腹ペコ毒蟲【新版】   作:アンディライリーのうさぎ

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しょうちくばい。バイはグッバイ。


11話 笑・畜・バイ

 カチッと押されたカセットから、ラジオが流れる。視聴者のリクエストを受け、クラシックが始まった。

 その音楽に合わせるように室内に灯油が撒かれていく。

 

「はっ、……はぁ…」

 

 櫻は虫の息だった。

 

 父親がいきなり蔵に入ってきたと思えば、髪をつかまれ引きずられていった。人の言葉を忘れたように狂笑する男に、抵抗する気も起きなかった。

 自分が正真正銘のバケモノだということを知って、わずかにあった生への執着も手放してしまった。その執着は母親がつなぎ止めてくれたものでもある。

 

 連れて行かれたのは客間。途中で見えた兄は、倒れたままピクリともしなかった。

 

 父親は「俺は優しいからな。逃げるチャンスは与えてやろう」と、拘束はしなかった。

 その代わりに、彼女の四肢を刀で切り落とした。

 

 

「はは、ははは! ほぉらほぉら、這え這え!! 芋虫のように悍ましく、地面を這ってみせろ!!」

 

 

 血だまりの中からは櫻の意思を無視して、虫が生まれる。

 そして切れた手足をくっつけようと動く。それを見た父親は、こう言う。

 

 

「おお? 貴様はまさか人間のフリをした呪霊(バケモノ)だったか! 晴明様、ご覧になっておられますか!! 私がこのおぞましきバケモノに天誅を加えてみせまする!!」

 

 

 刀を振りかざした男は、何度も彼女の体を斬っていく。

 櫻の悲鳴は次第に小さくなり、体の痙攣も小さくなっていく。

 

 それでも父親は刀を振りかざした続けた。義理とはいえ自分の娘だったはずの少女を、楽しそうに切り刻んでいく。

 

(お母、さま……)

 

 彼女を助けると言っていた母親は、いったいどこに消えてしまったのだろうか? 腹は膨れていないため、自分の虫が暴走するなりして、食い殺したわけではないはずだ。

 

(お兄、さま…)

 

 今日はじめて会話を交わした兄。

 環境さえ違えばこの兄とも、“兄妹”になれたはずだ。

 

(………?)

 

 そこではたと彼女は気づく。

 畳の上に倒れていた兄は、すでに事切れていた。様子から考えれば、兄は殺されたのだ。この、おかしくなってしまった男に。

 だったら居なくなったという母親は? それに屋敷から漂うこの独特の臭いを、野生帰りしていた櫻は知っている。

 

 

(お母さまは、この男に………?)

 

 

 彼女の体に詰まっていた臓物があふれ出て、散乱する。

 

 

「ははは、はははは………みぃんな死ね、出来損ないはみぃんな死ね……」

 

 

 父親は最後にポリタンクの中の灯油を浴び、ライターをつけようとした。

 しかしその持っていたライターを落としてしまう。自分の手を見れば、異常なまでに震えている。それどころか、全身が痙攣するように震える。冷や汗が毛根の穴という穴から噴き出る。

 

「あ゛っ………?」

 

 よくよく見れば、彼の足には一匹の虫が噛みついていた。

 ドサッ、と音を立てて彼は倒れる。

 

「お前が……?」

 

 紅い瞳が櫻の内面を映すように、より真っ赤に染まる。今にも血がこぼれそうな色だ。

 

「お前が、殺した……?」

 

「ヒッ!!」

 

 虫たちが無理やりつないだ体で、櫻は立ち上がる。つないだ部分が逆を向いているところや、ボトリと落ちてしまう場所もある。

 

「アイツが悪いんだよ!!! 全部全部全部ッ、あの出来損ないが悪いんだ!!!」

 

「どうして? どうしてどうしてどうして?」

 

「くっ、来るなァ!! 私の側に近寄るなァ────ッ!!!!」

 

「どうして?」

 

 夫婦とは、お互いが愛しあったからこそ夫婦になり、やがて妻が口から卵を………ではなく、青い鳥がお腹の中に子を授けてくれるのだ。母親がそう教えてくれた。

 

「殺したくなるほど、お前はお母さまのことが好きだったの?」

 

 櫻の質問に、男は口角を釣り上げる。

 

 

「誰があのような売女を愛するものか」

 

 

 それが父親だった男の答えである。

 あぁ──と、櫻は微笑む。「よかった」と彼女は心の底から思った。

 

 この父親だった人間が、お母さまとお兄さまを()()()()()()()()()()()

 

