腹ペコ毒蟲【新版】   作:アンディライリーのうさぎ

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16話 油断大敵、大胆不敵?

 今年の姉妹校交流会は京都で行われる。東京校側は一年も参加することになった。人数合わせのためだ。

 

 京都校はブーイングである。なぜなら東京校の一年には五条悟がいるからだ。これではパワーバランスも何もない。しかしさらなる伏兵がいることを、京都校側はまだ知らない。

 

 その伏兵である夏油は、最近ある視線に困っていた。

 

 

(まただ……)

 

 

 彼のふた学年先輩である『安倍』という女生徒。はじめて対面して話した際は、自分と同じ目線だったので、思わず「デカッ…」と言いかけた。

 

 それから出会すと、時折会話をする程度の関係にはなった。ただそれまでだ。少なくとも夏油は彼女を“先輩”としか見ておらず、恋愛感情はない。熱視線を向けられてもどうしようもないのだ。

 

 困った彼は五条や家入に相談した。

 

 五条の回答は「やめとけやめとけ、アイツは宇宙人だぞ」だった。

 

 対して家入は、「櫻先輩は男を顔で選ぶタイプじゃないと思ったんだけど…」だった。暗にそれは、夏油の性格が悪いと言っているようなものだ。

 彼はそのあと仕返しとして、唐辛子を乾燥させたものをたばこのキザミ(乾燥した葉タバコが入っている部分)に仕込み、隙を見て家入のタバコの箱に仕込んだ。

 

 

「ん? ………辛ァ!!?」

 

 

 たらこ唇になった家入に、五条は吹き出し、夏油は顔では心配しながら内心で「ニヤ…」と笑った。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 姉妹交流会に向けて、一年と二年の間で模擬戦が行われている裏で、櫻は任務に当たっていた。

 呪霊を探し、見つけたら祓う。虫が呪霊に襲いかかり、気を引きつけたり逃げさせることで、特定の場所へ誘導することも可能だ。

 

「アンタとの任務は本当に楽だわ」

 

「褒めても魔貫光殺砲(まかんこうさっぽう)しか出ませんよ」

 

「なんでピッコロの必殺技をアンタが使えるのよ…」

 

 本日の任務は歌姫とである。櫻は彼女と組むことが多かった。

 

「何回見てもショッキングな絵ね。傷口から虫が湧くところって…」

 

 歌姫は\\イッテキマースッ//する蟲を見て言う。

 

 虫を出す際は故意の自傷が必要不可欠で、櫻はそれを刃物で手首を切っておこなう。歌姫は初見時この姿を目にした時、「何してんのよアンタ!!」と本気で怒った。

 

 傷口は時間が経つと治っていく。櫻はこれを、自分の術式の“毒”が回復能力を底上げさせて、その結果起きていると説明している。

 また虫が戻ってきた時、傷口が塞がっていればまた自傷する必要がある。

 

「よっぽどデカい傷を負わなければ自然と治るのは便利よねぇ」

 

「今は反転術式が使える硝子ちゃんがいるじゃないですか」

 

「まぁね。しっかし、高専もよく見つけてきたわよね。五条はともかく、夏油もスカウトだそうじゃない」

 

夏油くん(☆7)かぁ…」

 

「ほしなな?」

 

「あぁ、いえ…こちらの話です」

 

 櫻にとって、夏油はいきなり現れた☆7つの逸材だ。

 

 その評価はもちろん味の話である。

 

 夏油を見ると、つい“お前、美味そうだな(熱いまなざし)”で見つめてしまう。

 

 ここまで食指をそそられるのは、夏油傑が『呪霊操術』の使い手だからだろう。『呪霊操術』は、取り込んだ呪霊を使役する能力だ。体内に取り込みやすいようにするためか、黒い球になった呪霊がどんな味なのかも非常に気になっている。

 

呪霊(美味さ)が凝縮されているから、夏油くんが美味しく見えてしまうんだろうな…)

 

 いつもたらふく食べているから問題ないが、飢餓になった状態で見たらかぶりついてしまうかもしれない。そうしないでいられる自信が、櫻にはない。彼女は何せ、飢え(ハングリー)に対しては誰よりも忠実なのだ。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 姉妹交流会である。

 三年のぼっちな櫻も当然参加する。今年東京校から一年も参加する運びになったのは、この三年がぼっちなためだ。

 

 交流会前に行われていた模擬戦には、任務の都合で参加できなかった。

 

 まぁ団体戦は索敵メインで行動するので、参加せずとも特に問題はない。普段から連携重視で行動しているので、基本的に誰とでも合わせられる。

 

 というより、索敵要員には呪霊を操る夏油もいる。虫に見つかるか呪霊に見つかるか、はたまた「オッハー!」してくる五条と出会してしまうか。京都校側の生徒は終始涙目だった。

 

 

 こうして団体戦は東京側の勝利で終わった。

 

 この団体戦での櫻の活躍は微妙だった。索敵で夏油もそこそこ活躍していたからだ。まぁそれ以上にスポットライトを浴びていたのは五条だが。

 

 

 そして、次は個人戦である。

 

 個人戦では櫻は文字どおり、“個”としての力を見せつける。ハンマーを振り回す超脳筋戦法だ。

 

 同じように近接武器をあつかう人間や、体術をメインとする者には相性がいい。

 

 ただし逆に、遠距離を得意とする者とは相性が悪い。そんな者と当たった場合は意識を自分に向けさせて、その隙を突き虫で毒を仕込ませるなどのひと工夫が必要となる。

 

 個人戦の相手は完全にランダムで選ばれる。櫻は加茂家の者と当たることになった。相伝の『赤血操術』の使い手ではないものの、弓に呪力を纏わせて戦う戦法を得意とする。また、弓に纏わせた呪力を操作し、対象を追尾することが可能だ。矢も複数本連射し、それをそれぞれ操作させることも可能だった。

