腹ペコ毒蟲【新版】   作:アンディライリーのうさぎ

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三章
12話 空色ヴィジョン


 約五年後、呪術高専に入学することが決まった櫻は、自分の術式を鍛え始めた。

 

 まず自分の術式は体外的に『毒蟲(どっこ)』だと説明している。

 

『腹凹』の力は今後も秘匿する方向にした。もし高専が『アオムシ様』の情報を知っていた場合、“呪霊が食える”という共通点が結びついて、「コイツもしかして『アオムシ様』じゃね?」となりかねないからだ。もしそうなったら蠱毒から生まれている彼女は即、秘匿死刑になるだろう。

 

 

 して──、櫻の血から生成された黒い毒蟲(ドクムシ)。彼らは櫻の命令にしたがい動く。

 

 その名のとおり毒を有しており、噛んだ相手に注入することもできる。毒のバリエーションは豊富で、これは彼女が一度摂取したことのあるものが使えるようだ。彼女の父親だった男の体が突如動かなくなったのも、この毒の影響である。

 

 毒は複合することも可能で、動物にも呪霊にも効果があった。

 

「私どこで毒なんて食べたっけ……あっ」

 

 アンサーイズ、野生児時代だった。

 

 

 百蟲はまた、彼女と大まかな情報を共有できる。この力は索敵で大いに役立ちそうだった。

 

 ただし出す百蟲が増えるほど、彼らの位置情報はかなり大雑把にしかわからなくなる。これは容量の多い情報(データ)を一気に送り、受け取る側の脳に過剰な負荷をかけしてまうことを防ぐための自動的な処置だ。

 

 虫たちは呪霊の索敵に使うとして、呪霊を見つけた時用に発見信号を本体に送る術も身につけた。それとは別で、危険信号も別途に用意しておく。

 

「数匹程度だったら、もっと詳細に情報を受け取れるし、多数にはできない操作もできるみたい」

 

 元父親(あの人間)をあの世へ逝ッテQさせた時も、虫の数を一匹にし、操作の精度を上げていた。

 数の減少=虫の知能が上がる……という認識でもいいかもしれない。知能の上がった虫はこうして、男を精密に操っていたのだ。

 

 櫻はどの程度のことができるか、試しにクモ型の虫を二匹だし、マイムマイムをさせた。

 

 これらの虫の活動は、虫の内部にある彼女の呪力を使う。これが尽きると、虫は形を保てなくなり、血に戻ってしまう。

 

 ただ使う呪力は別段、櫻のものでなくてもいい。例えば呪霊を食べれば、その呪力をエネルギーに変換することができる。

 

 

「あとは虫を動物に仕込んだ場合も試しておこう!」

 

 

 早速マウスを調達し、何匹同時に操れるか、どれほどの時間操れるか──などを調べてみる。

 

 結果、いくつか収穫があった。

 

 彼女の意思で操作できるのは五体まで。この際、操作に使っている以外の虫をだすことはできない。

 操れる時間は実質無限だ。「〇〇をしろ!」と命令をする際は、その命令をのせた電波を発信するための呪力(エネルギー)が必要となる。ただその電波を受け取り動く際は、虫が自動的に取り憑いている本体から呪力を使う。

 一方で取り憑かれた側は仮死状態(そもそも、虫は宿主にする本体の脳に侵入して体を操作する)になるので、活動に必要な呪力の生成がほぼ無くなる。この呪力が尽きた場合、虫は本体を操作できなくなる。そうなった場合、何が起こるかというと………植物人間がいっちょあがる。一匹に限定するのなら、脳死させないようにすることは可能だ。

 

 仮に動かなくなった対象の操作を続行させたい場合は、櫻自身が操作対象に呪力を補給する必要がある。

 

「ネズミ、動かなくなっちゃったね…」

 

 脳死状態になったマウスを見つめる櫻。

 彼女はマウスの尻尾をつまんで、口の中に入れた。

 

 

 このマウスの操作で得られた成果はもう一つある。

 

 五匹以上のマウスを操ろうとした際のこと。櫻の意思で具体的な命令をくだすことはできなかった。

 

 ただし全体に同じ命令をすることは可能で、「北に向かってダッシュ!」というような命令をすると、同じようにマウスたちは動いた。この数は、彼女が出せる虫の限度まで増やせる。ちなみに出せる限度は彼女の血液量=となる。それ以上は増やせない。