 まるでそれは、お気に入りの服に汚れがつかなかったことを喜ぶような気持ちである。

 

 もし殺すほど愛していたというなら、櫻の考えはまた変わっていただろう。

 

 

「大丈夫。お前はちゃんと死ぬから。でも燃えて死ぬんじゃ簡単でしょう? もっとお前は苦しんで、苦しみ抜いて死ぬといいよ」

 

 

 物語はこうだ。

 

 イかれた男が母親を手にかけ、次に息子を手にかけてしまう。そして最後に義理の娘を殺そうとしたが、閉じ込めた娘を引きずっている最中に腕を噛まれ、逃げられてしまう。

 それから焦った男は車で遠くへ逃げ出すのだ。

 

「人が一切入らない森を知っているの。そこで徐々に()()()()()()()いけばいいわ。徐々に徐々に、お前という人間が食われていく痛みの中でね」

 

「あ゛っ、がっ、あっ」

 

 櫻は本能にしたがい、自分でも知らなかった未知の能力を使う。

 男の耳の鼓膜からムカデの形をした虫が入り込み、ズズ、ズズ…と侵入していく。

 直後、男の目がグルンと白目を剥いた。

 

「自分で体は動かせないけど、たぶん意識はあるでしょ? はじめてだから、ちゃんと調整できたか分かんないな…」

 

 彼女の心配とは裏腹に、彼女の虫が肉体を操作する男は、外へと消えていった。そして車のエンジンをかける音が鳴る。

 一応成功ということだろう。車の運転方法など櫻が知らないことは、虫が男の情報を読みとって操作してくれるはずだ。

 

「あっ、ナナミン」

 

 いつの間にいたのか、ナナミンが隣にいる。あの男を食べてしまうかと思った、と言ったナナミンに櫻は顔を顰める。

 

「あの肉は()()()()だったからいいの。それに食べたら、お母さまとお兄さまを殺した報復にならないわ」

 

 その間、母親の死体を探す櫻。臭いの出所を探れば比較的すぐに見つかった。

 畳に触れた櫻の手は、ひどく震えている。

 

「お母さま………」

 

 すれ違いの末に、ようやく家族らしくなれるはずだった。変わった兄とも、きっと。

 

 櫻は寄り添うように畳に横になった。まだ虫が治そうと動く傷が痛む。

 

 これから櫻はどうすればいいのだろうか? 児童養護施設へ戻るのだろうか? 

 

「……戻るのは無理かな。お腹が減ったら、みんなを「美味しそう」って思っちゃうんだから」

 

 自分がバケモノだと自覚した以上、これまで見ていた景色がまるっきり変わってしまったように思える。

 真っ青な世界で生きていたのが、真っ赤な空の世界で生きている気分だ。

 

「私はあの人から逃げたことにするから、行かなきゃね。遠い………遠いどこかに」

 

 涙を堪える彼女に、泣いてもいい、と言うイマジナリーフレンド。

 櫻は小さく首を横に振った。

 

「バケモノは、泣かないもん」

 

 バケモノはそこにいるだけで人を恐怖に陥れ、不幸にしてしまう。

 そうして彼女の周りにいた人間の多くが不幸になっていった。

 

 バケモノはならば、孤独に生きるしかない。

 

 イマジナリーフレンドナナミンは、イマジナリーながら、優しく彼女を抱き留める。

 そこで櫻は「あっ」と声を漏らした。

 

 そうだ。そうだった。たとえ彼女が孤独になっても、イマジナリーフレンドナナミンは側にいてくれる。

 

 

「ずっと一緒にいてね、ナナミン」

 

 

 限界がきた櫻は、そこで気を失った。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 一週間近く前から何やら異臭がするようになった──という通報を受け、ある古い屋敷に訪れた警察。

 彼らが目撃したのは、壮絶な現場だった。腐敗し始めた少年の遺体に、軒下に埋められていた女性と思しき死体。

 

「おいっ! まだかろうじて息があるぞ!! 急いで救急を呼べ!」

 

 そして、やせ細った体で倒れていた一人の少女だった。

 

 この事件は詳細が明らかになっていくに連れ、恐ろしいその全貌を明らかにしていく。

 

 

 

 

 

 それから二か月の時が経つ。

 

 事件の捜査により、その家の長男と妻を殺害した人物は父親で間違いないだろう──と判断された。男はいまだ行方を捜索中である。

 

 衰弱しきっていた櫻は当初生きる気力をなくしていた。しかし空腹には耐えきれなかったようで、ガツガツモリモリ食べてから、吹っ切れたように食べまくっている。具体的な量でいうと、一日で成人男性二週間分はペロリと平らげる。

 

 あのまま逃げて、そしてどこかで死んでしまおうと思っていた彼女。

 

(これが『腹が減ってはいくさはできぬ』って事なのか?)

