腹ペコ毒蟲【新版】 作:アンディライリーのうさぎ
12話 空色ヴィジョン
約五年後、呪術高専に入学することが決まった櫻は、自分の術式を鍛え始めた。
まず自分の術式は体外的に『
『腹凹』の力は今後も秘匿する方向にした。もし高専が『アオムシ様』の情報を知っていた場合、“呪霊が食える”という共通点が結びついて、「コイツもしかして『アオムシ様』じゃね?」となりかねないからだ。もしそうなったら蠱毒から生まれている彼女は即、秘匿死刑になるだろう。
して──、櫻の血から生成された黒い
その名のとおり毒を有しており、噛んだ相手に注入することもできる。毒のバリエーションは豊富で、これは彼女が一度摂取したことのあるものが使えるようだ。彼女の父親だった男の体が突如動かなくなったのも、この毒の影響である。
毒は複合することも可能で、動物にも呪霊にも効果があった。
「私どこで毒なんて食べたっけ……あっ」
アンサーイズ、野生児時代だった。
百蟲はまた、彼女と大まかな情報を共有できる。この力は索敵で大いに役立ちそうだった。
ただし出す百蟲が増えるほど、彼らの位置情報はかなり大雑把にしかわからなくなる。これは容量の多い
虫たちは呪霊の索敵に使うとして、呪霊を見つけた時用に発見信号を本体に送る術も身につけた。それとは別で、危険信号も別途に用意しておく。
「数匹程度だったら、もっと詳細に情報を受け取れるし、多数にはできない操作もできるみたい」
数の減少=虫の知能が上がる……という認識でもいいかもしれない。知能の上がった虫はこうして、男を精密に操っていたのだ。
櫻はどの程度のことができるか、試しにクモ型の虫を二匹だし、マイムマイムをさせた。
これらの虫の活動は、虫の内部にある彼女の呪力を使う。これが尽きると、虫は形を保てなくなり、血に戻ってしまう。
ただ使う呪力は別段、櫻のものでなくてもいい。例えば呪霊を食べれば、その呪力をエネルギーに変換することができる。
「あとは虫を動物に仕込んだ場合も試しておこう!」
早速マウスを調達し、何匹同時に操れるか、どれほどの時間操れるか──などを調べてみる。
結果、いくつか収穫があった。
彼女の意思で操作できるのは五体まで。この際、操作に使っている以外の虫をだすことはできない。
操れる時間は実質無限だ。「〇〇をしろ!」と命令をする際は、その命令をのせた電波を発信するための
一方で取り憑かれた側は仮死状態(そもそも、虫は宿主にする本体の脳に侵入して体を操作する)になるので、活動に必要な呪力の生成がほぼ無くなる。この呪力が尽きた場合、虫は本体を操作できなくなる。そうなった場合、何が起こるかというと………植物人間がいっちょあがる。一匹に限定するのなら、脳死させないようにすることは可能だ。
仮に動かなくなった対象の操作を続行させたい場合は、櫻自身が操作対象に呪力を補給する必要がある。
「ネズミ、動かなくなっちゃったね…」
脳死状態になったマウスを見つめる櫻。
彼女はマウスの尻尾をつまんで、口の中に入れた。
このマウスの操作で得られた成果はもう一つある。
五匹以上のマウスを操ろうとした際のこと。櫻の意思で具体的な命令をくだすことはできなかった。
ただし全体に同じ命令をすることは可能で、「北に向かってダッシュ!」というような命令をすると、同じようにマウスたちは動いた。この数は、彼女が出せる虫の限度まで増やせる。ちなみに出せる限度は彼女の血液量=となる。それ以上は増やせない。
「たくさん増やすと、命令がない時はゾンビみたいになっちゃうね。面白いなぁ」
人間にもこの力は使える。ここは語呂の良さをとって、『蟲人間』とでも呼ぼうか。
蟲人間はしかし、封印せざるを得ない。誰がどう見たって呪詛師向きすぎる力だからだ。
彼女は呪術師になるのであって、呪詛師になるわけではないのだ。
『蠱毒から生まれた時点で厄満では?』
「たしかに呪詛師適性はものすごく高いけど、もしなったら追われてご飯を食べる余裕もなくなっちゃうでしょ! だから、私は呪詛師になんてなりませんッ!」
そりゃあ、櫻は何度も人間不信になった。その状態が極まれば、呪詛師になっていたかもしれない。
それでも99分の“1”は、バケモノの自分を愛してくれた。ただ彼女がバケモノだと知ったら、きっと恐れて、逃げてしまうだろう。
「大丈夫。私は一人じゃないもん」
イマジナリーフレンドを見て、櫻は笑った。
◇◇◇
「うわああああっ!」
勉強である。
「ぐわああああっ!!」
これまでサボりつつけてきた分の、学校の勉強である。
「っしゃおらあああああっ!!!」
寄せに寄せまくったしわを、櫻は食らっている。もはや術式を鍛えるどころではない。
きっかけは定期的に様子を見にくる夜蛾が、彼女がかけ算すら危ういことに気づいたことから始まる。
今さら学校になど行きたくない彼女は、登校を拒否した。どうせいじめられて。呪詛師適性が高まるだけに決まっている。
その結果、家庭教師をつけられることになった。地獄の始まりである。
一年の勉強から始まり、勉強勉強、そして勉強。かくして時期は春になり、11歳の誕生日を迎える頃にはかけ算はおろか、わり算もマスターした。だが勉強はまだまだ終わらない。
「うおおおおおおっ!!」
そんな勉強づけの日々は、約一年間続いた。
だが地頭は良かったおかげが、年齢と同レベルを追い越して、小学卒業レベルにまで達した。そうなると家庭教師はほぼ不要になり、勉強は自主学習になった。これで修練に励める。
