腹ペコ毒蟲【新版】 作:アンディライリーのうさぎ
母ノ温モリヲ知ラズ
父ノ背中ヲ知ラズ
家族トイフモノヲ知ラズ……
…………
…………
◇◇◇
『
生き残った者は義理の息女一人のみ。家族を惨殺した男は未だ行方が知れていなかった。
しかし速やかに火消しを行なったとして、一度煙は上がってしまった。
その噂は御三家の耳にも入ることになる。『土御門家』は御三家ほどの力は持たないものの、古くから存在する御家ということもあり、無視できない影響力を持つ。
『安倍家』は長い時間をかけて育った火種が、爆発して終わった。
家の実態が詳らかになると、誰が誰を殺していてもおかしくない状態だったとわかる。
現に妻が最初に夫を殺そうとしたのだ。結果として夫が妻も息子も殺すことになったが、その息子が父親を殺していてもおかしくなかった。
そんな火種の中に放りこまれた不運な少女。その彼女だけが生き残ったのは、はたして運がいいのか、悪いのか。
「家族…………か」
この話を五条の坊も知ることになる。
事件が起きたのは、彼と息女の見合い話があったすぐのことだ。いつ爆発してもおかしくない導火線に、いつ火が付けられたのか。想像すれば簡単にわかる。
その爆弾が遅かれ早かれ爆発していたとしても、罪悪感と呼ぶべき感情は消えない。
それが坊がはじめて感じた“自責”だった。
次期当主候補といっても、彼はまだ7つと少し。本当だったらまだまだ親に甘え、コロコロで爆笑できる年ごろだ。
しかし五条家で甘やかされているとはいえ、当主になる責任が課されている。
背負わされ続ける期待や、畏怖の視線。それはまぁ、まだいい。それを苦にせず力を磨ける精神があるのだから。
だが孤独の穴は埋まらない。自分の前でも後ろでもなく、隣に立ってバカを言い合えるようなそんな
否、
そう思った時点で、彼は孤独であり続けることが、自分の定めだと思ったのかもしれない。
「……ソイツがいくつか高専に要望を出してるんでしょ。なら、通るように圧力をかけといて。ただ、
「ですが悟坊ちゃん、よろしいのですか?」
「何、できないの?」
「……いえ、そのように通して参ります」
じいやが一礼し、場を後にする。
これで何かつっかえ棒になる存在があっても、あの少女の要望は滞りなく通るだろう。
「…………」
縁側に座る彼が自分の足を伸ばしてみても、まだ地面にはつかない。
黒い影法師だけはしかし、長く伸びていた。
それから時が経ち、紆余曲折を経て高専に通うことになった五条。
通う場合は東京校、または京都校となる。二者の中で、京都校は同じ御三家である加茂系の人間が一人通っていた。御三家の人間がこうして高専に通うのは珍しいケースである。
そうなると、京都校を選べば御三家の者が二人になる。どこにも派閥のいざこざはあるわけで、加茂家と五条家は折り合いをつけるため、五条は東京校に────という流れになった。
あの少女も東京校に通っており、若干気後れはした。
向こうは表立っては普通のようだが、裏では五条を恨んでいる可能性もある。
だが恨まれているからといって、足は止めない。「お前のせいで」と言われる覚悟もすでにある。
“背負う側”なのだ、五条悟は。それを彼は知っている。成長し、力が増すほどその重荷も増えていく。
「やぁ、はじめまして。私は夏油傑だ」
そんな中で五条悟は、親友になる男と出会うことになる。
しかし直後「何だその、ダッセー前髪……」という五条の発言で、初日から二人は大げんかになるのだが、この時教室に向かっている夜蛾は知る由もなかった。
◇◇◇
「首チョンパはしないでください……!!」
「ハ?」
「櫻、言葉が足りなさすぎるわ」
男でも相当な長身の部類になった五条の前に立つ、同等な高さの女。その食欲のせいか身長以外も色々と育っているその人物は、『歌姫』という生徒の後ろに隠れている。
「私が説明するわ」
歌姫は櫻の足りない言葉を補い、後輩の事情を説明した。
櫻が“友人”を食べられるものと思っていたことに五条は彼女の宇宙人説を深め────ようとして、「だから友人は食べられないって知ってます!」と
「────とまぁ、そんな感じよ。友だちが何なのか、この子は分からなかったわけ」
五条が自分と友人になる“メリット”が分からなかった、と。随分と、櫻の人としての
五条は「わぁーったよ」と返す。
内心、サングラスをずらして
(『二度と俺の前に顔を見せるな』ってことを、坊ちゃんが忘れてたなんて……)
一方で櫻も驚きを隠せなかった。「もうご飯を食べられなくなるかもしれない……」と悩んでいたにも関わらず、当の五条は、俺そんな事言ったっけ?──と、言ったからだ。
本当は五条もこの発言を覚えている。ただ状況を考えて、忘れたことにするのがいいと判断した。
この効果はあからさまで、櫻はホッとした様子をみせた。
「これでアンタの心配事も無くなったでしょ。よかったじゃない」
「はい……」
歌姫に背を叩かれた櫻は、安堵の息をこぼした。
そして話は終わり、互いに戻ることになった。
その折、ふいに五条の背を見た櫻は、当時の彼の背中を思い出した。自分に背を向けて去っていった、あの小さな背。それが今の彼の背と重なって見えた気がした。
「あのっ……!」
友だちを欲しがっていた、幼かったあの少年。
すっかり大きくなったその少年は立ち止まらず、片手を振る。
「俺のダチ、あとで紹介してやるよ」
その言葉に、櫻の口角が思わずゆるんだ。