腹ペコ毒蟲【新版】 作:アンディライリーのうさぎ
呪術高専に入学する生徒は少ない。年度にもよるが、基本的に3〜4名のことが多い。
その年の東京校の入学者はなんと一人だけだった。
「ボッチだ……」
広い教室の中央にポツンと置かれた机。そこに座るのは長身の女である。
住まいも高専の寮に移した彼女は、今年度の入学者の人数を聞いて驚いた。内心、はじめての学校(小・中はずっと不登校だった)ということもあり、緊張していた。だが緊張もクソもなかった。何せボッチなのだから。
「まぁ、いいか」
高専は生徒が編入してくる場合も多くはないが、あるらしい。いつかは同級生ができるかもしれない。
お昼になると、櫻は早速学食に向かった。全メニューを食べきりたいところだったが、さすがに時間的な問題と、調理人の疲労的な問題があった。そのため、その日はメニューの4分の1を食べ、翌日に持ち越す。
「あの子が、今年の一年…」
「これまた、随分と面白そうな子が入ったね」
妊婦のごとき腹をさする彼女を、二人の生徒が見つめていた。
◇◇◇
後輩である。庵歌姫にとっての、初の後輩である。しかも話を聞くところによると、入ってくるのは女子らしい。
彼女はガッツポーズした。
呪術高専は一般の高専とは異なり、生徒が呪霊退治の任務を請け負う。
そんな環境下であると、友だちと休日にお出かけ──なんて流暢にできる時間がない。あったとしても、そもそもともに出かける友人がいない。
同級生の男たちとは会話はするが、友人というほどでもない。
ならば、歌姫の先輩である冥冥はどうだろうか?
話すことも多く、仕事を共にする機会も多い。昼食も時折一緒に食べる。
だが、“友人”かと聞かれると微妙なラインだ。歌姫的に冥冥のクールな雰囲気も相まって、“先輩”という意識の方が強い。
彼女を「私の友だちです」と言うのは、畏れ多ささえある。
(一緒に、一緒に休日にカラオケ行って遊ぶような友人が欲しいのよ……ッ!!)
そんな歌姫は、早速食堂で見かけた一年に会いに向かった。
そして歌姫の様子を見た冥冥は、面白そうなものが見れそうだと、彼女に付いていくことにした。
一年の生徒の名前は、『
「デカいわね、色々……」
後ろの扉からこっそりと中の様子をうかがう歌姫。当の生徒は教室の中央に座っている。
身長は遠目だが、おそらく180センチはある。制服はスカートが長いこと以外は特にイジっていないようで、ぴっちりとした服が殊更に体のラインを浮き彫りにしている。同性の歌姫でさえ、その冒涜的なラインに「すごっ…」という感想しか出てこない。
「歌姫、固まっているがいいのかい?」
「……ハッ!」
冥冥に声をかけられ、歌姫は我にかえる。
時刻はお昼時。歌姫は食堂へ一緒に行く体で一年を誘おうと考えていた。
(自然に声をかけるのよ、
歌姫は華のJKと呼ばれる時期に、そういった青春の1ページを飾りたいのである。
「あの………お昼ご飯、一緒に行かない?」
しかし現実は難しいもので、歌姫は脳内で用意しておいたセリフをほぼ飛ばしてしまう。
その姿を哀れに思ってか、冥冥が「彼女は庵歌姫。私は冥冥と言うんだ。昨日食堂で君を見かけてね。先輩後輩だが、同じ女同士、交流を深めたいと歌姫は思ったみたいだ」とフォローしてくれた。冥冥様様である。
それに長身の後輩はこう言った。
「あっ、私これからお昼ご飯を食べに行くので、ご飯無理です」
後輩は、ご飯をご飯で断ったのだった。
◇◇◇
まるでそれは、「かわいいでちゅね〜〜!」と野良猫に近寄ってくる人間のように。
櫻は突然近づいてきた庵歌姫という生徒を警戒した。
クールな生徒の『
つまり、仲良くなりましょう──ということである。
(彼女が私と仲良くする“メリット”って何?)
女同士で交流を深めたいというのなら、すでに庵歌姫は冥冥と親しくしているだろう。わざわざそこに自分も入れる必要があるのだろうか?
櫻はわからなかった。歌姫が何か、自分を利用するために近づいてきた可能性もある。
そのため彼女はご飯の誘いを、ご飯で断った。
「では、食堂が私を待っているので失礼します」
一応向こうは先輩なので、頭を下げてから食堂へ向かう。
後方では何やら冥冥のものと思われる笑い声が、廊下に響いていた。
この件が、歌姫の意地に火をつけてしまったらしい。彼女はちょくちょく櫻の前に現れるようになった。
歌姫も飯を飯で断る後輩に、はじめは「何なのあの子!?」と思った。
だがやはり教室で一人ポツンとしているところを見ると、どうしても気になってしまう。
さらにボッチの櫻をそれとなく気にかける夜蛾が、小中は学校に通えていなかった──と説明すると、歌姫は口元を覆った。
あの長身の後輩はずっと不登校だったのだ。何か事情があったのかもしれない。
そしてそれが起因して、孤独を愛する
「私がアンタのはじめての友だちになってあげるわ……!!」
かくして、庵歌姫は安倍櫻の攻略に挑んだ。
その結果、冥冥に先を越されることになった。
お昼時になり、いつものように一年の教室へ遊びに行くと、なんだか親しそ〜にしゃべる二人の姿があったのだ。「メーメーさん」「安倍君」などと呼び合ってもいる。歌姫はまだ、妙に緊張して苗字に「さん」づけをしてしまうというのに。
彼女は、裏切りに似たショックを覚えた。
「やあ、歌姫」
「(パクパクパクパク……)」
櫻は冥冥に差し出されたと思しきお菓子を食べている。
なるほど。ハングリーな後輩の攻略方法は、食べ物だったわけである。
「……ね、ねぇ、あっ……櫻さん。実は私おすすめのお好み焼き屋があるんだけど、今度二人で行っ────「行きます!!」────………じゃ、じゃあよろしくね」
「おや、私は抜きかな? 寂しいものだ」
「と、とんでもない! 冥さんもよければご一緒にどうぞ!」
そして休日に、華のJKとはほど遠いお好み焼き屋に行くことになった三人。
こうして女同士で出かけるのが久しぶりだった歌姫は、大いに休日を満喫した。
お好み焼き屋以外にも、ショッピングやカラオケに行った。
(たっっっのし〜〜〜!!)