 

「たくさん増やすと、命令がない時はゾンビみたいになっちゃうね。面白いなぁ」

 

 人間にもこの力は使える。ここは語呂の良さをとって、『蟲人間』とでも呼ぼうか。

 

 蟲人間はしかし、封印せざるを得ない。誰がどう見たって呪詛師向きすぎる力だからだ。

 彼女は呪術師になるのであって、呪詛師になるわけではないのだ。

 

『蠱毒から生まれた時点で厄満では?』

 

「たしかに呪詛師適性はものすごく高いけど、もしなったら追われてご飯を食べる余裕もなくなっちゃうでしょ! だから、私は呪詛師になんてなりませんッ!」

 

 そりゃあ、櫻は何度も人間不信になった。その状態が極まれば、呪詛師になっていたかもしれない。

 

 それでも99分の“1”は、バケモノの自分を愛してくれた。ただ彼女がバケモノだと知ったら、きっと恐れて、逃げてしまうだろう。

 

 

「大丈夫。私は一人じゃないもん」

 

 

 イマジナリーフレンドを見て、櫻は笑った。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

「うわああああっ!」

 

 

 勉強である。

 

 

「ぐわああああっ!!」

 

 

 これまでサボりつつけてきた分の、学校の勉強である。

 

 

「っしゃおらあああああっ!!!」

 

 

 寄せに寄せまくったしわを、櫻は食らっている。もはや術式を鍛えるどころではない。

 きっかけは定期的に様子を見にくる夜蛾が、彼女がかけ算すら危ういことに気づいたことから始まる。

 

 今さら学校になど行きたくない彼女は、登校を拒否した。どうせいじめられて。呪詛師適性が高まるだけに決まっている。

 

 その結果、家庭教師をつけられることになった。地獄の始まりである。

 

 一年の勉強から始まり、勉強勉強、そして勉強。かくして時期は春になり、11歳の誕生日を迎える頃にはかけ算はおろか、わり算もマスターした。だが勉強はまだまだ終わらない。

 

「うおおおおおおっ!!」

 

 そんな勉強づけの日々は、約一年間続いた。

 だが地頭は良かったおかげが、年齢と同レベルを追い越して、小学卒業レベルにまで達した。そうなると家庭教師はほぼ不要になり、勉強は自主学習になった。これで修練に励める。

 

 一応勉強していた間も、密かに虫たちに呪霊のひょいパクをさせてはいた。

 

 

「……さて、できるのが索敵だけじゃ、しょうがないからね。体も鍛えるぞー!」

 

 

『腹凹毒蟲』の『腹凹』の力は、呪霊を喰らえば喰らうほど、全体のステータスにバフがかかる。そのため、次のステップに向けて呪霊を食べさせていたのだ。

 

 現在虫たちは蝿頭 (ようとう)や4級相当の呪霊を捕食している。それ以上になると毒も通用せず、逆に食べられたり、倒されてしまう。

 

「まずは3級を虫と協力して倒せるようになるのが目先の目標かな」

 

 虫が援護にまわり、櫻が攻撃要因となる。バフは筋力にも適用される。

 

 まずは基本的な体力づくりをしつつ、武道も習うようになった。

 それと平行して、自分の“得物”を探すことにした。

 

「ナナミンみたいな(ブキ)、私も欲しい!」

 

 色々と試してみた末、彼女の武器は巨大なハンマーになった。ホラー映画で人間の頭をつぶす時に使われるようなアレだ。

 それを嬉々として振り回し、手を滑らせて落としてしまう。勢いよく飛んでいったハンマーは、木をなぎ倒した。

 

「……使い慣れないとなぁ」

 

 滑り止め用に、使うときはグローブを装着した方が良さそうだ。

 

 こうして櫻はイマジナリーフレンドや夜蛾からアドバイスをもらいつつ試行錯誤を進め、最終的に呪霊をハンマーでぶっ潰していく脳筋モンスターに進化していく。

 

 おまけに成長するにつれさらに増していく食欲と比例して、身長もどんどん伸びていった。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 義務教育が終わる。つまり櫻はもうすぐ高専に行くことになる。

 これから彼女は本格的に呪術界へ足を踏み入れることになる。

 

 いまだ世界が変わる自覚がない自分に、その自覚を持たせるためだったのか。

 あるいはただ、その懐かしい姿を見たかったからか。

 