 

 相性は悪いが、相手の持っている矢をすべて消費させてしまえば接近はできる。

 

「ッ……!」

 

 ただやはり、矢を複数本操作できるというのが厄介だった。虫も隙を見て狙わせているが、しっかり警戒されているようで、絶えず移動することで避けられてしまう。この比喩はあまり相手によろしくないが、蚊を倒そうとしても逃げられてしまうあの感覚に似ている。

 

(ちょこまかと動きやがって……)

 

 櫻は体に刺さった矢を抜き、へし折る。矢の先には一時的に筋肉のしびれ・硬直を誘発する毒が仕込まれているが、彼女には効かない。

 

「スゥー……」

 

 野球でいうピッチャーの構えをとった彼女は、向かってくる矢もろともへし折るようにハンマーを投げる。

 まさか武器を投げ捨てると思わなかった相手は驚いたものの、衝突地点からはギリギリ逃れた。

 櫻はそこに自分の拳を叩き込む。普段は武器を使っているが、格闘戦もできるのだ。

 

「イッテテ……」

 

 こうして彼女は、何とか個人戦で勝利を収めた。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

「一応ケガしたところ、見ておきますね」

 

「ありがとう、硝子ちゃん」

 

 医務室でワイシャツ姿の櫻は、家入にケガの具合を見てもらっていた。矢のかすった部分のワイシャツは破け、血が染み込んでいる。血液も全部が虫になるわけではない。虫になる前にその血が布などに染み込むと、そのままになる。

 

「………」

 

「どうしたの、硝子ちゃん? そんな食い入るように見て」

 

 家入の視線はケガ──ではなく、今にも弾け飛びそうなボタンに向かっていた。

 

「完全に食べてる分がすべて吸い取られてるよな、この胸に…」

 

「?」

 

 謎を解き明かす刑事のような家入の眼前には大きな()()が二つある。

 その家入の様子を、櫻は不思議そうな顔で見つめた。

 

「あでっ」

 

 家入は次の瞬間、吹き飛んだボタンで正気を取り戻す。

 

「すみません、ケガの具合を診ますね」

 

「うん。あの…ボタンがおでこに直撃したけど大丈夫?」

 

「えぇ、問題ないです。ありがとうございます」

 

「そっか………え、何でお礼?」

 

 家入がケガを確認したところ、すでに矢のかすった部分は塞がりかけている。肌自体もケガの痕はない。毒の回復効果はそれほど高いのだろう。実際に毒とは使い方によって、薬よりも効く“薬”になる。

 

「櫻先輩の毒って、呪霊や人間にも効果があるんですよね?」

 

「ん? そうよ」

 

「なら、他者の傷を毒を注入することで、回復を促進させることも可能なんですか?」

 

「あぁ…それは多分無理だと思うわ。私の毒の調整は感覚的なもので、害を与えるならまだしも、そっち方面はとんとできないから。この治癒能力も自動的なものだし」

 

「なるほど。興味深いお話ありがとうございます」

 

「硝子ちゃんはすごいよね。傷つけることしかできない私と違って、誰かを治せるんだもの」

 

「その言い方だと、自分を卑下してるように聞こえますよー」

 

「ふふ。私の自己肯定感は地獄にあるのよ、きっと」

 

「現世の底辺をぶち破ってあの世にまで行っちゃうんですか?」

 

「えぇ」

 

「…そうですか」

 

 

 家入は、「私は櫻先輩のこと好きですけどね」と呟く。

 

 入学から半年経つ中で、彼女は先輩二人と交流を深めた。歌姫は非常にからかいがいのある先輩で、振り回すのが楽しい。逆に櫻は天然で、振り回されることが多い。歌姫が卒業したら、「自分がこの先輩の保護者担当になるかもしれないのか…?」とも思い始めている。

 

 閉鎖的な空間ではあるものの、個性的な(おもしろい)奴が多い。そこは楽しい。

 反面『反転術式』を他人に使える手前、術師の死体を目の当たりにすることも何度かあった。

 

 今の家入にとっての“壁”はそこで、おそらく他の術師にも何かしらの“壁”を抱えているのだろうと、彼女は感じている。五条や夏油にも、そんな“壁”はある。きっとだ。

 

 だからこの先輩にも“壁”があるのだろうと、家入は思った。

 その壁が、とても重いものだろうとも。

 

 ゆえに少しでも力になれるなら、その背を支えてあげたいとも思う。

 

 

「……ありがと、硝子ちゃん」

 

「…いえ。頑張ってる先輩が、私は好きですよ。でも、無茶したらダメですよ? そしたら私の仕事が増えるので」

 

「それ、ケガしたら、ってこと? ふふ……まぁ、気をつけるね」

 

「小さい傷は治ったとしても、欠損レベルの傷は難しいでしょうから。でも本当に…他の術師と比べて、本当に綺麗な肌というか……()()()()()肌っていうか」

 

「そ、そんなにジロジロ見ないで…」

 

 櫻はとっさにシャツで体を隠した。乙女の反応を見た家入の手が、なぜか不審な動きをとる。それはまるで、スライムをこねるASMRに特化した熟練のユーチューバーのような……。

 

「このままでも治ると思いますけど、一応治しときますね」

 

 ────しかし、百合厨(われわれ)が垂涎するような展開はなかった。

 

 

「………えっ?」

 

 

 家入が反転術式をかけた直後、体が大きく痙攣した櫻は、そのまま床に倒れた。

 

 


 

【反転術式】

 六眼判定で「呪霊だ」とは言われなかったから大丈夫だよね。

 

 ぜんぜんだいじょうぶじゃなっ(遺言)

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