼女は決めた。
──────七海建人を、救おうと。
◇◇◇
施設で育つ子どもたちには名前がない。その代わりに与えられているのが番号で、桁数は三桁。各自に割り振られた番号がそれぞれの腕に彫られていた。
彼女の番号は『044』である。もうあからさまに「死」が強調されている。名前を呼ばれるたびに彼女は番号呼びの異質さも相まって、げんなりとした。
しかし生活は意外にも普通だった。まだ幼児の彼らは施設から出ることは許されていない。ただそれ以外は本を読むなり、ドーム型の自然の光が入る“外”を模した場所で隠れんぼをするなり、自由である。
食事も三食で、おやつ付き。昼寝もでき、夜は八時間以上ぐっすり眠れる。
何なら彼女の望む“平穏”な生活を送れている。
施設の職員も子どもたちに優しく、悪いことをすれば叱る。
この施設のきな臭さは拭えないのだ。
拭えないはずなのに、純粋な子どもたちと過ごすうちに、疑心感が薄れていってしまう。
このままではいけない。彼女の目的は推しを救うことなのだ。
「
子どもの一人が彼女を誘う。名前については「よんじゅうよん」──ではとても長いため、それぞれが呼びやすいあだ名をつけて呼んでいる。その流れで彼女は『
「
「ぼくは?」
「
「わかった。ぼく、だんごむし!」
「だんごむしは、しゃべらないの」
「………」
精神年齢が周囲と比べてふたまわりは高い彼女は、子どもたちから姉のように慕われている。そんな彼らに前世では気ほどもなかった親心が刺激され、構うようになった。すると次第に彼女には幼い友だちが増えていった。前世では孤独だったのが嘘のように。
「シシちゃんまま、だいすき!」
太陽のように、子どもたちは笑うのだ。
そんな幼子たちが、彼女には眩しく映った。
◇◇◇
彼女は時折夢を見る。前世で体験したつらい日々のことを。
そして起きると平穏な現実が待っている。
忘れてはいけないのだ。この世界が呪いの世界であることを。
だというのに、彼女はそのまま今の平穏に浸かろうかと考えてしまう。わざわざ地獄の道を進まずともいいのではないかと。
心が揺らぐ度に、彼女は推しの最期を思い出した。やすらかな表情で主人公に笑ったあの顔を。
安らぎはある意味で
だが残された周囲はどうなる? 彼女の周りにはあいにくと自分の死を悲しむような人間はいなかったが、七海建人は違うだろう。
ファンの多くが悲しんだはずだ。何よりも目の前で死なれた主人公が苦しんだはずだ。
そうだ。ここは幸せの箱庭ではない。忘れてはならない。
子どもたちはともかく、大人の微笑みを信じてはならない。平穏な日常を一つ一つ疑わなければならない。番号で呼ばれる自分たちは、何らかのモルモットなはずなのだ。
時折子どもたちの健康状態のチェックのため行われる身体検査も、病気がないか診るためではなく、“記録”をしているのかもしれない。
疑って疑って、疑う。
そうでもしなければ、彼女はこの箱庭に堕ちてしまう。
自分にはありがちなチートの異世界特典もない。甘い蜜を啜っていると、簡単にそちらへなびいてしまう軟弱な精神でしかない。
本当にこのままで推しを救うことはできるのだろうか? 色々と考えてはいるが、まずここから抜け出す算段も立っていないというのに。
「………」
彼女は両手を握り、神に祈る。
結局神頼みかと、内心では思った。
◆◆◆
【19××年 ×月×日
──────『蠱毒』開始】
◆◆◆
蠱毒の壺。
知っている者は知っているだろう。古代中国にて用いられた呪術である。
壺の中に入れられた生き物は生き残るため、喰らい、殺していく。そうすることでより強力な呪いを作り上げることができる。
これをはたして人間で行った場合、どうなるだろうか? きっと考えるのも悍ましいものだろう。
そんな彼らにひとつの試練が課された。
それはこの中に残った一人のみが、外へ出ることができるというもの。
試しに子どもの一人が入ってきた扉を叩いてみるが、開く様子はない。押しても引いてもびくともしない。
真っ白な部屋の中にはここから脱することのできそうな道具はなく、絵本などの娯楽品もない。
文字どおり中にいるのは子どもたちだけ。