これである。歌姫がやりたかったのは。このアオハルな感じである。
それからすっかり日も暮れ、暗い時間になった。冥冥は途中で任務が入ったため、今は櫻と歌姫の二人だけだ。
普段は冥冥を交えての三人だったが、こうして二人きりになるのははじめてだ。
歌姫はチラリと後輩を見る。「あまりオシャレには興味がなくて…」と言っていた櫻の手には、紙袋がたくさんある。先輩二人が着せ替え人形にして選んだ服だ。歌姫チョイスのかわいらしいものや、冥冥チョイスのかなり際どいものまで。他人の服を選ぶのは、自分の服を選ぶ時とはまた違った楽しみがある。
そして会計の時にかなりの額になってしまい、歌姫は焦った。しかし櫻は「食費よりは全然安いですし、大丈夫ですよ」と、カードで買っていた。中学生のころたまに
「今日はありがとう。とても楽しかったわ」
「いえ、こちらこそ服を選んでいただきありがとうございました」
「……ねぇ、思ったんだけど、別に話す時は敬語じゃなくてもいいわよ?」
「ですが、庵さんは先輩ですし…」
「呼び方も苗字に「さん」って堅苦しいじゃない。アナタ、冥さんのことは「メーメーさん」って呼んでるのに」
「メーメーさんは、呼び方を間違えた際に笑って、「面白いね、その呼び方で構わないよ」とおっしゃられたので…」
「……言ってご覧なさい、『歌姫』」
「ええと…」
「言わないと、帰さないわ」
進路を塞ぐ歌姫に、櫻は頰をかいた。
冥冥も歌姫も美味しいものをくれた人だ。だから、“イイ人”ではあるのだろう。
だがそんなイイ人だからこそ、近づきがたい。櫻は結局、根底はバケモノなのだ。
「私は、あなたと友だちになりたいの」
そう言う歌姫の意図が、櫻はわからない。坊に言われた時も、わからなかった。
バケモノの自分と、仲良くするメリットとは何だろうか。
思わず、彼女は話してしまう。
ずっと胸にあったしこりに、耐えかねたように。
「……どうして、貴女は私と友人になりたいのですか?」
「櫻と仲良くなりたいからよ」
「ですが庵さんが私と仲良くなって、得られるものはあるんですか?」
「得られる……もの?」
歌姫の表情がきょとんとした。そのあと、真っ直ぐに櫻を見て、ニッと笑う。
「あなたと友だちになれたら、私がチョ〜嬉しいからよ!」
「嬉……しいんですか? 私はその…気持ち悪いですよ?」
「何言ってんの! 悔しいけど……アンタってすごい綺麗だからね」
「はぁ……そうですか」
「アンタ、自分に関して色々と自覚が足りてないのよね……」
街で歩いている時も、三人並んでいると周囲の視線は冥冥、または櫻が独占していた。それに女としての敗北感をちょっぴり味わった歌姫である。
「あなたが友だちになったら、私の人生がきっともっと楽しくなる。逆に櫻も私と一緒にいて楽しいって思えてくれたら、さらに私は嬉しくなるわ」
「それが…“友だち”、ということですか?」
「人にもよるだろうけど、私の定義はそんなものね」
「一緒にいて、楽しい……」
今日歌姫たちと共に過ごした櫻ははじめてのものを食べたり、はじめてのものを見て、とても楽しかった。
だが自分一人でそれを体験したら──と考えてみると、食べる時しか心が湧かないだろうと思う。
食べる時以外も、すっと楽しかったのは………。
「歌姫先輩」
「…何かしら?」
「私、今日はずっと楽しかったです」
「……ふふ、そう」
「だから………そのっ」
歌姫と、友だちになってみたい。
しかし、なってもいいのだろうか? 櫻は何せ、人間の味を知っているバケモノだ。そんなバケモノが友を作っていいのか?
死んでしまった母や兄のように、振りまいた自分の毒で不幸にしてしまわないだろうか?
そう考えてしまうと、出そうとした手が止まってしまう。その手にふいに、手が重ねられた。イマジナリーフレンドのものだ。
(ナナ、ミン………)
彼女のイマジナリーフレンドは優しく微笑んでいた。まるで「いいんですよ」とでも言うように。
それに背を押された櫻は、意を決した。
その決心は、自分の意思で自分の道を決めたことがとんと少ない彼女の、大きな一歩だった。
「私も歌姫先輩と、“お友だち”になってみたい……!!」
こうして櫻にはじめて、イマジナリーフレンド以外の友だちができた。