一応勉強していた間も、密かに虫たちに呪霊のひょいパクをさせてはいた。
「……さて、できるのが索敵だけじゃ、しょうがないからね。体も鍛えるぞー!」
『腹凹毒蟲』の『腹凹』の力は、呪霊を喰らえば喰らうほど、全体のステータスにバフがかかる。そのため、次のステップに向けて呪霊を食べさせていたのだ。
現在虫たちは
「まずは3級を虫と協力して倒せるようになるのが目先の目標かな」
虫が援護にまわり、櫻が攻撃要因となる。バフは筋力にも適用される。
まずは基本的な体力づくりをしつつ、武道も習うようになった。
それと平行して、自分の“得物”を探すことにした。
「ナナミンみたいな
色々と試してみた末、彼女の武器は巨大なハンマーになった。ホラー映画で人間の頭をつぶす時に使われるようなアレだ。
それを嬉々として振り回し、手を滑らせて落としてしまう。勢いよく飛んでいったハンマーは、木をなぎ倒した。
「……使い慣れないとなぁ」
滑り止め用に、使うときはグローブを装着した方が良さそうだ。
こうして櫻はイマジナリーフレンドや夜蛾からアドバイスをもらいつつ試行錯誤を進め、最終的に呪霊をハンマーでぶっ潰していく脳筋モンスターに進化していく。
おまけに成長するにつれさらに増していく食欲と比例して、身長もどんどん伸びていった。
◇◇◇
義務教育が終わる。つまり櫻はもうすぐ高専に行くことになる。
これから彼女は本格的に呪術界へ足を踏み入れることになる。
いまだ世界が変わる自覚がない自分に、その自覚を持たせるためだったのか。
あるいはただ、その懐かしい姿を見たかったからか。
自分がバケモノだと自覚し、意図してあわないようにしていた数年間。櫻は久しぶりに院長に会いに行った。
彼女はすでに施設長を辞めていた。それも自分から辞表を出す形で。
電車に揺られながら、櫻は院長が長男夫婦と住む場所へ向かう。事前にアポは取っていない。偶然を装って声をかけるか、それとも遠くから眺めるだけにするか、心が決まっていなかったからだ。
(もし会ったら、院長先生は何を言うかなぁ…)
『安倍家』の元当主、つまり櫻の元父と施設を運営する上の間で行われた裏の取引。それを知らぬまま、院長は櫻を涙を流しながら送り出した。そして櫻以外にも、金で買われた子どもがいた。
安倍家の捜査が進むにつれこの裏取引も明らかになり、院長である彼女はその取引を知ることになった。
その結果、彼女は責任を取り辞めることにしたのだ。
きっと、彼女のうちには途方もない罪悪感もあったのだろう。
「先生は、みんなのお母さんだったもんね」
目的の駅につき、周辺の景色を眺めながら歩くと、現在院長が住まう家を見つけた。遠目でその様子を見た櫻は一瞬迷い────結局、手紙をポストに入れて帰ることにした。
手紙の内容は要約すると、「自分は元気にやっています」というものだ。
それと、見舞いなど彼女に会おうとした院長を、故意に避け続けてしまった謝罪も書かれている。
「……帰りに何か、ここら辺の有名な店で食べて行こうかな」
辛いときには、やはり食べるに限る。
赤い空を見上げた彼女にそこで、声がかけられた。
「さくら……ちゃん?」
懐かしい声。ゆっくりと櫻が振り返ると、老婆がいた。
ついさっきまで、その老婆は庭の花壇の花に水をやっていたのだろう。ゾウさん型のジョウロが握られている。
もう一度、老婆は櫻の名前を呼ぶ。
「櫻ちゃん…でしょう?」
「………久しぶり、院長先生」
「……ッ!!」
駆け寄った老婆は、自分よりもはるかに高くなった櫻を抱きしめる。
お日様の匂いが、櫻の鼻腔にただよう。変わらない匂いだった。
「本当に……っ、大きくなって…!!」
「えへへ、そうでしょ」
それから家に招かれた櫻は夕食をご馳走になり、泊まっていかないか、という誘いは断って帰宅した。
これまでの他愛もないことをたくさん話した。もちろん、血に塗れたことは隠して。
そうして話すうちに、やはりお日様の匂いを匂わせる彼女と、血の海で溺れる自分は住む世界が違うのだと理解した。
それでも。
「いつでも、帰って来ていいからね」
それでもこの人とともに過ごせた時間は、改めて、自分にとってかけがえのない時間だったのだと感じられた。
「ありがとう、院長先生」
ひとの人生は交わるように存在する。
今後院長と自分の人生が交わることがなくても、愛された思い出は消えない。それは自分の“母親”も同様だ。
そして愛された記憶が募るほど、不思議とあの女中との思い出が薄れていく。彼女の顔も思い出せないほど、おぼろげになってしまった。
あの女中のことも、櫻は確かに
「愛にも差があるのかな? ……よく分からないや」
帰りに院長に教えてもらった町一番の有名なラーメン屋で20杯ほど食べた櫻は、夜空を見つめながら駅へと向かった。
【院長先生】
すっかり老けちゃったけど、相変わらずお日さまの人だった。
【巨大な斧】
昔、海外で処刑をされるときに使われた曰くつきの呪物。重さを調整できるように改造したよ。
【マウス】
(食べる)量が全然足りなかった。
【勉強】
しゃらくせぇ。
【ラーメン屋】
「ふぅ、今日の営業もこれで終わ………「あ、まだやってます? ラーメン20杯ください」────!!!??」
おじさんは私がラーメンをたくさん頼んでくれたのが嬉しかったみたい。泣きながら作ってたよ。