 自分がバケモノだと自覚し、意図してあわないようにしていた数年間。櫻は久しぶりに院長に会いに行った。

 

 

 彼女はすでに施設長を辞めていた。それも自分から辞表を出す形で。

 

 電車に揺られながら、櫻は院長が長男夫婦と住む場所へ向かう。事前にアポは取っていない。偶然を装って声をかけるか、それとも遠くから眺めるだけにするか、心が決まっていなかったからだ。

 

(もし会ったら、院長先生は何を言うかなぁ…)

 

『安倍家』の元当主、つまり櫻の元父と施設を運営する上の間で行われた裏の取引。それを知らぬまま、院長は櫻を涙を流しながら送り出した。そして櫻以外にも、金で買われた子どもがいた。

 

 安倍家の捜査が進むにつれこの裏取引も明らかになり、院長である彼女はその取引を知ることになった。

 

 その結果、彼女は責任を取り辞めることにしたのだ。

 

 きっと、彼女のうちには途方もない罪悪感もあったのだろう。

 

 

「先生は、みんなのお母さんだったもんね」

 

 

 目的の駅につき、周辺の景色を眺めながら歩くと、現在院長が住まう家を見つけた。遠目でその様子を見た櫻は一瞬迷い────結局、手紙をポストに入れて帰ることにした。

 

 手紙の内容は要約すると、「自分は元気にやっています」というものだ。

 

 それと、見舞いなど彼女に会おうとした院長を、故意に避け続けてしまった謝罪も書かれている。

 

「……帰りに何か、ここら辺の有名な店で食べて行こうかな」

 

 辛いときには、やはり食べるに限る。

 赤い空を見上げた彼女にそこで、声がかけられた。

 

 

「さくら……ちゃん?」

 

 

 懐かしい声。ゆっくりと櫻が振り返ると、老婆がいた。

 ついさっきまで、その老婆は庭の花壇の花に水をやっていたのだろう。ゾウさん型のジョウロが握られている。

 

 もう一度、老婆は櫻の名前を呼ぶ。

 

 

「櫻ちゃん…でしょう?」

 

「………久しぶり、院長先生」

 

「……ッ!!」

 

 

 駆け寄った老婆は、自分よりもはるかに高くなった櫻を抱きしめる。

 お日様の匂いが、櫻の鼻腔にただよう。変わらない匂いだった。

 

「本当に……っ、大きくなって…!!」

 

「えへへ、そうでしょ」

 

 それから家に招かれた櫻は夕食をご馳走になり、泊まっていかないか、という誘いは断って帰宅した。

 

 これまでの他愛もないことをたくさん話した。もちろん、血に塗れたことは隠して。

 

 そうして話すうちに、やはりお日様の匂いを匂わせる彼女と、血の海で溺れる自分は住む世界が違うのだと理解した。

 

 それでも。

 

 

 

「いつでも、帰って来ていいからね」

 

 

 

 それでもこの人とともに過ごせた時間は、改めて、自分にとってかけがえのない時間だったのだと感じられた。

 

 

「ありがとう、院長先生」

 

 

 ひとの人生は交わるように存在する。

 今後院長と自分の人生が交わることがなくても、愛された思い出は消えない。それは自分の“母親”も同様だ。

 

 そして愛された記憶が募るほど、不思議とあの女中との思い出が薄れていく。彼女の顔も思い出せないほど、おぼろげになってしまった。

 あの女中のことも、櫻は確かにお気に入り(好き)だったはずなのだ。

 

「愛にも差があるのかな? ……よく分からないや」

 

 帰りに院長に教えてもらった町一番の有名なラーメン屋で20杯ほど食べた櫻は、夜空を見つめながら駅へと向かった。

 

 


 

【院長先生】

 すっかり老けちゃったけど、相変わらずお日さまの人だった。

 

【巨大な斧】

 昔、海外で処刑をされるときに使われた曰くつきの呪物。重さを調整できるように改造したよ。

 

【マウス】

(食べる)量が全然足りなかった。

 

【勉強】

 しゃらくせぇ。

 

【ラーメン屋】

 

「ふぅ、今日の営業もこれで終わ………「あ、まだやってます? ラーメン20杯ください」────!!!??」

 

 おじさんは私がラーメンをたくさん頼んでくれたのが嬉しかったみたい。泣きながら作ってたよ。

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