そのうち彼らは遊び出し、やがて疲れて寝る者や空腹を訴える者が現れはじめた。それでも扉が開くことはない。
はじめは危機感のなかった彼らも、次第に恐怖や悲しみといった感情を見せ始めた。
トイレもないため、粗相をして泣く者もいる。空腹で泣く者もいた。
この蠱毒の実験がなぜ子どもを使って行われているのか、疑問に感じる者もいるだろう。
それは彼らが
子どもは生命力に富み、喜怒哀楽の感情が大きい。また、大人と違い倫理観が発展途上なのもこの実験に適している。
捕らわれの彼らはやがて空腹に喘ぐ。
さすれば何か起こるだろうか。
答えは、グリーン・インフェルノでも見て確認して欲しい。
◆◆◆
真っ白だったはずの空間は今や血で血を塗りつぶし、おぞましいまでの呪いが充満する地獄へと変わった。
「死にたぐっ……ない、死にたくない死にたくない、死にたくない……」
彼女にはすでに片足と片腕がない。
友人、あるいは家族であった子どもたちは、空腹の中で人間の味を知ってしまった。
──否、人間が“食えるもの”なのだと、知った。
一度地獄が始まるとその波紋は次々と広がっていき、血の花火が咲き誇った。
「死にたく、ない」
彼女は残った手足でズルズルと這いずり、扉の方へ逃げる。途中には人間の素材が床を埋め尽くすように転がっている。
「しにたくな゛い」
必死の形相で命を乞う。死にたくないと、彼女は何度も言う。そうして懸命に扉をひっかいた。彼女以外の人間で引っかかれた扉は、ミミズ腫れのようなキズの間にまで血が染み込んでいる。
「あ゛っ」
ズルリと彼女の体が扉から離れ、そのまま引きずられていく。
残った彼女の部位に、鋭い痛みが走る。グチャグチャと咀嚼音もした。
「しに、た………」
意識が急速に遠のいていく。
手に込めていた力も完全に抜け、まぶたが降りていく。
そして痛みにより痙攣した体も動かなくなり、かすかに聞こえていた悲鳴も途絶える。
死が、彼女を迎え入れた。
そんな骸となった彼女の側にいつの間にいたのか、一匹の黒い芋虫が這っている。
芋虫は小さな体を懸命に動かし、ムシャムシャと部屋の呪いを食べ始めた。
その傍らで子どもたちの残骸も食べ尽くしていく。みるみるうちに人間の人さし指よりも小さかった体が大きくなっていき、子ども一人をたやすく丸呑みできるほどの大きさに成長する。さらにその成長は進む。
部屋を綺麗にしていく芋虫はその過程で一人生き残った子どもも食べ尽くし、やがて動かなくなった。
まるで本当の虫のように、その姿が幼虫からさなぎへと変わっていく。
呪いの子は、かくしてできあがった。
◆◆◆
【19××年 ×月×日
────『蠱毒』完了】
◇◇◇
そこは人里離れた場所にある、古き良き日本家屋。
まるで秘された宗教組織の建物がありそうな──、だが実際に宗教組織の建物であるこの場所で、一人の幼女が縁側で転がっていた。
烏羽の如き長い黒髪が、陽を吸い込む木の上で散らばっている。赤いビィドロをそのままはめ込んだ造りの目は、眩しそうに目を瞬かせた。その直後、グルルオォンと、まるで田舎のヤンキーが走らせる車の騒音のような音が鳴る。
「おなかすいた!」
幼女は側に控えていた女中に、腹減りコール(爆音の腹の虫の音つき)を出す。
三時間前に普通の人間が見れば引くほどの量を食べた腹の中は、すでにカラだった。
つまり彼女は、腹ペコなのである。
「では櫻様、三時のおやつと致しましょう」
「わーい!!」
彼女は頬を真っ赤にしてはしゃぐ。
その日は青い空に白い雲がゆったりと流れる、穏やかな日だった。
【蠱毒】
だれかがおこなっていたみたい
【百八人の子どもたち】
にんげんのぼんのうは、108こもあるんだって
【黒い芋虫】
たくさんたべて、おおきくなったよ
【“彼女”】
このひとは、おいしかったのかな
【グリーン・インフェルノ】
おなかがすいてきちゃった
【櫻】
わたしのなまえだよ
私個人の問題として精神状態の波があります。それでもやはり小説を書くのは楽しいと思える数少ない趣味なので、色々とお見苦しいところは多いかと思いますが、もしまたお付き合いいただけたら幸いです。