 

 何事も食べてからでないと始まらない。そして腹いっぱいに食べると、鬱屈とした気持ちがどこかへ行ってしまい、元気になっていく。

 

 夜は暗いことばかりを考えてしまうのと、同じ原理かもしれない。

 腹が減っていたから、暗い気持ちに拍車がかかってしまったのだ。

 

「そもそも死んじゃったら、こうして食べることもできなくなっちゃうもんなぁ…」

 

 櫻はやはり、現金(ハングリー)な女だった。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 事件は呪術師家系だったこともあってか、報道は一切なされなかった。

 

安倍(あべの)家』に関しては、本家含む分家たちから「我々とは何の関わりはない──」と、完全に縁を切られてしまっている。

 

 術式を持つ櫻は一時高専に保護された。やがて嫁ぐ自分とは縁がないと思っていた場所だ。

 

「術師になる気はないか?」

 

 そこで彼女はそんな提案を受けた。高専は常に人手不足だ。そのため、積極的に一般家系でも才能がある者をスカウトしている。

 

 そんな飢えたハイエ……高専からの頼みに、櫻は少し悩んで「いいですよ」と返した。

 ただしいくつかお願いをした。

 

 

 まず一つ目は、彼女の苗字を『安倍』のままにすること。

 ただし本家筋の意向(縁切り)を組み、読み方は「あべの」ではなく、「あべ」とする。

 

 亡き母と兄とのつながりを、櫻は失いたくなかった。

 

 母親が自分と兄を夫から守るため、彼を殺そうとしたことは彼女も知っている。自分の部屋にあったらしい手紙を読んだからだ。それには、「貴女への償いにならないかもしれないけれど──」という謝罪の内容も書かれていた。

 

 母は彼女と最後に会ったとき、すでに夫を殺す決意を固めていたのだろう。どの道その殺害が成功していれば、母親とは暮らせなかっただろう。

 

 それでも、母親が自分()を守ろうとしたことを知った時、櫻は改めて泣いた。

 もっと早く、何かを変えられていれば────と、後悔した。

 

 もうすべてが遅いのだが。

 

 

 そして二つ目が一人でも暮らせるよう、最低限の援助をすることだ。これは衣食住に関してである。特に『食』には念に念を押して、押しまくって土俵外に押し出(お願い)した。

 

 櫻は平均的に一日で成人男性の一週間分を食べる。つまり4〜5日で成人男性の一か月分になる。これに成人男性の一か月分の食費が約5万であることを踏まえ、彼女の一日の量を「成人男性の5日分」とすると、櫻の食費は約30万……あるいはそれ以上かかることになる。末恐ろしい女である。

 

 

「……承った。それと、家でこれまで術式を学ぶ機会がなかったと聞いた。こちらからの提案にはなるが、術師の講師は必要か? 望むならば、高専側(こちら)の余裕がある場合に限るが、定期的に指南役をつけることも可能だ」

 

「それは大丈夫です。自分の術式は虫を操ることが全般です。ですから似た系統の術式を持つ人でなければ、参考にならないと思います」

 

「了解した」

 

 

 話はあらかた終わった。櫻は高専から派遣された男を見つめる。最初は事件に遭った彼女の身を心配していたようだった。しかし櫻の冷静な態度を見て、むずかしげな表情に変えた。色々と向こうは思うことがあるらしい。何か言葉をかけようとした場面もあったが、結局男は事務的な内容のみ話した。

 

「あの……」

 

「…何だ?」

 

 櫻はどうしても、どうしても一つ気になっていたことを尋ねる。

 

 

「どうしておじさんの頭は、車で轢かれたようにハゲてるんですか?」

 

 

 それに男──夜蛾正道は、「……………ファッションだ(特に深い意味はない)」と答えた。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

「それにしても」

 

 

 病室で一人になった櫻は、ポツリと呟く。

 これまで縁のなかった他の安倍家の者から知ることになった、あの『安倍家』の事実。

 

 

 

「そもそも数代遡った人が、分家にもらわれた養子だったなんてね」

 

 

 

 あの男が固執していた『安倍晴明』とは、血のつながりさえなかった。

 

 この事実をあの男は知らなかったのは、歴代の当主の誰かが何らかの形で隠してしまったからだろう。その人物はもしかしたら、自分の血を恥じたのかもしれない。

 

 

「あぁ、おっかしい」

 

 

 櫻は、笑うしかなかった。

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